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セミナーに参加するまでに!

 

資料整理をしていて、次のような資料をハードディスクの中に見つけました。
第6回UTA会に参加する人のために田池先生が用意していただいた資料ですが、
読んでいて、今の自分に必要な資料だと思いました。
自分に必要なら多くの方にも必要な資料だと思いました。
心の学びを続けている人も、これからはじめられる方も、
セミナーに参加しようと思ったら、いえ、自分の心と向き合ってみようとしたら、
まず目を通し、実行するべき内容だと思い、公開させていただきました。

(以下、第6回UTA会セミナー(2011年5月)で用意された資料から抜粋させていただきました。)

 


 

意識の流れの学びを進める

 

Ⅰ 入門

1.学びを始めた動機を確認する。

2.自分の宗教遍歴を振り返る。

3.本、意識の流れ(増補改訂版)続意識の流れ(増補改訂版)を繰り返し読む。

4.ホームページ「意識の流れ」 / 「UTAの輪の中でともに学ぼう」を毎日開いて読む。

 

Ⅱ 実践・じっくり基本を

1.母親の反省

母親にしてもらったこと、してもらえなかったこと、してあげたことを  ノートに書き出す。
母親に使ってきた心を思い起こす。

2.0歳の自分に向ける瞑想

母親の温もりを感じる。

3.田池留吉を思う瞑想

田池留吉に心を向ける、合わせる、委ねる。
田池留吉の世界、温もり、優しさ、大きさ、広がり、パワーを感じる。

 

Ⅲ 実践・しっかり応用を

1.田池留吉のメッセージを受ける。本物かどうか波動を確認をする。
2.自己供養

自分の闇・過去世を受け入れる。
自分の闇と共に、母親に、田池留吉に心を向ける。
自分の闇が喜びに変わる。

3.来世との出会いと供養

250年後の自分、300年後・次元移行した自分と出会う。

4.死後の自分との交信

 

Ⅳ 実践・愛の放射塔

1.田池留吉と交信・質疑応答する。
2.意識の転回、更に更に進める。
3.田池留吉と「私はあなた、あなたは私、一つ」だと確信する。
4.UFOに心を向ける。UFOと交信する 
5.宇宙に心を向ける。宇宙と交信する。愛が宇宙に流れる。
6.一切はエネルギー、愛・温もり、優しさ、喜びだったと悟る。

 

 

 

学ぶ動機が間違っていれば、そして修正がなければ、
一歩も前には進めないでしょうか。

塩川香世

田池留吉です。はい、学ぶ動機を見直すこと、そして、その間違いを修正していくこと、自分の中で修正していくこと、それがなければ、この学びは一歩も前には進んでいません。一歩もです。

肉では学んでいる、学んできたような感覚があるかもしれませんが、動機が違えば、足をその一歩を踏み出すことができていないんです。できていないどころか後退しているかもしれません。

どうぞ、皆さん、学ぶ動機を見つめ直してください。

学び始めは仕方がないです。皆さん、ほぼ全員の方が、その動機が違っています。肉的に色々な悩みを抱えて集ってくる人もあれば、パワーがほしい、チャネラーになりたい、そういうことで集ってくる人もいます。

それぞれの中で、しっかりとその動機を見つめ直すことから、まず始めてください。そこが違っていれば、本当に前には一歩も進めないのです。

たとえ、目の前の問題がいい方向にいったとしても、それで真実の世界を学ぶ正しい軌道に乗っているとは決して言えません。

また、セミナーに集ってくれば、鈍感な人も敏感になってきます。敏感になったから、分かるということではありません。それはもう殆どの人はお分かりだと思います。

要は学びの動機をしっかりと見つめ直し、そして、自分に誠実に素直になることです。素直、これは難しいですよ。殆どの人が素直ではありません。己が偉いです。偉いからこそ、20年以上の年月、時間をかけても…というところがあります。

しかし、いつも申していますように、意識の流れは滞りなく流れています。私達は、その計画通りに流れている流れのもとに、ただ淡々と次元移行へ思いを向けているだけです。

その流れに逆らっている生き方、存在の仕方をしていないか、それを問うチャンスがこれからの転生に用意されているということです。

すべての意識にそれを問うチャンスが用意されています。

意識の流れは滔々と流れています。どうぞ、自分を救済する道にその一歩を歩めてください。

 


 

人は、なぜ死を恐怖するのか。死を忌み嫌うのか。
死ぬことを考えていないわけではないけれど、
なぜそこを避けてしまうのでしょうか。

塩川香世


それは、それぞれの心の中に死んだ後の自分、死んでからの自分、それを知っているからです。肉体を離せば、どのような状態になっていくか、自分の心で本当は皆さん知っているのです。しかし、それを認めたくはないんです。見たくはないんです。
肉を持っている今、必死にその思いを見ないように、見ないように、避けて、避けて、遠ざけていっているだけなんです。意識的にそうしている人もいれば、無意識のうちにそうしている人もいます。

しかし、すべてに共通なのは、皆さん、死んだ世界を知っているということです。
自分が死んだらどのようになるか知っています。

知っているけれども、どうしようもないんです。だから、今、目の前に広がっている世界に、自分のすべてを向けていくんです。目から耳から身体全体で、今、目に見えている世界と通じ合うことをただひたすらやっているだけです。しかし、そういうことで、死の恐怖が消え去ることはないことも皆さん、知っています。

人間いつかは死ぬ、そう言って自分の心をごまかしている場合も多々あります。
死を考えたくない。死ぬのが怖い。これが肉を本物とするところの偽らざる本音です。
その中で、死後の自分と語りなさいと、今、促されていることが、どういうことなのか分かりますか。
考えたくもない、触れたくもない死後の自分を、今、心で感じなさいということが、本当の優しさだと分かりますか。
自分を救えるのは、肉を持っている今しかないということが分かりますか。肉を持っている今だからこそ、自分を自分で供養できるのです。

自分の供養は自分しかできないということが、心で分かってきたなら、ただひたすら、自分に伝えるはずです。何を伝えるか。今、自分に本当に伝えなければならないことを、学んでくださいと私は申し上げてきました。どうぞ、皆さん、本当に自分を救う、自分に本当のことを伝えられるよ うな学びをしてください。

真っ暗闇の中にいる自分に、はっきりと心から伝えていけるあなたであってください。

そして、できれば、肉を離したあとも、自分を供養できるまでになっていただければと思いますが、それよりも何よりも、まずは肉を持っている今、暗闇の中に沈んでいる自分にどれだけのものを伝えていけるか、それを日々淡々と試みてください。

 

 

肉を離したあとも、自分を供養することができるということについて、
もう少し語ってみてください。

塩川香世


肉を離したあとも、自分を自分で包んでいけるということは、田池留吉、アルバートのメッセージを肉がなくても聞けるということが条件となってきます。肉がなくても、田池留吉、アルバートのほうに心を向けられるということです。

心を向ける。向ければ広がる世界を感じる。その世界を感じるからこそ、自分の中に優しさと温もりが広がっていく。そして、その世界で自分と対話する。自分に問いかけ、自分が答える。もちろん、心の針は、田池留吉、アルバートを指している。

簡単に言えば、肉を離したあとも、自分を供養するということは、このようなことです。肉を持ちながらすることを、肉がなくても、肉を離したあともできる。それは、まさに、田池留吉、アルバートの中にある自分を心で確立していることが必要です。

肉を持っている間は、肉を通して、自分の出す思いを確認することができます。そして、お母さんのお腹にいた頃の自分に思いを馳せて、ああ冷たかったなあ、間違っていたなあ、苦しかったなあと、そうやって、自分に思いを向けることをやっていると思います。いわゆる、反省、瞑想ですね。

それが、肉がなくてもできるかと言えば、私、田池留吉、アルバートに心の針がピッタリと合わすことができていると、自分の心で確信がなければ、まず無理です。心の針を合わせるのは頭ではありません。肉を持っている間は、合わせよう、合わせようとしてできるかもしれません。

しかし、その肉を離してしまえば、意識、心だけ。合わすも何も、ピッタリひとつであれば…ということです。
その感触というか感覚は、心で知っていく以外にないことはお分かりだと思います。