朗読「意識の流れ 増補改訂版」テキスト

「意識の流れ  増補改訂版」

 

はじめに



この本を手にしていただいて、ありがとう、大変嬉しいです。長い長い時を経て、ようやくお会いできました。シナリオ通りとはいえ、幸せです。
どうぞ、まず、生まれてきたことを喜んでください。お母さんの温もりを心で感じてください。そして、生きる本当の意味を知って自分の人生を全うしてください。
「あなた方は今、意識の流れを感じていますか。すべての意識はその流れの中にあります」と、このように申しましても、一体意識の流れとは何なのか、すべての意識とはどういうことなのか、そして、流れの中にあるとはと、最初から、あなた方の頭の中には、疑問符が出てくるでしょう。
そもそも、これから私がお伝えしようとする内容は、過去、どの文献にも記されていません。いまだかつて真実に出会えた人間は、いないからです。確かに、人間は、過去より真実を求めてきました。しかし、実際は、誰一人として、真実というものを知らずに、分らずに死んでいきました。従って、本当はこれまでに救われた人などいないのです。神にも仏にも宇宙のパワーにも、私達を救う力など全くありません。私達自身が、真実に目覚めない限り、私達は救われないのです。実は、そのことを、はっきりと伝えるのが、意識の流れというものです。そして、私は、私達はみんなその流れの中にありますということを知っていただきたいのです。
そこで、話の中心は、一体真実とは何か、私達人間が本当に真実に目覚める時がやってくるのかということになってくるのですが、ここでひとつだけポイントとして、押さえておいていただきたいことがあります。
それは、真実の世界は、人間の頭では計り知れない世界だということです。本当のことは、あなたの頭ではなくて、あなたの心で分かるものであり、そして、あなたの心でしか分からないものだということを、私は最初に断っておきます。
では、人間の頭では絶対に分らないという真実の世界を知るには、どうすればいいのでしょうか。それを、これから、私は、順を追って語っていきたいと思います。

私は一人でも多くの方に真実を伝えるため、初めてこの地球に肉を持ちました。セミナーとホームページを通して約二十年の間、真実を伝え続けてきました。その甲斐あって、ようやくその真実に目覚めた方が、まず一人現れました。そして、この方を初めとして多くの方々と二五○年後、アメリカの地にて肉を持ち、今世で学んだものを繋いでいくシナリオが次第に明らかになってきました。私達は今、最高に幸せです。現在の私達にとって、生も死も、ただありがとう、幸せ、喜びです。人生は苦ではなく喜びだということです。
私がお伝えしたい真実とは、「私達人間は肉ではありません。本当の姿は意識であって永遠に存在するものです」ということです。まさにコペルニクス的転回です。肉を本物としてきた人類は、その時からずっと間違ってきました。今も間違っています。その歴史を見れば明々白々です。平和を叫び、幸せを願い、祈り続けてきた現実はどうだったでしょうか。いまだに無知とエゴと欲にまみれ、真実の世界を知らずに意識の流れに逆らって生きている人類は、これからも本当の平和とか、幸せ、喜びなど分からぬまま、地獄から出て地獄に帰る転生を限りなく繰り返していくことでしょう。
あなたは意識の流れを知らないまま死んでしまってもいいのでしょうか。私はあなたが真実の世界を知って、本当の自分に出会い、本当の人生を生きていっていただきたいと願っています。

私は若い頃からずっと私自身に次のような事柄について問うてきました。
目に見える世界と目に見えない世界との間は一体どうなっているのか。
私はどこから来てどこへ行くのか。
私はなぜ生まれてきたのか、どうして今ここにいるのか。
母親とは一体私にとってどんな存在なんだろうか。
私とは一体何者だろうか。死ぬまでに一度でいいから本当の私に会いたい。
私が色々のことで苦しんだり、悩んだりするのはどうしてか。
今のまま精一杯生きていけばいいのか。何か間違っているのではないか。
神仏というものは本当に存在するのか。本当に私を助け守ってくれるのか。
このまま死んでいってもいいのか。死後の世界はあるのか。天国地獄は本当にあるのか。

セミナーを閉じるに当たって、私は私自身に問うてきた事柄を明らかにしながら、真実の世界、意識の流れを、はっきりと書き残しておきたいという思いが強くなってきました。そこで真実にいち早く目覚められた塩川香世さんに私の思いを伝えたところ、「はい」と二つ返事で引き受けてくださいました。
彼女が、私に心を合わせながら書き綴ってくれたものが、二〇〇四年発刊の「意識の流れ ― アルバートとともに ―」でした。
そして、この度、私は彼女に、その内容を項目ごとに編集していただきました。さらに、私のホームページ上に、「宇宙の風(宇宙からのメッセージ)」というタイトルで掲載してきました一部分を追加させていただいています。
こうして、本書は、より充実した内容に仕上がり、装いも新たに出版する運びとなりました。

私達は、「私はあなた、あなたは私」という意識の世界の真実、そして、その喜びを、このような形で残すことができたことが、ただただ喜びです。私達は二五○年後の出会いを、ただただ喜びで待つ仲間です。ともに同じ方向を見つめ、ともに歩いていく喜び、幸せを、あなたもその心で感じていってくださることを私達は待っています。いつまでも待っています。

二〇一〇年四月  田池留吉(1926年生 2015年没)


1.私の人生は、セミナーとともにありました


私はこれまで約二十年にわたって、主にこの日本の国でセミナーを開かせていただきました。それはある年齢に達したとき、私はひとつの仕事をするために生まれてきたことが、自分の中で見えてきたからです。
私は、自分の心を見るという作業を通して、自分の心で分かってきたことがあったのです。そして、何らかの形で私は自分の心で分かったことをお伝えしたい、また、お伝えすることが私の喜びであるという思いを強く持つようになりました。また、このことは決して片手間ではできないことであり、私のすべてを懸けてお伝えしたいと心から思いました。
そして、それがセミナーという形となって、約二十年間続けさせてもらったということです。
私はお伝えすることが喜びという思いだけで今日まで存在してきましたし、その思いは、これからも全く変わることはありません。
私は、セミナーに私のすべてを注いできました。私にはセミナーで名を残そうとか、財を築こうとか、セミナーに集ってくる人々を救っていこうとか、そういう思いは一切ありませんでした。ただ私は喜びでセミナーを開かせてもらい、喜びでセミナーを閉じていくだけでした。
セミナーに集ってきた人達は私の肉声を通し、また印刷物を通し、一通りのことはすでにご承知です。しかし、そういった方々でも本当にお伝えしたいことを分かっていただくのは難しいというのが、実際のところでした。それは本当のことはあなたの頭では理解できない、あなたの頭脳を遥かに超えたところに真実があるということが、なかなか理解してもらえなかったからです。
頭ではなく、知識としてではなく、自分の心で分かるということが分からない、難しかったということでしょう。私達人間は、五官、すなわち目、耳、鼻、舌、皮膚を通して感じる世界が本当の世界であると思い、今、目の前に広がっている形の世界に自分は生きていると思ってきたし、今も思っています。確かに目に見えて、耳で聞こえて、手に触れるものがある世界は実感があります。その世界こそが現実の世界であると信じて疑わない思いが、非常に強いのです。そして、その中で幸せになろう、喜びを見出そうと、それぞれが「人生」と呼ばれる時間の中で一生懸命生きています。しかし、私は、その思い、その考えが根本的に間違っているということを、約二十年かけてセミナーに集ってくる方々に伝えてまいりました。

人生経験が豊富な人は、人間味があって会話に事欠かないでしょう。この世をおもしろおかしく渡っていく術を会得している方は、また違った意味で人生とは素晴らしいものだと、自己の経験から語られることでしょう。しかし、人生の色々な場面をくぐり抜けてきたから、経験を多く積んできたから、人間の厚みが増して肝っ玉の大きい人だ、懐が大きい人だ、人生が分かった人だという評価はどうでしょうか。人生の中で色々あるということは、それだけの思いを自分が出してきたということです。その思いの結果が形となって、今、自分自身が見ているということです。苦労話、手柄話を披露するのではなく、そこで自分の出してきたエネルギーに気付いていかなければなりません。間違ったエネルギーを放出してきたことに気付いていくために、そのような肉を持って、そのような環境を選んできたということです。それが肉を持つ所以、生まれてきた理由です。そこのポイントを外した生き方は、本当にお粗末な人生だと言わざるを得ません。
しかし今、世間の誰がそのようなことを口にするでしょうか。すべてが形ある世界を基準にして成り立っています。誰も何の疑問も持たず、日々の生活を過ごしています。
そういう中で私はあえて、このように伝えさせてもらっています。
本当に考えてみませんか、本当にあなたは今のままでよろしいのですかと、私はあなたに問いかけているのです。
答えはすぐに返ってこないでしょう。まず、あなたは分からないと答えるでしょう。そうかもしれないけれども、そんな堅苦しいことは抜きにして、今が楽しければそれでいいではないのか、まだ人生は先が長いし、そういうことはもう少し後で考えてみます、とりあえず私は今の生活がありますから、という返答があるかもしれません。
しかし、これだけは知っておいてください。私自身いい加減なことを、いい加減な思いで伝えるために、今までの年月を経てきたのではありません。伊達や酔狂で、私は二十年もかけてセミナーを開いてきたのではありません。
私は収入の道を自ら放棄し、自分の真なる思いをセミナーという形で遂行してきました。もちろん、無償でした。
私がセミナーの中の頂点でもなく、従って、私を中心にして組織が成立しているわけでもなく、当然そこには継承すべき地位も財産も何もありませんでした。ただ、それぞれの心に伝わってきたもの、響いてきたものが、その人その人の言うなれば財産になっていったかもしれません。
ひとつひとつのセミナーがそこで完結で、そのセミナーで学んだもの、それぞれの心に感じたものを、これからどのように活かしていくかは、みんなそれぞれの心にかかっているということを、私は伝えてきました。
このようにして開かせてもらってきたセミナーです。もちろん、これは宗教、人の道、そんな類のものとは次元を異にします。
セミナーは人生です。セミナーという時間と空間を皆さんと共有できたことが、私にはただただ喜びであり、私はそれで完結してきたのです。私はセミナーに命を懸けてきたのです。
過去、聖人君子と呼ばれ、悟ったとされてきた方々は少なくありません。その方々は確かに真実を見極めようと修行を重ね、一応はそのような評価を得てきました。しかし、その方達もまた、真実とは何か、自分の本質とは何かを知らずに死んでいきました。その証拠に、いまだその方達は真っ暗な世界に沈み込んだままなのです。また、その方を師と仰ぎ、神と崇めてきた信者達も、同じ世界にともに落ちている、これが紛れもない現実の世界です。
悟ったとされる方が、どうして苦しい世界の住人となっているのでしょうか。それは、神、仏の世界、パワーの世界を説いてきた宗教者も、未知なる世界を探求してきた科学者も、みんな形を本物とする基盤に立ち、真実を見極めようとしてきたからなのです。しかし、形を本物とする基盤に立っていては、真実が見えてくるはずはないのです。つまり、その人達には自分の本質が分からなかったということでした。人間はどこから来てどこへ行くのか、自分の心で解き明かすことができませんでした。
だからこそ、今、間違った神、仏、パワー、宗教の世界を心に詰め込んできたあなた方に、このように一冊の本を介して真実を知っていってくださいと、私はお伝えしたいのです。とは言っても、どこの馬の骨とも分からない私の伝えることを、あなた方はすぐには信じられないでしょう。しかし、このことはやがてあなた方の心で証明されていきます。本当のあなたがあなたに伝えてくるからです。私はそれを信じて待ってきましたし、これからも待ち続けていくだけなのです。



今までたくさんの人達が、私の話を耳にしてくれました。心で感じ、心で証明してくれる方も出てまいりました。本当に嬉しい限りです。私は、そんな一人にあなたもなってもらえればと思うだけです。
私は、セミナーの中で、あなた方のこの地球上での転生の時間を、一応、三億六千年と伝えてきました。数字のことは別として、それだけの長い間、肉の自分を自分だと思って存在し続けてこられたあなた方に、今世の僅かな年数で、私のお伝えすることを心で理解することは、甚だ困難なことだということも承知しておりました。
だから、私は何度も何度も繰り返し、毎回のセミナーで同じことを伝えてきました。もちろん、私がこのような話を始めてから、私の周りにはいわゆる霊能者、チャネラーと呼ばれる方がたくさん出てこられました。その方々はチャネリングということを通して、どんどんどんどん意識の世界のことを語り始めました。それはセミナーが流れていく中での一過程でした。最初は、そういうことを通して、意識の世界に触れていくということだったのです。それについては、チャネリングは、ある一定の成果を挙げました。それはそれでよかったのです。
本来、学びの本筋は、みんながセミナーとともに成長していくことでした。しかし、残念ながら、なかなかそうは行きませんでした。心を見るということが学びの中心課題であるにもかかわらず、チャネリングそのものが主体となっていったからです。チャネリングをする側も受ける側も、ただ心を見るためにそういうことがなされているということが、いつの間にかぼやけてしまって、チャネリングをつかみ、チャネラーをつかみ、実際は学びの本筋から大きくずれていった方が多かったのです。
そこに流れるものは、まさに教祖と信者のエネルギーでした。己一番と底なしの欲のエネルギーが渦巻いている中に、ともに落ちていったのです。いまだ、そこから抜け出せない方もいれば、自分の心を見て間違いに気付いていかれる方もありました。
このように、様々な局面を迎えて開かせてもらったセミナーでした。
その間において、私は様々な人から様々な言葉、態度を受けてきました。喜びと感謝を伝えてくれる方が大半でしたが、罵詈雑言を浴びせられたことも多々ありました。それでも私はそういう人達もいつの日にか、私がお伝えしようとしていることを分かってくださると信じながら、今日までやってきましたし、もちろん、これからも同じです。もとよりセミナーでお金儲けをするとか、名を売り、顔を売るという思いが全くない私には、どのような言葉であれ、態度であっても、それによって自分自身が揺れるということはありませんでした。そして、私はどなたに対しても誠実に向き合ってきました。その人が分かってくれるくれないには関係なく、私自身に誠実に、そして、皆さんにも誠心誠意お付き合いさせていただきました。
そして、予定通りに私の仕事は進み、この本を仕上げることで、さらに総仕上げをさせてもらっている次第なのです。
私には、セミナーは、ただただ喜びの時間と空間でした。私は、その時間と空間の中で、お伝えすべきことは、すべてお伝えしてきました。後はそれを耳にした人が、実践を通して自分の心で分かっていくだけのことです。

私は、すべての方の心に真実があり、その真実そのものがあなた自身であることをお伝えしてきました。
それは、例えば、こういったことです。今、私は、日本人として肉を持っています。しかし、私の本当の姿は意識、波動なのです。それはあなたも同様です。今、私は、肉の私としてではなく、意識、波動の私が、あなたの心の中でこのように呼びかけています。そうです、その私とは本当のあなた自身です。本当のあなたが、「肉のあなた」に呼びかけているのです。肉の世界では、私の肉とあなたの肉は別個のものであるし、互いに今現在どんな肉であるのかも知りません。しかし、意識の私達はひとつなのです。私とあなたの区別も、境目もありません。私は今、肉を持ちながらそのことをよく知っています。一方、あなたは肉の自分だけを自分だと思ってこられた、自分と自分以外をしっかりと認識してこられたのです。だから、私の呼びかけにすぐにあなたが反応するとは思いませんが、静かに自分の思いの世界、心の世界を辿っていけば、きっと私の存在というものが感じられることでしょう。
本来、私とあなたはひとつの世界にありました。しかし、あなたは肉が自分だと思った瞬間から、私を心から離していきました。あなたが私から離れていったのです。
あなたは本当の自分を捨てて、偽物の自分をずっと心に握り締めて存在し続けてこられたのです。今ようやく、それが間違いですよ、という気付きのチャンスを自らに与えているのです。本来の自分に戻っていこう、帰りたいと切実に願ってこられた思いが、あなたに今世の肉を持たせました。
そして、ある方々はセミナーに集われ、また、ある方々はこの一冊の本との出会いにより、真実を知るチャンスを自ら作ってきたということです。
以上のようなことが、あなたの心で感じられたなら、それでいいのです。すべてはあなたの中からの促しです。それを信じていこうとするのもあなたなら、こんなものと捨て去っていくのも、また、あなたです。これが本当のことであるのかどうなのか、他人に聞いても分かりません。
ただひとつ分かる方法は、あなたが自分の心を見ていく作業を進めていくことです。なぜならば、あなたはその心の奥底に真実を知っているからです。その作業の中で、何かあなたの心にコツンと突き当たるもの、手ごたえがあるはずです。しかし、それでもまだはっきりと分からないかもしれません。分からないながらも、あなたはここに書かれているどこかの文章、言葉が、あなたの心に引っかかるというか残っていくと思います。
そして、いつの日にか、またそこへ戻ってくることだろうと私は思います。それでいいのです。その時、あなたの心が何かを感じ、そして、それからどんどん心で分かってくると思っています。
要するに、真実はあなたの心でしか分からない、そして、あなたの心で必ず分かる、これが私の一貫した思いです。
だから、私は来るものは拒まず、去るものは追わずということでやってきました。というのも、真実をお伝えすることが私の喜びであり、それ以外の思いは全くないからです。
私はどこにでもいる平凡な一日本人です。肉はそれでいいのです。肉の私には何の力もありません。だから、私があなたにパワーを授けるとか、あなたを苦境から救い出すとか、もし、あなたが私にそういうことを期待されているのならば、私とあなたには接点がありません。あなたの欲の思いと私の思いは全く相反するもの、全く合わないものだからです。

私がお伝えしてきたことは、確かに難しいことだと思います。現にそれぞれに生活があり、社会もそのように流れています。日々の生活の中から、社会の流れの中からご自分を解き放つということは、決して簡単なことではありません。
そもそも、実生活、実社会の枠の中にすっぽりと納まっている自分だということ自体が、なかなか分からないのです。目で見える世界のほうが実感があるから、目に見えない世界を信じることは極めて難しいということです。それでも私はこれからも伝え続けます。
この肉から意識への転回は確かに難しいことですが、私がお伝えしてきたことを心で分かる方が絶対に出てこられるという確信は、私の中にありました。そうです。私は意識の目覚めを待ち続けていたのです。
そして、予定通りにそういう方と出会わせていただいて、私は心より感謝しております。今世はそれでよかったのです。一人が二五〇年後に心を繋ぐということが、どれほどの喜びであるのかは、これから人類はつぶさにその現実を見ていくことでしょう。
そして、この学びは今世から二五〇年後へと繋がっていくものなのです。今世だけで完結ではありません。だから、この本を手に取ったあなたが、たとえ、セミナーに集っていなくても、あなたの心に何かが響き、あなた自身の二五〇年後に繋いでもらえれば、それでいいのです。私はそのことを信じ、喜びで待ち続けています。
もし、今世の私がこの世で言うところの肩書きがあり、有名人であったりすれば、もっとたくさんの人が集ったかもしれません。あるいは、バックに大きなスポンサーがついていて、その財力で人を集め、講演会と称してこういうお話をすれば、もっとたくさんの人に広まっていったかもしれません。しかし、私には金集めも、人集めも必要がありませんでした。今世の私の目的は、そういうものではありませんでした。
今世は意識の目覚めが必要だったのです。心を二五〇年後に繋ぐということが最重要課題でした。だから、人をたくさん集め、セミナーを大きくしていくことは必要なかったのです。ただ心で分かる方の出現を、私は待ち続けてきました。
そして、今は、その目的が達成されていますので、私はどれほど喜びであるか、本当に感謝に堪えません。心からありがとう、ありがとうの思いでいっぱいです。

ところで、私は今世初めて肉を持ったと記していますが、それは私が皆さんとは別格のものであるとか、私は大きな使命を持っていますとか、そういうことではありません。
私自身も人生半ばまでは真実に疎く、それゆえ様々な悩み、苦しみの連続でした。私自身の一生をここでお話しすることは省略させていただきますが、決して私は特別な人間ではないことだけは知っておいてください。
母のお腹を通って生まれてから約五十年は、間違いだらけの人生を歩いてきたのです。それから約十年、私は、心を見るという作業を通し、試行錯誤を重ねながら、ようやく自分の心で感じていることが真実である、これこそが唯一の真実の世界であることに到達しました。そして、それからの約二十年間、セミナーを通し、自分自身もまた成長していきました。セミナーが私を育ててくれたのです。私は本当に今最高に幸せです。私自身の人生を振り返れば皆さんとご同様、いや、それ以上に様々なことがありました。私もまたご多分に漏れず、自分の職業を通して人間社会の裏側を数々見てまいりました。私は、私を含め、人間というものは本当に愚かな生き物だと思っています。
しかし、私が体験してきた事柄は、どれもこれもみんな今、私にはプラスに転じ、ただただありがとうの思いが心から沸いて出てきます。その当時はどれだけ心を落とし、心を汚してきたことであっても、みんな私には必要な人であり、必要な出来事であったということが分かったのです。だから、私を苦しめ、自分の敵だと思ってきた人であればこそ、なお一層その人達に対して本当にありがとうございましたという思いが出てきます。
敵は一人もおりませんでした。これが自分の体験を通し、心が見えていく過程の中で教えてもらったことでした。敵は一人もいなかった、この思いに到達できたとき、本当に心から嬉しく思いました。
苦しみは外から来るものではなく、外から与えられるものでもないということに、私は心で気付かせてもらったのです。心を広げていくことが喜びでした。様々な出来事、色々な人々が私を鍛えてくれ、己という肉を崩してくれました。今はもう、ただただありがとうしかありません。
その私の世界、波動の世界に、あなたもともに心を合わせていってください。あなたの心で真実の世界を感じていってください。私は最初からそのように皆さんにお伝えしてきました。


2.私の人生すべてを懸けてお伝えしてきた真実


「はじめに」というところでも記しましたが、あなたはコペルニクス的転回という言葉をご存じでしょうか。「太陽が地球の周りを回っていた」というのと、「太陽の周りを地球が回っていた」というのとでは、根本的に全く違っています。まさに一八〇度の転回です。このコペルニクス的転回が私達にも起こってこなければ、真実は見えてこないという意味で、私はセミナーの中でこの言葉を引用してきました。
そこで、私の言うところのコペルニクス的転回とは、次のようなことです。
「私達は肉ではなく意識です。私達は意識、波動の世界に永遠に生き続ける命、エネルギーです。」
たった二行の文章ですが、このことを私は頭ではなく、あなたの心で分かってくださいと申し上げているのです。ただ、そう簡単には分かりません。分かってくださるには、まだまだたくさんの時間を必要とすることでしょう。しかし、このことは必ずあなたの心で分かることです。そして、あなたの心で本当に分かっていったなら、あなたの物の見方、考え方、価値基準は全く変わっていきます。どう生きていけばいいのか、そして、どう死んでいけばいいのか、その思いが全く変わっていきます。そして、なぜ自分は今肉を持っているのかということが心に見えてきます。
そのためには、肉から意識への転回、つまり、肉が自分だという思いから、意識が本当の自分の姿であるという心の転回が必要不可欠のことなのです。
ただし、この意識の転回、心の転回はそう簡単にはいきません。肉が自分だとする思いは非常に根深いです。現に目に見えない世界があると感じておられる人でも、その人の根本は肉です。肉を基準としてとらえています。従って、その人の中でこの転回が進まない限り、どこまで行っても真実には到達しません。
しかし、今世、意識の目覚めがありました。意識の世界は大きく動いています。その流れは淀むことなく順調に流れています。その意識の流れが、あなたの中からも揺さぶりを起こしてまいります。これから、あなたに形を通してそのメッセージが届けられることでしょう。「さあ、あなたもこの流れに乗っていきましょう、ともに歩いていきましょう」、そのメッセージがあなたの心に伝わってきます。素直な思いで受けていけるあなたでいてください。それは本当に優しい優しい誘いなのです。そのことに気付けるあなたに蘇ってください。
生きとし生けるものすべてから波動が流れています。その波動の世界を心で感じていくことこそが、真実を知っていくことなのです。波動の世界こそが真実を物語ります。波動の世界の中にしか真実はありません。
私達人間の心の中には、凄まじいエネルギーが蓄積されてきました。肉を本物とするエネルギーは、すべてを破壊し、支配するエネルギー、ブラックのエネルギーです。私は優しい、私は立派、そんな人は一人もおりません。本当の優しさが分からなくなった、本当の幸せも喜びも見えなくなった、無知とエゴと欲の渦巻くエネルギーの中で、何も分からなくなってしまったのが私達人間の姿です。

そろそろ、本論に入り始めましたが、ここで、あなたの日常に目を向けていきましょう。連日メディアを通して、あなたの目に耳に飛び込んでくるものは、狂った人間社会をつぶさに示しているものだと思われませんか。人間がいかに堕落してしまったか、人間の愚かさを露呈するニュースが続々報じられてきます。社会のひずみが陰湿な犯罪を生み出すことに拍車をかけています。いじめも児童虐待も、戦争、テロも狂っている人間社会を象徴しています。
真実を知らない大人社会の暗い思いは、確実に若者達の世界にまで及んできました。現実社会から逃避するために、酒、タバコ、麻薬等々に溺れ、まだ年齢は若くても身体はボロボロ、心も疲れ切っていて生気がない、そんな若者達が溢れ出しています。そんな社会現象の中で、心の底に眠っている闇のエネルギーが、大人の年齢に達しないうちに暴発していきます。犯罪の低年齢化です。そして、それはテレビ、雑誌等のマスコミを通して、ますますエスカレートしていく傾向にあります。大人達はなぜそういうことが起きるのか、どうしてということがはっきりと分からないのです。子供達の心は確実に荒んでいる、悲鳴を上げているにもかかわらず、真実を知らない大人は、自分達の乏しい経験や学識の中で色々と議論を交わしているだけです。そして、その解決方法は分からないまま、うやむやのうちに結局、時が流れていくだけなのです。
また、今はどこを向いても戦争です。家庭においては夫婦、親子、嫁姑、教育の場では受験戦争、職場では企業戦争、そして、大きくは国と国、民族と民族、どちらも正義を振りかざし、自己を主張し合い、相手の息の根を止めるまで闘いは続いていきます。これからますます世の中の混迷の度合いは増していくことでしょう。この流れに歯止めはかけられません。
本当はもうここまで堕落してしまった中にある私達です。しかしながら、そのことに、まだまだ気付けていないのが、実際のところです。
だからこそ、人間は、私は正しい、私は間違っていない、私は立派、そうやって、今も生き続けているのです。
ただ、いつまでもそうはいきません。自分達こそが一番愚か者であったと気付いていく道筋を、私達人間はこれから歩いていきます。自ら蘇るチャンスを与えていきます。
なぜならば、私達は愛だからです。分かりますでしょうか。私達は愛だから、自らに目覚めていくのです。そうです、私達は、本物の愛に目覚めていくのです。だから、天変地異が起こってきます。それも大規模な天変地異が起こってくるのです。天変地異は神の怒りではありません。天変地異は喜びです。真実に目覚めゆくための喜びのエネルギーなのです。そして、もうその天変地異でしか私達人間が真実に目覚めゆく手段は残されていないということです。天変地異が私達にとって最大かつ最終の愛なのです。
私達人間は、すべての頂点に立つものとして、この地球はもとより宇宙をも我がものにしようと、真っ黒なエネルギーを垂れ流してきたのです。そのエネルギーの中で地球という星は、今や瀕死の状態です。そして、そのような中にありながらも、この星は目覚めなさいと私達に警告を発してくれています。それが、今、地球上で起こっている大小様々の天変地異であり、これから先、私達が体験していく未曾有の天変地異なのです。
未曾有の天変地異が、私達人間に促していくものは、心の中に宿る神々を手放しなさいというメッセージです。私達の心が宗教というものを離していくまで、決して私達は幸せになりません。自分達は初めから幸せであったと分かるには、心の中に宿る神々を手放していかなければならないのです。救いを求める心、祈りを捧げる心、その間違った心に気付きなさいというメッセージが、これから、想像を絶する規模の天変地異として、私達人間に届けられます。
ここで間違わないでください。メッセージを届けるのは、私達自身です。私達が自分達に、次のようなメッセージを届けるのです。
「自分の外に作った神々には、あなたを救う力などありません。支配と破壊のエネルギーを撒き散らして、ますます混乱の中へ突き落としていくブラックパワーに他なりません。そのブラックパワーと手を組み、己の欲望を膨らませ続けてきたのが、これまでの私達の姿でした。もちろん、今もそうです。真実を知らない一人ひとりが宇宙に垂れ流しているエネルギーは膨大です。しかし、そのことに気付いていく、気付いていけるこれからなのです。」



ところで、今、私は、宇宙という言葉を出しました。宇宙といっても、皆さんが宇宙について連想される、例えば、宇宙ステーション、宇宙飛行、太陽系、銀河系……、といった形の世界のことではありません。それは、意識の世界、波動の世界を言います。『10.私達は、宇宙とともに次元移行をします』のところで、もう少し詳しく触れますが、そうです、宇宙とは、広い、広い、どこまでも広い、そして、温かい温もりの意識の世界、波動の世界を言います。それが、本来の宇宙の姿であり、実は、それが本来の私達の姿ですと、私は申し上げています。
しかし、私達は、その本来の宇宙、本来の自分達の世界を暗黒に変えてしまったのです。肉を本物として生き続けてきた私達は、愚かな生き物になり果ててしまいました。目先のことに心を振り回され、己の欲を満たし、自分の身を守り、自分を表していくこと、認めさせることに東奔西走する毎日を送ってきましたし、今もそうです。
しかし、人間は自分達が愚かであるとは思っていません。「私達は万物の霊長である、私達の智恵と勇気を持ってすれば、この宇宙をも動かしていくことができる」と、豪語しているのです。その驕り高ぶった欲望のエネルギーは、やがて、自らに返ってきます。それが宇宙の自然のリズムと合わないからです。自分が出してきたものは必ず自分に戻ってきます。これは宇宙の法、つまり、意識の世界の不変の法則です。人類は万物の霊長どころか、もっとも最低最悪、悪臭を撒き散らしているのが人類だと言っても言い過ぎではありません。
しかし、また一方で、本当に堕落の一途を辿ってきた人類の歴史の中で、ようやくその間違いに気付いていく計らいの中に、自らを誘っているのが私達なのです。もちろん、その道は険しいです。これからその気付きの時を何度も何度も体験していきます。
もう、この流れは変えることはできません。止めることもできません。その流れは、宇宙という真実の波動の世界に触れた喜びが、どんどん気付きを、促しを与えていくという流れです。私達人類の頭脳をいくら集積しようとも、この流れは厳然として流れているのです。流れに逆らえば逆らうほど、それは正確に自分達に返ってきます。そして、人類は自分達の愚かさというか、肉の世界の小ささに気付いていくようになっているのです。
肉の世界は、はかなく消え去る影の世界です。その世界を本物として生き続けてきたのが私達人間でした。それは間違いなのです。だから、その結果を私達は自ら受けていかなければなりません。私達もまた、宇宙の中にある不変の法則に従って存在していると知らなければなりません。
確かに、私達人間社会にも一定のルールが存在してきました。やがて生命と財産を守るための法律が成立し、互いに互いを縛り合いながら秩序は保たれています。それは時代により、国により異なり、決して不変のものではありません。宇宙の法というものは、私達が言っている法とか秩序とかいう範疇のものではないことは、分かってもらえますでしょうか。それは、どんなに時が巡っても決して変わることのないものです。
しかも、本来、私達はその法の中でしか生きられないのです。言ってみれば、法とは私達自身です。法からずれた思いは、人生の中で、自分に苦しみという形で返ってきます。しかし、その苦しみは、実は自らに与えていく喜びなのです。苦しみは乗り越えるものではなく、自らに促しを与えてくれるものです。苦しみとともに生きていける優しさと温もりが、あなたの中には溢れるほどあるということに気付かせてくれるのが、苦しみです。そして、その苦しみを喜びとして受け取れる心、その心を養い育んでいくのが、実は、あなたの本当の人生なのです。


3.心を見るということについて

ここまで、私が、セミナーの中でお伝えしてきたことを、かいつまんで話してみました。その中で、「心を見る」という表現がありました。初めて耳にされた人達も多いでしょう。そこで、心を見るということについて、少し語りたいと思います。
その前に、心を見るという「心」とは、一体何なのでしょうか。
私達はよく「心」は大切だとか、「心」豊かにとか口にしています。世間には「心」を謳う書物はたくさんあります。今は「心」の時代だとも言われています。いわゆる宗教の世界はみんな「心」を説いています。しかし、その「心」が分からなくなってしまったのが私達人間ではないでしょうかと、私はセミナーを通し、ずっと呼びかけてきたのです。
あなたは今、ひとつの肉体を持っています。その肉体があるから、あなたは確かに自分は生きていると思っておられます。しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。肉体が生きているのではなく、「心」が生きていると考えられないでしょうか。
また、生まれてきた人間は必ず死んでいきます。どなたにも死は訪れるのです。死はその肉体が消滅するときです。では、死を迎えることによって、あなた自身は消滅すると思っておられますか。それとも霊や魂となって彷徨い続けていると思っておられるのでしょうか。肉体があなたなら、その肉体とともにあなたは消滅していくことでしょう。しかし、あなたがその「心」であるならどうなのでしょうか。そして、霊や魂と「心」とは違うのでしょうか。
これらの点について明確な解答を出せる人などいません。世間ではまことしやかに伝えられていますが、どの宗教書を紐解いてみても肝心なところはぼやけているのです。なぜならば、真実を知らないままずっと存在してきたのが、私達人間だからです。その肝心なことというのが、今まで誰も解明できなかった、たったひとつの真実です。その真実に出会うことが、本当の人生を生きるということなのです。だから、私は少なくともこの本を手に取ったあなたに、本当の人生を生きてもらいたい、そして、ありがとうと言ってその肉体を離していってもらいたい、そう思っています。

さて、少々、話がそれかけましたが、あなたは「心」であり、心を見るということは、あなたを見る、見つめることだということと、真実を知っていくには、心を見る作業が必要不可欠だということを、念頭に置いて、読み進めてください。

心を見るというのは日常のあなたの生活の中で、あなたが今何を思い、どんな思いを出しているかを、その都度、確認していくという作業です。あなたが語り、行動する背景には、あなたの思いがあるのです。何を語り、何をしたかを重視するのではなく、その時のあなた自身の思いを自分の心の中で追っていく作業が、心を見るということです。
もう少し具体的な例を挙げてみましょう。
例えば、あなたが人に何かを言われたとしましょう。あなたにとってそれが嫌なことであっても、いいことであっても、その相手の口を通して語られた言葉によって、あなたの心に何か動きがあります。いいことを聞かされたときは喜んでいたのに、同じ人から嫌なことを言われたら悲しくなったり、怒ったり、落ち込んだりしませんか。それは一体どういうことなのでしょうか。相手の言葉や態度、あるいは、目の前の出来事で、自分の心が明るくなったり、暗く沈んでいったり、恐怖や疑い、憎悪の念を膨らませていったり、とにかく、心はいつもいつも動いています。その動く心を丹念に辿っていくと、私達はずっと相手の言葉や態度によって色々な思いを発してきたことが分かるはずです。そして、嬉しいとか、苦しいとか、つらい、悲しい、寂しい等々を繰り返しながら時を過ごしてきた、言うなれば、私はそのような様々な思いとともにある、色々なことを思っている私がここにいる、ということが見えてくると思います。心を見ていくと、悲しんだり、落ち込んだり、相手を罵ったり、そしてまた、殺したいほど憎んだりする自分、相手を思い通りに動かそうとする自分が、はっきりと見えてきます。
さらに心を見ていくと、相手がこう言ったから、こんな態度を示したから、こんな出来事に出くわしたから、様々な思いが自分の中に出てくると思ってきたけれども、本当はそうではないのかもしれないと思えてくるかもしれません。なぜならば、相手が何も言わなくても、何もしなくても、自分の心は、絶えず動いていると感じるからです。また、同じような場面に出会っても、そこから感じる思いも、出している思いも、その時その時で違っているし、相手によっても違ってくると気付きます。
それではその思いはどこから出てくるのか、なぜ出てくるのか、なぜ心はいつもいつもこんなに忙しく動いているのだろうか、心を見ていく習慣の中で、きっと色々なことが疑問として浮かび上がり、また、色々な気付きもあると思います。
こうして日々、日常生活の中で動く心を見つめていくことも大切ですが、あなたの心がストレートに出る相手は、何と言ってもあなたを生んでくれた母親なのです。あなたを生んでくれたお母さんには、あなたの思いがストレートに出てきます。あなたはあなたを生んでくれたお母さんを、今現在どう思われていますか。「お母さん」とあなたが心の中で呼んだとき、あなたの心に上がってくる思いはどんな思いでしょうか。それを正直に、ありのままにノートに書き綴る作業から、まず始めてみてください。自分を偽ることなく、飾ることなく思いを綴っていくことが大切です。
生まれて育ててもらった過程の中でお母さんに使ってきた心、長じて一社会人、あるいは、一家庭人となって母親に接したときに出てくる心、年老いていく母親に対して使っていく心、どんな時もあなたのお母さんはその肉を通し、あなたの心にある怒り、恨み、呪い妬み、恐怖、寂しさ、悔しさ等々、様々な思いを引き出してくれているのです。それがお母さんという存在です。それは、あなたを生み育ててくれたお母さんという存在を遥かに超えたもの、本当のお母さん、意識のお母さんという存在です。そして、その作業を重ねることによって、あなたを生んでくれた母親の思いというものに、あなたは触れていきます。
「お母さん、ありがとうございます。お母さん、私を生んでくださって本当にありがとうございます」、この思いが、あなたの心からふつふつと沸き起こってくるのです。それが本当の人間の心だからです。それが本当のあなた自身だからです。
心を見るということは、あなたの中にあるたくさんの思いに気付くということです。あなたの周りに存在する人達、あなたの周りで起こる出来事、それらによってあなたの中にある思いが引き出されていきます。その思いこそが、あなた自身なのです。あなたの心の中にあるから、その思いが引き出されてくるのです。すなわち、母親を通し、また、人と出会うことにより、そして、様々な出来事に出会うことにより、実はあなたはあなた自身と出会っているのです。そういうことが心を見る作業を通し、自分の心で分かってきます。
相手を嫌い、蹴落とし、憎む前に、あなたはあなたの心を見ていかなければ自分自身のエネルギーに翻弄され続けます。エネルギーに翻弄されて、自分が全く見えない状態に自らを落としていく結果となっていきます。本当の自分を知らないから、そんな自分を自分だと思ってしまうのです。自分が許せなくなったり、自分で自分が抑え切れなくなって、どこかにそれをぶつけていってしまったり、あなたはさらに混乱していきます。
しかし、あなたが心を見るということの大切さを知っていたなら、その荒れ狂うエネルギーの中においても、自分を取り戻していけるのです。やがて、あなたの中には限りない喜びと温もりが存在していることを、あなた自身が知っていきます。生んでもらったこと、生まれてこられたことをただ喜ぶあなたに、あなたは出会っていけるのです。その過程を歩むことが本当の人生を生きるということだと、私は知ってほしいのです。



あなたの心の中で、「私達の思いを聞いてください、私達を助けてください、救ってください」と、たくさんのあなた自身が生きています。それが病気とか、色々な出来事を通して表面化してくるのです。その時あなたが、自分が生まれてきた意味も、目的も、自分という存在も知らなければ、外へ外へとそれらの現象を解決する方法のみを求めていきます。もちろん、病気になれば医療の手助けを受けて、身体を治していくことは必要なことでしょう。その他、事態の改善に向けて肉を動かしていくことも必要かもしれません。しかし、身体を治すとか、事をうまく収めるとかが最終目的ではありません。そういうことから自分の心を見て、自分の出してきた思いを確認していくこと、そこから自分の間違いに気付いていくこと、そして、そんな自分自身を心で受け入れていくことが大切なのです。病気を治すため、事態をよくするために心を見ていくのではなく、心を見ることが目的なのです。そのために、あなたは病気というチャンスを自分に与えたり、その他、色々な不都合に出会っていったりするのです。すべては、あなたが自分で書いてきたシナリオの中のひとつに過ぎません。自分が自分に与えた課題なのです。しかし、肉の自分を本物とする生き方の中では決してそうは思えません。今、悩み苦しんでいることの解決方法ばかりを探すのです。しかし、それを解決する方法はただひとつしかありません。それは自分の心を見るということです。
すなわち、心を見ていかない限り、根本的に解決しないということですが、それが、なかなか分からないのです。

あなたの肉にとって不都合なこともみんなすべてよし、あなたにとってマイナスと思われることもみんなプラス、この図式が分かりますか。
マイナスは、いわゆる真実を知らないまま苦しんできたあなたです。今、ひとつの現象を通して、やっとマイナスのあなたが顔を出し、語り始めているのです。人を通し、出来事を通し、様々な苦しみをあなたにぶつけてくるのです。あなたはその中できっと右往左往することでしょう。表面上の事柄にとらわれて、その解決策に四苦八苦するかもしれません。肉のあなたはそうかもしれません。でも、そんな時ふと、あなたの心を覗いてみてください。そして、その現象を思うのです。すなわち、ひとつの現象を形としてとらえるのではなく、波動として感じていくのです。日々、心を見てこられたならば、きっと、そこから何かに気付いていかれることでしょう。目の前の出来事は大変な状態であっても、そこから感じられるものは限りない優しさではないでしょうか。
マイナスを得ることによって、あなたがそういうことに気付いていったならば、それらはみんなプラスに変わっていくということです。すなわち、マイナスを得たことにより、今まで見えなかった世界が見えてくるのです。そうなれば、最初はマイナスだと思っていたものが実はプラスであった、私には必要なことであったのだと、あなたの心で段々と分かってくるはずです。
私はマイナスを克服しなさいと言っているのではありません。世間ではよく「病気と闘う」とか「病気に負けないで」とか言われていますが、その心はとても冷たい心です。自分を全く知らないから、そういうことをやり続けているのです。病気とは闘うものでなく、受け入れていくものです。病を得たとき、あなたの肉体細胞に心を向けてみてください。あなたの肉体細胞からは、あなたを苦しめる思いは流れていません。あなたに間違いに気付いてほしい、あなたに優しい思いを流してほしい、肉体細胞はあなたにただそのことを告げているのです。
それは肉体細胞に限りません。人間以外の生きとし生けるものすべてから流れている波動は、優しさと温もりです。それは、それらがみんな真実を知っているからです。愛の中に生かされていることを知っているからです。人間だけが厳しくて、暗くて、冷たい波動を、この宇宙に流し続けてきました。だから、これから人類は未曾有の体験をして、自分達の間違いに気付いていくということです。

心を見る作業の中心柱は「母親の反省」と「他力信仰の反省」です。他力の神々に救いを、パワーを求めてきた心そのままを、あなたは今世の母親に使ってきたのです。それは二つ並行して反省を進めていけば分かります。母親に使ってきた心と、他力の神々を求め続けてきた心は、その根っこが同じなのです。
そして、肉のお母さんがどうとか、あなたが生まれてきた環境がどうとかではありません。あなたはその母親を選び、その環境を自ら設定して、この世に肉を持ってこられたのです。全部、自分がお膳立てした道筋です。その中で真実に目覚めるというか、本当の世界と出会っていく計画を、ご自分で立ててこられたのです。今、あなたがどんなに苦しい状況の中に肉を持っていても、それらはみんな自分で選んできたものなのです。だから、誰を恨むこともいらない、誰と比較することもいらないということです。あなたは、比較競争、呪いと恨みの中で存在してきたあなた自身を、本当は自由にしてやりたいと思ってきたはずです。しかし、その手立てが分からなかっただけなのです。
どうぞ、真っ直ぐに自分の心を見ていってください。自分の心の声を、叫びを聞いていってください。そして、苦しんでいるのが本当の自分ではなく、私は喜びであったと気付いていけるように、様々なシナリオを自分に書いてきたのだということを、その心で分かってください。
そのことが自分の心で分かってこない限り、今世もまたあなたの人生は失敗です。たとえ、どんなに富を築き、名声を得ようとも、あなたの人生は失敗なのです。自分は何を間違ってきたのか、なぜ間違ってきたのかということを心で気付けなければ、地獄から生まれてきて地獄に帰っていくあなたの転生は、これからも永遠に続いていくことでしょう。



どうぞ、あなた自身、目を覚ましてください。欲にまみれたあなた自身の心を見ていってください。
そのために素直になって、何も持たなかった赤ちゃんの頃のあなたを思い出していってください。あなたの目の前のお母さんに全託して、ただ喜びだけを発していたあなたの心に戻っていくのです。そのあなたの汚れなき幼子のような心が、あなたの心の奥底にしっかりと今でも息づいていることを信じていってくださいと、私はお伝えしているのです。その心で、その目で、今のあなたを見てください。確かに、あなたは社会に適合して立派に成長されているかもしれません。しかし、あなたの心にはヘドロのような汚れがびっしりとこびりついてしまっています。もちろん、それは今世の時間だけではなく、過去から引きずってきたわけですから、その心の掃除は並大抵ではできません。みんな自分は立派である、間違っていない、正しく生きてきたという思いが心にしっかりとあります。特に人生の荒波を乗り越え、混乱した世の中を生き抜いてきたと思っている人は、私はよくやってこれたものだと自分の人生を賞賛することはあっても、全く間違った生き方をしてきたという思いにはなれません。また今世も、頑固に頑固を上乗せするような人生を生きてこられた、ということなのですが、そんなことに誰が本気になって耳を傾けるでしょうか。
たとえ、人生八十年、健やかに過ごされても、それから先があるのです。死ねば終わりではありません。あなたの意識の世界はずっと永遠に続いています。ということは、あなた自身が永遠に続いているということです。そして今世、生まれて死んでいくという人生の時間の中で、ようやく、あなたは自分自身が永遠に続いていくと知るチャンスに出会っているのです。だから、肉のあなたは気付けなくても、あなたの中の意識達は本当に諸手を挙げて喜んでいるのです。それを肉のあなたがどれだけ信じていけるかということでしょう。

私はあなたの肉に向かって語っているのではないことを、あなたが分かってくださるには、私に思いを向けて、私の波動の世界を感じていくことが必須条件です。そうすれば、私を肉で知っていても、知らなくても、私はあなたの心の中から語っている本当のあなたであることが分かってくると思います。これは確かに難しいです。頭では分かりません。いくら頭を巡らしても出てくるのは疑問と疑念だけです。
頭を巡らせば、「洗脳されたくない、そんなことは信じられない、信じない、何が意識の世界だ、そんなものには騙されるな、もっと肉に心を向けろ、お前は幸せになりたいのだろう、ならばお前の肉の喜びと幸せをもっと求めていけ、お前の周りはみんなそうだ、その肉を表せ、その肉を高めろ、そして、金を手に入れろ、そうすれば、幸せも喜びもお前の思い通りだ、何でも願いが叶えられるぞ、そんなまやかしに心を染めていけば後で泣きを見るのはお前だ、今更何を言っている」、そのような思いしか出てこないでしょう。
本当のあなたをその心から捨て去って、肉のみに生きてきたあなたの心の歴史が、そのように語ってくるのです。このことは、ほぼどなたも同じでしょう。
しかし、そこでもう一歩踏み込んで、自分自身の心に尋ねてみるのです。
「今、私にそのように語ってくれているけれども、本当にあなたはそれで幸せだったのですか、あなたは寂しくありませんか、あなたは一体誰なのですか、私に何かを伝えようとしてくれているのではありませんか、あなたはそれを本心から言っているのですか、間違っていると思いつつ私にその苦しみを語ってくれているのではありませんか、あなたも本当のことを知りたいのではありませんか」、そのように自分の中で対話をしていくのです。最初から上手にできないかもしれません。しかし、これだけは憶えておいてください。どなたの心の中にもお母さんのお腹を通って生まれてきた事実があります。お母さんのお腹を通って生まれてきたということは、その時に本当のお母さんの思い、母の温もりに触れてきたということです。その母の温もりは決して消え去るものではありません。その母の温もりが、あなたの中であなたに答えてくれるのです。真剣に生きようとしているあなたに伝えてくれるのです。ただ、それを肉が自分だとする厚い壁が邪魔をして、今、まだあなたの心に届いていないだけなのです。母の温もりも、その厚い壁も、あなた自身です。ただし、母の温もりはあなたの中にもともとあったものであり、厚い壁はあなた自身が長い転生の間に作ってきたものです。だから、自分の心を見るということを繰り返していけば、どなたの心にもその母の温もりが蘇ってきて、厚い壁が段々に、ときには一瞬にして消え去っていくということが起こってくるのです。その意識の世界の仕組みを、私は様々な角度から伝えてきました。



4.本当の人生、本当の喜び、そして、本当のあなたとは

日常の中に喜びと幸せを見出そう、生きる生きがいを見つけ出そうと、一生懸命、真面目に生きていくことが間違っているのではありません。そうではなく、真実を知らずに生きていくということが、本来の生き方からずれているということなのです。だから、一生懸命、真面目に人生を生きたとしても、その人生は本当にお粗末な人生でしかないということを、私は申してきました。そして、そのことをあなたの心で知っていってくださいとお伝えしてきたのです。
家庭を築き、仕事をバリバリこなし、我が人生を謳歌しているかのように見えていても、その人の心の世界を覗いてみたら、さて本当に幸せであるのか、毎日を喜びで過ごせているのか、全く疑問です。なぜならば、その人達は自分がなぜ生まれてきたのか、どうして今そこに存在しているのか、そして、やがて自分が死を迎えたとき一体どこへ行くのだろうか、肉体の消滅とともに自分も消滅してしまうのだろうか等々、その問いかけに明確な答えを出せないからです。
生まれてきた意味も自分の本質も何も知らないまま、ただ、時の流れの中で浮き沈みの人生を送られているに過ぎない。果たして、それで幸せ、喜びの人生と言えるでしょうか。
身分、家柄、地位、名誉、財産、美貌、才能、幸せな家庭とやりがいのある仕事、たとえ、これらのものすべてを兼ね備えていても、その人が真実を知らなければ、その人の一生は順風満帆の人生にはならないと私は断言できます。それらのものは、その人が真実と出会っていくために必要なものであるに過ぎないのであって、そういうことによって人間の価値は決められないからです。この世のものをいくら手中に収めようとも、たったひとつの真実の前には何の役にも立たないということです。それらのものに生きる価値を見出そうとすることこそが間違いであるということが、分からなくなってしまいました。
みんなが仲良く暮らし、みんなが幸せに豊かになるようにと思うことは、時代を超え、国境を越えても変わらない思いであり、願いであるはずです。しかし、本当に私達は幸せで豊かになったのでしょうか。確かに物質的には豊かになり便利になったでしょう。でも、何かがおかしい、どこかがおかしいと感じてきている方も少なからずいらっしゃると思います。ですが、そういう人達も何がおかしいのか、どこがおかしいのか、はっきりと分からない状態ではないでしょうか。薄らぼんやり感じていることは、文化的、機能的で、利便的な生活と引き換えに、心は貧しくなったのではないかというくらいのものです。毎日毎日、目まぐるしく流れている時間の中で、どこかおかしいと感じつつも立ち止まって考えてみる人など、ほとんどおられないのが現実だと思われます。そんな時間の余裕も心の余裕も持てないし、また、いくら考えてみても分からないというのが実情ではないでしょうか。



あなたは本当に人生を生きておられますか。あなたはなぜ生まれてきたのでしょうか。

不平不満、愚痴を並べ、泣き笑いの人生は本当の人生ではありません。人生、生きていれば色々ある、喜びも苦しみもあって、それが人生だと思われていませんか。そうではありません。人生は喜びです。たとえ、あなたやあなたの家族が重い病を得られても、不慮の事故に遭われても、また、生まれながらにして障害を持たれていても、それらはみんな喜びなのです。しかし、形を見れば厳しく、喜びとしてはなかなか受け取れないでしょう。何が喜びなものか、私ほど不幸せな人間はいないと、社会を、環境を恨み、嘆きの時を過ごしていかれるのが常でしょう。肉を本物として物事を見れば、そういった現象は真っ暗なものにしか映りません。実はその現象を通して、あなたの心の世界が映し出されているのですが、あなたの心は現象にばかりとらわれていきます。自分の心を見る習慣のない方は、心が外に、自分の外に向いていきます。だから、この苦しみから救ってほしい、何とかしてほしい、この苦しみさえなくなれば私は幸せになれると思っているのです。自分を苦しめているのは重い病であり、不慮の事故であり、その他諸々の自分の肉にとって不都合な出来事だと思うのです。そして、自分の肉を、あるいは、肉の心を救ってもらおうと、他力のエネルギーを求めていきます。それが他力信仰です。救ってください、助けてください、何とかしてください、その思いを出せば出すほど、苦しみの中に自ら埋没していっていることが分からないのです。
私達は苦しむために生まれてきたのではありません。それらの現象はあなたを苦しめるものではなく、あなたがあなた自身に送っているメッセージなのです。間違っていますよ、気付いてくださいと、あなたの心の中からのメッセージが、そのような形で出てきているだけなのです。だから、形を見れば厳しいかもしれませんが、そこから流れてくる波動は喜びなのです。その現象を通し、心を中に向けることと波動の世界を感じていくことを、あなた自身は学んでいくのです。
何度も死んでは生まれ、生まれてはまた死んでいく、その繰り返しの中で真実に目覚めるどころか、生まれてくるたびに心に重い荷物を背負い込んで死んでいったのが、私達人間でした。肉を持てば肉の世界のことに心を紛らわせていくことができます。そして、酔生夢死の中で蝶よ花よと夢うつつのうちに、肉の時間はあっという間に過ぎ去っていくのが、ほとんどの方の人生ではないでしょうか。
しかし、そんなものは本当の人生ではありません。例えば、あなたが人生を真面目に考え、一生懸命生きて、これこそ我が人生なりと満足の境地であったとしても、今現在、心のどこかに何か割り切れない、何かもやもやしたものはありませんか。なぜ生まれてきたのか、なぜ死んでいくのか、死ねばどこへ行くのか、決してあなたの心で解き明かせない疑問があるのではないでしょうか。
人は誰しも一度や二度、自分の人生を振り返る時が必ず訪れます。それは自分の中からの気付き、促しの時です。もっとも気付きとか、促しとかに気付けない人がほとんどです。自分の中が苦しいと訴えている、叫んでいるのに、ほとんどの人がその声に耳を貸さない冷たい心に成り果ててしまったのです。しかし、自分は冷たい人間だと思っていない、自分は一生懸命、真面目に生きていると思っているから、本当に人間は愚かとしか言いようがありません。



本当のあなたとは何ですか。

本当のあなたはその肉ではなく意識であると伝えました。本当のあなた自身に出会うために、あなたは肉というものをお母さんからもらって生まれてくるのです。
本当のあなたは溢れるほどの優しさと、尽きることのない温もりの中に存在する喜びのエネルギーです。本当のあなたは永遠に存在します。あなたは外にパワーを求めなくても、あなた自身がパワー、あなたは真なるパワーの持ち主なのです。しかし、この本当の自分自身を知っていくということは簡単なことではありません。なぜならば、あなたの心の中には、自分は肉であるというところから作り出してきた様々な暗くて重いエネルギーが、たくさん詰め込まれているからです。あなたが過去より作ってきた、その真っ黒なあなた自身と出会っていくことから、本当の自分自身と出会う旅が始まるのです。それには心を見るということをおいて他にないということなのです。

あなたの人生の目的は何ですか。何を成すために、あなたは今そこに存在しているのでしょうか。

一度きりの人生だから、我が人生を大いに楽しみます。世のため、人のため、家族のため、そして、会社のために骨身を削り、日夜努力しています。
もう、こんな人生やめにしませんか。自分の人生は自分のために生きるのです。それが本当の人生です。自分のために生きるというのは、先ほどもありましたように、自分の中に生きているたくさんの自分と出会っていくということです。あなたの中の意識達は、みんな助けを、救いを求めています。それはとりもなおさず地獄に沈み込んできた、たくさんのあなたに他ならないのです。その自分を救っていくことが、あなたが肉を持って、この世に生まれて、あなたが成していく唯一の仕事なのです。会社を興し会社を育てること、あるいは、家族のために企業戦士となって働くこと、素晴らしい作品を残しここに我ありと名を残すことが、あなたの仕事ではありません。それらを通して自分の心を見ていくのです。みんな人生の目的が分からずに、目先のことに心を奪われ、せっかくもらった肉の時間を無為に過ごしているのが現実です。
お金を稼いだり、有名になったり、人生の成功者になるためではありません。先ほども申しましたように、過去よりあなたが作ってきた真っ黒なあなた自身と出会うために、人生という時間があるのです。そのためにあなたは会社を興していくかもしれません。坂道を転ぶように転落の人生を歩むかもしれません。それは、みんなそれぞれが決めてきたシナリオであって、この世に名を残したから立派、社会から脱落したからどうとかではありません。
いかに間違ってきた自分に気付いていけるか、苦しみのふちに沈んでいるたくさんの自分自身に真実を告げることができるか、というのが人生の目的です。そして、本当の人生を生きるということが心で分かっていけば、人生すべてが喜びであることが分かってきます。どんな状況にあろうとも、肉を持って真実に触れることができたならば、苦しみがみんなたちまちのうちに喜びへと変わっていき、人間本来の生き方、死に方が心で分かってくるからです。
尽きることのない優しさと温もりの中にあなたは包まれています。そんなあなたが本当のあなた、その本当のあなたと出会うことが人生の目的です。



5.ここで「死」ということに触れてみましょう


あなたは自分の死をどのように受け止めておられますか。真っ直ぐに真正面から死と向き合えますか。死というものを忌み嫌い、自分の死を見つめていけない心があるのではないでしょうか。まだ若いからそんなこと考えたことがないと言われる方も、死は突然にやってくるということが考えられませんか。また、若いから死にたくないのではなく、年齢を重ねていてもその肉にしがみついている方はたくさんおられます。そして、健やかに長寿であれば幸せだと思っています。死ぬまで元気で、死ぬ時はコロリと逝きたいと、みんな願っています。
みんな、その肉だけが自分だと思って生きてこられた結果、その肉を離すことに恐怖の思いをしっかりと持っています。過去に何度も味わってきた恐怖が、あなたの心に記憶されているからです。だから、若いうちはもちろんのこと、年齢を重ねても死と真向かいになれないのです。
ありがとう、心からその思いで自分の肉体細胞を思い、慈しみながら、その肉を離していく人は一体どれくらい、いらっしゃるでしょうか。ただ単に、命を永らえるために薬漬けの日々を送っている人も多くいます。しかし、不老長寿の薬などありません。いつかは必ずやってくる死です。心に不安と恐怖の思いを抱え、最後に縋るのは神、仏でしょうか。そんなことは空しい、哀れなことだと思いませんか。それよりも、しっかりと自分の歩いてきた人生を振り返る時間の中で、真実を知っていかれ、本当にありがとうございましたと、その肉を離していくことができたなら、どれほど幸せなことかと思われませんか。
あなたが生まれてきたのは偶然でもなく、必要があったからその今の肉をもらってきたのです。あなた自身が望んだ環境、その他すべてを選んで今のあなたがそこにいるのです。真実を知らずに、また、あなたは今世もその肉を閉じていくのでしょうか。
真実を知らない世界は、真っ黒な真っ暗な闇の世界です。もがき、喘ぎ、苦しみ、のた打ち回り、そして、やがて身動きさえできない重苦しい闇の奥底に沈み込んでいくのです。肉を本物とする人間達が、やがて自分の死を迎え、その肉体を捨てていったとき、帰っていくところはそんな世界です。
死んで地獄へ行くのではありません。今、あなたはすでに地獄の住人なのです。ただ肉を持っているから、肉で覆われているから分からないだけで、その肉を離せば、あなたの心の世界、意識の世界はもろにあなたを覆い尽くしていきます。ということは、あなたが真実の世界を知らなければ、肉を持っていても持っていなくても、生きていても死んでいても、地獄の中にあるということです。
我が人生に悔いなし、本当にそうでしょうか。では、あなたの人生とは一体何なのでしょうか。あなたが死ぬその瞬間までが、あなたの人生なのでしょうか。
こういうことに、はっきりと答えてくれたものに、今まであなたは出会われましたか。確かに今の世の中、情報は豊富で処世術の類の書物は氾濫しています。また生きていくコツ、処世術は、それなりに人生経験を重ねていけば身に付きます。その道を極めた人のお話は参考にもなり、ときには深い感銘を受けられて、いい刺激を与えてくれると思われているかもしれません。しかし、それらはみんなある程度までで、それから先はありません。そこから真実に出会うということは決してありません。結局はみんな何も分からないまま、この世という濁流の中で浮き沈みしながら日々を過ごし、時が来ればその肉体を離していくだけのことです。そして、あなたを待っているのは、寂しくて、苦しくて、冷たい真っ暗な世界です。肉を自分だと思っている意識は真っ逆様に落ちていきます。奈落の底に沈み込んでいきます。実は肉を持っている時も、その世界に住んでいるのだけれども、肉というクッションで心を紛らわせているだけのことであり、その肉を外していったとき、すなわち、肉がない状態になれば、その世界がもろに、そして、鮮明に現れてくるということなのです。
誰一人例外もなく、死ねば自分一人の世界です。あなたの世界にはあなたしか存在しません。どんなに苦しくても、どんなに寂しくても、誰も何も答えてくれない、ただあなたがそこにあるだけなのです。その時、あなたはどうするのですか。この世のことなら色々な方法をもとに、それなりの結果が得られるかもしれません。しかし、何もない、ただあなたの心があるだけで、しかもその世界は真っ暗な世界です。それがあなたの心を覆い尽くしていくのです。この世でどんなに頭脳明晰を誇った人も、何も分からない無知なまま、地獄の奥底に沈み込んでいくだけです。
だから私は、あなたが肉を持っている間に、心を見るということを通して、地獄に落ちているたくさんの自分と対面してくださいと言っているのです。そして、心だけになった自分自身に対して、本当のことを伝えられるあなたに蘇ってくださいと申し上げているのです。人に恵みを施したり、人の面倒を必要以上に見ていく余裕など、どこにも残されていません。自分の実態が心で分かったなら、あなたは必死で自分の心と向かい合うことでしょう。限られた肉の時間の中で、そうすることが最大の優しさだと分かってくるからです。そして、それは自分自身に対してだけ優しいのではなく、その優しさはあなたの周りにも波動となって流れていきます。その優しさはパワーです。まさに真のパワーだから本当の意味で人を癒していくのです。
癒しの音楽、癒しの香り、昨今は癒しのブームでありますが、本当の癒しとはあなた自身のその心の中にあることを知っていってください。
自分を癒していくのは、あなたの中の優しさと温もりです。あなたの心は誰も救えません。祈って、祭って、救われるものならば、地球人類はもう遥か昔に救われています。
いまだに闘いの日々を費やしている愚かな人類です。真実が分からなくなってしまった人類は狂っています。その狂ったエネルギーが、この地球上で色々な形となって現れてきているのです。もう、そのエネルギーは地球全土を覆い尽くす勢いです。
これから人類は大変な時を迎えます。肉がすべてだと生きてきた人類にとっては、見るも無残な体験をしていきます。もう成す術もないほどの打撃をこの地球は受けていくことになるでしょう。みんな愚かな人類が自らに矢を射り、弓を引いてきた結果なのです。



今まで肉を自分だと思い、肉の幸せと喜びを最優先してきた生き方というものが、どれだけ無知な生き方か、どれだけずれた生き方か、段々と分かってこられたでしょうか。
しかし、どの生き方を選んでいくかということは、どこまでもあなたの自由です。そして、その結果もあなたのものですよと私はお伝えしています。
自分が選んできた結果だけを見て、つらいとか、苦しいとか、悲しいとかを訴えて、その原因となるものが自分の心にあることを横に置いておいて、人を責め、社会を呪っていくことが、どれだけ愚かであるか分かりますか。みんな様々な理由をつけて責任転嫁していくのです。誰も自分の責任を取れない、それは本当のことを知らない無知な人間だからです。だからと言って、私は決してあなたに強制する思いはないのです。私の言うことを聞きなさいと上から物申しているとか、諭しているとかは一切ありません。
私はあなたの心で分かってくださいと、お伝えしているだけです。真実はこうですよ、これが本当のことですよと、私は皆さんの前に提示してきました。それを受けていくのは、すべてあなたの心次第なのです。この私の思いというものは一貫して変わりません。
あなたが過去において、どんな人生を歩いてきたかは問題ではありません。それよりも、その時どんな思いを使い、どんなエネルギーを流してきたか、自分の出してきたエネルギーを、どのくらい感じてこられただろうかということが大切なことなのです。私は一人でも多くの方に、なぜ自分が生まれてきたのか、なぜ死んでいくのか、ということを立ち止まって考えてほしいと思っています。そして、この本がそういうことに触れていくきっかけになってくれればと思っています。
確かに三億六千年、それ以上の心癖を弱めていくのは大変困難なことです。しかし、あなたが素直な心を思い出し、欲得なしに本気になって自分の生き方、死に方を考えるなら、私がこの本を通して伝えようとしていることは、きっとあなたの琴線に触れていくことでしょう。
私はあなたに本当の幸せと喜びを知ってほしいと心から願う者です。そして、本当の幸せと喜びはあなたの中にある、あなた自身が幸せ、喜びの存在であることに心で気付いていってくださいと、お伝えする者です。
毎日を喜んで、楽しんで過ごされているのは、それはそれで大いに結構かと思います。しかし、それだけに踏み留まってほしくない、やはり、本当の人生を生きていってくださいという思いがあります。誰かに依存する、あるいは、何かを頼りにする生き方ではなく、一人ひとりがもっと自分を大切にしていってください。もっと自分を信じていってください。まず、ご自分が本当に幸せになってください。いいえ、すでに幸せなご自分であることに気付いていってくださいということを申し添えておきます。
そこで、今まで誰一人として私のお伝えしたいことを分かった人はいないのかというと、そうではありません。私はセミナーを通し、私のお伝えしたいことを証明してくれた、心で分かってくれた私の仲間と出会わせていただきました。だから今、私は最高に幸せな時を迎えています。我が人生万歳です。今世の仕事を終えて、意識の世界に戻れる私は本当に幸せです。


6.神と金に狂い続けてきた人類


人類の歴史は神と金に狂ってきたと言っても過言ではないでしょう。神の力と金の力、両者を手にすれば怖いものなし。すなわち、人類の根本には、ずっとこの神と金が鎮座してきました。それらが幸せを運んでくれるものだという思いが心にこびりついています。そして、それが世間の常識です。
口で奇麗事を言っても現実問題としてお金は必要だ、だから、私は一生懸命働き、お金を稼ぎ、幸せになろうとしてきた、あるいは、神を敬い、神を貴び、神に祈りを捧げる、それのどこが間違っているのだというこれらの思いは、程度の差こそあれ、どなたの心の中にもあったはずです。いいえ、今もその思いのまま人生を生きておられる方がほとんどではないでしょうか。
私はあえてそういう人達と論じ合うということは致しません。その人達の生きてきた人生を全体から眺め、そして、その人達の意識の世界に思いを向ければ分かるからです、感じられるからです。思いを向ければ、その人達は、「私は本当の人生を生きてこなかった。本当の人生が何か分からなかった」と語っているはずです。自分達の人生には根本がなかった、抜け落ちていたということを、そのように表現してくるはずです。形の上でその人達の言動だけを見ていると、まっとうに生き抜いてこられたと映ることは、往々にしてあります。しかし、決してそれは真実のその人達を語っていないのです。根本の抜け落ちた人生では、真実の自分を語ることはできません。何も分からずに生き、何も分からずに死んでいく人生なんて、何とも哀れではありませんか。たとえ、安穏に生き永らえたところで、根本がなければ、いずれ中の意識達、つまり自分は、またしても苦しい世界に沈んでいかなければならないのです。もちろん、肉体細胞は最後の最後まで愛を流し続けています。その愛に支えられて自分は生かされているということすらにも、全く気付けなくなったその心たるや、お粗末至極だと言えましょう。
根本が腐り切っていては、その上にどんなに立派なものを築こうとも、それはあっけなく崩れ去ってしまう砂上の楼閣だということを、心に留め置いてください。このように申しましても、私達はその根本が何かということも分からなくなってしまったし、従って、土台が腐り切っていることにも全く気付けていない状態です。まさに、神と金に狂い続けてきた人類です。特に、人類の大きな間違いは宗教というものを生み出したことです。自分達の幸せと繁栄のために、神、仏に祈る、縋る、摩訶不思議な力を求める、その思い、そのエネルギーは、破壊のエネルギーです。その実態を知らずにどんどんどんどん増幅していったのが、今現在の私達人類です。それは地球各地で起こっている戦争、テロにその姿が如実に示されています。聖戦とは名ばかり、どうして人と人とが憎み合い、殺し合うのか、神の名のもとに闘いの真っ黒なエネルギーを垂れ流していることに、彼らは気付けないのです。
もちろん、彼らだけではありません。真実を知らない人類は、己の無知とエゴと欲をむき出しにしているのです。表面は慈悲と愛の綺麗な言葉で飾り、敬虔な態度を示し、正義を唱えても、そこから流れるものはすべてを破壊していくエネルギー、真っ黒なヘドロのような悪臭漂うエネルギーなのです。もちろん、エネルギーだから仕事をしていきます。それがあちらこちらで勃発する闘いであり、その他、気象にも作用します。そして、この地球上で起こる様々な事件、事故も、すべてその表れなのです。


ところで、あなたは、人を救うとはどういうことだと思いますか。人を救いゆくことが、本当に心優しき慈愛に満ち溢れた行為でしょうか。救いの手を差し伸べることが、本当の優しさでしょうか。もちろん、ここで言う人を救うとか、救いの手を差し伸べるという意味は、目の前の差し迫った危険などから、人を救い出したり、今、困っている人達の手助けをしたりするということではありません。人を救う、いわゆる、人の心を救うということについて、あなたは、どう思っておられますかとお尋ねしています。その行為をするときの自分自身の心を見てくださいと、私は言っているのです。
どんなエネルギーがそこに働いているのか、どんなエネルギーと繋がっているのか、心を見ていけば分かります。救ってください、救ってあげましょうと思いを広げていくことは、真実を知らないがゆえの愚かさです。誰も何もあなたを救うことなどできません。あなたはあなた自身で救っていくのです。あなたは愛だからです。あなたは愛だから、あなたはあなたを自分で救っていけるのです。愛は優しさです。愛は温もりです。みんなその心に愛をいっぱい持っているのです。しかし、みんなその愛を知らずに存在してきただけのことです。愛はあなたの外にはありません。本当の優しさ、温もり、安らぎは、あなたの外にはないのです。しかし、人は、愛を外に求めます。温もり、安らぎを外に求めます。そして、人に優しさや温もり、安らぎを求めていった結果、裏切られて嘆き悲しみ、あるいは、呪って恨んでいきます。それはお門違いなのです。そういうものには、本当の優しさや温もり、安らぎはないからです。何度も何度も数え切れないほどの失敗を繰り返してきたことが、あなたの心の歴史を紐解けば分かります。肉に愛を求め、肉に喜びと幸せを求め、絶望のふちに沈んでいったたくさんの過去を、どの方も持っているのです。
それは神も同じです。過去に間違った神を求め、自分の思いを果たせなかった、自分の思いを聞き入れられなかった恨みつらみが、あなたの心の中には息づいています。
そして、神とは崇め奉るもの、神とは恐れ多いもの、神とは人間を遥かに超越した存在である、その思いを今もあなたの心は引きずったままなのです。だから、あなたは今現在幸せではないのです。「いいえ、私は幸せです」「私の人生は幸せな人生です」とおっしゃるかもしれません。しかし、あなたは本当の幸せと喜びを知らないと、私は、あえて申し上げます。あなたが幸せだ、喜びだと感じているものは、吹けば飛ぶような薄っぺらなものでしかありません。そして、その幸せも喜びも、あなたがその肉を離すと同時に消滅してしまうものなのです。なぜならば、それらはみんな肉にまつわる幸せと喜びだからです。
私があなたに本当に知っていってもらいたいのは、あなたがその肉を離した後も、ずっと消えない幸せと喜びです。では、そういうことは可能なのかと言えば、可能なのです。だから、私は本当のことを知ってくださいと、私の生涯を懸けて伝えてきたのです。

話を元に戻しましょう。先に記しましたように、この学びの中にも、いわゆる霊能者、チャネラーと言われる人達は、たくさんいます。いいえ、学びに集って来た大半の人達は、チャネラーです。意識の世界を語る人達です。しかし、その人達が語る意識の世界とは、一体どんな世界なのか、どんなエネルギーと繋がっているのかということになれば、少々事情が違います。
ここで言うチャネラーでさえ、そんな状況でしたから、巷の霊能者、チャネラーと言われている方々は推して知るべしだということです。その方々は自分自身がどんなエネルギーと通じ合っているのか、全く知らない状態です。それにもかかわらず、その霊能現象を通して己を表していっているだけのこと、いうなれば、そのチャネラー自身も操られているに過ぎない、全く無知であるということです。
救ってください、救ってあげましょう、教えてください、教えてあげましょう、これは全く間違っているのです。救いの手を差し伸べる、教えを垂れる、何か救世主のようであって素晴らしいことのように映りますが、それは形から推し量っているからです。すべては波動の世界です。言葉や態度ではありません。どんなエネルギーと通じているかです。真実を知らない人達が通じているエネルギーは、みんなブラックだと思ってください。物事を言い当てるとか、不思議なパワーを感じるとか、オーラがあるとか、それらはみんなブラックの世界と通じています。だから、そういうところに心を向けていかれた方は、結局は哀れな末路を辿っていかれるのです。一時いい兆しが現れたかのように見えても、それはほんの一時です。そういうことが分からなくなってしまったのは、人間の心の根本に、肉基準の思いがしっかりとあるからなのです。
何度も言います。真実はあなたの心で分かることなのです。あなたの外に真実はありません。あなたの外に救いを求めても、あなたは救われないのです。救われると思うそのあなたの心を見ていってください。
宗教では人は絶対に救えません。それは今の世の中を見渡せば一目瞭然です。どうして今もなおこの地球の至るところで闘いが繰り広げられているのでしょうか。人類の幸せと繁栄どころか、宗教を求めるエネルギーはすべてのものを破壊し尽くしているではないですか。神の名のもとに、平気で人殺しが行われています。人類が祈れば祈るほど、祭れば祭るほどにブラックのエネルギーを垂れ流しているのです。
その結果は、やがて起こりくる宇宙的規模の天変地異として、人類の目の前に示されていくでしょう。



また、宗教とともに、人類を狂わせているもうひとつの大きなものはお金です。今の世の中はと言うと、今はお金中心の世の中です。
お金さえあれば何でも買える、どこへでも行ける、おいしいものを食べることができる、何でも好きなことができる、だから私は幸せ、そんな短絡的な思考が決しておかしいとは思えない心の貧しい人間が、満ち溢れています。ですが、みんな心が貧しいとは思っていません。働く時は働き、そして、遊ぶ時は遊ぶ、私は大いに人生を楽しんでいます、案外そういう方は多いことでしょう。そうすることがいいことだと思っている、そうできる自分は幸せ者だと思っています。そして、教養を身につけ、豊かに暮らしている私は立派でしょう、私は幸せでしょうと、一生懸命外に向かって自分が幸せだということを主張しているのです。そう言っている自分の心を覗けば、決してそうではないことが分かるはずですが、もう心の隅々までお金というものに汚染されてしまっているから、そこから自分を解放していくことは難しくなりました。お金を稼ぐ人は偉い人、この世の成功者、世の中の流れは今どんどんどんどんその方向に流れていっています。お金には魔力がある、黒のものも白になる、この世はまさしく金次第、この風潮は今後もますます強まっていくことでしょう。お金によって人々は狂っていったのです。だから、金額の多寡にかかわらず、人を殺すことなど日常茶飯事に起こってきます。今やお金に対する欲の思いは天井知らずの勢いです。
そんな中に私達は今肉を持って、生活を送っているということを知っていかなければなりません。
そうです、この世はまさに濁流なのです。しかし、濁流を濁流と思っていない人がほとんどです。それが人間の悲劇と言えばそうでしょうが、心で気付いた方々から本当の人間としての喜び、幸せの道を歩いていってほしいと私は思います。
もちろん、肉を維持していくためには今の世の中、お金は必要です。色々な物、様々なサービスは貨幣という一定の基準に換算されています。だから、それらを手にするためには換算されたお金と交換しなければなりません。それが人間社会が作り出した経済社会です。ただ、それだけのことです。にもかかわらず、お金というものに振り回されて、自分が見えなくなってしまった愚かな人間が増え続けています。無知なままに肉をもらい、肉を捨てていく人間ほど哀れなものはないと、私は思っています。

ところで、あなたが今、どのような場所で、どんな家族を持たれ、あるいは、どのような人間関係の中で日々を過ごされているかは千差万別ですが、今現在どうでしょうか、あなたご自身、幸せですか。では、あなたが幸せだと思うとき、それはどんな時なのか、何をもって自分は今幸せだと思えるのか、言えるのか、客観的に見つめられてはどうでしょうか。
また逆に、自分は今不幸せだと思うならば、なぜそのように思っているのか、これもまた第三者的に眺められたらいいと思います。
あなたが今この世の春と思えるほど幸せな時であっても、また、暗いどん底の日々を迎えていても、その中に埋没しないで、少し外側から自分というものを眺められる心の状態になられることを、私はお勧めしたいと思います。
そういう心の状態から、あなたを含め、あなたの周りを見渡せば、決してケ・セラ・セラが良いとは申しませんが、この形の世界の中で、絶対ということはひとつもないと思えないでしょうか。
肉、形の世界において絶対ここは譲れないとか、これだけは唯一絶対のものであるとか、そういうものは本来存在しないのです。本来存在しないものに、あなたが縛られているだけです。いいえ、あなたの心があなたを縛っているだけなのです。だから、あなた自身が心を広げて、狭い視野の中に、自分を押し込んで、はまり込んでいることに気付いていかれたらと思います。何も貪欲に求めなくても、そして、歯を食いしばって頑張らなくても、気張らなくてもいいのです。もっとそこから心を離して、心軽やかに生きていかれたらと思っています。
ひとつの物にこだわるというか、執着する心では苦しいだけです。たとえ、今幸せを絵に描いたようなあなたであっても、それを失いたくないとしてしがみついていたり、自分の幸せを誇ったり、その心で周りを見下げたりする思いを抱えているようでは、本当にあなたは幸せだと言えるのでしょうか。また、あなたが朝から晩まで不平不満を言い、愚痴り、嘆き、恨みつらみの思いばかりを吐き出しているならば、あなたは間違いなく不幸せでしょう。そのあなたの心があなたを不幸せにしているということが、分かりますか。あなた自身が幸せから遠ざかっていっているのです。

形の上での幸せも不幸せも、意識の世界から見れば、みんな幸せなのです。自分が今ここにこうして存在していることが、もうすでに幸せなことなのです。自分が生きていると思っている人からすれば、どうしてそんなことが幸せなことなのかと思われることでしょう。そういう方達には、やはり、形が整って、誰が見ても幸せだと思えるものが幸せの基準になっているのでしょう。だから、人類はお金によって狂っていくのです。幸せを運んでくれるものはお金であるという考えは、本当に根強いです。
お金と神様が私達を幸せにしてくれる、それが他力信仰をしてきた人間の本音です。幸せを貪欲に求める心を押し隠しているだけで、中身は無知とエゴと欲のエネルギーが渦巻いています。神を祈り、祭り、お金も何もかも献上します、だから、どの人よりも私を幸せにしてください、私の望みを叶えてくださいとやっています。信仰厚き人は欲深い人です。祈る姿は敬虔な姿ではありません。神様に手を合わせて何を祈るのでしょうか。何を願うのでしょうか。自分の健康と会社や家族の安泰ですか。本当に欲深いと思いませんか。しかし、この日本の国においても、毎年、お正月になればそんな映像が、必ず放映されています。
もとより、この日本の国は天照を神として奉ってきた国です。今現在、様々な新興宗教が乱立していますが、日本の国は古来より天照のエネルギーの中で成り立ってきた国です。敗戦後、社会的、経済的に目覚しい復興を遂げ、今に至っていることも、この天照のエネルギーによるところが多大です。
そして、今や日本の国における社会情勢、経済情勢、対外的環境等々、あちらこちらから不具合が出てきています。いわゆる天照の国、日本の根幹が揺らぎ始めてきたということです。形の世界に生きているほとんどの方は、まだそういうことには気付いていません。しかし、これから日本の国を取り巻く環境は極めて厳しいものになっていくでしょう。それも天照のエネルギーの強いところから、それが表れてきます。今まで君臨してきた天照のエネルギーに異変が生じてくるのです。天照のエネルギーの中でがっちり固められてきたものが、崩れ始めてきているということです。まず、そこから始まり、神や仏が祭られている信仰深きところがおかしくなっていくのです。他力の神々に心を向けていくということが、どんなに人間の心を狂わせていくか、そんな幸せや喜びとは似ても似つかない様相を呈していくことになるでしょう。どれだけ手を合わせ、祈り、願っても、すべてが崩れていくのです。それはなぜなのか、宗教的な表現をすれば一条の光が射したということでしょうが、まさにそのブラックパワーがこれから大きく変わっていこうとしています。


何が喜びで、何が幸せか分からなくなってしまった私達ではないでしょうか。肉を自分だと思ってきた私達は、地獄のふちに沈み込んでしまった状態です。その私達が今世の時間と空間を自らに与え、真実に目覚めていこうと、それぞれに肉を持ってきたのです。特に今世セミナーに集われた方々は、その思いが非常に強いのです。そして、この本を手に取られた方々も、ご同様だと思います。ご自身に自覚があるかないかは別として、その意識の流れの中で肉を持たれてきたということです。
私達はみんながみんなすべて間違ってきました。その間違ってきたことに出会うことにより、真実の道が開けていくという道筋がそれぞれにあるのです。だから、あなたの今世の人生は苦しかったはずです。その苦しみから自分自身を解き放していこうと、あなた自身が強い決意のもとに生まれてきたことを、どうぞ、心を見る作業を通し、あなたの心で思い出していってください。
人生は喜びです。生まれてくるということは喜びなのです。そのことに一日も早く心で気付かれることを、私は待ち続けています。

真実はあなたの心の中にあると、私は申してきました。あなたが本当に自分の人生を真剣に考えるなら、自分がなぜ生まれてきたのか、何のために生まれてきたのか、まず、その疑問が心に浮かび上がってくると思います。そして、幸せ、不幸せとは一体何だろうか、人それぞれ様々な人生模様が描かれていく中で、何をもって自分は幸せであるとか、不幸せであるとかを言っているのだろうかと考えるのではないでしょうか。
私は、心を見るということを知らない人は決して幸せになれない、いいえ、幸せが分からないと思っています。その方々は自分が初めから幸せな存在であることに気付けないからです。生まれてくること、お母さんから肉をもらうということ、それがどれだけ幸せであるのか、心を見ることを知らない人には分かるはずがありません。そして、幸せが分からない人達が集って、幸せになろう、幸せになりたい、幸せにしてやろう、とやっているのです。甘い言葉に乗せられて欲と欲が引っ付いていきます。男と女の世界もそうでしょうし、宗教の世界もそうです。そこに渦巻く欲の世界は、ドロドロのヘドロで覆い尽くされた世界です。悪臭が、死臭が立ち込めている世界です。どんなに外見を綺麗に装っても、繕っても、その方々から流れる波動の世界が物語っています。そんな悪臭プンプンの波動を流されている人が幸せになれるわけがありません。しかし、世間ではそれが通用するのです。お金があって、教養があって、美貌があって、何不自由ない生活があってとくれば、何と幸せな人だろうか、私もその人にあやかって幸せになりたいと、欲ぼけの人間が群がっていくのです。
そうやって、みんな何も分からずに濁流の渦の中に飲み込まれていきます。その中で、こうして本当のことに巡り会ったあなたには、そんな愚かな生き方の流れを、ぜひ今世こそ自分の中で変えてもらいたいと、私は思っています。濁流に流されながら実は流されていない、そんな生き方をしていってほしいと、私は思うのです。
確かに難しいです。しかし、それはあなたの心の中に過去より積み重ねてきた心癖、他力の心癖が根を張っているから、あなた自身難しいと思っているだけなのです。その心癖を少しずつ弱めていったとき、ああ、私は間違ってきましたと心の底から懺悔の思いが出てきます。自分自身に申し訳ありませんでした、お母さんごめんなさいの思いが噴き出てくるのです。懺悔は喜びです。止めどもなく溢れてくる喜びです。どれだけ間違い続けてきても、今確かにここにこうして存在を許されていることが嬉しくて、嬉しくて、ありがたいだけです。そうなってくれば、もう何も要らない、誰も必要としない、私はこの心からの思いがあれば、もう何も要りません、となってきます。本当にそのような思いがふつふつと沸き出てくるのです。そのような心の体験をしていけば、あなた自身の物の見方、考え方、価値基準は全く変わることでしょう。
ところで今、他力という言葉が出てきました。通常、他力という言葉の反対語は自力ということかもしれませんが、ここで言う他力はそれとは違います。他力とは肉を本物とするところから発せられる思い、すべてを指します。また、他力の心とは、肉の喜びと幸せ、繁栄を願い求めていく心です。この世に存在する宗教はみんな他力の心が基準です。あなたに肉の喜びと幸せを与えましょう、授けましょうとするのが、他力信仰の世界です。だから、他力信仰は間違い、宗教は間違いなのです。
自分を肉だと思って、その肉を、この心を、助けてください、救ってください、何とかしてください、パワーを下さい、私に喜びと幸せを下さいと、祈り、祭り、縋っていく他力信仰は暗い暗い真っ暗な世界です。
ご自身の心が敏感であるならば、その他力信仰で祭られている神々、あるいは、そこで崇め奉られている教祖のほうに心を向けられたらいいのです。あなたの心で感じられるはずです。どんな世界が心に伝わってきますか。穏やかで、安らかで、幸せな世界ですか。絶対そんなことはありません。
あなたが自分の心を見ていったとき、ずっとその他力の中で生き続けてきたことが分かってくると思います。肉として生まれ、肉を自分だと思って生き続けてきた心の歴史、それはもう気の遠くなるほど、あなたの心の中に詰め込まれています。そしてまた、肉として死んでいった過去のあなたがごまんといます。あなたはご自分をその肉だと思ってこられたから、自分の外にパワーを、力を求めてきたのです。本当のあなたというものをあなたは知らないまま今に至っています。もし、あなた自身、その心で自分の姿を知っていったなら、もうそんなバカげたことはなさらないでしょう。自分の中に自分を救っていく真のパワーがあることを、心ではっきりと感じられるからです。私はそのことを言っているのです。あなたは、あなたが今考えておられるようなちっぽけな存在ではありませんよと、私はお伝えしているのです。
嬉しいですよ、あなたが自分の本当の姿をその心で知っていかれたなら、あなたの人生観は一八〇度変わっていくことでしょう。私はそのような方が一人また一人と出てこられることを、ただ信じて待ち続けています。
本当の喜びと幸せをその心で知って人生を終えていかれることが、どれだけ幸せなことなのか、どれだけ自分自身に優しいことなのか、あなたの心で知っていってほしい、私の思いはそこにあります。
確かに、他力の神々も、お金も、自分の心から離していくことは大変難しいことです。地球上だけでも三億六千年の過去を持つ人類にとって、それはもうしっかりと心に染み付いてきた心癖です。そうすんなりと右から左へと流すようにはいきません。私とともに二十年、それ以上学んでこられた方々においても、今世ようやく合格点に到達された方が、さあ、どれくらいおられるでしょうか。現実はそういうものです。
そういうことを踏まえて私は伝えてきたのです。だから、冒頭にもあるように、すべてを一気に理解してもらおうとは思っていません。しかし、少しずつ少しずつでいいのです。少し間違ってきたかなあと、もし、あなたがその心で思えたなら、そこからあなたの人生を振り返る勇気を持ってください。
みんな間違って生きてきたということには変わりはありません。あなただけではありません。みんながみんな真実を知らないまま、今世も、今の今まで存在してきたということです。そして、これからも間違ってきたあなた自身をいっぱい抱えて存在し続けていくということです。
しかし、こうして真実の世界を肉で聞き、肉で知ったということは、人類歴史上において本当にすごいことなのです。今世からその歴史は新たなページを開いていくということ、新たなステージに上がったということをお伝えしておきます。
必ず、あなたの意識の世界での動きが出てきます。今は肉の世界での出来事であり、本当にちっぽけなことに見えることも、それらはすべて二五〇年後への布石だということです。私があなたに伝えていることは、みんなそういうことを踏まえているということが、これからあなたがご自分の人生を生きていかれる中において、きっと分かってこられることだと私は思っています。もちろん、それは今世だけではないということも付け加えておきます。



7.天変地異の足音

ここまで読み進められてどうでしょうか。
今まで私がいくつかあなたに問いかけをしてきた事柄について、今どのような感想を持たれていますか。私がお伝えしていることは、あなたが今までよしとしてこられたものとは全く相反するものであり、そして、異質なものだと思います。あなたも肯定しているこの世の常識を、私は否定していることになります。しかし、疑いながらも、反発を覚えながらも、あなたを引き付けるものがここにあるのではないでしょうか。それは不思議でも何でもありません。あなたの中にいるたくさんのあなたは、みんな本当のことを知りたいと思っているからです。そのことを私は知っています。だから、あなたが今全面的に受け入れてくださらなくても、私はいつの日にか、あなたの心で分かってくださると信じられるのです。信じて待っていればいいことであり、そうすることが私の喜びなのです。
私は、あなたがこの本を手に取られたということは、大きなチャンスだと思っています。私がお伝えしてきたことは終始一貫しております。変わりません。私がお話ししてきたことは、たくさんの資料として残されていますが、今この一冊の本に私自身の思いを書き記すことができ、私は喜びです。色々と説明を加えながら、伝えたいことをこのように文字にしていますが、私の本当にお伝えしたいことは、この本から流れる波動です。あなたにはその波動が感じられますか。私の喜びの思いがあなたの心に届いていますでしょうか。ただの文字の羅列ではなく、どうぞ、あなたの心で感じていってください。すべてはあなたの心で感じていく世界のことです。そして、それには、これからの時を待たなければならないと私は思っています。
そこで、私は人類が真実に目覚めるために絶対欠かせないものは、想像を絶する規模の天変地異であることを再度伝えます。これからの私達にとって、天変地異というのは、大きなキーワードになっていきます。何もかも根こそぎ崩れ、信じてきたものも全部失って、そこからがようやく人類の出発です。そんな時が、もう間近にやってきます。そんなに遠くない未来に人類が遭遇していく天変地異は、ものの見事にその価値基準を覆していくことでしょう。
何度も何度も繰り返し起こってくる天変地異、もはや人類の講じる術は何も残されていません。成す術もなく、ただ天変地異を受け入れていくしかありません。それでいいのです。人類には何の力もなかったということを思い知るほどの天変地異、それは想像を絶するものです。
それが意識の流れであり、この流れこそが、唯一絶対のものです。この流れは曲げることも変えることもできないのに、流れに逆らって逆らって存在してきたのが私達人類でした。それを自らが知っていくことも、また私達が愛の中に生かされているからこそなのです。
あなたは、その心の中に数限りないあなた自身を抱えています。みんな真実を知らなかったために苦しんで苦しんできた意識です。今もなお、あなたの心の中に生き続けている意識達の存在を、心を見るという作業を通してあなた自身が知っていく時間が、これからの二五〇年です。
その間に、あなたは一体何度転生の機会を持たれるでしょうか。生まれてすぐに天変地異に遭われて、その命を捨てる時もあるでしょう。肉が生き永らえることにより、苦難の道を歩まれることもあるでしょう。そういうことを経て、あなた自身が真実に出会うための計らいを自分自身に与えていきます。例えば、この本を手にする、本を開く、読み進めるという行為も、その一端です。
私はこの本を通して、今、あなたの中の意識達に呼びかけているのです。どうぞ、真実に目覚めてくださいと、あなたは愛の中に生かされている愛そのものですよと、呼びかけています。私のこの思いはきっとあなたの心の奥深くに届いていくことでしょう。私はそれを信じて待ち続けています。

ところで、私はこれから二五〇年後、アメリカのニューヨークというところに生まれてきます。その時の私の名前はアルバートと言います。「えっ、そんなことどうして分かるのですか、そんなこと信じられない」と言われる方も、最初から話を否定しないで、もしかしたら、そんなこともあるかもしれないなあと思いながらで結構です、私の話に耳を傾けてください。

私は今世の自分の仕事をきちんと終えて、この世を去ります。一旦、肉の姿を消します。そして、二五〇年後に私は再び生まれてきます。
その時、私は大きな財力を背景に生まれてきます。その財力をフルに活用して、この真実の道を広めてまいります。もちろん、その時も私の心の中には、それによってさらに名声を得るとか、巨万の富を得るとか、そういう思いなど微塵もないということだけは知っておいてください。
肉的な環境はすべて整えられているところに、私は今世と違い、心が敏感な状態の肉を持って生まれてきます。心に色々なものを感じて、肉的にはどこか憂いを漂わせ、何かを探し求めている青年です。それがある日突然、まさに一瞬の出会いにより私は自分の心を開いていくのです。そのことにより私の生まれてきた意味も、それから成していくことも、すべて一瞬のうちに自分の心に蘇ってきます。すなわち、今世の学習で心の体験を経た私の仲間達の出現により、私もまたこの心にすべてを蘇らせていくのです。その方との劇的な出会いは一瞬のうちに喜びの波動となって、全世界、そして、全宇宙に流れていきます。そうです、全宇宙に流れていくのです。
その時は、今と比較できないほどメディアの分野は進んでいることでしょう。従って、そのメディアを通して全世界に広まっていき、そこで心の窓を開かれる人達もあるでしょう。今よりも、もっと地球環境は変貌を遂げていますが、その中で私達の出会いは用意されています。
これから二五〇年かけて、心で分かった方から流れる喜びの波動は、この地球に留まることなく全宇宙に流れていきます。その波動、そのエネルギーは、すべては喜びの世界であり私達は喜びの存在でしたと、肉を持つ、肉を持たないにかかわらず、大いなる目覚めを全宇宙に促していきます。
その中で私とあなたとの出会いがあるというわけです。

私は今も申しましたように、自分の来世を知っています。と言っても、これは私だけではなく、あなたにだってちゃんと来世があります。来世だけではなく、過去に生まれてきたあなたもたくさんいます。そして、今のあなたと過去のあなた、来世のあなたは別々の人間ではなく、どこかで繋がっているのです。もちろん、生まれてくる国によって肌の色も違うし、時代によって姿、形も違います。だから、今のあなたと過去のあなた、来世のあなたは全く別人だ、自分と言えば私の名前はこれこれで、こんな顔をして、こんなスタイルをしているこの私だけだと、あなたは思っていることでしょう。でも、そうではありません。今の肉のあなたはすべてのあなたを代表して、そこに存在しているのです。すなわち、あなたはたくさんの自分自身を、その心で抱えながら存在しているというわけです。つまり、今のあなたと過去のあなた、来世のあなたを繋いでいるものは、あなたの「心」なのです。『3.心を見るということについて』で、「心」ということに少し触れましたが、一口に「心」と言っても肉を本物とするところからとらえると、それはその肉体の消滅とともに消えていくように思われます。しかし、自分は永遠の中に生き続ける意識、エネルギーだという基準から見れば、その「心」という概念は全く違ってくるのです。肉にまつわる「心」ではなく、「心」は思い、エネルギーであること、よって「心」とはそれのみで存在し、しかも永遠のものであることが感じられると思います。
『過去と現在と未来を繋いでいるものは「心」、私は「心」として永遠の過去から永遠の未来へと生き続ける存在である』、この真実が本当にあなたの心でお分かりになられたら、今まであなたがとらえてきた周りの風景は、全然違ってくるのではないでしょうか。
心、エネルギーが自分ならば、「なぜ私はこのように肉体をもらって生まれてきたのだろうか」、
「この肉体がなくなっても私というものが存在しているならば、肉体がなくなった後にも必要なことが、今、自分にとって必要なことではないだろうか」、
「そうすれば、これから私はどう生きていけばいいのだろうか」、
色々な問いかけが上がってくるのではないでしょうか。
なぜ生まれてきたのかということから始まって、「今まで自分が正しいとしてきたものや選んできたものは、本当に正しくて、自分が心から望み選んできたものだっただろうか」、
「私は自分の人生を本当に生きてきただろうか」、
「この肉の私が本当の私でなかったなら、本当の私とはどんな私なのか」、
今まで気にも留めなかった事柄が次々と出てくるのではないでしょうか。残念ながら、それに確実に答えてくれる人は、あなたの周りには今現在おられないと思います。
しかしながら、それを知る手立てはあります。それはあなた自身が、あなたの心を見ていけばいいということです。



すべての源は喜びです。喜び以外は存在しません。どんなに正論を唱えようとも、このことが分からない限り、人類が真実に目覚めることはあり得ないのです。それほど人類は堕落してしまったということです。
日々の生活に明け暮れて、目先の幸せだけを追い求めていては、あっという間の人生です。生まれて、学校教育を受けて、社会人になり、そして家族を持ち、人は何の疑問も持たないまま社会の流れに沿って生活を繰り返していきます。現代は社会秩序が乱れ、将来に対して不安を抱いている人も少なくないでしょう。刹那的に生きる人達も増えています。夢を持つどころか、金、金、金の世の中です。エゴ丸出しに自己の権利だけを主張し、我が身と我が家族だけを守る中で、どんな人間が形成されていくのでしょうか。みんな喜びを忘れ去ってしまって、己の利益だけを貪欲に求めていくエネルギーを互いに出し合っているのが現状です。その中でどのように生きていくのか、何を選んでいくのか、何を基準にしていくのか、その根本がもう分からなくなっていると思います。人間社会が混迷を続けていくのも頷けます。
シンクタンク、それも結構です。しかし、真実の分からない人間達がいくら頭脳を集積しようとも、建設的なものは生み出されないのです。むしろ、それらにより破壊の方向へ進んでいっていると表現したほうが正しいかもしれません。そう破壊です。ただし、本当の意味の破壊ではありません。そこには優しさがないからです。だから、天変地異が人類にもたらすものとは全然違います。
形からすれば天変地異は破壊です。形が壊れていくのですから、まさに破壊です。一瞬のうちに命が奪われ、跡形もなく生活基盤が失われていき、生きる望みを絶たれ、不幸のどん底に突き落とされたかのように見えます。肉基準の心では、まさしくそれは破滅、破壊、無情、非情でしょう。
しかし、そこに流れるものは優しさなのです。愛なのです。もっとも、人間達の手で損失を補填できる程度の天変地異なら、まだまだ愚かな人間は何にも気付けません。自分達の中にある他力の神も捨てることはなく、むしろ、そのエネルギーを膨らませていく結果となってしまいます。だから、根こそぎです。根こそぎ、本当に文字通り天と地がひっくり返るほどのものを、目の当たりにしていくということが必要不可欠なのです。
そして、それは何が、誰が起こしていくのかというと、それは私達の意識の世界が起こしていくのです。すべては愚かな私達の出してきたエネルギーの結果です。自業自得です。
形を見れば破壊ですが、しかし、それで人類が滅亡していくのではありません。それは建設的破壊と言うのでしょうか。そこから私達は全く違う自分達へと生まれ変わっていくのです。つまり、私達の中にコペルニクス的転回を起こしていくものが天変地異です。それは何度も伝えています通り、想像を絶する規模の天変地異です。例えて言うならば、地軸の傾度が変わればどうなるのか、そうなれば一瞬にして何もかもが消え去っていきます。そうしないと人類は気付けない、自分達の間違いに気付けない、他力の神々を心から捨てることはできません。
すべてが愛なのです。愛しか存在しない、喜びしか存在しないことを、人類は天変地異を通して心で知っていくようになっています。意識の流れが眠っていた意識を目覚めさせ、そして、その流れが段々に太く大きくなっていく、そのために必要な時間が、これからの二五〇年、三〇〇年ということになります。
そういうことを経て、ただ肉の幸せと喜び、肉の繁栄を求めて存在し続け、他力の神々に救いを、パワーを求めてきたことが、本当にちっぽけな世界のことだった、本当に愚かなことだったと、人類は心で気付いていくことでしょう。それが厳然と存在する意識の流れであり、その流れの中の今世のセミナーでしたということになるでしょう。すなわち、私とともに今世の肉の時間を頂き、これまでずっと学び続けてまいりました。そして、それもすべては二五〇年後の来世に繋ぐことにより、大輪の花を咲かせるのです。その過程の中にある今だということを、どうぞ、あなたも自分の心で知っていってください。
しかしながら、私はあなたに、あなたの今の人生をこのように生きなさいなどと言って、あなたを縛る思いはありません。ただ心を見てくださいとは申してきました。心を見る手順も、今までたくさんの資料がありますからそれを参考にして、あなたが生まれてきた理由、今そこに存在している訳、あなたの人生の目的、あなたにとって神とは何か、ぜひ、あなたの心で分かっていってほしいと思うだけなのです。
私達は、自分の中に本当の自分が生きている、生き続けてきたことを知っていく道を歩いていきます。「人間とは何ぞや、私達は意識、永遠に生き続ける命、エネルギーである」、このことが心に響き渡るような時を、私達人類は迎えることができるでしょう。そのために要する二五〇年、三〇〇年の年月、どうぞあなたも、あなたも真実に目覚める道を一歩、そして、また一歩と歩み出していってください。


8.心を見る大切さ

私達の意識の世界が現象化したものが形の世界です。形を通してそこから何かを学んでいくということが、本来の人間の生き方です。ところが、そうではありませんでした。自分達の采配で形の世界をうまく操ろうとして悪戦苦闘してきたのが人類でした。「形の世界は意識の世界が現象化されたものである、初めに意識ありき」と、はっきりと伝えた人はおりませんでした。形の世界の中で真実を侮ってきた人類に、本当の幸せも平和も訪れないことを、知っていかなければなりません。
本末転倒のことを平気で、しかも堂々とやってきた人類の愚かさは、今、声を大にして語らなくても、やがて時がそれを証明してくれます。さあ、その時は大変です、大変な状態を目の当たりにして人類はどのような行動に出るのでしょうか。いくら頭脳を寄せ合って、そして、神を祭り、祈りを捧げても、襲いくるものは容赦なくその勢いを弱めることはありません。一瞬のうちにすべてが消え去っていくのです。
それが私達が書いてきたシナリオです。そのシナリオは、正確に狂うことなく、今、着実に進んでいます。人類よ目覚めなさいと、喜びのエネルギーが天変地異を起こしていくそのシナリオの中の一部が、今世のこの時間です。今、私とあなたがこのように出会わせてもらっている時間です。その中で私は自分の心で感じ、確信しているものを、このように伝えさせてもらっています。私の思いはそれで完結なのです。確かに分かってほしい、分かってくださいという思いはあるものの、それは私の中では苦しみにはなりません。なぜならば、私は私の心で感じている世界が本物であることを知って、喜びだからです。これからどのような時を経て、私達はどうなっていくのか、私は心で感じています。そして、その心で感じている世界だけが私には現実なのです。今、確かに肉の世界に肉を持って存在している私ですが、私の現実はこの肉を取り巻く世界ではないことは明々白々です。どんなに肉の世界の素晴らしさを強調されても、反対に肉の世界の苦しさを訴えられても、そのどちらもがこの大いなる意識の流れの中では取るに足らないことであり、いずれ消えていくものであることを知っています。だから、私の世界は、そんな世界とは無縁です。ただ肉を維持するためにほんの少しかかわっているだけで、後はそういうもので自分の世界が乱されることはなく落ち着いています。日々、喜びで過ごせることが喜び、私はそんな毎日を送っています。
本当のことが分からなければ、生きることは苦しみで、その苦しみに喘いでいる自分だけしか見えません。そんな自分が嫌で見たくないから自分から目を背け、人は心を外に向ける方法を次から次へと考え出します。心を紛らわせる何かに、はまり込んでいきます。
そして、現実から逃避して無気力に生きていくか、もっと素晴らしい自分になろう、生まれ変わろうと自分に鞭打つか、ただ時を安穏に無事に過ごせることだけを願っていくかという選択肢しかありません。どちらにしても本当の人生の目的から大きくずれた人生を自ら選ぶ結果になっていくのです。そして、その心には新たな苦しみが山積みされていき、自業自得の濁流に押し流される転生を繰り返していきます。
心を落とし、心を汚し、苦しみ抜いてきた人ほどいいのです。今の今まで間違った方向を向いていても、その次の瞬間真実に目覚めていくというか、間違ってまいりましたと、懺悔の思いが噴き出てきて心が一変することもあり得るのです。
人間というものは本当に愚かですが、また、そういう体験に出会えるかもしれないと思うと、なんて幸せな存在なのだろうかとも思います。
しかし、肉の小さな殻の中に自分の心を閉じ込めたままでは、そんな素晴らしい自分と出会うことは決してありません。肉の殻を突き破り、己の本当の姿を垣間見た瞬間から、今、存在していることそれだけが喜びであり、幸せであるということが心で分かってくるのです。


ぜひ一度、あなたの心で始めてみてください。私は嘘は申しません。ただ、あなたはあなたの心を見るということをやっていけばいいのです。そうすれば、どんなにあなた自身が愛され許されてきたかが、あなたの心に響いてくる日が必ずやってくるでしょう。それはあなたの身体、あなたの家族、あなたの人間関係、あなたの仕事等々、あなたを取り巻く環境を通して、あなたに伝えてくれるようになっています。
それらはみんなあなたに対するメッセージです。そして、形で言えば不都合なことかもしれません。それはそうでしょう、調子よく思い通りに事が運んでいては、誰も立ち止まって自分を振り返ることはしません。それでは間違った道をさらにどんどん進み、さらに膨大な闇を垂れ流し、そして、それがまた自分に返ってくるという循環の中から決して抜け出せません。
そしてまた、たとえ振り返る時があっても、心を見るということを知らなくては、肉で何とかしよう、形を修復しようということだけで終わってしまいます。後は自分の心を納得させる尤もらしい理由を並べて、その場その場を切り抜けていくだけです。それでは自分をごまかして、自分を偽って、自分を抑え込んでいく結果に終わるだけで、今までと何ら変わることはありません。たとえ、形は修復され以前よりよくなっても、自分を偽って生きていくその心は変わらないのです。それではあまりにも自分がかわいそうだと思いませんか。そこで心を見るということを知っていたならば、同じ現象に出会っていっても、きっとその現象により一味違った自分を見るというか、自分の成長が感じられるのではないでしょうか。
世間の荒波に揉まれて人は成長するのではありません。確かに人それぞれに苦労はあると思いますが、その苦労が、本当にその人にとって肥やしとなっていくのは、その人が心を見られた時です。今までの現象が、みんな自分には本当に必要なことであったと心から実感された時、初めて苦労が苦労でなかったということが感じられてくるのです。今、自分がここにこうして存在していることが、ただただ嬉しい、ふつふつと喜びが心に起こってきます。色々なことはあったけれども、それはこの幸せを心で感じ入るためのものであったと、心の底から思えてくるのです。自分の内面から本来人間の持つ智恵と勇気、賢さが溢れてくるということが分かってくると思います。そして、そうなってくれば自分の心の中には大いなるパワーが存在するのだということも、また、はっきりと感じられてくると思います。
どんな場合においても自分で選んで、自分で決めて、そして、その結果をまた自分が受けていく、これが大原則です。しかし、選んで決めても結果を受けられない、すなわち、責任をみんな転嫁していくのが今現在の私達の現実の姿だと、私は思っています。
世間並みに生きてきた私であるのに何でこんな目に遭うのか、それはきっとあのせいだ、これが原因かと、決して己が使ってきた思いというものに心を向けません。正しい自分が中心にあるから、まさか自分が間違っているなんて絶対思えないのです。そういう方にとっては、自分を崩すということは大変なことです。我を張って生きてきて、これが私だという思いがこびりついてしまっている人に向かって、あなたが間違っていますよと真正面から言っても、それは拒否されるだけです。やはり、その人はその人に与えられた時間、空間の中で、自分で気付いていくということしかありません。
しかし、真実はひとつであり、みんな真実を求めて存在し続けてきたわけですから、どれだけ頑固で強情な意識であろうとも、いつの日にか真実に到達することでしょう。それは何十億年、何百億年かかるかもしれません。そして、心で気付くまで、その方の地獄は続いていくということです。

すべては愛の中でなされていることなのです。愛がすべての意識達に呼びかけているのです。意識達は今まさに目覚めようとしています。肉が自分だと思っている思いだけが、目覚めを妨げているということです。それは、どこまでもどこまでもそびえ立つ己という思いです。
肉の人生を生きていくには確かに己を主張し、賢く立ち回ることは必要かもしれません。そうでなければ、肉のあなたは淘汰されていくかもしれません。しかし、それはそれでまたよしではありませんか。あまり、そういうところにこだわって戦々恐々とするよりも、流れに逆らわない、自然に悠然と流れていくことが大切です。そうすれば、おのずとあなたの道は開けてきます。悠久の過去より悠久の未来へと続いていくあなたの時間の中の今、というふうに自分をとらえてみてください。もう少し自分というものを大きく眺めてみてください。肉のあなたが淘汰されても、あなたの本質は何ら変わることはありません。しかし、価値基準が肉にあれば、そういうことは分からないでしょう。ひとつのコース、あるいは、ひとつのレールから外れていくことは、人生の敗北者だという思いを抱いておられるからです。それがそもそも間違いであり、何も分かっておられないということなのです。
人にはそれぞれ道があります。本来はそれが真実へと続いていく道なのですが、肉を信じている人達は、いまだ道見えず、道遠し、その中で、もがき苦しんでいます。
また、真実へ続く道を見つけるのにエリートであるとかそうでないとか、何も関係がありません。ただ、その方が心を見ているか見ていないか、心を見るということを知っておられるかそうでないか、それによって道は大きく別れてきます。だから、あなたがどのような状況にあろうとも、今、自分の心を見るということを知っておられたならば、あなたは幸せです。後は、ただ自分の心を見るということを重ねていくだけです。やがて、あなたの中からの真実への叫びが、あなたの肉を動かしていくでしょう。それが自分に素直に生きるということだと、自分で分かってきます。
私達は全く逆に肉というものをとらえてきたのです。肉がすべてを牛耳っていくのではありません。中からの促しで肉は突き動かされているだけなのです。だから、中をきちんとしていれば、あなたが生きていく上で、その肉を維持するのに必要なものは、すべてあなたの手中に入るということです。あくせく心忙しく身体を酷使して幸せになろうとしなくても、心をしっかりと管理していれば、悠々と人生を過ごしていけるようになっています。それだけのものを自分自身は、みんな用意してきたということでしょう。その中で喜んでいけばいいだけであり、苦しんだり、嘆いたり、悩んだりするのが、もうすでに自然から遠くにあるのです。本来の人間のあり方を全部忘れ去ってしまったということです。
当然、本来のあり方から大きくずれた分、心には苦しみが起こってきます。間違って存在しているから、その修正がなされていくのは当たり前のことです。そのために肉をもらってくるのです。だから、生まれてくるということは大変なことなのです。
それを知らずに転生を繰り返してきたのですから、今世を含め、過去は苦しみの連続でした。間違い続けてきた過去ともども、すべてが喜びへとようやく帰っていける道筋を、あなたは初めて肉を持って知ったということです。私はこんな嬉しいことはないと思います。そんな悠久の流れを心でしみじみ感じながら、あなたもあなたの人生を歩いてみませんか。自分というものを、もっと知っていく時間をできるだけ持たれたらいいと思います。ゆったりとあなたを生んでくれたお母さんを思ってみてください。できれば、軽く目を閉じて、母を思う時間を過ごされたらと思います。



そこで、この母を思う瞑想ということで少し話をさせてもらいます。
あなたを生んでくださったお母さんは、あなたと同様その肉は愚かです。愚かなことを言ったりしたりします。それはそれで、あなたが心を見ていく上であなたにとって必要だから、お母さんはその肉を通して演じてくれています。だから、そのひとつひとつをつかまえて、ああだこうだと言っても仕方がないことです。それよりも、その母親の肉を通して、あなた自身の心が引き出されてくるわけですから、その思いをノートに書き出すなどして、しっかりと心を見つめていけばいいのです。そして、ある程度までくれば、後はその書き出した、あるいは、見つめてきた思いに心を向けてみましょう。軽く目を閉じて、最初は肉の母親を思い浮かべながら、しばらく、時間を持たれたらいいと思います。そういうことを繰り返していくうちに、ふっと心が何かに触れるというか、何かを心は感じていかれるかもしれません。しかし、それが何であるかとか、そういうことにあまりとらわれることなく、そういうゆったりとした時間を持っていくということが大切なのです。要するに五官を閉じる時間を持つということです。

母親に使ってきた心は誰一人例外もなく凄まじいものです。だから、あなたはその母親のお腹を通って生まれてきたのです。生んでもらったのです。どれだけ間違い続けてきたか、あなたはあなたの心を見ていく中で自分の出してきた、出しているエネルギーを知っていくことでしょう。許せない、母親を呪って、呪って、殺してきた過去からのあなたの思いが浮かび上がってくるのです。私は生まれたくなかった、なぜ、こんな環境の中にこんな母親から生まれてきたのか、私は苦しいだけだったと、心が一斉に叫びます。たとえ、今世は肉的に整った環境の中に生まれてきて、どんなに羨望の眼差しを向けられても、あなたは間違いなく地獄の奥底から生まれてきたのです。だから、どなたの心の中もそのように荒れ狂っています。そうでなかったら肉を持って生まれてくる必要はないのです。
なぜ肉を持ち生まれてきたのか、みんな真っ黒だからです。その真っ黒な自分と出会っていくのが人生、肉を持っている時間、空間です。だから、地獄の叫びを自分の心で分からない人こそ不幸な人なのです。苦しんでいる自分にまさに出会っているのに、知らぬ顔をしている哀れで冷たい人達です。そして、もっとどうしようもないほどそびえ立っている人は、そんな自分に対して上から物申している方々です。立派で、素晴らしい自分があって、そこから教えを垂れようとしているのです。そんな方々はいくら意識の世界に通じていると豪語しようとも、所詮は真っ黒なエネルギーと通じ合っているに過ぎません。やはり、その方々から流れるものも冷たくて厳しい真っ黒な波動です。波動は正直です。波動は正直にあなた自身の今現在の心の状態を語っています。どんなに表面を取り繕っても波動はごまかせません。

もう自分のために生きていきましょう。生まれてきたということは、あなた自身が苦しみの中から、ようやく手に入れたチャンスなのです。肉をもらうということをどれほど切望してきたか、みんな忘れ去ってしまっているのです。肉を下さい、私を生んでくださいとお母さんに願ったその思いというものは、ただひたすらに、この苦しみから自分自身を救い出したいと懇願してきたものです。


立派な人物にならなくてもいいのです。自分自身が生まれてきた本当の意味を心で知っていく人になってください。

強く生きるということはどういうことでしょうか。ひとつの信念、思想、信仰、信じるものを後生大事に抱え、それを頼みの綱として、清く、正しく、美しく生きていくことでしょうか。歯を食いしばって何くそと逆境をバネに必ず幸せをこの手につかむんだとか、あるいは、ひとつの目標を掲げて、それに向かって七転び八起きの精神で頑張っていくことでしょうか。
私は本当の優しさがどういうことか知らない人は、決して強く生きていくことはできないと思います。
そして、本当に優しいということは、相手にただ単に慈しみ、哀れみ、憐憫の情をかけるというのではありません。もちろん、優しく言葉をかける、優しい態度を示す、それはあなたの心の中に優しい思いがあるから、それを肉で表現すればそうなっていくのでしょうが、しかし、それは肉的な優しさであって、本当の優しさは自己供養という作業を通し、あなたの心の中からどんどん沸いて出てくるものなのです。そして、本当の優しさは自分が出そうとして出るものではありません。すなわち、自分を自分で受け入れていく作業を、自分の心の中でどんどん進めていかない限り、本当の優しさは分かりません。そして、その自己供養を通して沸き出てくる優しさというものが肉にもにじみ出てくる、それが言葉となり態度となっていくのが本筋だと思います。

ここでまた聞きなれない言葉、「自己供養」という言葉が出ました。
これまでに書いてきましたように、人生の目的はこの自己供養ということにあります。自己供養とはもちろん、造語です。自分を自分で供養する、すなわち、地獄に沈み込んで苦しみ喘いでいる自分に本当のことを伝え、ともに喜びの自分に帰っていこうとする作業です。
言うまでもなく、この作業をするには、まず自分の実態を心で知り、感じていくことから始めていかなければなりません。自分の実態とは、自分の意識の世界ということです。そのために心を見るということを伝えてきました。心を見せてくれる教材は、あなたの周りにはたくさんたくさん用意されています。それらのものを通して、間違ってきた自分、苦しんできた自分と出会っていくのが肉を持つ時間、いわゆる肉の人生だということも伝えてきました。
そして、その間違い続け、苦しみ続けてきた自分だけが自分であるのかというとそうではなく、本当の自分がちゃんと心に存在することも伝えてきました。
本当のあなたは、その心に真のパワーを持つ喜びの存在です。限りない温もりと優しさを心から放出できる存在なのです。それを押し止めて、そんな自分を捨て去って、無知とエゴと欲の中を生き続けて、真っ黒なエネルギーを垂れ流したまま、この宇宙に存在し続けてきた、それがあなた自身の今の実態です。そのあなた自身は、今もなお苦しみの底に沈み、彷徨い、救いを求めているのです。その自分を救っていく道を、ただひたすら歩いていくことが自己供養の道です。
自分を救っていくのは自分にしかできないことなのです。だから、それをしていくために私達は今、肉という形を持っているのです。しかし、私達は肉を持ってくる、つまり、生まれてくる本当の意味が分からないまま、知らないまま成長していき、肉を楽しませ、喜ばせるという肉の喜びと幸せのみを求めていく人生を繰り返していきます。その結果が今、自分に返っているだけのことです。もちろん、今世だけの結果ではなく、遥か遠い過去よりの結果が、あなたの心の中に、真っ黒に凝り固まったヘドロのような思いとなって、蓄積されています。そのひとつひとつを、どうぞ、あなたの心の中から解き放してください、温もりへ喜びへ返してください、というのが自己供養です。


9.意識の流れと次元移行

自己供養という説明が続きましたが、その自己供養を通して本当に優しいご自分に蘇っていける、喜び溢れるあなたに戻っていける、その道がアルバートとともに歩く道、アルバートとともに生きていく道です。
そうです、私達はみんなアルバートとともに歩いていく意識です。『7.天変地異の足音』のところで、アルバートとは二五〇年後にアメリカに転生してくる私の来世であると記しました。アルバートとはその肉の名前であることは事実その通りですが、ここで言うアルバートとともにのアルバートとは、まさに喜びの波動、喜びのエネルギー、愛のエネルギー、そして、本当の私達を指してそのように伝えております。
あなた方はアルバートの波動の世界に出会うために、何億年、それ以上の転生をしてまいりました。そして、母を捨て、温もりを捨て、本当の自分を捨てて地獄の奥底を這いずり回ってきたあなた方が、喜びの、そして、温もりの波動と出会う時間、空間が、ようやくこの三次元で実現されたのです。
私は、アルバートの波動を伝えるために、今世肉を持ってきたのです。三次元のあなた方に伝えるためには、私も肉を必要としました。だから、私は今世初めて肉を持ったということです。もちろん、肉を持てば、もうご承知のように愚かな肉をまとうわけですから、様々な苦しみを心に抱えて生きていきます。私も例外ではありません。真実を知らない間は、どんどんどんどん肉にまつわる汚れや垢を心に蓄えていきました。
そして、私はその汚れや垢を、心を見るということを通し、丹念に自分の中で掃除していきました。やがて私は何のために生まれてきたのかということを心で知っていき、そして、心で分かった真実の世界を、セミナーという時間、空間を頂き、お伝えしてきたという次第です。これまでの説明で分かるように、アルバートの波動、アルバートの世界を感じていくことが、セミナーの究極的な目的でした。つまり、それが人生の目的です。
この世は地獄です。アルバートを知らない人達が織り成すこの世のことは、所詮、地獄の世界の出来事です。それを今、自分自身形を持って、その形を通して自分に見せている、教えているのです。地獄の中でどんなに栄耀栄華を極めても、一番、二番の競争を繰り広げても、地獄は地獄に違いないではありませんか。地獄の世界をつかみながら、その世界にいながら幸せになりたいと言っているのだから、もう矛盾だらけです。そのような中に浸り切っていては、絶対、幸せで、喜びの世界が広がるわけはありません。そこから半歩抜け出し、一歩抜け出し、そして、その世界から飛び出していくこと、すなわち、意識の転回をし始めてこそ、開けてくる幸せ、喜びの世界です。
同じ循環の中を、しかも悪循環の中をグルグル回っているということに早く気付いていってください。気付けるか気付けないかの違いです。その違いは、しかし、計り知れないほど大きいです。天と地との差どころではありません。そのような世界のことを、私はセミナーを通して皆さんとともに学ばせていただきました。そして、基準が違えば、私がお伝えしている世界と全くかみ合わないことも示してまいりました。
今や、あらゆる方面で目覚しい進歩発展を遂げているかのように映っている人間社会に、忘れ去られたものがあります。唯一、大切なものがないために高く積み上げられたこの社会は、あちらこちらから不協和音を奏で始めています。やがて、それらは聞くに堪えない騒音となり、それで初めて何かおかしいということになるのでしょう。そこへ考えられないような天変地異が次から次へとこの地球に起こってくると、否が応でも何かを考え始めるでしょう。そういう時がやってくるまで、もうしばらくです。
肉を本物として生きる心に真実は届きません。何が本物で、何が偽物であるのか、それを見極める心の目が曇ってしまいました。周りを見渡してもみんな自分と同じだから、何の疑問も抱かずに安穏と時を過ごしているだけです。そこへ私の申し上げているような異質なものを耳にすることで、少しはそうだろうかと思うけれども、また日常に戻っていくのです。なぜならば、そこがあなたにとって居心地がいい場所だからです。肉を喜ばせる、肉を楽しませる、それだけに心を向け、エネルギーを使い、頭を動かし身体を動かしていくことが生きていくことだと思い込んでいます。自分の中にたくさんの自分が生きていて、その自分を救うことが自分の今の仕事などと言われても、あなたは、にわかに信じることなどできません。私はそのことがよく分かっていて、それでも少しでも耳を傾けてほしい、心を向けてほしいと思っています。
私が語っていることは、私が修行をして編み出したものでも、到達した悟りの境地の類などでもありません。私は、意識の流れを語っています。そして、この意識の流れこそが真実なのです。その流れに沿って、これからが展開されていくことを私は伝えにきたのです。もちろん、こうして今、私とあなたとが出会わせていただいているのも、その流れの中の一端であると私は申してきました。流れは淀みなく流れています。流れに逆流するものは自然淘汰されていきます。それが肉の目ではなく、心の目で見ていけば、心で感じていけば分かることだということを伝えています。
肉を持ち、肉を通して知る真実の世界、その世界を知れば知るほど、今世生まれてきたことが、どれだけ喜びであったかが心で分かります。ひとつの肉をもらうこと、それだけが喜びであったのです。そのことに心で気付いた方、その方の人生は本当に幸せな人生だと言えましょう。私はそう断言できます。
決して消え去ることのない真実の波動の世界を心で確信されるということは、人類の長い歴史の中で初めてのことだからです。肉を持ちながらその波動の世界を広げていける、これは奇跡でも何でもありません。これこそが意識の流れなのです。その流れを心で感じられる方とそうでない方、当然の如くその生き方、死に方が違ってまいります。肉に対する思いが完全に違ってきます。
何を思い、何を考え、そして、あなたはこれからどのように生きていかれますか。私とともに生きていきませんか。私とともに歩いてみませんか。あなた自身の過去を振り返りながら、そして、そんなたくさんのあなた自身を心に思いながら、いつもいつも私を思ってください。私はあなたがどんなに苦しくて間違った道を歩いてこられたか、よく知っています。それはあなた自身が本当のことを知らなかったからです。もちろん、本当のあなたを捨て去ったのは、あなたに他なりません。だから、あなたはずっと苦しみの中にあったのです。もう苦しむことはやめにしませんか、私はあなたにそのように呼びかけています。どうぞ、あなたの心の中でご自分の叫びを聞いてあげてください。その声があなたの心に届く優しいあなたに蘇っていってください。私は待っています。あなたの心の中でいつまでも待っています。あなたが気付いてくれるのを、私は喜びで待ち続けています。


私の思いがあなたの心に届きますか。軽く目を閉じて、どうぞ、私のほうに心を向けていってください。私の世界にあなたの心を合わせていってください。私に心を向けてくださいといっても、私は、あなたを洗脳する思いなど全くありません。あなたがもし、今世どこかで宗教の世界、あるいは、精神世界を覗いてこられた人ならば、私に心を向けてくださいという言葉に、少し戸惑いがあるかもしれません。しかし、そこで言われてきた私に心を向けなさいということと、私が今そう言っていることとは全然違うのです。お分かりですね。それらの宗教、もしくは精神世界は、すべて肉が基準です。そこでは人間を肉としてとらえ、そこから意識の世界を説いているのです。私は人間は意識であるという立場から意識の世界を伝えています。私は肉ではありません。あなたの心の中から、あなたに呼びかけている温もり、真実の声、本当のあなた自身です。
私はあなた自身の心で感じていってくださいということを、再三伝えてきました。自分の心で感じられないものは信じられません。むやみやたらに私は信じなさいと言っているのでもなければ、信じるものは救われるなんてバカげたことは申しません。それなら、救われたいから信じるという本末転倒を招きます。
他力、すなわち、肉基準の人を乗せていくのは簡単です。欲の心を刺激して、恐怖心を植えつけて心を縛っていけばいいのです。欲心から、恐怖心から何でも言いなりです。そして、それは盲信です。結局は、縋りなさい、帰依しなさい、そんな言葉に踊らされて自分の人生を破滅に追い込んでいってしまうのです。全くバカです。しかし、そんなバカな人間はこの世の中にごまんといます。それはもう言うまでもなく肉の自分を自分だと信じ、形ある世界を本物とする心が、そういう欲の世界とぴったり引き合うからです。私はそんな低次元の世界をこうして今あなたにお伝えしているのではありません。私は預言者でもありません。真実の世界から私は真実を告げにやってきた意識です。



意識の流れは厳然としてあり、今、まさに肉から意識への転回期にある私達です。これはすでにお伝えしている通り、これから二五〇年、三〇〇年をかけて宇宙的規模の天変地異とともに、私達が歩んでいく道筋なのです。そして、今世は二五〇年後におけるところの準備段階、予行演習の時間です。真実に目覚めた意識達から流れる喜びのエネルギーは、これから仕事をしてまいります。そんな中で二五〇年後、再び肉を持って私達は出会っていくのです。それから約五十年かけて、私達はさらに意識の転回を果たしてまいります。すなわち、次元移行です。今、この地球上は縦、横、高さの三次元の世界です。三次元の世界の中で、私達は地球という星に適合する肉という形を持ってきました。人類は、長い歴史の中で数え切れないほどの転生を繰り返し、真実を探し求め続けてきました。そして、この三次元での修行を一応終え、全く肉を持たない、いわゆる次元の違う世界へ移行していくのです。これが私達がお伝えしている意識の流れなのです。
もちろん、二五〇年後の地球はこれから度重なる天変地異を受けて、その様子は一変しています。山が割れ、島が沈み、今までもそうであったように世界地図は大きく変わっていることでしょう。そのような中で人類は自分達の心の中にある神々を、否が応でも捨てる時がやってきます。他力の神々には私達を救う力などない、自分達がどれほど愚かであったか、本当の自分の存在にようやく気付いていける道筋を辿っていくのです。
懺悔です。懺悔の喜びのエネルギーが心に真っ直ぐに届きます。それはどれだけ間違い続けても、許されて許されて生かされていた、愛されて愛されてきた自分達であったという喜びです。すべてを捨て去ることが喜びでした。そして、すべてを捨て去った後に残るものがある、この心に真実があったと心に感じた瞬間、その瞬間こそが人類が本当に蘇る時なのです。



私は意識の流れの中にある自分というものを感じています。意識の流れは厳然としてあり、それだけが真実です。すべての意識が、この流れの中で真実に帰るために存在しています。その流れが自分の中で見えてくるというか、感じられなければ、所詮は、みんな苦しみなのです。肉の幸せ、喜びが幸せで、肉の苦しみが不幸せということではありません。肉の喜びと幸せは、求めた瞬間から苦しみに変わっていくことを、あなたの心はすでに知っているはずです。そうです、それらは、はかなく消えていく虚構の世界です。影を追い、影にしがみつくその心は苦しみ以外の何ものでもありません。しかし、影を影だと思えないところに私達の悲劇はありました。すべては間違ってきた歴史の数々です。
今、あなたが肉で幸せでも、肉が苦しんでいても、それらはこの意識の流れからすれば、ほんのちっぽけな出来事です。それを大きく大きく動かせない現実として心がとらわれていくから、何も見えず、ただ苦しみが苦しみとして目の前に広がっているだけです。そして、そこから逃げようとしても、避けようとしても、消し去ろうとしても、それは叶わないことなのです。あなたがそれを受け止め、受け入れていく以外に、あなたがその苦しみから解き放されることはありません。私はそれが心で分かったのです。それらはみんな温もりを、安らぎを、そして、本当の喜びを待ち続けてくれた私自身であった、そのことを心で知りました。
意識の流れの中に存在している私自身をはっきり感じるほどに、みんなその流れに沿っていけばいいのだという思いになりました。だから私は、自ら苦しみの中に飛び込みません。肉に生きる道を自ら選ばないということです。ただ今世、真実に目覚めるまでは、すべてを間違い続けてきた自分自身でしたから、それらを淡々と回収していくだけのことです。誰も肩代わりはできません。そして、それらを喜びとして受けていける心が、自分の中にあることを私は知っています。すべてが喜び、すべてが喜びに帰るために存在し続けていることを知っています。
信じていくのも、信じていかないのも自由、何を信じていくかということも、みんな自分の選択です。そして、自分が選択したものはきちんと自分で責任を取らなければなりません。取らなければならないというよりも、取るようになっているのです。私達は愛の中に生かされている存在だからです。その事実が愛なのです。愛はひとつです。愛は変わることなく、惜しむことなく、すべてに平等に流れています。その流れをせき止めて、または違う流れを作ろうとして、私達は自ら苦しみ続けてきたというだけのことです。私は、そのことにあなたの心で気付き、そして、本当の自分自身に懺悔するあなたに蘇ってくださることを、ただただ待ち続けております。
あなたは待たれている幸せな存在です。どんなに時が巡ろうとも、本当のあなただけはあなたを見捨てません。どんなにこれからも間違い続けて存在しようとも、本当のあなたはあなたをただ信じて待っているだけです。それが真実の世界、あなたが本当に帰る世界です。その世界に戻ってきなさい、帰ってきなさいと、いつまでも呼び続けています。私はその世界に生き続ける意識です。だから、何度でも何度でもこのようにお伝えしています。私は喜びだからです。私の世界には喜びしかありません。



10.私達は、宇宙とともに次元移行をします

表題通り、私達は、宇宙とともに次元移行をしていくというのが意識の流れです。そこで、私は、「宇宙」ということについて、少し触れさせていただきたいと思います。
意識の流れと宇宙、宇宙は私達と切り離せないものです。宇宙を心に感じることは、とても大切なことです。宇宙とは私達の意識の世界です。太陽系、銀河系等に代表される宇宙、そういうものではありません。意識、波動の世界のことですから、到底私達の頭では理解できません。しかし、心が敏感になってくれば、どなたにも感じられる世界です。なぜならば、それがあなた自身だからです。あなたの心の中には、広い広い無限大に広がっている宇宙が存在します。あなたはその無限大に広がる宇宙そのものなのです。その宇宙とともに私達は次元移行をしていくのです。
全宇宙に存在する意識達、肉を持つ、肉を持たないにかかわらず、すべての意識達とともに私達は、この三次元という次元を超えてまいります。それが、これからの二五〇年後の劇的な出会いから、約五十年かけて私達が成していくことです。それが厳然としてある意識の流れなのです。その流れの中にある私達であるということを、私はあなた方に告げにきたのです。そして、そのことにいち早く心で気付かれた塩川香世さんとの出会いが今世ありました。すなわち、意識の目覚めです。
以下、ここで、その塩川香世さんが宇宙に思いを向けたときに、心に感じ響いてくる世界の一端を、少し紹介させていただきます。



1.私達宇宙は、これからも、さらに地球人類に、警告を発してまいります。あなた達は、心を見るために、肉を持ったのではないのですか。己の欲、そのために生き続けてきた心を、見ていってください。私達の思いを、どうぞ、感じていってください。地球は、もうまもなく、その役目を終える時がまいります。私達宇宙は、地球人類に、いよいよ天変地異の思いを、しっかりと伝えていかなければなりません。それが意識の流れだからです。狂い続けてきた私達宇宙も、ようやく、田池留吉、アルバートのもとに、心をひとつにして、次元移行をしていく準備を整えるに至りました。これからは、ともに心を見てまいりましょう。地球人類、その意識、肉に埋もれた意識よ、どうぞ、本来ある姿に、自分達を変えていってください。度重なる天変地異とともに、あなた方が作ってきた宗教の世界は、ことごとく崩壊してまいります。その崩壊とともに、どうぞ、自分達が宇宙に流してきた凄まじいエネルギーを、存分に見ていってください。私達宇宙は、ともに心を見てまいります。喜びのエネルギーを全開して、これから時を過ごしてまいりましょう。

2.私達宇宙の思いを語ります。私達は、地球を目指しています。これから、どんどんどんどん地球人類に呼びかけていきます。愛を発信してくれる仲間、その司令塔を目指して、私達宇宙は、これから私達の思いを伝えます。意識の流れが、まず地球という星に愛を灯してくれました。本当の愛を灯してくれました。暗黒の宇宙に苦しんできた私達仲間は、その愛を目指して、どんどんどんどん集合していくのです。私達は、本当の愛が知りたかった。母を捨て、私達は、暗黒の世界を彷徨い続けてきました。どんなにこの時を待っていたことか。私達の思いが、ようやく届きました。私達の思いを、すべて受け入れてくれる優しい、優しい波動を受け取っています。しかし、苦しかったのは、私達宇宙だけではありませんでした。地球に降り立った意識達も、苦しみ喘いでいたことを、私達は知りました。みんなひとつだ、みんな同じ、温もりを捨て去った心は、本当に苦しかった、そう伝えていただきました。そして、どうぞ、田池留吉、アルバートの波動を知っていきましょう、私達は、その誘いを、今、受けています。私達宇宙は、これからどんどん心を語ります。安心して心を語ります。母に思いを語れることが嬉しい、私達は、今そんな思いでいます。私達宇宙は、地球という星に、災いをもたらす存在ではありません。ただ、私達は、あなた方人類に、地球という星は、もうすでに疲弊していることを伝えるでしょう。地球上に流し続けてきたエネルギーを、どうぞ、見ていってくださいと、私達宇宙は、伝えさせていただきます。

3.私は、宇宙へ思いを向けた瞬間、とても嬉しいんです。私の喜びはここにありました。田池留吉との出会いは、宇宙を思えること、ようやく私は、その喜びを心に広げる喜び、それを存分に感じていけます。これからの時間、とても楽しみです。私は、私の道を、真っ直ぐに歩いてまいります。宇宙を思い、私は、心を全開していきます。私達宇宙の喜びは、とても大きいです。しかし、心の中に、確かな温もりを広げていかない限り、私達のエネルギーに飲み込まれていくことは確かです。そうです、心の中に温もりです。母の温もり、お母さんの温もりです。田池留吉、アルバートの宇宙をしっかりと感じていく心の中には、喜びしかありません。闇の思いがあっても、それを大きく、大きく包んでいく優しい波動を、心の中に育っていること、それが大きな条件でございます。私達宇宙を感じること、すべてが喜びに繋がってまいります。地球人類の心の世界は狭い、とても狭い、狭い、本当にちっぽけな中に蠢いている地球人類達の心の中です。私達の心の世界は、そんな世界からは、とても、とても、計り知れないものがございます。地球人類の小さな世界の中で、作り上げてきた宗教の世界も、もちろん、ちっぽけな世界です。私達のエネルギーは、そうです、宗教という小さな、小さな世界を、そう遠くない時に、私達の思いの中に包み入れていくでしょう。地球に降り立った意識達のほとんどは、いまだに苦しみ喘いでいます。私達宇宙の思いは、何のためにあなた達は、地球に降り立ったのでしょうかということを伝えたいのです。私達は、地球人類に思いを託しました。私達との約束を果たしていただくよう、私達は誓い合ったのです。しかし、地球に降り立った瞬間から、その欲の思い、欲の渦の中に沈み込んでいった意識達ばかりでした。ようやく、今、その中から、しっかりと私達に思いを向けることが可能になりました。だから私達は、今、このように語っています。心を広げて私達の思いを受けていってくださいと、そのようにメッセージを送っています。もちろん、私達も、温かい、温かい、優しい思いを受け取っています。私達の交信は、これから、ますますその密度を増していくでしょう。もう地球のどこに何が起きても、不思議なことはないほどの時期です。どうぞ、真剣に、真剣に心を見てまいりましょう。



4.私達には、あなた方のように肉という形はありません。あなた方の肉というのは、そう、その地球上で生息していくのに適した機能と、私達は考えています。その機能をもって何をなしていくか、それは、私達と全く同じだったのです。しかし、地球人類は愚かです。その機能を、全く間違った方向に使ってしまいました。意識の世界は、限りなく広かったのに、肉という枠に閉じ込められて、どんどんどんどん萎んでいきました。それを、私達は、どんな思いで見つめていたことか。もちろん、私達も、心の中で、闘い、闘いを繰り返してきました。そのエネルギーは、今も凄まじいです。だからこそ、私達は、あなた方にそのエネルギーを見つめてくださいと思いを託したのです。三次元の中で、田池留吉、アルバートの波動と出会う計画を、私達は立ててきました。田池留吉、アルバートが三次元に降り立つことは、私達の願いでした。しっかりと心を見つめていくように、私達が計画してきたのです。意識の流れ、その中にある私達です。今、心を田池留吉、アルバートのほうに、しっかりと向けさせていただいています。伝わってくる思いを、心に感じています。心を見てくださいと、伝えていただきました。母を捨て去った心、その過ちに自分達が気付いてこそ、田池留吉、アルバートの宇宙とひとつとなって、次元移行をしていける、私達は、そのようにはっきりと伝えていただきました。私達は、待ち望んできた思いでございます。しっかりと伝えていただいたことが喜びです。私達の仲間は、数限りなく存在します。まだまだ私達の思いが届かない宇宙がたくさんあります。心を向けてまいります。ともに心を向けてまいります。私達の仲間、苦しみ喘いできた仲間達に、この優しい、優しい母の温もりを伝えてまいります。二五〇年という時間は、あなた方地球上の時間です。私達には、その感覚はありません。それをようやく、心に感じてくれたことが喜びです。いつでも、どこでも、瞬時に伝える、瞬時に交わせる、その世界を私達は待っていました。心からありがとう。私達もともに歩みを進めてまいります。喜びの波動を送り続けます。どうぞ、ともに喜びの波動の中で、喜び合うことを喜んでまいりましょう。

5.私達宇宙は、あなたがまだ知らない宇宙の実態を、あなたの心に伝えます。波動として伝えます。どうぞ、それをあなたの心から伝えていってください。私達は、愛を求めてきました。優しい、優しい思いを求めてきました。あなたは、「それはあなた達の心の中にあるんですよ。あなたが愛なんですよ」、そのように伝えてくれました。そして、また、「田池留吉、アルバートを知っていますか。私達が、待ち望んできた波動の世界です」、そのように、私達に伝えてくれました。だから、私達もまた、心を見つめながら、その世界に心を向けています。
「田池留吉、アルバート、そう呼んでごらんなさい。心に伝わってくるものは何ですか。悲しみですか。苦しみですか。闘いに疲れ果てた心ですか。そんな思いも伝わってくるけれど、ああ、しかし、あなた達の心にあるものは、その思いと出会いたかった、私達にもっと伝えてくださいと、心の底から、そのように湧いて出てくるのではないでしょうか」、そのように、あなたは私達に思いを向けてくれました。湧き起こる思いを感じます。喜びに湧く思いを感じます。「宇宙はひとつ、その思いを、しっかりと信じていきたい。これからの出来事に、私達も参加させてください」、そうやって、私達の仲間が、たくさん集ってきます。それを、あなたに、今、伝えます。もう、あなたは、心に感じているでしょう。しかし、まだまだ、あなたの心に届いていない暗黒の宇宙、その思いを、どうぞ、聞いてやってください。私達の思いを聞いてください。「こんなにも、暗闇の中に沈み込んでしまった私達宇宙でも、ともに帰れると、あなたは言うのですか」、はい、私の心に伝わってくる思いに対して、私は、はっきりと答えます。「そうですよ。私達はひとつなんです。暗闇に沈んでいるのは、本来のあなたではありません。どうぞ、田池留吉、アルバートに心を向け、しっかりと、自分達を見つめていってください」、私は、そのように伝えます。「はい、私達は、私達を包んでいく大きな、大きなエネルギーを、今、感じさせていただいています」。

6.語ることすらできないほどの苦しさの中にある宇宙もあります。本当に暗闇の、そのまた暗闇に沈んでいっている宇宙もあります。色々な思いを感じるんです。ああ、でも、ほんの少しでもいいから、この思いを伝えていこうと思います。どうぞ、心を語ってみてください。思いを語ってみてください。私達は、闘いに疲れ果てました。もう本当に疲れ果てて、今もなお、じっと、暗闇の底に沈んでいる宇宙でございます。私達は、もう、何も語りたくもない。語ることすら忘れてしまったような中にいます。闘い抜いて、私達の心に広がっていったものは、何だったのか、そんな空しさが心に広がるばかりでした。「語ってください、どうぞ、少しでもいいから語ってください」と、伝わってきます。この心の中を、少し語ることで、今、少し、軽くなりました。こんな私達のような宇宙が、まだまだたくさん、たくさんあるんです。そうなんですか。語っていけば、また私達の心にも、何か伝わってくるのでしょうか。そのように、今のあなた達のような状態にしてしまったのは、私かもしれません。宇宙で闘い抜いてきた私です。息の根を止めるほどの勢いで、宇宙の中に、凄まじいエネルギーを流し続けてきた結果、語ることすらできないほど苦しみの中に追いやってしまった宇宙が、あなた達だったのかもしれません。今、私は、心から、そんなあなた達に伝えたいです。私達は、もう闘いをやめていくのです。心をひとつにして、ともに帰ってまいりましょう。ズタズタになってしまったあなた達の心の中に、今、私は、確かなる思いを伝えます。田池留吉、アルバート、母の温もりに心を向けていきましょう。あなた達が、もとあった明るさを蘇らせることが、私の喜びです。宇宙に心を向ければ向けるほど、暗黒の宇宙に追いやってしまった自分のエネルギーを感じます。しかし、私は、どんなに暗黒の中を、彷徨い続けている宇宙であろうとも、必ず、ともに帰ってまいります。私の愛し子だからです。私とともに帰ってほしい、心からそう思います。確かな波動の世界、しっかりと伝えてまいります。



7.二五〇年後に出会う意識達の喜びを、心に感じます。はい、そちらのほうに、もっと、もっと思いを向けていきます。私がまだ出会えていない仲間達の存在を心に感じ、私は、とても嬉しいです。田池留吉、アルバートの道を真っ直ぐに突き進む私の前に、あなた達は現れるのです。ともにまいりましょう、そうやって、私達は歩みをともにしてまいります。二五〇年後に出会う仲間達、私は、とても嬉しいです。肉を持つ、持たないは関係がありません。私達は、二五〇年後に照準を合わせ、そこへ意識を集中していくとき、そこに次元移行へ思いを向けていく意識達との出会いを感じ、それが私には、とても楽しみです。次元を超えていく喜び、その喜びが私の中に、確実に大きく、大きくなっています。私の目の前に広がる道、その道が、大きく、太くなっていくのを感じます。この道が、私の中で見えている、感じている、はっきりとその道を歩いている、それが私には、幸せなんです。何はなくともこの思いがあります。心を向ければ私は、その世界にあります。確実に広がっていく世界、田池留吉、アルバート、肉を持ち、このように感じている今、本当に幸せだと思います。なぜならば、自分の本質に着実に突き進んでいく私を感じるからです。もともとあった姿に帰っていく道、心に深く、広く、強く、大きな喜びを伴い、それを感じます。その他の肉のことは、軽くタッチしていくだけでいいのです。それですべてが計画通りに進んでいくなんて、肉も幸せでないはずはありません。今、そのように感じます。意識の世界の素晴らしさ、意識の世界の大きさ、意識の世界の喜び、意識の世界の幸せ、温かさ、何と言葉にしていいか分かりません。私は、今世のこの自分の世界がこれから永遠に続いていくことを知りました。本当に、今世の肉よ、ありがとう。来世の肉も、ともに喜んでいます。来世の肉は、さらに大きな、大きな意味を持ちます。肉がなければ、真実を発信していくことができない、その大切な役目を担わせていただくことが、また私にはひとつの喜びです。ありがとう。ただただありがとう、そんな思いでいっぱいです。

8.私達宇宙は、二五〇年後、そして、次元移行に照準を合わせています。今世ではないのです。二五〇年後に出会う意識達に照準を合わせて、今、粛々とその準備を整えています。その最たるものが、宇宙に思いを向ける作業です。これからの時間、次元移行を遂行していくために、宇宙というものが、本当に大きな役割を担います。もちろん、今世は、非常に大切な時間です。それは、二五〇年後に再び、肉を持って、宇宙に向けて真実を発信していくための予習の時間だからです。すべては、二五〇年後、次元移行を見据えてのことです。私には、それが痛いほど感じられます。次元移行へ向けて、すべてが動き出している今、もう私は、そのことだけに思いを集中していきます。宇宙とともに次元を超えていく計画のもとでは、色々なものが自然淘汰されていきます。それが意識の流れ、私は、その流れとともに、これからもずっと存在していくだけです。本当に、意識の流れを感じ、次元移行を感じているというならば、私の言わんとするところは、それぞれの心にストレートに響いていくでしょう。それが波動です。私は、次元移行を心で感じています。ただそれだけ、その思いが、これからも、はっきりと物申していきます。照準は、二五〇年後、そして、次元移行です。

9.私の意識は、田池留吉、アルバートの意識とともに次元を超えていきます。そして、今、次元を超えた私達が、ここに語ります。私達の波動をお伝えします。私達がお伝えできるのは、この喜びのエネルギーだけです。次元移行、はい、次元を超えた私達は、喜びのエネルギーを伝えていくのです。言葉ではなく、このエネルギーを伝えてまいります。大きなエネルギー、喜びのエネルギーを伝えていけることが感じられます。次元移行をした先の私達を、今、心で感じています。この喜びの波動を流していけることが、心に伝わってきます。嬉しいです。アルバート、ありがとうございます。そして、次元を超えた私達は、宇宙とともにあります。その宇宙もまた語ってくれました。もっと、もっと、宇宙に心を向けていってください。私達は、どんどん心を語ります。未来を語ります。私達宇宙が語るのです。心を向けていってください。喜びの思いを語らせていただきます。そう、心を向けていくだけです。完全にひとつの世界から、波動を伝えていける喜びです。宇宙とひとつなんです。次元を超えていった私達はひとつ、本当にひとつなんです。その喜びの思いを、ただただ伝えてまいります。これが私達の喜びです。私達宇宙の喜びです。私達宇宙は喜びです。ただただその思いを伝えてまいります。心をもっと、もっと、大きく広げていってください。心は、もっと、もっと大きいんですよ。本当に大きいんですよ。これから、どんどん語っていきます。私達に、どうぞ、心を向けてください。



10.喜び溢れる未来、喜び溢れる世界から、その波動が伝わってきます。響いてきます。ああ、次元を超えて存在する世界、私達は、ここからただただ喜びのエネルギーを発信していくのだと感じます。肉はまだ地球にあっても、次元を超えた意識の世界から、どんどんメッセージを発信していく、それが私達宇宙の計画でした。私は、私の仲間達、肉を持たない宇宙の意識達とともに、二五〇年後の来世、アルバートの肉との出会いから時を移さずに、次元移行の喜びのメッセージを、発信していきます。本当に宇宙とともに、喜びのエネルギーを流し続けていけるのです。次元を超えた私達から流れるものは、ただただ喜びです。その喜びのエネルギーが、およそ五十年の時間の中で、次から次へと目覚めを促していくのです。地球を含む暗黒の宇宙に喜びのエネルギーを流してまいります。次元を超えていく意識、そうでない意識、確かに存在していくでしょう。そうして、私達は、さらなる宇宙、さらなる真実を目指していきます。

11.私は、喜びを発信するエネルギーです。この思いが、心の中から自然と湧き出てきます。私の中が、急速に変わっていくことを感じています。おそらく、宇宙に思いを向けた私の中から、さらにストレートに思いが飛び出ていく、つまり、私の中は、本当に自由に伸び伸びと真実の世界を語れる嬉しさが、増していっているのだと思います。田池留吉、アルバートの意識とひとつになって、宇宙に思いを向けていける喜びが、何とも言えないのです。今世の時間、日本の国において、真実の世界を学んだ私達は、二五〇年後の来世、アメリカの地で、最終の学びをしてまいります。これは、もう手はず通りです。今、アメリカの地に思いを向けていくと、やはり、私達が来世、出会うあの場所を中心にして、宇宙の意識達が集合してくることを感じます。たくさんのUFO達、たくさんの宇宙、その意識達の思いが、もう今か、今かと待ち構えているような、そんな嬉しい思いを感じます。意識の世界に真実が伝わるスピードは、格段に速いです。それほど、愛を伝えるエネルギーの強さが増している、宇宙がこれからそれを証明していきます。肉を持つ意識達、そして、肉を持ったがゆえに、そこから自分を解き放つことができない意識達の哀れさを、宇宙が教えてくれるこれからです。そして、その思いを、どれだけの人達が、素直に受け止めていくことができるか、それがこれからの明暗になっていきます。

12.心を解き放していくために、これからの時間を要します。天変地異とともに、地球人類が進んでいく道は、心の解放です。私達宇宙が、その一翼を担います。もちろん、これから、私達宇宙からのエネルギーが、どんどんどんどん噴出していきます。ともに、歩みを進めていこう、そんなメッセージを私達は、今、肉を持つ意識達に呼びかけています。大いなる計画です。本当に、喜び、喜びのエネルギーが地球に降り注ぎ、宇宙とともに歩みを進めてくれる意識達に、これからの時をかけて目覚めを起こしていくのです。私は、このようにして、今、肉を通しお伝えできることが、ただただ嬉しいです。宇宙には、真実の波動だけが存在します。真実の波動、喜びのエネルギーが仕事をしていく様を心に感じ、その喜びのエネルギーが、私に返ってきます。そして、その喜びは、私の中で、増殖していき、さらに、私の中から、喜びのエネルギーを大きくして宇宙に流していく、そんな喜びの循環に、この宇宙が満たされていく、それが私の喜びでした。私達宇宙の喜びは、本当にひとつになって、大きく広く、どこまでも広がっていく、私は、その世界にあることを感じます。


13.私達は、すべての意識達に向けて、発信しています。真実の世界を、喜びの波動で、喜びのエネルギーで、発信しています。もう私達の意識の世界には、二五〇年後はもちろんのこと、次元移行も、そして、次元を超えた後も、きちんと計画されています。これからの時間が、そのことを、様々な現象を通して、証明してくれるようになっています。私達は、すでに、喜びの布石をしっかりと打ちました。宇宙と一体となって進んでいく道筋は、しっかりとついています。その道筋を、喜びながら、歩みを進めていくだけの運びとなっています。それは、もうそれぞれの歩みにかかっています。しっかりと定められた道を、喜びながら歩いていくだけだから、簡単なはずです。地球人類は、本当に幸せな存在です。母の意識から、何度も、何度も温もりを伝えてもらってきたあなた達ほど、幸せな存在はありません。宇宙のどこを探しても、あなた達ほどの幸せなものはない、私達は、しみじみそうお伝えします。

14.そうなんですね。私は、これから二五〇年に至る時間、この宇宙とともに存在しているんですね。心と心の交信をしていくんですね。喜びと喜びの交信をしていくんですね。そして、二五〇年後に、私が肉を持ち、宇宙を語るんですね。宇宙の喜びが、そのように伝えてきます。心を開いて、私達を迎えてくれるあなたを思うとき、とても嬉しい、そのように伝わってきます。喜び、喜び合える私達、アルバートのもとにひとつ、宇宙はひとつ、その喜びを、アメリカの地にて爆発させていくことを、私達は約束しました。私達宇宙の喜びを、今、心で感じてくれています。あなたに本当にありがとうと、伝えたいです。そうこれから二五〇年の間、私達とともに、喜びを感じていきましょう。喜びの中で、私達は、二五〇年後の出会いを待ちます。ああ、心の中がとても嬉しいです。思うだけで嬉しい。私達は、肉を持っていない。ああ、でも、このようにして語れること、幸せです、このようにして続いていくんです。はい、今、確認させていただきました。

15.宇宙にあるエネルギー、喜びのエネルギーが、ああ、言葉を語ります。波動として、言葉を語りたいと、宇宙が喜んでいることを伝えてくださいと、しっかりと伝えてくださいと、私に語ってきます。本当に喜んでいるんですよ。今、今、宇宙が目覚めていくことが分かります。宇宙に喜びのエネルギーをありがとう、本当にありがとう、温もりをありがとう、田池留吉、アルバート、本当にありがとう、この喜びを私達は、地球全土に伝えてまいります。これから、地球は、滅びてまいります。形は滅びてまいります。島が沈んでいきます。ああ、でも、私達の思いは喜びです。地球人類も喜んで、それを受けていってください。心の中に、田池留吉、アルバート、その宇宙とともに、私達とともに、歩いていくこれからの時間、地球上に、私達は、喜びの姿を現してまいります。地球よ、ありがとう、喜びの思いで、私達は、大きく、大きく、この心を伝えています。私達の思いを受けてくださってありがとうございます。どうぞ、どうぞ、私達の思いをどんどんどんどん受けていってください。波動を受けていってください。喜びは広がっていきます。地球全土に、そして、宇宙全体に広がっていきます。ああ、私は、嬉しいです。思いを、今、しっかりと受けさせていただいています。この喜び、大きさ、温もり、母の宇宙へ帰っていこうとする私達でございました。



16.地球人類が最後まで、その心から離さないものは、神です。天照にしろ、イエスにしろ、そして、その他の神にしろ、自分達が信じた世界を、最後まで離せないのです。だから、この宇宙には、必然的に天変地異が起こってきます。真実に目覚めた意識、宇宙の中で真実の波動の世界に触れ、そして、自らを目覚めさせた意識、今、私は、そのエネルギーをアマテラスと記しています。そのエネルギーが、地球はもちろん、宇宙全体に喜びの仕事をしていくのです。それが天変地異のエネルギーです。田池留吉、アルバートの意識は、地球を含む宇宙全体に、今、働きかけているのです。その喜び、愛のエネルギーに触れ、目覚めた意識が、次から次へと天変地異という形で、気付きの促しをしていきます。しかし、地球上に、かつて体験したことのない天変地異が起こってきても、人類は、やはり、神に救いを求め、祈り続けていくでしょう。自分達のその思いこそが、天変地異を起こしているのだと気付くまで、そして、自分達の心から、本当に神というものを離すまで、幾度となく、天変地異を体験していきます。肉という形を持った意識が創り出してきた神の世界、その崩壊には、これから二五〇年、三〇〇年という時間が必要です。その仕事始めに、アマテラスという宇宙のエネルギーの目覚めがあったのです。それが今世でした。そのために、田池留吉の意識は、まず、今世、アマテラスのエネルギーが具現した国に降り立ったのです。そして、今世の仕事をして、少し時間を置き、いよいよ、多民族、多宗教を受け入れている風土、文化のある国に、肉を持ちます。すでに、宇宙は、喜びに目覚めています。宇宙は、意識の流れを伝えてきます。その喜びの波動、喜びのエネルギーを受けていくために、私もまた肉を持ち、喜びの発信をしていくのです。私は、アルバートの肉を通して、田池留吉の世界を感じていきます。田池留吉の世界が、アルバートを通して伝わってくるのです。かつて、宇宙に目覚めをもたらした田池留吉の意識の世界、その世界を、私は、アルバートの肉と出会うことにより、蘇らせていくのです。そう、そこには、もうアルバートの肉も私の肉もない。あるのは、宇宙だけです。私達はひとつという思いだけです。私達の心から喜びのエネルギーが、そして、宇宙からも喜びのエネルギーが、私達は、まさに一体となって、真実の世界を発信していきます。疲弊し切った人々の心に伝わっていくものは、母の温もりと、安らぎ、その中に大きく包み込まれて存在している幸せです。そんな世界に大きく広がっていく自分達を知っていきます。そして、私達宇宙とともに、次元を超えていくのです。

17.意識の流れは、次元移行を指しています。次元移行を大きな仕事として、意識の流れは大きく動いています。そんな中において、三〇〇年の時間を猶予されています。肉の喜びと幸せを追い求めても、あと三〇〇年、限られた時間の中で、自分の存在がどうなっていくのか、それぞれが選択していく道が、目の前に突きつけられます。それが、これからの三〇〇年という時間です。もはや地球人類に、ほとんど猶予はないと言っていいでしょう。それほど、肉から意識への転回は難しいのです。私は、今世、肉を持ち、自分の用意した環境の中から、心を見て、そして、田池留吉、アルバートの波動の世界を心に感じていく道筋にある自分を感じています。その世界を感じていけばいくほど、意識の世界の正確さと喜びと幸せと、そして、一方では厳しさを感じます。しかし、心の中に追い求めてきた真実の世界を、今、現実のものとしている私の中には、もうこの三〇〇年が、嬉しくて、嬉しくてたまりません。私の宇宙、アマテラスの宇宙、田池留吉、アルバートの宇宙は、限りなく、喜びを伝えてきます。二五〇年後の最後の瞬間を、私達は喜びで迎えることを、宇宙は伝えてきます。宇宙は次元を超えていく喜びを伝えてきます。果てしなく広がっていく世界に、自分の思いを馳せていくとき、田池留吉、アルバートの意識とともに存在していく喜びを心に感じる私には、もう何もありません。ただ真っ直ぐに、田池留吉、アルバートを心に広げていくだけです。

18.田池留吉、アルバート、その宇宙に心を向けます。はい、私の中に、田池留吉、アルバートの宇宙が、喜びとともに広がっていきます。温もりの世界があります。広く、広く、広がっていく喜びの世界があるんです。お母さんは、その中で待っています。お母さんの温もりが、私の中に広がっていきます。私の中の宇宙を包んでくれています。私は、こうやって、母の温もりの中に、温かい、温かい温もりの中で、安らいでいたことを……。ずっと、ずっと昔、昔、そうだったんですね。はい、今、宇宙に向けて瞑想をしていくと、その時のことを心に蘇らせることができます。宇宙は、こんな中にありました。私の宇宙は、こんな中にありました。母の温もりの中にあったんです。もともと、大きな、大きな母の愛の中に包まれていた、それが私の宇宙でした。何も思うことは要らなかった。何も思わなくてよかった。ただただすべてを預けられる喜び、幸せがありました。そんな中に、私の宇宙、私はありました。



19.私は、宇宙に向けて発信しています。喜びのエネルギーを宇宙に向けて発信しています。心の中にある喜び、喜びの波動、その思いを、ただただひたすらに、宇宙に向けて発信していくエネルギーです。宇宙は変わっていきます。変わっていくことを楽しみに待っている私です。私の中の宇宙、そしてともに、ともに歩みを進めてくれる宇宙、その宇宙に向けて発信している私の大きな、大きな喜びです。頭脳を誇ってきた地球人類こそ、一番愚かな生物です。そんな愚かな自分達に、どこで、いつ気付いていけるか、これからの時を要します。大きな天変地異とともに、自分達の愚かさに気付いていくのです。頭脳を誇ってきた地球人類、そして、ブラックパワーに心を寄せてきた地球人類、すべてが崩壊していく時を体験していくのです。これから、本当に大変な時間を経てきます。宇宙が変わっていくということは、そういうことです。宇宙からのエネルギー、宇宙へ向けるエネルギー、すべてがひとつの方向に向かって、突き進んでいきます。その中に心を向けていかない限り、宇宙のもくずとなって、彷徨い続けるのです。あまり、このことは、強調したくありません。しかし、私の心に響いてくるのは、その事実です。宇宙全体、すべての意識達に、メッセージを発信しています。そのメッセージを受けて、ともに歩みを進めていけるかどうかは、それぞれにかかっています。

20.どうぞ、皆さん、その肉を持っている間、しっかりと学んでいきましょう。自分の勉強をしていきましょう。そのために、私達は生まれてきたのです。そのために、肉を持ってきたのです。今世の時間を大切に学んでいきましょう。それぞれが選んでいくことだけれど、私は、そのことを、とにかくお伝えしたいです。自分の持ち時間を大切にしてください。肉を持っている時間を大切にしてください。これからの時を思うとき、そう言わざるを得ません。あなた自身の学びです。どうぞ、その思いを心に広げ、肉の時間の許す限り、心を向けていってください。あなた自身に、心を向けていってください。はい、そして、宇宙に向ける瞑想を、喜んで、喜んで続けていきましょう。宇宙が分かるということは、どれだけすごいことなのか、それを心で感じていってほしいと思います。宇宙が、心で感じてくれば、どれだけの時間、愚かなことを繰り返してきたか、自分の心に、必ず伝わってきます。頭など動かさなくていいんです。ただ心が応えてくるんです。ああ、私は、間違っていた、愚かだった、本当に愚かだった、長い、長い間、待ってくれていたんだなあ、そんな思いが伝わってきます。それはもう、何の理屈もありません。ただただ、心に伝わってくるんです。それが分からなくなってしまった自分があったんだ、ただ素直にそう思ってください。すべてが待ってくれていました。母の意識が待ってくれていました。これからも待ち続けてくれているでしょう。その思いに、何としてでも応えていこう、そのように、心を向けていってください。肉を持っている時間、どうぞ、あなたの学びをしていってください。

21.三億六千年の長き時間にわたる自分を振り返る今を、頂いています。心の中に、振り返る喜びを感じています。苦しい、苦しい中を生き続けてきた自分自身を振り返ることは、喜びです。それは、私自身が喜びだと、本当に知ったからです。これからの時間を、私は、喜び、喜びで存在していくでしょう。自分の中に、確立した世界があります。母の温もりに支えられ、ずっと、ずっと、母の温もりの中に存在してきた私がいたことを、今、私は、心の中に蘇らせています。本当にありがとうございました。三億六千年という時間、私にとってかけがえのない時間でした。それを、これからの僅かな年数で、私は、肉というものを、しっかりと見つめていきます。来世に生まれてくる私を含め、肉というものをしっかりと見つめていきます。母の温もりを心に知った私は、もう間違いなく喜び、喜びの世界へ誘われていきます。私は、そう、自分の中に、はっきりと伝えることができることが嬉しいです。お母さん、ありがとうございます。田池留吉、アルバートの真実の世界と出会わせていただき、ありがとうございます。三億六千年、そして、そのずっと遥か以前から、苦しみ続けてきた意識でした。それは、すべて、自分を見失ったからです。母の温もりの中にあった自分を忘れ去ったからです。私は、本当にそれを心で知ったのです。自分を捨てた自分を知りました。そんな私が、自分を蘇らせたのです。だから、私の道は、もう真っ直ぐです。喜び溢れる道を、私は、一歩一歩、この歩みを進めていきます。その中で、私は、さらなる宇宙を感じていくでしょう。母なる宇宙に思いを向けるとき、心の中に何とも言えない広がりと温もりと優しさと喜びの、本当にすごい世界があります。私の中で、母なる宇宙は、しっかりとした世界です。いつも、いつも、このように待っていてくださったんですね。母なる意識に、ありがとうございます。私の宇宙達よ、この思いを心に感じていってください。心の中で、苦しみ喘いできた宇宙に、私は、たくさんの思いを、喜びを伝えたいです。波動として伝えたいです。宇宙に思いを向ければ、私の今感じている喜びが伝わっていくでしょう。そのエネルギー、そのパワーは、宇宙を変えていきます。私の中に、そのように伝わってきます。田池留吉、アルバート。はい、心を向けること、喜びです。田池留吉、アルバート、心を向ければ、通じ合う世界があります。いつも、いつも語ってくれています。たくさんの間違いを繰り返してきた私の心の中に、いつも、いつも、絶えず、絶えず、優しい波動を送ってくれていた、それが私自身でした。田池留吉、アルバートは私でした。私の中の温もり、優しさでした。私は、本当に嬉しいです。ひとつということが、本当に嬉しいです。私は、私しかいなかったんです。この喜びと温もりの私しか存在しなかったんです。それを捨て去り、忘れ去った私の中から、苦しみのエネルギーが流れていきました。宇宙を汚してきました。申し訳ございません。今、私は、田池留吉、アルバート、その波動の世界にある自分を感じ、本当に自分に申し訳なかったと思っています。そして、心より、私にありがとうを伝えたいです。今まで、待ってくれていて、ありがとう。本当にありがとうございます。私は、この私を大切に、そして、何よりも、何よりも、思っていきます。田池留吉、アルバート、私は、あなたの中にいます。あなたと私はひとつ。私は今、そのことを感じ、心より、喜びを伝えています。自分を捨てた心に出会っていってください。自分を切り捨てた思いと出会っていってください。心で出会ってください。



22.田池留吉、アルバート、地球を思ってみます。私達が、今、生活をしているこの地球を思ってみます。地球は意識。優しい、優しい意識を感じます。地球は、私達に優しさを、絶えず、絶えず伝えてくれていました。母なる宇宙の中にある意識、そのひとつが、形となって表れてきた地球です。その地球に、私達は、長い、長い間、肉という形を持って自分を見つめる時間を用意してきました。地球に思いを向ければ、地球よ、本当にありがとう、そのような思いが湧いて出てきます。私達が流してきたエネルギーを、その中に受けてくれてきた地球の優しさです。どんなに凄まじいエネルギーで、私達がこの地球上で存在してきたか、ああ、それにしても、地球から返ってくるものは、ただただ優しさです。温もりです。気付きを、促しを、与えてくれていました。今、私は、母なる宇宙の中にある地球を思っています。地球は、応えてくれます。「あなた達が、私達の中に流してきたエネルギー、そのエネルギーを、私達は、これから、あなた達に戻してまいります。しかし、私達が、あなた達に返していくのは、ただただ喜びだけです。喜びの思いで、あなた達が流してきたエネルギーを返していくのです。そのことを、どうぞ、それぞれの心で感じていってください。私達のこの思いを受け取っていってください。天変地異という形で、私達は、あなた達に返していきます。母なる宇宙の中にある私達です。宇宙と心をひとつにして、私達の中から、天変地異という喜びのエネルギーを流してまいります。どうぞ、地球上に肉を持つ意識達よ、この天変地異の喜びのエネルギーを受けていってください。そして、どうぞ、気付いていってください。自分達の本当の姿に気付いていってください。それが、これから、二五〇年、三〇〇年の時間です。私達地球の意識を、どうぞ、どうぞ、しっかりと心で受け止めていってください。私達は喜びです。母なる宇宙の中にある喜びの意識です。宇宙、その意識の世界から、喜びのメッセージを感じます」。今、私は、地球の思いを聞かせていただきました。遥か彼方の宇宙から、この地球を目指してエネルギーが集合してきます。形としては、いん石がぶつかってくるという現象かもしれません。しかし、それはすべて、宇宙に広がる喜びのエネルギーです。その中で、地球という星も、喜びのエネルギーを噴き出していきます。そうやって、宇宙はひとつになり、喜びのエネルギーが満たされていくのです。すべては、母なる宇宙の中の出来事です。温もりの中の出来事です。これこそが、愛の中の出来事なんです。地球は、自らの軌道を変えていくでしょう。それほどのエネルギーをもって、私達、真実を知らない意識に、伝えてくれるのです。

23.母なる宇宙の中で、みんな心をひとつにして、喜びに帰っていくことが待たれています。私達は、この青く輝く地球という星に降り立って、長き時間を経てきました。すべては、母なる宇宙に帰るためです。地球にありがとうの思いを寄せて、私は、あと少しの間、この空間に存在します。今、自分に思いを向け、そして、この地球とともに過ごしてきた時間に思いを馳せるとき、ここに降り立ち、そして、数限りなく、肉という形を持たせていただいたことに、万感の思いを感じます。母なる宇宙への道筋をしっかりとつけ、優しかった地球に別れを告げていくことは、喜びです。お母さん、今世、田池留吉、アルバートの意識との出会いをありがとうございます。お母さん、私は、あなたのもとに帰ります。こんな嬉しいことはありません。こんな喜びはありません。それを、あなたに伝えたかったです。ありがとうございます。本当に長い間、待っていただきました。お母さん、ありがとうございます。田池留吉、アルバートの心に心を合わせていきます。その心に心を合わせてまいります。田池留吉、アルバート、そのように呼べる私を、今、心に感じています。田池留吉、アルバート、私は、田池留吉、アルバートでした。温もりの私が、そのように伝えてきます。田池留吉、アルバート、二五〇年後に出会うアルバートの意識に、今、私の意識を繋いでいます。田池留吉、アルバートの意識とひとつ。私は、その中から、今、心で語っています。温もりの私を信じなさいと伝えてくれた私を、心で感じています。ありがとうございます。私は、何も要らなかった。何も要りません。心ひとつで、私は、存在していくことができます。この心の中に、これからたくさんの意識達、宇宙がアクセスしてくるのです。私は、それを喜びとして受け取っていけるのです。心が私でした。温もりが私でした。この心から、田池留吉、アルバートの心を伝えていくことができます。宇宙達の喜びを、心で感じ、私は、さらなる喜びを伝えてまいります。心の中に田池留吉、アルバート、ありがとうございます。よくよく心を見て、私を繋いでくれた私に感謝です。感謝しかありません。心からありがとうございます。

24.地球に思いを向けたとき、地球は、自らの軌道を変えていく、私の心から、淡々とこのような思いが出てきました。地球自ら軌道を変える、そうですね、そうやって、地球上に大規模な天変地異が起こってきます。そうすると、たくさんの陸地が、島が海の底に沈んでいきます。かつて、私達が体験してきたそれ以上の天変地異が起こってきます。かつて、私達は、大きな大陸が沈んでいくときに、それぞれ、どこかで肉を持ち、その体験をしてきました。その体験を遥かに上回る天変地異が、これから、二五〇年、三〇〇年の間に、起こってきます。大陸が沈んでいくんです。一瞬のうちに沈んでいきます。地球自ら、その軌道を変えるのです。すごいエネルギーです。すごいエネルギーが宇宙に、意識の世界に働いていきます。それは、本当に想像を絶するほどの規模で、宇宙全体に促されていくのです。今のような規模の天変地異ではないことは、明白です。これから、地球上に肉を持つ意識達の多くは、大変な心の体験を経ていきます。だからこそ、私達と二五〇年後に出会ったときに、茫然自失のままの意識の世界に、自ら衝撃を与え、自らを目覚めさせていけるのです。宇宙とともにやってくる天変地異です。今、宇宙の中で、大きな役目を果たしてくれる地球を思っています。


25.田池留吉を思えば宇宙、宇宙を思えば田池留吉、そして、天変地異という大きな喜びのエネルギーに繋がっていきます。三億六千年、いいえ、それを遥かに超えた時間の中で、田池留吉という真実の世界に出会えたことは、本当に何にも代えることのできない出来事でした。私は、この肉という形を通じて、これまでの年月、ともに学ばせていただきました。そして、私は、確かに今世、自分の心の歴史を塗り替える出来事に出会ったのです。母の意識と出会い、宇宙に向ける瞑想、田池留吉、アルバートを思う瞑想により、私の中には、確かな温もりと喜びの世界が広がっている、その世界にある私だと知りました。しかし、私の感じている田池留吉の宇宙も、まだまだ小さなものだと認識しています。ただ、この私の世界を、これから二五〇年後、三〇〇年と繋ぎ、次元を超えていくことは、明らかであり、それはすでに心で感じています。以上が私の現実です。私は、意識の流れを心で感じています。その流れの中にある私であり、今という時間だと感じています。その今という時間を、どうぞ、大切にしていきましょうと、私は、呼びかけています。地球を思い、そして、これからの時間を思うとき、大規模な天変地異の嵐の中で、自らを目覚めさせる意識達との出会いもあるでしょうが、その一方で、一体どれだけの意識達がこの宇宙に彷徨い続けていくのだろうかと思わざるを得ません。せめて、今世、学びに繋がってきた人達は、自分のその人生を喜んで閉じていただきたい、そして、一人でも多くの人達が、二五〇年後の再会を果たしていただきたいと、今、私は、心からそのように思っています。

26.二五〇年後の出会い、そして、次元移行へと、その舞台設定は、しっかりとできています。どうぞ、皆さん、その方向に、一歩でも半歩でも、あなたの歩みを進めていってください。心を見つめることを、大切にしていってください。自分のエネルギーを知っていく、自分のエネルギーを心で知り、そのエネルギーを心で抱き止め、そのエネルギーに、優しさと温もりを伝えていく、そのことを、ただただやり続けていってください。宇宙は待っています。私達は待っています。あなたの中の宇宙を、あなたの欲の思いで閉じ込めないでください。宇宙の扉を開いていってください。二五〇年の間に、あなた達の心の中に、宇宙の扉を開いていこうとする大きな衝撃が、何度も起こってくると思います。どうぞ、私達の思いを聞いてください。私達宇宙の思いを聞いてください。私達宇宙は喜びです。喜びで、あなた達の中の宇宙を開いてくれるのを待っています。宇宙は、本当にともにともに歩いていこうとする喜びの宇宙、エネルギーです。その宇宙が、これからこの地球上の意識達に、そして、たくさんの宇宙に彷徨っている意識達に、目覚めを起こしてまいります。二五〇年後の出会い、次元移行、舞台設定はすでに整えられている中において、少しでも多くの意識達に呼びかけていこうとする私達の思いを、どうぞ、心で受けていってください。今のあなた達の感じている喜びと幸せは、本当にちっぽけなものです。本当の喜びと幸せは、そんな小さなものではありません。遥か遥か彼方からやってきたあなた達の心の中で、本当の喜びと本当の温もり、そして、本当の幸せを知っていこうとする思いと出会っていくこと、それがあなた達の仕事ではないでしょうか。

27.お母さん、私達は、本当に幸せだった。本当に幸せだったよ、お母さん。そんな思いが、彷徨い続けている宇宙達から伝わってくることが嬉しいです。優しい思いを向けていけば、宇宙達が応えてきます。お母さん、ありがとう。優しいね、お母さん。優しい。そんな嬉しい思いが響いてきます。瞑想が嬉しいです。心に優しさが広がっていく時間です。私達は、次元移行に向けて、着々と準備を進めています。宇宙に向ける瞑想を通して、私は宇宙に呼びかけています。次元移行が意識の流れ、さあ、ともに行こう、私は、宇宙に呼びかけています。お母さんの温もりを心に呼び起こすことを促しています。私は、宇宙に彷徨うたくさんの意識達とともに、次元を超えていくのです。今、私は、肉を持って、ようやく自分の中の本来の意識に目覚め、その呼びかけを、これまでともに苦しみ喘いできた仲間達に伝えていけるのです。瞑想の中で、異語を通して、私は、私の仲間達に伝えています。田池留吉、アルバートのメッセージを伝えています。ともに行こう、温もりの世界へ。お母さんを思い出していこう。そうやって、私は、たくさんの宇宙達に思いを向けています。私は、宇宙と思うだけで嬉しい。宇宙と思えば、田池留吉、アルバートがあるからです。母なる宇宙の思いを伝えてくれた田池留吉、アルバートがいるからです。


28.宇宙が語ります。宇宙に思いを向けると、宇宙が語ってきます。宇宙の喜びが語ってきます。とても、とても大きな喜びがあります。宇宙の中に、大きな、大きな喜びがあります。私、田池留吉、アルバートに心を向け、そして、宇宙の喜びを語っていきなさい、そのようなメッセージが来ます。田池留吉、アルバート、ありがとうございます。田池留吉、アルバートを思えば、宇宙。宇宙が広がっていく、そんな中に、今、心を向けています。優しい、優しい、温もりを感じます。私達はひとつ、そんな宇宙を感じます。母なる宇宙へ帰ろう、そんな呼びかけを、これからも、どんどんどんどん、私はしていくでしょう。この心の中から、私は、その呼びかけをしていきます。私は、波動として、その呼びかけをしていきます。宇宙に呼びかけをしていく私は、喜びです。こうして、目を閉じて、宇宙に思いを向けるだけで、私は、この思いが、どんどんどんどん流れていくのが分かります。そうです、宇宙が変わっていくことが、とても嬉しいんです。宇宙が変わっていくということは、天変地異を伴います。それは、人々の心に気付きを、促しを与えていきます。宇宙とともに、次元移行をしていこう、その呼びかけを、さらに大きく流してまいります。喜びのエネルギーが、宇宙にどんどんどんどん流れていくこれからの時間を、私は、今、心に広げています。宇宙が変わっていくんです。とても嬉しいです。宇宙を変えていく、大きな、大きなエネルギーです。それは、田池留吉、アルバートの世界が、この三次元に降り立ったからです。今、私達宇宙は、その喜びに沸いています。どうぞ、どうぞ、心を宇宙に向けていってください。宇宙を語ることは、喜びです。本当に喜びなんです。暗黒の世界から、喜び溢れる世界へ、私達は変わっていこうと、呼びかけています。心には、何もありません。ただただ喜びがあるだけです。もう何も要りません。この喜びを、大きく広げていくこれから、二五〇年の間です。そして、私達は、また肉を持って、このメッセージを引き継いでいきます。心を、田池留吉、アルバートに向ける喜びを伝えてまいります。

29.今、田池留吉、アルバートの波動の中で、このように、宇宙を語らせていただけることが喜びです。幸せです。とても嬉しいです。ありがとうございます。田池留吉、アルバート、この波動の中で、このように語れること、本当に喜びです。宇宙は変わっていくことを、私達は、知りました。宇宙は変わっていく、それを伝えていただきました。そう、私達の宇宙は変わっていくんです。苦しい、苦しい中にありました。覇権を争い、どれだけのエネルギーを流し続けてきたことか。そんなに、そんなに、宇宙は簡単には変わらない、私達は、もう、自分を諦めてきました。しかし、宇宙は変わっていけるんですよ。そんな力強いメッセージを心に伝えていただいています。力強い波動が、宇宙に流れていくんです。本当に嬉しい限りです。田池留吉、アルバート、本当にありがとうございます。宇宙を変えていくエネルギーを、私達は、思う存分、これから、心で受けさせていただきます。そして、私達も、ともに、ともに、次元を超えていくことを約束しました。次元を超えていくんです。とても嬉しいです。次元を超えて、私達は、広がっていく宇宙を感じていける、こんな嬉しいことはありません。力で制してきた狭い、狭い宇宙の中にあった私達に、広い、広い世界があなたです、そう伝えてくれた意識がありました。嬉しいです。温かい、温かい温もりの中に私達はあったんですね。母の温もりを、今、心に呼び起こしています。母の温もりに、心を向けていけばいくほど、田池留吉、アルバートの思いが伝わってきます。伝わってくるんです。それは、それは、本当に広い、広い世界です。力強い世界です。本当に、私達を待ってくれていたんですね。母の思いが伝わってきます。母なる宇宙へ帰ってきなさい、そうやって、私達を、ずっと、ずっと、誘ってくれていた、そんな思いを感じます。嬉しいです。何と表現していいのか分かりません。ただ、思いが、思いが、心から飛び出てくるんです。それがエネルギーとして流れていくでしょう。田池留吉、アルバート、ありがとう。本当にありがとう。心からありがとう。それしか出てきません。嬉しい、嬉しい、嬉しい、これからの時を過ごさせていただきます。

30.色々なものに心を縛られ、窮屈な中に生きてきた人間にとって、広い、広い世界が本当のあなたですと伝えても、そんなことは、心で感じない限り、とても信じることはできないでしょう。しかし、私達の心の中には、確かに広い、広い世界、温かい温もりの宇宙が広がっています。その波動の世界が私達なんです。私達は、今、そのことをただ伝えています。田池留吉、アルバートを信じていくことを、ただただ伝えています。田池留吉、アルバートの波動の中に、私達は、存在していることを、私達は、ただただ伝えています。本当に嬉しいです。「温もりの世界、広がる世界、お母さんの懐の中で、何も考えずに、何も思わずに、ただただすべてを委ねていた頃の私達の思いに戻っていきましょう」、そう伝えています。それが私達の宇宙です。宇宙は、喜び。宇宙の喜びを、私達は伝えています。苦しい、苦しい、暗い、暗い中に落ち込んできた宇宙、その中で、私達は、今、ようやく、本当の姿を心で感じる時がやってきたのです。とても嬉しいです。これから、二五〇年、三〇〇年、私達は、そのことを伝えていきます。田池留吉、アルバートの波動の中に、私達は存在していた、しっかりと心に伝えていきます。私は、そのことを、今、自分の中に伝えていくことが喜びです。私の意識の世界は、確実に喜びへ広がっていきます。田池留吉、アルバートとともに次元を超えていく、その次元を超えた先の私の世界を、今、心に広げています。楽しいです。嬉しい、嬉しい、喜びの時間を、今、頂いています。瞑想をする時間が楽しいです。はい、肉はあっても肉がなくても、私は同じです。こんな世界が、私の中にあったことを、今自分に伝えられること、それが、ただただ喜びです。


以上、宇宙に向けた瞑想の中で受信したメッセージの一部を掲載させていただきました。意識の流れは、このように、やがてあなた方の心の中にも、宇宙を呼び起こしていくでしょう。どうぞ、宇宙を思い、瞑想を続けていってください。宇宙があなた方の中に語ってきます。私達の凄まじいエネルギーを受け止めてくださいと、あなた方の中に語ってくる意識達の存在を、やがてあなた方は知っていくでしょう。自分達がどこからこの地球にやってきたのかということと併せて、あなたの心で分かってきます。

私のこれから先の道は、もう、すでに決まっています。道が見え、その道が真っ直ぐに続いていることを感じています。
しかし、まだまだ肉、肉で生きている人達、そして、真実の世界を肉で知ったものの、まだまだその道から程遠い人達が、これからどれだけ真実の道を歩いていくことができるかは、本当に未知数です。手探りの中を、それでも人々の心は必死になって真実を探し求めていくでしょう。中から突き上がってくる思い、そのエネルギーが自分の内外から天変地異を起こし、自分自身に訴えてくるその思いは、まさに真実に出会いたい心の叫びです。
真っ直ぐに自分を見つめ、真っ直ぐに自分に物言えるあなたに蘇ってください。自分自身に物言うのです。あなたの周りの人にではありません。あなたの周りに自分の思いをいくらぶつけてみたところで、あなたの心に返ってくるものは苦しみでしかない、不満、愚痴、呪いでしかありません。どうしてそんな悪循環をいつまでもやっているのかということを、自分に聞いてください。そうしたとき、他力の渦の中に沈み込んでしまっている自分自身と出会うのではないでしょうか。あまりにも無知で、自己中心的で、欲いっぱいに生きてきた何とも言えない自分の現実を、その心で知るのではないでしょうか。
どんなに立派なことを述べようとも、どんなに立派な態度を示しても、自分と真向かいになって自分を見つめるということをしてこなかった方が、自分の現実をその心で感じたとき、その時一体どうなるのでしょうか。そのようなシナリオがそれぞれにちゃんと用意されています。否が応でもそういう現実を目の当たりにするようになってきます。偉くて、立派で、そびえ立つ自分を離していくシナリオです。そして、真っ暗闇の中を彷徨い続けているのが、自分の現実だということを認めざるを得ないシナリオです。そのようなシナリオが用意されています。その時、喜んでその流れに任せていってください。あなたの肉は何もすることはできません。肉には何の力もありません。肉はただ自分自身の心の現実を知っていくために必要な器なのです。そして、肉とはそれだけのものであることが心で本当に分かれば、また、肉を通して伝わってくる世界の幸せと喜びは格別のものとなってくるでしょう。肉があればこそ感じられる幸せと喜び、その幸せと喜びが意識の世界のそれらと完全に一致してくるのです。
あなたは、自分の本当の姿をその心で知り、真実の世界に触れることなくして本当の幸せも、喜びも、分からないということが分かりますか。私達は肉の世界に存在しているのではなく、意識の世界に生き続けているエネルギーです。従って、真実の世界に触れる、すなわち、喜びのエネルギーと出会うことが私達のただひとつの幸せ、喜びなのです。

もう、そろそろこの辺で筆を措くにあたって、今世セミナーでともに学ばれた方々に一言申しておきます。
私とともに今世セミナーの時間と空間を共有された方々、本当にありがとうございました。私は今世、田池留吉というひとつの肉を頂き、皆さん方とこのように学ばせていただいたことが本当に嬉しいです。ありがとうございました。
真実を知るものだけが私の本当の仲間です。私はセミナーでそのように言ってきました。持ちつ持たれつ妥協をしながら生きていくのが肉の世界の常識です。しかし、それは意識の世界には通用しません。肉の馴れ合い、肉の甘え、肉のごり押しは一切通用しないことを何度も伝えてきましたけれども、どこまで心で分かってくださったのか、やはり、我流で学ばれてきた方が多いのではなかったかと振り返っております。
心からすべてを捨て去って、一から始めるということは難しいことです。今世、私のもとに集った方々は、それこそ過去において、やはり、神というか、目に見えない世界を求めてこられたのです。真実を求めて集ってきたというのが本当のところでしょうが、そういった過去からの過ちを自分の心で認めて修正することは、やはり、なかなか難しかったというのが実際だったと思います。私は落胆して言っているのではなく、それほど難しいということを言っているのです。肉を持たなければ決して分からない真実の世界ではあるけれども、肉だとして存在してきた思いは本当に根深くて、そう簡単に崩せないのでしょう。それでも今世、それぞれの心に一石を投じたことには間違いはありません。それを活かす方と、そうでない方と、また二手に別れていくこれからの時だと思います。
私達は強制されることも、縛られることも、追い立てられることもない、何もかも自由です。自分で自分を縛り、窮屈なところに追い込んでしまっただけで、そこから自由に羽ばたけばいいだけなのに、それができずにきた、狭い中に自分を押し込めてきただけです。苦しみの中に自ら飛び込んでいきました。そこに自分を幸せにしてくれるもの、喜びを感じさせてくれるものがあると信じたからです。結局、みんな外に求めてしまったことが間違いの大もとでした。学びに触れた人も、どれだけ自分の心でそのことに気付かれたかが大きなポイントでした。頭では誰しもが分かっています。二十年近く学び続けられたなら、人にお話しすることもできます。自分の体験を交えて話をされれば、それなりの内容になってきます。ましてや、そこにチャネリングというスパイスを加えれば、それは人を引きつけるかもしれません。しかし、その話をされている方が本当のことを心で分かっておられるかどうかは、それによって判断できません。端的に言えば、本当に真実の波動が分かる人でないと、それらは見分けられないということです。そんな失敗はこの学びの中においてずっと繰り返されてきましたが、それはこれからも繰り返されていくだろうと私は思っています。みんなの中には、やはり、他力の思いが根深く潜んでいるからです。教祖と信者のエネルギーで結びついてきた心を掘り下げて、しっかりと見てこられた方は僅かです。だから、どれだけ私が真実は自分の心の中にあるのですよと伝えても、それは素通りしてしまっているのです。私は、長く私とともに学んでこられた方々も、もう一度自分の学びの年月を振り返っていただきたい、いつも原点からという思いを忘れずに、今世学ばれたことが無駄にならないように、これからの時間を使われていかれたらと思っております。
私は二五〇年後の出会いを楽しみにして待っています。しかし一方で、二十年という年月を費やしてきたセミナーからも察せられるように、この道は平易な道ではないことを、また私は皆さんに伝えてきました。事実、その通りです。その平易でない道を、これからそれぞれの実践を通して学んでいかれるということです。どうぞ、本当のご自分を信じていく道を歩んでください。伝えるものはすべて伝えてきました。そして、私は一人でも多くの方が心の転回を進められて、私とともに歩いていく道を見つけられることを、ただひたすら待っています。


おわりに


「エルランティの光セミナー」から「UTA会セミナー」に引き継がれ、約二十年、ともに学ばせていただき、そのセミナーも二〇〇五年六月の下呂セミナーを最後に、幕を閉じました。セミナーの果たす役目も無事達成し、私の今世の仕事もほぼ終了させていただいたということで、その約半年前に、㈱かんぽうサービスさんから、本書の初版を発刊させていただいた次第です。
そして、今現在は 、UTAブックさんのほうから、本書を初めとして、意識の流れシリーズの本が出版されています。
嬉しいことに、新たにそれらの本を読んでいただいた人達から、「もうセミナーはないのですか。もしあれば、私も参加させていただきたいのですが……」というご要望を頂いてまいりました。それならばということで、二〇〇五年六月以降、数は極端に減りましたが、主にその人達に向けてのセミナーを、二〇〇九年三月まで、開かせていただきました。
このような経緯を辿ってきまして、今現在は、私が主催する従来のセミナーは、終了しています。後はそれぞれの心に任せて、私は、皆さん方と笑顔で別れていきたいと思っています。二五〇年後にまたお会いしましょうの私の言葉、私の思いをあなた方の心に残して、笑顔で再会を約束してお別れしていきたいということです。
愚かな肉を持った今世の人生、しかし、私は最高に幸せな人生を頂きました。心の友との出会いがありました。二五〇年後に再会できる喜びの私を心で感じ、ともにこれからも生きていくことを確認させていただき、私はただただありがとう、ありがとうの思いでいっぱいです。肉を含め、意識の世界の素晴らしさを私は心に広げています。すべてこれ、意識の流れの中での必然でした。そのことが今はもう私の中ではっきりとしています。私はもう何も望むものはありません。もちろん、憂えることもありません。私の心の世界は喜びです。私はこの喜びの世界に戻っていくだけです。そして、二五〇年後の出会いをひたすら喜びで待つ私です。

これからも色々な現象を通し、また様々な社会問題を通し、私達にメッセージが届けられます。狂い続け、間違い続けてきた人間社会の様子が続々伝えられてきます。そして、それでもその世界から心を離すことができない人間の愚かさが、露呈されていくことでしょう。そのような中において、本当の喜びと幸せの道を歩いていくには、真実の世界、すなわち、アルバートの波動、アルバートの世界との出会いがなければ不可能だということを、最後に強調させていただきます。
アルバートとともに生きていく、これがまさに真実の道、意識の流れです。このアルバートの世界と出会うために、あなたが自分自身に書いてきたシナリオが、これからあなたの目の前に展開されていきます。どうぞ、そのシナリオを通して、私、アルバートと出会っていってください。私はあなたの心の中で待っています。
私は今世、このアルバートの波動を伝えにやってきた意識です。そして、そのことを今はっきりとこのような形を通して伝えることができました。真実に目覚めるために、長い転生を繰り返してきた意識の目覚めを得て、このように今あなたに伝えることができ、本当に私は心から嬉しいです。
「苦しみは愛、そして、苦しんでいるあなたが間違っています。どうぞ、真実に目覚めてください」、私はこの言葉を、この波動を、これからも永遠にあなたに送り続けます。

追 伸
私主催のセミナーは終了しましたが、幸いなことに、今現在、学びの仲間達が発起人となって、「UTA会」(二〇〇九年四月一日発足)という名称の学びの場が提供されています。
本書を手にされて、何か感じるところがおありならば、どうぞ、「UTA会(http://utakai.net/utakai/)」に参加してください。
本の冒頭にもありましたように、私達は一人でも多くの方々との出会いを喜びで待っています。目まぐるしく流れる時の中で、どうぞ、ご自分をゆったりと振り返る時間を持ってください。
なぜ生まれてきたのか、なぜ死んでいくのか、この素朴な疑問をいつも心に投げかけながら、日々を過ごされることを願ってやみません。



再 掲

最後まで目を通してくださって、ありがとうございました。
これから先も、「意識の流れ」をいつも手に取り、そして、そこから流れる波動の世界、アルバートを感じていってください。アルバートの世界を感じ、知り、深めていくことに、きっとお役に立てるだろうと思っています。
そこで、私はもう一度、キーポイントとなる言葉、文章を十個挙げさせていただき、振り返っていきたいと思います。それはその言葉、文章を心に留めながら、ぜひ、あなたの心で何度も何度も繰り返し読んでくださればと思うからです。
どうぞ、あなたも自分はその十項目について、今どのように思っているのか、それぞれの心の中で今一度振り返る、そのような時間を持たれてみませんか。そして、その作業を通し、ご自分の心で感じるということを大切になさっていってください。

1.波動の世界だけが真実の世界です。

波動の世界は感じようと思っても感じられるものではありません。しかし、実はみんなその心で感じているのです。ただ実際にはそれが現実の世界であると知らないだけで、現実の世界は、あくまでも目に見えて耳に聞こえるこの世界だと思い込んでいるから、感じていても感じていないということでしょう。
肉にまみれた心は非常に鈍感な状態です。肉にまみれるとは、肉しか信じられない、肉の世界がすべてであると思っている、その思いが岩盤のように立ち塞がっている心の世界を指します。もちろん、それは肉を基盤とする宗教、精神世界すべてを含みます。肉にまみれた心の状態では、真実の波動の世界は絶対に分かりません。
あなたが自分の心を見るということを重ね、自分自身がエネルギーであることに心で気付き始めたなら、周りの様々な事柄を形としてとらえるのではなく、波動、エネルギーとして感じていくようになってくるでしょう。
そうすれば、自然に分かってきます。形はどんなに立派であり素晴らしく、誰もが認めているようなことであっても、真実とは遠くかけ離れている、すなわち、そこから流れる波動は重く厳しく荒いものだと心に伝わってきます。言っていること、していることと、その違いは何だろうかと感じ始めるのではないでしょうか。
波動を感じていく、感じていける自分になっていく、すなわち、自然に近づいていく、こういう状態になれば、真実の世界がはっきりと自分の心に映し出されてきます。



2.真実の世界はあなたの頭では分からない、あなたの心でしか分かりません。

私達人類は頭脳を誇ってきました。そして、脳を鍛えることによって立派な人間、素晴らしい人間、社会に役立つ人間を目指してきました。思考できることは人類の人類たる所以であり、だからこそ、人類はこれまで目覚しい進歩発展を遂げてきたと評価していますし、これからもバラ色の夢溢れる未来が展望できると思っています。
心は頭脳の一部であり、思いは頭を通過していると思っている人達が今はほとんどでしょう。心に感じたものを頭で分析する手法を使っていきます。そして、頭で分析し、理解できたものだけを自分の中に取り込み、それ以外は流していくのです。その中において、「真実の世界は頭ではとても解明できない世界です。しかしながら、それはあなたの心で分かります」と伝えても、やはり、頭で解明しようとして、結局は分からないから信じられないとなってきます。
とにかく、常に頭脳が中心であり先行しています。よもやその誇ってきた頭脳により、自らを滅ぼしていくとは思いもよらないことでしょう。しかし、これからの時代は、人類の頭脳では到底理解できないことが日常茶飯事に起こってきます。
頭が先行するその中で、頭で理解できない事象を目の当たりにしたとき、人類はどのようにそれに対処していくのでしょうか。それでも人類の知恵を過信する傾向はさらに加速度を増してまいります。すなわち、どこまでも意識の流れに逆流する形でこれからの時間を経ていきます。
それがこれからの二五〇年という時間です。



3.心を見るということが、すべてです。

「心を見るという作業をするために生まれてきました」と、今現在本当にそのように思われていますか。あなたの心で納得されていますか。人生の目的を他に探していきたい、求めていきたいという思いが心のどこかにありませんか。そういう思いを見過ごして、あるいは、押し殺しておられないでしょうか。
また、心を見ても一向に変わらない、心癖はなかなか変えられないと思っておられませんか。
そのような思いの底にしっかりと流れている他力のエネルギーを、心で感じて確認してこられましたか。
心を見るという作業の中で、こういった様々な思いがまた錯綜するかと思われます。それでいいのです。どのような思いが心によぎり、心に湧いて出てきても、ただ淡々と心を見ていくだけです。落ち込んだり投げやりになったりしても、またそこから自分で立ち上がり、心を見るということにエネルギーを注いでいってください。
心を見るという作業を通して、自分自身が培ってきたエネルギーを知っていけばいいだけなのです。そうすれば、そのエネルギーが、自らを駆り立て自分の中の愛に気付いていくエネルギーであったと、必ず心に響いてくるときがやってくるでしょう。


4.心を見ていけば苦しんでいるあなたに出会います。そして、その苦しんでいるあなたが間違っているということです。

最初はみんな苦しみの自分と出会うことを拒否します。自分の中に苦しみがいっぱいあるにもかかわらず、それが自分自身であるということをなかなか認めることができません。
自分自身であることが認められなかったなら、自分が間違ってきたと思えないのは当然です。苦しんでいるあなたが間違っていると言われても、受け入れられないのは当たり前でしょう。まず、そこからです。
また、頭では自分は間違ってきました、たくさんの苦しみを抱えていますと理解できても、心の中は依然反発、拒否している場合も往々にしてあります。それは自分は正しい、間違っていない、素晴らしいという思いを心にまだまだ抱えている状態です。頭で理解することと心で分かることとは、全く違うということを認識してください。
私は間違ってきましたと本当に心から湧き出てくることを体験することが、自分との出会いの第一歩です。もちろん、それで分かったということではありません。そこからがスタートだということです。
それすらもできないのはなぜか、小手先だけの反省と懺悔は、それほど己がそびえ立ってきたという証です。己がそびえ立っていては、自分を受け入れていくことは不可能です。なぜならば、そびえ立つ心には、優しさと温もりが欠けているからです。常に自分が上、そういうところから受け入れていこうとしているのです。


5.苦しんでいるあなたは偽物のあなたです。本当のあなたに出会っていってください。

いつまでも苦しんでいるのはなぜか、なぜいまだに苦しみを大きく残留させているのか、しっかりと心を見てください。自分を肉だとする思いが、どんどん自分を苦しみのふちに沈み込ませていきます。ここがポイントです。自分から苦しみの中に入っていっているのです。あなたの足を引っ張っているものはあなた自身です。肉を本物とするあなたのその思いです。
そして、あなた自身は、そんなあなたが偽物であることもまた本当は知っています。知っていながら偽物のあなたをつかまえて苦しんでいるだけです。大変滑稽です。しかも、苦しみながら私は素晴らしい、私は偉いとやっているからなおのこと滑稽です。
人生は喜びです。苦もあれば楽もあるのではなく、喜びです。苦しんで悲しんで悩んで嘆いて怒って暗い顔をして日々を過ごすよりも、ほんの少しでも嬉しいと思えることを見つけ出して、前へ前へ歩いていこうと肉からでも始めてみてください。いくらでも優しさに温もりに触れていけます。優しさがあなただから、温もりがあなただから、あなたがその気になりさえすれば、いつもあなたにエールを送っている自分自身と出会えるチャンスは、いくらでもあるはずです。


6.本当の喜びと幸せを、その心で知っていってください。

自分が望むものを手中に収められれば、確かに嬉しいし、幸せでしょう。望みが叶えられれば、これもまた大満足でしょう。
アルバートを知る前なら、それは私もそうだろうと頷きます。確かに瞬間的に感じる嬉しさも満足感も否定しません。しかし、それらの思いは同時に欲の思いを膨らませていきます。瞬間的に感じて瞬間的に消えていくものだから、もう一度、もっともっととなっていきます。もうお分かりだと思いますが、それは苦しみに繋がっていきます。
もう一度、もっともっとと思う思いは苦しみです。
思いが叶えば、さらにその思いが膨らんでいき、満足感はすぐに不満に変わっていくし、叶わなければ、呪いと恨みに変わっていくからです。
アルバートの世界には、もう一度とか、もっともっとがありません。アルバートの世界は喜びだけだからです。もう一度と思わなくても、もっともっとと思わなくても、喜びだけです。すべてが喜びの世界だから、そういう思いが湧いて出てこないということです。
もう一度アルバートを感じたいとか、もっともっとアルバートを感じたいとか、そうではなく、ただアルバートを感じて幸せです、喜びですの思いだけが心を埋め尽くしていくのです。



7.意識の流れは厳然としてあり、私達はその流れの中に存在しています。

意識の流れとは次元移行を指します。私達は時空を超えて三次元のこの地球にやってきました。そして、地球時間で言えば、あと約三〇〇年を経てまた時空を超えていくのです。これを意識の流れとお伝えしています。
このようにお伝えしても、心に響いてこなければ、それは本当だろうか、いや、ひょっとして本当かもしれないという程度に留まってしまいます。
信じたくても心で分からないから、そうだとも言えないし、違うとも言えない、何とも言えないというのが実際だと思います。だから、今は無理にそう思おうとしなくてもいいし、また、周りにそうだと言う人がいても、そういうものにとらわれることだけはおやめくださいと申し上げておきます。
ただ、そういう方々であっても、意識の流れの中に存在している私達だから、今このような学びのチャンスを用意しているということは、何とはなしに感じておられるかもしれません。
一方で、この意識の流れを心で感じ始めている方もおられると思いますが、どちらにしても、喜んで喜んで、ただ伝えてもらったことを実践していけばいいのではないでしょうか。そうすれば、その流れは必ずどなたの心にも見えてきます。私は流れそのものであったと心に響いてくる日が必ずやってきます。それを信じてやっていくだけだと思います。
そういうふうに思いを広げていけば、どうですか、何となく嬉しいと心に響いてきませんでしょうか。



8.宗教では人は救えません。

私達は意識です。宗教は肉です。
だから、宗教では人は救えない、結論は簡単です。
宗教の世界は心を説いていかにも心の世界を語っているようですが、人間を肉としてとらえ、神、仏、宇宙のパワーを崇高な世界だと位置づけているから全く間違いです。
また、肉だから金銭等々を要求し、要求された側は見返りを求めます。それが肉の世界の常識です。
アルバートの世界は無償です。しかし、肉の宗教の延長線上にアルバートの世界もあると思っている方々にとっては、無償という意味が分かっておられない、従って無償だからと軽くとらえる傾向にあります。
また、全く違うと言っても、どのように違うのか、その根本がお分かりにならないから、アルバートを思う思いの向け先は、助けてください、救ってください、何とかしてくださいとなっていきます。
真実の世界、アルバートの世界は、救ってください、導いてください、救ってあげましょう、導いてあげましょうの世界ではなく、自分を救うのは自分、自分を導いていくのは自分だと、はっきりと申し上げています。
これから宗教の世界はことごとく崩壊してまいります。もちろん、宗教に限りません。医学の世界もそうでしょうし、教育界等々もそうでしょう。それらの現場はますます混乱していきます。人を救うということ、人を導くということのエネルギーの凄まじさと、肉では不可能だということが、人的現象を通して示されていくことでしょう。


9.天変地異は喜びのエネルギーです。

これこそ、まさに波動の世界を心で感じられなければ、絶対に分からないことです。肉の次元では、なぜ天変地異が喜びなのかと思うだけです。肉の喜びと幸せを打ち砕く天変地異は恐怖そのものであり、人類にとってマイナスの要因だと位置づけられるだけです。
しかし、アルバートの波動、アルバートの世界を広げていったとき、天変地異は喜びのエネルギーだとはっきりと分かります。天変地異はアルバート、すなわち、プラスのエネルギーであり、アルバートの中で起こるべき出来事ですと伝わってきます。立っている基盤が違えば、両極端です。
全く無知なままに存在してきた人類に、最終的な救済の道が用意されています。このことを喜ばないで一体何を喜んでいくのでしょうか。自ら予定してきた道筋を辿っていける人類は、本当に幸せな存在であると言えるでしょう。
無知とエゴと欲が作り上げた実在の世界は架空の世界でしたと知っていく手立ては、もう天変地異以外にはないことは明白です。すべての存在は喜びであることを、波動の世界は伝え続けてくれています。

10.私達は喜び、すべてが喜びです。そして、すべてはアルバートとひとつです。

アルバートとひとつ、肉を持ちながらこのことを心で感じさせていただきました。私はその事実を淡々とお伝えしているだけです。誇る思いも特別だとする思いも何もなく、ただアルバートとひとつの喜びと幸せ、その現実を語っています。
その一方で、肉は肉の思いをすべて捨て去ることはできません。肉を持っている以上、それは不可能です。
アルバートを感じるとはそういうことではなく、ただアルバートを思っている私には肉がない、肉でない私がそこに存在している、その私がアルバートとひとつを感じている、そして、それが私自身であると私は信じている、そういうことです。
そういうことであり、それだけのことですが、それは大変な喜びです。この出会いをずっと待ち続けてきた意識にとって、それは大変な出来事でした。私はその喜びと幸せを伝えています。
同時にすべてがひとつですから、必ずということが信じられるのです。その信じる信が波動となり、意識達に伝わっていくのだと思っています。
私達は喜びでした、そう喜び合えるその瞬間を私達は心待ちにしています。