UTAの輪の中でともに学ぼう

塩川香世

 

あなたはなぜ生まれてきたのでしょうか。
何をするために今という時間があるのでしょうか。
あなたは、本当の自分を知っていますか。
あなたはどういう存在でしょうか。
そして、死んだ後、どのような状態であるかご存じでしょうか。

UTAの輪。みんな、集まれ。集まれ。
肉を持つもの、持たないもの、宇宙の友よ、
みんな、みんないっしょに、愛 、心のふるさとへ帰ろう。

 
私達は、今、肉体を持っています。肉体という形を持っています。しかし、私達の本質は意識。愛、愛のエネルギーなんです。
波動の世界がすべてでした。私達は形の世界を本物として、ずっと、ずっと、長い間、気の遠くなるような長い間、転生を繰り返してきました。
すべて苦しい転生でした。間違った転生でした。真っ暗闇の転生でした。その中に真実は何もなかったんです。真実は心に届かなかった。
このことに、誰もこの地球上に転生してきた人達、誰一人として、心で気付いた人はいなかった。誰一人、真実を明らかにする人はいなかった。
しかし、今、こうして、私達が肉体を持っているこの三次元の中で、ようやく、ようやく、田池留吉、アルバートという真実の波動の世界と出会い、三十年の学びの時間を経て、私達は、真実の道、愛へ帰る道を、自分の心の中に見出し始めています。
だから、私達は呼び掛けます。宇宙に彷徨う私達の仲間、この三次元にやってこれなかった私達の仲間に呼び掛けます。
もちろん、肉を持ってこの地球上に転生してきた意識達にも、呼び掛けています。ともに、ともに、帰ろうと。
愛、心のふるさと、私達のふるさとです。私達の心のふるさとは愛でした。愛は、私達の心のふるさとでした。懐かしい、懐かしい母の温もりの中へ、喜びの中へ、ただただ広がっていく中へ帰ってまいりましょう。
私達は、これから、250年、300年かけて、この地球上に、そして宇宙に広がっている空間の中で、私達は、呼び掛けてまいります。
波動として、存在していることを、ただただ自分達の心の中で感じ合い、共鳴し合う喜びの道を、ともに歩いていきましょう。

あなたは目に見えません。あなたはエネルギーだからです。
日々の生活の中で、自分の作ってきたエネルギーを感じてください。
正しい瞑想をして、愛のエネルギーを心に感じられるようになってください。
何を間違えたのか、なぜ間違ったのか、あなたの心で知ってください。
次元移行という意識の流れを心で知ってください。



宇宙を思って瞑想をしましょう。

愛へ帰る道。母なる宇宙を心に呼び、喜び、喜びで次元を超えていく、すべて自分が切望してきたことでした。
肉がすべて、肉を本物として生きてきた過ちの人生。真っ暗闇の中へ落ちていくことしかできなかった過去。
過ちの人生、過ちの過去とともに帰っていく道を選んでください。厳しくて険しいけれど、本物の優しさ、温もり、喜びの世界を知っていくには、それしかありません。
思うは田池留吉を日々実践、実践です。肉の時間の終わるその瞬間まで、思うは田池留吉一筋の道を生きていきましょう。


なぜ、自分に肉という形を用意したのか、思いの世界にある自分をしっかりと学ぶためです。学んで間違い狂い続けてきた自分の世界から本来の明るい世界へ温もりと喜びの世界へ帰っていくために、全部自分で計画してきたことでした。
その自分の思いをいつ、どんなタイミングで心に感じていけるか、そのタイミングをいつまでもどこまでも逸すれば、もはや地獄の奥底の底のずっとずっと奥底から自らを浮き上がらせる術はなしです。打つ手なしです。

1)  私達は、たくさんのエネルギーを心に蓄えてきました。 すべてがブラックのエネルギーです。なぜならば、自分の本当の姿を知らずに存在してきたからです。
宇宙とは、私達の中の意識の世界を言います。自分の本当の姿を知らずに存在してきた私達は、自分の中の宇宙に闘いを挑み続けてきました。
つまり、本当の自分に偽物の自分が闘いを挑み続けるのです。果てしない闘いです。不毛の闘いです。しかし、誰一人として、不毛の闘いだとは思えなかったんです。
闘っても、闘っても、所詮はブラックの中で、自らを苦しませていく結果が待っているだけなのに、なぜ私達は闘いを、闘いのエネルギーを止めることが出来なかったのでしょうか。

2)  母の温もりの中へ帰ろうと呼び掛けてくれた意識と出会いました。あなたは喜びだったんですよと、あなたは温もりだったんですよと、呼び掛けてくれた意識と出会いました。
最初は、そんなこと、到底信じられなかった私達でした。自らを愚弄してきた私達でしたと、本当に心の底の底から気付いていますか。
自分の中の闘いのエネルギーの矛先が、みんな自分に向いていたことを、あなたは心で感じていますか。自分に優しくなるとはどういうことなのか、心で感じていますか。

3) UTAのUとは、UFO。UTAのTとは、天変地異。そして、UTAのAとは、アルバート。
それらに共通なことは、UもTもAも、すべて波動だということです。すべて愛のエネルギーだということです。

4)  あなたは、異語を発していますか。UFO達は、どんどんあなたの心の中に語っています。どうぞ、優しく受けてください。異語で、どんどんUFO達と語ってください。ただし、大切な条件があります。あなたが、母の温もりをしっかりと心に感じ広げていっているならば、大丈夫です。
UFO達と語り合うことが喜びとなってきます。今、出会っていることが、本当に嬉しいとなってきます。異語が自然と出てくるのです。

5)  瞑想とは、正しい瞑想を言います。世間一般で言われている瞑想、メディテーションとは全く違います。
正しい瞑想が出来るようになっていきましょう。正しい瞑想とは、ただ一点、田池留吉に心の針を向ける合わせ、田池留吉を思う、思える瞑想です。田池留吉をただひたすらに思う、思えるようになっていきましょう。
ひたすらに思えない、全く思えない原因を自分の中に見つけてください。それが、いわゆる、心の底の底の、底、もうひとつ底にある他力のエネルギーの確認です。

6) 私達は今、肉体を持っていますが、私達の周りには、肉体を持たない宇宙、UFO達がたくさん、たくさん存在しています。
あなたの心で感じてみてください。心を田池留吉、アルバートに向け、母の温もりの中でUFOを呼んでいくんです。
ああ、私達の思いを聞いてくださいと、あなたの心を通して、UFOは語ってくるでしょう。どうぞ、受けていってください。私達の思いを受けていってくださいというUFO達の思いを。
その思いの中に、ああ、私達はともに超えていこうとする喜び、温もりがしっかりと感じられるでしょうか。
UFOは喜び、温もりです。UFOが心に語ってくるということは、母の温もりを心に信じるということ。UFO達に思いを向けるということは、母の温もりの中にあった私達、自分達だったということを信じるということ。愛そのものだった自分達を信じるということ。
愛そのもの。UFOは愛そのもの。UFOに意識を向け、心の中にUFOを呼ぶ。呼び覚ます。そして、私達とともに歩いていこう。この次元を超えていこう。
そう宇宙は大きく、大きく揺れ動いています。大きく、大きく変わっていくこの転換期に私達は指しかかりました。
UFOに思いを向ける喜びを伝えたい。どんどん伝えたい。心の中から伝えたい。UFOに思いを向ける。
恐怖ではなく、己を表すのでもなく、ただただ真実に目覚めていきましょうという思いで、UFOに呼び掛けます。UFOは応えてきます。
私達も真実に目覚めていきますと。そして、私達はともに歩いていきますと。次元を超えて存在していくのが私達でしたと。
そして、私達はこの愛、愛へ帰る道を一歩、一歩、いいえ、時には、ずっと、ずっと私達から進んで私達を引導してくれる約束を、私達はああ、今ここに交わしています。UFO達が、私達の心の中にどんどんどんどん、どんどんどんどんアクセスしてくるでしょう。
それが250年の間。250年、300年はすごいです。すべてが愛の中に帰っていく様を私達は現実のものとして心に映し出されていきます。これは現実のお話です。ああ、UFOは現実のお話です。
宇宙人は私達の心の中にある。形を持たないけれど、意識、波動として通じ合える。UFOの中に宇宙人、すべての宇宙人が存在しています。
宇宙人とは、私達の過去の姿でした。
私達はこの三次元の地球という星に生息するため、このような肉体という形を持ってきました。それは、地球に生息するがための機能です。その機能を携えているのが人間と称されるもの。
しかし、宇宙人もまた、色々な天体に存在しています。形は無い。そう形は無い。しかし思いはあの星にも、この星にも思いを発している。ともに、ともに行こうと。次元を超えていく喜びを伝えてくださいと。温もりの中へ帰っていけることを伝えてくださいと。
私達宇宙人の思いを聞いてください。
UFOの中に私達はあるんです。UFOとは、そのような大きな、大きな存在です。
物体ではございません。物体を見たという地球人がいます。しかし、それはその人の心の中を投影したもの。意識の中で、あなたは宇宙を呼んでいるんです。宇宙はすべてを包んでいく、限りない、限りない、限りない、どこまでも広がっていく空間。その空間の中に私達はみんなすべて、すっぽりと入っているんです。
どこまでも、どこまでも、広がっていく。私達の心はどこまでも、どこまでも広がっていきます。

7)  私達人間が、金、神、権力で右往左往している間に、どんどんどんどん、意識の流れは仕事をしています。
膨大な闇黒の時間を経てきた人間の心、意識の世界を一変することは確かに難しいけれど、しかし、意識の流れは、愛のエネルギーは、着実に次元移行へ向けて仕事をしているんだと感じます。宇宙に思いを向け、田池留吉、アルバートと呼べば、心の中に響き伝わってくる波動です。瞑想とは波動を感じていくこと、私はそのように心得ています。

8)  唯一絶対の神を信じて、神のために、大切な自分の肉の時間を自ら捨ててしまう、そんな事件がまたしても起こり、これからも頻繁に起こってくるだろうと思います。神、仏、パワーの世界を自分の中から本当に解き放つ局面に、これからの時間は流れていくのでしょう。本当に間違って、間違って、自分をないがしろにしてきた現実を、もっと自分の身近で知っていく、そんな時間が250年、300年です。
ただ一点、田池留吉、アルバート、愛へ心を合わせていくことしかありません。

9)  私は、これまで田池留吉氏のホームページで育てていただきました。そう言っても決して言い過ぎではありません。私にとって、田池留吉氏のホームページはなくてはならないものでした。
その学びの時間をいただき、今こうして、自身のホームページを立ち上げさせていただいています。大切にホームページを育て上げ、ともに愛に帰る道を、一歩、一歩着実に進めていきます。自分を知らずにきた莫大な時間の中で、ようやく、自分に目覚めていく千載一遇のチャンスを用意してきたことを心で知り、だからこそ、私は、このチャンスを決して逃すことはありませんでした。愚かな肉でも、平々凡々の肉でも何でもよかった。心の向け先を知り、そこへ向けていく喜びだけが私の中の真実でした。そうしていける今があることが、もう喜び、幸せだったと、田池留吉を思う瞑想、宇宙を思う瞑想の中で確認しています。

10)  みんなそれぞれに愛に帰る計画があります。
しっかりとはっきりと心で感じている今であるかどうか、たくさんの学びの時間から、現象から確認していけるんです。
自分の中を感じていける喜びと幸せは、どんなにしても手に入れることが出来なかったことでした。心の向け先を伝えていただいたことは、幸せの一語に尽きるでしょう。
マイナスがマイナスではなかった。マイナスの転生はマイナスの転生ではなかった。今、私は、UFOに思いを向け、宇宙を思い瞑想をするとき、自分の中でそう感じています。
マイナスのエネルギーがプラスへ変わっていく喜びは、大きな温もりを伝えてくれます。大きな喜びを伝えてくれます。自分を知らずに存在してきたから、だから、自分達の帰るところを知ったときの喜びは本当に大きなものです。
UFO達がそれを伝えてくれます。自分自身が心に感じた喜びとか温もりとかを伝えていったとき、心に返ってくるものがまたすごいんです。だから、UFOに思いを向けることが喜びとなってきます。たったひとつの宇宙に帰る喜びだけを信じて、そこへ心を真っ直ぐに向けていきます。
田池留吉、アルバートの意識、波動。心に響いてくる今をただ喜んでいくだけです。

11)  田池留吉を思うことが喜び、そんな時間を可能な限り持っていきましょう。瞑想は喜びです。田池留吉と思える喜びを心に広げていきましょう。間違ってきたのはみんな同じです。苦しんできたのもみんな同じです。狂ってきたのもみんな同じです。しかし、本当に苦しいのは、そのことになかなか気付けないことなんです。間違っていることにも、苦しいことにも、狂っていることにも気付けずにいることが、一番苦しいことなのではないでしょうか。


12)  自分の流すエネルギーを確認していける今を喜んでください。それがどんなに凄まじいものであろうとも、それを感じていけることは喜びです。温もりを感じていけばいくほどに、その喜びがはっきりと分かります。愛を捨てた心に、本当のことを伝えてくれるのは、間違い続けてきた自分だと分かれば、こんなに幸せで嬉しいことはありません。自分が自分に伝えてくれる優しさ、温かさをしっかりと感じていきましょう。
田池留吉を思える幸せを伝えてもらって、ここにしか真実はないことを伝えてもらって、こんな幸せなことはありません。
その思いをずっと広げて、心から、心からUFOを呼び、宇宙を思ってください。そして、ただひたすらに田池留吉を思ってください。

13)  宇宙には自分しかいない、死ねばひとり、私はいつもそういう思いで、自分が今この肉を持って学びを進めているということをかみしめています。
思えば通じる世界がある、呼べば応えてくれる世界がある、あなたはどの程度、自分の中で確信していますか。その世界が温もりと喜びだけの世界だとどの程度、感じていますか。
10年、20年、本当にあっという間に過ぎ去っていきます。20年、30年学んでこられた方達が殆どで、みんなその時間を振り返り、どのような感想をお持ちでしょうか。難しいなあと思っておられる方も多いかと思いますが、肉を離す瞬間まで、しっかりと学んでまいりましょう。

14)  日々健やかに自分に用意した肉を持つ時間の中で、自分を感じていける喜びを味わってください。光陰矢のごとし、その通りです。中の自分の計画してきたことをしっかりと遂行して肉を終えてください。計画倒れとなったまま肉を捨てていく、とても辛いことです。自分を裏切らないでください。
宇宙のもくず、現実のものとしてそれぞれの学びを検証してみてください。

15)  橿原、有馬、池田、そしてクボハウスとまだまだ田池先生には、お世話いただきながら、私自身の20年余りの学びの時間、特にここ10年余りの中でしっかりと伝えていただいたものを土台にして、私は私の心に感じ伝わってくるこの波動の世界の中で、UTAの輪の中で、真っ直ぐに進んでいきます。
先生が見つけてくれたように、私も本当に心から信頼できる学びの友との出会いがあればと思っています。がっちりとスクラムを組んで、本当に心をひとつにして、喜び、喜びの波動、温もりの波動を宇宙に流していければ、こんな幸せで嬉しいことはないと思います。
出会いがあればあったでいいし、なくても、次元移行へ流れていく意識の流れだけを見つめて、一歩を着実に進めていきます。その心構えはできていると自己評価をしています。本道を真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、ともに歩いていきましょう。

16)  今、こうして存在していることが本当に幸せだと感じています。心を向けられる今、田池留吉を思って瞑想できる今、宇宙に心を向けられる今、そんな今があることがたまらなく幸せで嬉しいです。喜んで、喜んでいきなさいと、優しくて温かくてそんな波動の中にともにあると響いてきます。
ゆったりとこんな瞑想の時間を出来る限り、可能な限り持ち続けていける人生ほど幸せな人生はないと中から伝わってきます。

17)  私達は死んでも生きています。私達の時間は死んで止まりません。肉体はいずれ消えていきます。肉体は有限だからです。しかし、私達は無限の世界に存在しています。だから、肉体が消えても消えないものを、今、肉体を持っている今、知って育てていかなければなりません。

18)  長生きすることがいいのではありません。死ぬまで元気、そしてたったひとつの仕事をする、そのように自分を導いていき、そしてやがて時がくれば、肉体に別れを告げる、本当に心からありがとうの思いを込めて。それが本当に豊かで幸せで喜び溢れる実りある人生です。
いくら、名を残し、足跡を残し、財を築いても、さて、死んだあと、どういう状態になっていくのでしょうか。それらのものを抱えて死ぬわけにはいかないのです。
頼りになる友も、愛する家族も、どこにもいません。あるのは、自分が出してきた思いの世界だけです。それが自分だから。そしてそれ以外に死んで持って帰れるものはないんです。

19)  田池留吉氏の指し示した学びの指針の通り、誠実に、焦らずに学んでいけば、必ず、どなたもみんな幸せな自分だったことがはっきりと心で分かります。私はその証し人の一人です。
自分の心の中に蓄積してきた真っ黒なエネルギーはみんな、愛に帰りたいと叫ぶ私だったと、今のこの肉を通して心から知る千載一遇のチャンスを決して無駄にしなかったから、そうはっきりと言えるんです。
ところで、今世、伴侶を得て伴侶とともに学んでいる人もいれば、そうでない人もいます。
本当にともに学んでいるかどうかは別として、そうでない人で、夫婦としてまだ肉を持っているならば、学ぼうとしない片割れに、自分が学んできたことを少しずつでも、自分の言葉で伝えていくべきだと私は感じます。
そうすれば、伝えられるものは、言葉ではなくて、態度でもなく、自分から流れている波動なんだと、また自分自身が学ばせていただけるのではないでしょうか。
私自身は、夫の病気、死という現象によって、学びに繋がったわけだから、自分の事例を示すことはできませんが、本当に自分の中で温もりとか優しさとか喜びに確信が持てるようになれば、真っ先にそれを自分の伴侶に伝えたいと思うのではないかなと思うのです。
憎んで恨んで馬鹿にして、叩きのめしてきた相手だからこそ、本当にありがとうございましたと頭を下げられるのではないかと思います。
その夫婦としての壁を突き破れば、また一歩新たな展望が自分の中に見えてくる、本当の意味で偕老同穴を味わっていけるのではないでしょうか。
今世の私にも来世の私にも、残念ながらそういう喜びは巡ってきませんが、私は私で自分の計画したシナリオ通りに、次元移行の意識の流れを堪能していきます。もちろん、肉も違う意味で幸せを満喫できるようになっています。
どんな環境を設定していても、学びの指針に忠実に誠実にいけば、必ず、必ず、幸せ喜びの世界が自ずと広がっていく、そんな証し人にあなたもなってください。

20)  ともに、ともに帰ろう~愛へ帰る喜び、ふるさとの歌を口ずさんでいますか。半身浴をしながら自然にメロディが出てきませんか。私はいつの間にか異語となっています。浴槽に沈めた愛の円盤。異語のふるさと。もちろんともに、ともに帰ろう、みんなひとつこの道と、何か本当に幸せな思いで口ずさんでいます。口ずさむことが思っていること、思えることが嬉しい。田池留吉、UFO、宇宙、ふるさと、みんなひとつの中にあることを感じます。

21)  心で分かる、心でしか分からない、頭では絶対に分からない。これを徹底してください。そして、心を向ける喜びを一人でも多くの方が体験してほしいと思います。
自分の中のブラックはみんな喜びです。本当に大きな、大きな喜びです。優しさを伝えてくれます。温もりを伝えてくれます。何とも言えない喜びです。心から田池留吉を呼ぶ、思うエネルギーでした。
こんなこと、頭で分かるはずはありません。だけど、心はみんな知っています。その心と出会って、心の底の底の底の、もっともっと奥底から叫ぶ思いを感じていきましょう。もう嬉しいですよ。本当にありがとうしかありません。
瞑想は喜びなんです。田池留吉を思うことは喜びです。瞑想とは田池留吉を思うことです。それがすべてなんです。田池留吉を思えば、宇宙なんです。田池留吉を思うとは愛を思うことなんです。田池留吉と思い、UFOを思えば、たくさんのUFO達が心に反応してくるはずです。ともに帰ろうと呼び掛ける喜び、そしてともに帰れるんだという喜び、心で味わってください。そして、私達はともに呼びます、喜びで呼びます、アルバートと。

22) 何が本当で、どうしていけばいいのか、何をすればいいのか、どう生きていけばいいのか、本当に心で分かっているならば、決断するときは決断します。二股でお茶を濁していくような生き方はしません。それが千載一遇のチャンス、今世を外すべきもなしと知っている意識の世界です。瞑想をするということは、そういうことを心で分かり、心で確認して、その自分の中の強い思いに触れることができるから喜びなんです。
今世、肉を持ち、学びに繋がったということは、今世を外せないということだと自覚がありますでしょうか。今世、程々にして、二股で生きて、次の転生でということはあり得ないことです。今世には今世の予定、計画があります。それを今世のうちに、こなせないとなれば、自ずと次の転生に持ち越しになります。ですが、真実を伝えに来てくれた肉との出会いがあった今世にできないことを、次の転生に持ち越してこなせるはずはありません。となると、自ずとどのような経路を辿っていくか、想像に難くありません。
だからこそ、今、肉を持っている今、真剣に真摯に誠実に学んでください。枝葉末節なところでなく、ズバッと学びの中心部分に触れてください。

23)  私達には時間がありません。悠長に構えて目的達成を果たすことはできません。そうかと言って、がむしゃらになったり、焦ったりしても思うような結果は出ないです。基本をしっかりとしているかどうか、やはりポイントはそこにあると思います。基本、自分の中心棒ですね。それさえしっかりと自分の中で育っていれば、肉は肉の流れの中に埋没もしなければ、流されてしまうということもなく、肉の生活を楽しみ、ゆったりとした心持で、しかし、しっかりときちんと自分の道を歩いていく喜び、幸せを感じられると思います。それは決して、二股の生き方ではありません。何を中心に据えているか、それをいつも見極めながら生きていくことは喜びです。
本当に愛の中にあった、自分の中の愛、優しさ、温もり、ともに生きていこうとする力強い思い、それらはさらに自らを愛の方向へと引導してくれる最大の愛でした。

24)  生活はシンプル&シンプルです。瞑想の時間をきちんと確保し、体調万全の中で正しい瞑想を継続していくこと、これがシンプル&シンプルの生活です。正しい瞑想を継続習慣化していけば、生活は自ずとシンプルになっていきます。思いを向けて、波動を感じ、その中で異語で語り合う、そんな嬉しい時間を、毎日、毎日、持てる。後は、決まり切った一定のリズムで生活を流していく。シンプル&シンプルの生活です。
そんな生活が何が楽しいって言う人があるかもしれませんが、この喜び、温もり、優しさの世界を味わっていったならば、あなたもそうは決して言えないはずです。それほど、今、田池留吉を思う、思える、そして宇宙を思う、思えるということがすごいことなんです。
すべては自分の中にあったということを知る、それはとても大きな喜びでした。自分の中に思いを向ける喜び、それはすごいことでした。
そんな世界にある自分を感じていきながら、今度は逆に形の世界を見てみる。ああもうまもなく、梅の開花の時期だ。近くの梅林に行ってみようかと思いながら、日々淡々と時間は流れていきます。

25) 田池留吉を思える幸せ、喜びを満喫できる人生が、こうして自分の中で実現していることを、本当にありがたく思います。自分を裏切り続け、冷酷な波動しか流してこなかったのに、そんな自分を待ち続けてくれていた波動がありました。温もりと優しさ、どんなにしても待っていると伝えてくれた思い、私は本当にこの心で感じたから、あの懐かしい懐に帰るだけです。帰るべくこれからも益々、精進していくと自分の中から伝えてきます。その思いに今度こそ、忠実に、誠実に沿っていくだけです。肉を持てば、肉のことに奔走しがちな習性を徹底的に見つめながら、愛へ帰る道を行く、これだけでした。

26)  明日から橿原でセミナーです。ともに学べることを喜んで、それぞれ、自分のレベルアップに繋げていきましょう。ただひたすらに田池留吉を思い、自分がなぜ生まれてきたのか、なぜ、今ここに存在しているのかを、しっかりと心で確認しながら、愛の中にある私達だということを心で味わってください。瞑想の素晴らしさを心で堪能していきましょう。また、この機会を活用して、水を愛の水に変える、水素水を愛の水素水に変える、学びの友と楽しみながらやってみてください。

27)  愛のエネルギーは粛々として流れています。意識の流れは粛々として仕事をしています。神、仏、宇宙のパワーを握る人間達に、自らの間違いを正していくように促す仕事です。世の中は闘いのエネルギーに満ち溢れています。神、仏、宇宙のパワーに自らを売り渡した心は不毛地帯の状態です。闘い続け、彷徨い続けてきた時間が過去の時間でした。そのことをはっきりと心で感じ、そこから自らを脱却させられるかどうか、愛のエネルギーは、意識の流れは、真正面から真っ直ぐに問いかけています。どうぞ、しっかりと、今世こそしっかりと応えていきましょう。
瞑想は喜びです。田池留吉を思うことは喜びです。いいえ、田池留吉を思うことしか喜びはありません。心で知ってください。底の底の底、そのまた底のエネルギーを感じていくことは喜びです。どうぞ、田池留吉と心から思える、呼べる波動の世界と出会ってください。

28)  橿原セミナー、終了です。参加された人達、それぞれに大きな収穫で家路に着かれたと思います。私は大変、大変良いお勉強をさせていただきました。中から突き上がり噴き出すエネルギー、愛を捨てた自分達にこんなに愛のエネルギーが降り注がれている、本当に愛のエネルギーに満ち満ちている、セミナー最終日、最後の最後の現象、田池留吉から発信される波動、エネルギーの一端を垣間見れた喜びを、自分の大きな収穫として、また一歩歩んでいきます。
本当にありがとうございました。これからの少人数セミナー、非常に楽しみです。

29) 本当に、千載一遇の出会いです。この出会いを決して無駄にすることなく、ただひたすらに田池留吉を思う、田池留吉を思える自分に蘇っていきましょう。
「私は愛である」、橿原セミナー最終日の最後の現象、ただすごいとしか表現できません。宇宙すべての意識達が待ち望んできた出会いを、今現実のものとしている喜び、歓喜。それは、今、肉あればこそ味わえるものでした。そんな体験ができる私達は、本当にどれほど幸せなのかということに尽きます。

30) 学びは宗教ではないんだから、他力信仰とは全く次元が違うものだから、本当にそんなに多くの人を必要とはしません。宇宙を変えていこうとするエネルギーに触れ、そのエネルギーに目覚める流れの中にあることを知れば、それはその通りだとなってきます。それほど真に目覚めるということはすごいことなんだ、すごいパワー、すごい喜びのパワーが宇宙を変えていくんだということが感じられます。
真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに愛へ帰る道をともにということでした

31)  数限りない転生の時間をくぐり抜けて、地獄の奥底の底のずっと奥底から這い上がってきた自分に愛を流せるのは自分でした。心の底の底のずっと底にあったんです。愛。尽きることなく湧いて出てくる喜びのパワー。温もりでした。本当に温もりでした。喜びでした。そのことを田池留吉の世界が自分達と同じ肉という形を持って伝えてくれました。「私はあなた、あなたは私、ひとつ」、心からかみしめ、味わって、これからの時を刻んでいきましょう。
心の中の田池留吉、アルバートの波動。瞬間に感じます。喜びを感じ、温もりを感じ、広がりを感じ、ともにある喜びをどんどん感じていきましょう。
思えば幸せ。思えることが喜び、幸せ。本当に今世の出会いにありがとうしかありません。

32)  帰るべく心のふるさと、愛は、みんな知っています。心のふるさと、愛を知っているから、私達は何度も、何度も転生してこれたんです。だけど、全く気付くことはできなかった。その中で、今、ほんの一握りの人達が、真実の波動、愛のエネルギーを垣間見るチャンスに恵まれています。
己の愚劣さをどこまで知って、それを糧にして、肥やしにして、それぞれ愛へ帰る道を自分の中に確立していくかということです。1、2、3の正しい瞑想を継続し、こうすれば愛へ、心のふるさとへ帰っていくことができるんだという確信を深めてください。それは、それぞれがそれぞれの心で感じ、広げ、深めていかなければなりません。
愛を捨て去った自分に、本当のことを伝えていける喜び、幸せを瞑想を重ねる中で、存分に味わっていきましょう。

33)  田池留吉を思いながら、今日もこうして思いを文字にできる幸せを感じています。あなたは、今、幸せですか。朝起きて、夜寝るまでどれだけ田池留吉を思っていますか。心のふるさとへ思いを向けていますか。待って、待って、待ち望んできた思いを、心にしっかりと抱え、これからの時を経ていく決意はいかほどでしょうか。
もう自分を裏切らないことを約束してきたことを、あなたの心は思い出したでしょうか。自分を裏切らないとはどういうことなのか、それが心で分かって、それを淡々と遂行していくことが、誠実な真摯な生き方であり、心のふるさと、愛へ帰る道筋だと私は感じています。道は一本道です。愛へ帰る道があるだけです。
だから、その道が自分の中で見出せない人生は闇黒の人生です。闇の底の底の底のずっと奥底から浮上して、愛へ帰る道を自分の中に確立する、それは厳しい道ですが、真の喜びの道です。

34) 私は、今世、最良の時間をいただいています。肉は平々凡々だけれど、私は、今世の肉に大満足しています。死ぬまで元気で自分の計画、予定してきた学びのコースを遂行していきます。肉で閉ざされた中に風穴を開け、そこから、ようやく、愛へ帰る本道を自分の中に確立できた今世だと、私は自分に言えます。
だから、私は自分の中に、田池留吉を呼ぶ、思うことがたまらなく幸せで、宇宙を思えることが、本当に嬉しいんです。
アルバートと心から噴き出してくるエネルギーの凄まじさが、たまらなく嬉しい。喜びと温もりの中にあったことを確認できる瞑想の時間を、今、自分に用意している幸せ、喜びを感じています。250年、300年をしっかりと見つめながら、ともに心を向ける喜びを共有していきませんかと、私は呼び掛けています。
1、2、3の正しい瞑想を継続して、心の底の底の底、もうひとつ底のエネルギーをどんどん出して、呼応してください。UTAの輪をともに成長させてまいりましょう。

35) 田池先生が伝えてくださったことを、本当に信じていこうと思っておられるならば、肉の出会いの喜びに留まらず、田池留吉の世界、それはとりもなおさず本当の自分の世界なんですが、その世界にしっかりと応えてください。田池先生が誠心誠意伝えてくださったことを、私達はただただ喜びで受け止めていける自分達に蘇っていきましょう。田池留吉の世界は、仕事をしています。愛を流してくれています。愛のエネルギーの存在に気付き、そしてどんどん心で知って、その田池留吉の世界にひとつに溶け合っていけるように自らを見つめていきましょう。

36) ともに瞑想をする時間をいただきましたが、その中で、宇宙の藻屑になるだろうとか、なるしかないとか、そういう思いを語った人がありました。あまりにも己が偉くて、自分にとても、とても冷たいです。宇宙の藻屑がどういうことなのか、自分の心の底の底の奥底の自分の声、思いに触れれば、決して、そういうことは言えないはずです。お母さんに産んでもらったからこそ、今、学びの場に集えたんです。この250年、300年のチャンスを逃せば、さて、何億年、何十億年、何百億年の時を経てもどうでしょうか。殆ど真実の波動と出会うチャンスなど巡ってこないのではないでしょうか。そういうことを、あなたの心は伝えているはずです。
まずは、お母さんの温もりをしっかりと思い出してください。心の中にあるんです。お母さんが自分を産んでくれた、そのことを深く、深く、心で味わってください。


37) あなたは、愛の水素水を毎日飲用していますか。その前に、水道水を愛の水に、水素水を愛の水素水に、瞬間変えることができますか。どの程度できますか。
また、あなたは何のためにそれを飲んでいるのでしょうか。飲む作法を心得ていますか。ただ飲用するだけに終わっていませんか。

38) オーリングが瞬間的に硬くなる、水の風味が一瞬にして変わる、その差は歴然としている。これは、学んできた人であるならば、ほぼ全員の人が、ご自分の体験としてあるはずです。みんな肉を通して、そこに働くエネルギーの存在を確認されています。そして、もちろん闇出し現象、大噴出、総崩壊の現象のお勉強は、自分の中にあるエネルギーを確認する打ってつけのものでした。
こうして、私達は、意識、波動、エネルギーの世界を、学ばせていただいてきたことを思ってみてください。本当に幸せ者です。本当にシンプルに、真実の世界を知っていくためには、愛に目覚めていくためには、ただ一点、ひたすらに田池留吉を思うことですと伝えていただきました。こんな幸せはないと思います。単純明快です。
ただし、ただ一点、田池留吉をひたすらに思うということは、たくさんの過去世を抱えてきた私達にとって、大変困難だということも、同時に学ばせていただきました。大変困難だからこそ、愛、心のふるさとへ帰る道と出会ったならば、その道を一歩、一歩歩む喜び、幸せは計り知れないものがあります。
1、2、3の実験、体験、そして瞑想を重ね、どうぞ、愛、心のふるさとへ帰る道を自分の中で確信してください。そのための今の時間があると知ってください。


39) 何万、何十万、何百万と数え切れない母の意識に支えられて今があります。母の温もりを捨て去ったけれど、けれど、あるんです。あったんです。
みんな、みんな、母の温もり、愛を知っています。どんなに捨て去り、忘れ去っても、心の底の底の底のずっと奥底から出てくる思いは、お母さんです。
それは宇宙を思うとき、宇宙に心を向けていったときに、心の奥底からほとばしるように出てきます。
「みんな、みんな、お母さんを呼んでいる。こんなにも母の温もりの中へ帰ることを切望してきたんだ。ここを知っていくために、自分は、今、肉を持ってこうしてここにいるんだ。」、どうか、その心の叫びをしっかりと受け止めてください。

40)  たくさん、たくさん、苦しんでください。悩んでください。そして自分に絶望してください。肉は下らないと自分に絶望してください。しかし、その下らない肉を引っ提げてしか、真実の道、愛へ目覚める道は見出せなかったんです。だから、肉は大切なものです。そして、肉には期限があります。体力、気力のあるうちに、下らないものを素晴らしいと掲げ、そこに全エネルギーを注いできた過去の自分を振り返り、肉基盤で広げてきた、感じてきた世界をどんどん見ていきましょう。
本当のことは心で分かる、心でしか分からないということを、徹底してください。どんなに頭を回しても絶対に分かるはずはないんです。また、どんなに言葉を連ね、重ねても、最後は波動です。波動です。
自分からどの程度の愛のエネルギーが流れているか。宇宙へ流しているエネルギーは、本当に愛のエネルギーなのか。はたまた依然としてブラックのエネルギーなのか。1、2、3の正しい瞑想でしっかりと検証をして、正真正銘の波動の世界が分かる人間になりましょう。

41)  橿原のセミナーから二週間経ち、今度は、有馬でお勉強です。そこから一ヶ月後の第一回UTAの輪のセミナーを視野に入れて、ともに学べる時間を心から喜んでいます。今、あなたの状態はどのような状態でしょうか。1、2、3の正しい瞑想をして、今という時を切望してきた自分との出会いを深めていますか。
どんなに愚劣で救いようがなくても、それでも懲りずに今世、母に産んでいただいた思いを感じていますか。
愛に帰ろうとする本気度、真剣さが問われるこれからの時間です。田池留吉を本当に思っているか、思えるか、その一点だけです。田池留吉の意識に針を合わす、淡々と繰り返し、そのトレーニングを継続する、それしかありません。

42)  マイペースで愛へ帰る道を歩く、歩けるように自分の周りは整っている、肉として最高の喜び、幸せです。そして、意識の世界に思いを馳せれば、それはもうどんなに幸せなのかということです。自分の中の優しさ、温もり、しっかりとした歩みを感じていける瞑想の時間を、大切にしています。それは、どんなにお金を積んでも決して手に入れることができない喜びでした。自分を知っていくことが愛でした。

43)  他力のエネルギーに狂ってきた意識の世界が、これからさらに現象界を通して示されていきます。心を見てくださいと、自分達の流してきたエネルギーの凄まじさ、間違いに気付いてくださいと警笛です。促しです。自分達の本当の姿を忘れ去った意識の世界は荒れ狂っています。促しに気付いた人から、しっかりと自分の心を見ていきましょう。愛を捨て去った結果を、どんどん愛のエネルギーは、形の世界を通して教えてくれます。お母さんの波動に、田池留吉の波動に、しっかりと応えてまいりましょう。

44)  意識の世界は非常にシンプルです。明るいか暗いか。田池留吉を知っているかいないか。田池留吉を信じているかいないか。愛のエネルギーを心に感じているかいないか。愛のエネルギーの中に存在していた自分と出会っているかいないか。ただただそれだけのことだけれど、それはとても、とても大きなことでした。私達が転生を繰り返してきた中で、このことを誰一人告げる者はいなかった。
今こそ、私達の心の中に響いてきます。届いています。この波動の中にあった自分達を思い起こしていきなさいと、確かな呼び掛けが、私達の中でいつもいつも促しているんです。それを、今は田池留吉、アルバートの波動と言います。
「宇宙を呼んでごらんなさい。宇宙を呼んで私達の思いを感じてください。」という思い、そのメッセージは、それぞれの心の中をどれほど広げていくものなのでしょうか。
どうぞ、真剣にこの学びをやっていきましょう。自分が生まれてきたことを喜んでいますか。お母さんに産んでいただいたことを本当に心の底から喜んでいますか。
これからの転生の中で、この思いと出会うまで、あなたはどのように対処していくのでしょうか。そして、250年、300年の次元移行の瞬間に私達とともに次元を超えていけるあなたでしょうか。どうぞ、そのことをしっかりと学んでまいりましょう。

45)  ホームページ立ち上げもそうだし、今回の有馬での勉強の体験、経験もそうです。本当に幸せだと思います。このような形を通して、さらに信を深めていく計らいを感じるからです。「自身の放った言葉にきちんと責任を持たなければならない。そしてまた自分の中にきちんと確信があるからこそ、発した言葉は波動としてプラスの仕事をしていくんだ。」これから、様々な局面でそういう体験、経験を重ね、自身の愛へ帰る道を上っていくんだと思います。UTAの輪での20年、楽しみです。

46)  有馬のセミナーでもはっきりと申しましたが、20代、30代、40代の学びの仲間達が育っていく時間の中で、私もまた一段の歩みをしていこうと思います。
自分の心で確信した世界を、波動として、ともに共鳴できる学びの時間を共有して、それぞれの肉を持つ時間を経て、それぞれの転生にぜひ今世の結果を繋いでいただきたいという思いでいます。
私自身は、56歳を迎え、UTAの輪の学びの時間、空間の中で、喜んで学んでいきます。もちろん、50代、60代、70代、それ以上の歳を重ねた学びの友も大歓迎です。
こうして、みんなとともに、ただ一点、田池留吉、アルバートの波動の世界を感じ広げていける喜び、幸せ、お母さんに産んでもらった喜び、幸せを、味わっていくことにより、半歩でも前に愛へ向かって歩みを進めていきましょう。
たくさんの間違いを繰り返し、愛へ帰る道は困難を極めますが、不可能ではないから、田池留吉の世界が肉を持ってきたのです。
田池留吉の肉を見ていても何も分かりません。分かっていく心が私達の中にあります。そこへしっかりと針を合わせて、喜び、温もり、愛のエネルギーを本当に感じられる自分を学んでまいりましょう。

47)  田池留吉に心をしっかりと向けて、自分が培ってきたエネルギーを心にどんどん感じ、そこから喜びと温もりの世界をどんどん広げていってください。すべては喜びです。みんな温もりです。本当の自分を捨てた自分がどんどん心に響いてくるでしょう。それはただただ喜びです。ありがとうだけです。どこまでも限りなく広がっていく喜びと温もりの世界です。今を喜んで、喜んでいくだけです。そして、さらに自分の奥底を感じていきましょう。喜びはパワーです。喜びは喜びの仕事をします。
心の中に伝わってくる波動を感じていますか。波動は流れています。心で受け、そして、心から流していきましょう。「ともに行こう」の呼び掛けに喜びで応えてください。

48)  私の口を通して語る言葉、口から出てくる文言は、とても厳しいものでした。有馬のセミナーで、ああこんなことを語っていたのかとチェックして、やはり肉はぼんくらだと納得です。自分の中の必死さを言葉で表現すれば、とても厳しいものになるんだということを改めて肉で確認しました。
それだけに、本当に自分の中の思いに応えていけばいくほどに、喜びも温もりもしっかりと心に感じられる今があること、今、田池留吉、アルバートと呼べる、宇宙を思えることがどれだけの喜び、幸せなのかが分かります。ああ、本当に今という時を逃して、明るい未来はないと心に感じているから、愛へ帰る一本道をしっかりと歩んでいこうと自分に伝えています。
学びの足取りを自己評価しながら、自分と自分の中で愛へ帰る道を進んでいく喜びと幸せを感じ深めていけることに感謝です。

49)  第1回UTAの輪のセミナーの参加者名簿をいただき、今、現象の勉強のグループ分けをしています。30名、15グループ、合計450名の方を予定しています。その中で希望される方は、積極的に参加してください。
この学びは、自分の心の体験がすべてです。自分で体験、経験して、心で学ぶことが第一です。頭ではなく、理屈でもなく、自分の心がみんな知っているんだということをしっかりと感じていくことから始めていきましょう。あの人も、この人も、外から見れば狂った状態ですが、そういう状態に、まず、自分もなってみることです。凄まじいエネルギーだと言われても、心の中から噴き上がってくると聞いても、見て聞いているだけでは分からないと思います。肉では絶対に止められないものが自分の中に存在する不思議さ、嬉しさの体験を重ねていくことが、肉、形ではないんだと心で感じていく術なんです。
大なり小なり、みんな時間を作って、お金を使って、家族や職場の人達の協力を得てということですから、ぜひ自分のために学べるチャンスを活かしてください。

50)  クボハウスでレベルアップセミナーに参加させていただきます。自分のレベルをどれだけ上げていくか、それは当たり前のことですが、全部自分に掛かっています。どれだけ本当の自分に素直に誠実に応えていくか、間違い続け狂い続けてきた自分にどれだけ気付いていくか、自分のこれからをどの程度真摯に真剣に受け止めているか、その度合いによって、これからの時間における様相がはっきりと変わってきます。意識の流れの中で、真実の波動の世界を感じ深めていける喜びを堪能していきませんか。

51)  クボハウスでのお勉強の時間、私は幸せを感じていました。こんなにも間違ってきたのに、今、まさに今、真実の波動の世界に触れるチャンスを用意してきたことがただただ嬉しく、それは殆ど奇跡だと思いました。愛を捨てた私達にどこまでも熱く語ってくれる波動に今更ながら脱帽です。
しかし、その思いをしっかりと受けていけると思いました。ただ一点、田池留吉に心を向ける、合わせていくこと、愛を、愛のエネルギーを感じていくこと、自分のふるさと、愛へ帰る道を真っ直ぐに歩んでいくこと、伝わってくる思いに真摯に応えていける喜びを感じさせていただきました。
「本当に出会いをありがとうございます。」今のこのひとつの肉を代表して、私の中のたくさんの意識達がそう語っています。

52)  自分の中の愛、優しさ、温もり、喜び、信じていますか。私は愛だと心から思えますか。間違ってきた狂い続けてきた自分を包んでいますか。しっかりと抱き締めて、心からありがとうと自分に言えますか。まだまだ自分を嫌う心がありませんか。苦しい、苦しいと喚き散らしている自分に、優しさ、温もりを伝えていける術をどの程度、心得ていますか。

53)  瞑想をして、心が広がって、温もりと喜びが伝わってきて、ああ、今私は幸せだと心から思える時間を過ごしてください。喜びの人生です。
喜びで、喜びで生まれてきたことを思い出しましょう。柔らかな優しい母の温もりの中に抱かれていた自分に戻り、幸せな自分を心に広げながら、ずっと心の奥底を感じていきましょう。それはどんなに嬉しいことでしょうか。異語がどんどん出てきます。嬉しくて涙が出てきます。ともに帰れることを知ったことがどんなにすごいことなのか、それはパワーとなって、喜びの仕事をしていきます。宇宙を変えていける喜びの仕事をしていくんです。私達は小さな存在ではありません。喜びで、どんどん自分を知っていきましょう。

54)  「何も要らなかった。思える心があったからそれでよかった。」、瞑想をしてそう感じます。私はそう感じるから、それを信じて喜んでいるだけです。そして、それは、決して変わらない喜びだと私は確信しています。心から待って、待って待ち続けてきた思いに今、触れている幸せは、繰り返し、繰り返し感じられるものだからです。
地獄の奥底で苦しみ続けてきたからこそ、今、感じている波動がどれだけ喜びであるか、温もりであるか、それは自分の心が一番よく知っていました。「田池、殺してやる」の喜びの雄叫びを何度も出させていただき、今世ほど幸せな時間はありませんでした。そして、もっと幸せな時間を私は用意しています。250年後の「アルバート、殺してやる」は、「田池、殺してやる」の何倍も、何十倍も、何百倍もの威力で、真実に迫っていく喜びのエネルギーです。
私は、それを自分の計画の中でしっかりと遂行して、さらに真実の世界、愛のエネルギーを極めていきます。今世は本当に大きな転換期を迎えさせていただきました。真実の世界が肉を持つ同じ時に肉を持たせていただき、学ばせていただいたこと、感謝しかありません。250年後は、さらに躍進の時。それまでしっかりと自分の中を整えていくことに専念します。

55)  祈りを捧げることがどんなに間違いで、真っ暗闇のエネルギーを流しているか、それに気付きなさいと言っても、そう簡単には気付けません。神 仏を求めていく念を幾重にも重ねてきたのです。私達は、少々の天変地異では、到底目が覚めないまでに、地に落ちてしまった意識の世界を抱えています。しかし、救いを、加護を求める心の愚かしさに気付いていくには、天変地異しかないのです。祈り続ける心、神、仏に救いを求める心が天変地異という形で、間違いを正すように働いていくという意識の流れは、決して変えることはできません。その意識の流れの中に、地球という星がある太陽系、その他のあまたの宇宙があるということです。

56)  自分を愛に帰す、それは今ようやく、今という時を得て、ようやく始まったのです。こんな喜びはありません。自分の本来あるべき道が見えた、知った、これこそ大いなる喜びです。ここ日本の国に、そして大阪に生を受け、育ち、ここから学びの一歩を踏み出した今世に感謝です。私には、250年後の転生しかもう残されていないので、今のこの肉を持つ時間に、学ぶべきものはしっかりと学んでという思いが感じられます。田池留吉の肉があって学び、なくて学び、このなくて学びがやはり正念場です。そして、その成果を250年後に十二分に発揮出来るようにと自ら設定した以上、それは必ず果たしていかなければなりません。それが自分に誠実に、忠実にということだと私は思っています。

57)  昨年の池田セミナーで、愛は生成発展するという言葉を聞かされて、その波動の中に、これからの時間の喜びと幸せを感じていました。田池留吉という真実の世界が肉を持ち、その波動の世界、真実の波動の世界を伝えてくれた学びの姿が私の中で安定化し、これを段々に深めていけばいいというところまで漕ぎつけたことは、今世の大きな成果だと私は感じています。焦らず、ゆったりと、しかし真剣に我が道を行くこと、自分の中の数知れない意識達とともに、一点を見つめ存在していけば、自ずといざなわれていくこと、愛は生成発展するという喜びを心にしっかりと感じていけるこれからなんだと思いを馳せています。
自分に誠実に、忠実に、喜びと温もりの世界、愛の中にあったことを受信、そして発信。また受信、発信。愛へ帰る喜びだけを見つめていきます。

58)  肉が自分だとする思いがいかに強いか、しっかりと自覚してください。自分を愛に帰す、その作業はそんなに簡単なものではありません。しかし、本当は簡単なんです。ピッと針が合えば、喜びと温もりの中に帰っていきます。その土壌を作り育てていくことが困難を極めるのであって、そこをクリアすれば、思えば変わる、思えば変わる、この喜びの作業を喜びで繰り返していくということになるかと思います。
それが愛へ帰る道を淡々と歩いていっているということですが、あなたは、自分を振り返りどうでしょうか。今、どのような状態にありますか。これからの自分がするべきこと、自分のこれからが心に響いてきますか。自分の思いに、声に素直になって、自分のこれからを今、しっかりと受け止めてください。
自分が愛を捨てた状態だときちんと知ることが肝心です。

59)  私は、昨年の夏ごろから、クボハウスで「ともに瞑想会」という勉強会を持たせていただいています。2015年発足のUTAの輪セミナーを念頭に置きながら、私自身の試みで始めたというのが、主な目的でした。これまでに、出席していただいた人達から、喜びのメールをいただいてきましたが、今日、メールを下さった学びの友にありがとうをお伝えしたいと思いました。今世自分と縁のあった人で、学びに繋がっておられるならば、どうぞ、その人達と、まず学んでください。ともに瞑想をして、ともに励まし合って、喜び合って、少しでも、自分の中の愛のエネルギーを信じられる仲間としてお付き合いください。身近に学びの友がいる幸せを味わってください。

60)  弥生三月も目前。近くの梅林も花開き、すぐそばの桃園も桜並木も次々と花のたよりを届けてくれるでしょう。季節は確実に巡ってきます。温かな日差しの中で、ゆったりと伸び伸びと心を広げていきましょう。世の中は濁流です。その中で、しっかりと心を見ていくことは難行苦行であり、濁流の中でおもしろおかしく流される生き方から、なかなか抜け出せないのが現実かもしれません。しかし、ひとたび、瞑想の醍醐味を味わったならば、決してそうはならないのです。
「千載一遇のチャンス」、どのようにこのことを解釈しておられるでしょうか。「今世を外せば、二度と自分には巡ってこない今、この時である」と、あなたの心から伝わってきませんか。「宇宙のもくず」、同時にこのことも心で感じてみてください。


61)  私はおかげさまで、幸せな人生を送らせていただいています。思う喜びを知りました。思える喜びを知りました。幸せとは、こういうことだったのかを知りました。
何も要りませんでした。しかし、みんな揃っていました。あなたはどうですか。今、幸せですか。


62)  本当の自分を捨て去ってきたんだから、真っ黒けのけ。どうしようもないところまで落ちて、落ちて、それでも本当の自分と出会いたくて、母の温もりの中へ帰りたくて、こうして今という時を持ってきました。そう私の中が伝えてきます。だから、私は、嬉しいんです。本当に幸せだと思います。こうしてゆったりとした環境の中で、真っ黒な自分を感じていける今が、私は本当に幸せだと思っています。私は、学んでまいりました。心から母を呼び、田池留吉、アルバートと呼ぶ自分と出会ってきました。大きな分岐点でした。真っ暗な中から、ようやく明るい兆しを自分の中に見出したから、だから、私は幸せです。真っ直ぐに思い続けていけばいいんです。私の中の田池留吉を真っ直ぐに思い続けていくだけです。そうしていくことができる、そうしていけばいい、だから幸せな人生です。

63)  この世に偉い人など存在しないんです。真実に目覚めた人など皆無でした。真実に目覚めるとは、自分が愛だったと心から知ることです。イエスも仏陀もその他道を説き、自説を滔々と述べてきたどこかの高名な人達も、みんな、みんな自分を肉だと思ってきたんです。それがどんなに真っ黒なエネルギーを垂れ流してきたのか、まだまだ知る由もないほどの暗闇の世界に落ちてしまっています。そんな中で、田池留吉の世界を直接学ばせていただいてきたということは、どういうことなのでしょうか。
自分の肉を持つ時間、心して学ぶべきではないでしょうか。心して何を学ぶべきなのか、それぞれしっかりと自分のことを考えてください。そして、出てきた答えに思いを向けてみましょう。


64)  「私の人生、何だったのだろうか」、そう呟きながら、死んでいくことは無しにしましょう。せっかく、自分を泥沼から救い出すチャンスを自ら用意してきたのだから、これまでとは、少しは違う風景を見ながら、感じながら、人生を閉じていきましょう。
死んでから田池留吉を呼ぶことは難しいとしても、また死んで固まっていくにしても、せめて、心からありがとうと本当に自分に言って死んでいけるように、肉体がある今、学んでください。自分を繋ぐ、次元移行という意識の流れに繋いでいく目処はどうなっていますか。宇宙は着々と計画を進めています。本当にそうなのかどうなのか、心に聞いてみてください。あなたの心は知っているはずです。宇宙、母なる宇宙に帰る計画の中で、どうぞ藻屑にならないで。

65)  キーワードは、「意識の流れ アルバートとともに」。瞑想をしているとき、そう心に上がってきて、そうなんだ、そうなんだと、300年の中で、次元移行を果たしていく喜びが心に突き上がってきます。涙が溢れます。今、こうして肉を持たせていただいて、田池留吉氏の道しるべに従って、真っ直ぐに進んでいきなさいという学びの時間をいただいていることが本当に嬉しくてありがたいです。愚かな肉、幼稚な肉でも、肉あればこそ、どん底の意識の世界に光を当てることができたんです。
すごい時間です。田池留吉を思えば思うほど、本当にすごいと思います。私の中の全宇宙がアルバートを呼んでいる、アルバートを求めている。今、田池留吉の世界に心を向けられる、合わせていけることがどんなにすごいことなのか、さらにそのすごさを私の意識の世界は知っていくのだと思います。それが私と私の約束だ、そう感じています。

66)  学びの門を叩いて22年の年月が経ちます。30代から早50代です。光陰矢のごとしです。今、20代、30代、40代前半の人達奮起してください。家庭、あるいは職場で多忙でしょうが、自分の軸足をどうぞ、学びのほうに段々に移していくように。体力、気力充実のとき、そして、何事においてもそうですが、旬ということがあります。学ぶタイミングというものを逃さないように。私は、田池留吉氏に育てていただきました。これは誰の目にも明らかなことだと思います。そして、それは幸運というよりも、それが意識の流れの中の計画だったと思っています。だから、この構図は250年後の来世も同じです。これから、若い人達の成長の中に、私自身の成長があるということなんだと思っています。

67)  本当のことはこうですよと肉を通して伝えていただいた以上、それについて肉の抵抗、反発を確認しながらも、それを限りなく小さくしていくようにしていかなければなりません。いつまでも肉の世界の基準を持ち出していては、自分の一歩を前に出すことは叶いません。余計なものはどんどん捨てて、ただひたすら意識の流れに沿っていくこと、いけるように心を向けていくこと、そうするために今という時があるんだと心から知っていくこと、こういったことを素直に受け止めているのかどうなのかということになってくると思います。

68)  いよいよ今月、3月8日、第1回UTAの輪セミナー、スタートです。たくさんの学びの友とともに、愛へ帰る道をともに行こうと学ばせていただけることを喜んでいきます。もちろん、私達には、肉を持たない数知れない仲間がいます。苦しみながら、狂いながら、田池留吉の愛を目指しているんです。だから、心を向けていけば、私達の心の中で愛へ帰ろうという呼び掛けに反応してくるでしょう。どうぞ、心を広げて、母の中へ、温もりの中へ、この喜びの道をともに行こうと心を向けてください。みんな自分です。自分に優しく、ただただ優しく、そして喜び、喜びで、私達のふるさと愛へ帰ろうと伝えていける自分に蘇ってください。

69)  1,2,3の瞑想で、なかなか肉が崩れない人を見受けますが、それは表面上のことです。中は凄まじいエネルギーの坩堝です。それを知っていくために、やはり肉でも、最初はある程度努力してください。たとえば、音を発するんです。何でもいいんです。お母さんと声に出して呼んでみる、何度も、何度も。ふるさとの替え歌をしっかりと歌う。アーでも、ウーでも何か、自分の外に自分の中の溜め込んできたエネルギーを出してみようとする。もちろん、母に使ってきた思いを見る。ゼロ歳の瞑想をする。そういうところから始めて、やはり、自分の中の凄まじいエネルギーを自分の身体で体験することがベストです。

70)  学びについて話を聞いて分かるものではありません。目と耳で得た情報をいかに脳に伝達するかではなく、それらの情報から自分の心がどう反応するかです。だから心が反応しなければダメです。心が反応するということは、肉として見える部分に変化が起こってくるんです。肉は心の投影だからです。
お母さんの温もり、愛へ帰ろう、いい話だ、ああそんな世界もあるのか、あるかもしれない、その程度では、とてもとてもです。心の実体験、実感を重ねて、重ねて、それでも、私は肉だというところか抜け出していくのは難しいんです。難しいけれどやるしかありません。実践を通して、確実な成果を上げていきましょう。自分に愛を伝えることが実際にできなければなりません。オーリングも瞬時に硬くなる、さらにもっと硬くなる、そういうことは淡々とできて普通なんです。別にすごいことでも何でもありません。私達はすごい存在なんです。私達というのは、学びに集っている私達と限定しないでください。しっかりと学んでまいりましょう。

71)  もう私達はこのあたりが潮時と、それぞれにもっともらしい理由づけをして、段々に学びから離れていく人達も出てくるでしょう。一方で、これだ、これだという勢いで学びに集い、その勢いのまま学んでいく人達も出てきます。どちらにしても、意識の流れの大勢に影響はなしです。もうすでにしっかりと250年、300年に繋いでいくルートは出来ているんだから、世の中の流れとか、学びの中の人の流れとか、些細なことに思いを留めずに、ただひたすらに意識の流れ、田池留吉、アルバートそして、次元移行に思いを集中して、それぞれの予定のコースをつつがなく遂行してください。
学ぶべき人達が学び、そして、次元移行を遂行していく喜びの波動を宇宙に流していくようになっています。そして、できれば、あなたも、そしてあなたもその流れに乗っていきませんかという呼び掛けは、絶えずなされているはずです。その呼び掛けに呼応するかどうか、全部自己選択。そして、その結果は自ら負うようになっています。意識の世界はストレートです。白黒が明確です。きっちりと割り切れ、余りなしの何とも心地よい、切れのよい世界です。


72)  どうぞ、レベルアップをお願いします。前向きに、前向きに、1、2、3の瞑想を心掛けて、田池留吉を思うことが心の底の底から喜びとなってください。そして、本を読んでみてください。ホームページを読んでみてください。心の響き方が違ってくると思います。学びの取り組み方が変わってくると思います。そして、さらに、1、2、3の瞑想を心掛けてレベルアップに繋げてください。その中心は喜びです。愛です。喜びで、喜びで、ブラックを確認し、そして喜びで、喜びでブラックを迎え入れていきましょう。
肉を持っているときに素直に真っ直ぐに田池留吉を思えない、呼べないならば、死んで思えるはずはなし、呼べるはずはないんです。その世界はどんな世界ですか。そう、闇黒の世界です。それを肉を持っているときに学ぶべきなんです。それが愛なのではないでしょうか。

73)  心が敏感な人は、世の中にたくさんいますが、本当の意味で敏感な人はいません。みんな温もりを捨てているからです。自分の中の愛に出会っていないからです。さて、学びに集っているあなたはどうでしょうか。もともと私達人間はみんな敏感です。ただ雑音ばかりを拾い上げて、それを発信してきたから、自ら闇黒の漆黒の闇の世界の中に埋没してきた歴史を抱えています。それをクルリと変える、まさにそれは、神業に近いことかもしれませんが、「私はあなた、あなたは私、ひとつ」という真髄に触れていくとはそういうことではないでしょうか。

74)  自分の決めてきた時期に学びに集った私は、私に誠心誠意向かい合っていこうとしてきたチャンスを決して無為にしたくはありませんでした。それまでどんなに肉、肉、肉で生きてきたとしても、何とかそこから抜け出そうと学んできました。私を見つけてくれたのは、田池留吉氏の千里眼でしょう。それはすべて意識の流れだと私は解釈しています。そして、私は「磁場と反転」の本の中にも書きましたが、必要なのは、固い決意と、少しの勇気と、自分に対する真面目さだと思っています。
私は、今も、これからも、ずっとその姿勢で、真実の世界を学んでいくことは確かです。次元移行という意識の流れは、私の中で確固たる事実であって、その流れの中にこれから始まるUTAの輪のセミナーがあるというだけです。すべては自分の計画してきたこと、そして、それは意識の流れの中の一コマだという思いを持っています。

75) 愛へ帰ろう。私達のふるさと、愛へ帰ろう。心から、心から、そう呼び掛けてください。呼び掛けてくれている波動と出会ってください。私達はずっとひとつでした。そして、これからもずっとひとつの中にあります。田池留吉にひたすら心を向けていきましょう。それしかありません。それをするために数知れない転生がありました。全部失敗に終わった転生でしたが、やっと、やっと、その長くて暗いトンネルから抜け出していけるチャンスが今世、あなたの目の前に用意されているんです。
今世は、貴重な時間です。かけがえのない時間です。それを自分の心でしっかりと感じられるように、自分の真っ暗闇と向き合って、喜びで自分を受け入れていきましょう。「次元移行を必ず果たす」、自分が交わした約束を思い出してください。


76) 第1回UTAの輪セミナー、無事終了させていただきました。ともに学ばせていただきありがとうございました。長く鈍感だった私です。しかし、自分の中のエネルギーが肉に響いてくる喜びを段々に知っていって、今こうして心に響いてくる波動の世界の喜びを素直に流していけることを喜んでいます。
セミナー二日目の最後、ふるさとを歌って喜びのエネルギーが汗となって流れていった現象、私は大変嬉しかったです。昔、昔、喜びの現象ということで、飛び上がり、みんな汗だくになったことを思い、セミナー会場で汗が噴き出すほど身体を動かす嬉しさを久々に味わいました。
私は、淡々と自分の歩むべき方向に歩みを進めてまいります。たくさんの宇宙の友が待っています。ともに田池留吉、ともにアルバート、ともに帰ろう、そう心を向けていくことをしっかりとやっていくだけです。またともに学んでまいりましょう。

77) セミナーの現象の時間は楽しかったです。ただ楽しかった。ひと味もふた味も違う風景が私の中で広がっていきました。田池先生が、よく言われていたこと、「セミナーが楽しくて、楽しくてたまらない。」その一端を垣間見たような。だから、ひと味もふた味も違う風景の中で、この肉を使えることが嬉しかったです。セミナー会場に集う一人でも多くの方が、それぞれの肉を突き破って意識達の思いを、もっと、もっと拾い上げてほしい、そんな思いで、私は、これからも、ともに心を向けていきたいと思いました。私は、このような形で、このような方向で学ばせていただけるんだと思えば、何か本当に幸せを感じます。本当のことが分かって、本当のことをしっかりとはっきりと伝えていけることが、こんなにも喜びなんだ。ありがとうと喜び、幸せ、温もりをただただ広げていけることが、それだけが喜びなんだ。しっかりと歩いてまいります。


78) 思うことの大切さ。思うことの喜び。思えることの喜び、嬉しさ、幸せ。こんな人生の時間を自分に用意してきたことをしみじみ感じ、ああ本当に幸せだと実感します。思う、喜びで思う、すごいエネルギーなんだ。このエネルギーこそが次元移行を淡々と、しかし着実に力強く遂行していくんだと、宇宙を思う瞑想の中で心に響き伝わってくる感覚です。自分に設定し、用意してきた肉を持つ時間、肉はゆったりとしながらも、ただ一点に思いを集中して心ゆくまで学んでいきます。
私の意識の世界はすでに、250年、300年を視野に入れて、来世とともに学んでいます。宇宙に点在するたくさんの、たくさんの仲間達とともに、これからも学んでいける喜びを波動として、エネルギーとして流していく手ごたえを感じています。

79) あなたがいるから私は学べるんです。そして、私がいるからあなたも学べるんです。互いに今、肉を持って学べることを喜んで、ただ喜んでいきましょう。
すべては喜びです。今を喜んでいけばいい。本当に単純明快なことでした。こうしてここに存在していることがすでに喜びでした。
私も、今朝、ご協力を得て、ある実験をさせていただきました。まだまだ私の場合は事例はないけれど、遠隔で水を変えることに対して徐々に積極的に取り組んでいこうと思いました。エネルギーが働くということを、こういう実験を通して確認する。そして、さらに心を向けて瞑想をする。あとは肉はゆったり、自分の生活のペースを保ち、楽しみながら肉を持つ時間を過ごしていければと思います。

80) 1、2、3の瞑想もそう、水の実験もそう、喜び、楽しさ、嬉しさ、それを基本にしてください。そしてその中心は思う喜びです。思える喜びです。その思うということ、何を思うか、どの程度思っているのか、それだけ、それがすべてです。そして、それは一朝一夕ではほぼ満点の状態にはならないです。しかし、少しでも自分の今の状態から満点を目指していく楽しみがあるから、それを淡々とそして着々と楽しんでいけばいいのではないでしょうか。限りなく真実に近づいていく手ごたえを味わっていけるなんて、これほど幸せなことはないでしょう。肉を持ちながら楽しみながら、喜びながら学ぶ、この姿勢はとても大切だと思います。

81) 特別な存在などどこにもありません。ただし、田池留吉の世界、田池留吉の波動、愛のエネルギーの存在を信じる信の深さ、厚さ、その違いはあります。そして、一朝一夕でその差を縮めていくことは難しいでしょう。心が敏感で、チャネリングができるとかそういうことではないんです。それは学びの一助になりますが、それだって、信じる信を深め、厚さを増す方向に活用していなければ、何のための敏感で、何のためにチャネリングをするのかということになります。きちんと自分の中の他力のエネルギーの始末をつけているかどうかで、その差は歴然としています。田池留吉の世界以外のものを握っている意識の世界からは、愛のエネルギーが滞りなくスムーズに流れていくことはあり得ないことです。また、今はそうであっても、遮っているのは自分自身だと、いつそれを素直に真摯に受け止めていくかで、その後の道のりが全然違ってきます。田池留吉を思う、心から発せられるものはみんな喜びだ、そう確信して初めて、愛へ帰る道が自分の中に見え始めたと言えるのではないでしょうか。

82) 第1回UTAの輪セミナーを見てくれたアメリカ在住の学びの友からのメールを転送していただきました。ありがとうございます。昔、私に言ってくれた言葉が思い出されます。学びの友よ、死ぬまで元気でともに学んでまいりましょう。

83) 自分の流してきたブラックのエネルギーをしっかりと自分の心で確認する。心の奥底から突き上がってくるエネルギーのすごさを身を以って確認する。まず確認ができるようになってください。そして、どんどん、どんどん自分の中のエネルギーをただ出すのではなく、それを解き放していくんです。優しさ、温もりの中へ解き放してあげるんです。それにはどうすればいいのか。そこをしっかりと学んでいきましょう。その体験ができるように心をしっかりと向けてまいりましょう。水の実験もそうですが、自分ができなければ意味がありません。聞いて、見て分かる世界の話ではありません。

84) 田池留吉をただひたすらに思う。極意はこれです。しかし、ただひたすらに思えない心があるはずです。その自分の世界を直視すること、そうしていけば、自分の中の愛が目覚めて、さらに自分を見つめる喜びに出会います。出会いは喜びです。出会っていこう。ただひたすらに田池留吉を思えるまで、田池留吉を思えば喜びとなるまで、ただただ喜びで出会っていきましょう。

85) 私は、田池留吉氏に手塩にかけて育てていただいたと思っています。肉的に言えばそうですが、しかし、それはみんな、意識の流れの中の計画でした。肉を持って、次元移行という意識の流れを伝えに来てくれた田池留吉の世界に、忠実にそして喜んで呼応していく意識の世界を呼び覚ます計画の中にいざなわれていることを、日々の瞑想の中で感じます。だから、私は、伝えていただいた波動の世界に忠実にこれからも存在していくだけです。ともに愛へ、心のふるさと、愛へ帰ろうとしっかりと思いを向けていく喜びを流していきます。

86) 変わらない風景がいい。目を閉じて思えば、いつも心に上がってくる嬉しさ。懐かしい思いとともに心の中に伝わってくる喜び。決して変わることのない風景です。この風景を心に思い起こすために、生まれ、そして学び、本当に幸せです。本当にありがとうしかないです。どんなに無様で愚かで冷酷な自分であっても、引き返すことが本当に出来るんだと学んで来ました。田池留吉、お母さんと、心の中で呼び続けていく嬉しさと幸せを、大切に大切に育み、さらに自分を成長させていきます。決して自分を見失うことがないようにと誓ってきた約束、滞りなく遂行できる今を喜んでいます。思いを向けるということはすごいことでした。思いを定めて存在していく喜びは何にも代えることはできません。

87) あなたは、自分の心の中で、真実の世界の扉を開くことが出来ていますか。もしかしたら、まだまだその扉の前にも行き着いていないかもしれません。その前を行ったり来たり、躊躇しているうちに、結局は開くチャンスを逸するかもしれません。周りを見渡して、誰のことを言っているのかなんて言わないでください。あなたのことを言っているんです。そして、みんな決して他人事ではないと思います。
あなた、本当に学んで来ましたか。学んでいますか。何を学んで来ましたか。何を学んでいますか。その結果はどうでしょうか。さあ、点検しましょう。辛口で点検していきましょう。

88) 肉が忙し過ぎるのは、学びをしていくにあたって、決していい状態ではありません。身体が疲れていては瞑想どころではないでしょう。瞑想に集中できないほど、身体が疲れている、あるいは、色々と考えることが多くて、思いが分散してという生活パターンが続いていけば、学ぶ意欲もいつの間にか薄れていきます。それぞれに事情があって、現実はなかなか厳しい人達もおられるでしょうが、そこは自分の心に問いかけていって、今世の出会いの意味を心で知ってください。
もちろん、自己選択です。そして、自己責任です。これは意識の世界の絶対的なルールです。それは、肉の世界の厳しさとは桁外れです。本当の温もり、優しさ、広がりの世界は、本当の厳しさを伴ってきます。私の意識の世界はそう伝えてきます。


89)  自分の中のぐるぐる巻きの他力のエネルギーから、どれだけ自分を解き放つことができているか、まだまだ闇の中に沈んだ状態なのか、今、肉を持っている今だからこそ、精査できるんです。誰のための人生でもありません。ただひたすら自分を知っていきましょう。自分のために、めいっぱい今という時を喜んで活用してください。
意識の流れからのメッセージ、あなたの心に届いていますか。すべての意識達に発信されているメッセージです。宇宙に点在する意識達は、すでに受け取り、活動を始めています。愛のエネルギーは存在します。心で確信の持てない人は、自分の肉体を通して、まず知ってください。

90) 思うだけで嬉しい。思うだけで幸せ。喜び。この体験をあなたはもうすでに自分の中でしていますか。何度も、何度も、繰り返して体験を重ねていますか。
思うことは喜びです。思えることは喜びです。思うだけでいいんです。瞬間ふっと思えば通じる世界にあることを心で知ったならば、もう何も本当に要りません。本当に要らないんです。しかし、要らないと言っても、形の世界においても満たされています。意識の世界は、言うまでもなく、こんな幸せであっていいのかと思うほどに、満たされています。それでも、満点ではないんです。来世という本番があるから、今世は満点にまでは到達しないけれど、それでも今世は、まだ学ぶ時間を用意しているから、可能な限り満点に近づいていく楽しみを楽しんでいきます。田池留吉の肉無き後の学びの時間、大切にします。喜んで学びます。すべては意識の流れの計画です。田池留吉、ありがとう。実に嬉しいです。


91)  水道水を愛の水道水に変えることを試み、愛のエネルギーの存在を、自分の肉体を通して知ったなら、さらに愛の世界を心で確信するために、正しい瞑想を継続習慣化してください。感じた、分かった、認めてではなくて、ただただ喜びを静かに淡々と広げていってください。そして、粛々と流れる意識の流れを感じていきましょう。愛が流れている、愛にいざなわれている、だから思うことがすべてであり、思うことが喜びなんだと心の体験を重ねてください。そうしていくことが喜びの人生だとはっきりと自覚できます。愛を感じていくこと、日々の中で愛を感じていくこと、それは決して難しいことではありませんでした。愛が流れていることを知ることが喜びでした。


92)  自分に用意した肉を持つ時間、本当にありがたいと思います。つぶさに自分の中を感じられて、ただもうありがたいと思います。間違ってきた自分を間違いのまま留めることなく、本当の自分へいざなう作業は、実に楽しく嬉しく幸せな作業です。宇宙を思えば、一斉にアルバートと呼び叫んでいる意識の世界が響いてくる今を心に感じ、愛だからこそ、こうして肉を持つことができたことを感じます。思いを向ける喜びが喜びをいざなう、意識の流れからのメッセージでした。


93)  どんどん瞑想をしましょう。どんどん心を向けてください。確かに響いてくる意識の流れ。その波動の世界を心に受け、あなたの中の宇宙達に伝えてください。
次元移行はすでに始まっています。瞑想は喜びです。心を向けることは喜びです。喜びのエネルギー、愛エネルギーを心に感じ、そして広げ、ともに行こうと心を向け合わせていく、そんな瞑想ができるように。ともに喜びを、温もりをそして次元移行の確かな足取りを共有していきましょう。

94)  本来、喜びとは一過性ではありません。ひとたび、喜びを感じれば、それはそこからずっと続いていくものです。本当に愛の波動、エネルギー、田池留吉、アルバートを感じていけば、自分が作ってきた世界がどんなにちっぽけでおぞましいのかが、たちどころに分かり、だから、そこから脱却することが簡単で、しかも今度は、その世界に真っ直ぐに伝えることができるという喜びを逆に広げていくことができます。
波動を感じる、愛のエネルギーを感じる、本当に田池留吉、アルバートを感じていくとはそういうことです。だから、瞑想は楽しくて喜びなんです。ひとつの中にある喜び、温もり、幸せは、自ずと心に響いてきます。その心の中にいつも帰れる、こんな幸せはないのではないでしょうか。


95)  ただひたすら心を田池留吉に向けていけば、愛は自ずと流れる。その体験をされたらいいのです。ああ、こうして愛は流れているんだ、その愛のエネルギーを遮っていたのは、他ならない自分だった、肉を自分だとする思いが壁となっていたんだと、本当に心から知る、気付いていくことが学んでいるということではないでしょうか。
しかしながら、愛のエネルギーを遮っている肉が自分だとする思いが、どんなにそびえ立っているのか、まだまだ心で気付けていない人は多いと思います。
そびえ立っている、己が偉いということがどういうことなのか、心で分かっていないのでしょう。そんなに私はそびえ立っていない、そんなに己が偉いとも思っていないと呟きながら、愛を感じたとやっていれば、こんなに滑稽なことはないと思います。死んでからではお手上げ状態だから、今、学ばないとと思いますが、みんな自己選択ですとしか言えません。


96)  クボハウスのセミナーに、東北、北海道の方々が参加されていました。雪深く遠い、遠いところから、わずか二時間プラスアルファのお勉強です。クボハウスで学ばれたこと、どうぞ、それぞれにこれからの歩みに活用してください。愛のエネルギーは存在します。そして、今、宇宙は、次元移行に向けて活発に動き出しています。目覚めてくださいと呼び掛けさせていただきました。母を思う瞑想、ゼロ歳の瞑想を通して、しっかりと母の温もりを心に呼び起こし、あなたの心の中に作ってきた他力の世界を愛へ解き放していってください。焦らず、弛まず、淡々と、やっていってください。そして、出来れば、UTAの輪のセミナーにも参加してください。ともに田池留吉に心を向けて瞑想をしましょう。

97)  肉を持っているがために、真実の世界を学んでいく難しさがあるでしょう。肉という壁のぶ厚さ、肉という思いの強さ、他力の心。しかし、肉を持っているがゆえに、学んでいけるんです。肉を持たなければ、絶対に自分の作ってきた真っ暗闇の世界から抜け出すことはできないまでに、自分を落としてきたということでした。
正しい瞑想のレベルが上がってくれば、そういうことをしっかり、はっきり知っていけるんです。だから、もちろん、喜び、温もり、広がりの世界は、留まることはありません。今という時が自分にとってどういうことなのか、心を向けていく意味、向けられる喜び、ただただそういうことが響いてくる瞑想を重ねていけることが、本当にありがたいとなってきます。思いを向けることがすべてなんです。


98)  田池留吉、アルバートの波動に触れる、エネルギーを感じる、愛のエネルギーを感じる、自分の中で。それは瞑想でしか味わえないことです。瞑想、正しい瞑想の中でのみ幸せ、喜び、温もりの世界が広がっていくのです。ひとたび自分の中で広がっていった幸せ、喜び、温もりの世界は、どんどん広がっていくだけです。それを日々の瞑想の中で感じていける人生だけが、幸せ、喜び、ありがとうの人生です。田池留吉、アルバートと心から呼べない人生に、一日も早く決別してください。本当の人生に出会いましょう。心から宇宙を思い、母なる宇宙の波動の中にある自分に出会えることを待ち侘びているあなたがいることを知ってください。

99)  弥生三月も今日で終わり。春爛漫、近くの公園のしだれ桜はまだこれから。季節は巡り、新緑鮮やかな時期ももうすぐそこ。そして、あじさいが咲く頃に、第2回UTAの輪セミナーです。元気で喜んで、ただ心を向けていく幸せを味わっていこう。愛へ、愛へ、喜びと温もりの中へ。波動を深く、さらに深く感じていこう。


100)  目を閉じて心で感じる幸せな時を重ねていますか。心を向ける喜びはどうでしょうか。意識の世界には年齢はありません。若くても年齢を重ねていても、自分に素直になって、前向きに自分と向き合っていこうと真摯に学んでいく思いが何よりも大切です。みんな間違ってきたんです。みんな愛を捨ててきたんです。だから、みんな地獄の奥底の苦しみを知り尽くしています。しかし、今、そこから浮上する術を伝えていただきました。浮上出来るんです。自分の中の愛を感じていく、知っていく喜びです。思いを向けるだけでした。針を合わせれば、どんどん自分の中に湧き起こる世界、波動の世界。田池留吉、愛、アルバート、ひとつの世界。それは実在します。

101)  思える喜びをどんどん、どんどん味わってください。喜びです。思えば喜び。真っ黒に汚しまくってきた宇宙。残骸は無数にあります。しかしながら、思うということ、思える喜びを知った意識の世界は、その回収に喜びを感じるはずです。なぜならば、そうすることが、さらに喜びの世界を広げていくことだと感じるからです。次元移行には大きな、大きなエネルギーが必要です。宇宙へ思いを向けていく喜びを心から味わっていきましょう。田池留吉、アルバートと、一斉に呼び、そして叫んでいる意識達の思いをしっかりと心に受け止め、ともにある喜び、温もりを感じて感じていきましょう。ああ、意識の流れです。意識の流れの中の千載一遇の出会いです。

102)  肉を自分だとする思いがすべてを狂わせていったんです。元の元に戻ってみましょう。いいえ、戻らなければ決して苦しみの奥底から浮上できないんです。それがこれから僅かな時間の中で、はっきりと示されていきます。数え切れない転生からすれば、250年、300年は、僅かな時間です。しかし、もうそれで十二分なんです。喜びのエネルギー、愛のエネルギーが仕事をします。だから、今、瞑想をする、瞑想ができるということはすごいことだと感じています。

103)  思いを向けること、向けるということが何よりも大切なんだということで、水道水であれ、家の浄水器を通した水であれ、あるいは市販の水、水素水でも基本は同じです。まず愛の何々に変えて飲用してください。もちろん、水に限ったことではありませんが。
ということで、たとえば、お水を飲むとき、その瞬間田池留吉、愛を思って飲んでいますかということ、それを実践していますか。日常化していますか。習慣化していますか。というのも、こういうことが言えるんです。それは、たとえば、水道の蛇口から出てくる水、つまりただの水が、その時は愛の水になった、そして今もそうかもしれない、しかし、実はそうでないかもしれないのです。その違いは何なのでしょうか。つまり、効果の持続は、その水を扱う人、飲む人の思いの向け先如何なんです。瞬間、瞬間で違います。それが思いを向けること、向けるということが何よりも大切だという証拠です。さて、あなたの家の水道水、愛の水道水の効果の程はいかがでしょうか。そして、肝心の自分の中のエネルギーの変換作業、順調でしょうか。


104)  瞑想が楽しくなっているでしょうか。宇宙を思えばどうですか。次元移行と思えば、あなたの心の中に何が響いてきますか。それとも、瞑想どころではないと、今、暗く心を閉ざしている状態でしょうか。宇宙なんて分からない、次元移行なんてピンとこない、本当にそうでしょうか。あなたの心の中の思いに、叫び声に、もっと素直に心を向けてください。私達は、どんどん宇宙に向けてメッセージを発していきます。もう宇宙と思うだけで、いいんです。心の中から流れていくエネルギーに、肉を持たない意識達、私達の仲間はどんどん反応していきます。地球人類よ、目覚めなさいと、彼らもメッセージを発してくれるでしょう。意識と意識の交流です。すごい時を経て、私達は次元移行を必ず果たしていきます。もちろん、次元移行の流れはもうすでに始まっています。だから、喜んで、喜んで、心を広げて宇宙を受け入れてください。次元移行は宇宙とともに、田池留吉、アルバート、母なる宇宙の許に帰っていく大きな、大きな一歩です。今世の出会いを心からありがとうと、あなたもこの波動を受けてください。


105)  今日、クボハウスで学びの友と瞑想をしました。お水の実験もしました。ともに学べる時間と空間を喜んで、喜んでいます。たくさんの友が宇宙にいます。私はその宇宙の友とともに心を田池留吉、アルバート、母なる宇宙に向けています。苦しく悲しく狂い続けてきた宇宙の意識達とともに、明るく広い、広い温もりの世界へともに帰れる喜びを味わっていくために、こうして肉を持ち学ばせていただいています。すべては喜びでした。温もりの中、愛へ帰ろうと呼び掛け続けます。
お水の実験を通して、自分のレベルを上げてください。ある程度のレベルに達していただければ、ホームページの内容はもとより、波動の世界を心で感じていただけると思います。それは、愛、そして田池留吉、アルバートの宇宙を思う思いの強さがあなたの心に響いてくるということです。そこからまた自分の歩みを一歩前に進めてください。宇宙達の目覚めを心でしっかり受けていけるように学んでまいりましょう。


106)  クボハウスの勉強会の終わりにポロッと出ました。くそっ田池の思いを、田池留吉の肉に向かって出せた幸せ。もちろん、それは昔、昔の現象の体験ですけれど、あんな幸せな時を過ごせたことが私には本当に幸せだったと思わず語らせていただきました。もちろん田池先生は若かった。思いっきり自分の中のエネルギーをぶつけさせてくれました。そこに田池留吉の肉があって、その肉目掛けての現象、私にはとても分かりやすいお勉強でした。出せば出すほど喜びと温もりが自分の中に押し寄せてくる体験、ありがとう、ありがとう、出会ってくれてありがとうとしか返ってこなかった体験、だから、私には、昔の闇出し現象ほど貴重なものはありませんでした。そして、田池留吉、アルバートの波動に触れて、また触れて、どんどん触れて、今は思えば嬉しい、ともに帰ろうと伝えていける喜び、温もりを心に広げていける歩みを自分の中でしっかりとしています。私は、宇宙に向けてさらにどんどん瞑想を続けます。宇宙を思うことが私の喜びでした。ただもう宇宙と思いを馳せる瞑想の時間を大切にしていきます。

107)  クボハウスで私自身が開く勉強会。顔ぶれもほぼ一定していますが、私はその中で自分の感じ信じている波動の世界をともに味わい、喜びと温もりの中へ帰っていける私達だということ、愛のエネルギーは存在する、私達は愛そのもの、ともに心をひとつにして心を向けようと呼び掛け続けます。それはUTAの輪のセミナーも全く同じです。ただ一点に心を向けて合わせていく喜びと幸せを感じていきましょうとメッセージを流し続けます。その他のことはどうでもいいとはいいませんが、私には大きな関心はありません。ただ一点、次元移行の意識の流れの中へ肉を持たない私達の仲間達とともに進んでいこうと、しっかりと心に刻んで、私は私の勉強を遂行していくだけです。その過程で、きっと私に心から賛同してくださる人達が今よりももっと多く出てくると思います。私はその人達と歩みをともにしていこうと思います。その歩みは決して自分自身を裏切らない歩みだと私は確信しています。

108)  どんなに田池留吉を求め、アルバートと呼びたかったか、そこのところ、自分の中に響いてくれば分かります。本当に分かるんです。中から突き上げてくる思いです。それはただただ喜びなんです。待って、待って待ち尽くしてきた思いと出会っている喜び、嬉しさなんです。だから、お母さん、田池留吉、アルバートと呼んでいる思いに触れていけばいくほどに、宇宙に向けて瞑想をすることがただただ、ただただ喜びなんだとなってきます。このような心の体験は、どんなに言葉を連ねても、本当にそうなんだと強調しても、自分がなってみないと分からないことです。
心で感じ、そして本当に心で分かってくるというのは、感じた、分かったと己をもたげるふうには決してならないです。そこには、喜びしかないからです。もっと、もっとではなくて、今、感じているものがただ嬉しいと、ありがとうだけが広がっていくんです。非常に心地良い、本当に至福です。異語を出す、たまらなく嬉しい思いを交信しているのが分かります。通じ合う喜び、温もり。瞑想は喜びです。

109)  何を求めて生きているのか、彷徨い続けてきた過去からの自分を思い、そして、今、こうしてようやく自分の進むべき道が見え、その方向に歩みを進めていくことがすべてなんだという状態を思い、いつでもここに戻れる喜びと幸せ、ありがたさを確認しています。ありがたいとしか言いようがありません。どんなに落ち続けても、どんなに汚しまくってきても、本当に引き返すことができる、できた、そんな喜びを実感する時間を過ごさせていただいています。
心のふるさと、愛へ帰る道しかないんです。その道しかない。だからその道を見つけ出し、自分の中で確立できなければ自滅です。はっきりとしています。私は愛だ、心の中からどんどん突き上がってくる自分と出会うことが目覚めです。そして、ひとたび目覚めれば、あとはそれは生成発展していきます。目覚めるということはそういうことです。決して後戻りをしたり、転覆したりすることはない。今、正しい瞑想を重ねていける喜びを味わっていかなければ、いったい、何時味わえるのでしょうか。千載一遇ということ、あなたの心にどのように響いているのでしょうか。

110)  身体に何らかの痛みがあれば、それがたとえば単なる歯痛とかであっても、瞑想に集中することは難しいでしょう。その痛みがもっと重症なところからくるのであればなおさらです。それでも、それでも、田池留吉をただひたすらに思ってください。肉体細胞の思いをしっかりと受け止めて、痛む肉体細胞とともに思いを向けましょう。言うほど易しいものでないかもしれませんが、肉体細胞の痛みは、自分の心の叫びです。また、今、特に痛みがない人も、肉体細胞に思いを向ける、肉体細胞とともに思いを向ける、励行しましょう。自分の中の優しさ、温もりを信じて、愚かな自分を感じてください。ひとつ気付けば、中は喜んでいます。またひとつ気付けば、さらに中は喜びます。肉体細胞は痛みとともに、喜びを伝えてくれるでしょう。あなたが肉体を持ってきたのは、田池留吉と呼びたかったからだと。肉体細胞からのメッセージを素直に受けてください。それは、あなたからあなたへのメッセージ。愛、優しさ、温もり溢れるメッセージです。

111)  死ぬまで元気でしっかりと学びを進めていきましょう。すでに何らかの病気が発症している人は、身体的、精神的な苦痛、不安と恐怖が顕在化していますので、その中で学びの本道を見つめることについて難しいと思いますが、ここは本当に真剣に真摯に、今、肉体があって、学びに触れているということを感じていってください。
肉体細胞の活力が落ちて弱まっていく速度を出来る限り弱めながら、自分の意識の世界に活力を入れる方法は、ただひとつです。自分の心の針の向け先を限りなく田池留吉に近づけていくことです。喜んで、喜んで、ただひたすらに田池留吉、愛を、心のふるさとを思うんです。そこには喜びしかありません。本当に喜びしかないんです。温かな優しい温もりの中に、ゆったりと伸び伸びとあるのが本来の私達でした。その田池留吉の世界、愛の世界に帰れるかどうかは、今のあなたにすべてかかっています。死ぬまで元気でしっかりと学びを進めていくことが、自分に対する愛。あなたはそう感じていますか。


112)  みんな帰っておいで、帰ってきなさいと伝わってきます。心の底から突き上がってくる思いです。優しい温かな温もりの中へ戻ってくるのを、ひたすらに待ち続けている思い、波動を感じていますか。どんどん、どんどん感じていきましょう。どんどん感じていける心が私達の中にあります。ああだから、瞑想は喜びです。瞑想はすごいです。そんな自分の中との出会いを可能にしてくれるんだから、今、瞑想ができるということがもう本当に喜びです。ありがたいです。
自然に宇宙を呼んでいます。異語を語ることが喜びなんです。やはり瞑想の最後は宇宙でしょう。田池留吉、アルバートに心の針を向け合わせるということは、宇宙を思う瞑想です。宇宙は愛。私達のふるさと愛の宇宙。その私達の中に帰れる喜びを感じる瞑想、正しい瞑想の完成度はいかほどでしょうか。

113)  毎日が楽しいです。ぐっすりと寝て、目が覚めたら、また一日が始まります。思うは、これからのこと。思う喜びと、思える喜びの中にあったことを知りました。田池留吉、アルバートと心の針を向け合わせていくだけでよかったことを知りました。今世の肉にただただありがとうしかありません。

114)  田池留吉、アルバートを思う思いの強さ、深さ。宇宙、愛を思う思いの強さ、深さ。そして、喜び、温もりの厚み。絶対評価で確認しながら一歩を前に進めていくことが、学んでいるということです。だから、他力の神々、宗教の教祖を握り、未練を残し、思いを残した状態は、それらと一体化しているということだから、田池留吉、アルバートを心の底から思えない、思えるはずはないのです。そのことに一日も早く自分で気付いて、心の針の向け先を変えてください。学びの真似ごとはできます。学んでいるつもり、それはあくまでもつもりです。死ねば分かります。しかし、死んでからでは遅いです。

115)  UTAの輪の中でともに学ぼうと呼び掛けています。心を向けていこう、合わせていこう、愛へ帰る道をともに、そんな思いの中で瞑想を続けています。自分に用意した時間、肉体細胞、ありがたいです。優しくて温かな波動が伝わってきます。闇黒の宇宙を作り続けてきたけれど、私は、ようやく、ようやく、自分の中の温もりと喜びを信じられる自分に出会わせていただきました。瞑想の中で確認し、また確認し、そんな日々を重ねています。
すべてをご破算にする強い思いが必要です。決断です。断を下し、ともに心を向けて瞑想をする喜び、幸せの体験を重ねて、自分の中にきちんと中心棒を持ってください。育ててください。中心棒、揺るがない心、不動の心、成長させていきましょう。


116)  20年間、UTAの輪の中でともに学ばせていただくことが、250年後の来世に大きく関わってくると感じています。田池留吉の肉がない時間、そして、私自身まだ肉を持っている時間、しっかりと学び、自分の計画通りに事が遂行していくこと、ここにポイントを置いて、私の勉強は前に進んでいくだろうと思っています。
そういう流れに沿って、今、ある計画が立ち上がろうとしています。もう少し具体的になったところで、はっきりと自分のこれからの学び方を計画し、UTAの輪の中で本当に真剣に学んでいこうとする人達とともに歩みを進めていきます。250年後の本番に向けて、今の肉、喜んで使わせていただきます。

117)  瞑想をしましょう。喜びの瞑想をしましょう。田池留吉を思うことが喜びとなっていますか。心の底の底の底から湧き起こってくる思い、それは、ただただこの出会いを待っていた、待ち望んでいた、そして、今、現実となって心に響き渡る喜びと温もりの世界の中に私達はあったんだ、そんな心の叫びです。
だから、ただもう嬉しいだけです。嬉しさが、懐かしさが込み上げてきます。心に響く波動。優しい、どこまでも優しい呼び掛けに応じていける嬉しさ。正しい瞑想をどんどんして、自分の中をどんどん解き放して軽く、軽くしていこうといざなわれます。お母さんと呼べなかった氷よりも冷たい世界に、本当の温もりを伝えていただいた今世でした。「愛に目覚め、愛へ帰ろう」、絶えることなくメッセージは流れています。心の中に流れています。


118)  あなたは本当の自分の声を聞いていますか。本当の自分の思いに触れていますか。あなたの中で本当のあなたは何を伝えてくれていますか。日々の生活の中で正しい瞑想が習慣となっていますか。正しい瞑想が習慣となっている、正しい瞑想を継続しているならば、本当の自分が何を伝えているのか、もうはっきりと心に響いてくる状態になっています。意識の世界は、意識の流れは、きちんと仕事をしています。指針通りに学び、実践していけば、みんな本当の喜びとか、本当の幸せとか実感します。生活はもちろん整っています。しかし、そんなことは些細なことであって、心に響く喜び、幸せ、温もり、そう宇宙を思う瞑想がただただ嬉しくてすごいとなってくるんです。自分の心に伝わり、響いてこなければ、決して信じられるものではありません。あなたの心は外に向いていませんか。本当の自分を否定し疑っている、信じられないのです。その心が他力の心です。他力の心のままでは、何時になっても本当のことは分かりません。

119)  宇宙はひとつであって、すべての意識がひとつの中にあるんだけれど、そのひとつという真意が分からないというのが実情、現状だと思います。二十年、三十年の年月を経て、あなたは、今どうですか。他力のエネルギーに吸い寄せられ、他力のエネルギーに魅せられ、本当の自分をまだまだ遠くに追いやっている、そんな状態なのではないでしょうか。自分の思いの世界、意識の世界を根底から変える、転回することは至難の業です。しかし、その一方で、本当にやっていけば、失敗の山を喜びに変えていける喜びを味わえるんです。その喜びがパワーとなって、至難の業が至難の業でなくなっていくでしょう。
喜びの中で宇宙はひとつ、その波動を感じていけば、どんどん心に響いてくれば、何も問題はありません。


120)  今世、このようにして、学びに触れているというのは事実ですから、今、肉体を持っている今、しっかりとそして喜んで自分の心を見てください。心を中に、中に向けて、いったい自分は何を求めているのか、何を一番大切にしなければならないのか、しっかりと自分に聞いてください。
自分の心の底の底の底の思い、そのまた奥底の思いは、本当の自分に反逆してきた思いに違いないけれど、しかし、その思いの本当の叫びはそうじゃないということが、自分の心で分かってこなければなりません。それは頭ではなく、自分の心から噴き出し、突き上げてくるんです。本当の温もり、本当の優しさに触れ、そして帰るべきところがあったと本当に心で感じたならば、この喜びの波動だけを大切に、大切に、いつもそこへ戻っていこうとするでしょう。ともにある喜びです。田池留吉と思えば、もうそれは、本当に嬉しい、幸せ。ああここに帰っていけばいいんだ、ともにひとつ、そんな中にあったことを感じ確信してくことが、唯一、自分を救う道です。


121)  池田セミナー、何度か前に出させていただいて、ともに宇宙の波動を感じる瞑想をさせていただきました。大変、大変学ばせていただきました。それは、とても、とても言葉では表現できないものでした。もうすでに与えられていた、用意されていた、満たされている。この中にひとつ。限りなく広がっていき、限りなく温かくて、力強くて、ああ、この中にあることが本当に喜び。波動、エネルギー、宇宙の波動、エネルギー。本当にすごい、ありがとう、そんなありきたりな表現しかないけれど、私は、この千載一遇の出会いを心で感じられる喜びと幸せを満喫させていただきました。宇宙はひとつ。ひとつは愛。ともに存在している喜びでした。

122)  田池留吉の指し示す方向にしっかりと学びの歩みを進めていくこれからの計画が、現実の形となって、段々に私の目の前に提示されていくでしょう。それが意識の流れです。私は、その流れに沿って、計画通りに学んでまいります。宇宙の波動とともに、宇宙からのメッセージとともに、私は存在します。それが私の喜びでした。それが私の切なる思いでした。「宇宙、この波動と出会いたかった。」私は、この切なる思いを大切に、第一にして、ただひたすら田池留吉に、アルバートに心の針を合わせていくだけです。いけばいくほどに波動が流れます。宇宙の波動が流れていきます。肉を持ちながらそのようなお勉強を重ねて、私は250年後の来世を待ちます。

123)  瞑想をする喜び、幸せ、思う喜び、幸せを感じて、それを何度も、何度も繰り返し感じて広げていったならば、ああ、自分の帰るべきところはここだとはっきりと心で分かります。肉は闇。だけど、しっかりとした中心棒が自分の中で育っていれば、肉に翻弄されることはないです。心の中から伝わってくる温もりが、優しさがあるからです。その波動は決して消えることもなければ、それに抗うことはできません。本当の温もりだから、そして本当の優しさだから、いつも、そして絶えず、ともにある喜びを伝えてくれます。だから、心を向けることはすごいことです。心を向けられることはすごいことです。響いてくる波動の確かさを心で味わって、自分を大切に歩みを進めていく以外にありません。それが実践できることが喜び、喜びの人生なんです。肉を持てた幸せを味わいながら、前に歩みを進めていきましょう。

124)  ともに前へ、前へ、喜びの中、温もりの中を進んでいこうという呼び掛けに、しっかりと応じていきましょう。呼応していける喜びをどんどん広げていきましょう。素直に本当に喜びで呼応していきましょう。ただこの道を真っ直ぐに突き進んでいく喜びがあるだけです。自分の内なる思い、切なる思いをどうぞ、しっかりと受け止めてください。
いつまで、どこまで、ブラックのパワーにひれ伏すのでしょうか。いつまでも、どこまでも傀儡状態のままなのでしょうか。その状態を直ちに解消してください。愚かな自分と決別してください。小さな中で我一番なりをやっている下らなさに気付いてください。そうでない限り、明るい展望は開きません。
愛は流れています。意識は流れています。ともにある喜びを感じていますか。肉を持っている今、しっかりと感じてみてください。それぞれに次の転生、その次の転生が待っています。どうぞ、250年後に呼応できるように、今世、しっかりと学んでいきましょう。


125)  「どんなときも、どんなときも喜びを忘れてはいけない。喜んで、喜んでいきなさい。」どうぞ、肝に銘じて、喜んでいきましょう。喜べない心があったならば、なぜ喜べないのか、自分に素直に聞いてみてください。
私達は喜びから出てきたんです。愛から出てきたことを今世、初めて肉を通して伝えていただきました。心の叫びを聞いて、聞いて、どんどん聞いていけば、帰るところが分からなかった、どうしていいか分からなかったという悲痛な叫びばかりでしょう。それをしっかりと受け止めて、どんどん受け止めて、温もりと優しさに触れていけばいくほどに、愛に帰りたい、愛へ帰ろうの大合唱です。だから、ともに帰ろうと伝え合うことが、もう喜びなんです。心から田池留吉を呼びます。アルバートと叫びます。呼べることが、心から叫ぶことが嬉しいんです。ああ、お母さんだ、ああ、お母さんだと、本当に何とも言えない嬉しさ、喜びに満たされていきます。
そんな心の体験を重ねて、重ねて、さらに、さらに重ねて、幸せ、喜びの自分とどんどん出会いましょう。


126)  心に広がる世界。 田池留吉、アルバートとともに。
私は今、宇宙を思っています。心の中に田池留吉、アルバートを思うことが嬉しい。ああ、ひとつを感じます。私達はひとつ。ああ、ああ、この中に帰っていける喜びに湧いています。苦しかった転生の中で、しかし、私達はこの転生こそ、この喜びと温もりの世界へ自分を向けていける大きなエネルギーだったことを知りました。転生をありがとうございました。たくさんの母の意識の中で、肉体を持たせていただいたこと、とても、とても嬉しいです。だから、私達はこうして今、田池留吉、アルバートとひとつになって、私達の愛へ帰っていける道をはっきりと、心に感じられるんです。
長い、、長い時間がかかったけれど、これから、ああ、ああ、私達はただただ喜びを大きく、大きく広げていく世界へ帰っていける。ああ、永遠に続くこの道を私達は進みます。心の中のふるさと、愛へ帰ろうというメッセージをいただいた今世でした。心の中にありがとうの思いを、ただただ広げてまいります。
田池留吉、アルバート、心の中へ帰ってまいります。母の温もりの中へ帰っていくことが私達の喜びでした。お母さん、私達の中にありました。心の中にありました。私達の喜びは愛に目覚めることでした。心の中の愛。私達は愛。心の中へ帰ってきなさい。絶えず、お母さんの思いを心に受け止めて、しっかりと歩みを進めてまいります。私達のふるさとは、田池留吉、アルバートの宇宙。母なる宇宙。母なる宇宙でした。


127)  次回の5月3日、4日もそうですが、今回、主に30代~50代の年齢の人達とともに学ばせていただきました。仕事や子育てで忙しい時でもありますが、学びを進めていくのに最適な時間です。どうぞ、体力、気力の十二分にある時期に、ご自分の中心棒を確立していけるように学んでください。
私は、34歳で学びの門を叩き、それから20年余りの年月が流れました。自身の学びの進捗度は順調だと思っています。2015年の今年、折り返し地点を通過して、中心棒の確立に努めた時間とほぼ同じ時間をかけて、今世の学びの計画を遂行していきます。楽しいです。嬉しいです。私は、私の今世の予定のコースを完走していくことが喜びなんです。過去の私とともに生きている喜び以上に、来世、250年後の私とともに生きている、学んでいる喜び、嬉しさを感じています。もちろんそれは宇宙とともにある喜び、嬉しさに直結。ひとつの喜びです。最後は瞑想。そして、瞑想はいつでもどこでもできる。ひとつの世界を限りなく学んでいくんです。


128)  どうしたら、田池留吉に心の針を向けることができるのか。どうしたら、真っ直ぐに田池留吉を思うことができるのか。神、仏、宇宙のパワー、教祖を握り、いわゆる看板のすげ替えだけで、中身は旧態依然。そんな状態の人が学びの中にまだまだ数多くいます。本当に田池留吉に心の針を向けて合わせていくことは、そんなに容易いことではないことを認識してください。愛の水道水の入った小さなプラスチック容器を手に入れた人は、現状把握に活用してください。

129)  自分の中の愛のエネルギーを感じられない人、自分が愛だということを信じられない人、ほんの少しでも感じ信じられるようになってください。それはひとえに今のあなたに係っています。
ところで、今、愛の水道水ということで、色々な体験をされている人が増えています。中でも身体の調子が改善されたとかというのが一番分かりやすい事例だと思いますが、その人達、その後どうですか。改善された状態が持続継続されているのでしょうか。そして、他力の世界から自分を解き放つ方向に少しでも歩みを進めておられるのでしょうか。唯一のポイントはそこです。愛の水道水の実験、体験が、いかに心を正しい方向に向けるきっかけとなっていくか、結局そのところに効果が及ばなくてはならないでしょう。愛のエネルギーはどこからくるのか、愛のエネルギーっていったい何なのか、正しい認識をしましょう。


130)  あなたは、250年、300年を視野に入れて学んでいますか。今、肉を持って学びに触れているのだから、今、学んでいることを必ず、必ず、自分の次の転生、その次の転生に繋ぎ、そして、次元移行をともに果たしてください。ともに帰ろうと力強く呼び掛けています。ともに、ともに帰ろう~、心から呼び掛けてください。私達の帰るところはひとつです。それをしっかりと自分の心で確認できるようになってください。中の叫びをしっかりと受け止め、優しい、優しい思いで、しっかりと抱き締め、帰るところを伝えてください。
「愛、あなたは愛です」の朗読の作業を始めました。今回、途中、朗読しながら心に上がってきた思いを語ったり、異語でメッセージを送らせていただいて、ともに瞑想をしたりということを試みました。作成上、カットされるかもしれませんが、どうぞ、CDが出来上がりましたら、聞いてみてください。


131)  未だに、瞑想がつまらない、退屈、苦しいだけというならば、愛の水道水を作ってぐぐっと飲み干して、瞑想をしてみてはどうですか。愛の水道水を作る、簡単でしょう。例のプラスチック容器を水道の蛇口にくっつけて、1,2,3をやればいいんですから。
少しでも、瞑想が嬉しくて、楽しくて、喜びとなってください。波動を感じて異語で語ることが喜びとなってください。宇宙は待っています。
何十年も学びをやってきて、未だに
××教だったなんて、笑うに笑えないお粗末さです。しかし、そういう人、多いのではないでしょうか。

132)  愛のグッズもそうです。あなたの手元に愛の水道水のプラスチック容器があるなら、もちろんそれもそうです。あなたの許にきた後、思いを向ける強弱で違ってきます。つまり、愛のエネルギーに強弱が出てきます。思いを向ける度合いが弱ければ、愛のエネルギーは薄れています。全くなくなる場合もあります。
また、水道の蛇口にくっつけて愛の水道水になっても、そのレベルはいかほどかということはあるし、たとえ、田池先生に直接、間接に愛のエネルギーを注入していただいても、その後のことについては同様です。要は、あなた自身の問題です。水を扱う、その他のグッズを扱うあなた自身の問題です。結局は、1,2,3の1が何よりも、何よりも大切で、それがすべてなんだということを、それぞれが知っていかなければなりません。本当に田池留吉を思っているのか、そしてその程度はどの程度かということです。


133) 1,2,3の1が何よりも、何よりも大切で、それがすべて
目を閉じて思う、それを瞑想と言いますが、瞑想は瞑想でも正しい瞑想をと伝えています。正しい瞑想をしていますか。心の中からどんどん突き上がってくるエネルギーは喜びとなっていますか。
エネルギーはみんな喜びです。心からどんどん突き上がり、湧き起こってくる喜び、温もりの中に存在していることを感じます。ああ、これが私の世界なんだ、そう本当に思えます。
感じた、分かった、すごいでしょうというのではなくて、それは、ただただ喜びなんです。本当に嬉しいんです。
本当にどれだけの時、ここを感じられる時を待ち詫びていたか、それが異語となって、自分の中から飛び出てくるんです。本当にそれは、それは、何とも言えないものです。こんな瞑想を繰り返して、重ねていける私は本当に幸せ者だと、自ずとなってきます。ありがとう、ありがとう、最後はその思いだけになっていきます。
そんな自分を感じているから、ここにそんな自分の世界をしっかりと抱えているから、揺らぎはない。それが自己確立の歩みだと私は思っています。


134)  あなたの許にきた愛の水道水のプラスチック容器。確かにそれで触れることによって、たとえばコップの水道水の状態に変化が起きる。つまり、愛のエネルギーが存在すること、そのエネルギーが仕事をしていることが、五官を通して確認できます。ただし、そのプラスチック容器、見た目は同一だけれど、みんながみんな同レベルではありませんでした。手にした最初の最初はそうだったけれども、やはりそれを扱う人によって、時間の経過とともに差が生じていきます。いったいそれはどういうことでしょうか。家族の中で、学びの友との間でそれを確かめ合うのも、いいかもしれません。そして、最初の状態を持続していくように、できるように、1,2,3の1に力点を置いてください。

135)  5月3日、4日、クボハウスでともに学ばせていただき、ありがとうございました。宇宙の波動を感じ、私は、大変、大変幸せでした。ともに、ともにある喜びを感じさせていただきました。ともに帰れるところ、そこへ向けて、すべての意識達が結集してくる喜びです。肉体を持たせていただき、こうして、ともに学ばせていただいていることに、感謝しかありません。宇宙を思う喜び。宇宙の波動を感じ、異語を発する喜び。限りなく広がっていく中で、アルバートと叫んでいる喜び。田池留吉、ありがとう。本当にありがとう。ただただ、ただただ嬉しいです。
学びの基礎をしっかりと固めてください。学ぶ動機の修正をしてください。お母さんの温もり、母の温もり、あなたは本当に心に広げていますか。肉体を持つことがどんなことなのか、本当に心で分かっていますか。あなたのその肉体細胞に思いを向けながら、肉体細胞の思いを感じながら、喜んで、喜んで、自分の中を見てください。


136)  「愛、あなたは愛です」の朗読の作業を、予定通り終了させていただき、私自身、嬉しい時間と空間を用意してもらったことに感謝です。今回の朗読には、数か所、ともに瞑想をするところが挿入されていると思います。あなたの瞑想に活用していただければと思います。色々な意味でいい瞑想ができるかと思います。まずはお試しを。

137)  水道水を、あるいは水素水をいつも愛の水道水に、愛の水素水にしていますね。そして、それを飲用するとき、いつも田池留吉を思っていますね。愛を思っていますね。その他、たとえばお風呂を使うときどうでしょうか。ゆったりと愛の半身浴をなさっていますね。当然のことながら、正しい瞑想は日常化となっているでしょうね。
正しい瞑想を継続して、瞑想は喜びであると実感されているということを前提にしています。すべての項目にチェックが入るようにしてください。そうでなければ、宇宙の波動を感じていく学びの一直線コースに入ってくるのは難しいでしょう。


138)  みんなとともに学んでいくことは喜びであり大切なことですが、馴れ合った状態では学びは捗りません。時間とエネルギーを費やしたわりには、成果は上がらず、ただ学んでいる、学んでいると自己満足のうちに時間があっという間に過ぎ去ってしまうのでしょう。
きちっと一本筋を通す、つまり、中心棒をしっかりと通してこそ、真っ直ぐに進んでいくんです。真実の世界が広がっていくんです。
あなたの中の中心棒は芽生えていますか。育っていますか。それがレベルアップということです。枝葉的な部分でどんなに学んでいると示しても、それは枝葉に過ぎません。あなたが、今世こそはと強い、強い決意でこの世に出てきたと自覚しているならば、自分の現状を見極めて、レベルアップに努めていくことなど容易いことです。


139)  心の底から突き上がり、湧き起こってくる喜びと温もりのエネルギー。田池留吉を思う瞑想の中で、あなたはもう何度も、何度も体験されていますか。それとも、まだまだ他力のエネルギーの坩堝の中でしょうか。ともに帰ろうと思いを向ける実践には、まだまだ程遠い現状でしょうか。
正しい瞑想を実践して、心を向けていけば、どなたの心にも響いてくるのは意識の流れなんです。それぞれに転生が待っています。意識の流れからのいざないに、しっかりと応えていけるように、どうぞ、ご自分を繋いでください。繋いでいけるように、今、本当に学んでください。こよなく愛してくれている自分(愛)との出会いが待たれています。これまで、何を信じてきたのか。そして、今、何を信じているか。これから、何を信じていくか。今を大切に、今がすべてなんだと学びましょう。


140)  5月9日~11日の二泊三日のセミナーに参加させていただきありがとうございました。これまで、私はアマテラスの供養に努め、ある程度の成果を上げてきましたが、それの最終段階に入っていく喜びを実感させていただき、私自身確かな嬉しさを感じています。
アマテラスは、田池留吉、アルバートとともに歩いていく意識であると私の中では確信しています。はっきりと感じています。そんな私の中から、アマテラスという意識の世界は、本当は喜びなんだ、温もりなんだ、優しいんだというメッセージ、この波動を感じていきましょう、感じてください、そして、あなたの中のアマテラスを受け入れてくださいという思いを、どんどん流していくでしょう。
田池留吉の意識が日本の国に肉を持ってきたこと、そして私自身もまたそうであったこと、その意味をしっかりとかみしめて、アマテラスの心をさらにしっかりと受けていきます。私達はひとつ。田池留吉の意識が、その肉を通して、今世の最終の仕事に着手すると明言。その場所が伊勢志摩の地。学びの友の協力も得て、田池留吉、アルバートの中で、存分にアマテラスを感じ、ともに愛に帰ろうと伝えます。


141)  田池留吉にしっかりと心を向けて、あなたの中で意識の流れを感じてください。感じられるあなたになってください。意識の流れを感じていけば、そこにはただただ喜びが嬉しさが広がっていきます。そして、意識の流れを心に感じたとき、特に、私もあなたも、こうして日本の国に今世産まれてきて、田池留吉の意識とともに学んでいるということは、やはり、あなたの中のアマテラスを、喜びに、温もりに、愛に帰すということだったと、それぞれの心でしっかりと知っていくと思います。
もちろん、宇宙に支配力を伸ばしてきた意識、エネルギーは、アマテラスだけではありません。しかし、それぞれの心の中でアマテラスが愛に帰る意識であるという目覚めが、何よりも待たれているんです。その思いが今世、日本の国にあなたの肉を持たせたのです。同時期に、田池留吉の意識が日本の国に肉を持ちました。これは、意識の流れの計画の中で、非常に大きな意味があります。
あなたの中でアマテラスの心を感じてみてください。アマテラスの思いをしっかりと受け取ってください。この学びが日本の国でスタートしたこと、そこには大きな、大きなアマテラスの心が、思いが働いているのです。
私はこよなくアマテラスを愛しています。私はアマテラスの僕でも何でもありません。アマテラスとともに存在していける喜びと幸せを感じているから、私達は田池留吉、アルバートとひとつだと伝えることができるんです。アマテラスは忌み嫌うものでもなけれは、消し去るものでもありません。アマテラスの心を本当にしっかりと受け止めることによって、大きなそして喜びのパワーを発信していきましょう。
私は、アマテラスとともに歩んでいき、あと一回、地球上において最終地となるアメリカ、ニュージャージーに生まれてきます。こよなく愛したアマテラスの国、日本はもうないけれど、田池留吉、アルバートの肉と再び、出会うことにより、アマテラスの国、日本を思い出し、そこからすべてが始まっていきます。
日本の国からスタートした学び、アメリカの地で一応終了し、次の次元へ移行してまいります。


142)  心は広がっていくのが自然なんです。どこまでも、どこまでも限りなく広がっていく私達だったけれど、そんな自分をきれいさっぱり忘れてしまったんですね。真実の世界を伝えてもらっても、小さな中から自分を解き放つことはなかなか難しいのが現実だと思います。小さな中、つまり、肉という基盤から自分を解き放していくことが、唯一、待ち望まれていることであり、そして、それが「私達はひとつ」に繋がっていくのに絶対に必要なことです。
「私達はひとつ」今の肉、そして次の肉、そのまた次の肉を通して、それぞれが本当に学ぶべきこと、クリアしなければならないことです。しかし、いつまでも、そのような転生があるというわけではありません。どうぞ、意識の流れの計画を心で知る方向に、ご自分の歩みを進めてください。歩みをともにしていきましょう。


143)  あなたは本当の幸せを知っていますか。本当の喜びを知っていますか。温もりはどうでしょうか。あなたの心に聞いてみてください。答えは、「はい」か「いいえ」のどちらかです。「はい」とはっきりと答えることができなければ、みんな「いいえ」です。簡単明瞭な意識の世界です。そんな本当にシンプルな中に存在しているんです。
さらに具体的に、「あなたは自分のこれからが見えていますか。あなたのこれからの転生の計画はどうなっていますか。」と、自分に聞いたとき、明瞭な答えが返ってくるかどうかです。日々、瞑想を重ねていながら、曖昧模糊であるならば、全くの勉強不足と言わざるを得ないでしょう。また、未だに田池留吉を下に見ている、反対に上に見ているならば、それも同様です。と私は思います。それぞれに自己評価をして、現状把握に努め、自分の行く末を真剣に見つめていきましょう。


144)  自分の中の愛のエネルギーの確認です。私は愛でしたという目覚め、確認、発信。仕事は順調に捗っていますか。それとも枝葉的なこと、肉的なことにとらわれている状態でしょうか。
本来、あなたは何も言わなくていいんです。言葉で語らなくても、あなたは語っています。目を閉じて田池留吉を思ってごらん、田池留吉のほうに心を向けてごらんということで、あなたの立ち位置が分かります。どんどんあなたは語っています。どんどんあなたからエネルギーが流れ出しています。問題なのは、そのエネルギーはプラスに変わっているのか、それともマイナスのままなのかということ。言葉、態度で取繕っても、波動はそうはいきません。本来の自分、もともとあった自分を発信していく方向に自らの舵を取っていきましょう。そのために今という時があるんです。


145)  地域の勉強会、積極的に参加されるのもいいですが、効率的な学び方をしてください。たとえば、皆さんが持っておられる小さなプラスチック容器。最初のレベルを持続しているかどうか、それが確認できる勉強会の場なのでしょうか。それとも、ただ集まって、闇出し現象の域を超えない勉強会でしょうか。そこに参加される人達が、ともに成長していくために、あの小さなプラスチック容器があるんです。どうぞ、心を向けることを励行してください。田池留吉を信じているのかどうなのか。そして、田池留吉に対する信の強さ、深さ、愛を信じる信の強さ、深さはどうなのか。そういうことが確認できる勉強会のレベルにしていきましょう。勉強会に参加することが勉強ではありません。

146)  私は一日一回、例のプラスチック容器を水道の蛇口にくっつけています。台所、洗面所、風呂場において。もちろん、くっつけるということは思うことです。このプラスチック容器を見るとか、触れるとか、そうするということは思うということなんです。思いを向ける、思うことが一番大切なんだと教えてくれています。
瞑想をするときだけ田池留吉を思うなんていうことはないように。いつも田池留吉を思う。いつもアルバートを思う。ともにあることを確認する。そうでない人は、これをせっせと活用してください。


147)  利害関係など一切なく、ただこの道、愛へ帰る道、喜びと温もりの道を真っ直ぐに歩むことだけを思っています。田池留吉の肉を通して伝えていただいた波動の世界を、私は自分の中で大切に、大切に育んでいくだけです。肉を持っている以上、その時その時において、肉は肉の中で動かなければならないこともあるし、動かざるを得ないこともあるかもしれませんが、そういうことによって、見えていた世界が見えなくなるということはありません。心を向けて合わせていったときに、心に感じ響いてくるものは確かなものだからです。私は、そこにいつも自分を戻していけるから、そう言えるんだと思います。
瞑想をする中で、波動を感じ、異語を交わす。大変、大変嬉しい時を持たせていただいています。こうして感じられる今があることがただただ嬉しくて、ありがたいから、私は、取り立てて何も要りません。しかし、私の周りの環境というか、状況は確実に整えられていきます。労せずして。ありがたいことです。

148)  「思いを向けられる今がある。思える喜びの中に、思える温もりの中に存在している今なんだ。」そうです。あなたの中から湧き出てくる喜びと温もりの波動を、エネルギーを、どんどん感じてください。ともに心を向けられることを、ただただ喜んで、喜んでいきましょう。
何かがあるから、誰かがいるから、喜び、幸せという喜び幸せは分かりやすいけれど、一時的なもの、はかないものです。状況の変化により、苦しみ、悩み、悲しみ、寂しさに変わっていく可能性が多々あります。つまり、暗いエネルギーと隣り合わせだと言えるでしょう。
一方、心を向けて合わせて広がっていく波動の世界の中で感じる喜び、幸せは、喜びだけ、幸せだけ、温もりだけです。暗いエネルギーを吸収、包み入れていくパワーがあります。そして、さらに喜び、幸せ、温もりの世界が広がっていくという仕組みです。
これらの違いをはっきりと自分の心で知ったなら、どうすることがベストなのか、自ずと分かります。喜びも、幸せも、温もりも全部自分の中にあり、その自分と出会っていくことが、ただただ幸せだったんだ、本当に心からそう思えることがどれだけの幸せなのか、自ずと分かります。


149)  ともに学ばせていただけることが嬉しいです。ともに学んでいきましょう。特に、アマテラスの心をしっかりと受け止めてください。田池留吉、アルバートの宇宙の中で、しっかりとアマテラスを呼んでください。優しい、優しい思いでアマテラスを呼んでください。ともに帰る意識だと伝えてください。あなたの中のアマテラスに優しい母の温もりを届けてください。あなたの中で、アマテラスがどんどん崩れていきます。それは喜びです。あなたの中に、ありがとう、ありがとうが広がっていくでしょう。
ともに瞑想をしていきましょう。正しい瞑想をしていきましょう。今、今世という時、自分のために、宇宙のために、大切に、大切にしてください。


150)  田池留吉、アルバートを思い瞑想をする。宇宙に思いを向ける。次元移行という意識の流れを心に感じる。こんな嬉しくて幸せな肉の時間は、これまでにたったの一度もなかったけれど、こうして懲りずに、そして意を決して肉を持ってきた甲斐がありました。自分の中の深い、深い思いにただただ感謝です。
思う喜び、思える喜びの中に、いざなわれていることを、素直に喜んで、真っ直ぐにひたすらにこの道を進んでいきます。
第2回UTAの輪セミナーの受付が始まりました。無理は禁物ですが、参加条件を満たしている方は、またともに学ぶ時間と空間を共有しませんか。
ともに心を向けられる今であることを、喜んで、喜んでいきましょう。お母さんに産んでもらって、田池留吉を思うことを伝えてもらって、こんな幸せな人生はないと心から感じ、そして、たくさんの宇宙の友とともにある喜び、田池留吉、アルバートのもとに、ともに帰れる喜びを感じていきましょう。


151)  愛の水道水の種水、それが入った小さなプラスチックの容器、あなたはそれを何だと思っていますか。どのようにそれを活用していますか。
少し前にもここで書きました。見た目は同じでもあれとこれと、それとは違います。何が違うのでしょうか。そして、なぜそういうことが起きるのでしょうか。
本当に違うかどうか、家族と、あるいは学びの友と実験してください。ただし、同じようなレベルでは判断は尽きかねると思います。また、オーリングが正しくできない場合もありますので、一概にどうとか言えないかもしれませんが、色々な人と互いに試し合っているうちに、それぞれに何か感じるところが出てくるのではないかと思います。
そして、やはり最後は正しく思うこと、思えることがすべてだとなっていくでしょう。それにはどうすればいいのかということになっていくのです。


152)  ともに仕事をしましょう。あなた本来の仕事をしましょう。そう呼び掛けてくれている思いを感じます。その呼び掛けに、ただ心を向けて合わせていくことが、私の喜びなんだと響いてきます。心で感じているものを、大切に育んでくださいと伝えてきます。ここが私達の帰るところなんだという思いが伝わってきて、ありがとうが返ってきます。全部自分の世界の出来事でした。喜びを広げていくのも、苦しみに落ちていくのも、全部自分だったということが分かります。
自分を大切に、大切にしていきましょう。我一番というのも、私なんかというのも、全部だめです。本当の優しさ、本当の温もり、本当の喜びを知ったならば、それがどんなにちっぽけで愚かなことなのかが、はっきりとします。
私は愛ですという波動を流し続けていくことが、私達の本来のあるべき姿であり、本来の仕事でした。

153)  昨日、クボハウスで少人数のセミナーがあって、参加させていただきました。まず、愛の水道水の種水を各自、転写。結果、種水の愛のエネルギーをそのまま転写できた人はいませんでした。ということは、それぞれが持っている種水の効果に疑問ありということ。次に、転写した水を、今度は、各自、反転。これもあまりいい結果ではありませんでした。参加された人は、自分のレベルを確認されたと思います。納得されたかどうかは別として。
また、転写でまずまずオーリングが硬かった人が、それを自分で反転したとき、オーリングの硬さが維持できなかったことについて、なぜかということを、セミナーが終了した後に、田池先生に聞かれたそうです。早速、実験が始まりました。愛のエネルギーを注入して、オーリングがカチカチに硬くなった状態のものに、その人に思いを向けてもらいました。そうすると、やはり、オーリングが柔らかいんです。その人は、いい勉強ができたと言われていましたが、これはいったいどういうことなのでしょうか。
正しく田池留吉に心を向けて、それを思うことをしているならば、オーリングは硬い状態のままのはずです。しかし、そうではないということは、思う思いの向け先が違っている、ズレているということになるのではないでしょうか。
日々の勉強の中で、オーリングが硬いとか、硬くなってきたとかというのは何だったのかと語っておられました。さらに言うならば、本当に喜びの世界、温もりの世界を、波動を感じているかどうか。闇出しができても、それをどの程度愛に帰しているのか。さて、あなたはどうでしょうか。以上、今後の勉強の参考にしてください。

154)  瞑想をすることが喜びとなっていますか。田池留吉と喜びで、本当に心の底から喜びで呼んでいるあなたでしょうか。あるのは喜びだけです。その他に何の思いもありません。こうしてくれ、ああしてくれ、こうなってほしい、ああなってほしい、そんな思いなど微塵もないんです。ただただ嬉しい。ひとつを感じ、ともにあることを感じ、だから、心をどんどん向けていくということでしょう。そして、それは決して特別なことでもなく、それが自然なんです。温もりへ、喜びへ、愛へ、本当にひとつの世界を広げていける喜びです。そういう瞑想ができることはこの上もなく幸せなことです。あとは、肉の中で適当に流れ楽しんでいればいい。自分の中にしっかりとした中心棒があるということは、本当にすごいことだと思います。帰るところを知っている。だから帰っていこうと呼び掛けることができる。喜びと温もりの中の大行進を感じる。中心棒の樹立に勝るものはありません。
愛の水道水の種水は、感じるためにあるのです。愛のリング、愛の円盤等ももちろんそうです。分かりやすいように、形を持って、あなたの外から伝えてくれています。しっかりと感じてください。


155)  種水の転写。そして、1、2、3の反転。オーリングが柔らかいのは話になりません。危機感を持って捨て身で学んでください。また、オーリング、まずまず硬いのと、非常に硬いのとの差は、意識の世界では格段の差があります。肉では、そこのところが分からないでしょう。そして、その差は、さあどうでしょうか。そんなに簡単に縮まるものではないことを学んでください。
その証拠に、あなたは、自分の死後の世界を感じていますか、本当に感じていますか。これまで学んできた成果をどの程度、死後の自分の世界に反映できているでしょうか。死んで、お母さんを呼ぶ。田池留吉、温もりを感じる。それとも、固まっていく。あなたの現実はどうでしょうか。肉を置いたあとの自分の状況、それは非現実的なものではありません。まだまだ先のお話でもありません。それを踏まえてのあなたの今なのでしょうか。


156)  みんなこうして地獄の底の底のそのまたずっと奥底から這い上がってきて、そして、今世ひとつの肉体を持たせてもらって学ぶチャンスを自ら用意してきたんです。まだそのことが自分の心に、しっくりこない人も、焦らずにしかし真摯に学び続けてください。前向きに学びを続けていくあなたであれば、自分の心に響いてくる日もそう遠くはないでしょう。そんなあなたの中の意識達の波動を感じ、ともに瞑想をしましょう、いっしょに心を向けてみましょうとあなたに異語で語るかもしれません。
本当にできるだけ自分に誠実に素直に応えていきませんか。しっかりと田池留吉に思いを向けてください。そして、心の底から響いてくる自分をしっかりと受け止めてください。喜びで受け止めてください。温もりの中で、自分を感じてください。優しくて、温かくて、柔らかくて、広がっていく波動を感じていきましょう。愛のエネルギーは流れています。流れ続けています。どうぞ、そのあなたの中に帰っていきましょう。

157)  本当の喜びとか本当の温もり、本当の幸せを少しでも知って肉体を置いていきましょう。そうでないと、自分に申し訳ない、あなたはそう思いませんか。
消えて無くなる薄っぺらな喜び、幸せだけしか知らない人生なんて、本当にお粗末でした。本物を感じて知っていけば、それはもう一目瞭然でした。だから、私は瞑想をします。心を向けます。瞑想をして、心を向けていくことが喜びだからです。
ここにしか本当のものはない。喜び、温もり、幸せ、そうです、そういうものはここにしかない。そんな世界を心に感じ広げていくことができたならば、おそらく、あなたも、そしてあなたも、そうだ、そうだと言うに違いないです。なぜならば、私達はひとつだからです。
肉、形の世界からは、決して推し量れない波動の世界です。田池留吉を思うことが喜び。アルバートと呼べることが喜び。ともにある宇宙を思えることがただただ喜び。
「幸せで喜びの時を刻んでいきましょう。本当のことを知ってください。本当の波動の世界を知ってください。」肉体細胞も愛の種水も、そう伝えてきませんか。


158)  瞑想ができる喜び。正しい瞑想ができる喜び、幸せ。私達はこんな嬉しい中にありました。思うことが嬉しいです。本当に嬉しいです。
世の中は益々混沌としていくけれど、それは理に適っています。愛のエネルギーが仕事をしています。真の平和も幸福も、肉、形を本物とする中においては、絶対にやってきません。愛は、根本が違っているということを、伝えてきます。根本を正しくしてくださいと、伝え続けます。愛の波動を心で感じられる人間に蘇っていきましょう。
濁流でない意識の流れをしっかりと見て感じて、そして広げていける時間を自ら用意してきた、用意していることに思いを馳せてみてください。
ただただ嬉しいです。ただただありがとうの思いだけです。どうぞ、ともに帰りましょう。
「愛は私達でした。私達は愛でした。」心にしっかりと響いてくる瞑想を実践してください。自分を救えるのは、自分の中の愛です。愛の自分に目覚めること、それが真の平和と幸福です。

159)  今日も明日も明後日も、どうぞ、死ぬまで喜びで田池留吉を思い瞑想を続けましょう。喜びで思える、ただひたすらに田池留吉を思える、思うことそれが喜び、そんな時間を死ぬまで重ねていくことが、本当に幸せな人生を生きるということになります。
本当は、死んでからも田池留吉を思い、温もりを感じていくことができればいいのですが、それは殆どの方が難しいと思います。それが厳しい現実でしょうが、だからこそ、肉を持っている今という時間を大切にしてください。
今世の出会いを千載一遇の出会いだと語ってきました。どれだけの長い時間、地獄の底の底の底のそのまたずっと奥底で苦しみ喘いできたことかを、瞑想をする中で本当に心で感じるならば、この言葉から発せられる思いに、あなたの心も重ねていけるかと思います。
死ぬまで、そして死んでからも心を向けられる自分であるかどうか、しっかりと現状把握に努め、現実的な学びをしていきましょう。波動は、1+2=3の世界です。騙すことはできません。


160)  愛の種水、手許にある人は、みんなそれを手に持って瞑想をしていますでしょうか。私はしています。私は、こうしなさいと学びの中で言われたことは、全部実践してきました。直近は、種水の活用ということだから、転写も実践しているし、瞑想のときももちろん活用しています。
愛の種水、手許にない人は、慌てることもなければ、焦ることも、羨むこともいりません。プラスチック容器の種水は、こういうものだと、ホームページかDVDで見ておられると思うので、それに意識を向けて、水道水を反転するとか、瞑想をしてみてください。
転写も反転も、そして瞑想も、田池留吉を思う思いの強さ、深さ、私は愛ですという思いの強さ、深さ、信じる信の強さ、深さが作用していきます。
つまりは、思いの向け先です。種水を手に持って瞑想をしていても、私の種水は、私の中にあります。ひとつですという思いが中から響いてきます。だから、私は瞑想が喜びです。温もりを広げ、思えることが幸せなんです。死ねば何もありません。自分の思いがそこにあるだけです。それをどうするのか、肉を持って学んでいるんです。


161)  愛を流す存在だったのに、それを遠くに追いやってきたんだということが、瞑想で、温もりの中で心が広がっていくにつれて、しみじみ心で分かります。実感します。愛へ帰るしかないけれど、それを本当に心で知るには容易いことではないこともまた心で実感します。肉、形を本物としてきた人間の意識を変えていく流れ、愛のエネルギーのすごさを思わざるを得ません。まだまだ、神、仏の世界が乱立する地球環境ではあるけれど、地球という星も愛の中に存在していることを、この星は遠からず力強いメッセージで発信していきます。愛のエネルギーが一掃していくんですね。愛へ帰ろうのメッセージ、ともに、ともに発信していきましょう。
今、田池留吉を思える今があることが本当にありがたい、本当に嬉しいです。


162)  ただ一点、田池留吉を心から思いましょう。私達がすることは、するべきことはこれだけです。本当に心の底から田池留吉を思い、母を思い、優しい温もりと喜びの波動が心に響いてくれば、ああ私はこの中にあったんだ、こうしていつも包まれていたんだと、何とも言えない幸せを感じます、安らぎを感じます。
それ以外は全部闇の世界です。心の向け先ひとつです。柔らかな、温かな何とも言えない波動の世界を感じていきましょう。感じていける今なんです。
田池留吉は波動です。唯一の愛の波動です。田池留吉の波動を心に感じ広げていけるようになっていきましょう。田池留吉を思える喜び、思う喜び、それは愛のエネルギーとして仕事をしていきます。


163)  喜びの瞑想を重ねていますか。愛の種水の反転、転写、学習していますか。田池留吉と素直に呼べますか。ひたすらに思いを向けていけますか。いつも自分の中で検証してください。正しい瞑想の徹底です。死ぬまでそれに全力投球してください。田池留吉に心を向ける、しっかりと心の針を合わせられる、徹底的に学んでいきましょう。それ以外のことは程々に。
自分の中の本当の優しさ、温もり、喜び、広がり、安らぎにどんどん出会って、そして、どんどんそれらを深めていきましょう。喜びの瞑想です。反転力、転写力、アップします。そして、それは、また喜びの瞑想を促していきます。ともに歩みを進めていきましょう。


164)  心からありがとうと、心の底から噴き出してくる喜びと温もりの体験。そんな瞑想の時間を積み重ねていけること、それは喜びです。田池留吉の波動を本当に心で感じていけば、もう瞑想こそが、思いを向けることが、それだけが喜びとなってきます。
思いを向ける、思う。そうすれば、喜びが、温もりが広がっていく世界は、初めからそこにあったんです。それを全部、自分で遮り、小さな中に自分を押し込めて、苦しみ喘いできたことを、今世、ようやく知りました。喜びと温もりは自分の中に現存する、これが私なんだというメッセージを、波動でしっかりと受け止めました。それが私の今世でした。愛、心のふるさと、田池留吉を思って瞑想する、こんな幸せな人生はありません。田池留吉の意識の世界よ、肉を持ってくれてありがとうございます。
自分の中に響き伝わってくる波動は、ありがとう、ありがとう、ともに、ともにのメッセージを伝えてくれます。大切にします。


165)  嬉しいから、瞑想をすれば嬉しいから、どんどんどんどん、異語が飛び出てきます。中の意識達が語っているんだなあということが分かります。意識達は温もりに触れれば、みんな、田池留吉、アルバート、お母さんと叫びます。ああ、こんなに温もりを待ち侘びていたんだということでした。だから、さらに、温もりだよ、喜びだよ、こっち、こっちと思いを向けていこうとします。
肉を持ち、愛へ帰る道に出会う。明確な目的がありました。自分の中をどんどん愛に帰していくことを粛々とする。本当にやっと、やっと、今世その喜びと温もりに自分を向けていける道を歩いているんだ、そう実感できる今の肉です。今の肉があったからこそでした。生まれてきてよかったと心から思えるのは、この実感があるからです。自分の心の底から出てくる叫びをしっかりと受け止めていける喜びと温もりに出会っています。


166)  思えば嬉しい。それは本当のことでした。何もないのに、思うだけで嬉しい。思う思いの向け先を知って、ただそれを思っていくだけだったんだ。私は、今のこの肉を通して学ばせていただきました。学んでいます。すごいことだと思っています。思いを向ける、思う。そのすごさを心に感じて、そのすごさが響いてきて、だから瞑想が楽しくて、そんな瞑想ができる自分は何と幸せ者だと思っています。これからまだ肉を持って学ばせてもらい、そして肉を離して学ばせてもらい、それが意識の流れとはいえ、ただすごいという感想を持っています。

167)  正しい瞑想を重ねて、あなたの中の優しさにどんどん出会ってください。母の温もりをしっかりと心に広げてください。
瞑想が喜び。心の底の底から湧き出てくる喜びと出会ってください。どうぞ、この喜びと温もりの宇宙の波動の中にあることを、心でしっかりと感じられるあなたに蘇ってください。そして、ともに、ともに喜びを共有していきましょう。あるのは喜びだけです。お母さんと心から呼べる幸せを味わっていきましょう。田池留吉、アルバートと心から思える喜び、幸せを、何度も、何度も味わっていきましょう。ここが私達の帰るところなんです。今、肉を持ち、ふるさと、愛を感じて、感じていけるなんて、これほどの幸せはありません。それは、あなた自身、自分の死後の世界を本当に知っていったならば、はっきりと分かります。肉にかまけて、肉で誤魔化して、肉の喜びと幸せしか知らない人生がどんなに愚かなものなのか、自分の現実を今、肉を持っている今こそ、知るべきなんです。

168)  自分の中の優しさ、温もり、喜び、広がり、愛のエネルギーを感じて、感じて、さらに感じて、そしてそれを信じて、信じて、さらに信じていく、いけるような学び方をしてください。田池先生の種水に自分の持つ種水を転写。それさえも厳密に言えば、誰が転写するのかによっても効果は違うし、転写した瞬間から刻々と時間の経過によって、その効果は落ちていきます。自分とのレベルの差を確認したならば、いつまでも転写に頼らずに、自分の中をもっと信じて、反転力と転写力を高める方向に歩みを進めてください。死ねばひとりです。自分の世界があるだけです。

169)  自分の中の愛に触れていけばいくほどに、死ということがしきりに出てきます。今のこの肉体を離した後の自分の状態について、ほぼこういうことだろうということは感じていますが、それをもう少し確定しておきたいというか、そこにポイントを置いて、歩みを進めていくということなのでしょう。
学びに触れた方は、それぞれみんな自分の予定、計画、目標があるでしょう。あとはそれを粛々と遂行していくだけという段階がどうかは、個々の問題であり責任ですが、喜んで、喜んでこの道を進んでいくことをやり続けましょう。


170)  思う喜びを味わっていますか。思える喜びはどうでしょうか。田池留吉と思えば、喜びが広がっていきますか。宇宙と思えば、瞬間的に心が反応しますか。待ってましたとすごいエネルギーが飛び出てくる快感です。そのエネルギーはすべて、この宇宙を求めてきたこと、この宇宙の波動にお母さんと心から叫んでいる現実をあなたの心は感じていますか。それはただただ、ただただ嬉しい、喜びです。
本当にこの波動と巡り合ったんだと、ここを繰り返し、繰り返し、そして深く感じ広げていく喜びの瞑想を、あなたもどうぞ。この体験を重ねていける幸せに匹敵する幸せはない、そう断言できる喜びと温もりの波動を瞑想で感じてください。実感してください。幸せですよ。本当に幸せです。


171)  瞑想は喜び。それは自分の中の優しさと出会うから。温もりと出会うから。喜びと出会うから。心に響いてくる確かな思い、それは、決して忘れることができなかった思いでした。捨て去っても、捨て去っても、決して消えることがない思いでした。ここへ戻っていくことができると、そのルート、道筋が自分の中でしっかりと感じられる今があります。その今を、あなたは自分の心でしっかりとはっきりと感じていますか。
正しい瞑想ができて、愛、心のふるさとへ帰る方向に、一歩踏み出してください。水のレベルアップの勉強でもお分かりのように、心の向け先をきちっと合わせる、愛を信じる、難しいのが現状です。その勉強により、それぞれの死後の世界がそこにあることを学んでください。このままでは死ねないではないですか。自分との約束、どうなっていますか。まずその約束を思い出してください。完全に果たすことは困難であっても、少しでも足掛かりを得てください。せめて、そのラインは突破しましょう。

172)  肉を持って、肉から意識へ自分の土台を転回することは確かに大変難しいですが、ここをクリアしなければ、ともに歩みを進めていくことはできません。そして、意識の流れは、すべての意識にともに行こう、ひとつだというメッセージだけを伝えてきます。
田池留吉、アルバートと心から呼び、私は愛ですと思いを向ければ、その意識の流れからのメッセージが波動として響いてきます。波動です。それは優しいんです。温かいんです。柔らかくて、そして、喜びの中、温もりの中へいざなわれていく嬉しさです。
瞑想をして、心を向けて、波動を受信して、そしてその波動を発信。肉を持ちながら、こんな体験ができる、こんな人生の時間を過ごしていけるなんてと思っています。
素直にひたすらに喜びで思える、それが本当に嬉しい。思いが叶えられて嬉しい。素直にそう思えます。出会いたかった、その思いに出会っていくことが喜びです。


173)  濁流の中で、肉でない自分を知って感じて信じていく方向に進んでいくことが、どんなに困難であっても、そのことをしていく道しかありません。それを自分の心で知ってください。あなたの中の叫びを聞いてください。もちろん、最初は、肉で生きろという声が、思いが結集してきます。心を向けさせないようなエネルギーに操られている状態が長く続いていくかもしれません。数え切れない間違った転生を繰り返してきたのだから、そう簡単に田池留吉(愛)に心を向けて合わせていくことはできないのが現実です。
それでも、私達には愛へ帰る道しかないのです。愛へ帰る道が、自分の中で見出せなかったならば、まっ暗闇の奥底に留まるしかないのです。肉で生きろの声、思いに従うことは容易い生き方です。世の中はみんなそうだからです。しかし、あなたは学びに触れたのです。自分は何のためにここにいるのかと、いつも、自分に問いかけてください。その答えは、自分の中にあります。本当に自分を知っていきましょう。


174)  本当に宇宙を呼びたかった。宇宙に心を向けたかった。今、こうして宇宙を思い瞑想ができる今、私には夢みたいです。自分の中で確かに反応しているエネルギーの渦。私には、それがもう苦しみでも真っ暗闇でも何でもなく、ただあの宇宙へ帰れる喜びが伝わってきます。温もりを目指して、ひとつになって感じ合うことがただただ嬉しいです。宇宙の波動。宇宙は愛。ようやく、愛へ帰るルートを自分の中に感じるのです。だから私は、粛々と思いを向けていくだけです。思える喜びを味わいながら。

175)  自分の中にきちんと中心棒を確立すること、いわゆる自己確立。この手ごたえがあれば、あとは、淡々として遂行していくだけです。橿原で一泊二日のセミナーに参加された方、それぞれにどんな感想を持って帰られたでしょうか。どうぞ、自分の中の愛、愛のエネルギーである自分自身を信じる信を深め、高めていく方向に一歩進めてください。そして、ともに宇宙の波動が心に響き渡っていく喜びを共有しましょう。宇宙を思う、宇宙を呼ぶ、宇宙とともにある喜び、幸せを心から味わっていきましょう。

176)  思う、自分の中の田池留吉を思う、愛を思う。念じるのではなく、ただ思う。これから瞑想というのではなく、いつも思う。それが自然となっている。
こういう流れの中で、日々の生活をしていきましょう。本当に幸せだ、幸せだったんだ、必ずどなたの心にも響いてきます。そして、ゆったりと時間を取って、瞑想をしていけば、さらに心に感じてくる世界が深くなってきます。意識の流れをはっきりと感じます。意識の流れの中にある今を感じ、それが本当に喜びであると自分の心に響きます。
いつのセミナーでも同じですが、そのとき感じたものを、どうぞ、自分の中で持続継続し、自分の中で育てていってください。そして、どんどん意識の世界を広げてまいりましょう。

177)  あなたは幸せですか。本当の幸せを感じていますか。温もりはどうでしょうか。喜びはどうでしょうか。時々、自分に尋ねてみてください。瞑想は喜びだと語っています。思う喜び、思える喜びを日々、実感してください。日々です。毎日です。
正しい瞑想ができることが人生の最大の喜びです。肉を持ったからこそ、宇宙の波動、母なる宇宙の波動が響いてくる幸せを享受できるのです。「お母さんありがとう」、溢れ出てくる思いは数え切れない意識達の喜びの叫びです。宇宙に向ける瞑想、最高に幸せな時間です。そんな喜びと温もり溢れる意識の世界を心に感じ広げて、それが自分の世界だったと分かれば、肉は濁流の中にあっても、流されて沈んでいくことはありません。形は同じ、やることは同じでも、全く違った生き方をしていくでしょう。そうして、今度こそ自分を正しく繋いでいきましょう。


178)  目に見えない世界は、文字通り、形はないのだから、それが実在することを知るには、自分の心で感じるしかありません。どんなにこうだと説明を受けても、自分の心で感じられないものは、信じられないんです。それは当たり前のことです。だから、まず自分の心を敏感にすることです。まず、自分の心は苦しかったんだと知ることです。敏感とはそういうことです。自分の心の苦しさを素早くキャッチできるのが敏感ということです。肉として生きている、肉として自分を見ている自分の心が苦しいと、分かることが先決です。
そして、本当の意味で敏感ならば、自分の心の苦しさも素早くキャッチできるし、自分の中の温もり、優しさ、喜びもどんどん受け取っていけるのです。だから、どんなに凄まじいエネルギーを感じようとも、その自分のエネルギーに自分を見失うことは絶対にないんです。苦しい自分の心をどうしていくべきなのか、どうすればいいのか、それをしっかりと学んでいくために、心が敏感というのは、必要なことです。敏感な心を有効的に活用する、つまり肉を表すのではなくて、心を見るということに活用することを、今世初めて学ばせていただきました。

179)  あと一週間ほどで、第2回UTAの輪のセミナーを迎えます。私は、やはり集う人の一人でも多くの方が、自分の心で何かを感じる、自分の心に響いてくる何かがあるという体験をされることを希望しています。田池留吉と思えば、しっかりとはいかないまでも、ほんの少しでも、自分の心の針の向け先が分かってくれば、心にどんどん響いてくる波動があることを、自分の心で体験される機会をできるだけ多くの方に持っていただきたいと思っています。
種水のお勉強でもお分かりのように、20年、30年学んでこられても、現実は難しいです。しかし、やるしかありません。本当の波動を少しでも知って、自分を次に繋いでいきましょう。
30人、ひとグループで15組の表を、とりあえず作りました。自分の心で感じる実践を出来るだけ全員参加でやりましょう。表に洩れた方も前に出て勉強できる機会を設けます。人のを見ていて分かる世界ではありません。自分の心で体験していくのです。

180) 何が幸せかって、自分の中で愛、心のふるさとへ帰ろうと思いが噴き出してくるんです。それがたまらなく幸せです。そう呼び掛けていける自分がここに存在することが、本当に幸せです。私は、目を閉じて思いを向けることがたまらなく幸せです。田池留吉と呼ぶことが本当に嬉しいです。もちろん、異語がどんどん飛び出てきます。
喜んで、喜んで感じていきます。波動を感じて、ああ、私はこの波動の中にあったんだ、ひとつだよ、ひとつだよ、そう伝えてくれている優しさ、温もり、喜びを感じて広げていくだけです。どこまでもどこまでも、限りなく広がっていくことを伝えに来てくれました。

181) 自分に聞くことが正しくできるようになればいいのではないでしょうか。ただ、長く学ばれていても、自分に聞くというその自分が分からない、信じられない、だから正しく聞くことができないというのが現状ではないかと思います。それでも、自分に聞く、自分の中の田池留吉に聞く、という方向に少しでも舵を取っていかなければなりません。そもそも、自分の中の田池留吉は本物なのか、偽物なのか、精査出来る時間がまだ残されているというのは、喜ばしいことではないでしょうか。
ただひたすらに自分を学ぶことに力点を置いて、喜んで自分に用意してきた学びの材料を活用していきましょう。自分の心で気付くということが嬉しいことです。また自分の心で気付かない限り、何も始まっていないのです。

182) 母の温もり、それが学びの基本です。どんなに心が敏感であっても、どんなに意識を受けることができても、肝心の真実の波動が分からなくては、信じられなくては何も変わらないんです。自分の中の苦しみはそのままです。本当にそのままです。そのことを、今のあなたの肉がある間に、少しでもそうだったと本当に心から頷けるようになって、残された肉の時間を大切にしていきましょう。
肉のあなたは、この学びをしっかりとやっていこうと思われているかもしれません。しかし、意識は正直です。波動は正直です。その落差は種水の実験で確認できます。誰でも、瞬間心の針をきちんと合わせると絶対にオーリングは硬くなります。信の強さ、深さの程度によりその硬さに違いはありますが、少なくとも柔らかい、指がパカパカ開くなんていうことは絶対にあり得ません。どうぞ、田池留吉をどのようにとらえているのか、この学びに集っているのはなぜなのか、それぞれに精査してください。真剣に学びましょう。

183) 頑張って、無理して、見栄を張って、そんな生きにくい生き方止めましょう。気楽に肩の力を抜いて、肉はそれでいいと思います。自分が生まれてきた意味が心で分かっているならば、何を大切にしていけばいいのか、しなければならないのか、自ずと分かります。自分の中の喜びとか温もりに触れていけば、本当の自分の思いに逆らって生きる生き方、存在の仕方がどれだけ苦しいのか、愚かなことなのか、ひしひしと感じるから、ああそれは自分に対して本当に冷たいとなってきます。
ただ、これらのことは、自分の心でそうだと分かる以外にないのです。自分の心に響いてきて初めてああそうだったと頷けるんです。だから、その実践を積んでいきましょう。心の体験、心で分かる実践です。
184) 肉を持ってきた意味、つまり生まれてきた意味、何をするために生まれてきたのかを、本当に心から知って喜び、喜びの人生としましょう。お母さんに産んでもらって、こうして、田池留吉の意識の世界を学べるなんて、何よりも、何よりも幸せですごいことでした。意識は永遠だけれど、肉には限りがあります。肉を持って学べる喜び、そして必要を十二分に味わっていきましょう。
二十数年前、新幹線の車窓から、はっきりくっきり富士の山を見て、セミナー会場に一人乗り込んだのが学びの最初。そして、今世の締めくくりは、どうやら伊勢の地。
そこでしっかりと締めくくって、250年後の来世です。楽しみを味わいながら、粛々と学ばせていただきます。

185) 田池留吉と素直に心から呼べない人は、愛、心のふるさとへ帰る道を歩いていくことはできません。愛へ帰ろうのいざないを自ら拒否しているのです。
それは、頭では決して理解できないことですが、これからの時間の中で、自らが証明していきます。これまでずっと地獄の奥底で苦しみ、宇宙を彷徨い続けてきたことを本当に心から知るべきです。どんなに愛に帰りたいと思っても、自らの苦しみに目を背け、自分を切り捨ててきた冷たい心では、愛、本当の自分と通じることはできない、それが意識の世界の法則です。肉、形の世界では何とでもなることが、意識の世界はそうはいきません。
これらのことが、本当にそうなのか、どうぞ、自分の心で感じられるようになってください。そうできるのは、肉を持っている今しかありません。

186) みんな本当の自分、愛に目覚めるために生まれてきたことを、もっと自覚していきましょう。学びに集う動機の修正はなされていますか。いつまでも、欲の塊のままでは、愛に目覚め、愛へ帰る道が開いていきません。この千載一遇のチャンスを自ら捨てていくことのないように、精一杯自分を学び、そして、自分に目覚めていきましょう。
250年後の本番に向けて、宇宙は確実に動いています。その宇宙の波動を、エネルギーを正しく、しっかりと受け止めていけるように、自分を成長させていきましょう。それはただただ喜びです。ともに存在する喜びと幸せ。さあ心を広げて、広げて感じてまいりましょう。

187) ある程度のレベルに達して、ホームページとか、本とか読んでいただいたならば、心に響いてくるものが違ってきます。瞑想が違ってくる、意識の流れからのメッセージを波動で受け、次元移行の喜びがしっかりと感じられる、そういうふうになってきます。
意識の流れの中で、次元移行が現実に自分の中に響いてくる。宇宙と思えば、ただただ喜びが温もりが広がっていく。だから瞑想は喜び以外の何物でもない。一応、それが今世の学びの合格ラインでしょう。焦らず、弛まず、真摯に、そして、喜んで、喜んで学んでいきましょう。

188) 本当に長い、長い間分からなかったんです。幸せになろう、幸せになりたいと願いつつも、その幸せが何なのか、喜びとは何なのか、長い、長い間本当に分かりませんでした。しかし、こうして、今世肉を持ってきて、波動の世界を感じるという学びに繋がって、学んできて、今、言えることは、自分の中の愛を捨て去っても、自分の中の愛は正直に誠実に教えてくれていたということです。求めている幸せも喜びも温もりも全部違うでしょうと。
今、その自分の思いをしっかりと受け止めていけることを喜んでいます。私は、私(愛)に帰る道を着実に歩いている喜びを感じているから、幸せになろう、幸せになりたいと願い続けてきた自分が、愚かで欲で無知だったとはっきりと分かります。自分を感じていくことが幸せであり、喜びでした。

189) すべては波動です。種水も波動です。種水は、あなたの心の向け先如何によって違ってきます。また、どの程度愛を信じているか、田池留吉の世界を信じているかによって違ってきます。自分の中の優しさ、温もり、喜びをどんどん感じて信じて、信じていく方向に、学びの舵を取ってください。
どんなに凄まじいエネルギーも、ありがとう、ありがとうと受け入れていけばいくほどに、喜びが温もりが心の中に突き上がってきます。そんな体験を重ねていけば、自ずと自分のレベルが上がっていきます。思うだけでよかった、思うことがすべてだったと実感できます。
生まれてきてよかった、産んでくれてありがとう、心の底から言える、思える自分に必ず、必ず出会ってください。それはあなたの心でしか分かりません。
どんどん心を広げて、ともに、宇宙の波動を感じ合える喜びを味わっていこうと、今回のセミナーでも異語で伝えさせていただきました。異語を発する私は喜びでした。これからも、私は、異語を発していきます。どんどん反応してください。私は、肉のあなたに語っているのではありません。あなたの中の意識達に語り掛けています。

190) 地獄の奥底の底のもっとずっと奥底から這い上がり、こうして、ともに愛、ふるさとへ帰ることを学ばせていただくことが、どんなに、どんなにありがたいか、私はその喜びと幸せを味わいながら、ただ自分の前に広がっている道をしっかりと見つめ、着実な歩みをしていくだけです。
本当の意味で、自分に素直に、自分に優しく、自分に誠実に、そして自分を大切してこなかった、いいえ、そうする術を知らなかったと、はっきりと心で学んだ今世の肉でした。肉を基盤にしている限り、真っ暗闇の中です。死んでも地獄、生きても地獄です。それが心で分かってこなければ、今世もまた失敗の転生です。

191) UTAの輪へ心を向けてください。私達のたったひとつのふるさと、愛へ帰る意識の流れに心をしっかりと向けてください。どうぞ、ともに、ともに歩みを進めていきましょう。今はまだ、このメッセージが自分の心に響いてこない人達も、焦らず、弛まず、ただ素直になって、ゼロ歳のあなたの目で自分の中を見てください。
ゼロ歳のあなたがお母さんを思う思いは、どんな思いだったでしょうか。長じて、教育をつけ、色々な体験、経験を重ねていくということは、それだけ自分の中にさらに汚れ、垢を溜め込んでいくということにもなります。私達、本当に大切なことは何だったのでしょうか。自分の中の羅針盤が狂っていることを、少しでも心で知って、そしてその修正に一日も早く取りかかりましょう。最終時期までに間に合うかどうか、いいえ、必ず間に合わせてください。

192) 自己確立の道をと、先日のUTAの輪のセミナーでも言わせてもらいました。それぞれ、今、肉を持っている間に死後の自分、つまり自分の現状を正しく認識すれば、この自己確立に努めることが、どれだけの優しさであるか分かります。本当の自分は愛だからこそ、こうして今、自分に絶好のチャンスを用意しているんだと感じられます。自己確立です。自己確立は喜びの道です。自分を本当に信じていける喜びをどんどん感じ広げ、どんどん愛溢れる自分に目覚めていく喜びの波動を流していきましょう。それが本来の私達です。心を中に向けて自分と対話する。ともに行こうと、優しく温かい力強い呼び掛けがある。幸せじゃないですか。嬉しいですよ。一人でも一人じゃないんだ。こんな波動の中に存在していることが感じられれば、どうでしょうか。

193) 田池留吉の意識の世界、田池留吉の波動の世界。「それは出会いたくて、出会いたくて。どんなに出会いたかったか。」あなたの中で、この思い、絞り出すような叫びにも似たこの思いと出会っていますか。
みんな苦しみの中から喜びを伝えてくるはずです。お母さんと心から素直にしっかりと呼べることがどんなに嬉しいか、幸せか。ここを何度も体験すれば、自分に誠実に存在していこうとなってきます。絶対に裏切ってはならないと誰もが思います。肉で、肉として生きることが自分を裏切ること、それは本当に冷たいんだと自ずと分かります。
本当の喜び、本当の温もり、本当の幸せ、あなた本当に知っていますか。

194) 「意識の転回ver.3」、無事朗読の作業を終了しました。朗読させていただく中で、いつも思うことですが、声に出して本を読んでみる、いいお勉強になります。今回も、自分自身のお勉強として、このような時間を設けていただいたことに感謝です。
今回は、全部読み終えた後に、瞑想の時間を持ちましたので、どうぞ、ともに瞑想をしていただければ嬉しいです。
真剣に田池留吉を思う瞑想をしてください。心の針の向け先を、種水を通して、そして瞑想をすることによって、絶えず確認する習慣をつけ、向け先のズレを段々に縮めていきましょう。

195) どうぞ、ご自分を大切にしてください。本当に大切にしてください。自分を大切にするということがどういうことなのか、まだ心で分かっておられない人が多いです。
愛、本当の自分に帰ることを、今世を境にしてようやく、ようやく現実のものとなったということを、私は、はっきりとお伝えできます。今世、肉を持たせていただいて、予定通りとはいえ、真実の世界の波動と出会わせていただいたことは、本当にすごいことです。
「あなたは愛です。」メッセージを波動で受け取ったからこそ、300年に至る時間、次元移行へ向けて計画は粛々として遂行しています。

196) 瞑想。意識の流れの中にあることを感じながら瞑想。世の中という濁流に流れながら、決して流されず沈み込まない生き方は、正しい瞑想を通してしか分かりません。学びに触れれば、その内容は一応は頭で理解できます。しかし、頭で理解していることと、心、意識の世界で分かっていることは違います。
言葉、態度が基準ではありません。波動を学びましょう。波動が学べるのは、自分の心です。田池留吉に心をどの程度向けられるか、合わせていけるか。自分は愛でしたと本当に分かっているのか、信じているのか。波動は騙せません。波動の世界を心で学んでまいりましょう。

197) 身体に疲れが溜まっていませんか。7時間睡眠を心掛けて、充分身体を休め、そして、適度な運動をしましょう。食べ過ぎは禁物です。こういうことも、正しい瞑想をしていくうえで大切な事柄です。
今、種水を用いてのお勉強が盛んに行われていると思いますが、そのグループにレベルの高い種水をひとつご用意ください。どんぐりの背比べでは効果は期待できません。グループでお勉強されるのはいいですが、比較競争、お山の大将の雰囲気はよくありません。そこに集う人達がそれぞれのレベルをアップしていくような、グループ学習をしていきましょう。種水はあなたの心の反映です。あなた自身です。心の針の向け先をしっかりして、落ちた種水のレベルを上げ、そしてそれを維持し、そのレベルで自分の中をどんどん愛へ帰していく学び方をしてください。

198) 今世、学びに集ったんです。ある一定の成果を上げて、今世を終わっていきましょう。ある一定の成果というのは、それぞれに違うでしょうが、少なくとも、自分は全く間違った方向を向いてずっと、ずっと存在してきたことを、素直に認めてください。20年、30年学んできたことは、いったい何だったのかという思いを抱えながら死んでいくのは、極力避けてください。
学びが難しいと思うのは、己がどこまでも偉いからです。肉の己を崩すことなく、中の自分の叫びを無視して、見殺しにしている限り、本当の温もりにも、本当の喜びにも出会えません。意識の流れに呼応することなく、宇宙のもくずとなって彷徨い沈み込んでいくことがないように、自分を大切にしてください。

199) 「愛、心のふるさとへ帰ろう」この呼び掛け、いざない、心で感じていますか。どなたの意識の世界にも届いています。愛は、すべての意識達に愛へ帰る喜びを促しています。愛のエネルギー、その波動を心にしっかりと受け止めて、ただひたすらに思える喜びを味わっていきましょう。
田池留吉を心から呼べますか。お母さんの波動を感じていますか。宇宙の波動を感じてくれば、異語が自然に口から飛び出てきます。なぜならば、私達は宇宙だからです。間違った宇宙を作り続けてきたことをどんどん伝えてきます。そして、ああこの宇宙に帰れるんだという喜びもどんどん伝えきます。
異語は波動、エネルギーです。どんどん自分の中から出してください。出していくことが喜びなんです。その喜びを味わっていくことが喜び。それは心でしか分かりません。

200) ただひたすらに思える喜び。しっかりと心の針を向け合わせていけるように、真摯に素直に学んでいきましょう。自分に用意している肉を持つ時間、どのように使っていけばいいのか、日々正しい瞑想を出来る限り心掛けて答えを出してください。
意識の流れの計画はすこぶる順調です。愛のエネルギーは仕事をします。そこにあるのは、喜び、温もり、優しさ、安らぎ。どこまでも広がっていく世界です。あなたの心で感じてみてください。今、あなたは幸せですか。あなたの250年、300年に至る道が見えて幸せですかとお尋ねしています。

201) 有馬セミナーに参加された遠方の方々、それぞれの地域で友としっかりと学びを進めてください。それぞれの心に波動はしっかりと届いています。しっかりと自分の心を見て、田池留吉の方向に自分の針を向けて合わせていけるように、お母さんの瞑想、ゼロ歳の瞑想をまずしっかりと遂行してください。
そして、出来れば、UTAの輪にご参集ください。

202) 本当の自分、愛に帰るために生まれてきたということ、このことを本当に心で知ったならば、もうそこには喜びと嬉しさしかありません。「お母さん、間違ってきました。」そして、「お母さん、ありがとう。」心の底から湧き起こり飛び出てくる思いはこれです。これはどなたも同じです。長く、長く、苦しく、暗い真っ暗な中で、ようやく、母の思いに、優しさ、温もりに触れた意識達の心の叫びを、今、こうしてひとつの肉を通して出していけることほど、幸せなことはありません。
そして、そういう意識の世界から、田池留吉の宇宙、アルバートの宇宙、母なる宇宙の波動を感じていけば、もうそれはただただすごいとしか表現できません。
宇宙を思うことが嬉しくて、意識の流れの中にある喜びを本当に感じられるのです。「ともに行こう。ひとつ。」波動を感じていきましょう。

203) 数え切れない転生を経て、そしてその中で苦しみ続けてきた、間違い続けてきたけれど、それもあと300年を残すのみという意識の流れです。
どうぞ、あなたもそしてあなたも、しっかりと自分の心を見て、心を見ていける今を喜んでいきましょう。私達にあるのは喜びだけなんです。それを田池留吉の意識は、直接に伝えに来てくれました。このことが本当にあなたの心で分かっておられるでしょうか。
愛に、本当の自分に目覚めていきましょう。いつまで、どこまで他力のエネルギーを抱えているのでしょうか。みんな愛に帰すことができるのです。自分の中にあったのは、愛のエネルギーでした。自分の中にあった、本当の喜び、本当の優しさ、本当の温もりにどんどん触れていく瞑想が、ただひたすら出来るように心掛けてください。
素直になって、真摯に学んでいきましょう。近道もないし、裏技もない。あるのは喜びだけです。喜んで学びを進めていきましょう。

204) あなたは、心を向ける喜び、向けられる喜びを日々感じていますか。学びを進めていくうえで、肉という形を持つことは、大切なことであり非常にありがたいことです。しかし、肉は一様に愚かであり、いいえ愚かだからこそ、反転したときの喜びはすごいエネルギーを伴って、本来の仕事をしていくんです。それが私達の強みです。その良さを十二分に発揮して、母なる宇宙へ、愛へ帰る道を喜んで、喜んで突き進んでいける今を、私は心に感じています。心を向ける喜び、向けられる喜びを知っているから、私の意識の世界は非常に安定しています。
そのあたりまで、きちっと学ばないと、結局は愚かな肉の中で行ったり来たりして、そこから浮上することは難しいというのが現実です。それぞれ、次の転生に自分を繋ぎ、そして、250年後の出会いを果たすことができるように、今世学んでいきましょう。

205) 帰っておいで母なる宇宙へ。」大きな赤文字、目に心に飛び込んできたと思います。何と幸せなことでしょうか。波動の世界を感じていけば、それはもう幸せとしか言いようがありません。こんな呼び掛けを直接にしていただけるなんて、本当に闇黒の宇宙に彷徨い続けている意識達に、この喜びをお伝えください。
伝えていけるように、心をしっかりと向けて合わせていきましょう。本当に思う喜び、思える喜びがあるだけです。母なる宇宙、待って、待って待ち続けてくれている思いをしっかりと受け止めてください。

206) 何も難しいことはありませんでした。しかし、肉の中に生きていては難しいです。喜びが分からないからです。喜びとは何か、幸せとは何か、愛とは何か、そういうもの一切、分からないはずです。肉、形の中に求めるからです。分からないなんて思ってもいないんです。これが喜び、これが幸せ、これが愛の世界だと、確信に近い思いを持っています。そして死んでびっくりするんです。びっくりしてももう遅い。闇の中にドーンと沈み込んで固まっていくのが現実です。
その沈み込んでいく深さを、少しでも、今までの転生とは違ってくるように、つまりなるべく浅い部分に留まって、次の転生の機会に繋げていけるように、今の肉を持って学ぶ時間を大切に、喜んで使っていきましょう。

207) 肉、形の世界は本当の世界じゃないんだ。目を覚まさなければなりません。深い眠りから目を覚まさなければなりません。誰しもみんな、深い眠りの中にあるとは思ってもいないでしょう。学びにまだ触れていない人達は、しっかりと生きている、人生を満喫していると。そしてまた、今世学びに繋がった人達は、しっかりと学んでいると。
学びに触れていない人達は別として、学びに繋がったあなた、しっかりと学んでいるという根拠はどこにありますか。学びに触れる、学びに繋がるというのは、今のあなたが感じている以上に、すごいことなんです。もちろんそれはあなたが立派、特別ということでは決してありません。
極端に言えば、その逆です。まさに、今世の千載一遇のチャンスを逸すれば、宇宙のもくずとなる可能性は非常に高い。それほど地に落ちた意識であると認識してください。だからこそ、意を決してお母さんに産んでいただいた。そして学びに繋がる計画を持ってきた。そう自分の中からはっきりと自覚できるように、自分の歩みを真剣に進めてください。

208) クボハウスで、学びの友とともに瞑想をする時間を持たせていただいてから、もうすぐ1年です。前向きにともに勉強していきますというメールをいただいたときは、私も励みになります。瞑想の喜び、瞑想の楽しさ、瞑想の大切さを、一人でも多くの方がご自分の心で味わって、本当の喜びと幸せの時間を持たれたらと思います。
生まれてきたことを心から喜び、産んでもらったことを心から喜び、そして、250年、300年に至る喜びの道をともに歩んでいきませんか。
いずれ皆さんのお耳に入るかと思いますが、やがて伊勢志摩の地にも学びの場が設けられます。将来的には、私自身も深く関わり、アマテラスの目覚めによる喜びのエネルギーを発信し続けていくでしょう。250年後の本番に向けて喜びの雄叫びを発信してまいります。

209) 死後の自分と語ることは喜びです。今、死後の自分を知っていくことが愛です。愛だからこそ、今それができるんです。こんな優しさはありません。こんな温もりはありません。優しさ、温もり、喜びの波動の中で、死後の自分を感じられるんです。すべてが愛です。すべてが喜びです。お母さんと心の底から湧いて出てきます。

ともにあった喜び、ともにある喜び、あなたの心に届いていますか。学びに触れた人達、殆どと言っていいほど、250年後の出会いを果たしたいと思っておられると思います。それならば、その思いが現実のものとなるように、今世、学びの成果を上げてください。願望はあくまで願望です。現実との隔たりを、死後の自分と語ることにより確認してください。中は必死です。その必死の思いに、応えていってください。

210) なぜレベルの高い種水にならないのか。なぜレベルの高さをキープできないのか。答えは簡単です。心の針の向け先が違うからです。ズレているからです。ということは、本当の喜び、本当の温もりの波動と出会っていないということになります。喜びを感じ、温もりを感じても、それが下がるというのは、そういうことでしょう。では、感じた感じている喜び、温もりはということですが、やはり基盤がまだ・・・なんです。そして、おそらく、そういう状態では、意識の流れというものを、まだまだ心にしっかりと感じておられないということになります。次元移行という意識の流れを頭、肉では理解しているんですが。そう、「が」が付くんです。それが現状ではないでしょうか。

211) 自分を大切にしてください。本当に大切にしてください。大切にするということは、まず現状把握を確実にすることです。肉のあなたの現況ではなく、あなたの意識の世界の現況です。それは今、肉を持っている今しかできません。正しい瞑想を重ねていけば、この今、肉持っている今、意識の世界の現況を確認できることが、どんなに喜びであるかが分かります。
正しい瞑想をしない人、しようとしない人、できない人には、本当のことが分かるはずがないんです。自分で気付くまで、そして軌道修正に入るまで、意識の世界の現況は闇黒です。漆黒の闇です。

212) 狂人たち、いいじゃないですか。私は本気で真剣に学びをする人達と歩みをともにしたいんです。セミナー会場もいずれ、琵琶湖畔から志摩の地へ。どうやら今世の締めくくりは、やはり伊勢志摩。アマテラスの喜びとともに、しっかりと今世を締めくくります。
しかし、その一方で、気持ち的には、大阪はまだまだ去り難いというのが本音です。上町台地よ、さようならという気持ちにはまだなれていません。当分の間、行ったり来たりの生活が続くだろうと思っています。それも楽しからずやというところでしょうか。そのうち、こうすればいい、こうしようという思いが出てきますので、その流れに沿っていきます。要は、意識のほうは真っ直ぐにということで、その道筋は私の中でついているので、肉は縛られず、楽しみながら、残りの人生を、250年後の本番に向けてしっかりと生きていきます。田池先生、何もかもありがとうございます。

213) 今世の締めくくりとして、私の中が始動です。これから20年余りの年月をかけて、予定通り締めくくっていきます。波動の世界を、真実の波動の世界をともに学び、田池留吉の方向に歩みを進めていきましょう。私は、田池留吉の世界からのメッセージを波動としてお伝えできることを約束します。田池留吉の肉があって学ぶ喜び、大切さは言うまでもありませんが、日本のあちらこちらで、世界のあちらこちらで、形の世界が崩れていく中において、波動がすべて、田池留吉の愛の波動の世界がすべてだということを心で学んでいく喜びの時間が、私達には用意されていることを感じます。それが伊勢志摩の地を中心にして発信していくんだと私の中は伝えてきます。
それが、私自身の今世の締めくくりでもあり、次元移行という意識の流れの中の計画なんだと感じます。千載一遇の出会いだったことを喜びで味わいながら、今世を全うします。愛、心のふるさとへ帰る道。それはただひとつの喜びと温もりの道でした。
214) 今回の橿原セミナーで、死後の自分に思いを向ける瞑想がありました。そして母なる宇宙に向ける瞑想もありました。それぞれに大変良いお勉強が出来たと思います。きっとよかった、ありがとう、嬉しいという思いを持って家路に着かれたと思います。
田池留吉に心の針を向け合わせていくことがすべてであることを、それぞれの心に深く、深く刻み、自己確立の喜びの道を一歩進めていこうと思えたならば、その思いを持続してください。瞑想は喜びです。思うことは喜びです。思えることは喜びです。喜びと温もりの愛に帰る道をともに歩いてまいりましょう。

215) セミナーで感じるものがあっても、時間の経過とともに、濁流に流され流れていくことを繰り返していては、私達と歩みをともにすることはできません。 どうぞ、いつも、自分はなぜ生まれてきたのかというところに戻って、自分を大切にしてください。

216) あなたにはあなたの愛へ帰る予定、計画があるでしょう。私には私の予定、計画があります。自ら設定した予定、計画を、その通りに遂行しているかどうかが問題ですが、誠実に素直に遂行していこうという人達とともに、私は歩みを進めてまいります。あの人、この人とより分けるまでもなく、波動が合ってこない人達は、やがて姿を消していきます。そういうことは、私にとって、小さなことであり、私は、ただ愛へ帰る道を真っ直ぐに見つめて、喜びと温もりの道を歩んでいくだけです。それは、死後の自分に思いを向けたとき、私が私に伝えてくる思いだからです。そして、それはまた、250年後の私の思いでもあります。次元移行という意識の流れを感じながら、瞑想をする。瞑想をすれば、意識の流れが響いてくる。私はそれでいいんです。そんな状態の中で、喜んで自分の計画を遂行していくだけです。

217) あなたの種水のレベルどうでしょうか。オーリング、柔らかいでは話になりません。まずはご自分のオーリングが硬い状態で瞑想をしましょう。非常に硬いとはなかなかならないでしょうが、柔らかいのはダメです。種水はあなた自身だと私は語りました。私は愛だと種水を通してあなたがあなたに語っているのだから、それを素直にしっかりと受け止めてください。そして、思う喜び、思える喜びを味わっていきましょう。宇宙の波動が心に響いてくる喜びの瞑想の時間を持ってください。

218) 愛はあなたの中にあります。私は愛ですと思い瞑想をしてください。あなたの心の中に伝わり響いてくるものは何でしょうか。あなたの中のたくさんのあなたが一斉に反応してきませんか。「私は愛です。あなたも愛です。ひとつです。」と伝え合える、語り合える、こんな幸せ、喜びはないのではないでしょうか。もちろん、このことはそれぞれの心でしか分かりません。しかし、自分の中に響いてくるのだから、こんな確実なことはありません。ああ、私の中に喜びがある、温もりがある、私は幸せだ、その思いをどんどん広げて流していくことが、自分の歩みを一歩前に出すということです。
喜びは限りなく続きます。温もりは昏々と湧き出てくるのです。今までの転生は、それを全部、本当に全部、自分で堰き止めていました。その堰き止めていたものを外しなさいと、私が私に伝えるために、今世の肉を持ってきたと、私は自分の中で受け取っています。
どうぞ、愛に帰る道を、自分の中で確立していくことに、残された肉の時間を費やしてください。今世を必ず自分の転換期にしてください。

219) 自分の中の愛を捨てた人間が、本来の自分を呼び起こす、取り戻すこと は甚だ困難です。肉として生きてきた時間を愛に帰すには、相当のエネルギーを必要とします。正しい瞑想を重ねていけば、そういうことが自ずと心に伝わってきます。喜びで伝わってきます。それは無理難題なことが暗い思いで伝わってくるのではなく、喜びとともに、しっかりとした思いを込めて伝わってくるんです。だからもうそれは嬉しいんです。
「温もりの中に、ともに帰ろう。待っています。」波動を感じてください。このメッセージをあなたの心で波動で感じてみてください。「ただひたすらにこの道だ」あなたの中で、この思いが芽生え育っていくでしょう。


220) 今のこの肉に私のすべてを託してきたことを感じます。瞑想の中で、その思いをしっかりと感じるから、私は私を絶対に裏切りません。愛である自分を見失ってきた長い時間の果てに、ようやく自分の中に愛があることを自分に伝えてくれた優しさ、温もり、喜びの波動と出会いました。
田池留吉、アルバートの意識の世界とともに私は存在しています。ひとつですと伝えてくれた波動を、しっかりと受け止めることができたから、そこへいつも戻ればいいんです。帰るところを知った、知っている、かけがえのない転換期を迎えさせていただきました。だから、私は、喜びで闇黒の宇宙を思います。そして、喜びで、母なる宇宙に帰ろうと呼び掛けます。

221) 「母なる宇宙。宇宙を思えること、これほど待ち望んできたことだったんだ。」ぼんくらな肉がいつもそう確認して、私の瞑想は終わります。肉では到底分からない、分かるはずもないけれど、私の中は、紛れもなく、今、母なる宇宙に思いを馳せることを喜んでいます。心を向けられる今を喜んでいます。それは、言葉では言い表すことができないほどのものです。そう、日本語では適切に表現できません。だから、私は異語を発します。異語は私の中の思いをストレートに表現します。もちろん、田池留吉氏が発する異語に私の心は超敏感に反応します。これはぼんくらな肉には、まさに驚きと喜びです。
私の瞑想は異語とともにです。異語で語り合える喜び、温もりの世界を、私は楽しんでいます。「宇宙はひとつ。」一個の肉体を介して、知った真実でした。正しい瞑想の励行をぜひあなたも。

222) 「どなたもみんな、自分の中の愛にいざなわれて今がある。」「愛へ帰る道を自分の中で見つけない限り闇また闇。」
ともに、しっかりと田池留吉氏の指し示す方向に心を向けていきましょう。自分の中の田池留吉、アルバートの意識の世界の確認です。どうも違うとうすうす感じているならば、素直に認めて方向転換をしてください。勇気が要ります。田池留吉氏の指し示す方向に心を向けていると、誰しもが思いたいものです。しかし、自分に嘘はつけません。そして、方向転換をしなければ、愛へ帰る道には絶対に出会えないことも、あなたは知っています。今世がかけがえのないことも。 どうぞ、今世こそ、自分を裏切ることなく、本当に自分を大切にしていきましょう。愛へ帰る道をともに。一歩、あなたの歩みを進めてください。

223) 学びは修業ではありません。学びをして苦しむならば、スパっと学びを止めればいいんです。苦しみながら学んでも、効果は殆どゼロに近いです。学びをして苦しんだり、悩んだりしている人は、きっと自分の心を見ていない人でしょう。心を見ることは喜びです。心を見るとは自分のエネルギーを知ることです。自分を知ることです。だから喜び以外に何もありません。学びを軽く見ている人が、まだまだたくさんおられるのが現実だと私は思っています。学びを軽く見ているとは、自分を軽く見ている、自分をないがしろにしているということですが、それすらも心でピンと来ずというところでしょうか。
「あなたは、田池留吉を信じていないです。」個人的に 、田池留吉氏からストレートに言われた人はあると思います。その重みはすごいです。余程発奮しないと、次元移行は難しいと突きつけられているんです。ということは、このままではあなたには明るい未来はないですよということです。それは非常な愛です。それをどの程度に考えておられているか分かりませんが、どうぞ、ご自分を大切になさってください。するかしないかは、あなたの選択。そしてその結果もあなたのものです。


224) UTAの輪の中から外れることが決してないように。名称云々の次元ではありません。そこに流れている波動がどうなのかということです。しっかりと自分の心を見ていきましょう。UtAの輪は、あなたの欲を満たすことはありません。己という波動は通用しません。そこにあるのは、田池留吉、アルバート、愛の波動だけです。
しっかりと波動を感じ、受け止め、そしてそれをそのまま流していけるようなあなたに蘇ってください。宇宙は待っています。ともに歩んでいきましょう。

225) 毎日、暑い日が続いています。若い人でも体力、気力消耗が激しい時です。7時間睡眠を心掛け、生活のリズムをなるべく一定に。そして、生活の中心は、必ず正しい瞑想です。外に向きがちな心の針を、中に中に向けていきましょう。肉が生きているのではありません。肉を生かしているエネルギーを、健やかに存在していけるようにいつも、促してくれている優しさと厳しさの波動を、真っ直ぐに感じてください。肉体細胞とともに、愛とともにある喜びを、どうぞ、一日の瞑想の中で感じてみてください。

226) ホームページの冒頭にもあります。「あなたはなぜ生まれてきたのでしょうか。」
何をするために・・・と、瞑想の中で、あるいは、瞑想を終えたあと、自分に問う習慣を持つようにしましょう。中心棒の確立、自己確立です。私達、一人ひとりが素晴らしい存在なんです。田池留吉のほうに心の針を合わせていけばいくほどに、そのことが自分の中ではっきりとしてくるでしょう。 そして、今という時が、どんなに大切なのか、どんなにすごいチャンスを自分は用意しているのか、本当に自分は幸せ者だ、もう手に取るように分かります。 自分の中から伝わり響いてくる波動が、どんな時も喜び、温もりであるならば、それを信じて、信じていけばいいんです。今は喜び、温もりであっても、その次の瞬間はそうでないならば、あなたの意識の状態はまだまだです。思えば喜び。ずっと喜び。思うことが喜び。ずっと喜び。そういう状態は決して特別ではなくて、それが通常だったんです。

227) 肉は互いに愚かです。自分の中の愛に目覚めていない限り、自分が作ってきた他力のエネルギーに操られているのが肉です。それはお互い様です。
そして、これまで学んできて感じている通り、私達は、それを充分に理解して、自分の中の愛のエネルギー、本当の優しさ、温もり、喜びで、その自分が作ってきたエネルギーを溶かしていく以外に、本当の喜びとか幸せの自分に出会うことはないのです。それができない間は、いくら喜びだ、温もりだ、田池留吉と言っても、傀儡状態に変わりはありません。つまりは不幸せな状態です。傀儡状態にあることに気付き、そして、少しでもそこから自分を解き放す方向にいきましょう。そうでないと、生まれてきたことが、本当に喜びとなって、心に響いてくることはないでしょう。本当の喜びの波動、温もりの波動、愛の波動と出会えるように、愚かな肉を活用してください。肉はそのためにあるのですから。

228) 現実的な学びをしましょう。現実的な学び。たとえば、今、自分の死後に思いを向けたときどうなのか。死後の自分をしっかりと確認できるように、あなたのレベルが上がっているかどうかです。死後の自分を、今、しっかりと確認できれば、自分自身の学びに対する姿勢が、もっと現実的になってくるのではないでしょうか。
あなたに残された肉の時間、あとどのくらいですか。1年、3年、5年、10年、20年、30年・・・。30年以上の時間があっても、時間はあっという間に過ぎ去っていきます。頭では決して分からない波動の世界を、あなたの心でしっかりと感じていきましょう。心を向ける喜び、向けられる喜びを、あなたの心で感じながら、その感じている世界こそが現実なんだと実感しながら、その肉を終えていきませんか。 波動の世界がすべてです。ともに瞑想を、ともに心を向けていきましょうと、私は呼び掛けます。

229) 心を向けて感じ響き伝わってくる波動の世界。その波動から伝わってくる喜び、温もりだけがすべてなんだと、しっかりと本当にしっかりと思えるまで、正しい瞑想を重ねてください。瞑想は喜びなんです。義務感や欲で瞑想の時間を持っても仕方がありません。退屈な瞑想は長続きしません。また、いくら瞑想をしても、自己供養が進まないと、その都度感じるところはあっても、足踏み状態です。そういう人は多くおられると思います。形は熱心です。その割には効果が上がってこない。成果を出せない。それは向け先がズレているからです。種水のレベルが上がったり下がったり、つまり足踏み状態から抜け出せません。 「結果を出してください。結果が出てくるんです。」と田池留吉氏は言われています。
時間を取って正しい瞑想を、これは非常に大切です。そしてまた、心の針を向ける合わせる、瞬間的に。このトレーニングも絶対に必要です。それが、種水の勉強の時だけというのはお粗末です。ただし、思うことと念じることは違います。思いながら他力の念を発しているという場合は往々にしてあります。


230) 学びは人生です。今世、学びに触れて自分の道がはっきりと見えないまま、その肉を置いていくということがどういうことなのか、それぞれこれから身の周りに起こる現象を通して、自分の心で何かを学ぶように、自らをいざなっていくと思います。今世のこの時間を本当に大切になさってください。千載一遇の出会い、千載一遇のチャンス、きっとあなたの心にも、ドーンと響いてくる時が死ぬまでに、死ぬ瞬間にやってくるでしょう。できれば、早い時期に迎えてください。そして、歩みを本当にともにしてまいりましょう。

231) 田池留吉からのメッセージは、非常に厳しいけれど、非常に優しいです。こうして田池留吉に心を向けられる今があることが、最高に幸せです。肉を持っていても、持っていなくても、ただ心を向けて合わせて波動を感じていくこと、心に伝わってくるメッセージを流していくこと、今のこの肉を通して、そのお勉強ができることを喜んでいます。ともにある喜びは、心を向けて思えることから始まります。心の向け先を特定する、それがたったひとつの喜びの道でした。

232) 瞑想は喜びです。田池留吉を思うことは喜びです。本当に優しいです。温もりです。肉の自分には本当に何もありませんでした。しかし、こうして肉を持ってきたからこそ、田池留吉と出会えたのです、その波動と出会えたのです。宇宙と思い、心を向けていくことが、どんなにすごいことであるか、どんなに喜びであるか、ただただ、ただただ、思いが噴き上がってきます。瞑想の喜びを感じる心には、この方向に心を向けて合わせていく以外にないと、はっきりと分かります。
私は幸せです。本当に幸せです。田池留吉と思えることができるからです。出会いを本当にありがとうございます。

233) 思うことが愛です。思えることが愛です。私は愛だから、きちんと正しい方向に思いを向ければ、私の中から愛のエネルギーが流れ出していくと実感できた今世でした。その方向を学ぶために、知るために、私はこうして生まれてきたんだ、生んでもらったんだと実感しています。だから、私は瞑想をすることが幸せなんです。心に響き伝わってくる波動は、私に、本当の優しさと温もり、喜びを教えてくれました。ともに行こう、いつもそう伝わってきます。

234) 私は愛。あなたも愛。ひとつ。しっかりと瞑想をしましょう。喜びで瞑想をしましょう。心に響き広がっていく波動をどんどん感じていきましょう。ただただ嬉しいです。こうして、今存在していることがただただ嬉しいです。それは心を向ける以外に、合わせていく以外に、分からないことでしょう。しかし、どなたも、自分の中の愛に、本当の自分に出会えるんです。だから、心で感じていけば分かります。感じられる心が私達でした。もり、喜びを教えてくれました。ともに行こう、いつもそう伝わってきます。

235) 更なる進化をと喜びと厳しさのメッセージをいただきました。自転公転もよかったです。嬉しいです。250年、300年をしっかりと見つめ感じながら、意識の流れの軌道を喜んで忠実に進んでいきます。ともに行こうと発信できる幸せ、喜びを更に深めていきます。しかし、去る者追わずの姿勢も。はっきりとして、愛、心のふるさとへ帰る道を真っ直ぐに。自分が決めてきた道を真っ直ぐに進んでいくことが、宇宙の喜びです。

236) 真剣に学んでください。今の肉を持っている間に、自分の本来進むべき方向を見極めてください。そして、その肉を終えてください。今世がダメなら、来世がある。それはありません。そんなに簡単なものではありません。千載一遇のチャンスと言っています。今世し残したものを次の転生で消化できるはずがないし、できなければ250年後の出会いは現実のものとなり得ません。自分が作り上げてきたブラックの世界、心に念じてきた他力の思い、つまり肉を本物とする基盤は、そう簡単に根底から覆せないんです。それを正しい瞑想をすることによって、自分の心で確認してください。そうすると、あなたに残された肉の時間、充分にあるとは言えないと思います。しかし、意識の流れは粛々として仕事を成しています。だから真剣に学んでください。宇宙が始動した今世だと伝えています。愛に帰ろうのいざないを、しっかりと心で感じてください。

237) 心を見ること、心を自分の内に向けることを伝えてもらって、実践できることが、どんなにすごいことなのか、それが愛だと感じます。夫も妻も親も子も、みんなみんな、自分達の本質を知らずにいます。だから、戦争はこの世から無くなることはないし、暗い、暗い、真っ暗な狂った事件、事故等は次から次へと起こってきます。せっかく生まれてきたのに、自分の本当にやるべきことをせずして死んでいく人達が殆どです。平和と繁栄どころか、さらに真っ暗闇の中に突入していくこれからの時間の中で、どうぞ、学びに触れた人、自分を見失わないように、しっかりと自分の心の針の向け先を、日々確認してください。

238) なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか、いつも、いつもそこに戻って自分を見つめ、自分に問いかけ、そして自分の中から答えを引き出していく、そんな自分の姿勢を、肉を終える最後の最後の瞬間まで持ち続ける、私は大切なことだと思っています。
心に響いてくるこの波動がすべてだと、自分の心に確信が持てていますか。私は愛ですと、はっきりと自分の中から伝えてくる自分と出会っていますか。人はどうでもいいんです。あなたがあなたの中で何を叫んでいるのか、あなたにあなたが何を訴えているのか、自分の叫び、自分の訴えをいかに忠実に受け止めているのか、正しい瞑想をすることによって、どんどん感じていけば、そこから見えてくるものがあるはずです。
「自分の中の愛に目覚めるために今がある。」自己確立に全力投球です。

239) 種水のレベル5以上と思う方で大阪近辺、特に大阪府にお住まいの方、できるだけクボハウスをご利用ください。UTAの輪のホームページに掲載されている通り、①~④以外で判定されたものは認められません。判定は必ず①~④で受けてください。

240) あなたは、今世、お母さんに産んでもらいました。私も、今世、お母さんに産んでもらいました。あなたも私も、真っ暗闇から自分を救い出したかったからです。優しさと温もり、喜びを求め、求め彷徨い続けてきた、苦しみ喘いできたのも全く同じです。
あなたは、自分の心の叫びを聞いてきましたか。心の叫びを聞けることが、こんなにも優しくて嬉しくて幸せだったんだと知りましたか。お母さんに産んでもらったから、それを知ることができたと本当に心で感じているでしょうか。
種水のミニボトルを手に持って瞑想をしてみてください。心から噴き上がってくる思いがどんどん、あなたの口を通して異語となって出てくるはずです。ああ、嬉しい、嬉しい、ああ、こんな優しくて温かい世界があったんだ、どうぞ、その世界をどんどん心で感じ広げていってください。田池留吉はただただ喜びを伝えてくれます。愛ですとはっきりと語ってくる波動の世界を、どうぞ、あなたも体験ください。瞬間にチャンネルを合わせられるようになってください。

241) 肉基盤から意識基盤へ転回をしていく難しさを実感しながら、その一方で、この道しかないこともまた段々に、実感されていると思います。そうです。この道しかありません。自分の中の愛に目覚める以外に道はないのです。日々、正しい瞑想を喜んで継続していきましょう。
死んだら終わり、人生一度切りと思い込んでいるところから、本当に何も見えてこないです。一度切りの人生だから、今をしっかりと生きる、本当に基盤が違えば全く違ってきます。こびりついてしまっている肉、形を本物とする思い、そこからポーンと飛び出さない限り、殆ど何も変わってはいないことを、もっと厳格に認識しなければならないのではないでしょうか。

242) 自分の心を内に向ける習慣がついていますか。現象はみんな愛です。しかし、愛だと受け容れていくことはそう簡単なことではないはずです。
いいんです。なかなか受け容れられなくても、自分の中で苦しみながら、もがきながらも、ムクムクと出てくる他力の思いをしっかりと見て、どんどん見ていきましょう。
しっかりと見て、どんどん見ていけば分かるんです。しっかりと見て、どんどん見ていくことができるのは、自分の中に愛のエネルギーがあるからだということが。
自分は愛。みんな愛。そう心で本当に感じ始めれば、一歩前に進みます。一歩前に踏み出せば、心を内に向けて、田池留吉、愛を思うことが、どんなにすごいことなのか、そういう瞑想ができることがどんなにすごいことなのか、自ずと分かってきます。だから自然と瞑想をします。
今世、こうして学ばせていただいていることが本当に奇跡だとなってきます。そのまた一方で、奇跡なんかじゃない、これが意識の流れの中の計画なんだと感じ、本当に嬉しいだけとなってきます。

243) 愛に敏感になってください。愛のエネルギーに敏感になってください。それが本当の敏感です。正真正銘の敏感になって、どうぞ、異語に反応してください。異語は波動です。今世、肉を持ったからこそ、田池留吉の異語を感じる幸せがありました。異語を通して感じ響き合う世界に触れることができたのです。私は幸せと喜びを感じてきました。この幸せと喜びの波動を曲げることなく、真っ直ぐに自分の中の宇宙に届けたいと思いました。
私も異語を発します。あなたの意識の世界に語り掛けるとき、異語を発します。日本語や英語等のいわゆる言語は、形の世界のものだから限界があります。うまく表現できませんが、微妙な部分にズレが生じます。異語はストレートに波動、エネルギーを発信できます。どうぞ、レベルアップを心掛けて異語に反応してください。

244) 複雑怪奇な世の中、複雑怪奇な人の心の中。しかし、本物の意識の世界は違います。実にシンプルです。明るいか暗いかだけ。
どうぞ、しっかりと正しい瞑想ができるようになってください。田池留吉と素直に心から喜びで呼べるあなたに蘇ってください。田池留吉と、素直に、心から、そして喜びで呼べますか、思えますか。言うまでもなく、田池留吉とは、本当のあなたです。本当の自分との出会いが、あなたがあなたにした約束でした。みんな自分との約束を忘れ去っているんです。あなたの今のその肉を終えるまでの間に、何とか、いいえ必ず思い出してください。本物の意識の世界と出会ってください。そして、その世界をどんどん進み続けていきましょう。

246) 田池留吉を心から呼べる喜びをあなたもどうぞ。アルバートと心から呼べる喜び、幸せ、その温もりを本当にあなたの意識がキャッチできれば、そこから心を逸らすことはもうないでしょう。瞑想が喜びであることが本当に分かってきます。心を向ける喜びと向けられる喜びが、繰り返し、繰り返し響いてきます。それは絶対に頭では分かりません。心の体験がないに等しい人達は、いつも心のどこかに学びに対する疑問を抱えています。だから真向かいから取り組めないんです。

せっかく学ぶチャンスがあるんですから、あなたも心の体験をどうぞ重ねてください。
247) 種水のレベル判定の第1回が終了しました。5以上であると判断されている方は、どうぞ判定を受けてみてください。自分の歩みを一歩前に進めていくきっかけは自分でお作りください。5の方は6を、6の方は7を目指して一歩前に進めてください。もちろん、私自身もレベルアップを計ります。
250年、300年に至る次元移行の意識の流れをともに心に感じながら、喜び、喜びの瞑想をやっていきませんか。田池留吉、アルバートの世界を、母なる宇宙の波動を、ともにどんどん心で感じられる人生の時間をあなたもどうですか。本当の喜び、本当の幸せ、本当の温もりの世界を心で知っていく方向に、あなたもどうぞ。

248) 肉の時間には限りがあります。たっぷりと時間があるように見えても、どうでしょうか。自分の意識の世界を転回していくについて、本当にたっぷりとあるのでしょうか。心を決めてください。本当に決めてください。下らないものばかりをいつまでも握っていて、本当の喜びなど分かるはずはありません。己を引っ込めてください。いつまでも主義主張、自分流の生き方を掲げていては、意識の流れに乗れるはずもありません。心はひとつ。私達はひとつ。それをどのように解釈されているか分かりませんが、本当にそこに流れる波動、エネルギーを心でしっかりと感じ受け止められるあなたに蘇ってください。
意識の流れはこうですよと、今世、しっかりとはっきりと私達に示されているではないですか。あなたのその肉を通して入った本当のこと、情報、しっかりと自分のものにしてください。

249)  あなたにとって一番大切なものは何でしょうか。答えはみんな知っています。それは頭で出した答えではなくて、心で出した答えかどうかは別として。そういうことも含めて、自分自身の現段階を常に淡々と判断していくようにしましょう。そして、正解が自分の心の中から響いてきたならば、それを本当に大切にしてください。確かに私達は自分を裏切ってばかりきたから、それを素直に真っ直ぐに実践していくことは難しいことかもしれないけれど、自分の中からの思いを信じて、着実な一歩を歩み出しましょう。
自分の中は狂いに狂っていることを自覚して、だからこそ、いつも心の針の向け先の管理です。そして、その向け先がしっかりと一定してくれば、その狂いに狂ったエネルギーこそが喜びだったと分かります。一番大切なものを伝えてくれていたことも分かります。だからありがとうしかありません。

250) 日々、淡々と正しい瞑想を心掛けて、自分の思いの世界を見つめ管理する習慣がついていれば、自分の周りで見聞きする事柄、現象はすべてよしなんだと、それが自然体で自分の中に伝わってきます。
本当に何ひとつ愛を流していないものは存在しないことが、じんわりと心に伝わってきます。ああこれがそうなんだと感じ、嬉しくなっていきます。本当に思いを向けることがすべてです。それさえしっかりとできていれば、心に伝わり響いてくるものは、喜びと温もり、ともにの世界です。
思いの向け先を本当に心で知ることがどんなに大切であるか、そしてそれだけなんだという実体験が、どなたにも用意されているでしょう。そこから自分の歩みをどの方向に進めていくか、実体験を活かしていけるのか、そこで学びに対する姿勢が顕著に出てきます。すべて自己選択です。


251) みんながするから私もする。周りの様子を伺ってそろそろ自分も始めなければならないか。なるほど普段の生活の場面ではそういうことも多々あるかと思います。
しかし、学びについてはそういう姿勢では、あまり結果は期待できません。
たとえば、種水の判定の件です。何でもかんでも一番乗りがいいというわけではありませんが、初期の反応、勢いがもう少しあってもよかったのではないかなあと思っています。結果は別として。
もちろん、地理的なことがあって、そうしたいのは山々なんだけれどもということがあります。しかし、少なくとも近隣の方は、自分の予定を考慮したうえで、早い段階で殺到するくらいの勢いがあってしかるべくだという感想を持ちました。そういう姿勢が学びにおいて大切なことではないかと私自身は思っています。
今回の件について、何度も練習してから臨もうとか、情報を集めてからにしようとか、その他それぞれ様々な思惑が自分の中で入り混じったと思います。その心をしっかりと見てください。そこにあなたの学びを阻むヒントが隠されています。そこを自分なりに突破して、ぜひとも今世、自分を学びに繋がらせた思いに、素直に真摯にそして積極的になってください。
もちろん、すべては自己選択です。しかし、己が偉くて聳え立っていては、どんなに愛の世界がこうなんだと知ったとしても、殆どみんな上滑りで、結局は元の木阿弥ということになってしまいます。自分を一歩、あるいは二歩進めて終わるように、お互いに学んでいきましょう。

252) 私達は幸せ者です。本当のことを学んでいるからです。学ぶチャンスに出会っているからです。だから、もう本当に真っ直ぐに喜んで、ただひたすらに愛へ帰る道を歩いていきましょう。他力の道から愛へ帰る道へ、一日も早く軌道を修正してください。自分の中に眠っている母への思い、優しい温もりを目指して本当に帰ろうとする切なる思いと、心から出会ってください。千載一遇のチャンスだと心でしっかりと知ってください。


253) 私達の唯一そして最大の喜び、幸せは、自分の中の田池留吉、アルバートの波動と語り合うことです。それ以外に本当の喜びも幸せもありません。向ければいつも感じられる喜びと幸せ、温もりの世界に自分をいざなっていけるんです。それがごくごく自然のことでした。
自然から程遠くになってしまったから、自分をそこから遠ざけてしまったから、人間は苦しみの中に落ちていって当たり前でした。そして、苦しみの中に落ちたままなことにも全く気付かずに、今の今までやってきたのが人間です。そして、人間は、肉、形を本物とする思いがこびりついている状態の中で、神、仏の世界を創り上げてきました。肉、形を本物とする思いの中で創り上げてきた神、仏、パワーの世界を信じて疑わない現実が、これからの時間の中で、さらに、さらに現象化していきます。それが厳然としてある意識の流れです。偽は根こそぎ崩壊していかなければならないんです。自分の中に、喜びも幸せも温もりも全部、全部あったことに、本当に気付かない間は、どうしようもないということを、どうぞ、心で知ってください。


254)  あなた、本当に自分の死後を感じてますか。死んだ自分から何が伝わってきますか。それを今の学びに活かしていますか。
死んだあなた、今、肉という形を持っているあなた、どこがどう違うのでしょうか。何も違うところはありません。今、田池留吉、お母さんと素直に思えない人は、死んでから思えるはずはありません。そして、意識の転回がなければ、死んでから、絶対に田池留吉は呼べないんです。その現実を今、肉を持っている間に、死んだ自分を感じることによって、知っていくのです。
学びの姿勢は完全に変わります。学びを頭で理解しているだけなのか、意識の世界が本当に変わっているのか、変わってきたのか、きっちりと自分で判定して、自分の進むべき道を決めてください。

255)  種水のレベルアップセミナーの参加申込み条件は、6以上の判定ということになっていますが、実質的には、7以上を求めています。上から順に会場収容人数により取っていきます。現時点では6以上の判定があっても、最終的には田池先生の判定がありますので、仮認定だと思ってください。そして、現時点に甘んじることなく、常に上を目指してください。10、10を超えるものとあります。楽しんでいきましょう。

256)  肉という形を持っているから、肉はある程度、その中で縛られます。肉には肉の掟、法則があります。ある程度それをこなしていき、本来進むべき方向の支障とならないように配慮していくだけの賢さが、肉には要求されます。無用なトラブルを背負い込まないように、しっかりと心を見て 自分の決めてきた予定のコースを遂行していきましょう。
そうは言うものの、本当のことを知らずに生きてきた時間が、今世の肉にもあります。たとえば、肉体細胞はいつも愛を流してくれているから、それとは違うエネルギーを流してしまった結果を教えてくれます。それをどういうふうに受け止めていけるかが問題です。そこから自分を知っていく、真実をさらに知って喜びを深めていく方向に、ぜひとも進んでいきましょう。ただ一点、自分の中の愛、田池留吉の世界にどれだけ心の針を合わせていけるかを大切に、日々、生きていきましょう。

257)  心を中に向ける喜びを感じていますか。喜びは自分の中にあることを確認していますか。温もりもそうです。優しさもそうです。本当のものはみんな自分の中にありました。日々、瞑想をすることにより、繰り返し、繰り返し学習していきましょう。意識の世界は無限です。喜びも温もりもみんな、みんな無限のものです。
思いを正しい方向に向けていけば、どんなに自分が幸せな存在であるかが心で分かります。今という時がどんな時なのかも心で分かります。
ともに行こうの呼び掛けに、喜びでそして力強く応えていきましょう。ここへいつも戻っていけばいいんだ、帰るところをやっと見つけたよ、自分の中から噴き上がってくる喜びを、しっかりと抱き締めて、前へ前へ進んでいこう。喜びの瞑想をともに実践してください。


258)  どうぞ、ご自分のレベルアップに努めていきましょう。思いは、言葉を通して語ります。また綴ります。しかし、本当に大事なのは、そこから流れる波動の世界を自分の心でどれだけ受け止めていけるかなんです。それはそれぞれのレベルによって違います。仮に10の波動を伝えても、それをそのまま10として受けていけない。自分のレベルでしか受けていけないんです。それが現実の姿です。だから、それぞれ、日々、正しい瞑想を可能な限り継続していき、自分のレベルアップに繋げてください。
やるかやらないかはそれぞれです。学びのことについて、不公平、不平等と映ることも、それは自分のレベルの低さ所以であることを認識してください。認識できるような自分になっていきましょう。そうすれば、あなたの前にある壁がすうっと消えて無くなります。壁があると思っていたのは、自分の至らなさだと分かっていくんです。そこから、喜びが少しずつ見えてきます。本当のことが少しずつ見えてきます。どうぞ、ともに歩みを進めてください。

259)  何度も、何度も自分を裏切ってきたけれど、今世こそは、今度こそはと母に産んでもらった自分の思いに、誠実に忠実に、そして喜びで向き合っていきませんか。心の中にあったんです。自分の中にあったんです。向ければ応えてくれます。あなたは愛でしたと。どんな現象からだっていいんです。微かな明かりを、まず自分の中に見出してください。何度も自分を裏切り続けてきたから、そして今もまだ裏切り続けているから、微かな明かりが、やがては大きく照らし出してくれる明かりになるなんて、信じられないかもしれませんが、微かに点った明かりを目指して、勇気を出して一歩を踏み出してみませんか。
愛へ帰る道は、肉的に言えば、前人未到の道です。これまでの生き方、考え方、手法は全く通用しません。しかし、帰っておいでという思いはどんどん届いています。その思いに従っていけばいいんです。肉、形の世界など取るに足らないものです。様々なところから崩れていきます。そこから、私達は間違ってきましたとしっかりと学んでいきましょう。何を間違えてきたのか学んでいくべきです。そして、前人未到の道、愛へ帰る道をともに、ともに進んでいきましょう。


260)  言うまでもなく、次元移行の本番は250年後です。約50年かけて、ともに次元移行へ突き進んでいく意識の流れです。「その本番の前準備の今世。これは非常に大事なポイントです。ゆめゆめ疎かにしないように。」と伝わってきます。自分の計画を予定通り遂行してこの肉を終えていきます。
あなたはどうでしょうか。自分の心にどんなメッセージが伝わってきますか。次元移行という意識の流れを心に感じていますか。今の肉を終えて、それからどのようになっていくか、自分の中で分かっていますか。最低限、今の肉だけが自分ではないんだと心で分かるようになってください。そして、できることならば、250年後の出会いを果たしていただきたいと思います。


261)  種水のレベル判定の第2回目が終了。これまでの結果は予想通りです。中には、7とか8とかの判定を期待されていた人があったかもしれませんが、まだまだそこには届きません。ところで、第1回目のときも感じたことですが、反転を実際にその場でやっていただくんですけれど、その時間は短かければ短いほどいいです。時間の短縮を段々としてください。まず、田池留吉に心を向けて、例の私は愛です云々の文言を言っていると思いますが、それを瞬間的に思いを向けて反転として、そこでレベルがいかほどかということを試みてください。時間をかけて思いを向けるというのでなく、瞬間的に針を合わす練習を積んでください。
そして、何よりも大切なのは、やはり正しい瞑想の励行です。温もりの中に喜びの中に自分をいざなっていく質の高い瞑想の時間を持てるようにしましょう。
自己供養が進まないと、種水のレベルアップは難しいです。今のところから、もう一段上がるように、あなたの学びを進めてください。


262)  あなたは、今、学びに触れています。それをしっかりと活かしていますか。自分を繋いでいけるようにしっかりと活用してください。自分を繋いでいく、次の転生に、そのまた次の転生に。そして、250年後に繋いでいけるようにと。そろそろその目処が立っていますか。そういうところをうやむやにして、皆さん、それぞれに250年後の出会いがあって、自分もともに次元移行をするんだと何となく、いいえ好き勝手に思っておられるのではないでしょうか。そう思う根拠は何ですか。今世、学びに触れているからだと言うならば、あまりにも甘過ぎ、浅はかです。
今世、学びに触れたことをしっかりと活かしているというのは、種水のレベルで言えば、どの段階だとお考えでしょうか。


263)  山は噴き、川は氾濫し、地は揺れ動きます。人は神を握り戦い続けます。心の中の闇がネット社会によって浮き彫りにされていきます。ひとつひとつの現象はバラバラに見えるかもしれませんが、みんな繋がっています。色々なところから、様々な形で、さらに、さらに世の中は混沌としていくことが、あなたの心にもはっきりと伝わってきているはずです。そしてそれだけですか。そのあと何が伝わってきますか。どうしなさいと伝わってきますか。
何か世の中おかしいと感じている人、感じてくる人、その声は段々に大きくなっていくでしょうが、では何がおかしいのかはなかなか分かりりません。ましてや、自分達にその原因があるなんて思ってもみないでしょう。そのような中で、それでも自分に伝わってくる波動の世界だけを見つめて感じて、ただひたすらに存在していく決意、確信が芽生えているでしょうか。そうでなければ、自分を繋いでいくことなんてできるはずはありません。


264)  瞑想は喜びですと心に感じていますか。種水に思いを向けたときどうでしょうか。種水は意識です。波動です。今のあなたの波動を伝えてくれます。
私は瞑想を楽しんでいます。波動を感じて異語で語り合うことを楽しんでいます。だから何とも言えない幸せ感があります。心に広がる思いは悠然と流れる意識の流れです。思えば嬉しい。心の底から込み上がってくる嬉しさ、喜びです。それは、本当に待ちに待っていたことが、現実のものとして自分の中に響き伝わってくる嬉しさ、喜びというものでしょうか。母を思える、田池留吉を呼べる、そしてアルバートと心から思いを向けられる今を、過去の私も未来の私もいっしょに感じている、そんな瞑想の時間をいただいています。この肉を持っている間に、種水のレベルで言えば10超の世界を垣間見れたらいいなあと思っています。言葉では決して語れない世界、だけど現実。楽しんで学びます。


265)  思いの世界が本当の世界です。私はこの心で思う世界を、今しっかりと見つめていこうとしています。心の中に湧き起こってくる喜びのエネルギーもすべては、この今を迎えるためにありました。田池留吉、アルバートに心を向けられる喜びです。
苦しい、苦しい時を経てきました。しかし、私は、今こうして心を向けられる喜びを心に感じています。心ひとつあればいい。思えることが喜びです。思いを向けられる喜びです。心の中にありました。すべてありました。たくさんの、たくさんの思いを詰め込み、たくさんの思いを吐き出し、どれだけ間違い続けてきたことか。しかし、私はそのすべてがよかったと思っています。間違い続けてきたからこそ、今を思える喜びがあるんです。
「今、喜びに溢れている私の中。苦しみもすべて喜びだった。エネルギーとして私は存在する。」この事実を心にしっかりと刻み、私はこれからの自分をさらに見つめてまいります。田池留吉、アルバートの意識。ともに出会えてよかったです。ともに帰ろうとメッセージを発することができるのが嬉しいです。「私達は喜びです。すべては喜びです。愛へ帰る道をともに歩いていこう。」このメッセージをどれだけ待ち続けてきたか。現実のものとして心に響いてくる確かな喜び、温もり。田池留吉ありがとうございます。本当にありがとうございます。出会わせていただきました。田池留吉、お母さん・・・。


266)  意識の流れを思って瞑想することは楽しいですか。喜びですか。私は非常に嬉しいです。まだ出会えていない意識達の存在を感じるからです。250年後に結集してくる意識達の喜びを私は感じます。大きな天変地異のエネルギーの中で自らの存在に目覚め始める意識達が、250年後に肉を持ち、私達との出会いを約束してくれています。意識の流れに思いを向けたとき、何かそのようなことを感じるから、私は、とてもとても嬉しいんです。遙か彼方からようやく出会いを果たしてくれる仲間達の存在が心に響いてきます。
もちろん、このようなことは、肉で頭で分かるはずはなし。心に感じられない限り、確かに非現実のお話です。ただ、今はそうであっても、分からないからと無視しないでほしいと思います。心が柔軟になってくれば、頭も柔軟になってきます。頭で理解できない世界を、心に広げていく喜びとか楽しみを味わっていけたら、考え方とか生きる姿勢とか、自然と変わっていくと思います。それは、自分の中に意識の転回を促していくでしょう。そうすれば、さらに意識の流れを思っていくことが楽しく嬉しくなるはずです。

267) この三次元だけで何億年という気の遠くなるような時と、数え切れない転生を経てきた私達です。真実の世界に触れて、歩みを進めていくことは簡単なことではないけれど、まずは正しい方向に一歩を踏み出していきましょう。正しい方向に一歩です。心に掴んできた他力の世界、神、仏、宇宙のパワー、教祖、教団等みんな心から離していって、初めて第一歩を前に踏み出すことができるんです。第一歩を踏み出せば、その次の一歩を踏み出すことが喜びとなってきます。そうしていくと着実な歩みとなってきます。一歩進んで二歩下がったり、右へ踏み出したり左へ踏み出したりはしません。道は前へのみ進むものです。直進です。

268) 淡々として粛々として心に感じる世界に生きていくことを伝えてきます。そしてそんな自分に思いを向ければ、やはり喜びと幸せを感じます。温もりの中に、いつも絶えずともにある喜びの中にいざなわれていることを感じます。
全部私自身が拒否し、否定してきただけのことでした。心を開いていくとは、自分に本当に素直になることでした。しかし、その自分が分からなかったから、喜びを手にしたと思っても、苦しみの中で苦しんできました。ただ、私は、今のこの肉を通して、自分の中の真実と出会いました。だから、私は、自分の進むべき道が見えています。250年、300年に至る次元移行の意識の流れの中にある自分を感じるから、自分の肉を含め肉の世界の愚かさに、自分の道を見失うことはないです。
喜んでいると思ったら苦しんでいる、意識の世界が日替わりに変わる、あるいはずっと苦しみの中に沈んだまま、自分の中の真実と出会ったならば、絶対にそんなことはあり得ません。あなたの中はあなたのものです。あなた以外にどうすることもできません。どうぞ、他力を捨て自分に目覚めてください。

269) 何と言っても、自分を信じられることが一番幸せなことです。思いの世界に住んでいるその思いの世界が幸せ、喜び、温もりの中にあることを知れば、そしてそれが本当の自分の世界なんだと信じられれば、これ以上のものはないでしょう。それを知るために、こうして、何度も、何度も肉という形を持ってきたことが本当に心で分かれば、そのすべてにありがとうしかありません。長く苦しい転生を積み重ねてきたからこそ、喜びもひとしおです。本当の自分との出会い、さらに、さらにその間口を広げていくことが、ただただ喜びです。
人生の本当の意味を、生まれてきた本当の意味を心で知って、その肉を置いていきましょう。人生喜び、人生万歳、高らかに思いを広げていきましょう。

270) 
心で本当のことに出会えず、本当のことが分からず、人生の幕をまた引いてしまう人が殆どです。何のために生まれてきたのか、人生の中で誰しも一度や二度自分に問いかける時があるはずです。しかし、その問いかけに、まさに適時に応えてくれる波動と出会うことは、本当にそれこそ千に一つ、万に一つもないでしょう。
だから、過去は全部失敗の転生です。一つの成功例もありません。偉人、賢人、高僧、名僧、愛の人等々全部、偽物です。それらは地獄の奥底の底の底に沈み、苦しみ喘いでいる意識達の総称です。そこへ心を向けるということは、あなたも同じ結果になっているということに、自分の心で分からなければなりません。

271) 第3回目の種水の判定も終了しました。あと、来る第3回UTAの輪のセミナーで判定を受ける方、そして来月に繰り越される方があります。どうぞ、母の反省、瞑想を重ね、正しい瞑想を心掛けてご自分のレベルアップに努めてください。自己供養のないところにレベルアップは成立しません。
これまで見てきたところ、種水に向けて思いを発信する練習の回数を積んでこられた人は、なるほど、オーリングは硬いです。6という数字が出ているようです。しかし、練習の効果は大体その程度で留まります。8という数字を出すには、やはり自己供養がある程度功を奏していないと無理です。さらに言わせていただくならば、8くらいの段階で、ホームページをそして本を読んで、異語を聞いてくだされば、心でなるほどと思っていただけるということでしょうか。

272) どんなに学びのことについて説明を受けても、そして耳から聞いて、なるほどそうだと思ったとしても、それはその時限りです。要は、自分自身の心での体験です。心に響き伝わってくる波動の世界を、どれだけ自分の中で体験しているか。ただ苦しみだけを煽り立てるのではなくて、温もりの中に喜びの中にあった自分だったと、感じて、感じて、さらにどんどん感じて、そして、今という時がどんな時なのか、しっかりときちんと受け止めていけるだけの心の体験を積み重ねていく必要があります。
肉のことは、全部自分が自分に用意してきたものだと心から喜んで受けていきましょう。自分の中の本当の思いに誠実に向き合えることが、喜びへ自分自身をいざなっていくことを知っていきましょう。

273) 学びをしっかりと遂行していくためには、体力、気力が必要です。年相応の体力、気力を保持して、死ぬまで正しい瞑想の喜びを感じていける人生が最高の人生です。7時間睡眠と、生活のリズムを一定にすることを心掛けましょう。肉体時計が狂っていれば、意識の世界の狂いは修正されるはずはありません。

274) 意識の世界は、単純明快なんです。明るいか暗いかです。肉を基盤とする意識の世界は、理屈をこね回して、結局は真っ暗な中をグルグル巡っているだけです。本当の喜びとか、本当の温もり、愛の世界には、理屈はありません。言葉では語ることができない世界です。だから、波動を感じていける状態、波動を見極めていける状態に自分がなっていなければ、結局は言葉で騙されます。欲と欲は合います。欲に応えてくれる欲に心を向けていく従来の姿は、なかなか、なかなか修正されないでしょう。自分の中の欲の思いに気付くことは難しいです。一生懸命に、熱心に学びをしているということですが、それでは、あなたの基盤は今どうなっていますか。肉ならば、本当のところ、学んでいるとは言えません。それはあなたがその肉を離したあと、つまり死後に明らかになってくるのです。学んできたか、否か、死んで意識を向ければ明白です。

275)  「真っ直ぐに自分の決めてきた道を行こう。愛へ帰る道、自分の中に見えていますか。真っ直ぐに、真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに進む、それができるのは、自分の中に確信がある人だけです。宇宙には自分しかいない、自分の世界があるだけ、心で分からない限り、どこまでも他力のエネルギーに埋没状態です。」
厳しいです。厳しいメッセージしか伝わってきません。しかし、そこに流れる波動は何とも言えない優しさ、温もりです。
私は、きちんと自分の予定のコースをこなしていきます。自分との約束通りに私は、今の肉を終えていきます。心の中にある喜びも温もりも、全部私のものです。愛に目覚めよと、自分の中から力強く押し上がってくるエネルギーをしっかりと受け止めて、私は、これまで学んできましたし、これからも学んでいきます。自分に聞いて、それを自分の指針にして歩む、その姿勢で、これからの時間もずっとやっていける、それは大きな収穫でした。今世の大きな収穫、結果。
苦しみの中から、ようやく、ようやく、本来の自分に帰っていけるんだ、瞑想の中で確信を深めています。だから瞑想は喜びです。

276)  今日でシルバーウィークも終わり。たっぷりの瞑想の時間を持たせていただいたことに感謝です。自分の心に響き伝わってくる波動の世界を大切に、私はこれからも自分の進む方向をしっかりと見つめながら、喜んで、喜んで学びます。どこが何がということもないけれど、ふつふつと心に湧き起こってくる喜びの渦を喜んでいます。
身体はゆったりとして気持ちもゆったりとして、ゆっくりと流れる時間の中で、自分を見つめ感じられる今を、私はただただ喜んでいます。
田池留吉氏の微に入り細にわたるお勉強のおかげです。長い間、セミナー本当にありがとうございました。心にお土産をどっさりいただきました。


277)  私は、朝、目が覚めて身体もそろそろ動き始めた頃、ふっと思うと何か嬉しいという毎日です。私は朝、お風呂に入るんですが、半身浴をして、ストレッチをして、そんな朝のひと時にふっと思うと、何か嬉しいんです。そういう一日のスタートが切れる、それは本当に何ていうこともないけれど、私は大切にしています。
もちろん、自分の生活の流れの中で、きちんと正しい瞑想をする時間を確保するということは、何よりも、何よりも大切なことです。多忙で時間が取れない、身体が疲れ過ぎて瞑想に集中できない、こんなバカなことは決してないようにしましょう。本当に、今、自分を大切にするということが愛なんだと、日々の瞑想の中で繰り返し学習しましょう。


278)  日々、ゆったりとそして生活を楽しみながらも、心は一点から離さずにしっかりと見て、いつも自分の中に戻り、自分の中を確認する毎日でないとダメだと私は思っています。もちろん、それは自分を縛って規律正しく生きよというものではありません。実践されればお分かりになると思いますが、そこには、頑張りとか気張りとか、窮屈さはなく、自分の中に戻ることが喜びで、自分を確認することが喜びなんです。それ以外に喜びの人生などないことが実感できると思います。
・・・をこよなく愛し、・・・に生きた人生と言われて死んでいっても、さてどうでしょうか。しかし、それは決して他人事ではありません。どうぞ、自分の今をしっかりと見つめ知っていきましょう。


279)  さあ、明日からUTAの輪のセミナーです。ともに喜んで心を向けていきましょう。愛へ愛へ自らをいざなっていく波動の世界をともに学んでまいりましょう。
今回も一組30名の15組、合計450名の方の一覧表を作成しました。ご希望の方はどうぞ前へ。表に漏れた方も大丈夫。種水の判定を受けられる方もあります。
もちろん、セミナー会場に集ってくるのは、今、肉を持っている私達だけではありません。全宇宙とともにセミナーをしていきましょうと、田池留吉からのメッセージを受けています。どうぞ、喜んで、喜んで、ともに心の針を田池留吉、アルバート、愛へ合わせていきましょう。

280)  どのような時間を過ごしていくか、何に重点を置き、何を大切にして、何を思って生きていくか、全部自分の選択です。選択は自由です。楽しいではありませんか。自分が選んだ結果を見ていけるなんて、私達は愛だからこそ、愛の中にあるからこそです。選択は自由で、その結果を自ら受けていくについて、すべてに平等、公平です。すべては愛だからです。愛の中にすべてがあるからです。
そして、もうひとつ、平等、公平なことがあります。思いを中へ、中へ向ければ、どなたにも必ず伝わってくる母の思い、母の温もりがあるということです。
ただ、思いを中へ向けるということを知らずにきた、知っていても素直にできずにいるということがありますが、自分の中の本当の自分の思いに触れていくチャンスはみんなに、平等かつ公平にあります。崩れていく形の世界から、自分の中で叫ぶ思いと出会えるチャンスがすべての意識達に用意されているということでしょう。
心から間違ってきましたと気付いていく過程で、本当の自分の思いに触れ目覚めていく意識達が結集してくるのが、250年後です。すごい勢いで結集してくる喜びの渦の中で、次元移行を完遂していくというシナリオを、私の意識の世界は受け取っています。今世の学び、出会い、本当にありがとうございました。

281)  第3回UTAの輪のセミナー、ありがとうございました。自分なりにともに学ばせていただきました。セミナーの回数を重ねていくたびに、輪は進化していくだろうと思います。私には、誰が、この人がという思いはなく、私達の仲間とともに愛へ向かって、真実の自分に向かって、進化していく道を進んでいける喜びだけがあります。
田池留吉とともに、アルバートとともに、自分の中の喜び、温もり、愛の世界をさらに進化させていきましょう。私達は意識、波動、エネルギーです。喜んで、しかし、しっかりと心して、これからも学んでまいりましょう。

282)  心を向けることができる、向け先を知っている、こんな幸せなことはありません。思えばいい、呼べばいい。自分の中に響き伝わってくるもの、それは波動。それを言葉にすれば、ともにある喜びと幸せ、温もり。思ったらいい、向けたらいい。そうすれば、心に響いてくるんです。この幸せを、一人でも多くの方が自分の心で体験していけばと思っています。何度も、何度も体験して、そして、その今の肉を終えていくことができれば、最高に幸せな人生と言えるのではないでしょうか。
それよりももっと幸せな喜びの人生があると思っておられるならば、その信念を貫いてください。あなたの自由です。私はないと思っています。だから、その思いに従います。喜びも温もりも幸せも、自分の中にしかなかったと気付かせてもらった肉でした。ようやく意識としての私を解き放していける時を迎えたのでした。

283)  時間がたっぷりとあるから心をしっかりと見ることができるとは限りませんが、少なくとも、多忙な生活では心を見るとか、瞑想をするとかという習慣が定着していないと思います。日々の時間はできるだけゆったりと流れるほうがいいです。その中で、ゆったりとして瞑想を楽しむというスタイルができていれば、学んできてよかったと、それなりに人生を閉じていけるのではないでしょうか。仕事に明け暮れながら、金を稼ぎ、家族に恵まれても、肝心要の中心棒が確立していなければと思います。
それなりに学んできてよかっただけでは物足りないと思う方は、さらに自分を厳しく見つめていきましょう。


284)  今朝も清々しい朝。清々しい朝だと思うのは私だし、喜びを感じていくのも私。反対に、不平不満愚痴の中に沈んでいくのも私。どちらにせよ、肉というものはみんなそんなに大したものではないのだから、本当に肉にまつわることは程々でいいのだと思います。
しかし、どんな時も私達は、自分の思いの世界の中にあります。その思いの世界の管理は怠らずにやらなければなりません。愚かな肉のことにかまけていると、道は見えてきません。
私は、田池留吉と思うと、「ありがとう。本当のことを伝えてくれてありがとう。私は自分の決めてきた道をこれからもただひたすらに歩いていきます。ありがとう。」という思いがベースにあります。それは絶対に揺るぎのない私の基盤です。だから、「私の肉を見ていては何も分かりません。見て聞いて頭で考えて分かる学びではありません。」と絶えず思いがきます。本当のその通りだと実感しているから、私はただ真っ直ぐに波動の世界で通じ合うことに喜びと幸せを感じています。


285)  肉としては起こってほしくないことが図らずも起こってしまったとき、まずその事実、現実を自分の中で受け入れることが苦痛です。ああこれが夢であってほしいと思うような時があります。たとえば、私ごとですが、3年前に愛犬が急死しました。死んだと聞いた瞬間、ああ事実なんだ、現実なんだとすっと思うことが嫌だったというか苦痛でした。思えなかった。夢なら覚めてくれと思いました。そんな私の思いをあっさりと違っていると言ってくれたのが、死んだ愛犬の波動でした。いいお勉強をさせてもらいました。どんなに我がまま気ままで扱いにくい部分があっても、私は愛犬からたくさんのことを学ばせていただき、今も思いを向けると、温もりと喜びが感じられるお勉強をさせていただいています。私達人間の意識は、どうしようもないほど腐ってしまっているけれど、周りの生き物はみんな愛を伝えてくれています。私達人間は、自然から遠く離れてしまったけれど、少しでも自然を自分の中に取り戻していきましょう。苦しみを喜びに変えられるパワー、愛が自分の中にあることを信じて。

286)  本当にこれだ、これしかないと思っているならば、素直に真摯に自分の心を見て、自分が愛だったことを本当に信じられるように学びの一歩を進めてください。
「もう全部言い尽くしました。伝えるべきことはすべて伝えてあります。やるかやらないかは本人次第。」どうぞ、田池留吉とともに歩みを進めてください。ともに同じ方向に歩みを進めてください。日々、田池留吉を思う瞑想、愛を思う瞑想を重ねてください。今世の出会い、学び、あなたにとって絶好のチャンスだと心で分かってください。


287)  瞑想をすると心から噴き上がってくる思いでした。嬉しい。田池留吉とともにある喜びは、すべての意識達に流れています。心で感じてみてください。私はあなた、あなたは私。あなたが語っている思いです。心で分かるでしょうか。
【すべてを網羅する田池留吉の意識の世界。そうです。私達は、大きな、大きな存在です。田池留吉の世界。ああすべてが愛でした。私達のすべてが愛でした。私達の中はすべて愛でした。愛しかない。田池留吉の世界はそう伝えてくる。田池留吉、はい、ここへ帰りたかった。愛へ帰りたかった。遠く捨て去った愛へ、自分の中へ帰りたかった。帰れる道を見つけ、その道をひたすら真っ直ぐに見つめ、一歩、一歩、前へ進んでいける喜びだけを感じ、それが私の喜び。
肉の世界はすべて間違っていたことを心で感じなさいと、私自身が私に指し示してくれた世界。それが今まで本当にこれまでの転生の中で全く分からなかったこと。肉の転生は、私の中の田池留吉、真実の世界が、それは間違っていることをただただ示してくれた世界でした。その世界を本物だとしてきた、その世界の中で、自分を認めさせよう、大きく自分を表していこうとしてきたその思いが、はい、間違いでした。私は愛でした。
「あなたは愛です。私達は愛です。愛しかありません。」メッセージをしっかりと信じて、「はい、私は愛でした。」と自分の中へ伝え続けていくこれからの時間。「私は愛でした。」自分の中の愛をただひたすら見つめ、愛を進化させていく道を歩いていく。田池留吉の肉体を通して、今、ようやく今世の肉を通して、私は自分が自分に伝えてくれた真実の道を、はっきりと心に知ることができた。だから、私は、思いを向けると、ただただ嬉しい。肉を本物とする思いをすべて覆すことが私の喜びです。宇宙へ思いを向けるとき、私達肉を本物とする意識は、すべてを間違えてとらえてきたことをはっきりと感じます。はい、これから、たくさんの天変地異を経て、私達は伝え続けていきます。大きなエネルギーを蓄えてきたけれど、その数倍、数十倍、数百倍もの大きなエネルギーの天変地異でもって、自分達が作ってきた世界が総崩れになっていくことが、ただただ喜びであることを私は伝え続けます。
田池留吉の世界、田池留吉の世界はさらに、さらに大きく、大きく、どこまでも広がっていく世界、限りない永遠の世界だと、心で知っていく道が、今世、ようやく始まったことに感謝します。ありがとうございます。】


288)  私達はひとつ。そう伝えてもらっていたのは、今に始まったことではありませんでした。ずっとずっと昔から、すでに伝えてもらっていました。瞑想の中で、ようやくそれに辿り着いた今世だったと心で感じます。
【心を大きく、大きく、もっともっと大きく、大きく広げていきなさい。どんどんどんどん広がっていきます。まだまだ、どんどんどんどん、どんどんどんどん広がっていきます。限りないんです。限りない世界が愛の世界、田池留吉の世界。アルバートと呼べる世界はもっともっと広い。まだまだたくさんの時間を必要とします。しかし、私達はこの道を真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに突き進んでいきます。
ああ、次元移行の進行が、喜びで、喜びで待たれます。心をただただ愛へ、愛へ向けて、次元を超えていける私達の喜びを心に広げながら、私は宇宙を呼びます。宇宙へ帰れる喜びだけが伝わってきます。母なる宇宙へ帰りたかった。私が捨てた母なる宇宙。ああしかし待ってくれていた。この波動を感じながら、私は、ただただ喜びと幸せの時を過ごしていけるでしょう。心の中に培ってきたブラックのエネルギーは、すべて喜び。宇宙とともに帰れることを喜んでいます。ああ、田池留吉、ありがとう。田池留吉、ありがとう。心の中から田池留吉に思いを向けていけることが喜びです。田池留吉の心は私の心でした。田池留吉の心は私の心。ともにひとつ。伝えてくれたことを信じられずにきた私の過去の世界を、今蘇らせています。そうです。ともにひとつと伝えてくれていた。過去からひとつだとずっと、ずっと伝えてくれていた。私はそのメッセージを受け取ることが出来なかった。私は、ああ、ああ、大馬鹿者でした。すでに、すでに伝え続けてくれていた。私達はひとつ。ああ今に始まったことではありませんでした。私達はひとつ。すでに、すでに伝えてくれていた。ずっとずっと昔から伝え続けてくれていた。はい、はい、ありがとう。ようやく、ようやくあなたの声を聞くことができました。メッセージをしっかりと受け取ることができました。】


289)  私達は自分の中に戻っていくしか道はありません。だから、自分の中とは何かが分からない人、知らない人は、当然のことながら幸せも分からないし、喜びも分からないということになります。心を外に向けたままでは、本当の幸せにも、本当の喜びの人生にも出会うことは絶対にないという単純で簡単なことが、もう全く分からなくなってしまいました。

290)  自分に心を向ける。つまり心を自分の中に向けることがどんなにすごいことであり、喜びであるのか、それは心で知らなければ絶対に分からないことです。心を見てください、見ていきましょうといざなわれて、心を中に向ける術を知りました。外に向きっぱなしの状態から、ようやく、今世、心を中へ向けなさいという優しさ、温もりに出会ったのでした。向きたくない、向けたくない、認めたくないと、心を逸らして、避けて、押し込んできた冷酷な自分と、どんどん出会っていきなさいと、心の中から伝えてもらいました。
肉がすべてだとしてきた心に染み込んでいくには、甚だ難しい作業でしたが、一度染み込み入りこんだものは、本当の優しさ、温もり、喜びを僅かな隙間から、どんどん、どんどん注入していきます。愛のエネルギーのなせる業なんだと実感でした。その微かな道筋をしっかりとつけていく喜び、幸せが芽生えていけば、もうしめたものです。あとは、繰り返し、繰り返し、喜びの作業を淡々と継続していけば、自ずと、自分の前が広がっていきます。視界良好の中で、さらに自分を見つめていける喜び、温もりが心に広がっていくんです。
正しい瞑想のみが、自らを目覚めさせていきます。安定飛行の状態になれば、たとえ乱高下の気流の中でも大丈夫です。そこをすっと通過して、もとの飛行ルートに戻していけます。乱高下は外の世界のお話です。自分の中は快適な飛行状態。自分の中に戻っていこうと喜びを伝えてもらってありがたいです。


291)  昨日も、私は嬉しい体験をさせていたただきました。その内容を今説明することは遠慮しますが、ああ、こうして自分の中の中心棒を確認させていただく機会を重ねていくんだと感じ、何か私は嬉しいんです。心を向けることがすべてであり、向ければ本当に安心幸せな世界が実在すると確認させていただき、何とも言えずに嬉しいです。目の前の出来事は二の次、三の次。それよりも、何よりも、今、心に響き伝わってくる思いを心から受けていけば、ありがとうとだけ。それは優しい、優しい思いです。ああ、本当に、肉を通して意識の世界の素晴らしさを学ばせていただけることが、ただただ幸せだと思います。田池留吉、ありがとう。

292)  喜んで生きていく姿が本来の私達の姿です。何があるから嬉しい、何がないからどうとかというのは、違っていました。そんなことで左右される私達ではなかったけれど、実際は、そういうところで喜んだり悲しんだり、まさに悲喜こもごものちっぽけな中しか知らないというのが現実の姿だと思います。本来の自分達の世界を取り戻すというか、呼び戻していくには、まだまだ時間を要します。ですが、きれいさっぱり新生な自分に蘇りましょう。
これまでの延長線上には真実の世界はありません。180度の転回が必要です。


293)  「人生は喜びです。私は愛でした。」中からふつふつと湧いて出てきていますか。意識は喜び。ならば、肉もまた喜びです。生活は安定していますか。穏やかに生活をしていますか。喜びはパワーだと心に実感していますか。宇宙を思って瞑想、愛を思って瞑想、そして意識の流れに思いを馳せる。そうして、日々を過ごしていけば、10年、20年、30年なんてあっという間です。そして250年も。もし出会いがあったならば、思い出してください。250年前、確かともに学んだことを。
私達は思い出します。だから、来世は非常に楽しみです。超敏感な肉のもとで、超スピードで仕上げていきます。


294)  要は愛へ帰る道をしっかりと自分の中に見つければいいんです。その道が自分の中に見えたならば、その道を真っ直ぐに突き進んでいきましょう。そのために今の肉があり、今の生活があり、今の環境があり、周りが整っているんです。そういうことがはっきりと感じられます。そして、250年後に思いを馳せるとき、意識の流れに思いを馳せるとき、何とも言えない喜びが心に広がっていきます。
「ああ、私はこのために存在してきたんだ。この時を迎えるために、今までの苦しみ、間違い、すべてがあったんだ。すべてを喜びに変えられる自分があったんだ。」そういうふうに自分の中に自然と伝わってきます。
愛へ帰る道を自分の中に見つけるために、どれだけ学びを進めてきたでしょうか。学びはそのためにあります。愛へ帰る道を自分の中に見つける、そのことに専念してください。
愛へ帰る道を見つけたならば、その道を真っ直ぐに、ただただひたすら真っ直ぐに突き進んでいく喜びを心に広げていくこと、それが私達の人生でした。私達は、そうです。そのために人生がありました。何億年と転生を繰り返してきたけれど、愛へ帰る道を見つけるための人生、転生でした。そう心で本当に分かったならば、「たったひとつ真実、やっと、やっと出会った」ということが、本当にあなたの心に染み渡っていくでしょう。


295)  日々、目から耳から、様々なニュース、情報が飛び込んできます。人里離れた山奥に住んでいるのでないから、雑音、騒音、異臭の人間臭い中に身を置くのは仕方がないことです。しかし、そんなことに一喜一憂したり、嘆いたり、批判したりしても、何がどう変わるということではありません。所詮は濁流。そして濁流の中では、たとえ今は幸せであっても、時間の経過、状況の変化によって、必ずそうでなくなっていきます。だからそんなものに価値を見出して追い求めていくことは程々にして、濁流に流れながら、流されない世界を自分の中にしっかりと確立しましょう。というよりも、その世界が初めから厳然としてあったことに、本当に心から知っていきましょう。
私達は その術(すべ)を伝えてもらい、学んできたんだから、こんなに幸せなことはないです。良い学びの友を作ってください。友に上下はありません。肉では夫婦、親子でもです。教祖信者の関係ではなく、ともに喜びの道を歩む仲間です。
もちろん、宇宙には自分しかいません。あなたは私、私はあなた、ひとつという輪の中に同化してください。そうすれば、宇宙には自分しかいないけれど、ともにある喜びを感じます。それってどういうこと?頭の段階ではそんな疑問が出てきます。しかし、それが私達なんです。正しい瞑想のレベルを上げてみてください。はっきりとあなたの心で分かります。


296)  肉から意識へ、そして愛へ愛へと方向を転換していく難しさは否定しませんが、それをやっていく以外にないことも事実です。狂い続けてきた自分をいざなっていくのは、狂い続けてきた自分だとお分かりでしょうか。狂い続けてきた自分からどんどん、どんどん本来の自分に戻っていこうとするエネルギーが噴き出してきます。
中心は愛だと目覚めていけば、中でどんどん、どんどんエネルギーの変換が行われます。
中心は愛。その中心へ向ければ喜び、向けることが愛。それを繰り返しやっていくことが、意識の流れに沿って存在していくことなんだと感じています。
逃げず、投げ出さず、そしてまた驕らずに、ひたすら愛を思っていこう。意識の流れを思っていこう。自分の心に響いてくる波動はどんな波動でしょうか。あなたがあなたに伝えてくれているメッセージをしっかりと受けてください。


297)  愛へ帰る道、自分の中に見つけていますか。しっかりと自分の中に道筋がついていますか。まだの人、どうしてでしょうか。あまりにも己が偉いのではないでしょうか。急いでください。急ぐというのは、慌てず焦らず本気になってくださいという意味を込めています。気持ちはゆったりと、しかし急いでください。
瞑想は喜びですか。瞑想をして喜びとか温もりが心に響いてきますか。湧き起こってきますか。現時点でそうでないならば、ゆったりと急いでください。
今、きちんと学ばないと、自分の道筋を立てないと、きっと後悔します。後悔、読んで字の如く後で悔いること。そして後で悔いても、そこから自分を建て直していくには、今以上に大変、大変困難だということ。それはどうしてか分かりますか。慌てずとも焦らずともいいけれど、自分を大切にしていきましょう。千載一遇の今世です。

298)  本来肉など持つ必要のない意識の世界が、肉という形を持って来てくれたのが、今世でした。田池留吉という名前に深い意味はありません。ただこの事実は、大変なことでした。本来肉など持つ必要のない意識の世界が、肉という形を持って来てくれたという事実。今が最初。そしてあと一回です。
それで終わりです。その間に次元移行という意識の流れは完遂していくという計画。これは絶対に変わらない計画です。意識の世界のひとつの大きな出来事が、今世を境にして、まさに動き出している。段階をひとつ進めて、さらに、真実へと。そう伝えに来てくれた意識との出会いをあなたも、どうぞ果たしてください。それを可能にするのが正しい瞑想なんです。響いてくる波動の世界を楽しんでいきましょう。ともにある喜びをあなたもどうぞ。

299)  楽しみながら喜んで学びを進めていきましょう。愛を思い、宇宙を思い、母を思い、田池留吉、アルバートと心から呼ぶ。呼べる幸せ。異語で語り、波動の中でひとつを感じ、ともにある喜びと幸せ、温もりを感じる。みんな自分の中の出来事です。
心の向け先が分かれば何ということもなかったんです。心の針を合わせていけばいくほどに、喜び、温もりの層が厚くなることも実感です。愚かな肉、それはそれでいいのです。今、現実に、こうしてそうだった、そうだったと感じられることが大切です。
自己確立。自分の中心棒をしっかりと育む。楽しみながら喜んで学びを進めていきましょう。思うはただ一点。ぶれずに歩みを進めていくだけです。道が見える、道筋がついている、心に確信して初めて、喜び、ありがとうの人生を味わえます。それまでは、喜び、ありがとうの人生は分からないでしょう。


300)  いつも、どんな時も自分の中に戻っていこう。自分の中に戻っていける喜びを広げてください。本当のことは自分の中から伝わってきます。本当の自分の思い、声に沿って、そしてその思いとともにあれば、間違いなく幸せです。世の中は濁流と心得ながら、自分の中の意識の流れだけをしっかりと見つめ、その流れの中にあることをただ喜んでいけばいいのではないでしょうか。濁流を無視することはできません。濁流に流れながら流されずに生きていきましょう。本当の自分に誠実に忠実に。
自分の中に戻っていける喜び、幸せを、日々の瞑想の中でどんどん感じていきましょう。


301)  昨日、クボハウスで4グループに分かれての種水の判定が無事終了しました。合計121名の方とともに種水の転写、反転のお勉強をさせていただきました。中でも関東方面、九州、沖縄から参加された方達、本当にありがとうございました。判定のあと、たとえ、5分でもともに瞑想をと思いましたが、次のグループとの入れ替えその他の事情から言い出しませんでした。
ところで、今回クボハウスで判定を受けられた方どうでしたでしょうか。来てみてよかったですか。今回のことを前向きにとらえて、どうぞ、ともに学んでいきましょう。
これまでに判定を受けられた方もそうですが、これは仮認定です。一応結果が出ていますが、その差はあまりありません。それぞれにレベルアップをしていきましょう。
心から素直に田池留吉を思えることが何より大切です。もちろん、田池留吉とは、あなたの中の喜び、温もり、愛の波動です。そこへ心をしっかりと向けられるよう、日々学んでいきましょう。他力のエネルギーを掴んでいる限り、現状のレベルを上げていくのは難しいことを知ってください。

302)  肉でまみれた転生の数々。膨大な時間を経てきたから、肉から意識へ転回していくには大変厳しいです。行く手を阻むものは本当の自分に逆らってきた偽の自分です。ですが、その偽の自分の思いを心からしっかりと受け止めて、しっかりとその思いを聞けば、それは違うと分かります。
今の肉に懸けてきた思い、秘めた決意に突き当たるまでになっていれば、あとは粛々としてやっていけばいいというところです。その辺りまで、どうぞ、今世の学びを進めてください。それでもこれから250年に至る時間の中で、どれだけ自分の道を歩いていけるかという課題は残されています。

303)  やはり何と言っても瞑想、正しい瞑想の精度を高めていくことに尽きます。下らないちっぽけな欲を捨てて、喜びで、喜びで田池留吉、アルバートと心から、心から素直にそして力強く思える、呼べるようでなければ、何にも分からない、何にも変わらないです。
信じる信の深さ、強さ、広がりを日々、瞑想を継続していくことで確認できていますか。次元移行を伝える意識の流れをあなたは感じていますか。確信していますか。
喜びで、そしてしっかりと宇宙を思いましょう。私達は愛です。あなたは愛ですと心の中から噴き出してくる波動と出会ってください。自己確立、つまり中心棒の確立が絶対に必要です。


304)  正しい瞑想ができる今こそ喜びです。どうぞ、正しい瞑想を繰り返しながら、健やかに生きてまいりましょう。
【私達は愛です。喜びの中で生まれてきました。愛へ帰る道が私達の本来の道です。その道をしっかりと見つめ、これからの時間を過ごしてまいりましょう。
心の中に田池留吉、アルバート。心の中にお母さん。ありがとう。喜びと温もりの中、広がる世界が私達の世界。苦しむのはもういいんです。苦しむのは間違っていました。苦しみの奥底にずっとずっと沈み込んできたけれど、それは私達が無知だったからです。自分達の本来の姿を捨て去って、忘れ去って、私達は苦しみの中に落ちていきました。心の中に戻っていけばよかった。心の中はすべてを受け容れてくれていました。母の温もりの中に私達はありました。ありがとう。田池留吉、田池留吉。今、田池留吉を呼んでいます。】


305)  私達の心の中にはまだまだ教祖と信者のエネルギーが残っています。教祖となり得るか、信者となり果てるのか。その両方が欲と欲の結びつき。そして、いかにも田池留吉、アルバートの世界、真実、愛の世界を学んでいこうとする方向にあるかのように見えるが、それは肉。肉の次元での学び。私達の学びとは全く次元が違います。意識を基盤とするエネルギー、その波動。そして肉を基盤とするエネルギー、その波動。その違いをしっかりと見極めていかなければ、方向がどんどんズレていく危険性は多々あります。
学びの友とともに学びを進めていくのはいいことです。しかし、そこに上下があっては全く逆効果です。ともに学びましょうとしながら、ともに巧妙に他力のエネルギーにやられます。しっかりと自分の心を見てください。そして、自分のレベルを上げてください。それには、ただただひたすら田池留吉に心を向けていくだけです。心を向ける、外ではありません。自分のレベルが上がってくれば、教祖と信者のエネルギーの流れているところに深入りしないです。形を見れば熱心であっても、違うと分かるからです。


306)  時の経過とともに状況が変わる、事情が変わる、変更を余儀なくされる。そしてそれとともに心は動き、一喜一憂の中で時間が流れていく。普通にある情景です。
それを限りなく繰り返してきました。それがおかしいとか、間違っているとか思いもしませんでした。生きていくとはそういうものだとしてきたから、その中で、こうすればいい、ああすればいい、こうしよう、ああしようと頭と身体と心を使ってきました。何度転生のチャンスがあっても、基盤を変えることをしなかったから、結果は同じでした。
「基盤を変えなさい。」これをクリアすべく今世があったのだということでした。今世が転換期ですという自分からのメッセージを大切に、真摯に瞑想を継続します。

307)  自分の心を見ることだけに専念する。一生懸命に自分の心を見る。それでも私達に残された時間は充分ではないと感じます。しかし、学びは修行ではないのだから、あれをしたらいけない、これをしたらダメと自分の心を縛り相手の心も縛っていくというものではなく、あくまでゆったりと心を見ることを楽しんでいきましょう。楽しむというのは、気楽に適当に二足のわらじでというのではありません。自己確立の完成度を楽しんでいきましょうという意味です。
素直に真摯にやっていけば、喜びの中で心を見させていただいている喜びを感じると思います。そして、心から湧き起こってくる思いは、やはりありがとうしかないと思います。心を見る、自分のエネルギーを知る、本当にすごいことでした。すごいとしか表現できないけれど、それが私達が切望してきたことなんだと、しっかりと心に感じながら、一歩、一歩です。


308)  私は自分が何をしたいのか、するべきなのか、どの方向を向いて生きていけばいいのか、もうすでに自分の中から確実に伝わってきています。心の向け先を知る、そして向けていける喜びと幸せの時間をいただいています。時間に追われるのではなく、ゆったり自分のために、本当に自分のために、喜びの時を生きていこうという思いが強いです。それが愛を実践する生き方だと私は思っています。
窮屈な生き方は止めましょう。伸び伸びと自分を本当に正しく解き放していく喜びと幸せを、母の温もりの中で堪能していきましょう。
肉は厄介です。見るもの、聞くもので過去が瞬時に飛び出します。ですが、私達は幸いにもそれを喜びに変えられる自分達だったと学んでいます。
田池先生が命を懸けて伝えてくれた田池留吉の世界、真実の世界を信じてください。真実の世界はたったひとつです。それは田池留吉の世界だけです。

309)  思う喜びとか大切さ、思える喜びとか大切さ、そういうことを知らずに、心を外に向けたまま時間が過ぎ去っていく人生でなくてよかったと思っています。
心を向けたとき、伝わってくる響いてくるものは優しいですか。温かいですか。自分の中を感じていくことが嬉しいですか。心を見るにあたって、自分の一番の協力者は何だと思いますか。
一般的に人それぞれ様々な局面、状況から何かを思い、何かを考え、来し方行く末を思う時があるかもしれませんが、自分の中へ中へ思いを向けていくというところまでは、行き着かないと思います。自分の中に戻っていく、帰っていくことしかなかったなんて、思いもしないのではないでしょうか。心は外へ、外へということでしょう。

310)  12月開催の第4回UTAの輪のセミナーには、田池先生がある目的のために出席される予定です。しかしながら、ご承知のように8月に入院されて、手術を受けて、今現在も入院中です。なにぶん、ご高齢のため術後回復に少々手間取っています。それさえ乗り切れば、あとは愛の水素水を飲んで、しっかりと食べてリハビリをしていけばというところです。順調に体力回復されるのを待つだけです。
もちろん、先生は、12月のセミナー出席を念頭に、目標に、体力回復、リハビリを一生懸命にされるでしょう。できる限り予定通りにともちろん思っています。
しかし、それはそれとして、意識の世界からは、そんなには現象界に留まらない、最後の仕事をすれば帰ると語っていることも伝えておきます。


311)  何を信じていけばいいのか、これだと確信するところまで、ご自身の学びは捗っていますか。心をきちんと向けていけば、きちんと応えてくれることを実感していますか。数限りない過去世を持つ意識の世界を根本から覆していくことは、確かに大変な作業ですが、それだけに、いいえそれだからこそ、真実の波動の世界にひとたび触れれば、喜びは大きいです。目を閉じて心を向けていくことが、ただただ嬉しいとなってきます。響いてくるこの波動だけを信じていこう、本当にそう思えます。そして、そう思えること自体が幸せだということも分かります。思う喜び、思える喜び、大切に育んでいこうと自然になってきます。
自分を変えていくのは自分でしかない、自分の基盤を変えない限りどうにもならない、簡単に分かる真実でした。正しい中心棒を育て成長させていきましょう。


312)  季節は巡り、2015年もあと2カ月を残すだけとなりました。本当に時の経つのは速いです。自分自身の学びも折り返し点をすでに通過しています。野放し状態だった意識の世界に、ほんの少しでも明かりが見え出したことは確かなんだから、あっという間に過ぎ去っていくであろう残りの時間も喜んでいきます。
最近は、田池先生や母や我が身から老いるということを考えざるを得ないし、肉の始末をつける難しさも感じます。ですが、何と言っても心を向けられる、針を合わせていけるのだから、これほどの強力な味方はありません。自分のことは自分で、自分に責任を持つ、その重みを味わいながら、喜んで意識の流れとともに行きます。


313)  心を中へ向ける大切さを強く思います。自分の中にすべてがあったことを、どなたも一日も早く自分の中で確信することが何よりも大切なんだと思います。
「自分は愛を求めて彷徨い続けてきたんだ。愛が分からなかった。本当の温もりも喜びも知らずにきた。」一日でも早く自分の心の叫びに出会ってください。
目に見えない世界にこそ真実があることを、自分の中で本当に確信するには、真実の波動を心で感じ知ることです。そして、それには、自分の中に作ってきた教祖的な思い、他力のエネルギーの一掃が絶対に必要です。
田池留吉に心の針を向けていくことが何よりも大切だというのは、学んでいる人であればみんな分かっています。しかし、実際に針を合わせられるのかと言えば、何とも心もとないところなのではないでしょうか。他力のエネルギーを感じても、それを愛に変えていく作業の進捗度はどうなんでしょうか。もちろん、変えていくと言っても、肉でどうすることもできません。変えていこうと思いを集中させる、そのエネルギーは、いったいどこからくるのでしょうか。


314)  繰り返しになります。しかし、私の心に伝わってくるからこれからも何度も伝えるでしょう。学びの友と学びを進めていくことはいいことです。ともにオーリングをしたり、瞑想をしたりするのは、独りよがりで勉強するよりもいいでしょう。しかし、どんなときもそうですが、自分の心をしっかりと見ることを決しておろそかにしないように。
連れ持って勉強しているから、それがプラスばかりとは言い切れません。それをプラスにしていくのも、そこでマイナスを膨らませていくのも自分次第です。
そもそも、私達の心の中には、まだまだたくさんのマイナスのエネルギーが眠っています。自分の心の管理を怠っていれば、やれ瞑想だ、オーリングが硬いといっても、それは少々、いいえだいぶ事情が違ってきます。そして、ある程度、自分のレベルが上がってくれば、分かるんです。最終的には自分の勉強、瞑想を自分ひとりでする、できる喜びが。また、そうなってこなければ、自分を繋いでいくことなんてとても、とてもです。
まさに、自分と自分の中で愛へ帰る道をただひたすらにという喜びが確信として、心から湧き起こってきます。誰も必要としない。何も必要としない。全部、田池留吉、アルバート、宇宙、愛、全部、自分の中にあったことを感じていきます。

315)  私は、セミナー会場で、あるいはクボハウスで、ともに瞑想をしましょうと呼び掛けていますが、そのときの思いは文字通りともにという思いなんです。ともに心を向けていける今を喜んでいけば、必ず、どなたの心にも響いてきます。響き合う心が私達だからです。もちろん、響いてくるもの、伝わってくるもの、様々です。しかし、そのどれもが、みんなみんないいんです。全部自分の中から出てくるものだから、それをしっかりと確認して、自分の中でともにという思いを流していきましょう。
ともに行こうと、田池留吉という意識の世界は肉を持って、こちらですと方向を示してくれました。非常に分かりやすい学びの機会をいただいてきた私達でした。
あなたの持っている種水、その方向指示機になっていますか。いつも絶えず確認してくだい。昨日もクボハウスで50名ほどの方達とともに、種水の判定、瞑想を通して学ぶ時間を共有させていただきました。遠いところから来ていただいた方達もおられました。その熱意に頭が下がります。どうぞ、その熱い思いに、優しい母の温もりを加えて、どんどん自分の中を見ていってください。他力のエネルギーを解き放していく喜びと出会ってください。


315)  私は、セミナー会場で、あるいはクボハウスで、ともに瞑想をしましょうと呼び掛けていますが、そのときの思いは文字通りともにという思いなんです。ともに心を向けていける今を喜んでいけば、必ず、どなたの心にも響いてきます。響き合う心が私達だからです。もちろん、響いてくるもの、伝わってくるもの、様々です。しかし、そのどれもが、みんなみんないいんです。全部自分の中から出てくるものだから、それをしっかりと確認して、自分の中でともにという思いを流していきましょう。
ともに行こうと、田池留吉という意識の世界は肉を持って、こちらですと方向を示してくれました。非常に分かりやすい学びの機会をいただいてきた私達でした。
あなたの持っている種水、その方向指示機になっていますか。いつも絶えず確認してくだい。昨日もクボハウスで50名ほどの方達とともに、種水の判定、瞑想を通して学ぶ時間を共有させていただきました。遠いところから来ていただいた方達もおられました。その熱意に頭が下がります。どうぞ、その熱い思いに、優しい母の温もりを加えて、どんどん自分の中を見ていってください。他力のエネルギーを解き放していく喜びと出会ってください。

316)  私は、これまで自己確立の重要性を強調してきました。これからも変わりはありません。自己確立こそ最重要課題です。それをしていくためには、どうしていけばいいのか、それはすでに示されています。私達は愛です。どんなに肉に生きても、肉に縋っても、肉に求めても、絶対にそこから満足するものは得られないんです。ということは、苦悩が限りなく続いていくだけです。喜び、幸せの裏には必ず苦悩があります。苦悩と表裏一体の喜び、幸せは、本当の喜び、幸せではありません。
肉、形からは本当のことは何も分かりません。本当のことは、あなたの心の針を自分の中の愛へひたすらに向けていけば、自ずと伝わってきます。私達は愛だからです。

317)  「あなたが信じるものは何ですか。肉ですか。それとも意識ですか。あなたは心を中に向けていますか。中にある本当の自分の思いと出会っていますか。それはどんな思いでしょうか。どんな世界でしょうか。」いつも、どんなときも、ここへ立ち戻って、真摯に自問自答しながら、厳しく自分を評価していくことが必要だと思います。
喜びを感じれば感じるほどに、厳しさも際立ってきます。肉を本物としてきた、本当の自分、愛を捨て去った思いを根底から覆す難しさを伝えてきます。その難しい局面がこれから250年に至る時間だということも伝えてきます。

318)  心は揺れるものです。揺れ動くから心なんです。肉を基盤とする心に不動はあり得ません。だけど、本当の世界に触れた心、意識の世界には揺らぎはありません。揺れ動く心から学び、さらに揺らぎのない世界を感じ歩んでいくんです。淡々と愛へ帰る道を喜んで進んでいきましょう。向ければ喜び、思えば喜び。そんな中に私達はずっとあったんです。これからももちろんそうなんです。それに気付いているかだけだったんです。

319)  あなたは種水を持って瞑想をしていますか。特にということはありませんし、強制でもありませんが、種水を持って瞑想をしてみるのもいいですよ。瞑想をするときは、いつもということではないけれど、私は両手に持ってしています。また、水道の蛇口に転写は、続けておられますか。反転はどうでしょうか。私は、台所、風呂場等の蛇口、水素水生成器の注ぎ口、純水の入ったペットボトル、愛の円盤には、転写あるいは反転が日課です。掃除、半身浴、ストレッチで一日が始まり、夜、自室で異語を発しながらの瞑想、テレビをちょっと見て消灯。何の変哲もない毎日の中に、今ある幸せを感じています。それは、生活の中で、何々をしながらふっと思いを向ける喜びを知ったからでしょう。

320)  12月開催の第4回UTAの輪のセミナーに、田池先生が来られる予定となっていますが、その予定が少々厳しくなってきました。まだ3週間ほどあると言えばそれまでですが、現状、やはり厳しい、難しいと思います。心情的には、最初の伊勢志摩セミナーに来ていただきたいところですが、肉的に叶わなければ仕方がありません。
予定通りにということになれば、またホームページ上でご報告します。
あとひとつ最後の仕事をして帰るということでしたが、それがどうしても意識の世界から必要なことであれば、肉はそれができるようになっていきます。でない場合は、肉体は必要ないのだから、それなりの時期にということでしょう。
どちらにしましても、次元移行、250年後に繋ぐ意識の世界の準備は、今世に関してはすでに整えられています。あとは250年後の来世、肉を持つ時間に仕上げです。
伝えるべきことはすでに伝えましたということですので、今世こうして学びに集ってこられた方達は、それぞれに自己確立を遂行してください。本気になって真摯に自分と向き合ってください。
UTAの輪は、自分の中の愛を本当に信じていく意識達の集いです。肉の喜びと幸せを求めていこうとする思いには応えることができません。


321)  今、肉的に不幸せであるとか、何をやってもうまくいかない、今の環境、肉的なことに不満がある、苦しみがある、悩みがある、だから現実逃避的な思いで、縋る思いで、今をリセットしたくて、学んでいこうとしている人はおられませんか。まずそういう人は学べないでしょう。肉でも喜ぶというところから離れているからです。肉でもまず明るい気持ちで学び始める必要があります。
一方、肉的に幸せで、特に何の問題もない人も、学びづらいと言えばそうかもしれませんが、これまで感じてきた喜び、幸せとは全く次元の違う、喜び、幸せを感じ始めれば、肉の喜び、幸せ感は相乗効果を発揮してくれます。つまり、肉の喜び、幸せの質的変化が起こり、本当の喜び、幸せの波動をさらに感じていけるような働きをしてくれるんです。まさに、喜びが喜びを大きくしていくといういい循環が、肉と意識の垣根を超えていきます。意識は喜び。だから肉も喜び。そして、肉は喜び。だから意識も喜び。そういう肉と意識の関係が自分の中で分かります。本当は肉も意識もひとつ、納得します。


322)  夫婦で、あるいは友と瞑想をするのはいいことです。しかし、それと並行して、いいえそれ以上に一人で瞑想をする時間をしっかりと確保してください。その瞑想の中で、母を思い、愛を思い、意識の流れを思い、喜びと温もり、そして意識の世界の厳しさを感じられる時間をしっかりと持つように。みんな素晴らしい存在です。
肉を持っている今こそ、学べる最大のチャンスです。あなたは、本当に死後、田池留吉を呼ぶことができるでしょうか。母を思うことができるでしょうか。厳しく、厳しく、厳しく自分を精査してください。自分を確実に繋ぎ、そして、必ず250年後の出会いを果たしていただきたいです。

323)  田池先生の現状をご報告したい思いに駆られますが、おそらく先生は、今、自分の生まれてきた意味を自分の中で知る前の50年間の最後の反省をする時間を持っておられるのだと私は思っていますから、もう少し静観します。肉は動かなくても意識は活動的なので、私は私のするべきことをしていくだけなんだと思っています。
本当にいいお勉強をさせていただいています。心を向けていく大切さ、喜びがひしひしと感じられます。通じ合う喜び、ともに行こうのメッセージ。自分の中の田池留吉に心の針をしっかりと合わせて波動を感じるお勉強です。
田池留吉を思えばただただ嬉しい。ともに歩める喜びを感じます。優しい思いを感じます。私の中の田池留吉は母の温もりでした。優しい、優しい母の温もりでした。そしてともに、ともに存在する意識、仲間とでも言うのでしょうか。
「ここからあなたは出てきました。私とあなたはひとつです。」私は、田池留吉の思いをストレートに感じます。


324)  ともに歩みを進めていきましょう。2015年、ひとつの大きな局面を迎えています。本当に学ぶ人は学んでまいりましょう。真剣に真摯にそして素直に自分の生まれてきた意味を心から知って、そして自分を必ず次の転生に繋いでいけるように、最大限の力を尽くしてください。

325)  自分の中にすべてがあることを、一日も早くしっかりとはっきりと分かってください。自分の中の喜び、温もり、優しさだけが真実でした。あなたの信は深く強く、揺るぎないものでしょうか。

326)  田池先生の現状は、捗々しくないです。想定外だという思いは出ますが、中から伝わってくる波動は全く違います。いいお勉強の時間をもらっています。心の針を合わせる大切さをしっかりと感じます。肉の世界にはない、揺らぎのない喜びと温もり。そして真っ直ぐ、ともにの世界を感じていける幸せです。ありがとうしか出てきません。

327)  思えば出会えている、そんな喜びが広がっていきます。形で示されたものしか決して信じようとしなかった私がこれまで学んできて、今、思う喜び、思える喜びに、自分の心が反応することをただただ嬉しく思っています。思えば通じている喜びは何物にも代えられないものでした。
瞑想をしてください。正しい瞑想をしてください。正しい瞑想とは、ひたすらに田池留吉の世界、愛の世界を思える、思う瞑想です。喜びで瞑想をしてください。欲、肉の思いと田池留吉の世界は合いません。心して今世、学んでください。


328)  これは決して田池先生の本意ではないけれど、私は、もし在宅医療が可能な状態になったときは、即そうしていただきたいと思っています。できるならば、大宝の家で、もっと手厚い優しい看護をと思います。田池先生の現状に申し訳ない思いでいっぱいです。辛いです。と、これは私の肉の思いです。同時に、ああこれは自分達のことなんだ。肉は自由だけれど、意識は不自由。田池留吉の世界はその逆を示してくれているんだと学びます。
もちろん、田池留吉の世界から届くメッセージを波動として感じていく中には、喜びと温もりしかありません。「受けている波動をそのままストレートに宇宙に流していきなさい。私に心を向けるだけです。あなたのなすべきことをしていきなさい。」揺らぎのない真っ直ぐで簡潔なメッセージばかりです。それが田池先生の本意であることは言うまでもありません。


329)  瞑想の中で、ふっと肉体細胞と出てきたので、そのまま思いを向けてみました。
すべてを受け容れてくれている肉体細胞の思いを感じます。計り知れない思い、喜びの思いです。「私達はすべてすべて任せています。私達は愛です。私達は愛です。私達は愛です。」肉体細胞の思いがそのように応えています。肉体細胞は最後の最後まで、とってもとっても優しいです。本当に、本当に力強い思いを感じます。
肉体細胞に負担をかけることなく生きていくことが最大の愛でした。しかし、肉、形の世界にいれば、心は色々なところで動きます。肉体細胞に負担がかかります。肉体細胞はもろにその思いを受けます。我欲で、ブラックのエネルギーを垂れ流してきた思いを肉体細胞がすべてを受け容れてくれている、その優しさに出会います。
肉体細胞の思いとともに存在していく大切さ。肉体細胞の思いに沿って存在することができなかった過去からの自分を思います。そして、今、肉体細胞に思いを向けることを知りましたが、これまでは、肉体細胞の思いを全く無視して、我の世界だけに生きてきた、そんな愚かさをしみじみつくづく感じます。
肉体細胞の思いを感じられることが、こんなにすごいことなのかと思います。忘れ去ってきたんだなあと思います。肉体細胞の思いを全く無視して、己の下らない思いを前面に出して、喜びを、幸せを、素晴らしい人生をと求めてきた愚かな自分を感じます。本当に肉体細胞よ、ごめんなさい。ありがとう、ごめんなさいでした。
肉体細胞の存在に心から気付けることが、己を取り戻す第一歩でした。田池留吉の表面的な意識もその肉は愚かでしたと頻りに伝えてきます。肉体細胞の思いはそれでもすべてを受け容れてくれている優しさ、温もり、広がりだったんです。肉体細胞の死滅、肉体細胞の破壊。ここまで人間の心は荒んで来たのか。本当に愚かなことを繰り返し続けてきたのが人間の歴史なんだなあと瞑想をするたび思います。欲だけで生き続けてきた。肉体細胞の思いはしかし、それもこれもすべてすべて受け容れてくれていた。この愛の世界を肉体細胞が伝えてくれていた。その肉体細胞をくれた母の思いを今、本当に心から心から感じています。自分に目覚めていくことが、どれだけ待たれてきたのか。これからも待ち続けてくれているであろう、その大きな、大きな存在の中にすっぽりと収まっている自分達だったと感じることが、今、ようやくできるんだ。そんな今を感じ、ただただありがとうしかありません。間違ってきた。申し訳ございません。こんなに受け容れていただいていました。こんなに受け容れてくれていた。


330)  日々、心は穏やかでしょうか。田池留吉を思い、愛を思い、意識の流れを思う瞑想を継続していますか。宇宙に心を向けているでしょうか。思う喜び、思える喜びを感じていますか。決して変わることのない喜びと温もり、優しさを、繰り返し、繰り返し、味わっていきましょう。
愛を捨てた私達が作り続けてきた闇は深遠。しかし、灯りが灯り、愛へ帰る道が照らされました。それが今世でした。今世の出会いがあったから、私達は帰るべきところがあることを知ったのです。それをあなたも自分の心で実感してください。自分の中に不変の喜びと温もりがあること、自分は愛だったこと、正しい瞑想を重ねることにより、心で実感できる今なんです。そこへ帰る道を自分の中で見つけ確信することだけが待たれています。本当の幸せを感じていきましょう。

331)  目を閉じて思いを向けていくことができるのは、喜びであり幸せなことです。そして、思いを向けていけばいくほどに、安心感が私の中に広がります。これさえしていれば、これさえできれば、それでいいんだという安心感です。
「真実一路、ただただ前を向いてともに進んでまいりましょう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。」「はい。ありがとうございます。」肉を介さず通じ合う安心感は、喜びを広げていきます。ありがとうと素直な優しい思いで、あなたの来し方行く末を思ってみてください。言葉にならない喜びを感じませんか。どうぞ、正しい瞑想の実践をしてください。


332)  私は思えば喜びです。あなたはどうですか。私は田池留吉、アルバートと思えば喜びなんです。田池留吉を呼ぶこと、アルバートと呼ぶことが、ただただ嬉しい。本当に待っていたことだった、本当に待ち望んでいたことだったと、私は瞑想をする中で、繰り返し確認しています。今、繰り返し確認できることが素直に嬉しいです。ともに存在する喜びと、ともに進んでいける喜びの中にあることを実感しています。次元移行という意識の流れが実感として響いてくるから、私は、ただ針を合わせて思うことだけをやっています。思いはエネルギーです。エネルギーは仕事をします。今の肉を通して、ようやく本当のことを知りました。あと、来世250年後の肉で仕上げて次へ進みます。

333)  瞑想をする喜びと幸せを、一人でも多くの方が、本当に自分の心で味わい尽くしていただきたいと心から思います。今、こうして肉を持ち学べるチャンスを共有しています。喜んで喜んで自分と出会ってください。あなたの中に自分を繋いでいけるという確信がありますでしょうか。
私は、250年後の来世の肉に自分を繋いでいます。自分の中の田池留吉、アルバートの波動とともに、これからも生きていくことを知っています。思いを向けていくことを学習しました。呼べば通じる世界をただ喜んでいけばいいのだということです。どうぞ、学んでいきましょう。結果を出してください。

334)  私は、セミナーを20年間と田池先生から言われていますので、その通りにやっていきます。離れていく方達もあるかと思いますが、ともに学んでいこうと、ともに心を向けていく方達のほうが断然多いと確信しています。田池留吉からのメッセージ通り、真実一路、ただ前を向いて進んでいきましょう。田池先生は、今病床にありますが、どんな状態であろうとも、思いはただ一点にあるだけです。思いを向ければ、力強いメッセージばかりです。ともにセミナーをやっていける喜びを、私の意識の世界は広げていくでしょう。それが私の勉強でもあり、ともに真摯に素直に学んでいかれたら、すごいセミナーになっていくように思います。
志摩の地でのお勉強も、これから徐々に具体的になってきます。年4回の大きなセミナーを軸に、予定を立てていきます。その時は、喜んでご参集ください。肉を持つ私達、肉を持たない意識達、ともに、ともに心を向けていける今を喜んでいくだけです。


335)  第4回UTAの輪セミナーに、田池先生が来られることは、残念ながらありません。また、2016年、たとえば橿原でいくつかセミナーが予定されていますが、田池先生とともに学べるかどうかは、現段階では不透明です。もちろん、一日も早い回復、そしてセミナーをともにという思いでいますが、それもそうなればよし、たとえそうならなくてもよしということではないでしょうか。伝えるべきことはすべて伝えましたということなんです。あとは、それを自分の中でどれだけ活かしていくかというところに、今世の学びはきています。どうぞ、今世、自分に用意している時間を大切にしてください。あなたは何のために今そこにいるのか、いつも、いつも、そこに戻って、自分に真摯に向き合っていきましょう。自己確立に努めてください。

336)  一人ひとりが素晴らしい存在であることを伝えてきます。もちろん、それは肉、形を言っているのではありません。自分の心の針を正しい方向に向けて合わせていく瞑想ができれば、それはどなたの心にも響いてくる真実です。どうぞ、素直に田池留吉を思えるあなたになってください。田池留吉を思うことに欲があっては、絶対に田池留吉を思えない、田池留吉に心の針を向けていくことができないことを、あなたの心が伝えてくるはずです。あなたの中の愛がはっきりと厳しく伝えてきます。そこをうやむやにして、ともに進んでいくことはできないことを伝えてくるはずです。肉では誤魔化せても、波動は絶対に誤魔化せません。
「田池、くそったれ。」この喜びは、肉の次元では決して分かりません。本当の喜びの雄叫びとして心で味わえることほど幸せなことはありません。


337)  肉の中で、肉に生き、肉にまみれ、肉に溺れ、肉に沈み、それでもそれが日常だったから、何の不思議もありませんでした。苦しみは、悲しみはどこから来るのか。肉にあるとは思いもしなかったことでした。肉でないと言われても、肉だという思いを覆すことは、並大抵のことではありません。しかし、肉だ、やっぱり肉だという思いを根底から覆す以外に道はありません。それが250年に至る時間だということでしょう。そこに喜びとか幸せとかを求め、家族の絆、人生の生きがいを追い求めても、夢、希望、愛等の言葉を散りばめても、結局は真っ暗闇の中から抜け出ることができないと、もっと自分の中で知っていかなければならないのではないでしょうか。

338)  瞑想を楽しんでいますか。温かな優しい喜びの波動を感じていますか。それは自分の外からではなく、自分の中から響き伝わってくるものだと知って幸せでしょうか。瞑想をして喜び、瞑想をして幸せ、そんな日々を、一日、一日大切に送っていきましょう。
宇宙を思える喜びと幸せをどんどん感じてください。宇宙は私達の心のふるさとです。愛です。田池留吉、アルバートと心から、心から、真っ直ぐに呼べる、思える喜び、幸せ、温もりを共有していきましょう。ともに瞑想をする喜びをずっと伝えていきます。


339)  心の揺れ、ざわつき、沈み、あるいははしゃぎ。心を見ることを学んだ方ならば、瞬間、瞬間の自分の心の動きに着目して然るべきでしょう。そして、田池留吉を思う喜び、思える喜びもまた日々味わっておられると思います。
濁流の中においても、たったひとつの真実、田池留吉に心の針を向ける合わせることを学び続けていきましょう。今、今世という時が、それぞれにとって非常に大切な分岐点であることをお伝えしておきます。認識不足の方はまだまだたくさんおられます。何をしなければならないのか、何ができなければならないのか、ぶれずに学んでください。


340)  皆さん同じだと思いますが、私には瞑想をすれば、いつも心に響いてくる思いがあります。それは今世に懸けてきた思い、強い決意です。どんなに肉が愚かであっても、自分の中で決意してきた思いが、愚かな自分自身を牽引してきたんだと響いてくるから、私は自分の決めてきた予定をこなしていけるのだと思います。
私は、これまでたくさん、たくさん田池先生によって学ばせていただきました。あらゆる方向から学ばせていただきました。今の私があるのも、田池先生のお陰です。そして、あれもこれも、250年後の来世、次元移行という意識の流れを確実に遂行していくための準備段階でした。しかし、私にはまだ今世の肉の時間があります。この時間の中で、私の心の針が田池留吉から外れるということは、万が一もあり得ないことですが、この肉の時間を滞りなく無事通過していくために、細心の注意を払うことが肉に要求されます。だから、私は肉は愚かだということをしっかりと心得て、自分の心を見る、正しい瞑想を継続すると、自らに伝えています。

341)  私が広げてきた宇宙達。こうして一つの肉を持ち、温かな優しい温もりを伝えることができて嬉しいです。間違ってきた。苦しい、苦しい中にずっと沈んできたけれど、私達は、やっと、やっと温かな優しい母の温もりの中に帰れることを知りました。
私は、愛を思う瞑想、宇宙を思う瞑想を通して、自分の中から流れていく波動を心で感じています。優しい中にあったことを、これほど優しい中にあったことを。ずっと足蹴にしてきたことを、詫びても、詫びても、詫び切れない思いでいっぱいです。しかし、後ろを向きません。ひたすら前を向き、この温もりの中をさらに進めてまいります。さらに歩みを進めてまいります。
肉を持つ意識達に、肉がすべてだとする意識達に、そうではない、私達は形は何もない。ただこの温もりの中にあった。優しい優しい母の温もりの中にあった存在だ。それを私は伝え続けていきます。田池留吉、アルバートの意識の流れとともに、私はただただ伝えていきます。間違ってきたことを伝えていきます。間違ってきたけれど、いつでも、どこからでもやり直すことができる、その気になりさえすれば、ひたすらに愛を求めていける、真実の方向に心を向けていける私達だったということをただただ伝えていきます。
愛を求めてきました。間違いだらけの愛だったけれど、求めてきたのは確かです。求めてきた方向が違っていました。自分の中に求めていけばよかった。自分の外に心を向けてきたから、愛を求めてきたその心は汚れ切って、闇黒の中に沈み込んできました。だけど、その汚れを一掃するこれからの時間を私達は用意しています。ただただ嬉しいです。自分に目覚めていくために、死に物狂いで自分に目覚めていくための時間です。心から、心から喜んで受けてまいります。田池留吉、アルバート、ありがとうございます。苦しい転生の中をようやく、こうして出会えたことが、とても嬉しいです。
今世の肉を通し、田池留吉の意識、アルバートの意識、ともに歩みを進める意識ですよと真っ直ぐに、真っ直ぐに伝えていただいたことが、本当に心から、心から、ただただありがとうと受けていくだけです。
田池留吉、アルバート。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。愛をありがとう。愛を伝えてくれてありがとう。本当のことを伝えてくれてありがとう。この思いを、心を向けることにより、深め、広め、信じ、歩みを一歩一歩、着実な歩みを進めてまいります。ありがとうございます。


342)  心を外に向けるのではなく、中に向けたとき、自分を感じ、そして自分の中から湧き起こってくる喜びであるとか、温もり、優しさを何度も、何度も体験し、思えば通じる意識の世界を確認できることが、幸せなことではありませんか。何もなくても、思える心、思う心があります。自分の中に響き伝わってくる波動を感じられること、ひとつ、ともにと伝えてくる存在が確かにあると感じられること、そしてその体験を繰り返しやっていけることが、あなたにとって、何よりも幸せなことだと思いませんか。それよりももっと、幸せ、喜びを感じさせてくれるものがありますか。絶対に変わることのない幸せ、喜びを、あなたは本当に知っていますか。

343)  今のその肉体を持っているあなただけがあなたではないことを、もうそれぞれ本当に自分の心で感じていってください。心で感じ、心で知っていったならば、今どうあるべきか、本当の優しさ、本当の温もり、本当の喜び、本当の幸せとはいったい何なのか、あなたの心にどんどんと、そして、ずしん、ずしんと響いてくるでしょう。
今世、すごいことを伝えていただいた、本当に私達は幸せ者だと、産んでもらったことに、学びに触れたことに、ありがとうの言葉と思いしかないでしょう。もうそれは理屈ではなく、心を向ければ、自分の中に噴き上がってくる温もりと優しさ、喜びの波動の世界でした。
波動と出会ってください。出会えるようなあなたに蘇ってください。そして、その波動は、ただ単に優しいとか、温かいだけではなくて、力強いんです。本当の厳しさを伴う優しくて、温かくて、喜びの波動と出会ってください。

344)  確かに田池留吉の肉体はまだそこにあります。しかし、もうすでに意識はその肉体を離れていると、数週間前から伝わってきていました。また、その辺りくらいから、田池留吉の意識の世界から、帰ってきなさいと送っていることも受けていました。それでは、この間の時間はなぜあるのかと思うとき、ああこれは私達のお勉強だったんだと思います。非常に分かりやすいお勉強をさせていただいています。肉と意識のお勉強です。肉体という抜け殻がそこにあるだけです。そこに留まっている思いは何もないことを感じます。もうすでにそこから離れ、田池留吉の意識の世界から、ストレートに、躍動的に、ただひたすらに愛を伝えてくれています。いついかなる時も、私に思いを向けて、喜んで、喜んで、ともに行こうと呼び掛けてくれています。

345)  自分の中に帰っていく、戻っていく、戻っていける喜びと幸せを、日々の瞑想の中で味わっていますか。もうまもなく、第4回UTAの輪のセミナーです。宇宙を思い、心を向けていける喜びと幸せの時間と空間を共有していきましょう。アマテラスの国日本に、こうして同時期に転生してきた意味、そして喜びをあなたの心で、少なからず感じられるセミナーにしてまいりましょう。どうぞ、あなたの中のアマテラスに、本当の優しさと温もり、愛のエネルギーを伝えられるあなたに蘇ってください。
今回のセミナーは、諸事情により、学びの時間は若干短いですが、喜んでともに学びを進めていきましょう。田池留吉、アルバートの意識とともに、学びを進めていきましょう。


346)  私はあなたの中にあります。私は田池留吉の意識。ともに、ともに歩んでいく意識です。愛を目指して、私達はともに歩んでいきます。これから、様々な事が起こってきます。しかし、あなたの心の針を私、田池留吉に向け、その出来事を心でしっかりととらえてください。あなたの中から流れる波動が、そのすべてを語ります。波動が語るんです。波動をあなたは日本語に変換していく作業があなたの仕事です。その仕事をやってください。私は、あなたに波動を通して、真実をお伝えしていくことと、もうひとつ、言葉を通して真実をお伝えしていくことをあなたにお願いしておきます。
これから益々、たくさんの人があなたの周りに集まってくるでしょう。ともに心を向けていく人もいます。他力、他力で寄ってくる人もいます。下心丸見えの人もいます。しかし、それらもみんな愛に帰る意識であることをあなたの心で伝えていってください。ともに歩める仲間であることを、あなたの心は伝えていくのです。愛はすべてを受け容れていきます。すべてを受け容れていくからこそ、愛のエネルギー。愛のエネルギーは喜びなんです。喜びのエネルギーはパワーです。パワーは仕事をします。エネルギーは仕事をします。喜びの仕事をしていきます。あなたの肉を通して、そしてその意識の世界を通して、私達はひとつになって愛のエネルギーを流していくこれからです。私は本当に喜んでいます。こうして私はあなたを通して語れる機会をまだまだいただいていること、そしてあなたの肉体を無くしたあと、私達は本当に意識の世界でひとつになって、250年後の次元移行へまっしぐらに進んでいくでしょう。250年後、私達は再び肉を持ち、ともに歩みを進めます。真っ直ぐに、真っ直ぐに次元移行を果たし、次元を超えて、そしてさらに愛を目指す、真実の世界を目指す道は続いていくのです。
壮大な計画です。私達はひとつ。愛の中にひとつだということを、あなたの中に、絶えず、絶えず伝え続けます。波動として送ります。その波動を、あなたはその肉体を通して流していきなさい。そして、もうひとつ、言葉を通して流していくのです。私はあなたともにあります。私、田池留吉、アルバートの意識はあなたの中にあります。あなたとともにあります。あなたを通して語る田池留吉、アルバートの波動、意識、エネルギー、メッセージ、それが本物です。喜び、温もりです。
微かな幸せを求めてきたあなたですが、そうではありません。微かな幸せではありません。大きな、大きな喜びと温もり、幸せの世界を、あなたの中に広げていくのです。いってください。あなたは、またそうすることができる存在です。これから、ともに、ともに歩んでいく仲間があなたの周りに集ってくるでしょう。ともに歩みを進め、あなたを中心にして、UTAの輪が愛へ向かっていく様を、私は心から、心から喜んでいます。私のほうに心を向けていくだけです。


347)  ひとつ、ともにともにという題をつけて、UTAブックさんが作ってくれた日めくりカレンダーの裏に、思いを書いてくれた田池先生です。今はそれも叶わないことだけど、心の中に伝えてくれる波動をしっかりと感じて、楽しんで喜んで瞑想を続けます。今日、5日からひと足早く志摩に行きます。ともに学んでいきましょう。

348)  5日、伊勢志摩ロイヤルホテルへ行くために乗車した近鉄特急の中で、田池先生が亡くなられたと一報を受けました。瞬間すごい人だと思いました。やっぱり田池先生はすごいと思わざるを得ませんでした。こういう形で、セミナーに参加されるんだと思いました。実はその一週間前の日曜日に病院へ行きましたが、もうすでに自発呼吸はできずの状態で、セミナーまでどうだろうかという思いを持って帰りましたが、セミナー開催を待っていたかのように、先生は先生の望み通り、一人静かに息を引き取られました。そして、文字通り、肉のない状態で、今回のセミナーをともにやらせていただきました。それも、死んでもセミナーをしますという言葉通りです。
これから、何かの折にふっと思いが込み上げてくるときがある思いますが、しかし、瞑想をして心を向ければ、いつも、いつも応えてくれています。いつも、ずっとともにいますというメッセージが届きます。何も案ずることはない。私に心を向けていさえすればそれでいいのですというメッセージを、ここ最近は何度も受けてきました。実は、№346は遺言だという感じで掲載しました。そのまま、そのまましっかりと遂行です。田池留吉の意識とともに、セミナーの中で学びを進めていきましょう。

349)  私は田池留吉です。はいどうもありがとうございます。ともに、ともにセミナーをさせていただきました。皆さんの喜んでいる様を私は受け止めました。心から、心からありがとう。あなたの思いをしっかりと受け止めています。ともに、ともに、これからも、ずっと、ずっと歩いてまいりましょう。生きてまいりましょう。存在してまいりましょう。
私達の心はひとつ。愛の中にひとつ。ともにともに歩める喜びをただただ伝えていきます。あなたの肉体とともに。私の肉はもうありませんが、私の意識の世界を心に感じているあなたは、その意識の世界へ、心を向けていくこと、そのことをあなたに伝えています。どうぞ、私に心を向け、私の思いをしっかりと受け止め、心から、心から愛のエネルギーを流してください。
「愛です。私達は愛でした。私達は愛です。あなたも愛です。すべてはひとつです。愛の中にひとつです。」このメッセージをどんどん波動として流していってください。私はただただ喜びで、喜びで、あなたのその思いを受け止めていきます。喜びです。喜びです。私は喜びです。私の中には喜びしかございません。私の意識の世界をどうぞ、あなたの心の世界に広げて、広げて、広げていってください。心から心から、ありがとう。ありがとう。ありがとう。


350)  どうぞ、それぞれが本当に真剣に真摯に自分のこれからを思ってください。志摩に学ぶ場所が用意されます。それぞれ諸事情があるでしょうし、色々クリアすべき点もあるでしょう。熟慮したうえで行動してください。学ぶ環境、学べる環境を用意して、死ぬまで元気に学んでいけたら、こんなに幸せな人生はないと思います。

351)  田池留吉の肉があってする学び。そして、そこから田池留吉の肉がなくてする学びへ移行した2015年。折り返し点を通過し、この移行時期が少々早い感もありますが、私は自分の予定のコースを粛々とこなしていくことだけを念頭に、250年後の最終に向けてしっかりと学んでいきます。
これからもともにセミナーをさせていただくことで、セミナーが私を育ててくれます。喜びのエネルギーが喜びを育て、大きな喜びの輪となって、宇宙に流れていくことを心から喜んでくれている田池留吉、アルバートの意識の世界です。帰ってきなさいと大きく広げてくれている懐の中へ、ともに、ともに歩みを進めてまいりましょう。


352)  一人で瞑想、あるいは学びの友と瞑想を継続されていると思いますが、あなたの瞑想は変わってきましたか。田池留吉を思う瞑想、どうでしょうか。あなたの心に響き伝わってくるものに変化がありますでしょうか。どうぞ、あなたの中にある田池留吉の波動をしっかりと感じられるようになってください。その波動を知るために、今のその肉体を持ってきたことを、どうぞ、自分の心でしっかりと感じられるようになってください。

353)  2016年のセミナー予定を報告します。3月、6月、9月、12月のUTAの輪セミナーの他に、50名、または200名規模のUTAの輪セミナーを5月、7月、8月、10月、11月に開催します。5月、7月、8月は橿原。10月、11月は、志摩の予定です。真剣に真摯に、そして自分に誠実に向き合う方達と学んでいこうと思います。ともに瞑想を楽しみながら、温かくて喜びの世界だけれど、肉は一切通用しない厳しさを味わっていきませんか。

354)  私達は喜びです。愛ある中に存在していることを感じてまいりましょう。私は田池留吉。あなたの中の田池留吉、アルバートの波動です。私は波動です。私はあなたの中に生き続けています。今までも、これからも、ずっと、ずっと永遠に生き続けています。ようやく今世、あなたはその肉を持ち、私の存在に気付いていただきました。私との出会いを果たしていただきました。とても、嬉しいです。私達は喜びだったことを私はあなたに伝えたい。もっと、もっと伝えたい。さらに、さらに愛の世界へ進んでいっていただきたい。私は、いつもそのように、あなたに思いを向けています。心から、心からありがとう。私は肉なきあとも、あなたの中で、このように伝えています。私の存在を感じているあなたを心から受け容れ、ありがとうございますとただただ最敬礼です。私は、本当に嬉しいです。本当に嬉しいです。
田池留吉、田池留吉、私は田池留吉。そして250年後のアルバートです。心から、心から出会いを果たしてくれてありがとう。私の思いは、すべての意識達に、この愛の世界を伝えていきたい。伝えていくべく私は存在していることを、どうぞ、あなたのその思いの中でしっかりと私に心を向け、どんどん波動を流してください。
宇宙に向けて波動を流していくんです。あなたが宇宙と呼べば、あなたが宇宙と思えば、波動が流れていきます。愛のエネルギー、私とともに流してまいりましょう。この仕事が、私達の大きな、大きな仕事。喜びの仕事です。そして、ともにセミナーを続けていく中で、私達は今を生きる喜びを感じていってくださいとメッセージを送ります。そうです。今を生きる喜びです。今、私達は愛の中に存在していることをどうぞ、どんどんどんどんどんどん自分の中で感じていってください。今を生きる喜び。今を生きる幸せ。今を生きる力強さ。それが250年後の次元移行へ続いていくということをあなたの中で確信していくこと、このことをメッセージとして流してください。どうぞ、皆さん、ともにともに愛を目指し、ともにともに真実の世界を目指し、一歩、一歩、着実な一歩を歩んでまいりましょう。


355)  私は、田池留吉、アルバートとともに歩む、存在していく意識であると自分に目覚めています。だから、それに抵抗する思い、反抗勢力が自分の周りにあれば、さっさとそのようなところから離れていきます。たとえ親兄弟であろうとも、私は私の思いを通します。反抗勢力に自分の生き方を左右されません。あなたはどうですか。肉、肉の繋がり、断ち切れますか。田池留吉の眼力に狂いはなく、絶大な信頼のもとに、私は、250年、300年に向かって歩んでいくだけです。私の感じている世界から、そのように語ります。過去してきた宗教の世界とは全く次元が違うことを、あなたは本当に認識しているのでしょうか。

356)  田池留吉を思う瞑想をしっかりとやり続けていますか。あなたの中に伝わってくるものはどんな思いでしょうか。響いてくるのは優しさですか。温もりですか。喜びですか。それとも・・・。田池留吉を呼ぶ、田池留吉を思うならば、どうぞ、喜びで呼び、喜びで思ってください。

357)  2015年、平成27年。まもなく終わりますが、節目の年でした。UTAの輪が始動し、田池留吉、アルバートの世界に標準を合わせ、宇宙の友としっかりと愛へ向かって、一歩、一歩喜びの道を進んでいくことを改めて確認して、昨晩の瞑想を終え、今朝、ホームページを更新しています。
今、志摩に関して、様々なことが取りざたされていますが、田池先生が、あそこでと口火を切られたので、これからあそこは動き出します。乞うご期待。


358)  私は何が嬉しいって、田池留吉の肉を通して、アルバートの波動と出会ったこと、これほどの喜びはありません。田池留吉という肉を通して、アルバートの世界を伝えてくれたこと、もうそれは言葉では表現できない、半端じゃないすごいことでした。田池先生からいただいた種水は、間違いなく、田池留吉、アルバート、そして愛を伝えてくれます。握って、そして思いを向けて瞑想をすれば、どんなにすごい中に私達は存在しているのか、心に響き伝わってきます。瞑想を、正しい瞑想を、心を向ける合わせられる喜びを、どうぞ、死ぬまで継続。喜んで、楽しんでやっていきましょう。

359)  今、肉を持たない田池留吉の意識の世界は、文字通り肉に時間を割く必要がないから、ストレートにただただ伝えてきます。すごい勢いで伝えてきます。すごい波動です。言葉に変換してみました。
これからです。これから、これから、これから、あなたの本当の学びが始まります。UTAの輪の中で、あなたと私とともにひとつになって、愛へ向かっていく様を、あなたは心に感じていくでしょう。すごい世界です。愛へ突き進んでいく。私は肉がない。肉のない田池留吉の意識の世界をあなたは、もっと、もっとしっかりと感じていくんです。そして、喜び、温もり、優しさ、広がり、とてもとても言葉では表現的できないとあなたは言いました。そうです。まさにそうです。これから、あなたの中でしっかりと、愛の波動を受け止めていくこれからなんです。本当に嬉しいです。私達は喜び。私達はひとつ。愛の中にひとつ。愛、愛、愛。私達は愛。愛の中にひとつ。このことをあなたの中に本当にしっかりと広げていってください。心の中に、私、田池留吉、アルバートを呼べば、あなたの中で応える私の喜び。はい、これがあなたの波動です。私の波動です。そしてともに、ともに歩んでいくこれからの時間。時を超えて、何もかもすべてを超えて私達はともにひとつになっていきましょう。これから、これから、さあ行こう、さあ行こう。私はともに、ともにと呼び掛けています。心から嬉しいです。本当に嬉しいです。愛、愛。愛があるだけ。愛の世界を私達はもっともっと知っていきましょう。心の中に喜び、喜び、喜び。本当に大きな、大きな、大きな仕事が待っています。これから、これからの時をともに楽しんでまいりましょう。すごい世界です。すごい出来事。すごい中に私達は、いざなわれています。喜びしかありません。心の中の田池留吉、アルバート、そして愛へ心を向け、宇宙をどんどん呼んでいきましょう。宇宙をどんどん呼んでいきましょう。あなたの中で、どんどん、どんどん、どんどん広がっていく宇宙の波動。それが私達。喜び、喜びの波動です。私達は喜びです。ともにともに行きましょう。とても嬉しいです。心を向けてくれてありがとう。あなたの中で、心からありがとうを、私は何度も何度も伝えます。私にはありがとう、そして喜び、それしかありません。温もりの中に帰っていこう。喜びと温もりの中へ私達は帰るんですよ。あなたの中でどんどん、どんどんその波動を流していくことを約束してくれました。嬉しいです。ともに、ともに歩める喜び、喜びだけが私達を繋いでいます。私達はひとつ。ひとつですよ。ひとつです。ひとつしかありません。
宇宙はひとつ。私達の宇宙はひとつ。母なる宇宙へ、ともに、ともに帰っていくこの喜びだけを私はあなたに伝えています。
ああ、あなたもその喜びだけをあなたの中から伝えてください。私達は、ひとつ。ひとつです。


360)  戯れ言だと思ってください。今日、自転車に乗っているとき、なぜか、田池先生が亡くなられた日時がしきりに出てくるんです。家に帰って、数字を並べてみました。
201512051222。それを思いつくまま並べ替えてみました。250 250 12 12 12。あなたはこの並べ替えた数字をどのように思いますか。
単なるこじつけかもしれませんが、何だか私にはそうとも思えないのですが・・・。

361)  私は田池留吉です。私とあなたの違いは、肉があるかないかだけです。意識は同じ。意識はひとつ。愛の中にひとつ。私とあなたは同じです。私には肉がない。あなたには肉がある。その違いです。その違いの中で、あなたは自分の心をしっかりと見て、私の指し示す方向に真っ直ぐに心を向けて、淡々と、淡々と、喜こんで、喜こんで、その一歩を突き進んでいくんです。すべては整っていきます。愛の方向へすべてが流れていく意識の流れを、あなたの心の中に私は伝えました。しっかりと伝えました。この流れをあなたの中から波動として、エネルギーとして流してください。意識の流れが厳然としてあることを、あなたの心は知っています。あなたの意識の世界を、しっかりとしっかりと信じて、そして、私とともにあること、愛ある世界が本当の私達の帰るべき心のふるさとであることを、しっかりと、しっかりと伝えなさい。どうぞ、どうぞ、喜びで瞑想を続けてください。私を喜びで呼んでください。私を喜びで思ってください。
あなたの心に応えているこの波動、エネルギー。私はあなたの中で生き続けています。これからも永遠に、ずっと、ずっと生き続けていきます。
あなたもあなたの中で生き続けている。あなたの姿は目に見えません。私の姿は目に見えません。そうです。肉を持っていようが、持っていまいが、私達の本質は意識、波動、エネルギー。私はそのことを、しっかりと、しっかりと伝え続けます。これからも伝え続けます。肉を、肉、形を本物とする意識の中に、私達は衝撃を与えていくでしょう。それが宇宙的規模の天変地異です。この天変地異なくして、人類が真実に目覚めることはありません。これから250年、300年にかけて、この地球上に起こってくる様々な出来事、しっかりと心を開いて、あなたの心の目でしっかりと見つめ、そして、次元を超えてまいりましょう。私達は次元を超えていく意識の流れの中にあることを、ただただ伝え続けます。


362)  ともに、ともに行こう。ともに、ともに、みんな、みんないっしょにひとつになって行こう。そんな思いが田池留吉の世界から伝わってきます。
どうでしょうか。皆さん。それぞれの環境、それぞれの思い、それぞれの考えがあります。どうでしょうか。今の肉、肉の思いを少しずつでも弱めて、ただ一点、心を合わせていってください。田池留吉が伝えてくれたこと、田池留吉の世界、愛の世界、自分の中の愛に素直に、本当に真摯に向き合っていきましょう。
田池留吉から伝えられたことを、素直にしっかりと実践していく今世の残りの時間としていきましょう。
今の肉を持ってこの学びに集えたことを心から喜んでいってください。心から喜び、そして250年後にどうぞ繋いでいってください。その間に一回、あるいは二回、それ以上の転生を重ねていくでしょう。しかし、その中で苦しい、悲しい、辛い、怒り、色々な闇の思いをどうぞ、どうぞ、田池留吉のもとに帰してくださるようお願いします。
難しいです。難しいですけれど、そうするより他に方法はありません。私達が次元を超えていくためには、肉を離すその瞬間まで、そして、本当は肉を持たないその間、しっかりと田池留吉、お母さんのほうに心を向けて、ただただ喜びと温もりの中にあった自分に、心を馳せることをしていかなければなりません。難しい作業を、私達は自分に課しています。
しかし、それは喜びだからです。本来の自分に帰るために、喜びの道を歩いてまいりましょう。
ともに、ともにひとつ。ともに、ともに行こう。その呼び掛けを田池留吉がしてくれました。だから、もちろん、私も、ともにともに行こうと、ともにひとつと呼び掛けてまいります。ともに、ともにひとつになって、愛へ、愛へ。宇宙をどんどんどんどん進んでいきましょう。宇宙は私達の帰るふるさと。あのふるさとへ、心をひとつにして帰ってまいりましょう。


363)  セミナーの感想や、ホームページを読んでの感想などを、メールしてくれますが、どの方にも私は殆ど返信していません。読ませてもらってその方が喜んでおられたら、それでよいと思っています。その方に必要ならば、気付きのチャンスがあるだろうし、とにかくやはり喜んで、瞑想を続けていくことが一番大事なんだと思います。
ただ、独りよがりで瞑想、学びを続けていくのではなくて、無理は禁物ですが、やはり、なるべくUTAの輪のセミナーに参加していただければと思います。毎回がいいですが、年に一度でも都合をつけて参加してみてください。
というのも、私は私の肉体を使って田池留吉がセミナーをともにやり続けますというメッセージを受けているからです。田池留吉がはっきりと語ってくることだけを信じて、愚かな肉はそれに従っていくだけです。田池留吉が肉を持っていたときの約束通り、波動をメッセージを伝え続けます。

364)  間違った自分は、何度も、何度も出てきます。自分の中に培ってきたブラックのエネルギーは、人を変え、状況を変え、何度でも学習の機会を作ってくれます。肉を持っている時でしか、それは分からないからです。そして、もう時間はそんなに残されていないから、これから肉を持つ時間、転生の時間は、非常に貴重な時間となっていきます。いつまでも、肉を本物とする思いの中から自分を解き放つことができなければ、・・・ということが心で感じられるのではないでしょうか。タイムリミットは確かにあることも、心に響いてくると思います。その中で、すでに田池留吉の肉がない今、どのように自分の歩みを進めていくか、それぞれに問われていくこれからだと思います。

365)  日々、ゆったりと喜んで心を向ける、思うことが、何よりも、何よりも大切なことであり、それが最高に幸せ、喜びなんだと、本当にしみじみ感じています。温かな優しい、そして、しっかりとした力強い波動を感じ、ともにある喜びを感じ、ああ私の中で生き続けているんだと実感しています。呼べば通じる、思えば通じることを心の体験として、重ねていけばいいだけです。こうして学ばせていただけることがすごいし、幸せなことだと私は思っていますが、あなたはどうでしょうか。
何のために、生まれてきたのか。何かをしたかったから、いいえするべきだったから、今世生まてきたんだと、本当に心で、心から分かることほど幸せなことはありません。日々、自分のエネルギーを感じ、そして、その自分とともに心を向けてください。瞑想をしていきましょう。どんなにすごい時を迎えているか、どなたの心にも響いてくるはずです。

366)  誰しも、気付き、促しのときを、何度か迎えます。規模の大小があるかもしれないけれど、だから見逃す場合ももちろんありますが、自分の心を見る、自分のエネルギーを知っていくという学びに触れ、学んでいく中では、何となく、そして段々はっきりと、ああこれは気付きだ、促しだと感じるでしょう。感じながらも、素直にそれに沿っていくかは、別問題ですが、自分の中で素直に受け容れていけば、学んできた効果は倍増します。一歩自分を進めることに間違いはないと思います。
自分の歩みが一歩進めば、見えてくる、感じてくる意識の世界が違います。それをレベルアップと言います。
肉、形の世界を本物として生きている中では、気付きの時があっても、促しの時があっても、その土台の上だから、一歩自分の歩みを進めていくことはないんです。それでも世間的には通用します。しかし本当の世界では通用しません。

367)  今、私は、月に一度、クボハウスで学びの友とともに瞑想をする嬉しい時間をいただいています。年が明けて2016年夏頃には、志摩にも、大宝のクボハウスよりも若干広い学びの場が完成の予定です。私自身、先日のセミナー会場でも申し上げましたように、今のところ、志摩にすぐに住居を移す予定はありませんが、定期的に、そこでも、ともに瞑想をという思いでいます。
大阪上本町から近鉄特急で2時間20分。なので日帰りはせずに、ゆっくりと二泊三日、お勉強して、また大阪上町台地へ帰るということになると思います。
志摩の学びの場は、かつて田池先生が購入されていたところでもあります。大宝は二上山を眺めながらという点でいいところですが、志摩の地は、もっとすごいということで、いいところです。もちろん、私には、今居住している上町台地も離れ難いところですが・・・。


368)  田池留吉の意識の世界は、田池留吉という肉を脱ぎ捨てて、まさに250年後、300年後に向かって力強く突き進んでいます。さあともに行こう、ともに行きましょう、ワンツー、ワンツー、ワンツーと、あなたの心に響いてきませんか。その田池留吉の肉が私達に最後に残してくれたものが、志摩の地です。2016年から本格的に始動し、それが軌道に乗るまでには、少々時間を必要としますが、すべては250年、300年に至る次元移行という意識の流れの中の大きな計画の一端だから、必ず、田池留吉の肉を通して言ったことは、形となって遂行されていきます。私自身は、セミナーを20年間と言われていますので、UTAの輪の中でともにセミナーを喜んでさせていただきます。私にとって、大阪も志摩も大切な場所なので、学びの場はしっかりと活用させていただき、愛へ向かって、母なる宇宙に向かって、一歩、一歩ともに行こうと呼び掛けてまいります。

369)  田池留吉を思う瞑想、喜びとなっていますか。田池留吉を心から呼んでいこう、呼んでいます、思っています、となっていますか。
田池留吉を思えば、ただただ喜びと温もりが広がっていますか。愛、心のふるさとなんだと心の底から思えますか。感じますか。
誰かのために、あるいは何かのために生きるのではなく、自分のために生きる人生をと思います。いい格好せずに、泥臭く自分のために時間を使いましょう。
肉の時間はあっという間に過ぎ去っていきます。初版「意識の流れ」は、2004年12月。あれから丸11年が経ちました。その間、あなたはどの程度、真実の波動の世界を進んでいるでしょうか。それどころか、まだまだ足踏み状態かもしれません。これから1年、3年、5年、10年、20年・・・と肉体の衰えを現実としながら、自分を次の転生に繋いでいく課題がそれぞれにあります。どうぞ、その辺のところ、しっかりと視野に入れて、残りの肉の時間を過ごされればと思います。


370)  心の中、意識の世界で出会った波動は、今世の大きな大きな宝物でした。今世、肉を持ったからこそ出会ったものでした。大きな収穫を得て、歩みは続いていくことを感じ、だからこそ何物にも代えられない喜びだと私は実感しています。
田池留吉の肉とともに学んできた方達には、指針通りに学んでいれば、それぞれの心にしっかりと残っているものがあります。それを呼び起こし、どんなときもそこに戻っていけばいいんだと思えるように、学びを進めていけば、人生万々歳ではないでしょうか。私達は本当に幸せ者です。何がなくても、自分の心で感じ実感できる波動の世界に存在している自分だったと本当に心で分かればということになります。


371)  下記の文章は、田池先生が、「直感」という題で綴られた文章から抜粋したものです。
「現在は、どうしても意識の転回と愛の覚醒をと心から思っています。死ぬまで、死んでからも正しい瞑想と愛のエネルギーの確認と愛の覚醒を伝えていこうと思っています。」
その通り、遂行されています。死んでからも正しい瞑想と愛のエネルギーの確認と愛の覚醒を伝えていこうと思っていると綴った田池先生の思いは、そのまま、田池留吉の意識の世界からのメッセージとして伝わってきます。それは当たり前のことで取り立てて言うことでもないと思いますが、自分の中で確認する喜びを味わいながら、改めて意識の世界のすごさ、正確さ、ありがたさを学んでいます。
田池留吉を思う、思えることだけが喜びに通じる、温もりの世界、愛、心のふるさとへ通じていくことを、どうぞ、どうぞ、今の肉を持っている間に知ってください。心で感じることがすべてです。


372)  2016年、申年。そして、酉、戌。2015年田池留吉氏没後、3年くらいの間にセミナーもそう、志摩での仕事もそう、状況が段々と整い、そしてその後は順調に流れていくでしょう。そして、亥年を迎えます。学びを去る人は去り、学びに集う人は集ってということが、はっきりとしてきます。愛へ向かって、次元移行へ向けて、ともに歩んでいこうとする純粋な思いだけを共有していきます。田池留吉、自分の中の本当の自分に応えるべく、誠実にそして猪突猛進で行きます。

373)  みんな、その気になって、本当に自分の残りの時間を見つめながら、その気になって、思いを向ける時間を持てば、どんなに幸せな自分だったか、どんなに幸せな時を用意しているか、自ずと感じていきます。もう瞑想をすることがただただ嬉しいとなってきます。最後は瞑想だということが、心で分かります。そして、いつも呼べば、思えば、通じている喜びというか安心感が心に広がっていくようになってきます。
どうぞ、自己確立の道を歩んでください。それは得手勝手な肉基盤の自己確立ではもちろんありません。波動です。形はない、音もない、匂いもない、しかし確かにある。どこにあるのか。確かな手ごたえを感じていきましょう。


374)  ともにある、ともに生きる、ともに歩む、ともにセミナーをする。繰り返し伝えてくるメッセージは嬉しい限りです。私に心を向けて、私を流していきなさいと伝えてきます。自分の中に生き続ける温かくて優しくて、そして力強い波動。響いてくる世界は田池留吉の世界だと私は確信しています。
そして、いつも伝えてくるメッセージとして、「あなたの肉は愚かです。肉は何もできません。あなたができることは私を思うことです。私を思えばいい。そうすればあなたから流れていく波動が仕事をします。私が仕事をします。」というものがあります。その通りです。また、「伝えるべきことは、伝えるべき時に伝えます。」もそうです。
そこに肉がないだけなんだということを実感しています。あと、病室で、ひとつ、ふたつ言われたことがありますが、これは私のこれからの学びの励みとしていきます。


375)  私は、月に一度、クボハウスでともに瞑想をする時間をいただいています。学びの友がその時の様子を録音したものを、文章にして送ってくれています。今回、その一部を掲載させてください。
「NPO法人UTAの輪 第1回セミナー」から3週間経ちましたけど、どうでしょうか。みなさん、日々、瞑想をして頂いているでしょうか。
あの時もセミナーで読ませていただいたんですけど、田池先生が亡くなられて、これからは、文字通り自分の心をみて、自分のエネルギーを知って、ともにふるさとに帰ろうというその思いをしっかりと自分の中に届けていくということが、今世肉を持って学ばせて頂いている私たちの大きな大きな仕事だと思います。しっかりと前を向いて田池留吉に心の針を合わせていけるような、それぞれに蘇ってください。
田池留吉を心から呼ぶということは大変難しいです。呼んでいる、合わせている、合っていると思われているかもしれませんが、どうでしょうか。他力のエネルギーは、そう簡単に自分の中で愛へ帰すことはとても難しいんです。しかし、難しいけれどそれが可能だから、私たちはこうして今世肉体を持って田池留吉と出会わせて頂きました。田池留吉の肉と出会い、肉を通して真実、本当の世界を学ばせて頂いてきました。これを自分の中で250年、300年に絶対に繋いでいってください。250年、300年です。目標は次元移行です。
今世のちっぽけなところで囚われないでください。私はできている、私は心が敏感だ、私はチャネラー、あの人は素晴らしい、この人はどうだ、そういうちっぽけな世界で自分の心をもう落としていかないでください。次元移行を目指して、大きな大きな仕事をしていきましょう。私たちは素晴らしい存在です。誰一人劣っている者も、優れている者もありません。みんなひとつの意識の中で愛へ向かって進んでいこう。田池留吉の思いをしっかりと心に受け止めていける今世であってください。今の肉体を離すまで、しっかりと心をみていってください。離した後、とても難しいですけど、しかし、その足掛かりというか、手がかりというか、それは今世あなたの肉体を持っている間に掴んでいってください。そのために、まだともにセミナーを、ともに瞑想をする時間が残されている、このことを喜んでまいりましょう。

私は田池留吉の意識です。どうぞ、みなさん心をしっかりとみつめてください。ご自分の培ってきたエネルギーをその肉体を通し、しっかりと感じていきなさい。あなたと私は一つです。心の中で私を呼びなさい。私に心を向けることをあなたは拒否してきました。
あなたは己が偉すぎます。あなた方は己が偉すぎます。どうぞ田池留吉の世界へ一歩一歩あなた方の歩みを進めてください。心から待っています。私は田池留吉、私の肉体はもうないけれど、あなたの中にいつも私は語っています。どうぞ、私の波動をしっかりと感じられるあなた方になっていってください。それには母の反省、母の温もりがとても大切です。心をどうぞ、どうぞ一つにして歩みをともにしてください。あなたの中のたくさんの意識たち、すべてあなた自身です。そのあなたを見捨てないように、私は一歩一歩あなた方の中で一歩を待ち望んでいます。心から心から待ち望んでいます。私は死んでも死んでおりません。私は存在しています。あなた方ももちろんそうです。肉形はありません。私は目に見えません。文字通り私はあなたの中の田池留吉、この波動をしっかりと心に感じて、これからも学びを続けていってください。学びを続けていくこと、まっすぐに、まっすぐにこの道を、この道をまっすぐに、ともに心を向けてまいりましょう。私は田池留吉、心から心から待っています。あなた方の250年後を今、今あなた方の心の中に伝えます。250年後は喜びです。喜びで私を思ってください。喜びで母なる宇宙へ帰りましょう。母なる宇宙へ、はい、母なる宇宙へ思いを向けてください。

376)  愛へ帰ろう。愛へ帰ろう。みんなともに愛へ帰ろう。ふるさと、あの優しい温かな広い、広い宇宙に帰りましょう。ああ、私達の帰る場所を伝えてくれた喜びを心に感じてください。ふるさとを、ああ、あなたの中で心から、心から待っていることを知ってください。愛はあなた自身でした。あなたが愛でした。そのあなたの中へ戻っていく時間を、これから用意しています。すべての意識達に伝えなさい。この時間こそがとても、とても大切な時間です。この時がとても大切な時間です。この時を逃せば、ああ、どうでしょうか。宇宙に沈む。ああ、ああ苦しみの中から、ああ、ああ、自分を解き放つことが、とてもとても難しいことを伝えなさい。私達は愛。愛のエネルギーに逆らって存在することはできません。逆らって存在していることを、自らに知らしめるこれからなんです。

377)  田池留吉と素直に喜びで、ただただ喜びで呼ぶ、呼べること、思う、思えることだけが、幸せに、喜びへと自分をいざなっていきます。これ、あなたの中で納得ですね?。本当の喜びと幸せを知るには、これ以外に何もないと断言できますね?。もちろん、もちろん、そして言い切れると即答ですか?。言い切れる喜びを味わってください。自分なりに学んでこられて、結果、田池留吉を呼ぶことに、思うことに多少なりとも抵抗があるならば、学びをすっぱりとやめたほうがいいです。この学びは既存の宗教ではないのだから。この道を本当に行く、行けるのはいわゆる狂人のみ。今の段階では。それほど世の中が狂っているということなんですけれど。

378)  瞑想は至福のときです。温もり、優しさ、安らぎ、そんな世界との出会いがあるからです。肉を信じてきた真っ暗闇の自分の中に、微かに灯った世界を手さぐりに、だけど、思いを向けていけばいくほどに、ぼんやりがはっきりとくっきりと灯し出されることに驚いて、嬉しくての繰り返しでした。くそったれと叫び続けてきたのに、自分の中から、ありがとうが返ってくるなんて、何とも信じ難い、しかし嬉しい心の体験を重ねてきました。
決して忘れることができない心の体験、衝撃的な波動との出会いがあったからこそ、ここまで学んでこれた。これからも真っ直ぐに学んでいく。瞑想を通して自分の思いをを確認する日々、時間は大切だと思っています。自分の中に戻っていける喜びを味わいながら、自分の中に戻っていくだけだったと学んでいます。
「ともに行こう。」呼び掛けに、どこまで素直に応じていけるか、委ねていけるかで、響き感じるものは違います。学んでいきましょう。


379)  どうぞ、自分の生活のリズムをなるべく一定にして、肉体細胞の思いに沿っていきましょう。瞑想をしていると、自然に肉体細胞の思いが伝わってくると思います。
オーバーワークは禁物です。自分の本来やるべきことに支障をきたすようなことは、考えものです。忙し過ぎても、暇過ぎても、身体によくありません。もちろん、学びをしていくについても、同じです。
また、瞑想をするということは、日々欠かせないものですが、瞑想は喜びでなさってください。ゆったりとした時間の中で、ゆったりとした気持ちで、身体もゆったりとして、そして、しっかりと心の針を合わせることについては、真剣にという瞑想です。

380)  愛を信じていこう。私は愛でしたということは、なかなか、なかなか心から信じることは難しいというのが現状だと思いますが、それでも、日々、淡々と愛を信じていける方向に、喜びの瞑想を続けていきましょう。
ワンポイントメッセージ、大切になさってください。「これからワンポイントメッセージを言います。」という形では、あまり言わないかもしれませんが、学びについて、その人に、セミナー会場等で言うポイントは、言うまでもなく私から発せられたものではありません。形からすれば、私の口を通してということですが、それはどこから来ているのかということを、あなたの心で分かっていただきたいのです。その時の私には己がありません。
「ワンポイントを素直に受けていく人は、一歩進む。そうでない人は、足踏み状態が続く。せっかくの今世を無駄にしている人が多い。なかには、私は反省も瞑想もきちんとしているし、田池留吉に心の針を合わせていると言う人もいるだろう。しかし、それは私からすれば、とてもとてもおぼつかないと言わざる得ない。だから、私は、これからもはっきりともの申します。」と田池留吉は伝えてきます。


381)  「ともに次元を超えていこう」というページを作成しましたので、読んでいただければと思います。下記の青文字の文章の次の、ともに次元を超えていこうをクリックしてみてください。同時に、意識の流れ、次元移行、アルバートとともに、思いを向けて瞑想をしてみてください。

382)  自分がどれほど幸せな状態であるか、段々と心で分かってきているでしょうか。田池留吉を思う瞑想を重ねていけば、田池留吉を思う瞑想をしていきましょうと伝えていただいたこと自体、それはそれはすごいことだとなってくるはずです。
田池留吉とは、ご承知の通り、肉という形を持つ必要のない意識の世界の総称です。本来、肉という形を持つ必要のない意識が肉を持って、肉を通して伝えていただいたからこそ、その意識の世界とコンタクトできたのです。そうでなければ、次元移行という意識の流れを、私達は知る由もなかったのです。
「自分に目覚めなさい。あなたは愛です。私達はひとつです。」真っ直ぐに、真っ直ぐに伝えていただいた私達でした。そうです。すでに伝えていただいたのです。そして、今も、これからも、ずっと、ずっと伝えてくれています。だから、しっかりと心を向ける、向けられる自分に蘇っていくだけなんです。


383)  意識の流れに沿って生きていこう、歩んでいこうと、あなたの中は伝えてきませんか。伝えてきているはずなんです。今その肉を持っている時間を大切に、自分に本当に優しくなっていきましょう。厳しく大変だけれど、喜び、喜びの舞台設定は整えられています。250年後の再会を、あなたも現実のものとしてください。

384)  ともに同じ方向を向いて、ともに喜びと幸せを。本当の喜びと幸せと温もりの世界を、波動の世界を味わっていきましょう。波動の世界は無限大です。どこまでもどこまでも、限りなく広がっていく世界。田池留吉の肉を通して伝えてくれた田池留吉の世界、アルバートの波動。田池留吉の肉がない今、そしてないからこそ、よりストレートに鮮明に響いてくるのではないでしょうか。ともに学ばせていただける喜びが伝わってきます。ありがとう、ありがとうが響いてきます。

385)  形のない中に本当のことがあって、それは自分の心でしか分からないことであり、また自分の心で感じているものが真実の世界と通じているのかどうなのかも、自分の心でしか分からないとなると、余程しっかりとした中心棒が必要となります。
そんな中心棒を自分の中で育んでいってください、いきましょうということです。今のその肉を持ったのは、そして学びに集ったのは、自分の中の切なる思いからです。
中心棒の確立にひたすら努めてください。自分の中を変えていくこと、意識を転回していくことは、今、あなたが思っているほど簡単なことではありません。


386)  母なる宇宙が待っています。大きく、大きく心を広げなさい。母なる宇宙が伝えてくれています。「心の中の喜び、温もり、あなたです。愛、愛。愛があなたです。」母なる宇宙がそのように伝えてくれています。「宇宙へ帰ってきなさい。帰ってきなさい。帰ってきなさい。」そのようにどんどん伝わってきます。
はい、はい、はい、はい。私はこの道を真っ直ぐに歩いてまいります。母なる宇宙へ帰れる喜びだけを感じながら、私はこの道を真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただひたすらに歩いてまいります。それが私との約束でした。田池留吉、アルバート、ありがとう、ありがとう。伝えてくれてありがとう。約束でした。ああ、ああお母さん、お母さん、ありがとう。待ってくれていました。お母さん、ありがとう。お母さん、ありがとう。ああ、ああ、お母さん。ああ、ああ、ああ。ああ。ああ。
「真っ直ぐに、真っ直ぐにこの道を。たたひたすらに真っ直ぐにこの道を。それがあなたの喜び、私の喜び。私達はひとつ。ただただこの道を、ただただこの道を。真っ直ぐに真っ直ぐに歩んできなさい。」


387)  肉の世界に軸足を置きながら、私は学んでいます、学んでいるからとやっていませんか。過去はどうであれ、私は学びに触れているのだからと、どこか安直に考えていませんでしょうか。学びに触れているから、何か自分のこれからが明るいものになってくると簡単に思っていませんか。
どの程度学んでいるのか、どの程度学びに触れているのか、絶えず自己評価をしましょう。厳しく見積もっても、厳し過ぎるということはないと思います。
肉の世界に置いた軸足をいかにして抜いていくのか。それがレベルアップの条件です。日々、淡々と正しい瞑想の継続を。欲では正しい瞑想はできません。


388)  私は、今の肉を通して、田池留吉氏の指し示してくれた方向に自分の針を向けて存在していく術を学ばせていただきました。ある現象が、愚かな私を有無を言わせずに引導しました。自分を自分でこれではダメだと判断したから、鈍感な私は試行錯誤しながらも、学びに、田池留吉氏に食らいついていきました。
まだ肉でも充分に元気だった田池留吉氏とともに学ばせていただいた時間が、私を育ててくれたと思っています。それもみんな予定通りですが、そのお勉強を通して残してくれた波動の世界は、もう二度と自分を裏切らないと言い切れるほどのもの、衝撃でした。
今、瞑想をしていても、そこへ必ず戻るんです。これしかない。ここしかない。その思いが愚かな私をいつも引導しています。


389)  肉の世界は、不公平で不平等で、優劣があってというのが当たり前で、だからこそ、その中で競い合い、闘い、雌雄を決することに全エネルギーを傾けてきたんです。今思えば、真っ黒なエネルギーに酔いしれていたということです。そして、私達は真っ暗な真っ黒なエネルギーを垂れ流したまま、今世を迎えたのでした。
今世、大決心をして生まれてきたのに、しかもただひとつの真実に通じる学びに集えているのに、未だに真っ暗で真っ黒なエネルギーしか流せていない状態であるならば、何とも情けないとは思いませんか。申し訳ないとは思えませんか。
過去と同じ基盤ではどうにもならないことを、また、付け焼刃的な学びの姿勢ではとてもとてもということを本当にそうだと思って、真実に背を向けてきた自分自身を受け容れていくべきなのではないでしょうか。


390)  いい学びの友を作ってください。そして、本当に学びをともにやっていこうと思うならば、学びに関連することで互いに気付いたことは、真っ直ぐに言えるようにしましょう。もちろん、その前に自分の心を見てということは忘れないように。上下関係等のない全くシンプルな中で、ともに瞑想を通じて喜びを共有できれば、肉としても最高に幸せだと思います。そして、そこからさらに瞑想の醍醐味を自分の心で味わっていく時間を、できるだけたくさん持っていければと思います。

391)  自分の心のふるさと、愛を捨て去り、忘れ去った私達人間社会は、益々生きにくくなっていきますが、それでも、こうして、今ひとつの肉を持って、自分の心を見ることを伝えていただきました。自分の培ってきたエネルギーを本来の愛のエネルギーの中に帰していきましょうという呼び掛け、いざないを真っ直ぐに受けている幸せを思い、ともに歩みを進めてまいりましょう。
田池留吉を思い、愛を思い、そして宇宙を思う瞑想の中で、本当にどれだけ自分達が幸せ者であるのか、しっかりとしっかりと感じていきましょう。感じ響き合う心が私達でした。ひたすら田池留吉を思い、アルバートを思う日々。波動を感じて幸せな日々を重ねていきましょう。


392)  250年、300年に心を向けていけば、今、本当にするべきこと、喜びで伝えてくれると思います。ともに帰ろうと思いを向けていける優しくて温かな自分を、自分は本当に待っていたんだとはっきりと心に感じられるでしょう。どこへ帰っていけばいいのか、帰るべきところがあるのか、全く分からなかった状態の中で、こっちだよと優しく、しかしはっきりと力強く伝えられることは、この上もない喜びでした。
喜びと温もりが尽きることなく湧いて出てくる、それがあなたですよと、田池留吉の意識の世界がその肉を通して真っ直ぐに伝えてくれたことには、本当に最初面食らいました。どんなに闘いを挑んでも、私はあなたを信じていますとだけ返ってきた思いにも、私は戸惑い驚きを隠せませんでした。
田池留吉を思う瞑想の中で、そんな意識のやり取りがあったことに、懐かしさとありがたさが込み上がってきます。


393)  ともに、ともに歩みを進めていこうという田池留吉からの思いを感じるがゆえに、昨日の学びの友との勉強でも厳しいことしか語れませんでした。そこには、ともに次元を超えていこうの呼び掛けに、しっかりと応じていこうという思いがあるからです。田池留吉の世界を知っていけばいくほどに、意識の世界の厳しさが心に響いてきます。だから、どうしても口を通して出る言葉は厳しくなってきます。ですが、波動、意識の世界からとらえていただければ、その厳しさはどこからくるのかきっと感じられると思います。千載一遇の学びのチャンス、逃さないでください。自分の心だけを見ていきましょう。

394)  何だかんだと理由づけをしてみても、本当にするべきことはひとつしかないのです。なんやかんやしているうちに、あっという間に年を重ねていきます。体力気力のあるうちに、自分の基礎をしっかりと作りましょう。後悔先に立たずです。

395)  思いはエネルギーです。思うことはエネルギーを流すということです。そして、エネルギーだから仕事をします。必ず現象化します。形の世界では、プラスの現象、マイナスの現象と判断します。マイナスの現象には、いわゆる崩壊とか嫌なイメージがあります。マイナスの現象はマイナスとしてしか受け取れません。従って、マイナスの現象によって、さらにマイナスのエネルギーを増幅させていきます。そして、そのエネルギーはまた仕事をしていきます。それが従来の私達の生き方でした。
一方、崩壊とかというマイナスの現象を、プラスとして受け容れていったならば、つまり現象的にはマイナスなんだけれども、それを自分の中でプラスのエネルギーに変換していったならば、事態は一変します。
マイナスのエネルギーを増幅させることしかできなかった私達に、マイナスだと思ってしまう心があるでしょう、その心とはいったい何なのか、しっかりと学んでくださいということでした。

396)  UTAブックのホームページでご存じの方もおられると思いますが、アメリカ在住の学びの人達とスカイプを使って1時間勉強する予定となっています。
1月31日(日)の午前8時から1時間です。それでこれは私の思いつきなんで、桐生さんにまだご了解いただいていませんが、8時30分に、そこに集まっている人達に一斉に田池留吉のメッセージを受けていただこうと思っています。1月31日午前8時30分から3分間実施します。よろしければ、ご自宅等で参加してみてください。
そのときに自分の心に思いが上がってくれば、それを自分の学びに活用してください。メッセージを受けるだけが勉強ではありません。そして、言葉を出すとかそういう問題でもありません。一連の作業の中で自分の動く心を見ることが勉強であり、それらをひっくるめて全部自分の勉強です。

397)  喜び、幸せ、温もりを感じるのに、いったい何が必要なのでしょうか。何も要らないんです。思えばよかっただけでした。今、思えることが、それが喜びでした。幸せでした。温もりの中にあったことを本当に知っていけば、瞑想をすることが嬉しくて、幸せとなっていきます。波動を感じて嬉しい、幸せ。異語で語り合えることが嬉しい、幸せ。宇宙を思えば嬉しい。幸せ。瞑想は至福の時です。思えば通じる喜びの時です。思うことはどこにいても、いつでも、誰にでもできます。ということは、本当に思うことをしたならば、みんな喜びだった、幸せだったと分かるということなんです。
そんな喜び、幸せの中で暮らしていけばよかっただけでした。喜び、幸せを求めて生きても、喜び、幸せに出会えることはありませんでした。真逆に生きてきたのでした。

398)  大阪とロサンゼルス。直線で約9200キロ、時差は17時間。日本でセミナーがあるからといって、そんなに簡単には参加できません。日本国内においても、大阪近辺の人達と、北海道、九州、沖縄の人達とでは、学ぶ環境に差があります。しかし、それらは初めから承知です。また、学ぶチャンスに恵まれている人達が、一歩先んじているかと言えば、決してそうではありません。みんなそれぞれに学ぶ環境、時期を設定しています。その自分の設定してきたチャンスを本当に素直に活用できるかどうかです。そのために300年が用意されているのです。日本の国とかアメリカとか、そんな小さな中で学びをしているわけではないことも、分かってこられると思います。
ただただ喜んで、そして真摯に学んでいきましょう。形ではなく、波動を学んでまいりましょう。

399)  私達は、250年後、アメリカに最終の転生を持ちます。その舞台設定はすでに整えられています。それが意識の流れです。度重なる天変地異で、たとえばアメリカという国がどんなに変貌していても、転生してくるニュージャージー辺りは残ります。今世、島国日本から発信された波動は、250年後、さらにその威力を増して、そして伝わるスピードも格段の違いです。僅かな時間の中で次元移行を仕上げてまいります。

400)  下記の文章は、先日のクボハウスでの勉強会のもので、録音したものを書き起こしてくれてメールしてくれました。その一部で、少々長いですが、一読してみてください。

何故あなたは毎日毎日瞑想をしているのでしょうか。第1回UTAの輪のセミナー、NPO法人UTAの輪のセミナーでも学びの動機の修正をと言いました。どうぞ瞑想をしているその意味、その動機をもう少し厳しく見つめてください。学びに繋がっていれば、自分の中に何かしら明るいものが、安らぎが広がっていくと安直に考えているのならば考え直してください。自分の心の針をしっかりと田池留吉に向ける、その厳しい、厳しい思いをしっかりと心に感じてください。瞑想、正しい瞑想の程度が深まってくれば、意識の世界の厳しさも、また心に響いてきます。嬉しい、ありがとう、喜びだ、その思いは確かにそうなんですけども、その奥には厳しい、厳しい思いが残っています。厳しい、厳しい思いが自分を引っ張っていくんだというところまで、瞑想を掘り下げていってください。
自分の心を見ることについてもそうです。自分の心を上っ面だけで、「ああ、こんな思いが出た、あんな思いが出た、ごめん、ごめん、ありがとう、ともに帰ろう。」そういう表面的な反省はもういいんです。もっともっと掘り下げて、もっともっと自分の中をずっとずっと進んでいってください。正しい瞑想の継続、正しい瞑想が本当に出来ているかどうか、それは250年300年に至る時間の中で、自分の中で答えを出していきます。
どうぞ、宇宙の藻屑にならないでください。「宇宙の藻屑」簡単に考えないでください。私たちはずっと宇宙の中で苦しんできました。もう、その苦しみを本当にジ・エンドしていきましょう。それが私たち今世肉を持ってきた大きな、大きな約束でした。その約束は厳しい、厳しい思いを伴っていきます。安直に考えないでしっかりと自分の歩みを一歩、確実に一歩、前に進めて行ってください。

動機の修正がとても大事というのをいつも聞いているんですけど、家で「心の底の底」に向けるとき、動機の修正をしないまま向けてもいいのか、動機の修正が自分の中である程度整った状態で「底の底」の瞑想をした方がいいのかという質問。
セミナー会場では「底の底」に向ける瞑想はもちろんするんですけど、自宅で、一人でする時にどうなのか。

基本的にはどこで瞑想をしようとも、やはり、動機の修正ということに、どれだけ自分の思いが向いているかっていうか、本当に修正がなされているかということを先に自分の中で確認してからです。家で動機の修正をしないままに瞑想をしようが、みなさんとこういう所でやろうが、その結果は全く同じなんですね。動機の修正をしないまま家でやったら狂うとか、後の処置が出来ないとか、そういうなんていうか、不安、恐怖とか、その人におありなら、止めた方がいいですね。家でするとか、みんなが集まっている所でするとかという問題じゃなくて、動機の修正がなされていないと、その人が自分の中で思うならば、そのほうに先に集中して、自分の中でしっかりと動機の修正をしていっていただきたいと思います。
動機の修正がなければ、どれだけ何を感じようとも、どれだけ敏感になろうとも、田池留吉を呼ぼうとも、全く心の針の向け先が違っているんですね。ただ敏感だから、これだけエネルギーを感じているから、ああ、お母さん、ありがとうと言ったら心の中に喜びとか温もりとかが伝わって、何か自分が学びをやっているような気分になるっていうのは、それは全く間違っているんじゃないんですけど、学びの、何ていうのかな、本筋から言えば、それは本当に微々たるものなんですね。本当に動機の修正、なぜこの学びをしているのか、自分は他力の道を歩いてきたけれど、この学びについて、本当に自分の中で心構えが変わっているのかというところを厳しくっていうか、本当に自分の中で見つめていかないと、進んでいる、進んでいる、一歩前を行っている、私は学びをやっていると言っても、もう後はお分かりのように、肉体を離せば、もう、それは自分の中で確実に回答が出てくるんですね。肉を持っているから、分からないというか、やはり、やっぱり、甘くとらえがちなんですね。肉体があるからこそ学べるんですけど、また、その肉体を通して喜びだ温もりだと感じるんですけど、果たしてそれが真実、田池留吉の方向に心を向けているかというのは非常に難しいっていうか。こう言うたらなんか学びをしていこうという思いがそがれるかもしれませんけど。 それでも私達の心の中には確かにお母さんから教えてもらった温もり優しさ本当の自分があるんだから、そこにやはりそれをやっぱり信じて、信じていこうとする真摯な思いというのをいつまでもどこまでも忘れないようにしないとと思います。そうでないと、これだけやっている、これだけ感じてきている、そういうところばかりが先走りしていきます。なんか先ほどもありました「肉のない田池留吉」に心を向けていきたいとする思い、そういう思いがふっふっと出てきたときに、果たして自分が本当にこの学びをやっていこうとする原点に立っているかどうかを見極めないで、その欲の思いばかりが先走ったら、せっかく学びに集ってきた今世のこのチャンスをやはりふいにしてしまうっていう恐れ、その危険度は大変高いと思います。
私の口を通して言ってくる言葉はとても厳しい言葉というか、そういうことしか出てこないんですけど、それは、それだけ私達は、もう何億年と間違い続けてきたっていうその思いをしっかりと心に感じていかなければということです。これから250年、300年の僅かな、まあ、肉の時間にして僅かな時に、転生を繰り返していくんですけども、その中で、次元移行という意識の流れに乗っていくのは本当に厳しいっていう、そういうことを心で感じる瞑想を続けてほしいなと思います。ただ、やって行こう、やって行こう、ワッショイ、ワッショイ、お祭り気分だけでは、ちょっと、だんだんと、やはり自ら逸れていくような気がしてなりません。
元に戻りますけど、動機の修正が自分で出来てないと分かっているならば、その動機の修正に向けて、もっと自分の心を見つめてください。家で瞑想をするとか、どこそこで瞑想をするとかというところじゃなくて、そのほうに心っていうか、エネルギーを注いでいってほしいなと思います。 あと、何かありませんか。それでは気を取り直して。厳しいことばっかりなんですけど、でももう本当に、やっていくしかないというか、もう日々、田池留吉を呼んで正しい瞑想をしていく以外に道は残されていないということだけは確かなんで、自分に厳しく、厳しくしてください。
そうですね。田池留吉に思いを向けた時、田池先生が病室で書きとめられた「病室にて」っていうホームページに載っていますけど、やはり、厳しい言葉を残されています。やっている、やっている、学んでいる、でも、それがつもりにならないように、ならないようにという田池先生の思いが伝わってきます。 ともに、ともに、ともにこの次元を超えていきたいという田池留吉の思いを、やっぱり、しっかりと感じていってほしいなと思います。厳しくて当たり前なんです。肉を自分だと思ってきた歴史はそう容易くは覆せないんです。意識の転回、軽く、軽く捉えている方が多いです。意識の転回とは、そんなに簡単なものではありません。母を捨ててきました。愛の自分を捨ててきたんです。その思いをもっともっと日々の瞑想の中で感じていって頂きたいと思います。 えー、これは田池留吉からの思いなんです。田池留吉は真実の波動の世界です。肉を持つ必要のない意識の世界が肉を持ってきてくれたんです。そして今は、肉はありません。肉を持ってきた僅かな時間にともに学ばせて頂いた私達だからこそやり通せる、それだからこそ、田池留吉は肉を持って私達に真実の方向を指し示してくれたということを、もっともっとそれぞれの心で感じ味わって頂きたいと思います。


401)  今、瞑想ができる喜びを心でしっかりと感じていきましょう。素直に真摯にただひたすらに、そして喜びとともに心を向けていきましょう。心を向けていけばいくほどに、本当に幸せな自分の今が心に響いてくるでしょう。あなたの心で味わってみてください。波動を感じてください。喜び、温もり、広がっていく波動の世界が伝わってきますか。繰り返し、繰り返し、感じていきましょう。波動の世界は限りがありません。感じ響く厚み、広さに限りはありません。

402)  私は愛でしたという信が芽生え、それが成長していくにつれて、次元移行は自分の中で現実のものとしてはっきりと響いてきます。それは喜び一色です。なぜならば、それはふるさと愛、本当の自分の中に帰っていける道筋だからです。「次元を超えて、愛へ帰っていこう」、田池留吉を思い瞑想をすれば、中から思いが溢れ出てきます。アルバートと自ずと飛び出してきます。たまらなく嬉しい。宇宙という思いももちろん、必然的に浮かんできます。次元移行という意識の流れを伝えに来てくれたことが、ただただ嬉しい。ありがとうしかないとなってきます。

403)  「ともに次元を超えていこう」のページ、読んでいただいているでしょうか。時々更新しますので、よろしくお願いします。そしてその際、意識の流れ、次元移行、アルバートと心を向けて瞑想をしてみてください。心に響いてくるものがどんなものであれ、そこからまた自分自身の学びを進めてください。
私達は本当のことを知ることを切望してきました。その思いをしっかりと受け止めて、限りある肉の時間を大切にしていきましょう。

404)  思う喜び、思える喜びをしっかりと心に広げていきましょう。そして、自分の中に戻っていける喜びと幸せを感じていきましょう。日々の生活の中で、色々とあっても、ふうっと丹田呼吸をして、心を中へ向けることを習慣づけてください。
心を外に向けて多くの時間とエネルギーを消費して、人の、世の中の動向に重きを置いて、瞑想はその合間にするという日常ではないと思いますが、肉に流されてきたのが私達ですから、舞い戻っていく可能性は低くはないと思います。肉に流れながら流されない生き方はどんな生き方なのか、いつも自分の心と向き合っていましょう。自分の中に響き伝わってくるものを信じ切れることが喜びではないでしょうか。

405)  「嬉しいね。よかったね。思える喜びを知ったことがこんなに幸せだったとは。」自分の外の世界に喜びとか幸せ、温もり、安らぎを求めてきたたくさんの私から、そのような思いが返ってきます。何かがあるから、誰かがいるから、喜び、幸せの時間を過ごしていけるのではないことは、はっきりとしています。そうではないとはっきりと分かるから、自分の中に自ずと思いが向きます。自分の中に響き伝わってくるものを感じて過ごしていく喜び、幸せに代替するものはありません。
田池留吉は波動です。アルバートは波動です。今、私に肉があるからこそ、その波動の世界と出会えたことだけが、ただただ嬉しいです。
「私を思いなさい。思っていればそれでいいんです。」ともにある喜びを伝えてくれます。瞑想は喜び以外のなにものでもありません。心の体験を重ねていきましょう。思い、意識だけが引き継がれていくのです。あとは消えて無くなります。


406)  絶対に変わらないものを大切にしてください。絶対に変わらないものとは何ですか。目に見える世界にはないですね。目に見えない世界、心の世界はどうでしょうか。心はころころと変わる場合があります。心変わりという言葉もあるように。それでは、絶対に変わらないものはいったいどこにあるのでしょうか。

407)  瞑想は退屈ですか。義務であるいは惰性でやっていませんか。こんなことやっていてもという思いが心の片隅にありませんか。どんな現実でもいいんです。どんな思いが出てきてもいいんです。だけど、それらから目を逸らし、誤魔化していくのだけはもう止めにしましょう。自分を冷たくあしらわないで、自分の中で悪戦苦闘してください。そしてそれが喜びであり、優しさであると知っていきましょう。

408)  何度でも、繰り返し、繰り返し感じられるから、心に響いてくるから、この温もりの世界、喜びの世界、ともに行こうといういざない、それらが自分の中の現実だとなってくるのではないでしょうか。たまたまではないんです。昨日は感じられたのに、今日は空振りなんていうことはあり得ません。また、何度感じても、これでいいなんていうこともありません。何度でも、何度でも、この波動と触れていたい、思いを語り合いたい。それが瞑想の醍醐味というところでしょうか。

409)  来月、3月を皮切りにして、2016年のセミナーが、本格的に始まります。3月、6月、9月、12月のセミナーは従来通りの条件をクリアすれば、どなたでも申し込めます。5月、7月、8月の橿原での二泊三日のセミナーは昨年の種水の判定が条件となります。その他に、4月~12月の各月に一度、大宝のクボホールで2時間のお勉強。10月と11月は志摩で二泊三日のセミナーを予定しています。大宝と志摩は、それぞれに参加条件があります。詳細は、近いうちに、NPO法人UTAの輪のホームページでお知らせする予定ですので、そちらで確認してください。
なお、今年後半より、種水の判定(反転のみ)を実施して、それを2017年1月以降の橿原セミナーの条件にしたいと思います。また、2017年1月以降の大宝でのお勉強についても、参加条件が変わるかもしれません。
セミナーに参加することが学びではありません。学びは自分の心を見ることです。正しい瞑想をすることです。真摯に学んでいこうとする方達とともに喜びを共有していきたい、いこうというのが私の思いです。自分を繋いでいきましょうということです。

410)  自分の中に戻っていこう。自分の中の優しさと温もり、そして喜びに触れていこう。もっともっと知って、触れて、そして信じていきましょう。ここにしか帰る場所はないんです。寂しいとき、悲しいとき、そして、不安な思い、恐怖、怒り、迷い、その他諸々の思いが出てきても、どうかそこから目を逸らさずに。そして、そんな諸々の思いを抱えている自分を、もう一度思ってください。丹田呼吸をしながら、懐かしい、優しい、あの思いとともに、自分を思ってみてください。あの思いです。そうです。いつもあの思いを忘れないように。

411)  志摩へ移住しようとする話がちらほら耳に入ってきます。自分自身のことはさておき、志摩へ移住されるという話を聞けば、何か嬉しいです。私自身は、田池先生が残してくれた土地を有効に活用していこうと思っています。志摩に対しては、田池先生の思い入れは確かに強かったです。それは、言うまでもなく意識の世界からということです。それを決して無駄にしないことが、歩みをさらに一歩前へ進めていけるのだと感じています。250年、300年に向けて、それぞれがしっかりと自分の中心棒を作っていきましょう。ともに学ばせていただける喜びを感じ合いましょう。

412)  アマテラス。あなたの中のアマテラス、今どのような状態でしょうか。これからともに歩んでいく喜びを感じていますか。アマテラスを思う思いに変化が起こっていますか。喜び、愛しさ、ともに、そんな思いをアマテラスに向けたとき、あなたの中のアマテラスは、何を伝えてきますか。
意識の世界は限りなく広いんです。そして、愛、真実に帰る道はまだまだ、まだまだ、その道のりは遠いです。ただ、私は、愛へ帰る道を着実に歩いているという確信があります。だから、ひたすらにこの道を真摯に行くだけです。 あなたはどうですか。自分の中心棒はありますか。本物でしょうか。どの程度のものでしょうか。

413)  従来の条件をクリアすればどなたでも申し込めるセミナー以外に、もう少し人数を絞って、ということは従来の条件にある条件を追加して、ともに学ぼうという場を設けて、ともに喜びの時間を持ちたいと思っています。今、その準備をしていただいています。大宝、志摩、橿原と三か所とも関西なので、遠方の方達には申し訳ありませんが、条件が合えば、ご参加くださればと思います。
UTAの輪の中心、愛の波動をあなたの意識の世界へどんどん流していきましょう。あなたは、肉のあなたではありません。あなたの中の意識の世界とどんどん通じ合ってください。田池留吉は波動です。田池留吉の世界をともに感じてまいりましょう。

414)  肉の中に埋没してきた私達にとって、ひたむきに真摯に学んでいくということは難しいものです。余程しっかりと自分の心の管理をしていなくてはと、私はいつも自分に言い聞かせています。瞑想。心を向けて感じられる喜びもさることながら、意識の世界の厳しさはひとしおです。今世の出会いを本当にありがとうと言ってくれた思いの深さを感じながら、味わいながら、喜びで一歩前に学んでいくことを心掛けています。

415)  今はもう何が起こっても決しておかしくない時を迎えています。世の中の色々な狂った出来事を見聞きしながら、やはりどこか他人事のように思っていませんか。
歩道を歩いていても車が突っ込んできます。ぼぉーと信号待ちもできません。年寄りから順番に死ぬんじゃないんです。若い人だって、突然の死を迎えます。幼い子も老人も動物も虐待されている現実があります。これからまだまだこんなものではないという現象の中で、私達は学んでいかなければなりません。愛へ帰っていこうとする思いを温めて、温めて、見事250年後に花咲かせていきましょう。それには、まず今世です。


416)  今。今にすべてがあることを瞑想の中で感じておられますか。今の一点に集約されている意識の世界です。肉から意識へ自分を転回していく喜びを実感していますか。それともまだまだ苦しみが次から次へと出てきて、喜びも感じるけれど、そして温もりとか広がりも感じるけれどというところでしょうか。
「愛へ帰ろう。」あなたの中で、このメッセージをしっかりと受け取ってください。呼び掛け、いざないは、はっきりとしっかりとされています。優しい温もりの中で喜びを伝えてくれています。その波動の世界とどうぞ、出会ってください。「愛へ帰る道。そのたったひとつの道をひたすらに、ひたむきに歩いてきてください。」波動を受け取っていきましょう。


417)  私達は、いつもいつも田池留吉とともにあります。本当はこのことは、どなたの心にももうすでに伝えてあります。だから正しい瞑想をすれば、必ず響いてくるはずなんです。田池留吉の意識の世界は、その肉を使ってそこまで仕事をして肉を置いてくれました。それをしっかりと自分のこれからに活用していけるかどうかは、私達それぞれの課題です。
生活をしていれば、肉的な問題もあるだろうし、悩むことも、迷うことも出てくると思いますが、それでもまずはこの道を歩いていくという基本姿勢をしっかりと確認してください。そのうえで、諸問題に対処しましょう。そうしたとき、結局は何で悩んでいるのか、何を迷っているのかということになり、どちらに転んでも所詮大したことではなく、それよりもまずはこれだこれだというように、自分の心の中が変わっていることを感じるでしょう。その手ごたえを喜びとして、驕らず淡々として一歩、一歩歩みを進めていくことが大切だと思います。


418)  学びについて、学びに関連する肉的なことについて、自分が決断すべき時にはきちんと決断し、それを断行するということでなければ、どんなに学びを一生懸命にしようとしても、どんなに心が敏感で意識を受け語ることができても、それは真実に通じていく道ではありません。従来の他力の中から抜け出せていないということは明らかです。肉を握りながら、真実の波動の世界を極めていくことはできません。一生懸命学び、多少でも真実の波動に触れたというならば、このことははっきりと自分の中に伝わってきます。

419)  私達は地獄の底の底のもっとずっとずっと奥底から、今、こうして一つの肉体を持って這い上がってきたんです。それをいつも忘れることのないようにと思います。そうでないと、いつの間にか心のたがが緩み、気が付けば肉に流されていくのではないでしょうか。
そしてその一方で、そんな私達だからこそ、本当の世界、真実の世界の波動に本当に触れようものならば、もう二度と地獄の底の底のもっとずっとずっと奥底に舞い戻っていくはずはないということも言えると思います。なぜならば、その波動の世界は全く違うからです。どんなに地獄の奥底に沈んでいたとしても、自分の本当の波動は知っていたんです。その波動と出会ったのだから、もう二度と舞い戻りはしないということです。
ここから引き出せることは、行きつ戻りつの学びの歩み方というのは、真実の波動と出会っていないということになります。本当のところは行きつではなくて、一歩もいいえ半歩さえも行っていないということになるのではないでしょうか。千載一遇のチャンスに恵まれながら、それを活かせないのは自分に最も酷なことだと思います。

420)  「自分の中心棒、感じていますか。」心棒です。それは、肉的な頑固で意固地な芯ではなくて、愛に帰りますという心棒です。
愛に帰りたいと言うのは簡単です。そういう願望ではなく、現状はどうですかということです。愛に帰る準備はどうですか、その目処は立っていますか、手ごたえはどの程度ありますかということで、自分の中心棒を感じていますかと、自分が自分に問いかけてください。
自分の中で自分に責任を持ってこれからを迎えていきましょう。「愛に帰ろう。」の呼び掛け、いざないだけを、ストレートに感じ受け止めていける人間復活が必要です。

421)  肉を持っている今、喜んで喜んでただ一点を思い瞑想をしましょう。お母さんと心の底から呼んでください。心の中から湧き起こってくる、突き上がってくるエネルギーをしっかりと受け止めてください。私達は意識、波動、エネルギーです。すべては意識、波動、エネルギーです。そうだと心で分かるまで苦悩は続きます。

422)  思う喜び、思える喜びを味わっていますか。「田池留吉を思って瞑想。」このすごさを心で感じていますか。「田池留吉を思って瞑想。」これは難しいことだけれど、そうしなさい、そうしてごらんと肉を通していざないを受けている私達ほど幸せな者はいないということなんですが、実感はあるでしょうか。
田池留吉を思うことを知らない人生は闇黒の人生だと断言できる場面に、みなさん出会っていくと思います。その際、一見、静かで穏やかで平和そうでも、意識の世界は真っ暗闇ということを知っていけば、自分にとっていい勉強になるかと思います。すでに闘いのエネルギーが表面化していれば、もうそれは言うまでもありません。


423)  今日また志摩へ転居しようかという人のお話を聞かせてもらって、私は内心嬉しいなあと思いました。住み慣れたところを離れてというのはなかなか踏ん切りもつかないと思うし、色々と面倒で大変なことでしょうが、身軽である程度蓄えもあってまだ元気な人は、今の時期に一考するのもいいかと思います。
それは、志摩が聖地であるとか何とかというのではないけれど、あそこは田池先生の思い入れの強いところであるということは事実であり、そして、それは決して見逃してはならないことなんです。転居云々は別として、志摩を外して、あるいは軽く見ては、学びは進んでいかないと、私自身は思っています。
志摩へ転居を決めた人、決めようとしている人、どんな思惑でそのようにされるのかそれぞれあると思いますが、少なくとも私は、そのように感じています。


424)  意識の世界は言うまでもなく限りがありません。従って最後は瞑想ですという学びについても限りはありません。来る日も、来る日もひたすらにひたむきに正しい瞑想をやっていきましょう。そして、心の管理は超厳しく。慢心は自らを滅ぼします。自滅します。そうした過去の苦い経験を自らの糧にしていきましょう。
愛へ帰る確かな道筋を感じているからこそ、厳しいメッセージが届きます。メッセージは厳しいけれど、それは心を縛るものではなく、ともに帰る喜びから発せられたものだと感じます。田池留吉は確かに存在する真実の波動、愛のエネルギーです。喜びと温もりの世界はただ単に優しい温かいだけではなく、そこには凛とした力強さがあります。それはたったひとつの真実だからです。


425)  私達を繋ぐものは波動です。波動の中で感じ合い響き合う喜びと幸せを味わっていますか。田池留吉は波動として、絶えず、そしていつもどなたの心の中にも伝えてくれています。それをストレートに受けていったならば、もう何も言うことはありません。
愛へ一直線にいざないを受けていることを感じるからです。肉を持たずに意識の世界からストレートにメッセージを流してくれている今。その今をただただありがとうと受けていくだけなんです。ともにある喜びを広げていきましょう。


426)  先日のクボハウスでの勉強会のときに、瞑想、田池留吉を思う瞑想、愛、心のふるさとを思う瞑想、母なる宇宙を思う瞑想、アルバート、文言はどれでもいいんですけれど、それぞれが自分なりに定めて、そこに思いを向けて瞑想をする時間を、15分~20分持ちました。もちろん、私自身もゆったりと喜びの瞑想をすることができました。もう少し時間を取ってもよかったかなあと思いました。
瞑想。瞬間的に思えばそれでいいし、それが非常に大事です。それに加え30分から1時間ほどの一人で行う瞑想は日々欠かせませんが、グループででもやってみてください。

427)  1月の終わりにアメリカ在住の方達とスカイプを使って勉強会がありましたが、そのときに一斉に田池留吉のメッセージを受けてみましょうと3分間試みました。昨日その結果を整理したものをUTAブックさんから送られてきました。斜め読みで申し訳ありませんが、受けたメッセージの内容云々よりも、その作業を通して自分の中に上がってきた思い、つまり感想を書かれたことがよかったと思いました。
UTAブックさんに原稿を送る、送らないは問題ではなく、都合がつくならば、自分も参加してみようという学びの姿勢が大事だと思います。
あの時は私の思いつきでと書きましたが、単なる思いつきではなく、このときにこのことをやろうという指示があったということだと思います。だから、当然試みた人達は、それなりによかったのではないでしょうか。よかったというのは、色々な意味があります。気付くとか確認するとか、そうやって自分の学びを進めていけばいいと思います。

428)  本当の自分に復活していこうと自分でみんな計画を立ててきたことに納得していますか。自分自身の確たる決意に行き当たっていますか。
正しい瞑想は、当然そのことをしっかりとあなたの中から引き出してくれるはずです。だから正しい瞑想ができることがもうすでに喜びなんです。
瞑想は瞑想でも、正しい瞑想をしてください。

429)  死ぬまで自分としっかりと向き合っていきましょう。心で感じられない、分からないと諦めたり投げ出したりせずに、また感じている、分かっていると有頂天にならずに、みんな一人ひとり超厳しく自分を見つめていきましょう。
心で感じられないと思っている人も、心で感じていると思っている人も、私達みんな自分を裏切り続けてきたのです。この始末をどうつけていくのか、250年、300年に至る課題です。ともに次元を超えていこうという呼び掛けに真正面から応えてください。その思いだけで、日々正しい瞑想を継続していきましょう。

430)  昨日沖縄の方達とともに瞑想をする時間を持たせていただきました。私自身いい勉強の機会を用意してもらってありがたいです。ありがとうございました。
UTAブックの桐生さんが来月以降も動いてくださるということで、その場に集う方はできるだけ自分の課題を持ってきてください。一方方向ではなく、双方向で学んでいきましょう。そして、ともに田池留吉を思い、愛を思い、次元移行を思う、そのような瞑想の時間をともに持ちましょう。

431)  「異語を出してください。異語で語ってください。」私は、こんなふうに語り掛けるときが割とあります。それは自然にそう語っているんですけれど、これはひとつの大きなポイントだと思います。
そういえば、15,6年くらい前、丁度田池先生が初めてホームページを立ち上げた頃、先生から、「異語がそろそろ出えへんかなあ。」と言われたことがありました。初めは何を言われているのか分からなかった私も、自然に異語を語り出し、それから田池先生の発する異語には、それはもう瞬間的に本当に気持ち良く反応する体験を重ねてきたから、今では異語で語ることは大事なことなんだと認識しています。
異語を出す、異語で語り合うことによって、爽快感、解放感、喜びをあなたもどうぞ味わってみてください。

432)  自分の中の中心棒の成長だけを念頭に、日々学んでいきましょう。真の意味で自分の人生のとき、肉体を持っている時間、大切にを心掛けていこう。
心、思いの世界しか残りません。あとは消えていきます。しかし、掴み握った心、思いは消えません。心、思いの世界はどこに通じているのか確認できるのは今。肉体を持っている今です。今、死後の自分と語っていきましょう。それは自分に対する最大の優しさです。


433)  お母さんに産んでもらって、今こうして学びに繋がっているんだから、もうどんなに恵まれている私達なのでしょうか。本当に幸せですよ。「私、田池留吉を思ってごらん。」あなたの中に聞こえませんか。届いているはずです。みんなが幸せになるにはこれしかないんです。思うことです。思うことが幸せ、喜びなんです。それが私達自身だからです。それをしっかりと波動で伝えてくれたんです。もちろん今も惜しみなく伝えてくれています。

434)  あと2週間ほどで、第2回UTAの輪のセミナーです。半年ぶりに琵琶湖畔で学ばせてもらえるのを楽しみにしています。宇宙の友とともに心を向けていける喜び、幸せを共有していきましょう。田池留吉に心を向ける、アルバートを感じる、ともにともにの思いを深めていきましょう。
それと、志摩に建設予定の共同住宅のパンフレットが出来上がったようです。説明を聞かれる方はこの機会にどうぞ。


435)  自分の中に田池留吉の世界が息づいているということを、瞑想の中で感じていますか。思うことがすべてなんだと心で感じていますか。様々な出来事や人の言動により、心を見させてもらい、自分の愚かさや肉として生きる愚かさを学習していきましょう。そして、その愚かな自分とともに、今、田池留吉を思おうとしていることを喜んでください。
思うこと、それ自体がもうすでに喜びなんです。どうなる、ああなる、こうなりたい、ああなりたいは余計なことです。思うことが目的であり、思う先には喜びしかないんです。


436)  セミナーは現象中心です。自分の心で感じることを主眼にしています。だから、なるべく全員の方に現象に参加していただき、そこから自分の学びを進めていただきたいと思っています。組分けの表を作成していきます。死ねば自分の世界があるだけです。自分の心が何を感じ何をとらえ、どこを向いているのか、セミナー会場でぜひ体験してください。
何も感じない、何も響いてこない、それはなぜなんでしょうか。独学で田池留吉の波動を感じられると思っておられる方もあるようですが、果たしてどうなんでしょうか。

437)  人が集まって何かを始めようとすると、そこには、それぞれの思惑もあり、ちょっとした行き違いの積み重ねにより様々な軋轢が生じます。それは、学びに関連することを学んでいる人達がすることについても例外ではありません。ただ、世間とは違うのは、互いに心を見ることを知っており、自分の心を見ていけばいいだけなんだと知っていることです。胸に一物あっても、学びをしていこうという思いは、双方共通しています。だから、胸に一物ある自分が間違っていることを、自分の中はきちんと伝えてくるはずです。そんなものを抱えている自分は、学びをしていこうとする本当の自分の思いを阻止していることも、そしてそれは自分を裏切ることになることも、きちんと伝えてきます。その思いを無視すると、それはみんな自分に返ってきます。
そもそも、何かを始めればそれについて、必ず賛否両論が出ます。無責任な言動も起こります。しかし、そういうものには程々に対処して、まずは学びに着眼点を持っていくことが何よりも大切です。


438)  心を向ける喜びを感じていけば、瞑想をしたくなります。目を閉じて思いを向ければ、心の中から突き上がってくる喜びのエネルギー、温かい温もりをはっきりと感じるからです。そんな瞑想の時間を日々持つことが幸せなんだと自ずと思うでしょう。自分の心に感じ広がっていく波動、エネルギーに、自然と田池留吉、アルバート、お母さんと出ます。もちろん、異語は立て続けに出ます。異語で語ることがどんなに幸せであるか、そうして心と心が通じ合っていることが実感してくれば、瞑想はさらに違ってきます。

439)  喜びはパワーです。喜びこそがパワーです。喜んで学びを進めていれば、自分の感じている喜びは、本当のところどうであるのか分かってきます。それをまた喜んでいけばいいんです。見ていくのは自分の心、自分です。
ともに行こう、ともに学んでいきましょうという呼び掛けは、外に向かってすることは分かり易いし、それもまた大事なことだと思いますが、その何倍も何十倍も何百倍ものエネルギーで中に向けてしてください。思いを向けていく瞑想の時間を大切にしてください。

440)  NPO法人UTAの輪のホームページの学びの友からのお便り、岩手の方の友との勉強会、嬉しく拝読させていただきました。どうぞ前向きに、友と仲良く瞑想、オーリングしながら、学ぶ時間を共有してください。そして、できればセミナーに参加していただければと思います。

441)  「みんな仲良ようになあ。」その思いで、その言葉で、どんなときも締めくくりをされていた田池先生でした。学びの仲間の間で、ましてや学びをしていない家族の中で、本当の意味で仲良くしていくことは難しいことかもしれないけれど、互いに心を見ることを教えてもらって、そして正しい瞑想をしましょうということなのだから、そのことに触れた人達だけでも実践に励みましょう。
肉の愚かさはお互いです。そこをつつき通すのではなくて、自分の中を変えることにエネルギーを注ぎましょう。自分に優しくなれば、相手にしっかりとした優しさを伝えることができます。


442)  数え切れない転生の中で、限りなく積み重ねてきた肉という思い。何の疑問も持たずにずっときたんです。だからそれが間違いの根源だということも分かっているようで分かっていない実情です。しかし、それを打破し肉というところから自分を解き放していく流れは必至です。
ゆえに、これからの転生には必ず天変地異という現象が用意されています。転生をするということは、天変地異に遭遇するということです。今世、可能な限り学んでいきましょう。自らが作ったハードルを超えてください。


443)  「ともに行こう。愛しかない世界です。私達は愛しかない世界にあるのです。」波動、意識、エネルギーとして伝え続けている田池留吉、アルバートの世界です。
肉で覆われた、肉に塗れた中へ浸透していくのには、まだまだ時間を必要としますが、肉を通して学ばせていただいた私達の中には、風穴が開いていることを信じてください。信じていけるように学びを進めてください。微かな風穴です。それを広げてくか、閉じてしまうか自分次第です。
広げていけば、そこから新鮮な風とともに様々なものが飛び込んできます。それをどうしていくかも自分次第です。また、閉じてしまえば、もう体験済みです。淀む一方、沈み込んでしまうしかありません。いわゆる宇宙の藻屑です。

444)  6月から50歳未満の方限定の勉強会がクボハウスで始まります。お名前とお顔が一致しない方も多いですけれど、名簿から伝わってくるものがあります。仕事であるとか、家族のことであるとか、まだまだエネルギーを注がなければならないことがあって、色々忙しく大変だと思います。おそらく同世代の方達は、仕事に遊びに没頭ということだと思いますが、向いていく方向が違うんだときっちりと割り切って、そして学びに触れたことを大切に、体力気力のあるうちに、自分の本来歩むべき方向をきちんと見定めていってください。それが仕事に家族に少なからず影響していくことは間違いありません。尤もあなたの学ぶ目的が正しければですが・・・。

445)  自分に用意した肉を持つ時間。どうぞ、自分の納得のいくように、後悔しないように、絶えず自分の中と対話しながらお過ごしください。あなたの肉の思いとは全く関係なく、意識の流れは厳然としてあり、そして粛々と次元移行へ向けて遂行中です。目には見えないけれど心で感じてください。やがてはっきりと目に見える形となってそれぞれに迫ってきます。 否が応でも、自分を見つめ直す時がやってまいります。

446)  心で感じる世界、感じられる世界をどうぞ堪能していきましょう。自分の頭など何の役にも立たないことに気付いてください。意識の世界、目に見えない、形のない匂いもない、音もない世界のことを、ごちゃごちゃ頭を回して頭で解釈してみても、所詮空しい作業です。それよりも心です。思いを向けることを、真摯に真剣にやっていきましょう。よろしいでしょうか。今世が最初なんです。長い長い歴史の中で今世が初めてなんです。比較検討するものはどこにもありません。

447)  季節は巡り、桜開花の時期がやってきました。UTA会セミナーから、UTAの輪のセミナーとなって1年が過ぎました。田池先生が約30年に渡って伝え続けてくれた波動の世界、そして、今ももちろん、意識の世界からしっかりと伝え続けてくれている波動、エネルギーをそれぞれが心で受け止め、愛へ帰る道をともに進んでいきましょう。ともに、ともにという思いをいつの時も忘れずに、ただひたすらに一点を見つめ歩みを進めていきましょう。たくさんの仲間が待っています。心を広げて受けていきましょう。

448)  今、「ありがとう」復刻版に向けて作業を進めています。2000年~2006年当時を振り返るとき、田池先生の最初のホームページ「反省と瞑想の時間ですよ」が思い出されます。本当に、本当にセミナーとホームページで学ばせていただいたこと幸せに思います。時の流れを感じながら、意識の流れの中にしっかりといざなわれていることを、瞑想の中で感じさせていただいています。田池先生、ありがとう。

449)  今を喜んで生きる喜びを、瞑想を通して心から知っていきましょう。目を閉じてすうっと心を向けていく喜び、幸せを感じていけるのは、こうして産んでもらったからです。アルバートと心から呼べる喜びを感じ知っていけば、今が本当に幸せであることが分かります。何がなくとも幸せ。アルバートの波動と出会うということは、母なる宇宙を呼べるということはそういうことです。瞑想。正しい瞑想をあなたもどうぞ。


450)  「ありがとう」を読み返しています。その中に下記の一節がありました。
「日々の生活の中で、無為に過ごしても、また肉の喜びと楽しみだけを追い求めていっても、誰も何も咎めません。しかし、みんな心の底での疼きはあると思います。その疼きが、日々の生活の中で具体的な形となって現れてきます。事件、事故、病気、その他様々なルートで疼いてきます。その実態が何なのかそれが分からないから、人生の終焉までその疼きを抱え、結局は自分を偽って人生は閉じられていきます。
どの方もそれぞれに自分の持ち駒と持ち時間があります。そしてそれは全部狂うことなく配置されているのです。ただし、その価値に気が付かずに通り過ぎてしまう場合はあります。どの駒もみんな何かを告げてくれているのだけれど、悲しいかな、肉を本物とする意識は、とても偉いのです。だから自分へのメッセージとして、素直に真っ直ぐに受け取ることができません。余程の警笛が鳴らない限り、真実に目を向けるということは難しくなりました。肉を信じる思いが、持ち駒と持ち時間を無駄に使ってしまいます。自分が用意してきた持ち駒と持ち時間を使って、自分がどのように成長を遂げていくか、それがそれぞれの人生だと私は思っています。成長を遂げていくというのは、立派な人物になったり、財を成したりという意味ではなく、生まれてきた本当の意味を知っていく自分に生まれ変わることだと思うのです。」
どうでしょうか。どのように思いますか。あなたの思いを語ってみてください。


451)  あなたは、あなたの中とともに瞑想を続けていますか。下記の文章を一読してから、母なる宇宙を呼んでみてください。
「迷った時、心が落ち込んでいく時、心がイライラする時、もうどうでもいいやと自暴自棄になりそうな時、それでも、そんな中から、いつも、いつもここへ戻ってください。
なぜ私達は生まれてきたのか、なぜお母さんに肉体を貰ったのか、どうぞ真摯な気持ちで、思いで、いつも、いつも、ここに戻ってください。
肉に流されるのは簡単です。流されるというよりも、肉の中に生き続けている私達です。その中からしっかりと自分の進むべき方向を見定めていかなければ、どうしても肉に、肉に埋没してまいります。これからの転生は本当に厳しいです。ホームページにも書かせていただきました。転生、生まれてくるということは、天変地異に遭遇するということです。天変地異しか残されていません。自分の中の愛のエネルギーをしっかりと自分の中に見出す手段は天変地異です。天変地異の愛のエネルギーを心に感じて、250年後、必ず、必ず、必ず出会ってください。私達は心からお待ちしております。私達の思いをどうぞ心に広げ、感じ、瞑想を積み重ねて参りましょう。」


452)  ともに学ばせていただいた三日間、ありがとうございました。現象の時間、意識の世界に語り掛ける喜びを味わいながら、私は幸せを感じさせていただきました。現象の時間に前に出られたときに、自分の心に感じ響いてくるものを大切に、自分の学びに繋いでいってください。
ところで、今回、私の持っている種水に思いを向けていただきたくセミナー会場を一周させていただきましたが、どうでしたでしょうか。


453)  学びの友より、セミナーの感想のメールをいただきました。一部ご紹介させていただきます。

香世さんの持っている種水に思いを向けたときに感じたことは、田池留吉でした。
田池留吉の波動が流れていました。とても大きな喜びでした。田池先生が指差しをしてくださっていた時と同じ、そしてその叫びが以前のように苦しみだけではなく喜びとなって噴出してくる体験をしました。種水は田池留吉・愛の波動でした。
今回、セミナー会場で目を閉じて思いを向けると、田池先生がいたときと同じだと、何度も湧き上がってきました。そこに座られているのは先生ではなく香世さんですが、流れている波動は同じ田池留吉だと感じて、その中でこのように学べることがただただ幸せで、喜びでした。
セミナ―ありがとうございました。自分の中の間違い続けてきたアマテラス、自分の中がみんなみんな待っている。「ともに帰ろう」「ここに帰ろう」。本当に大切な時間を頂きました。セミナーで体験したことを信じてやっていきます。田池留吉を思うことが嬉しい、確かにその喜びのエネルギーが存在するんだと、セミナー会場でこのように学ばせていただけることが、心で感じられることがどんなに喜びなのか、ありがとうしかありません。
愛の中にある、田池留吉を思い感じ信じていくということは本当すごいことです。大きな大きな喜びです。自分を小さくしていたということ、凄まじい支配のエネルギーを抱えて存在してきたこと、田池留吉を思う喜び、思える喜び、セミナーは全身で自分を感じることができます。このような機会をいただき、本当にありがとうございます。たくさんの学びの友と共に、目に見えない意識と共に、学べることが嬉しいです。

自分の中のアマテラスはすべて自分のエネルギーそのものでした。僕の心の歴史そのものでした。日常で流しているエネルギーそのものでした。すべてすべて自分でした、この日本で生まれ、田池留吉に出会い、自分の中のアマテラスと共に母なる宇宙に思いを向けていけることがとてもうれしいと感じました。数年前の瞑想の時にいつもいつもアマテラスに心を向けてきたと心の中から何度も何度も溢れてきて、今、伊勢、アマテラスと言われているこの時期にすべて繋がっていたことをしみじみ感じて改めて自分は意識なんだと感じました。何も思うことはない、ただただ自分の感じたものを信じていけばいいのだと思いました。
今回特にうれしかったのは塩川さんの種水に思いを向けたことでした。先生の指さしそのものでした。自分の中からすさまじいエネルギーが噴出してきました。それも含めて塩川さんがセミナーを進行している姿は田池留吉に思いを向けて、ただ田池留吉の思いのままに進められているなぁと感じました。
特別ではない私も勉強させてもらっていると言われていた言葉がとても心に響いてきました。うれしい、うれしい、3日間でした。ありがとうございました。

田池留吉に向いていきました。田池留吉がそこにいた、種水を上にあげた瞬間、心が開いて吹き上がる感じでした。温かい、先生ありがとうございます。その思いが溢れました。

454)  「みんな仲良うになあ。」田池先生の思いを肝に銘じてください。その中には、ひとえに、「学びをしっかりとしていくんやで。」という思いが込められていることお分かりでしょうか。一時の感情を爆発させて学びに支障をきたすようなトラブルを自ら起こすほど愚かなことはありません。それは学ぶチャンスを自ら摘んでいるということです。取り返しのつかない状態に自ら陥れて、悔やんでも、悔やんでも、もう後の祭りかもしれません。お互い気をつけましょう。


455)  自分の心と真向かいになれる今、つまり自分の中に思いを向けようとしている今、どんなに幸せなときであるか、どんどん心に感じ広げていきましょう。
心の針を中に向けていく喜びと、大切さが実感してくれば、逆に心を外に向けて生きていく空しさ、寂しさ、愚かさがひしひしと伝わってくるのではないでしょうか。
ああ、間違って生きてきたんだ、下らないものばかりを追い求めてきたんだと、それぞれの心で分かってくるでしょう。それはこの上もなく嬉しいことではないですか。
やっと、やっと、ようやく、ほんの僅かながらでも、自分の本当に生きていく方向に触れたのだから。ただただ喜んでいきましょう。

456)  死ぬまで元気に、ただひたすら正しい瞑想ができるような自分達でありましょう。その他のことは大したことはありません。どのような状況であっても、自分の心の針はどこを向いているのか、それだけを絶えず確認して、自分の中の本当の自分の思いをしっかりと受けていきましょう。
みんな愛へ帰る道を探し続けてきました。肉に溺れながらも、そんな自分達だったと、母の温もりの中で気付いてください。

457)  今こうして同時期に肉を持って、お母さんを呼べる幸せ、田池留吉に心を向けていこうとする幸せを学ばせていただいていることが嬉しいです。
田池留吉の世界、その波動の世界に触れていけるチャンスを自ら作ってきたことを喜んでいきましょう。真っ暗闇の中から出てきて、また真っ暗闇の中へ帰っていく転生は、もう本当に終わりにしませんか。真っ暗闇の暗さ、冷たさ、重さをほんの少しでもいいから、明るく、温かく、軽くするために、今、肉を持っている今、大切にしましょう。自分に優しくなりましょう。


458)  愛知のスカイプ瞑想会、UTAブックさんのほうではトラブル発生ということですが、私のほうは1時間、楽しく私の勉強をさせていただきました。私はそれで完結なんでよかったと思っています。ただ今回、スカイプ自体が二度中断したということがありました。時間にすれば僅かでしたが、それがなければよりスムーズでしたが。
まあ、私としましては、自室でゆっくりとゆったりと勉強させていただけるので、こんな結構なことはありません。次回も楽しみにしています。ともに学びましょう。


459)  日々、ゆったりと喜んで正しい瞑想が継続できる、そんな時間空間にいざなわれている、それぞれ実体験がおありだと思いますが、これほど幸せなことはないと私は心から思います。本当に思う喜びと思える喜びを、今の肉体を通して確実なものとした幸せをしみじみ感じています。これさえ自分の中で確立していれば、もう自分の道を見失うことはないと分かります。心から切望してきたことを遂行していくだけです。


460)  「あなたは今、幸せですか。」私はこれまでに何度か田池先生から聞かれたことがありました。だからというわけではありませんが、私はこの問いかけを自分にする習慣がついています。今思えば、タイムリーに聞かれていたと思います。「心を見ていきや。こっちやで。こっち見てたらいいねん。」という思いがそこに込められていました。先生の指し示す方向に心の針を合わせていく、いける喜びをどんどん深めていく歩みを、着実に進めていくだけだと心に伝えてきます。
ともに同じ方向を向いて、ともに喜びを共有していこう。


461)  満開の桜は、今日の雨で花絨毯に変身です。それもまた綺麗だし、近くの公園のしだれ桜はこれからが見ごろ。造幣局の通り抜けも明日から。やがて青葉が美しい日々となって、セミの声がと季節の変化を楽しみながら、日々自分の中の宇宙とともに存在する喜びを瞑想の中で味わっています。
産まれてきてよかったと思います。自分の中の愛を思える喜び、幸せを伝えていただいてありがとう。産まれてくるってこういうことだったと喜んでいます。

462)  「ありがとう」の復刻版を出していただけることを喜んでいます。ゲラが昨日届きました。写真も入っていてなかなかいい本に仕上がりそうです。
UTAブックさんのほうでネットラジオ番組の制作を計画していただいているようで、本が出来上がってきましたら、手始めに朗読させていただきます。ここ自室から発信してまいります。その節はよろしくお願いします。

463)  自分の道が見えていますか。あなたにとって自分の道とは何ですか。それはどんな道ですか。今どんな道を歩いていますか。毎日の生活を淡々と繰り返しながら、そこに決して流されることなく、いつも自分に問いかけていきましょう。これでいいのか。本当にいいのか。いつも自分の中の自分と対話しながら、真っ直ぐに一点を見つめて生きていますか。枝葉のことにとらわれていませんか。かけがえのない時間です。大切にしましょう。

464)  僅か2時間なのに、遠いところから来てくれる人もいます。ここでいっしょにお勉強しましょうと呼び掛けたら、みんな都合をつけて集まってくれて、そしてともに瞑想ができる喜びと幸せを味わえる、幸せだと思いました。それぞれの肉を通して繋がっていく無数の宇宙達とともに、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思えることがただただ嬉しいです。田池留吉、アルバートとともにある喜びを感じながら、私は私の勉強を進めてまいります。


465)  「我は神なり。我に従え。我の宇宙は一番なり。」自覚があるかないか関係なく、私達は誰一人例外なくこの思いでずっと存在し続けてきたことは確かなことです。学びに繋がりながらその自覚がない方は不幸せです。自分にどれだけ冷たいのか猛反省です。また、その思いを自分の心でしっかりと確認している方であるならば、あとどうしていけばいいのか、もう言わずと知れたことです。分かっているけど止められないをいつまでもやっていては、今世失敗です。そうあなたには伝わってきませんか。

466)  何で生まれてきたのか、産んでもらったのか、その答えを自分の心で知らない人生は闇黒の人生です。そんなことには思いを向けずに、頑張って一生懸命、そして賢く生きても、所詮は真っ暗闇から自分を解き放すことはできません。何度も何度も性懲りもなく繰り返してきました。お母さんのお腹の中にいた頃は、今度こそ、今度こそ、この温もりと喜びを忘れないぞと思っていたんです。事実、私達は忘れていません。ただ、肉を持ってしまえば、その思いに到達することがとても難しいだけなんです。自分の中の肉を基盤とする思いが立ち塞がっている現実があるからです。その現実をしっかりと知るために、生まれてくるのに、産んでもらうのに、目的を違えれば、どうしようもありません。幸せな人生などどこにもありません。

467)  私は田池留吉氏とともに22年間学ばせていただきました。ともに肉を持って学ぶという時間が22年間でした。もちろん、学びは肉があるなしに関わらず永遠に続いていくものであって、肉はないけれどその意識の世界は自分の中に厳然としてあるのだから、しっかりと自分の心の針の向け先を確認して、喜んで瞑想を続けていけばいいだけなんです。その自己確立の道を着実に歩んでいくことが、それぞれに待たれていることだと思います。
私達は本当に幸せ者です。少なくとも、私はそう実感しています。心を中に向けていくことを伝えていただいたからです。

468) 田池留吉をいつも思っていますか。いつも喜びで思っていますか。色々な出来事を目にし耳にし、そしてまたその渦中にあっても、何よりも思うのは田池留吉です。出来事を現象としてのみとらえるところから、波動を感じていく方向に心を向けていきましょう。肉を持っているからこそ、その学びができるのです。心を外に向けると、そして心を中に向けると、その違いを自分の中でしっかりと学習しましょう。

469)  程なく、「ありがとう」復刻版が出来上がってきます。私は楽しみにしています。復刻版には、写真が掲載されています。そして、十六年くらい前の反省文、「Fさんの反省」も掲載していただきました。古くて新しい反省文です。学びの年月の長い人にも短い人にも、何かを感じていただけるのではないかと思います。
昨日から熊本県を震源地として日本の国が揺れています。日本各地揺れてまいります。山も噴きます。肉を持っている間に出来る限り学んでいきましょう。


470)  なぜ、ここ日本の国から最初に学びが発信されているのでしょうか。なぜ真実の意識の世界が初めて肉を持ったのが日本の国なのでしょうか。そして、その意識の世界が今世の私達に最後に残してくれた課題は何でしょうか。みんなアマテラスを指しています。それぞれの心の中に培ってきたアマテラスの意識の変革にまず全力を傾けてください。アマテラスとともに愛、心のふるさとへ帰ろうと、まずしっかりと伝えていけるようになってください。そこに力点を置いて、どんどん意識の世界を進んでいきましょう。アマテラスが本当にあなたの中で変わってくれば、喜びのエネルギー、パワーはすごいと心から頷けます。どんなに真っ暗闇の中に沈んだ意識にも、優しくそして力強く呼び掛けていけるのです。そして、そうなったとき、そこにはもうアマテラスという思いはなく、言ってみれば宇宙、愛、波動の世界が広がっていくだけなんです。


471)  日々、自分に用意した肉とその環境、この時間の中で、自分はこれまで間違ってずっと存在し続けてきたと、はっきりと心で分かるほど幸せなことはありません。言うまでもなく、学びに繋がり自分の流してきたエネルギーがどんなものなのかを心で体験できるチャンスに恵まれたから、自分はずっと間違えてきたと実感できるんです。自分の流してきたエネルギーのすごさを知っていけばいくほどに、今という時が、そして自分というものが、かけがえのないものだと分かります。
心を中に向けて出会うエネルギーを感じていきましょう。心を中に向けて出会える喜びを感じていきましょう。


472)  帰るところ、帰れるところ、戻っていくこと、戻っていけること、しっかりと自分の中で確認、確認、そして確信、確信してください。
もう彷徨うことなく、沈んでいくことなく、ともに行こうの呼び掛け、思いに呼応できるように、今世の学びを自分の中で繋いでいきましょう。自分の中の愛、本当の自分を信じ切る喜びと厳しさを、それぞれの実生活を通して、そして何よりも大切な瞑想を通して、学んでいきましょう。
道は一本道です。真っ直ぐに伸び続いていく道があなたの心に見えていますか。

473) あなたの今世の時間で、何が一番よかったですか。幸せを一番に感じたものは何ですか。仕事の成功を収めひと財産築いたことですか。家族、友人に恵まれたことですか。「愚問だよ。田池留吉氏との出会い、学びとの出会いに決まっているよ。」と言う方、では、田池留吉氏と出会って、学びと出会って何がどうよかったのでしょうか。肉基盤の思いを一掃するべく、意識の流れはこれまでも、今も、そしてこれからも働きかけています。思いの向け先を変えていきましょう。

474) 肉を持っている間、学ぶチャンス、学べるチャンスを大いに活用して、たくさんの自分とともに喜び、喜びの道を歩いていきましょう。本当の自分のいざないに素直に真摯に、そして喜びで応じていきませんか。心の中の愛に触れていくこと、それはずっと自分が本当に待ち望んできたことだったと心で分かるチャンスが、あなたの目の前にあるんです。それをみすみす見逃すことは、大変残念なことです。枝葉のことにとらわれず、肝心なことをしっかりと自分の中に吸収してください。自分に用意した時間です。自分を見つめていきましょう。

475) 自分は愛でしたと心から分かれば、自ずと向いていく方向は同じです。何も言わなくても、何も語らなくても、もう心はすべてを知っています。意識の世界で呼吸が合うというか、だから愚かな肉であっても、安心なんです。そうでなければ、肉は所詮肉。絶対に信頼できるということはありません。ということを、田池先生は、何度も教えてくれました。意識の世界で呼吸が合う、そんな喜びの瞑想をしていきましょう。そういう瞑想ができれば本当に幸せですよ。

476) 私達は自分が愛だったと心から知るために、この肉体を持って、ここにいます。お母さんに生んでいただきました。いつも、いつも、そこに、その原点に戻ってください。どんな時も、どんな状況の中でも、その原点に戻ってください。何のために生まれてきたのか、なぜ、今、自分はここにいるのか、何をするために、この時間があるのか、自分に残された時間の中で、喜びはどんな時も、どんな時でも感じられるのです。喜びしかない世界、愛しかない世界をご自分の心で感じ信じていきましょう。自分自身が愛でした。私達は愛の中に存在しています。

以下、種水に思いを向けての現象を掲載します。参考にしてみてください。

A:なんやねん、それは。なんや、それは。それは一体なんや。どうせーいうねん。(叫び声)
田池なんか、見たくもない、田池留吉、見たくない。会いたくもなかった。クソッ、クソッ、バカヤロー、おまえなんかクソッタレ。クソッ、クソッ、クソッタレ。よくも、よくもここに引き出しやがって、クソッタレー。ああ、よくも、よくも。
ああ、逃げたかった、逃げたかった、ああ、どこまでも、どこまでも逃げたかった。ああ、苦しかった、苦しかった、死んでやる、死んでやる、死んでやる、死んでやる、死んでやる、死んでやる、死んでやる。クソッタレ、クソッタレ。(異語)
B:お母さーん。何でー、何で生んだんや。お母さん、何で生んだー。なんで生んだんやー。ああ、なんでー。なんで生んだんやー。
A:何が何だか分からない世界で生きてきた。
B:ああ、怒りでいっぱい、怒りでいっぱいやった。ああ、この世に真実なんてあるものか。ああ、ああ、お母さん、地獄やったー。地獄やったー。
ああ、地獄の底で生きてきた。ああーお母さん、ああー。


Aさん、もう一度、この種水を見てください。顔をあげてみてください。思いを向けてみてください。

A:そこへ心を向けるくらいなら(?)、死んだ方がましだー
B:地獄の底から生まれてきた。苦しかった、苦しかった、苦しかった。お母さん、お母さん、お母さん。会いたかった、会いたかった。お母さん、呼びたかったよー。お母さん。
A:苦しくて、苦しくて、生まれてきたー。地獄の底から生まれてきました。ああー、ああー(叫び)地獄、地獄の底から生まれてきました。ああー、ああー、苦しくて、会いたくて生まれてきました。探して、探して、探し続けて、真っ黒、真っ黒な中にいました。地獄、地獄、地獄、地獄の底の奥底にうずくまっておりました。お母さんにて、この肉体を頂き、やっとやっと私は今やっとここにたどり着き、ありがとうございました。本当に申し訳ありませんでした。ああ、地獄の思いはとてもとても苦しくて地獄です。地獄、肉持っているから分かりませんでした。ああ、地獄です。本当に地獄の底の底の底の底の底の奥底に小さくなっています。
ああ、帰りたかった。お母さん、ごめんなさい。偉かった、偉かったです。本当に偉かった。大バカ者でした。申し訳ありませんでした。申し訳ありませんでした。(会場騒然)申し訳ありませんでした。

ありがとうございました。ありがとうございました。
あの今、AさんとBさんのご姉妹に前に出ていただいて、現象をして頂いたんですけど、他人ごとではありません。私達の姿です。
私達は、本当に、本当に地獄の奥底、奥底、ずっとずっと、もう、もう本当にもう言葉では言えない奥底から生まれ出てきました。こうして肉体を持ってきました。その自覚をどうぞ現象の田池留吉、1.2.3の瞑想の中でほんの少しでも感じて頂きたい、そうすれば瞑想することが、愛を思う瞑想することが、田池留吉のこのセミナーに集えることが、どんなにどんなに幸せなことなのかということが、本当に心から分かります。分かれば変わっていくんです。本当に心で分かれば変わっていきます。ちっぽけなエネルギーに振り回されず、それにとらわれず、もっともっと大きな世界、暖かい優しい温もりの世界の自分に、もっともっと目覚めていきたい、本当にそう思えるようになります。それが自己確立の道です。どうぞ、地獄の奥底、底、底、底、底、ずっとずっとずっと奥底から生まれてきた私達だったことを知っていきましょう。

477) 今年の10月、11月に志摩のUTAホール(仮称)で、二泊三日のセミナーの予定があります。それぞれ40名募集の予定です。内訳としまして、各月最大15名、計30名の枠を、北海道、東北地方、新潟県、九州、沖縄、そして海外在住の方に設けたいと考えています。いずれNPO法人UTAの輪のホームページで案内があると思いますので、そこにお住まいの方で、参加ご希望であれば、ホームページの指示通りになさってください。出来るだけ遠方の方達とともに学ばせていただきたいと思っています。

477) 田池先生が亡くなられて思うことは、色々の意味で防波堤になってくれていたんだということです。意識の世界については十二分に学ばせていただいたことは、もう本当に感謝しかありませんが、こうして振り返ってみると、肉的にも本当にサポートしてくれていたんだと思います。そういうこともああいうこともみんなひっくるめて、学んでいきなさいと常々言っていただいていたことの意味が分かります。肉的にもあなたの成長を待っていますのメッセージが届きます。

479)  2016年も4か月が過ぎようとしています。1/3年終了。2017年1月~のセミナーの計画を検討しています。それぞれの環境の中でしっかりと自分の心を見て、ゆったりとした喜びの瞑想の中で、たくさんの自分とともに生きていくというのが学びの基本的な姿勢です。ですから心の針の向け先が正しくて、つまり自己確立ができていれば、自分の中でどんどん瞑想を深めて意識の世界を進んでいけばいいのです。
しかし、それでは、自分の現状は果たしてどうだろうかということがありますから、ともに学ぼう、学びませんかとセミナーがあります。ともに学べる喜びを、それぞれの肉を通して、宇宙へ語り掛けていっていただきたいと思います。

480) どんなことがあっても、見て聞いたときに自分の中に瞬間上がってきた思い、出すエネルギーを確認していくことが心を見ることであり、それが学びのすべてです。そして、自分の心の針のズレを確認して、自分の基盤を変えていくことに専念です。繰り返します。学びは今世始まったばかりです。間違い続け狂い続けてきた意識の世界を引きずっている私達だから、そう簡単にはいきません。真摯な思いで自分をしっかりと見ていきましょう。心の針を外に向けるのでなく、自分の中に向けていきましょう。

481)  明日から5月。今、ツツジが綺麗です。青葉若葉も美しい。クボハウスにスカイプ瞑想、橿原セミナーと、みんなと学べる時間をいただいて嬉しいです。
そのうち、志摩も加わって、とりあえず10年を一区切りにしっかりと学びを進めていこうと思っています。今世の学びの成果を、自分の来世に繋いでいく楽しみを味わいながら、いつも、何よりも、田池留吉、アルバートとともに歩みを進めていく喜びを知ったことが本当に幸せです。


482)  肝心なことに自分の中で確信が持てたら、あとはどうでもいいことです。AであろうがBであろうがそれによって、肝心要のところが変わるわけではないからです。そして、そういった状態になれば、あとはどうでもいいという意味が分かります。どうでもいいからおざなりにというのではなく、とらわれやこだわりから解放される心地良さから、軽くタッチしていけるようになります。そうなってくれば、何が本当に自分にとって必要なことなのかが自ずと分かり、さらに確信を深めていこうとします。思いを、エネルギーを喜んで集中できる今がどんなに幸せな今なのか、それはそれは自分の心にしっかりと響いてくる瞑想のときなんです。


483)  ゴールデンウィークの最中、みなさんどのようにお過ごしでしょうか。身体を動かすのには丁度いい時期、家の片づけも捗ります。しばし休憩もごろ寝に最適。そして、肝心の瞑想を楽しみましょう。心の中の整理、怠ければ家の中と同じ。すぐに埃、塵まみれ。スカッと爽やかに自分の中の汚れを落としていきましょう。頑固な汚れほど嬉しいです。


484)  「どんなときも、どんなときも、何よりも、何よりも私を思いなさい。私、それは田池留吉です。そしてそれはあなた自身です。あなたの中の愛、本当のあなたを信じて信じて、思うはそれだけです。あとは全部ブラックです。いいでしょうか。死ぬまで、ただひたすら私を思ってください。思いの向け先はただひとつです。」
田池留吉を思う思えることは喜びです。あなたの中にそうはっきりと伝わってきているはずです。素直に真摯になってください。死ぬまで、ただひたすらに田池留吉を思っても、難しいかもしれません。難しいでしょう。しかしやるしかありません。それしか道はないからです。


485)  昨日、クボハウスで約2時間、学びの友とともに瞑想をさせていただきました。後半のアマテラスに向ける瞑想で感じさせていただいたことは、まだまだアマテラスにがっちりという方が多かったということでした。昨日来られた方達のうち何人かは、志摩に移住されるようなので、その方達はそこで存分に勉強を進めてください。
どうぞ、皆さん、私達のお勉強の課題であるアマテラスとともに愛へ帰る道を確立していきましょう。それが私達の突破口です。


486)  今年の10月、11月の志摩での勉強会に、北海道、東北、新潟、九州、沖縄そして海外在住の方達で参加ご希望された学びの友が来られます。私は楽しみにしています。人数は少ないですが、こじんまりと二泊三日、ともに瞑想をしていきましょう。もちろん、意識の世界は頭数など問題ではありません。しかし、それぞれ、遠いところ、ご都合をつけられて、周囲の人達のご理解を得られて参加されるのだから、どうぞ、喜んで素直にともに学びましょう。思うはただ一点。田池留吉、アルバートそして愛、母なる宇宙です。

487)  心癖、思い癖、基準、しぶといと思います。元の木阿弥、喉元過ぎれば・・・ということは往々にしてあります。心は何かを感じているけれども、意識を転回させていく確実な波動、メッセージを受け取り切れていないということでしょう。それはとりもなおさず、過去に培ってきた他力のエネルギーの凄まじさを証明しています。温かい温もり、優しさは確かに感じるけれども、それを覆い尽くすブラックのエネルギーがまだまだ計り知れなく渦巻いているという現実が横たわっています。可能な限り学んでいきましょう。

488)  学びの友が、クボハウスでの勉強の録音したものを文字にしてくれました。4項目にしてみました。

① 瞑想というのは欠かせない。最後は瞑想とあるように瞑想でしか自分の心に響いてくる世界、感じる世界は分からない。瞑想という手法でしか学んでいけません。目で見て、耳から聞いて、いろいろな思いが出てくると思いますけど、そうじゃなくて目を閉じて自分の心の針を田池留吉のほうに向けたときに、心に響いてくる思い、心の針の向け先、それをしっかりと確信。これがそうだと確信できるまで瞑想を継続してください。難しいです。私達は本当に間違って存在してきました。もうずうっとずうっともう気の遠くなるような長い時間、間違って存在してきたんです。肉、形を本物とする中で生きてきましたから、今世こういう学びに集えても実際のところ難しいと思います。出来た、分かったの世界ではありません。出来た、分かったというところから自分を出発すれば、もうそこで落ちていきます。簡単に言えば、その自分の感じたものを誇るというよりも、ただただ素直に喜んでいけばいいだけなんです。反対に言えば難しいんやけども、簡単なことかもしれません。しかし肉というのがありますから、肉を中心にする思いからすれば、出来た、分かった、感じた、これだけやってるという、そこをやっぱりどうしても認めてほしいっていう思いがやっぱり出てきます。今は田池先生はいらっしゃいません。田池先生の肉がある間はやっぱり「田池、認めろ!」という思いがみなさんの中にものすごく強かったと思います。もちろん私も例外ではありません。「田池先生、私を認めてください。」そういう思いを、ずうっとみなさん広げてきたと思います。ただしその先生も今は肉を持っておりません。どんなに「田池認めろ」といっても、「よっしゃ!認めたる、あんた認めたる」というその声は聞こえてこないと思います。それよりも自分の中の田池留吉、本当の温もりっていうか、愛っていうか、そういう方向にしっかりと自分の心の針を向けて、淡々と瞑想を継続していくその姿勢がとっても大事だと思います。

② アマテラスに思いを向けて、ともに帰ろうと呼びかけることは本当に大切なことなんです。それはこの日本の国に田池留吉という意識の世界が肉を持ってきてくれたこと、そのことからも明らかです。アマテラスの供養をしていきましょう。アマテラスこそ私達に目覚めを約束してくれた意識なんです。苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、どんなときもアマテラスと一緒でした。 そのアマテラスとともに宇宙へ母なる宇宙へ帰っていきたいと、私達は願って今世肉体をいただきました。どうぞアマテラスの供養をしっかりとしていってください。
上からアマテラスにもの申すんじゃなくって、ともに歩む仲間です。アマテラスを愛しい思いで呼んでください。
アマテラスです。大好きな大好きなアマテラスです。

③ 自分の心に感じたものを信じて、それを自分のこれからの学びにも繋げていく、この姿勢がとっても大切です。外に回答はありません。全ては自分の心の中にあります。心に響いてくる、肉にまで響いてくるというのは、言えば敏感な方なんです。鈍感では頭がぐるぐる回るだけで、本当は感じてるんですけど、それが肉に響いてこないから、どうだろうか、ああだろうと、いったりきたりだと思います。敏感な方はどんどん臆せず自分が母の温もりを心の中に広げていけると思ったなら、もうその母の温もりの中で自分の凄まじいエネルギーをしっかりと抱き抱えてください。自分にしかできません。宇宙には自分があるだけです。

④ どうぞ今世の学びをしっかりと転生に繋げてください。次の転生に繋げてください。どうぞ本当にその思いで今世の学びをやってください。私達と250年後どうぞ出会ってください。出会って、出会って、そして自分のもとに帰りましょう。自分達は愛の中にあることを、どうぞどうぞ今世の学びの中でしっかりと確立してください。


489)  クボハウスを活用、あるいはそれぞれのお住まいのところで会場を用意して友とお勉強。もちろん、セミナー以外普段は一人でお勉強という方もおられるでしょう。
どのようなパターンであっても、きちんと結果が出ればそれでいいんです。学ぶチャンスがたくさんある人、あまりない人、それは確かにあります。そこだけを見れば不公平かもしれません。学ぶチャンスがたくさんある人達は、確かに学んでいこうという雰囲気の中にありますから、あたかも一歩前に歩み出しているというふうにも受け取れますがどうでしょうか。案外かもしれません。要は結果が出なければということです。結果を出すには、いつも基本に立ち戻って、ポイントを外さない学び方を心掛けることです。


490)  セミナーに一度来てそれっきりの人、何度か来られて熱心かなあと思っていたら何かがあって突然パッタリ来なくなった人、振り返ればそんなこと、あんなことありました。もったいないと思います。そうかと思えば学びに繋がっているけれど惰性になってしまっている人も多いです。それももったいないと思います。ですが、もったいないと思うこの思いも肉の思いです。そんなこととは一切関係なく、意識の流れの計画は着実に進んでいるということなので、250年、300年に向けて中とともに予定のコースを歩んでいけばいいということしかいつも返ってきません。
「ただただ心の針を私、田池留吉に向けて合わせていれば、愛の波動が流れます。そのエネルギーが仕事をします。ともに仕事をしてまいりましょう。」


491)  日々、幸せを実感していますか。もちろん、瞑想を通して、幸せ、喜びはじわじわ、あるいはどんどん心に響いてくるということは、殆どの方が体験済みだと思います。一過性の幸せ、喜びではなくて、何度も何度も、繰り返し体験できていると思います。そして、瞑想をしているときだけではなくて、日々の生活の中でふっと思えば、幸せだと実感する、何があるから、誰がいるから、そういうのではなくて、ただ今が幸せだと思う、そんな時間を積み重ねていければいいのではないでしょうか。
本当のことを心で知っている、感じている、こんな幸せな人生はありません。

492) 2017年のセミナー予定。宿泊を伴うセミナーの会場の内訳は琵琶湖グランドホテル2回、橿原ロイヤルホテル2回、伊勢志摩ロイヤルホテル6回の計10回です。人数の関係で抽選になる時があります。無理は禁物。頑張る必要もなし。ただひたすらに真っ直ぐに真摯な思いで、喜びと温もりの道をともに歩いていくだけです。
思えば嬉しい。思うことが喜び。田池留吉、アルバートを思う、愛が仕事をします。

493) 忙し過ぎても、暇過ぎても、学びに適した環境とは言えません。身体も頭も程よく動かせる生活、そして体力気力がまだある間、しっかりと学びを進め、学びのポイントを見極め、喜びと幸せの自分と出会っていきましょう。もともと、私達は喜びと幸せの中、温もりの中にあったんですから、そこへ帰っていくことは自然なことなんです。不自然な状態から自然な状態へ戻していく、これが愛のパワーでしょう。それは愛しかできないことです。愛だからできるんです。

494)  私は、朝、半身浴のときにふるさとの替え歌を歌うことが日課です。浴槽に沈めた愛の円盤とともにいい時間をいただいています。今朝も、ただひたすら真っ直ぐに田池留吉、アルバートとともにのメッセージを確認。皆さんもどうぞ、半身浴を楽しんでください。これから暑くなりますが、真夏でもシャワーと半身浴を併用しましょう。暑いからシャワーだけというのはよくないと思います。

495)  みんなとともに会場で思いを向けられる喜び。田池留吉を思い、アルバートを思い、宇宙に思いを馳せる喜び。セミナー参加には条件があり、それをクリアしていただかなければなりません。また会場の関係から抽選ということもあります。無理をしない範囲でできるだけ学びをともにしましょう。あなたの中のたくさんの宇宙達とともに歩みを進めていってください。こうして肉という形を持っている今を最大限活用していきましょう。


496)  学びは修業でないから、あれをしたらいけない、これをしたらいけないと自分の生活を縛ることはありません。時間のメリハリがなく、だらしないということはどうかと思いますが、ぼぉーとする時間も必要です。ただ、学んでいこうと本当に思ったならば、生活はシンプルになってきます。生活のリズムは自然に整ってきます。また、欲、肉を持つ限り欲とは縁切りはできないけれど、あれもこれもと触手を伸ばしません。心を向けて感じる世界の確かさを知っていれば、肉は程々で十二分に幸せだと分かるからです。


497)  一週間後の橿原セミナー、参加人数約200名ということなので、全員参加で現象を楽しみましょう。アマテラスが待っています。どうぞ、しっかりと心の中に伝えてください。ともに帰ろうと。そして宇宙です。まだまだ光が届かない宇宙達に、肉を持たない私達の仲間達に思いを向けていきましょう。優しい母の温もりの中にあったことをしっかりと伝えていけるあなたになってください。もう肉のあなただけに思いを凝らすのは止めにして、もっと広い、広いあなたの世界に心の針を向けてみてください。
そんな瞑想をしましょう。そんな学びをしよう。昨日、クボハウスでともに学んだときにそう思いました。


498)  今年7月以降、種水の判定を実施して、それをもとに2017年の橿原セミナー2回を募集します。抽選なしの方は判定7以上。5以上で参加ご希望の方は抽選となります。どの時点で判定を受けるかは、NPO法人UTAの輪のホームページで確認してください。志摩もいいけれど橿原もまたいいところです。二上山を眺めながらの瞑想、いいですよ。種水の判定をぜひ受けて橿原セミナーに参加しましょう。

499) 人それぞれの環境、事情があります。それを充分に考慮して無理をせずに、だけど真摯に誠実に、学びに、人生の目的に、真っ直ぐに向き合ってください。
学ぶ教材は周りに溢れています。また、学びの友とともに学ぶ時間と空間ということでセミナーも用意されています。UTAブックさんからも色々と学びやすい環境を提供してくれます。どうぞ、まずはそういう学びの輪から外れないように心掛けてください。どのように学ぶかは自己選択ですが、波動は騙せないのです。
みんな例外なく我一番の世界を作り出してきました。今世学びに集いながらも、そこから抜け出せないという愚かなことがないように心して学んでいきましょう。


500)  昨日、第3回NPO法人UTAの輪セミナーの参加名簿をいただきました。UTAブックさんからは復刻版「ありがとう」が届きました。田池留吉氏が私達に示してくれた道筋をみんなでともに進んでいく喜びを感じています。間違い続けてきた私達に根気よく伝え続けてくれた田池留吉氏の思いに、ただただ感謝です。
互いに肉を持ち学ぶというところから、新しい局面の中で学びをしていける今を喜びながら、ただ真っ直ぐに歩いてきなさいというメッセージを忠実に遂行します。
宇宙を思い、ともにアルバートを呼べる幸せの中にあったことを伝えてくれました。「ともに行きましょう」と伝え続けてくれています。


501) 「我が人生もセミナーとともに」どうぞ、田池留吉氏の思いに沿って、田池留吉氏の思いとともに、セミナーを中心にして我が人生を楽しみ喜んでいきましょう。
目を開けて自分の日常をある程度整えたら、あとは目を閉じて自分の中に思いを向けていく時間をしっかりと持ちましょう。
肉を持っている以上、肉としての管理は必要です。だらしないけじめのない生活から、意識の世界は学べません。規律等で自分を縛るのではなくて、本当に波動を感じてくれば、生活は一定のリズムで整えられてくるのです。肉も決しておざなりにはできないのです。肉を持って意識、波動を学べる喜びがそうさせるからです。


502) 頭を先行させていませんか。自分の頭で納得しなければ、学びで伝えられていることを信じられないとなれば、どうでしょうか。この先どんなに学んでもという思いがします。 そもそも、意識、波動の世界を頭で理解しよう、納得しようということ自体が、すでに間違っているんです。両者は全く比べることができない次元のものだからです。肉という形を持ちながら、真実の世界をどんどん進んでいく難しさはそこにあると思います。中が感じているものに、もっと素直になればいいのでしょうけれど、肉という壁が立ち塞がっているのが現実です。素直になるとはどういうことなのでしょうか。

503) 喜び、喜びだけです。喜びがさらに愛の中に喜びを作っていくんです。喜び以外に何もありません。喜びが喜びの仕事をします。喜びが喜びを膨らませていきます。喜びが喜びを生み出していきます。その様子を肉を通して見れる人生は、ただただ喜びの人生です。

504) みんなとともに学べる時間と空間を用意していただいて、本当にありがとうございました。ともに思いを向けていけることが嬉しいと学ばせていただいています。
田池留吉の意識の世界が肉を持ちきちんと道筋をつけてくれました。ただただありがたいと思いました。ありがとう、ありがとう、よかったとそれぞれの心の中から思いが飛び出てきたセミナーではなかったでしょうか。どうぞ、自分の中の喜びと温もり、お母さんの思いを信じて、信じて、ともに歩みを進めていきましょう。
来月の琵琶湖セミナーが楽しみです。


505)  大阪府在住の方、及びその近辺にお住まいの方へ。
防音設備が整ったクボハウスで、瞑想等をする学びのグループが増えました。それはいいことですが、同時に複数のグループに属してという方も多くなって、地域で学ぶというパターンが崩れつつあります。そこでこのあたりで、各地域の中で学びの友と学ぶというところに戻していきましょう。そして、それぞれにお住まいのところで、瞑想等をするのに適した会場があれば、その場所を活用しましょう。行き帰りの時間が短いほうが身体が楽です。どうしても適当なところが見つからない場合に限って、クボハウスを
地域ごとに活用させていただいたらいいと思います。
どうぞ、学びを真剣にするという意味を、もう一度それぞれに考えてみてください。複数のグループに顔出しして、どれだけ結果を出しているか検証が必要です。

506)  先日の橿原セミナーで、アマテラスに向ける瞑想の時に巫女という言葉を出しました。アマテラスに向けたとき、我一番なり、我に心を向けよという猛々しいエネルギーを確認する一方、巫女の時に出してきた思いにしっかりと触れていただきたかったからです。優しい母の温もりの中に、巫女の時に出してきた思いをもう帰してあげてください。セミナーに参加された方の反省文を掲載します。参考にしてみてください。

巫女の思いが愛おしいです。心から心から田池留吉の肉に出会いたかったのは巫女の私でした。お母さんに産んでくださいと懇願したのは巫女の私でした。
巫女の私の心の底の底の底の奥底の叫び、慟哭の叫び、この叫びを幾重にも重ねての転生、二上山の巫女の心の叫びを確認できたことが本当に嬉しいです。真っ暗闇の中で息を殺して殺して死んでいった。苦しくて悲しくて寂しくて怖くて、この思いを心の中に押し込めて押し込めて、心が重たくて重たくてどうしたらいいのか分からなくて、命を終えていった巫女の意識が、幾重にも重なって私の中に固まっていました。
今回の橿原のセミナーで、心の中に押し込めてきた慟哭の叫びを、素直に素直に出せたことが本当に嬉しかったです。
そして、死後の自分も心の底の底の底の奥底の叫びも同じなのだと思いました。この意識の世界が自分の今の現実です。確りと心で感じ確認できたことが嬉しいです。
最後にアマテラスを思う瞑想の中で、慟哭の中から祈りのエネルギーが突き上げてきました。その時、異語が流れてきます。静かに優しく優しく温かく流れてきます。少しずつ異語のほうに心が向いていきます。底の底の底の奥底から響く祈りのエネルギーがどんどん変っていくのを感じました。そして、祈りの思いが母への思いに変わっていきました。母への思いが中から溢れてきました。素直にお母さんを呼びました。その瞬間から、お母さん、お母さん、お母さん、どんどん突き上げてくる母への思い、幸せでした。お母さんと呼べることが幸せでした。心からお母さんを呼べる私は幸せの中にいました。このままでいたい。初めてそう思いました。
心から素直にお母さんを呼べたことが嬉しくて嬉しくて、巫女の意識もアマテラスの意識も、お母さんを心から心から呼びたかった。私が求めていた幸せはこれだったのです。心から、お母さんを呼べる自分に出会うことでした。お母さんを心から呼べた後から気が付きました。私が今まで幸せです、喜びですといっていたのは偽物の喜び幸せだったことを心に感じてきました。幸せも喜びも外にはない。私の中にあることを気付かせてもらいました。
二上山の巫女に思いを向けた瞑想を通して、その心の叫びを心で確認できたことが本当に嬉しかったです。巫女の叫びはみんなみんなお母さんを呼びたかった。素直に心から心からお母さんを呼びたかった。お母さんを心から呼び続けた後から、私の中の巫女の思いが、田池留吉の肉に出会いたかった。溢れてきました。だから、だから、慟哭のエネルギーの中から母の意識に産んでくださいと懇願したんです。苦しんできた自分に懺悔です。アマテラスにごめんなさい、ありがとう。ともに帰ろうと心から伝えます。
必ず必ずともに帰れることを伝えます。振り返れば、私が言っていたありがとうは全部外に向かって言っていた。全部偽物でした。偽物のありがとうの壁が巫女のエネルギーとともに崩壊していきます。崩れていく事は喜びでした。
私達は一つ、私達は一つでした。ともに帰りましょう。
お母さんを素直に心から呼び続けていける喜びの道、愛へ帰る道、次元移行に向かって、自己確立の道を意識達とともに歩いていきます。ありがとうございました。

橿原セミナー、本当にゆったりと楽しく、そして真剣に、充実した学びの時間を頂きました。嬉しかったです。
塩川香世さん、そして、セミナーのお世話をしてくださった皆さん、ありがとうございました。


507)  私はこれだけ感じているんだ、これだけ分かっているんだ、そのような思いでせっかくのチャンスを握りつぶすのは止めにしましょう。その反対に、私はダメだ、肉の殻が厚いからと自分を卑下するのも止めにしましょう。みんな母の意識から大切なことはすでに伝えてもらっています。母の意識は、自分を大きく見せることも、小さく閉じ籠ってしまうことも、間違いでそうではありませんと伝えてくれているはずです。どうぞ、母の意識から学んだことに素直になっていきましょう。みんな学習済みです。母のお腹から生まれてきたということはそういうことです。母を思う瞑想、大切な作業です。


508)  後期高齢者と言われる年齢あたりになってくると、踏ん張りがきかなくなってきます。意識には年齢がありませんが、肉体は確実に衰えていきます。その中で死ぬまで何とか元気に瞑想をしていってください。死の恐怖は年齢を重ねても同じようにあるでしょう。その思いを確認しつつ、自分に用意している時間、ありがとうの思いを中心に据えて、自分を愛しいと思えるような瞑想を重ねてください。
10代~40代の方達、今は元気はつらつでも分かりません。ある日突然ということもありますから、体力、気力の充実している間に、しっかりと学びの道筋を自分の中に確立できるように時間をお使いください。経済的にも家庭的にもなかなか安定しない時期かもしれませんが、その年代だからこそ学べることはたくさんあると思います。しかし、無理は禁物です。
両者の年代に属さない年代の方達、私も含めてですが、それぞれに色々と決断する事柄を抱えているのではないでしょうか。言うまでもなく学び一本をベースに自分で答えを出して、幸せな第二の人生を送りましょう。


509)  UTAブックさんが、先日の橿原セミナーでのアマテラスに向ける瞑想のときに巫女の思いを感じた方は、その体験文をと募集されています。
意識を受けるという大袈裟なものでもなくても、何か自分が生まれて今まで生きてきた中で、ずっと引きずっているものがあると感じた方、何か自分の中でこれまでアマテラスを思う瞑想でも母を思う瞑想でも釈然としなかった思いが、巫女の転生のときに自分の中に秘めてしまったものかもしれないと感じた方、短くてもいいですから、自分の言葉で表現してみてください。ずっと見たくなかった思い、隠し通したかった思い、巫女の時の転生を思い、自分の中で温もりへ帰してあげてください。


510)  田池留吉氏との出会いがあったこと、学びに繋がったこと、そのありがたみをじっくりと味わいながら、自分の肉を持つ時間を大切にしていきましょう。そして、学びに繋がったことに対して、自分に誠実に答えを出していきましょう。自分に誠実に答えを出すということは、結果を出すということです。今世をこれまでの転生と明らかに違う転生にして、そして自分を必ずや次元移行に繋いでいける今世であるかどうかということです。心して学んでいきましょう。
あるのは自分の世界だけです。その世界が変わらない限り、次元移行は難しいです。このメッセージが厳しいかどうか、自分の心で判断してみてください。


511)  次元移行云々を言われても、確かに自分の心に響いてこない限り、ピンときません。既存の他力信仰、言えば肉の喜びと幸せ、そしてそのためにパワーをと希ってきた延長線上で、どんなに学んでも、その延長線上に自分の軌道があるだけです。これは本当にはっきりとしているんです。同じ線上に自分の軌道があれば、出る結果もまた同じです。そして、それは学びに繋がっていても繋がっていないことになります。精査してください。


512)  私達の世界には限りがありません。しかし、殆どの方が自分が作った小さな穴蔵に閉じ籠っています。そして、その自覚もないままに数限りない転生をしてきましたし、これからもしていきます。ただ肉を持って過ごしていける条件が、やがてこの地球上では皆無になりますので、転生と言っても・・・ということになります。
どうぞ、今を喜んで、自分と向き合いましょう。千載一遇の時という言葉を、思いを味わってください。


513)  学びに繋がった方、まずはどなたも敏感になってください。理想を言えば、学びに集う前から敏感よりも、学びに集ってからどんどん敏感になるパターンがいいんです。学びに沿って敏感になっていけば、敏感になっていけばいくほどに楽しいからです。
自分の中から凄まじいエネルギーが噴き上げてきても、それは即座に温もりに喜びに帰っていく、そのすごさというか楽しみというか、不思議を心で味わっていけるような敏感になってください。それにはもうお分かりのように、母の意識に向かって吐き出してきた思いにしっかりと出会っているかどうかが分かれ道です。その思いに心で出会ったなら、もうどなたも分かるんです。どうぞ、自分の心で分かる学びをして、肉を置いていきましょう。


514)  「お母さん、ありがとう。」心から噴き出してくる叫びです。噴き出してくるんです。それは道徳的な「お母さん、ありがとう。」ではありません。自分の奥底から突き上がり、噴き出してくる思い、叫びは、だから当然、自分の中の凄まじいブラックのエネルギーとともに飛び出してきます。その体験を何度も何度も重ねていきましょう。
他力のエネルギーの中にすっぽりと納まった状態では、この心地良さとは無縁です。我が作った世界ほど素晴らしいものはないと自分で自分を骨抜きにしてしまった状態、酔いしれている状態であることに気付くことです。そして、一日でも早く抜け出してください。自分の中が泣き叫んでいることに気付いてください。叫びを、慟哭をぜひとも、ぜひとも受け容れてください。そのために肉を持って今そこにいます。自分の叫びを感じてください。


515)  思えば嬉しい、思えば喜び。田池留吉、アルバートと呼べることが嬉しい。どんなときもどんなときも、ただただひたすらに田池留吉、アルバートを思い、愛を思える自分達だったと本当に心の底から思えたならば、決してもう道を見失うことはないでしょう。そして、ただただ宇宙を思い、異語を語り、そうすることが、そうできることがどんなに幸せな人生であるか、自分の心で分かります。
「私はともに歩いています。次元移行を目指してともに進んでいます。」と、どうぞ、しっかりと言えるあなたに蘇ってください。田池留吉の肉を通してアルバートの波動を伝えてくれたと、あなたの心で本当に感じているならば、喜び、幸せは揺るぎのないものです。真っ直ぐにこの道一本があるだけです。


516)  学びに触れながら、基準がこの世の流れにあるならば、学びをすればするほど苦しくなり、矛盾を感じ、やがては学びから離れていきます。自分を裏切ることを相も変わらずに選んでしまいます。しかし、この世の流れ(常識)を度外視しては、学びを円滑に進めていくことはできません。濁流に流れながら流されないように生きていく術を心得て、楽しみながら、しかし思いはただ一点を見つめて、力強く歩みを一歩前に進めてください。
「何のために生きているのか。何のために学んでいるのか。」中心棒が育たない、あるいは中心棒がぶれてくると、ひとつの意識体でありながら、軌道が外れ接点がなくなります。

517)  私は、昔、昔のいわゆるセミナー会場における闇出し現象と喜びの現象の両輪で本当に田池留吉の肉を通して学ばせていただきました。その他、枚挙にいとまがないほど集中して学びのチャンスをいただきました。それは同時に自分の中から今世に懸けてきた強い決意を感じ取ってくれた結果でもありました。
そうして伝えていただいた真実の波動の世界を、今度は肉を介さないで学んでくださいということだから、私は、しっかりとそのメッセージを受け止め、ともに学んでいきましょう、ともに進んでいきましょうと呼び掛け続けます。田池留吉、アルバートの意識とともに学ばせていただけることがただただ嬉しいです。


518)  宇宙には自分しかいないと語りながらも、こうして、肉を持ってともに学ぶという幸せは十二分に感じています。肉の思いはそれぞれにあり、心癖も互いにあります。その中においても、少しでも真実の方向を向いて学んでいこうとする友の存在が嬉しいのは言うまでもありません。
それをしっかりと踏まえながら、それにもまして、いいえ比較などできない喜びと幸せを、瞑想の中で感じ知っていきましょうということなんです。宇宙には自分しかいないということがどういうことなのか、心で感じ始めたならば、もうありがとうしか出てきません。宇宙を思えることがただただ幸せということなんです。

519)  自分の中の愛、自分が愛だったと信じられる方向に歩みを進めていく以外に、自分を救う道はありません。寂しい、辛い、苦しい、恨み辛み、競争心、弱音を吐かずに頑張る心、気丈に立ち向かっていく心、依頼心、不安、恐怖等々、上げれば切りがない真っ暗闇の中から自分を救い出していく方法はただひとつあるのみです。
真っ暗闇の中で積み重ねてきた転生があるだけに、真実の方向に舵を取っていくのは難しいけれど、それは同時に失敗の転生が山積みだからこそ、本当に心から気付けばそれらの転生は大きな力となってくれます。それらは自分を転回していく大きなパワーだと言えます。田池留吉の肉はただそのことを伝え続けてくれました。田池留吉の意識は、自分を信じられなかった私に、あなたは愛だと真っ直ぐに伝えてくれました。驚きと嬉しさそしてありがとうだけでした。

520)  人生の目的、なぜ生まれてきたのか、なぜ死んでいくのか、自分はどんな存在なのか、学びの指針に沿って真摯に学んでいけば、自分の中から明確に答えが出てくるはずです。欲と学びは合わないということは承知しているはずです。学びに集ってきた動機、学んでいこうとする心の底にある欲、肉の喜びと幸せを追い求めながら、学んでいこうとする愚かさ、徹底的に見つめ直してください。学びは宗教ではありません。未だに、あなたは神、仏、宇宙のパワーが現存すると思っているのではないでしょうね。自分を精査してください。

521)  このホームページに音声を挿入しています。聞いていただけましたか。前々から音声をと思っていたところ、ひょんなことからその思いが実現しました。自室で本の朗読等ができるようにとの計らいで、UTAブックさんが設定してくれたおかげです。朗読は来月から始めさせていただきますが、発信ということで私なりに活用してみたいと思います。また、志摩で学びをということについても、一年くらい前には雲をつかむようなことでしたが、どうやら共同住宅も予定通り入居者も決まり、これからが楽しみという感じがします。みんなそれぞれ、自分に用意してきた今世の時間の中で、どうぞ自分を大切に、そして真実の方向に一歩自分を進めていけるように、喜んで楽しみながら学んでいきましょう。

522)  何を思っているか、思えるか、とても大切なことです。何をしててもいい、どんな生活でもいいんです。本当に田池留吉の世界を感じ、真っ直ぐに思っているならば。そして、本当にそうならば、何をしててもいいと言われても、何をすべきなのか分かります。どんな生活であってもいいけれど、生活に乱れはなくなります。
何のとらわれもなく、自由に伸び伸びと生きる本当の意味が分かり、そしてそれは自分の中に田池留吉の世界があり、その世界に心を向けることなくしてはあり得ないことだと実感します。田池留吉という中心棒がない中で、自由奔放に生きても、本当の喜びと幸せを知ることは絶対にありません。


523)  今年、6月から12月計7回、大宝のクボハウスで50歳未満の方達とともに瞑想をする時間を設けていただいています。学びをするのに年齢は関係なしとはいうものの、やはり体力、気力のある間にしっかりと学びの基礎を作り、自分の進むべき方向を見定めていけるに越したことはありません。
若いがゆえに肉的に色々なことをこなしていかなければなりません。その一方で若いがゆえにその気になれば、学びの本質を吸収できるスピードもあるんです。
変に賢くならずに、本当の意味で賢く生きる術を見つけてください。


524)  学びに至る道は一本道です。中心、愛を目指していく道筋、ルートが放射線状的にあちらからもこちらからも伸びてきて、そしてそのままそれらが愛を目指していくわけではありません。多方向から伸びてきたものが、正規の軌道と合流せずして、それぞれの軌道で中心、愛を目指していくことはあり得ないことです。それは宇宙の流れにそぐわないのです。宇宙、意識の流れはたったひとつの道を指し示しています。たったひとつです。道は一本道です。
さてそこで問題は、その指し示している道をどのようにして知っていくのかということです。

525)  あなたは、自分の肉の思いと関係なく、自分の頭とは全く関係なく、自分の中から突き上がり、噴き出してくるエネルギーと出会っていますか。それはもう止めることができない瞬間的なものです。爆発的なものです。ここを体験すれば、ああ、自分はエネルギーなんだと何とはなしに感じてきます。それで学んでいるということではありませんが。
残念ながら、本を読むだけでは、ホームページを見るだけでは、また自宅で反省と瞑想をするだけでは少々難しいです。そういうことをしっかりとしながら、セミナー会場等で実体験を重ねていけば、本を読み、ホームページを読むことで、さらにその体験は自分の中で活かされていきます。相乗効果です。
両輪がうまくかみあってこそ、一歩を前に出していけるんです。もちろん自分の心を見ることを軽く見れば、前にどころか自分を落としていきます。


526)  早い、早い、時間が経つのが早いです。今年ももう半分が過ぎ去ろうとしています。日々、喜びながら楽しみながら愛しみながら、田池留吉を思い、アルバートを思い、そして次元移行を思いましょう。ひとつの肉体を持っている時間だけに留まらずに、ずっと限りなく続いていく時間、自分を思い、今、自分を変えていきましょう。
誰も何も変えてはくれません。転回して変革を促していくのは、自分の中の愛のエネルギー、パワーです。発掘してください。埋もれていては、永遠に変わりません。光も温もりも届かない真っ暗闇の中で固まっていると誰も伝えてくれません。

527)  肉を持つ時間には限りがあります。当たり前です。肉というのは形だから、どなたもいずれはその形は消えていきます。そして、ご承知のように、形が消えても残るものがあります。それは自分の世界です。文字通りそれが自分自身です。その自分の世界をどう変えていくか、どの方向に向けていくかを、学びに繋がった人達は見聞きしました。しかし、こういうことは、今世が初めてなんです。だから、なかなか、なかなか自分の中に浸透していきません。上辺だけの学びでは、肉を外せば・・・ということです。そして、その肉を持つ時間には限りがあります。あなたには右を向いて、左を向いている余裕があるのでしょうか。間違いを積み重ねてきた私達です。そう容易くはいかないと思います。

528)  来月早々、橿原でまたともに学ばせていただきます。それぞれに都合をつけて参加されると思いますので、どうぞ、二泊三日、ご自分のこれからに繋げられるように喜んで学んでいきましょう。幸い、時間もゆったりならセミナー会場もゆったりです。自分の中のたくさんの意識、自分とともに喜んでご参集ください。あるのは喜びだけです。ともに、田池留吉、アルバート、そして母なる宇宙を思える喜びを、どうぞ、自分の中にお伝えください。日々の自宅学習を継続しながら、こうしてともに瞑想ができる幸せを喜んでいます。

529)  お母さんを思う瞑想、本当に大切です。お母さんを思う瞑想、できない人いませんか。いるはずです。母を、温もりを素直に思えない、思う前には途轍もない部厚い他力の壁がある、そんな中に、今自分がいるとほんの少しでも感じているならば、何はさておき、なりふりかまわず学ばなければなりません。
肉で凝り固まっている間は、中の大変さも響いてきませんが、それが少し緩んできたときに、母の温もりにしっかりと触れているという体験がなければ、その肉は肉として苦しみを味わっていきます。意識の苦しみはそんなものではないですが、肉が正常な状態でなければ、意識の苦しみは苦しみのまま沈んでいくだけです。意識の苦しみを喜びへと転回していくには、肉として正常な状態が必要です。正常な状態とは、昼と夜の逆転なく、きちんと眠れてきちんと食べれて、生活のリズムが一定している状態を言います。


530)  それぞれがこれから、どのように自分の学びを進めていくかは、それぞれの問題ですが、意識の流れはすこぶる順調に推移しており、その意識の流れからのメッセージは、250年後、必ず、必ず、私達と出会ってくださいというものです。はっきりとしっかりと力強く、出会ってください、出会ってくださいと伝えてきます。それは言うまでもなく、ともに次元を超えて、ともに歩んでいきましょうという力強い呼び掛けです。
愚かな肉を引っ提げて、この呼び掛けにしっかりと応じていくことは大変難しいですが、それでも、それでもその肉の終わるまで、ただひたすらに自分の学びを進めていきましょう。


531)  今世、このようにして生まれてきて、色々なルートから学びに繋がり、自分の心を見る、母の反省、自己供養をするという人生の唯一の目的を教えていただきました。これ以上の幸せはありません。こんな幸せな人生、あなたのこれまでにありましたか。私はありませんでした。心を向ける喜び、心を向けられる喜び、ひとつだと伝えてくる存在、確かな足取りを心に知っていけば、どんなに幸せな私達だったか手に取るように分かります。だから、それ以外は枝葉的なものです。影です。実体がありません。
本当に学んでください。学んでいきましょう。目を閉じて思い、そして広がっていく世界を堪能していきましょう。


532)  大切なことだから、何度も何度も自分の中で確認してください。それは、死ねば、肉体がなくなれば何もないということです。あるのは思いの世界だけです。自分が出し続けてきた思いだけがそこにあるのです。そこがどんなに苦しくて重くて辛くても、そこから自分を遠ざけることはできません。それが自分だからです。
肉を持っている間、心を自分の外に向けるだけの生き方は、そんな現実に目をつぶって、自分を誤魔化しているだけです。もうそんな人生止めにしましょうと学んでいるのではないのでしょうか。今、肉体を持っている今、自分のために生きましょう。本当の意味で自分のために生きることを、母の意識は、愛は教えてくれていました。
田池留吉に心を向ければ、もうお分かりのはずです。大切なことはみんなすでに伝えてくれています。


533)  もともと間違った偽の世界(世の中)に肉という形を持って出てくるわけだから、心を見ることを知らない限り、何が間違いかなんて分かるはずはありません。周りはみんな真実から遠くに離れてしまっている中で、そこで生きる価値というか生きる方法を見つけるには、外から色々な方法で情報(知識)を吸収するしかありません。しかしそれもまた根本が違うから、どんなにそれらを得たところで、自分の中の真実には出会えません。なぜ生まれてきたのか分からないのは、自分にとって最大の不幸せです。

534)  昨日の朝、ホームページに挿入した音声は、「ありがとう」の復刻版の中の「Fさんの反省」から選んだものです。これは、UTAブックさんが企画されるポッドキャストと言われるものではありません。瞑想をしていて、ふと、「Fさんの反省」を朗読してみたいと思ったので、まあ、これから始まるポッドキャストを視野に入れながら、「Fさんの反省」のひとつを読んでみました。
ポッドキャスト、私もそうですが、パソコンに不慣れな方はちょっと面倒かもしれませんが、そこは何とかそれぞれ工夫して新しいことに挑戦してみてください。
ホームページは文字を通して、そしてポッドキャストは音を通して、波動を発信していくことに活用させていただきたいと思っています。

535)  学びは宗教ではありません。その認識を新たにしてください。何を今更と言われる方も、それでは自分は本当に純粋に、真っ直ぐに学んでいますかと、自分に問いただしてください。端的に言うならば意識の転回の進捗度です。自分の中の愛、自分の中の真実に本当に触れていけば、それは波動として流れていきます。その波動が、エネルギーが仕事をするんです。それを堰き止めているのは肉という思いです。使う言葉は同じでも、する仕事が違うということになります。
まずは、自分の中に母の温もりをしっかりと確立させてください。自己供養に徹していきましょう。

536) あなたの事情が許せるならば、できるだけセミナーにご参集ください。ともに瞑想をしてまいりましょう。 以下、種水の現象を通してともに学ばせていただいたものを掲載します。

こういうこと(種水の現象)も絶対に自分の頭では理解できないんですけども、身体が勝手に動くとか、何かエネルギーが突き上げてくるとか、何か嬉しいとか、苦しいとか、クソッタレとか、バカにするなとか、己一番だとか、まあ色々思いが出てくると思うんですね。そういうことだと思うんです。そういうのを楽しんでいけば、いいんじゃないですか。ただ、まあ楽しむっていうか、そういうことで終わっていかないで、その出てきたエネルギーとか思いとか、そういうものをしっかりと、今度はともに帰ろうと優しい思いを伝えていける自分に蘇っていく、それがこの学びの本質っていうか、そうなんですよ。 だから偉いとか、出来ているとか、分かっているとか、私は田池留吉に認められたとか、そういうくだらないところでゴジャゴジャする暇があったら、合わせるのが難しいながらも、やっぱり、お母さんとか、田池留吉とか、ありがとうとか、肉体細胞ごめんなさいとか、そういう思いを持って、毎日毎日瞑想をする、もうこれは地道な作業です。これをしたからこうどうなるとか、そういうものではないですね。でもしなければなりません。そのために、私達は肉体を持って、こうやって生まれてきたんですから。それは自分と自分の約束。固い、固い、固い、固い約束。もう自分を決して裏切らないと、こうやって出てきたんですよ。地獄の、もう本当に奥底からお母さんに生んで頂いたという、やっぱりそこの原点にどうしても、いつもいつも戻っていくっていうのが大切です。どうしても何かこう前に進んで、前、前、前、前というふうに思いがちですけど、やっぱり、いつもその原点に戻って一日瞑想を始めていく、また次の日も瞑想をしていくという、淡々とした地道な作業を積み重ねてください。 そして、こうやって今クボハウスとかセミナーとか、ここで今度、橿原へ行く方はいらっしゃいますかね。あそこは、今度は120名で、前回来られた方は分かると思うんですけど、あのセミナー会場はものすごくゆったりしています。そこへ120名の人数しか来られませんので、ものすごくゆったりした空間で思う存分瞑想ができると思うんですね。そういう恵まれたチャンスを自分のものにした人は、どうぞ、その時間と空間を活用してください。
また、そうでない方は、また8月もありますし、伊勢志摩もありますし、まあ、自分の都合がつく限り、やっぱり、セミナー会場に自分の肉体を運ぶっていうのは、とっても大切です。あの、まあ、無理無理で来ても効果はないんですけども、都合がついて、出来るならば、毎回出席されたら良いのではないでしょうか。もうそんなに、それぞれ残された時間もないし、やっぱり身体が元気なうちに、その自分の元気な肉体を通して意識の世界、自分の出してきたエネルギーをしっかりと知っていくっていうのは、これほど幸せなことはないと思います。
本当に幸せです。自分の肉体を通して、自分が出してきたエネルギー、宇宙に垂れ流してきたエネルギーを知って感じていける、こんな幸せな存在はないと思います。 田池留吉の意識が肉を持ってきてくれたからこそ、私達はその幸せな時間に巡り会ったということをやっぱり心に留め置いて、自分の学びを喜んでしていってください。

537)  みんなとともに学べる時間、空間に自分の肉を運べる、これほどの喜び、幸せはないと感じられたのではないでしょうか。橿原セミナーも無事終了させていただきました。どうぞ、日々正しい瞑想を重ね、自分の意識の世界の変革に真剣に取り組んでまいりましょう。
今回も最後にお伝えしましたが、私達の目指すところは、250年、300年に至る次元移行です。母なる宇宙に帰る道筋を、どうぞ、自分の中で確立、確信して、喜んで、喜んでその道を歩いていきましょう。同時期に肉を持った今、ともに瞑想をする喜びを味わっていきましょう。

538)  自分の年齢、環境、色々なことを考えながら、自分の予定してきた学びのルートを見失わないように、日々喜んで生活をしていきましょう。
何が一番大切なことなのでしょうか。きちんとしっかりと自分の心を見ることをしていかなければ、知らずのうちに予定計画してきたルートから外れていきます。
意識の転回を自分の中で着実に進めていくことはとても難しいことです。ポーンと飛び出ることがない限り、同じ土壌の上で行ったり来たりを繰り返します。

539)  己一番、闘いと支配のエネルギーを垂れ流し続けてきたけれど、そして温もりにパワーなどないと、温もりを徹底的に否定してきたけれど、そんな私にもこうして、自分を真っ直ぐに見つめなさい、受け容れていきなさいと、十二分に学ばせていただけるチャンスが巡ってきました。田池留吉という真実の意識の世界と同時期に肉を持たせていただいて、直接にその肉を通して伝えていただいた波動の世界の真実に、私の意識の世界は諸手を挙げて喜びました。ただただ私にはありがたかったです。こんな私にも帰ってきなさい、私達はひとつですと真っ直ぐに伝えてくれた波動でした。「はい」と応じる喜びを大切にともに歩みます。

540)  自分の今の状態がどんな状態であろうと、またどんなに凄まじい思いを垂れ流してきたとしても、心をこちらに向けなさいと伝えてもらった機会に巡り合ったことは、何にも代えられない幸せだと思いませんか。ここがあなたの帰るところですよ、これがあなたの本当の世界ですよと、信じる信じないは別として、また、心を向けられる向けられないは別として、その肉を通して自分の中に伝えられる機会に巡り合った今という時でしたと、本当にあなたは心から感じておられますか。
心から感じられるあなたになっていきましょう。そうなれば、ふうっと喜びに包まれていることが分かります。どうぞ、今を大切にしましょう。かけがえのない今世です。

541)  一にも二にも正しい瞑想だと病室においても伝え続けてくれた田池留吉氏の思いを、心でしっかりと受け止めていきましょう。肉ではない意識だと、心を見なさいと伝え続けてくれた思い、波動、エネルギーに、それぞれがそれぞれの心で触れていかなければなりません。
同じ方向を向いて存在し続ける喜び、幸せを味わえるのは、正しい瞑想の中でしかありません。ともに行こうの呼び掛けと真っ直ぐに向き合ってください。その呼び掛けは、すべての意識達になされています。すべての意識達、肉のあるなしに関係はありません。呼び掛けに気付き真っ直ぐに応じていく意識達の目覚めが、これからの250年、300年に至る現象を起こしてまいります。

542)  学びに繋がっている、学んでいるということは、決して特別なことではありません。もうここに至って、そういうことで自分達は特別だという思いを持っている人はいないと思いますが、ゆめゆめ学びに触れていない人達、触れようとしない人達を見下さないようにしましょう。
みんなそれぞれに予定計画があります。そして、意識の世界は公平、平等です。今世、愛に帰りましょうとはっきりとしっかりと示されたのだから、そのエネルギーは着実に仕事をしていきます。今、自分は学びに繋がって喜んでいるならば、その感じている喜び通りに、自分の心を見て、針の向け先を少しでも愛、中心へ近づけていくことに専念しましょう。

543)  学びに繋がってくるのは決して特別なことではないけれど、学びをしていく、本道を歩いていくということは大変なことです。肉、形の世界を本物とする流れ、濁流の中で、その濁流に流れながら軸足がぶれない生き方をしていくことが問われるからです。
しかし、ひとたび、自分の中に決して変わらない優しさ、温もりがあり、いつもともにある本当の自分(田池留吉、アルバート、お母さん)の存在を確信しているならば、その見方も変わってきます。学びに繋がったことを素直に喜べるし、絶好のチャンスだと感じるはずです。濁流に流れながら流されない生き方を選び、自分を大切にしましょう。自分を取り戻していこう。

544)  あなたが250年後、どのようなところから、ともに次元を超えていこうというメッセージに触れられるか分かりませんが、私達は250年後、このメッセージを肉を持ちしっかりと発信していきます。そのとき、どうぞ、それを自分の中で瞬間的に感じられるようになっていてください。そして、ただただ喜んで、喜んで、訳が分からないけれど、自分の中から喜びのエネルギーが突き上げ、噴き上がってくる瞬間を味わいましょう。訳が分からないけれど、私の中は知っているんだと、歓喜のエネルギーを爆発させてください。さらに次元移行の波が打ち寄せてきます。

545)  瞑想をしていたら、二足の草鞋という言葉が出てきました。二足の草鞋ということについて、それぞれに考えてみてください。形の世界では、器用に渡り歩くということは可能かもしれないけれど、意識の世界ではそれは全く通用しない、そういうことはあり得ないことだと思っています。
垂れ流してきた闇のエネルギーを自ら回収することは大変なことです。しかし、それが私達一人ひとりの仕事です。正しく思うその純度を、肉を持っている間にできる限り高めて、必ず次の転生に、そのまた次の転生に繋ぎ、次元移行の流れに乗っていきましょう。
正しく思うその純度を高める、それは温もりと喜びの自分だと本当に信じ、その中に、その愛の中に自らを抱え込んでいくことを丹念に、丹念にやっていくことが条件です。それなくして、正しく思えないです。思うことと正しく思うことは別物です。

546)  今朝、メールで大変残念な知らせを受けました。どうぞ、学びを軽んじないでください。どうぞ、ご自分を軽んじないでください。最後の最後まで愚かな狂った間違いだらけの自分と向き合っていく本当の優しさ、温もりを育んでください。田池留吉の思い、本当の自分の思いを裏切ることは断じてあってならないんです。それが今世、この学びに集わせていただいて、田池留吉の意識から直接に教えていただいた私達の思いです。その思いを軽く見ないでください。

547)  正しい方向にきちんと針を向けていく、合わせていくことは難しいことですが、向けていこう、合わせていこうと素直に真摯にやっていくことは、どなたでもできます。本当にやってください。やりましよう。何度心の中から向けるな、こんなことをやってもどうなるんだとか、反発、白けた思いが出てこようとも、何度でもやってください。
肉ができることはそれしかないからです。そして、本当に母の反省をしてください。温もりを否定してきた、温もりを見下してきた思いを徹底的に見てください。
もう自分を見捨てることは絶対にないように。産んでくださいと懇願した思いに触れてみてください。

548)  私達はあのふるさとを捨てたんです。お母さんの心を捨てました。お母さん、お母さんを、お母さんをもう本当に見捨ててきました。しかし、お母さんは見捨てなかったんです。お母さんは待ち続けてくれる存在でした。気付いてください。お母さんの中に帰っていきましょう。田池留吉の中に帰っていきましょう。田池留吉を素直に呼べるあなたに蘇ってください。他力の思いを心に抱えたままでは、呼んでも呼んでも届きません。その心の底の底に欲があるからです。もっと純粋になって、もっと真摯になって、この学びを進めてください。全ては宇宙のためです。全ては自分の中の宇宙のためです。たくさんのたくさんの宇宙達があなたの心の中で待っています。待っています。肉を持っているあなたが目覚めなければ、あなたの中の宇宙達は、いつまでもいつまでも闇黒の中に沈み込んでいる状態です。どうぞ肉を持った本当の意味を心で感じてください。

549)  復刻版「ありがとう」の朗読を済ませました。今回の朗読は、ポッドキャストという方法で一般に公開されています。予定は未定ですが、この方法をもう少し活用させていただこうかなあと考えています。具体的なことは浮かんでいませんが、何かご提案があれば、UTAブックさんにご連絡を。
もっともまだUTAブックさんと話し合いをしていませんので、どうなるか分かりません。予定は未定ですが、おそらく私の思いのほうに動いていくだろうと思っています。

550)  肉を持っている間に、どうぞ、自己確立に努めてください。瞑想をして心に感じ響いてくるならば、なおさらに自己確立に専念してください。何をどのように感じようとも、その感じたものをどのようにすればいいのか、自分はどのように存在していけばいいのかということを、肉を持っている間にきちんと自分の心で分からなければ、本当に学んでいることにはなりません。
死後の自分の世界をしっかりと今、肉を持っている間に感じていきましょう。どんどん感じていきましょう。死後の自分からしっかりと学んでいきましょう。肉を持っている今だからこそ、学べるのです。本当の優しさ、本当の温もりを確立して、ただひたすらに自分に伝えていきましょう。

551)  自分の心で分かっていくしかありません。色々、色々自分なりに試行して、肉の終える最後の最後の瞬間まで、肉を持ってきたありがたさを感じて、自分と向き合っていきましょう。自分を放棄する、苦しみの中に沈み込んできた自分を放棄するのは、もう止めましょう。今も待ち続けてくれている思いを信じて、思いを逸らさずに、ともに生きていく本当の優しさと温もりを育んでいってください。

552)  田池留吉と呼ぶことが嬉しくて、アルバートと呼ぶことがただただ嬉しくて、これに勝る喜びも幸せもないことは、目を閉じて心を向ければはっきりと伝わってきます。私を思うだけですよと、それだけを伝えてくれる波動。それを忘れ去ってしまったから、どんなに幸せになりたくてもなれませんでした。
思いの世界に生きている、その思いが自分だったと、真っ直ぐに伝えられたことは衝撃的でした。そして、本当に根底から違っていたんだと、今の肉を通して知ったことはすごいことでした。
真実一路、誠心誠意伝えてくれたことに、ただありがとうしかありません。

553)  何はさておき、自分に本当のことが心から伝えられている今であるか、そういう状態の意識の世界であるか、自分を精査することが肝心です。後の生活のこと、日常に起こり来る色々な雑事がありますが、それは程々に受けて流していきましょう。そこで出る心、瞬間的に流すエネルギーを確認すれば、それをまた自分の学びの糧にして、雑事云々にとらわれずに、ただひたすら、自分のエネルギーの向け先を修正していきましょう。肉を持つ時間には限りがあります。自分を知っていくのに大切な時間です。その大切な時間をしっかりと活用していくことが自分を愛することです。まず自分を愛してください。ドロドロの自分を愛してください。

554)  本道を真っ直ぐに進んでいこう、やっていこうと欲得なしで学んでいく人達と学んでいきたいです。救ってくれ、何とかしてくれ、我を見よ、もうそういう思いとは決別してください。今世の残された学びの時間を足掛かりに、本当に自分を250年後に繋いでいける確信がありますか。想像を絶する過酷な転生を、それぞれが自分に予定しています。心に響いてくるならば、今学んでください。心に響いてこない人は、響いてくるまで学んでください。やるかやらないかは自己選択です。そして自己責任です。楽しく喜びながら、本道を真っ直ぐに見定めて、着実な一歩を踏み出してください。

555)  夫をやりながら妻を演じながら、その他様々な肉の状況の中で、それぞれの役をこなしながら、ただ見ていくのは自分の中。自分の思いの世界、意識の変革に努めましょう。切望してきた自分の中の思いと出会っていくために今があることを、正しい瞑想を重ねることにより確認してください。確認、確認、そしてまた確認。何度も何度も、自分の中で確認してください。

556)  「あなた、幸せですか。」時折、自分に聞いてみてください。自分に聞いて自分が答えたものを参照にして、自分の学びを進めていってください。
心を中に向ける習慣を身につけてください。肉のことはどんなことも程々に留めていきましょう。いい加減に、おざなりに済ませるということではなくて、やることはきちんとして、しかし思いを留める、こだわるということは薄く薄くしていきましょう。あなたの頭の中には、やりたいこと、やらなければと思っていること、まだたくさんあるかもしれませんが、段々に整理してなるべく身軽になってください。そして、何よりも心に響く波動の世界を大切に育んでいってください。

557)  自分達が狂い続けてきたことは、それぞれ自分の心の底の底の底のまたずっと奥底を垣間見ることで、感じているでしょう。神は偉大なりと叫びながら無差別攻撃を繰り返すテロ事件等、凄まじい凄惨なエネルギーがこれからも噴き上がり吹き荒れるでしょう。自分達の本質を全く見失い、闇黒の中に沈み込んできたことがはっきりと形となって現象化していくこれからの時間。私達人間が作り続けてきた愚かな世界をしっかりと見つめて、しかし、そこから本当のことに気付いていく道が示されています。愛が仕事をしていく意識の流れは、止めることはできません。粛々と流れる流れを感じていける喜びです。

558)  喜んで喜んで今という時を過ごしていきましょう。自分の凄まじいエネルギーを感じられることは、それはもう喜びでしかありません。自分の中に作り溜め込んできたどす黒い真っ黒な思いを、今こうして肉を通して自分に見させていることはすごいことなんです。それでも自分はこうして存在していることを思うとき、湧きあがってくる思いはどんな思いでしょうか。もう戻りましょう。帰る場所があるんです。心で知ってください。

559)  肉はみんな愚かです。馬鹿です。ひと癖もふた癖もありす。ただ、そんな愚かで、それぞれに癖があっても、正しい瞑想をしましょう、してくださいと伝えてもらって、そしてそれをそれぞれが真摯に素直に取り組んでいくならば、愚かで馬鹿な肉もまた少々変わってきます。
心を外に向けている空しさを感じながら、心を中に向けていく喜びを感じながら、結局はどうあればいいのかというところに落ち着きます。自分はどうすべきなのか、何を思っていくのか、誰も何もいざなってくれません。自分を自分がいざなっている意識の世界の仕組みを一日も早く自分の中で気付いていくことが待たれているだけです。


560)  あなたは自分の進むべき道が見えていますか。その道に沿って着実な一歩を歩み出していますか。本当に生まれてきてよかった、産んでくれてありがとうと思っていますか。心を向ける時間をしっかりと持っていますか。思う喜び、思える喜びはあなたの中で広がっていますか。次元移行を思うとき、そして宇宙を思うとき、あなたの中に湧き起こってくる思い、エネルギーはどんなものですか。いつもいつも私達とともに瞑想をしてください。

561)  心をひたすらに向けていく、いわゆる正しい瞑想をする習慣になっていますね。その習慣をつけて、しっかりと自分の中を確立してください。中心棒の確立です。
自分の中で歩みを進めていくことは簡単なようで難しいです。何が本当のことかということを、心で分かることです。今日、8月1日から、第4回NPO法人UTAの輪セミナーの受付が始まりました。伊勢志摩ロイヤルホテルにおいては、昨年の12月から2回目です。伊勢志摩でお会いできるのを楽しみにしています。


562)  ただひたすらに瞑想です。正しい瞑想ができるようになってください。正しい瞑想とは、真っ直ぐに田池留吉、アルバートを呼べる状態になることです。何の欲もなく、ただひたすらに、そして心の底の底から湧き起こり突き上がってくる思い、エネルギーに触れていける喜びをただただ堪能してください。
どんなに待ち詫びてきたことか。本当に出会いたかった、本当に叫びたかったたくさんの自分を心に受け止めてください。正しい瞑想をして、本当にお母さんに産んでもらった幸せ、喜びを心から味わってください。瞑想は喜び。正しい瞑想をすること、できることがたったひとつの喜びです。

563)  「どんなときも何よりも私を思ってください。どんなときも私を思えるようなあなたであってください。」伝わってくるメッセージです。波動として心が受け取る喜び、幸せを感じます。日々、自分の中に戻り瞬間出すエネルギーを感じ、そのエネルギーとともに存在している喜びを喜びとして、ただ思うはともに行こうといういざないです。
伝えていただいた波動の世界をしっかりと育んでいくだけです。育んでいく喜びだけでいいんです。どんなに幸せな存在であるか、きちんと伝えていただいています。
真摯に本当に真摯に歩んでいきましょう。今世、ラストチャンスです。学びに集ったということはそういうことです。自分に聞いてみてください。中から厳しいメッセージが届くのではないでしょうか。それは激励と受け取っていきましょう。

564)  朝、ストレッチ体操をしているとき、「今を生きる」という短い言葉が過りました。今、何を思っているか。今、瞬間に田池留吉を思い心はどうなのか。今、今がすべて。生活のリズムをできる限り整え、ゆったりとしたリズムの中で、意識の世界は宇宙のリズムを楽しんでいく、こんな人生が幸せな人生だと私は思います。
目を閉じて自分の今を感じる時間を持てることが、本当に幸せな人生だと思います。田池留吉とともに、アルバートとともに。瞑想は喜びです。

565)  お元気ですか。連日、暑いです。私の住む大阪は36度の猛暑日が週末にかけて続くようです。半身浴やっていますか。暑いからといってシャワーだけで済ませていませんか。きちんと食事してきちんと睡眠時間を取ってください。しっかりと汗を流して水分と塩分を補給して、元気よく瞑想をしましょう。田池留吉とともに、アルバートとともに宇宙を思う喜びの瞑想にあなたをいざなってください。どんなにアルバートと呼びたかったか、そんな自分の心の叫びに出会ってください。心に響いてくれば、心に伝わってくれば、もう本当に嬉しいだけです。その嬉しさ、喜び、ありがとうに何度も何度も出会ってください。

566)  UTAブックさんのホームページに掲載されていましたが、これからぼちぼちポッドキャストというものを活用させていただき、音を通して波動を発信するということをしていこうと思っています。今日、明日とスカイプを通して神奈川の人達と学ばせていただきます。それもいいのですが、このポッドキャストというのは、私は自室でまさに一人、短時間ですが集中していけるという点で、私のいい勉強になるように思います。おそらく不定期になると思いますが、ともに学ばせていただければ幸いです。

567)  今世、学びに触れるということは、千載一遇のチャンスだとしっかりと自分の中で確認をお願いします。まだまだ学びを軽く見ている人が多いように思います。学びを軽く見ているということは、自分を軽く見ている、自分をないがしろにしているということがお分かりでしょうか。
偉く聳え立っているというのは、自分を知らない証拠なんです。肉として生き続けてきた思いは、尽きることなく出てきます。尽きることなく出てくるから、喜びもまた尽きることはありません。それらはみんな喜びだからです。喜び以外は存在しないことを、正しい瞑想の中で繰り返し感じていけるなんて、私達はどれだけ幸せ者なのか分かりますか。ただひたすらにそして真摯に、学びと向かい合いましょう、自分と向かい合いましょう。

568)  自分の心で感じ、学び、そして自分の心で分かっていきましょう。頭ではないんです。どんなに頭で分かっていても、それは分かっていることにはなりません。また、分かるといっても、意識の世界は無限、つまり限りがありませんので、分かるということについても限りがありません。
だからひとつ気付けたことを喜んでいけばいいし、自分の中が何か前と比べたら緩んできたなあと感じれば、それもまた喜んでいればいいだけです。人に認めてもらおう、人と比べるその他、喜び以外の思いが出れば、それはまた違ってきます。またしっかりと心を見て軌道修正に努めましょう。

569)  今どんな環境であろうがいいんです。その中で逃げずに思いを逸らさずに、ただひたすらに自分の出してきた思い、エネルギーを知っていきましょう。自分が本当に望んできたことを素直に遂行していきましょう。もちろんこれは自分の中の切なる思いに触れなければ、実践不可能ですが、本当の自分に出会いたくて、みんな生まれてくることは事実です。どうぞ学びに触れた方達、千載一遇のチャンスを逸しないでください。
また、今世は学びに触れるということは自分の中で予定していなくても、意識の世界はすべてにおいて平等かつ公平ですから、必ずすべての意識に千載一遇のチャンスが用意されています。意識の流れを確実に自分の中で確認できるチャンスがあるのはすべてにおいて平等です。

570)  ポッドキャストを活用するにあたり、いくつかのメールをいただきました。ありがとうございます。まもなく第1回目が流れると思います。いただいたもの全部をポッドキャストでというわけにはいきませんが、このホームページ上で、あるいはセミナー会場等でさりげなく思いを伝えさせていただく場合もあると思います。
それぞれの環境、事情があります。それでも、何をおいてもきちんと自分の本当に歩むべき道を確立して人生を終えていきましょう。自分の中に少しでも明るく、柔らかく、温かい広がりを作っていけるように、肉を持っている間を大切にしましょう。

571)  ポッドキャストを通してともに学びましょうということで、第1回目がアップされています。ホームページを読んだり、学びの友からのメールを参考にしてみたりと、音声を通してともに学ぶ時間にしてみようと思っています。定期的に発信するということではありませんが、お互いにいいお勉強になればいいですね。
母の意識に、本来の自分に徹底的に闘いを挑んできた自分のエネルギーが感じられ、そのエネルギーを本来の軌道に戻していこうと真摯に思う方は、どうぞ、自分の中に母の温もりを蘇らせて、その中でどうぞ、宇宙を自分が作り続けてきた闇黒の宇宙を思って瞑想を続けてください。
闇黒の宇宙とはもちろんアマテラスだけではありません。しかし、まずはアマテラスです。
そして、まだまだそこまでに至っていないと思う方は、速やかに母の反省、ゼロ歳の瞑想をして、いかに愚かな自分になり果ててしまったかということを知ってください。


572)  『田池先生が生前、「私が肉を脱いだら一時間以内に塩川さんを通してメッセージをおくります」と言われていたように記憶しているのですが、田池先生が肉を脱がれてすぐのメッセージとはどのメッセージでしょうか。』というメールをいただきました。
田池先生の場合、心肺停止になって医者が死亡宣告をする前より、もうその意識はとっくに肉体を離れていました。ベッドに横たわっているけれども・・・という時間が1カ月ほどあったように思います。だから肉を脱いだらという時期が特定できません。強いて言えば、ホームページ上で田池留吉からのメッセージとして掲載されている№12あたりではないかと思います。それではなぜ1カ月ほどの時間が必要だったのかと私は聞きました。田池留吉は答えました。肉としての汚れをお掃除する時間が必要だったと。
ということで1時間以内というのがこれですとは言えませんが、「ホームページを通して、セミナーを通して、みんなとともに真実の波動の世界、田池留吉の世界を学んでいきなさい。」というのが、田池先生のたったひとつの思いです。ただ真っ直ぐに田池留吉に心を向けていくだけです。

573)  思えば本当に月日の経つのは早いもので、田池先生が入院されて第1回目の手術を受けられたのが去年の8月でした。あれから1年。1年の間にそれぞれ身の周りで色々なことがあったかと思います。そして、あなたの学びに対する思い、あなたの中はどうでしょうか。順調に自分の計画通りに進んでいますか。 生活のリズムはなるべく一定にして、日々正しい瞑想を継続する中で、絶対評価でいつも自分の歩みを振り返っていきましょう。
正しい瞑想の完成度を少しでも高めていく方向に、真剣に学びの一歩を踏み出してください。

574) 

「学び一本やで。この道を真っ直ぐに歩いていきや。」もちろん、私の中の田池留吉は大阪弁では伝えてきません。これは、田池先生からあんた一人でも歩いていくんやでと何度も言われた言葉です。それほど学びの一本道を真っ直ぐに歩いていくのは難しいことなんだといつも肝に銘じています。
強い決意のもとに生まれてきたことにいつも立ち返り、今世の時間を大切にしていこうと私は私にいつも伝えています。宇宙を思う瞑想は私の中では本当に喜びなんです。宇宙に帰りたかった私の思いが溢れてきます。思えば嬉しい。思えば喜び。ともにの思いを強く強くしていきます。

575)  丹田呼吸をして、軽く目を閉じて思う。この思うというのは学びでいうところの思うです。そうしても、実際のところ何も自分の中に響いてくるものがない方、おられますか。もちろん、母の反省、他力の反省を一応されてという前提があっての話です。本を読むだけ、ホームページを見るだけ、セミナーに参加するだけではダメです。この学びは実践あるのみです。まずやってみることです。一連のことを実践されたのに、何も自分の中に響いてくるものはない方などいないと思います。白けた思い、反発する思いは大歓迎です。その思いをどんどん突いていけば、やがて自分の中に新たな展開があると思います。まあそこまで辛抱強く学んでいこうと思えるかどうかという問題はありますが・・・。この世の流れに沿って生きていくのは容易いことだけれど、もうそれでは自分の中は黙っていないはずです。

576)  学びのポイントは、自分が今学んでいることを、本当に自分の次の転生に繋いでいくことができるかにあります。そのまた次の転生、次の転生があります。よしんば、250年後の転生があったとして、そこまで自分を繋いでいけるのかどうなのかです。そして、それは頭での理解ではできないことです。心、意識の世界が本当に真実の波動の世界に融和していこうとしているのか、それとも肉の思いを弱めていくことができずに、やはり肉だというところに留まってしまうのか、ということです。頭ではみんな答えは知っています。しかし、あなたの意識の世界はどうですかということなんです。
そのために、今の肉を持っている時間があるとするならば、どうでしょうか。今、肉を持っていることが、どれほどこれからの自分を左右していくかということは確かなことだと思います。

577)  全部、全部自分で用意してきたものばかりです。本当のことを知ろうと、本当の自分の存在に気付くために、みんな、すべてすべて整えてきました。こんな環境、こんな中で、本当に学べるのかという思いを出されている方もおられるかもしれませんが、そんな環境もあんな環境も、みんな自分で用意してきたんです。
真摯な思いで瞑想をしていけば、今の自分、今の環境にありがとうの思いがどなたの心の中にも湧いて出てきます。それが本来の私達なのだから。
本当の自分に目覚めていくために、自分自身が用意してきたもの、その思いを心にしっかりと受け止めて、自分を大切にしていきましょう。

578)  真実の世界からひとつの肉体を持って伝えてくれたという事実があります。分かる、分からない、信じる、信じないに関わらず、その事実があります。だから、これからの現象の世界は、さらに大変な様相を示していきます。天変地異の規模もさることながら、人間の心に眠るすさまじいエネルギーが噴き出してきます。
自分達が何を間違ってきたのか、自分達はいったいどういう存在なのか、大きなうねりの中で知っていくように計らわれています。
嘆いて、悩んで、苦しんで、苦しんで、そうです、そんな中から微かに、そして怒涛の如くに出会っていくのです。それが300年に至る意識の流れの計画です。

579)  何を信じていくか、どこに自分を向けていくか、確信するまで、できるまでになってください。そしてもちろんそんなことで終わりではありません。そこからがスタートです。まずはスタートラインにきちんと自分を立たせることです。スタートラインからまだまだ離れているあなたではないでしょうか。
どこまでも、どこまでも続いていく限りない道を、喜びながら、楽しみながら、一定のリズムの中で進んでいきましょう。思うのは何か。思いの中に何があるのか。瞑想を楽しんでいきましょう。

580)  田池留吉を思い、宇宙を思い、限りない世界の一端を垣間見れる喜び。こうして肉を持っているからこそ、そのような幸せの時間と空間に自分をいざなっていけるんです。ともに真実の波動の世界を学んでいこうと、ただその思いだけでいいんです。今、自分の中に優しくそして力強く伝えていける喜びと出会ってください。どんどん出会ってください。宇宙一愚かだった自分が宇宙一幸せだった、何度感じてもいいものです。何度も何度もその喜びを味わっていきましょう。

581)  田池留吉と心から呼べる幸せを味わっていますか。アルバートと心から叫ぶ喜びを味わっていますか。宇宙には私達の友がいます。たくさんの友です。みんな私達です。彷徨続けてきた彷徨い続けているたくさんの仲間達とともに、どうぞ、しっかりと田池留吉を呼び、アルバートを呼んでいきましょう。
自分達の帰るところはここだよ、こっちだよ、そう伝え合える喜びを感じてください。響いてくる波動を繰り返し味わっていけるなんて、すごいことだと思いませんか。そんな喜びのときを、喜びの人生を私達はみんな用意してきたのです。自分を転回していきましょう。宇宙に心を向ける喜びを現実のものとしてください。

582)  8月橿原セミナー、ありがとうございました。みんなとともに瞑想、思いを向けることが嬉しかったです。宇宙を呼ぶ、宇宙を思う、やはり本当にいいですね。田池留吉、アルバートの意識の世界とともにセミナーを進めていけること、これに勝る喜びはありません。
ちっぽけな肉の殻を突き破り、広大な世界にともに舵を取ってまいりましょう。1+2=3しか通用しない、≒は通用しないという厳しい世界ですが、この呼び掛けにぜひとも呼応していただきたいと思います。9月の伊勢志摩セミナー、楽しみです。

583)  あなたに、ともに瞑想をしよう、ともに田池留吉、アルバートをお母さんを思いましょうと言えるお友達、そして家族がいれば、もうそれは最高に幸せなことでしょう。一方、残念ながら自分の日常にそういう人がいない人も、落ち込んでいる暇はありません。あなたには友がたくさんいます。本気になって、自分の中で自分の宇宙と語り合ってください。
また、心が沈んでいるとき、中に閉じ籠っていこうとするとき、どうかその真っ暗闇の流れに流れていかないように。真っ暗闇が居心地がいいかもしれませんが、毅然として決別してください。切り捨てるのではなくて、はっきりとそれは間違っていると自分に言えるようになってください。闇のささやきは、絶えずどなたにも届いています。だから、いつも心を見て、自分の思いの向け先を管理することを忘れてはおしまいです。学びに触れた以上、これまでの転生とは違う転生の今世であってください。そうです。そうでなければならないんです。自分に誠実に。自分を大切に。自分を本当に愛していきましょう。

584)  夜、薬なしでは眠れない。したがって昼間はぼぉーとしている、食欲がない。こういう症状の方は、瞑想をしないでください。まず適切な治療を受けて、夜、薬なしで眠れて、過食拒食なくという生活のパターンを取り戻してください。瞑想をしないでと言いましたが、治療を受けつつ母の反省は続けてください。意識のお母さんとまではいかなくても、とにかく肉のお母さんに対して、少しでも自分の頑なな心を開いてください。己偉い自分がどっかりとあっても、ゼロ歳の自分も確かにあったんです。今、ゼロ歳の自分の目を通してお母さんを見てください。

585)  8月橿原セミナーに参加された方の反省文です。一読してください。
ワン、ツー、スリー(アマテラス、暗黒の宇宙)を思う。
アマテラスを思う瞑想の時、呼ばれた方は輪になって座ってください。そのように伝えて頂きました。中から「一つ、私達は一つ」の思いが溢れてきて涙が止まりませんでした。自分の組が呼ばれた時、この思いと一緒に輪になり座りました。田池留吉を思い、愛を思い、アマテラスを思った瞬間「グワーーー、グワーーー、バーーン、バン・バン・バン」自分の中のエネルギーが飛び出して、何が起きているのか分からない中で宙に浮いている自分を感じました。厳しいと思いました。やさしいと思いました。母への思いが溢れてきて、おかあちゃん、おかあちゃん、おかあちゃんと素直に呼べました。おかあちゃんありがとうの思いで、心がいっぱいいっぱい満たされていきました。席に戻ってから、みんな同じだった、特別なんてない、凄まじいエネルギーを抱きしめていこう、一つの輪が自分だったと思えた時、嬉しくて嬉しくて、心は弾け飛んでいました。ともに帰れると信じられることが嬉しかったです。今もセミナーが続いていることがありがたいです。そして、私の今があることもありがたいです。
塩川香世さん、そして、セミナーに参加されている学びの仲間にありがとうの思いが溢れてきました。こんな思いになれたことは初めてです。自分のことばかり、本当に狭くて小さな中に、凝り固まって戦い続けてきた自分を感じ、愚かで哀れな自分が素直に愛おしいと思いました。
田池留吉をこのエネルギーで蹴散らし、殺戮のエネルギーを周りの全てに流し続けて今がある。「あなたは愛です。」本当の自分からのメッセージを蹴散らし続けての転生、その現実を心で確認できたことを大切にしていきます。次元移行に向かって一直線、厳しいけれど喜びの道、改めて改めてセミナーがあることに感謝です。
異語で語り合える流れの中にある私達でした。みんな同じ流れの中に一つです。エネルギーの自分を心に感じれば感じるほど、それが凄まじければ凄まじいほど、田池留吉が指し示してくれた方向を見据えて歩いていこう。力強い決意が溢れてきます。これからが本当の一歩です。外に向け握り締め続けた思いを解放していくだけでいい。戦いは終わりです。自分との約束をはたしていきます。どんな時も本当の自分に許され愛され生かされて今がある。橿原セミナーありがとうございました。

586)  この学びは単純明快です。自分の心で感じ感じたものを信じていく姿勢を確立してください。自己選択、自己確立の道。自分の中から出てきたものに従って、自分の歩みを進めていってください。それが方向がズレていればズレていますと自分の中に返ってきます。
そこで肝心なのは、素直ということです。真摯ということです。チャネラーであるとか、そういうことは一切関係がありません。素直、真摯、いかに自分の中に母の温もりを育てているか、そこがポイントです。そして、本当に自分を転回して、次元を超えていこうという意識の流れに乗っていこうと本当に思うならば、思えたならば、すべてに素直にそして真摯になるでしょう。すべてというのは、それは意識の流れに乗るために必要なことであればということです。何の躊躇もなく、真っ直ぐに、喜びで受け取っていけるはずです。

587)  №584を読まれて質問された方にというんでもないけれど、こういう症状のある方で、ご家族が学びに集われていて実際学びを実践されている方がおられる場合は、そのご家族のご協力があるでしょうから、ともに瞑想をしながら、ともに学びを進めていってください。ですが、昼夜反対の生活は絶対に避けること、きちんと食事をとることは忘れずに。できれば、なるべく薬なしで眠れるようになってください。
また、そうではなくて、あなた一人が学びに集っているということであれば、瞑想は止めてください。母の反省をまず繰り返しして、あなたの中に温もりを思い出す、蘇らせることに専念してください。

588)  たとえばセミナーに参加する場合、色々と周りの人達のご協力が必要であるかもしれません。だから学びする以上、それなりの思いで、いいえ必ず結果を出してください。中途半端な学び方では、自分に申し訳ないです。学ぶならば精一杯学びましょう。
肉として安穏と暮らしていくのは簡単です。これまでの蓄積がありますから、こういう場合はこうしておいたほうがということは何となく心得ています。それで無難に生きてみても、必ず自分を清算する時期がどなたにもやってきます。

589)  自分の心で感じ感じたものを信じていく、これは簡単なようで難しいです。肉を自分だと思い込んでしまった私達は、自分を信じるということがどういうことなのかを忘れ去ったからです。しかも、その結果はみんな自分のもの、つまり自己責任を必ず伴うとなれば、肉基準の心は失敗を恐れます。本当に自分の心で感じたものを信じていけばいいのだろうかと思います。そういう迷いや不安は、学びをしていく中で誰しも一度は味わっているのではないでしょうか。しかし、それはそれぞれがそれぞれの中でクリアしなければならないことです。信じていきたい、信じていこうと掛け声だけに留めるのではなくて、今、自分に何が足りないのかと自分に聞いてみてください。
「あなた、本当に田池留吉を信じていますか。本当に田池留吉の世界を心に広げていますか。」、「はい」と即答ですか。

590)  №584、587に関連しての質問をいくつかいただいています。こういう症状の方は瞑想をしないでください、止めてくださいという一文に、私の場合はどうかなあということなんでしょう。もちろん、する、しないは、自己選択です。そしてどんな場合でも自己責任です。
ただあえて言うならば、そもそも、夜、薬がないと眠れないというのは決して正常なことではありません。なぜそういう状態なのかということを安易に放置してはいけないんです。だから、まず母の反省です。お母さんに使ってきた心、向けてきたエネルギーを、ゼロ歳のあなたの中で感じてみてください。どんどん感じてみてください。ゼロ歳のあなたとお母さんはどんなことをやり取りしていたか、ゼロ歳のあなたからどんどん伝えてもらって、どうぞ、あなたの中の本当の優しさと温もりを感じ広げていくことをまずやってください。

591)  次のような質問をいただきました。あなたならどのように答えますか。
結果というのは、正しい瞑想の完成度を少しでも、高めて行く、と捉えて良いのでしょうか。正しい瞑想の完成とは、田池留吉を、呼ぶ事と、捉えて良いのでしょうか。又、正しい瞑想の完成度は、種水のレベルと、同じでしょうか。田池留吉が、わかっていなかったら、種水のレベルは低いという事であれば、自分の方向は、間違っているという証明になる。そのように思いますが、間違っていますか。

592)  クボハウスでの学びの一部を掲載します。大阪弁のところもあって、少々読みづらいかもしれませんが、学びの参考になればと思います。

Aさん:私、塩川さんがね、こう種水を持っていても何も反応しないんです。
私:あっそうですか。
Aさん:何も感じないんです、たぶん。それでね。今日の現象で、その原因が何かわかったような気がします。何か、その底の底の瞑想したらカチカチの自分がいるんですね。その自分がものすごく己が偉いエネルギー、そんなもん持ってて、種水見てね、嬉しいなんて出てこないですよ。
私:別に嬉しい、嬉しがらなくてもいいですけど。あのー、まあ反応があるはずなんです。これは田池留吉なんです。だけどこれを田池留吉と思えない思いっていうか、そういう意識をそれぞれが広げてきはったから、そこを素直になって真摯な思いで、今言はったように固い固い岩盤を崩していくこと努めてください。
Aさん:感じます?
私:感じます。これは(種水)田池留吉です。間違いなく田池留吉です。
Aさん:もう固いの普通ではないです。ほんまにハンマーでコンコン叩いても崩れない。カチカチですねん。だから、私、それを瞑想の中で感じながら、こんなカチカチをどないして......。
私:それは愛のエネルギーのすごさをやっぱり身に染みて感じてはらへんからですよ。こんだけ感じたからどうだってこともないけれど、その一端でも自分の中で、ああ、これがそうやったなというふうに、もう一瞬でも思ったら、それがそのほんまにコンクリート以上のカチカチのものを溶かしていくパワーがあるんですよ。
Aさん:2回目に瞑想をした時に、またそこへ向けたら、やっぱり、ふんわりフワフワとした優しさ、それしかないんですよ、その後は。自分の中から出てきたから、やっぱり...。
私:だからその思いを信じていく。カチカチの岩盤みたいのが自分やっていう凝り固まらへんで、やっぱりその2回目のその柔らかい何とも言えないお母さん、何かお母さんの中に包まれている空気っていうか、波動っていうか、そういうものが自分の中の本当の自分やなというのをほんのちょっとずつでも信じる、そっちの方に比重を置いていくような瞑想をしてください。
Aさん:そんな固いところにいくら向けてもあかんやろ。もう一回やってみようと思ったらふわっとした、これを信じていくしかないんやなっていうのは、ああこれやねんなと思って。だからカチカチを崩そうと...。
私:崩そうと、それは肉の思いやからね。この学びは自分の心で感じる学びっていうんやから、現象に参加して、こんなこと何回やってもっていうんじゃなくって、そういう機会があれば何回でもやってください。
Aさん:初めてね、昨日瞑想したらカチカチの自分と出会って、こんなカチカチで自分はどうしたらええのやろう。ハンマでコンコンどつくこともできへんし、もう一回してみようと思ったら、ああ、そやねんなあ、これの繰り返しをずっとやっていくんやなと思って、ええ勉強をさせてもらいました。
私:よかったですね。
Aさん:ちょっと種水のことを聞いてみようと思って。そこがやっぱり原因やな。だから種水を見ても反応せえへんし。難儀やなって。
私:まあ、それぞれセミナーの時間っていうか、瞑想する時間をそれぞれみんな大切にして、やっぱり自分の学びですんで。自分なんで。どうすることも出来ないんですよ。自分がその方向をキチンと定めていかないと、もうどうすることも出来ないんです。他力、まあ宗教の世界とか、こうなれば幸せになりますよと、そんなんは決して言えない状態ですね。今日も言いましたように、自分の中で感じたものを信じていく、まずそこからスタートしていく、その感じたものが違っていたら、また自分の中に違うって返ってきますんで、その思いにただただひたすら素直になって真摯になってください。肉はどなたもみんなバカですし、己が偉いです。もう何回も何回も、こんなこと何度も何度やっているよりも、「何かないんかー」っていう思いもあると思いますけど、自分に素直に真摯になって、ただただ、ただただ田池先生が「こっちですよ。」って、あの肉を持って道標を示してくれたんですから、その道標に沿って自分の学びを進めていく以外にありません。早道とか、裏ワザとかそういうのは一切ありません。あるとすればお母さんの反省ですね。お母さんの温もり、その温もりを自分の中に、いかにこうキチンと、キチンと育てていくか、ただ敏感になればいい、いろいろ感じればいい、こんな意識を受けた、あんな意識を受けた、人の意識が分かる、そんな学びではないんで。自分を転回していくっていう学び。その転回していくのには、やっぱりお母さんの温もりが唯一必要なんで、今、Aさんも言いはったように、こんなカチカチの、ほんまにどないもしようもないものがどうやって、こう溶けていくんかっていうのやったけども、それはお母さんの温もり、愛のエネルギーでしか柔らかくできません。肉でどんなにしようとしても出来ません。ただ自分が愛でしたと、本当に心から思えたら、そのカチカチは溶けていきます。柔らかくなってきます。柔らかくなったら、またそこからすごいエネルギーが出て来るんですけど、それはカチカチで、カチカチのまま出て来るのとまたちょっと質が違うんですね。同じクソッタレー、田池、クソッタレー、死にさらせのエネルギーでも、もうそれは「帰りたーい」っていう、その叫びを伴って出て来るから、それがまたどんどん自分の中に、そのカチカチを溶かしていく方向にエネルギーが返ってくるというか、何かそういう意識の世界、瞑想の中で、そういうことが自分の中で、まあ、頭では、こんなこと言うてもあれなんですけど、自分の中でこうだなって分かってきたら、瞑想は楽しくなりますし、瞑想しかないっていうのが本当に分かります。学びは、知識はほんのちょっぴりです。自分の心で感じていってください。

593)  №591について、いくつかのメールをいただきました。共通なのは、正しい瞑想に完成度などありませんということでした。完成度という表現に肉的な思いが強いと感じられたと述べられた方もありました。
種水のレベルが低いというのはどの程度を指しているのか。たとえば、7も8も9も低いんです。10超でも云々ということが田池先生のホームページに書かれてあります。そうです。意識の世界、真実の波動の世界は限りがありません。そこにあるのは喜びだけです。どこまでもどこまでも広がっていく温もりと喜びの世界。そんな中にある、そんな世界が実は私達の本当の世界なんだと信じていけることが、それが喜びなんです。
だから、今を喜んで学んでいきましょう。田池留吉と、アルバートと呼べる幸せを何度も何度も味わっていきましょう。そのためには、肉ですることを地道に実践するだけです。

594)  立派に生きてきた、賢く生きてきた、それなりに幸せだ、あなたの人生そうだったかもしれません。そして、今世、学びに触れそれなりに学んでこられた方は、失意、絶望の中で人生を終えていくことはないかもしれません。むしろ、学びに触れたことを喜び、ありがとうございますと言って死んでいける方のほうが圧倒的に多いでしょう。ですが、もう一歩、半歩でもいいんです。前に踏み出していきましょう。その一歩、半歩とは、250年後に必ず呼び掛けに応じていけるという確信です。
今の自分の意識の世界を、少しずつ、少しずつ、風通しをよくしていきましょう。真っ暗な穴蔵に針先ほどの風穴でもいい、開けてください。

595)  私達は、今世、自分の中に思いを向ける、自分の中に戻っていくということを学ばせていただいています。自分の外に思いを向けてみても、結局は何も得られなかった、自分が本当に納得するものはどこにもなかったと、しみじみ心に感じておられるのではないでしょうか。自分の中に戻っていく、戻っていける喜びはどうでしょうか。
心の中から昏々と湧き起こってくる波動の世界です。田池留吉、アルバートそして宇宙を思える幸せに出会ってください。
肉はいかほどのものでもありません。今、心から田池留吉、アルバート、宇宙を思える喜びだけが実在するんです。

596)  すべてにありがとうと言えますか。これはなかなか難しいです。だけど、本当にすべてにありがとうなんですね。すべてをありがとうと受け取っていける状態になるには、やはり、自分の中に真実の波動の世界をしっかりと確立する方向に歩みを進めていく必要があります。それでも肉を持っていますから、すぐさま肉の思いが過ります。ただ、思いを向ける方向を知っているから、思いを向ける喜び、向けられる喜びだけでよかったんだと瞬時に変えていけます。
ともにある喜び、これは肉、形の世界のそれとは全く違うものです。あなたの心で分かっていますか。

597)  いくつか質問のメールを転送していただいています。その中に、眉間に意識を向けてする瞑想と、後頭部に意識を向けてする瞑想とは格段の違いがあると、私が前にどこかで綴っていたみたいで、それはどういうことなのかというものがありました。その状況は、おそらく反転(自己供養)のお勉強でのことだと記憶しています。両者の違いを取り上げているのではなくて、眉間に思いを向けたときに感じたものとともに後頭部に意識を向けてみるというようなことだったと、そうした結果心の中に伝わってきたものが変わっていたという感想を綴ったのだと思います。
あと、田池先生から、それぞれに何か一言言われたことがあって、ずっと自分の心に引っかかっているのであれば、それがあなたのポイントだから、学びの糸口にしてください。文言もそうですが、それによって自分の心から出てくるものに注目。素直に受け取ってください。ワンポイントメッセージというものも同様です。軽く扱わないでください。

598)  瞑想はゆったりとしてください。心も身体もリラックスして楽しんでやってください。何かを感じなければ、こう感じなければ、感じたい、そんなことで自分を縛りつけてする瞑想は瞑想でもないし、従って、自分の中が少しも楽になりません。楽ということは、自分を解き放して、そしてしっかりと力強い歩みを前へ前へ踏み出していくということです。さあともに行こうと、あなたの心の中から、喜びのそして温かい力強い呼び掛けが感じられませんか。
波動は流れています。愛へのいざないに、どうぞ、素直に沿ってください。いつまでも我を立てていても仕方がありません。また、いつまでも縋っていても仕方がありません。喜びの一歩をあなたもどうぞ。

599)  色々なしがらみがあります。複雑怪奇な社会に身を置いています。本当のことを見失ったまま、目先の幸せと喜びをみんな求めています。自分が生きている証、達成感、充実感をどんなに得ても、本当のことを見失った状態だと自分の心で気付かない限り、結局は闇黒の中から抜け出ることができません。
今、学びに触れているあなた、自分はいったい何を学んでいるのか、学ぼうとしているのか、本当にぶれずに自分を管理してください。すべての回答はあなたの中に。自己確立に努めてください。

600)  ただ心を向けるだけ。心を向けていけば、広がっていきます。温かい温もり、優しい思い、そしてともにという力強い呼び掛け。外には何もなかったことを本当に感じます。こんなに心が叫んでいます。こんなに田池留吉、アルバートと呼べる、思える喜びに湧いています。それもこれもみんなみんな間違い続けてきた自分があったからです。闇黒の宇宙に君臨してきた思いがどんなにちっほけだったか、私は今世の肉を通して自分の心で知ったことがたまらなく嬉しいです。肉は何ほどのものでもありません。それがたまらなく嬉しい。ずっとずっと長い間、呼びたかったアルバートを、心から呼べる今にありがとうです。

601)  第4回の伊勢志摩セミナー、ありがとう。田池留吉、アルバートの意識の世界とともに学べることがただ嬉しいだけです。学びの友が嬉しいと、その思いを波動として受け取ってまた私も嬉しくなります。セミナー、同じだと伝えてくれた友もいます。田池留吉の肉があってもなくても、いいえ、ないから余計にその波動の世界が強烈にストレートに響いてくる体験を、それぞれがしていると思います。
私達は本当に幸せ者です。肉を通して真実の方向を指し示してもらいました。セミナー、ともにさせていただけることが私には何よりも喜びです。伝えてくれたこと、本当にありがとう。

602)  セミナーはやっぱりいいですね。セミナー中一言も話さずとも、また失礼ながら名前も知らずとも、こうして、セミナー会場へ遠くからやってきて、そして、ともに心を向けようとしてくれる肉がそこにあります。私にはそれが何だかとても嬉しいです。それぞれの肉はそれぞれに肉の思いを抱えていますが、その肉を通して、意識の世界へ語りかけられることが私には嬉しいです。肉が少しでも崩れていくこと、そこから意識の世界を開けていくこと、肉を持っている間、全力でやっていきましょう。

603)  喜びの状態が自然でした。怒ったり、悲しんだり、悩み落ち込んだり、得意げになったり、寂しい思いを抱えたりと、私達は本当に忙しくやってきましたが、本来は喜び一色だったと伝えてもらった今世でした。喜び以外は真っ暗な世界ですとはっきりと示していただきました。その真っ暗な世界にあまりにも慣れ親しんできた時間が長いので、ともすれば、その古巣へ戻っていこうとしますが、どうでしょうか、ともに旅立っていきませんか。
古巣にありがとうを残して、本当のふるさと、自分の帰るべきところを目指して行きましょう。

604)  思う、瞑想をする時間を持つ、持てる、こんな幸せな人生はありませんでした。本当にありませんでした。温かく広がっていく思いの世界に委ねていける喜びは何物にも代えられない幸せです。欲いっぱいで生きてきた過去からの自分があったからこそ、真実の波動の世界を学べるチャンスに恵まれました。ともにある喜びだけを心に、前へ一歩一歩突き進んでいける手ごたえを感じています。
「私は全部用意しました。そのことが分かるのはまだ先だけれど、そのときはきっと随喜の涙を流すよ。」田池先生の言葉通りに、意識の流れは順調に遂行しているのだと思います。

605)  「あんたは、意識の世界のお勉強はすこぶる快調で合格点だ。あとはもう少し肉のお勉強しいや。」常日頃から田池先生から言われてきました。なるほど母と同居の環境も頷けます。高齢の母に肉でも何気ない優しさを自然に出せるかのお勉強です。肉の母を突き抜けた母の温もりという世界には確信があり、田池留吉、アルバート、そして宇宙を喜びで思える自分の意識の成長をただ素直に喜んでいます。そしてそれを肉の次元に逆に戻して、肉としても少しずつ成長をするというお勉強があります。それがひいては意識の世界に大きな影響を与えていくという感じで、肉と意識の繋がりを今学んでいます。

606)  学びに触れながら、しかし、何らかの理由で学びを捨て相当期間学びから心を離した状態で、今また学びに集っているという方が何人かおられると思います。学びを捨て学びを心から離したこと、軽く受け流ししないでください。それぞれに反省されていると思いますが、その反省、軽いのではないですか。これは重要案件です。
そこを疎かにしては、瞑想を重ねてもということになります。どんな理由があるにせよ、学びに反逆したという事実は軽いものではありません。自覚してください。

607)  あなたは一日に何度、田池留吉を思っていますか。田池留吉に心を向けていますか。瞑想です、正しい瞑想をする時間を持ってくださいということだから、瞑想をしないという日はないでしょう。しかし、瞑想をするときだけ、田池留吉を思うのではないのです。心の管理は絶えずです。心の管理をきちんとするためには、何かをするたびに、何かを言うたびに、つまりは日々の生活の中で絶えず、瞬間思うという習慣が身についているということが必要です。絶えず心の針の向け先を確認しながら、生活をしていく、生きていくことが要求されます。
私達はこれまでずっと自分を野放し状態にしておきながら、苦しいだの何だのと好き勝手なことを言ってきました。そんな無責任な愚かな生き方をしっかりと見直して、まっとうに生きていきましょう。自分を本当に愛しいと思える、自分にありがとうが湧いて出てくる、そんな人間らしさを取り戻しましょう。

608)  ポッドキャストでということで質問をくれた方達の中に、その後、自分の学びを進めていくについて何かいい方向にいっていると感想を寄せてくる方がちらほらいます。嬉しいです。前向きに元気よく楽しく、学びを進めていけることが何よりだと思います。学びは修業ではないのだから、楽しい嬉しいを感じて、本当に今ある喜びを心から味わってください。アルバートを思える、アルバートと呼べる喜びは、何にも代えられません。本当に待ち望んできた波動の世界だと、何度も何度も感じていきましょう。田池留吉の肉を通して伝えてくれたアルバートの波動の世界でした。

609)  肉、形あるものが本物だとして、どこまでも形の世界の中で喜びと幸せを追い求めてきた心。その思いの世界を180度転回していくのは、至難の業と言っても言い過ぎではないでしょう。肉の基盤がこびりついているということだと思います。そのところをしっかりと認識して、そのうえで真摯に前向きに喜んで自分の学びを進めていきましょう。進めていく強い思いがあなたの中にありますか。
肉に流れて生きていくのは容易いこと、しかしそれでは真実の方向へ自分の一歩が踏み出せないことははっきりとしています。あなたも瞑想の中で確認してみてください。

610)  ポイントを外した学び方をしていないでしょうか。心に感じるからいいのではないのです。もともと私達人間は心に感じる生き物です。どんなに肉、肉で生きていようが、学びに触れてどんなに肉の壁が厚くて鈍感でも、感じる心を持っています。この心というのは、もちろん、肉を基盤とする心です。そして、学びのポイントはただひとつ、その基盤を変えることにあります。そこに全力を傾けて学びをしているか、していこうとしているかということです。
いつまでも枝葉にとらわれている学び方をしていませんか。本当に自分を精査してください。体力、気力のあるうちに。

611)  学びは難しい、こんなこといくらやってみても・・・という思いが過り、自分に対する本当に真摯な誠実な喜びの思いが萎えていくという人が出てくると思います。
みんなそれぞれ自分の選択、歩み、誰もその責任は取れません。ただ、本当に母の反省をして、自分に肉を持たせた思いに触れていく瞑想をしていけば、どういうふうに存在していけばいいのか、自ずと自分の中に答えが返ってきます。その思いとともに生きていくしかないこと、そしてそれがたったひとつの喜びなんだとなってきます。
自分を救うのは自分。変えられない法則です。

612)  あなたの中心棒、芽吹きの兆しがありますか。まだまだ岩盤のひび割れはありませんか。はたまた粘土層に四苦八苦ですか。ほんの数ミリでもいいんです。芽吹いてください。開けた柔らかな温かいところで、新鮮な空気を気持ちよく吸い込み、真っ直ぐに真っ直ぐに育っていきましょう。根なし草ではなくて、いい循環を繰り返して大きく太く、そしてしなやかに育っていきましょう。

613)  クボハウスセミナー、ありがとうございました。今回も言わせていただきました。「10年、20年、30年、あっという間に過ぎていきます。まだまだ私達には時間があると思わずに、体力、気力の充実している今だからこそ、学び一本の道筋を自分の中に確立してください。」
幸い、私は、田池留吉の肉とともに、田池留吉の世界を学ばせていただきました。その肉のある間に自己確立の道を歩み出しました。ともに次元を超えていくという喜びの道です。私と条件が違いますが、それもまたそれぞれが決めてきたことです。どうぞ、ともに歩み出していきましょう。私達はひとつ。私達はアルバートと出会いたいと今世生まれてきたのです。心でしっかりと感じてください。

614)  あなたの肉の思いとは一切関係なく、意識の流れはすこぶる順調に推移しています。真実の世界から波動を伝えるべく田池留吉の名を持った肉が現れました。本来ならば、肉という形を持つ必要のない意識が肉を持った現象が起こったのです。同時期に肉を持って学びに集って、そしてそこから自分を学ぶ、真実の波動の世界を学ぶという意識の流れでした。その意識の流れはすこぶる順調に次元移行を目指して粛々と流れています。
どうぞ、それぞれの中に母の温もりを蘇らせてください。ともに行こうの呼び掛けに力強く応じてください。

615)  学びは頭で分かることはありません。苦しみから喜びへと意識の転回を促されているのです。だから実践あるのみです。分かっちゃいるけど止められないでは、どうにもなりません。それぞれの環境の中で動く心を見て、ゆったりとした時間の中でその心をひも解いていく実践を通していけば、どなたの心の中にも響き伝わってくるものがあります。正しい瞑想の純度が高くなればなるほど、自分の中の凄まじいエネルギーを感じることがただただ嬉しいとなってくるんです。そのエネルギーに振り回されて云々、肉の生活がまともにできないなんてことは決してありません。そうならないのは、心の針の向け先が大きくズレているからです。
間違い続け狂い続けてきた気の遠くなるような時間を重ねてきた私達です。それをしっかりと確認しながら着実な歩みを。

616)  ここ数日間にポッドキャストでと質問を寄せていただいた中から、少しご紹介します。
①セミナーの時間外に、たとえば私は偉い・・・という思いがやたらと出てきて、これはヤバイと焦って、ゼロ歳とはいかずとも幼児の自分に戻るんだと言い聞かせていたということ。なぜヤバイと思ったのですか。ヤバイと思った心を見てください。お母さんの反省が足りません。そして、もう一言。№606を読み直してください。
②正しい瞑想をしているつもりのあなた。瞑想をしていると中からごめんなさい、間違ってきましたという思いが出てくるとともに、自分が関係していると思っている過去の人物の顔が浮かんでくるということ。他力の反省が進んでいないからこういう現象が起きるのかという質問。
結論的には、見えるとか聞こえるとかないほうがいいのです。見えるということにこだわらずに、どうぞ、母の反省をしっかりとして、母の温もりを心に広げていくような瞑想を続けてください。
③瞑想中に流す涙についての質問。あなたに出したワンポイントは、確かに瞑想で感じられて涙を流されているようですが、そこから伝わってくるものは己を表す波動ですという内容でした。涙を流してもいいんです。流さなくてもいいんです。涙が出る時のあなたの心をしっかりと確認してください。あなたのお母さんはそのことを言いたかったのではないでしょうか。

617)  喜び幸せの人生を全うしましょう。自分に用意してきた時間、環境。その中で自分を感じ自分を知り、自分をたったひとつある真実の方向にいざなっていく喜び、幸せをそれぞれの心で体験、そして堪能してください。「私は幸せです。私は喜びです。ありがとう。」心の底から自分に言える現実にどんどん出会ってください。
アルバートの波動を感じていますか。宇宙に向ける瞑想、心が広がっていきますか。アルバートと出会いたかった心の叫び、しっかりと受け止めてください。

618)  今更でもありませんが、セミナー参加が学ぶということではありません。学びは日常の中にあります。それぞれの人生が学びです。では、なぜセミナー会場に肉体を運ぶのでしょか。運ぶ必要があるのでしょうか。あるんです。それはそれぞれの自宅学習、自主学習の確認です。波動の確認です。波動を学ぶために、ともに瞑想をという時間を設けています。学びは言葉で語れません。波動で語るんです。波動が仕事をします。心で分かるお勉強です。

619)  2016年もあと3カ月を残すのみとなりました。時間はたちまちのうちに過ぎ去ります。一日、一日、肉はリラックスしながら、しかし意識の世界はただ一点をしっかりと見定める生き方の進捗度はどうでしょうか。
体力、時間、経済、その他の事情が許せるのならば、あなたもそしてあなたもセミナー会場に集合して、ともに学びませんか。あなたの肉云々ではなくて、あなたの抱える意識の世界をきちんと解き放してください。肉で凝り固まった生き方から、自分を解き放していきましょう。そのための今、それができる今なんです。

620)  生活はシンプルに、シンプルに。質素という意味ではありません。贅沢をしてもいいけれど、学びを進めていけば限度が分かります。学びは修業ではないのだから、肉は楽しい時間を過ごして、肉でも生まれてきてよかったと思えたらいいのではないでしょうか。そして、意識の世界に思いを馳せれば、もうこんな幸せな人生はないと言えるはずです。それが私達が予定してきた今世という時間なんです。田池留吉を思い、アルバートを思い、宇宙を思える今という時です。心から感じていってください。

621)  ポッドキャスト(第13回目)で語らせていただいている通り、あなたのレベルアップをお願いします。日々の自宅学習、そしてセミナー会場でのお勉強、波動の確認を繰り返しながら、自分のレベルアップに努めてください。その段階の中で私の本を読み返してください。あるいは聞き直してください。きっと響いてくるもの伝わってくるもの、あなたの中で段違いに変わっていると思います。本は文字の羅列ではありません。波動を感じてください。

622)  私は、結婚する前はもちろん、結婚してからも自室を持っていました。一日のうちに一人になる時間があるという生活の中でこれまでずっときましたし、だから当然、学び始めてからも、自分の部屋で一人で学ぶということでした。今は、特に自分の中の宇宙を楽しむ瞑想の時間を持てることに感謝しています。異語で語り波動を感じ、それが時間にすればたとえ10分足らずでも、私は充分に満足しています。目を閉じて思いを向ける時間だけが瞑想のすべてではないと思っていますので、日々、ゆったりとふと思える今があることがただただ嬉しいです。アルバートを思える今が嬉しいです。

623)  今を喜ぶ、今ここにあること、そして田池留吉をアルバートを思えること、これ以上の幸せはないと一日、一日を重ねながら、確認そして確信です。
本当のことに辿り着かなければ、どんなに肉で頑張り、充実感、達成感を得ようとも違う、全く違うということでした。喜びも幸せも消えていくものではありませんでした。頑張って求めて得られるものではなく、本当のことに気付けばよかっただけでした。こんな簡単なことが、何て馬鹿だったかと思いつつ、それもまたよしだったことに気付かされています。田池留吉氏の残してくれたもの、すごいと実感です。


624)  悩んで憂えて苦しんで暗い顔をして不平不満愚痴、そして不安な思いの中で暗い涙を流してという状況、境遇の中という場合も、現実多々あると思います。
そんな中に埋没した状態では、到底届かない呼び掛けかもしれませんが、それでも、心の針の向け先ひとつで、状況が、事態が変わってくるという明確なメッセージが絶えず流れています。目の前に展開している状態をどのように受け止めていくのか、要は受ける側の問題で、心の針の向け先を知らない、知ってはいるが実践できなければ、埋没状態を解消することができません。どんなに嘆き悲しんでも、呪っても恨んでも、縋っても、祈ってもどうにもなりません。


625)  ゆったりと静かに伸び伸びと自分の思いの世界と向き合えることが、何よりも幸せなことでした。見たくない、触れたくない、避けて遠ざけて嫌悪してきた自分の思いの世界に、今、しっかりとした揺るぎのない思いを伝えられること、そこからどんどんどんどん溢れてくる優しさと温もりに触れていけること、それは肉を持ち真実の波動を知り得たからでした。田池留吉の世界がその肉を持ち伝えてくれた波動の世界。感じ得たものは微々たるものかもしれませんが、しかし次元移行を果たしていくのに余りあるものでした。ここを突破口に限りない意識の世界を広げていこうとそう思えます。

626)  意識の世界には老いも若きも男も女もありません。ただ今の段階では、肉という形を持ってしか学べないというのが現状です。そうなってくると年齢というのは大きなハードルです。体力的に気力的に学ぶ時間は限られています。ご承知のように、肉を本物とする思いは、何重にも何重にも自分達の中に巻きついていますので、本当に学んでいこう、自分の人生とは何かを学んでいこうとするには、生活の中で現象が必要です。ある程度の生活体験を経て、そこから自分の中で考え始めるという現象です。言うなれば、その人がどのタイミングで学びの門を叩くかということが、学びを進めていく上で大きく左右されます。若ければいいというものではありません。
ただ単に、幸せになりたい、満たされたい、パワーが欲しいという思いでは、せっかく学びの門を叩いても、己、己と己を捨て去ることは難しく、結局は肉の中で、頭でっかちだけの学びになってしまいます。要は、いつ真剣になるか。そういう意味において、老いも若きも男も女もない意識の世界をともにと呼び掛けています。

627)  ともに瞑想をする時間を持たせていただいてありがとう。学ぶ形を整えてもらって、今回もまたクボハウスでともにお勉強の時間をいただきました。ありがとうございます。私は、宇宙達に呼び掛ける嬉しさ、喜びを感じさせていただいています。毎回そうですが、セミナーのあと、種水の判定を受けるだけの方達もクボハウスへ来られました。そのたびに思います。本当は数分でもともに瞑想をしたいと。私なら種水判定を受けるだけで、クボハウスへ行くだろうかという思いも浮かんできます。そういう意味では頭が下がります。どうぞ、その学んでいこうとする思いを大切に、自分の歩みを真っ直ぐに進めてください。

628)  何を選択して、どう生きていくか、それはあなたの自由です。誰も何もあなたを縛ることはできません。仮にあなたが縛られている、拘束されていると感じるならば、それは誰でもなく自分を自分で縛って拘束しているに過ぎません。私達はすべてにおいて自由でした。ただ私達がその自由の中で、本当の自由を知らなかったから、幸せではなかったのです。本当に自分が自由であると心で分かれば、その自由を楽しみながら自分に対する責任をきちんと果たしていきます。果たしていくことが喜びだと感じるからです。何を選択して、どう生きていくか、これからさらに加速して一人ひとりに厳しい問いかけがあるでしょう。それが意識の流れです。

629)  何を選択しても、どう生きても、あなたの自由だと語りました。今まで、私達は身勝手な自由の中で幸せになろう、なりたいとしてきたから駄目だったんです。
自由の意味が理解できなかったんです。それはそうです。自分を全く取り違え、知らなかったから、そんな自分達に自由の本来の意味が分かるはずはありませんでした。自分の本来の姿がこうだったと心で分かれば、ああ私は自由だった、みんな自由だった、自由とはこういうことか、自分の中で納得します。
幸せになろう、なりたいとどんなに求めても、元の元が違えば、永遠に出会えない叶えられない望みでした。元の元を正していきなさいと伝えていただきました。

630)  冷房も暖房も要らない時期。少しの間だけど何も要らないことがいい。吹く風が爽やかで日差しが温かい。一日が始まり一日が終わる。24時間の大半は肉のことに終始でしょうか。そうして365日過ぎ去り、あっという間に年を重ねていきます。自分をそして生まれてきたことを、死んでいくことを喜びで思えるような年月を重ねていきましょう。

631)  ポッドキャストへということで、UTAブックさんから転送されてくるメールですが、最近は質問というよりも学びを自分なりに進められてよかった、嬉しいという内容です。順風満帆の人生で終わることなどあり得ないし、私達はみんな気付きのとき、方向転換のときを用意しています。そのタイミングで学びに出会うことが最大の幸せですが、なかなかそううまくはいきません。他力の道を突っ走った揚句、ようやく辿り着くというパターンは多々あると思います。他力の道の軌道修正は困難を極めますが、不可能ではないことを、それぞれが自分の中で証明してください。
形の上では整っていても、自分の中を覗いてみればおどろおどろしいというのが私達人間の現実です。心を見る、心を正しい方向に向ける、最後まで真摯にやっていきましょう。

632)  殆どすべての人達が流れ沈み込む濁流の中に、どどっとともにでは学びに触れた意味がありません。自分の中の本来の道筋、意識の流れをしっかりと感じ確認して、その意識の流れとともに存在していく生き方を選び抜いてください。強い意志を確立させてください。他力の道をそのまま歩いていくことは大変簡単なことです。心に染み込んだ癖、思いを転回していくことは至難のことだけども、それを自分は本当に切望してきたことに気付くことです。気付いたら、肉は勇気を持つことです。阻止する思いと対峙して闘うのでなく、受け止めていく温もり、広さ、優しさをどこまでも信じていく勇気です。すべてはあなた次第です。

633)  NPO法人UTAの輪のホームページに掲載されているように、志摩のほうも学びの形が整いつつあります。移住決定の方達は、それぞれに身辺整理をされてこれからの自分の時間に思いを馳せておられるだろうと推察します。移住すればそこで色々と心を見る現象が用意されていると思いますが、自分の決定を喜びで受け止めて、そして、自分の歩みを半歩、一歩前に進めていってください。
また、ある人が質問されていましたが、志摩移住が学びを進めていく第一条件ではありません。意識の世界のお勉強ですから、肉がどこにあってもということになります。そして究極的に肉がなくてもということでしょう。ただし、これはある一定のレベルアップが必然ですけれども。
とにかく、学びを効果的に進めていくには、ひたすらに、そして素直に真摯に継続してやっていこうとする思いが必要です。肉の能力、頭、何の役にも立ちません。

634)  一週間後は志摩セミナーです。当初は志摩ホールでお勉強する予定でしたが、完成には間に合わず伊勢志摩ロイヤルホテルが会場となっています。志摩ホールの予定で参加人数を決めていましたので、会場の広さに比べ参加人数が少ないです。今回はゆったりとお勉強をさせていただきます。文字通りともに瞑想をという時間を充分に取っていこうと思っています。ともに学べる幸せ喜びを、一人ひとりがそれぞれ深く、深く感じ合えたらいいなあと思います。

635)  学びをする材料は、日常のあちらこちらにゴロゴロ転がっています。心を見る材料はふんだんにあります。その中できちんと自分の心の針の管理をしていくことを学ばせていただいています。そして、何よりも、思いを向ける喜びを体感できるんです。今こうしてここにあることの喜びです。何をするために生まれてきたのか、絶えず学びの原点に戻り、自分に誠実に真摯に学んでいくことが要求されます。1+2=3の意識、波動の世界を学んでいく難しさと喜びを実感してください。肉の法則は通用しません。

636)  ひとつずつ、少しずつ、段々と、徐々に、まずは自分の身辺整理をしながら肉的にも身軽になりましょう。両手いっぱい、そして両肩にも背中にもずっしりとした荷物を持って、自分の本来進んでいく道を行こうとしても、それはどうでしょうか。
肉的に身軽になるのにも、体力と気力が要ります。意識の世界のお勉強も然りです。そして、どんな場合にも言えると思うんですけれど、物事には潮時ということがあります。タイミング、時機ということも大切な要素です。
自分は何をするために生まれてきたのか、ここにこうして今肉体を持っているのか、そこにいつも戻っていくことが大切なことだと私は思っています。

637)  セミナーで感じた喜びが日々の生活をしていくうちに薄れていく。瞑想をして感じ、出てくる思いに疑いを持つ。自分の感じているものが信じられない。こういう体験、経験、程度の差こそあれ、どなたにもあるのではないでしょうか。それはそれでいいのです。それが学びの難しさの所以です。一朝一夕にはいかないんです。それほど、間違った道を歩き続けてきたんです。他力の神々のエネルギー満載で今世こうして肉体を持って学びに触れるという現実なんです。その現実をしっかりと注視してください。そういう中で、それでもやっていこうと自分を引導しているのは、自分の中の温もりです。自分の中の愛。その自分自身に触れてごらんなさい。そんなたわごとに関わっておられないことが自ずと響いてきます。そういうところでうろうろしているのは、やはりあなたが感じている世界がちっぽけだということになります。
以上、ポッドキャストへの質問から答えさせていただきました。
それとあとひとつ。地域での勉強会のお世話をされる中で、色々と苦しい思いが出てきて、このまま続けていってもいいのかという思いもあるがということですけれど、苦しみながらお世話をするのは止めにしましょう。勉強会のお世話をするのは地域の方達のためではありません。あなた自身のお勉強なんです。だから喜びがない以上、差し控えたほうがいいと思います。

638)  形の世界では、何とか帳尻を合わせてその時、その時を過ごすことができます。十人十色、千差万別、その他逃げ道を見つけるのに、あるいは理由づけに便利な言葉があります。そういう世界に慣れ親しんできたところから、意識の世界を学んでいくことは大変難しいんです。肉の法則は一切通用しないことを、バカな肉に何度も何度も叩き込まなければなりません。
1+2=3以外は絶対にあり得ない意識の世界、波動の世界は、超厳しいけれど、だからこそ唯一信じられる世界です。自分の原点に帰っていく喜びをしっかりと伝えてくれるからです。

639)  自分の中の愛に目覚めていく。自分の中の愛の復活に全エネルギーを注いでいく。真実の道、本道を歩くとはそういうことです。学んでいくとはそういうことです。
そのために何が必要か。必要なものはすでに自分の中にある。それを信じているか否か、信じる度合いがどの程度なのかということだけです。ふと、田池先生が言われた狂人という言葉が浮かんできました。以下、意識の流れのホームページから抜粋しました。
狂人について
コペルニクス的転回の話を思い起こしてください
コペルニクス 狂人 地動説 彼は命を懸けて提唱した (意識が基盤)
ほとんどの人 常人 天動説 彼らこそ狂人だったかも (肉が基盤)

640)  気付き、促しと受け取ってください。起こることはみんなそうです。幸い、私達は心を見ることを学んでいます。心を自分の中に向ける大切さを学んでいます。
自分の外には何もなかったことを、自分の心で気付いていく、知っていく喜びを学んでいます。死ねば自分の思いの世界だけがあって、その他には何もないこと、肉体を持っている間に、その自分の思いの世界がどんな世界であるか感じられる喜びと幸せを学んでいます。
人生の本当の目的に沿って生きてまいりましょう。

641)  思う喜び、思える喜びの瞑想をやっていますか。いわゆる正しい瞑想です。どんなに凄まじいエネルギーが噴き上がってきたとしても、それはすべて愛に帰っていこうとする喜びの雄叫びだと、心で感じておられますか。
今日からセミナーです。今回は、宇宙に向ける瞑想の時間を取っていこう、そう私の中から伝わってきたので、その通りに学んでまいります。宇宙とともに、宇宙に帰っていく私達なんだ、田池留吉、アルバートの意識、波動の世界とともに学んでまいります。

642)  大変贅沢なセミナーでした。ゆったりとしたセミナー会場を用意していただきました。ホテル側のご厚意に感謝します。参加された方ほぼ全員私と同じ感想を持って家路に着かれたと思います。セミナーは言うまでもなく現象中心。それぞれの組、6回ずつとプラスアルファで、ともに波動の世界を学ばせていただきました。
それをそれぞれがどのように活かしていくかはそれぞれに掛かっています。私は、自分自身ゆったりとした時間と空間の中で私の勉強をさせていただき、疲れもなくセミナーを終わらせていただきました。ありがとうございました。思いは、11月の志摩ホールセミナー、そして12月の本セミナーに向けてというところです。


643)  それぞれの日常、それぞれの環境の中で、絶えず自分が生まれてきた意味、ここにいる意味、つまり人生の本当の目的とは何かを絶えず自分に問いかける思いを継続していくことは、なかなか難しいことなのではないでしょうか。そんなめんどくさいことを突き詰めて考えなくても、適当に学びの友と瞑想して、適当にセミナーに参加していれば、なるようになるのではないか、それはとんでもないことです。そういう思い方が肉基盤の思い方ということです。それすらもピンとこないほど、肉の中に埋もれてしまっている現状なんです。意識、波動の世界を軽く見ないようにしましょう。

644)  心で感じたものを信じるとはどういうことかということなんですけれど、それは瞑想をしたときに、自分の中に響いてくる温もり、優しさ、喜び、そして心の広がりを信じていくということです。これって簡単なようで難しいのではないでしょうか。なぜならば、そういうものを感じた瞬間にそれを否定し打ち消すエネルギーがあることもまた同時に伝わってくるからです。つまり、プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーはそれぞれ別個にあるのではないのです。一体化しているんです。別物ではありません。肉が本物だ、やはり肉だというところから転回がないから、マイナス部分のみが大きく出てきているだけなのです。温もりだ、喜びだと感じても、時間が経過していけば薄れていく温もりや喜びもあります。表面になかなか現れてこない真の自分の姿を本当に信じていく難しさがあります。

645)  田池留吉、アルバートを思う瞑想をしてともにある喜びが波動として伝わってくる、響いてくる、それが信じられる、それが自分の現実なんだ、そんな今があることが喜び、幸せだと言えば、あなたはそうだと深く頷いていただけますか。それとも分からないと返しますか。
形の世界、形で示されれば実感がありますが、本当にそこにあなたの切望してきたものがあるのでしょうか。自分の人生です。自分の行き先は自分で決めていくだけです。肉を持っている間に、しっかりと自分に問いかけていってください。肉の時間には限りがあります。大切にしていきましょう。


646)  学びを継続していくには、基本的に真面目ということが必要です。真面目、それは肉的な生真面目、堅物というのではなくて、本当のことを追求していく思いに真面目ということです。つまりは、自分て何なんだ、自分の人生これでいいのかというようなことをいつも思いながら生きている人種でなければ、自分の心を見るという地道な学びは長続きしません。救いを、助けを、パワーをという欲の思いに応えるべく学びでないから、動機の修正がない人達は、一時盛り上がった思いも萎みやがてはまた肉の中に消え去っていくでしょう。ともに行こうというのは数の問題ではありません。思いの深さ、愛に向かって突き進んでいく思いの深さを言っています。

647)  瞑想、正しい瞑想をすること、できることが唯一大切なことを私は知っています。実際、私は正しい瞑想をしています。宇宙を思い瞑想をすることで仕事をしています。と言っても四六時中、瞑想しているわけではありません。肉を持っていればそんなことは不可能です。色々と用事があるし、ボォーとする時間も必要だと私は思っています。そのような日常です。平々凡々な日常、肉は大したことはありません。しかし、瞬間思うこと、思えば通じることは確実で、私は幸せだとはっきりと感じられます。だから、学びは強制するものではないけれど、ここにしか真実はないとだけ言えるのです。

648)  母の温もりを感じ、そして本当に生まれてきたことを喜んでいる方であれば、自分の中に作ってきた闇のエネルギーに振り回されて、日常生活に支障をきたすということは絶対にあり得ないことです。本当の意味で敏感になってください。己一番のちっぽけな世界で敏感になっても仕方がありません。本当の温もりを自分に伝えて、こんなちっぽけなところから飛び出ていこうとお伝えください。温もりの中で、己一番、我の宇宙とうそぶいている意識達の本当の思いを聞いてあげてください。自分を知っていきましょう。自分に優しくなってください。

649)  志摩に家が建って、志摩での学びが段々具体的になってきました。一か月に一度訪れる楽しみがあります。寝泊まりするのに必要なものをあれこれ用意するのもまた楽しからずやです。2018年頃には、志摩ホールにも各地から学びの友が集い、ともに学べる時間を持ちたいと思っています。近くのロイヤルホテルに宿泊して志摩ホールでお勉強しましょうと、いずれ呼び掛けがあるかと思いますので、その際にはよろしく。とりあえずは、これから1年間、様子を見てみます。

650)  「あなたは人生の目的を知らない。人生の本当の目的をずっと知らずにきた。ずっと間違えてきた。」あなたの中で、このメッセージを受け取ってきましたか。そして、それに対して、「はいそうでした。」と素直に答えることができていますか。
向く方向、歩いていく方向が完全に違っていたと喜びで感じていますか。これまでと同じパターンで生きていては、第一歩を踏み出していくことができないと認識がありますか。次元を超えていこうという意識の流れに乗っていくということはそういうことです。学びはそれを伝えています。精査して認識を新たにしてください。

651)  私達人間は感じる心を持っています。ただし、心というのは、私達の身体の中、たとえば、胸であるとか、頭であるとかそういうところにありません。
では、本当に感じる心というのはどこにあるのでしょうか。それはあなた自身が、自分で解き明かしていく必要があります。それが自分の人生です。自分に用意してきた人生という時間の中で、解き明かしていく必要があるのです。何も持たなくても感じる心さえあればそれでよしということが人生万歳に繋がっていきます。

652)  日々瞑想をして、そして暮らしていく。その中で、意識の転回は難しいと実感があると思います。しかし、意識を転回していくことが絶対必要です。それが意識の流れが伝えてくる波動の世界です。だから、300年に至る時間は超厳しいというのは自ずと分かります。宇宙のもくずということも現実味を帯びてきます。
真実の世界から肉を持ってきたという事実は大変なものでした。それをあなたの心で感じられる瞑想ができるようになってください。


653)  何の欲もなくただひたすらに、田池留吉をお母さんを思うのは難しいかもしれません。学びをどのようにとらえているか、学びに集った動機の修正が依然としてできていなければ、思うことに欲があります。思うことが喜び、思えることが喜びとはなりません。それが長続きしないんです。本当の喜びとは、一時の気分の高揚とは違います。もう嬉しいんです。間違い続けてきた生きる方向が、本当に自分の中で間違ってきたと分かることが嬉しいんです。自分の中に真っ直ぐに続く道が見える喜びとは、そんじょそこらにある喜びとは違います。歩みは遅くともいいです。ただ着実な歩みを。行きつ戻りつしている間に、どこかへ行ってしまいます。惰性で学びをして肉のままということにはならないように。

654)  肉として、一人の人間として、いい人、立派な人は星の数ほどおられると思いますが、本当のところはそうではありません。そこのところきちんと分かっていなければ、結局は学びに触れているあなた自身も、本道を行っていないということになるでしょう。
四方八方に拡散する思いの向け先を、ただ一点に集中していく心の強さを、あなたは自分の中で育んでおられますか。それは修行の厳しさではなくて、本当の喜びを伴う厳しさだと心で知っていますか。本当だから厳しい。厳しいけれど温かい。自分の心で確認してみてください。

655)  私も少しずつですが、身辺整理をし始めています。志摩にとりあえずは一カ月に一回訪れるということがきっかけになっています。ただ私はまだまだ大阪、上町台地を離れ難いというのが本音です。今までも大宝へという田池先生のお誘いにも頑として首を縦に振らなかった私ですから、その辺のところは私自身のお勉強です。
そんなわがままな私にもきちんと学びのお膳立てをしてくれて、意識の世界にはしっかりと道筋を残してくれたことには、ただただありがとうしかありません。
さあ、250年後ともにというメッセージとともに、私は私の勉強をしてまいります。


656)  意識の世界のしっかりとした道筋。それはもちろん、目に見えるはずはありません。自分の心で感じていく以外にはありません。それを感じ分かるために、こうして今、肉をもらい学ぶという時間を自分に用意しています。すべては自分のためです。何を自分は本当に求めてきたのか、肉という形を持ち形の中で生きていきながら、自分に問いかけていく難しさはありますが、伝えていただいたことは本当のことでした。

657)  自分の苦しみの中から這い出してくるのは自分にしかできません。その苦しみは全部自分で作ったものであって、だから自分で崩していく以外に、苦しみの自分から解き放たれることはないのです。その方法を真っ直ぐに伝えていただいたから、あとはそれを素直に実践していく勇気、覚悟だけでいいんです。
自分の中の本当の自分を信じられずにきたんだと、本当に分かっていけばそのエネルギーが仕事をします。私ってすごいなあ、人間ってすごいなあ、愛の存在を確認できるようになっています。


658)  本当に学んでいこう、自分の人生今度こそ本当の人生にしていこう、真っ直ぐに思うならば、それぞれの学びの環境は整い、その自分の真っ直ぐな思いを実現できるように自ら計らっていきます。愛が私達だからです。愛は決して裏切ることはありません。愛を裏切ってきたのは、肉を本物とする思いです。
だから、ひやかし半分、二股では、当然その結果も自分のものです。それが意識の世界の現実です。非常に分かりやすいのです。


659)  限りがある肉の時間の中で、自分を学ぶ、真実の波動の世界を学ぶ計画を自ら立ててきたことについて、あなたはどう思われていますか。自分に誠実に忠実に、学びを実践してください。間違い続けてきたんです。何を。自分をです。自分を知らずにきたんです。最大唯一の間違いです。これほど愚かで悲しくてやるせないことはないと思いませんか。あなたはまた自分を知らずにその肉を置いていくのでしょうか。

660)  各地域でともに学びをしていく仲間がいることはいいことだと思います。お世話をされる方達、場所その他のことについて色々とご苦労があると聞いています。
ですが、互いに学ぶチャンスを大切にして、道は遠しと言えども愛へ帰ろうの思いは自分の中で絶やさずに、前向きに学んでいきましょう。
幸いにも、大宝に、志摩に絶好の学びの場所が用意されていますので、みんなでできる限り活用させていただきましょう。もちろんそれについては応分の負担が発生しますが、ともに田池留吉、ともにお母さんをそしてともに宇宙を思える喜びを感じ合ってください。昨日、大宝での勉強会でそのように感じさせていただきました。


661)  第5回NPO法人UTAの輪セミナーの申し込みも締め切られ、2016年最後の本セミナーがもうすぐ始まります。1年前は田池先生の訃報とともに始まったセミナーでした。1年、あっという間でした。皆さんはどうでしょうか。この1年を振り返り、自分の学びを振り返り、そして、2017年に思いを向けてまた1年、ともに学んでまいりましょう。いよいよ、志摩が表舞台に出てきます。どの方もアマテラスの供養、よろしくお願いします。

662)  忙殺のとき、あるいは人と群れて楽しいひとときを過ごしているとき、私達は自分の中の根源的な寂しさに触れずにいます。心を見る学びに繋がった今も、自分の中の奥底の底にある寂しさに気付けていない現実があるのではないでしょうか。
何も思わない、何も考えないことというのは、実は案外難しいものです。これまでずっと、何かを考え、何かを思い、目の前のことに奔走してきた、それが生きることだと思い続けてきた歴史があまりにも長いからです。長過ぎました。長過ぎたから、そこから道を変えていく、方向を変えていくことは非常に大変でありエネルギーが要ります。しっかりと正しい瞑想を積んで実感してみてください。喜びの道へ帰る喜びを実感してください。


663)  11月20日から志摩ホールで勉強をします。宿泊はロイヤルホテルということで少々忙しいですけれど、参加される40数名の方達とともに瞑想をしていく楽しみ、喜びがあります。もちろん、そこに集う方達だけということではありません。それぞれの肉を通して宇宙に点在する意識達とともに、田池留吉、アルバートを思える呼べる喜びと幸せを感じ合っていきましょう。ともに帰ろう、どうぞ心の中でしっかりとしっかりと呼び掛けていけるあなたであってください。

664)  自分の人生です。それはあなた自身です。あなたの人生、あなた自身に責任を持ってください。このあなたというのは肉のあなたではありません。そこを取り違えると学びは絶対に分かりません。宗教の延長線上にあるのではありません。全く次元が違います。と言って肉のあなたは平凡でいいのです。肉を持って何をするべきなのか、はっきりとしっかりと分かっていればいいのです。けれどそれが分からなければ本当のことが見えてこない、つまり永遠に幸せとは程遠いところにあります。

665)  第5回NPO法人UTAの輪セミナーの参加者名簿が届きました。さっとパソコン上でお名前を眺めさせていただきました。志摩から帰ったあと、組分けの作業が待っています。セミナー会場でたくさんの仲間達とともに学べる喜びと幸せを満喫しましょう。間違い続けてきた私達だけれど、こうしてお母さんに産んでもらって、間違い続けてきた自分に思いを向け、愛だったと伝えていける時間と空間にいざなわれています。ともに、田池留吉、アルバートを思い、そして母なる宇宙に心をしっかりと向けて波動を感じてまいりましょう。感じられる喜びが私達でした。

666)  志摩ホールセミナー、最初の最初の最初。種水を床に転写して愛のお部屋にしてからセミナーが始まりました。大宝のホールよりも若干広く、窓からの眺めは最高でした。そこは田池先生が購入されていたところで、きしくも先生のお誕生日に最初の志摩ホールセミナーが始まりました。志摩磯部駅から車で5分ほど。また伊勢志摩ロイヤルホテルへは車で10分ほど。大宝もいいですが、志摩ホールセミナーにどうぞお運びください。
まずは共同住宅等にお住まいの方優先ですが、そのうち、こ希望があれば、ロイヤルホテルに宿泊をされてという遠方の方達とともに学びをしていきたいなあと思っています。


667)  毎日の生活の中で、自分のエネルギーを感じられることが喜びです。目に見えて、あるいは耳に聞こえて、肉があるからこそ動く心、一瞬出すエネルギーを確認できるんです。心の針を中に向ける大切さを伝えてもらい、肉、形の自分ではなくてエネルギーとしての自分に触れていくことを学んでいます。
正しく生きてきた人など存在しなかったんです。自分の本当の姿を知らずに正しく生きることなどできません。自分を誤魔化していく空しさ、今世、しっかりと学習してください。終止符を打って真っ直ぐに自分を受けていける喜びとともに生きていきましょう。


668)  「本当にこれでいいのか。これでよかったのか。」誰しも死ぬまでに一度は自分の人生を振り返る時がきます。死ぬまで順風満帆の人生であるはずがありません。
けれど、本当は順風満帆なんです。自分の生まれてきた訳を本当に知っていれば。楽しくてありがたくて仕方がないということなんでしょうけれど・・・。
「本当にこれでいいのか。これでよかったのか。」何度も自問自答しながら、心ゆくまで学びをしていきましょう。


669)  来年2017年には、志摩の家に月に一度のペースで宿泊して、伊勢志摩ロイヤルホテルにも宿泊してというパターンで、志摩のほうでともに瞑想をする時間が増えます。様子を見ながら生活のリズムを整え、自分を学ぶ喜び、宇宙に思いを向ける喜びと幸せを深めていくだけです。
今、肉では何かと忙しいけれど、思いを向ける喜びと幸せがあるから、田池留吉、アルバートとともに進んでいく道を歩いていくだけだと伝えてきます。ともにあることが伝わってくるから、肉はそれに従うだけです。


670)  当然のことながら、それぞれに家庭環境が違い、年齢等の肉的条件が違います。どのような環境なら、どのような肉的条件を整えていれば、学びをしていくのに有利かということはありません。仮に全く同じ環境で、全く同じ肉的条件であっても、両者が学びの効果を同じにように上げることはできません。学びに取り組む思いの深さ、純粋さが大いに関わってきます。
しかし、さあ、学びなさい、学びましょうと自分に自分が呼び掛けていることについては、みんな平等、公平です。その声、思いをどれだけ真摯にそして喜んで受けていけるかに、すべてが係っています。このすべてというのは、あなたのこれからということです。
これから。宇宙のもくずとなるか、それとも次元を超えてさらに自分を学んでいくのかという分かれ道です。

671)  私達の時間は限りなく続いています。そして、それが私達なんです。肉体というひとつの形を持っている時だけが大切なのではありません。肉体があってもなくても、限りなく存在し続ける私達です。日々、正しい瞑想を繰り返し、どうぞ、自分の心で感じてみてください。そうしたとき、この肉体とは何だ、何で私は今肉体があるのか、自ずと答えが見えてきます。どういうふうにして生活をして、どういうふうにして生きていけばいいのか、見えてくるんです。それは、心が一点に定まってくるという感覚です。そのことが、本当の喜びと幸せに繋がっていくんだと思います。

672)  死んでも持っていけるものを大切にしていきましょう。死ねばお金は要らないんです。健康も容姿云々も要りません。名誉も家族も仕事もそこに存在しません。
死んでもあるものを生きているときにしっかりと知って、その成長を計っていくことにエネルギーを傾けていきましょう。そうすることが本当の優しさです。そうすることが真の平和への道です。愛に目覚めていく過程にあることを確信することが待たれています。心で気付いた方から実践をお願いします。


673)  何かと忙しいときは、忙しい、忙しいと言いながら、それで結構毎日が充実しているように錯覚します。錯覚です。本来はゆったりとしてゆっくりと流れていく中で、自分をゆったりと見る生活こそが、充実の喜びの人生の時と言えるのではないでしょうか。
本当の人生を生きる。本当の人生の目的に沿って、本当の人生を生きる。ぜひぜひ、あなたも実現に漕ぎつけてください。産まれてきてよかったと心から感じていきましょう。

674)  私は、今、ポッドキャストで「愛と死の真実」という本の朗読をさせていただいています。そろそろ終わりに近くなってきまして、昨晩から連続で朗読をして最後に宇宙に向ける瞑想をして締めくくりたいと予定しています。また12月3日の土曜日には千葉県北西部の方達とスカイプを通して瞑想をして、そして志摩のセミナーを迎えることとなっています。
2017年以降の志摩でのお勉強に向けての準備も少しずつ整えながら、大阪と志摩を行き来する生活もまた楽しみにしています。
すべては、田池先生が残してくれたものです。肉に不安等の思いが過るとき、いつもすっと「あなたは、田池留吉の世界に、アルバートの世界に心の針を合わせて、私を思っていればよろしい。」と伝わってきます。本当にその通りだと馬鹿な肉は納得します。


675)  思いを溜め込まずに、素直に自分の思いを語ることは必要です。しかし、口は災いのもとです。言葉を発しながら、自分の心を見ることを疎かにしないで。
互いに肉は愚かなのです。愚かな部分を突っつきあっても結果はしれたことです。それよりも自分から流れ出す波動、エネルギーをしっかりと自分の中で確認することが肝要です。私は正しいと主張するとき、必ず自分の中に戻ってみてください。結局どうでもいいこと、大したことがないことに躍起になっている愚かな自分の姿を見ると思います。学びの本筋から遠くにある自分を確認してください。

676)  生活が成り立たない限り、学びを充分に進めていくことはできないでしょう。肉一色で生きてきた私達には、悲しいかなそれが現実です。それを踏まえて、まずは肉の安定をある程度考えてください。安定です。安住ではありません。
自分を学ぶために生まれてきたのに、その目的を果たせない人生は失敗の人生です。それははっきりとしています。タイムリミットは300年。自分を大切にしてください。

677)  第5回NPO法人UTAの輪セミナー、参加された方どうでしたでしょうか。自分を学ぶという点にポイントをしっかりと置いて、学びの歩みを着実に進めてください。
私達はみんな自分の中の愛に目覚めていける素晴らしい存在なんです。セミナー会場でも申しましたが、UTAの輪の中心は愛です。あなたはその中心と同心円上の軌道に乗っているでしょうか。まずは軌道修正です。そして、それから、その中心に向かって歩みを進めているのか、中心から近いのか遠いのか、どうぞ自分の現状をしっかりと検証しながら、楽しんで喜んで学んでいきましょう。自分の歩みを前へしっかりと進めてください。
宇宙に向けて発信するエネルギーの確かさを確認しながら、250年、300年に向けて次元移行を遂行する喜びを共有していきましょう。

678)  2017年、さらなる飛躍をしていきましょう。志摩から発信できる喜びとともに、さらなる歩みをともに進めていきましょう。
あなたの歩みを一歩前へ。後ろ向きにならないでください。たくさんの暗い真っ暗なエネルギーが押し寄せてきます。しかし、それもまたともに帰りたい思いを伝えているんです。温もりに、本当の自分に背いてきた思いとともに、しっかりと本当の喜びと温もりを目指して進んでいきましょう。

679)  楽しみながら、喜びながら愚かな肉を通して、真実の波動の世界に触れていける今、それはもう喜びでしかありません。
「あなたは意識ですよ。あなたの本当の姿は目に見えないんですよ。」そうはっきりと真っ直ぐに伝えてくれたこと、何度も何度も自分の中に戻して、素直に真摯に学んでいきましょう。田池留吉の世界、アルバートの世界だけが実在する世界です。愛を見誤った私達がその事実に到達する道のりは厳しいけれど、必ず帰ってくることを信じてくれています。田池留吉と、アルバートと、そしてお母さんと心から呼べる喜びと出会ってください。


680)  宇宙を思う瞑想、あなたの中で手ごたえはありますか。宇宙と思えばどんなエネルギー、波動を感じるでしょうか。それはすなわち自分の中の宇宙に繋がっていきます。アマテラスその他闇黒の宇宙を作り続けてきた私達ですが、その宇宙がどんな変化を遂げているか、遂げていくか、それはもう瞑想の醍醐味でしかありません。
形の世界を本物としてきた人間が神、仏、宇宙のパワーと崇め奉り、そして威張り散らしてきた世界がいかにちっぽけで下らない世界だったのか、宇宙を心に感じていけばいくほどに、自分の中に響き伝わってきます。本当の自分に、本当の愛の宇宙に帰ってまいりましょう。

681)  目に見えない世界、真実の波動、エネルギーの世界が実在するのを証明するのは、自分の心です。証明できるのは、自分の心です。
よって、心で感じられなければどうにもなりません。感じていけば分かるのです。感じなければ分からない。分からないから、そうだと言えません。そうだと言えないから、信じたい、信じていこうとする思いも次第に萎えてきて、やはり肉に流されていく結果となります。
信じる者は救われるなんて馬鹿なことは申しません。全部自分で証明すればいいんです。証明できる素晴らしいものを私達はみんな初めから持っているのですから。


682)  思える幸せを堪能してください。何を思っていればいいのか、何だけを思っていればいいのか、十二分に自分の中に伝わってくれば、もうあなたは本当に幸せなはずです。それで不幸せだという方があれば、どうぞ、お知らせください。田池留吉、アルバートそして、愛そのものの母なる宇宙を思える喜びに巡り合える幸せを享受してください。それがただひとつの喜びの道です。一日も早く愛へ帰る道を見つけることです。そして、たくさんの意識達とともに思いをひたすらに向けていける態勢を整えてください。

683)  自分をいたぶらないでください。いたぶるとは、いじめる、痛みつけるという意味です。自分を小さくしたり大きくしたりして、粗末に扱うなということです。
本当の自分と出会いたくて、たったひとつの我がふるさとへ帰りたくて、しかしその叫びは遠く届かずに泥沼の転生を繰り返してきたんです。自分を落として落としてきたんです。もうこの辺で、浮上しましょう。自分を受け容れて許して、しっかりと自分を信じていける幸せを広げていきましょう。


684)  私達は友です。あなたは一人ではありません。あなたの中から優しい母の温もりと呼び掛けが伝わってくるはずです。優しいけれど厳しい呼び掛けです。
どうぞ、本当に素直に素直に、何の欲得もなく、ただひたすらに田池留吉、アルバートを思ってください。私はあなたを絶対に裏切りません。背を向け続けてきたのはあなたです。どうぞ、素直に認めて、私を受け容れてください。


685)  これから益々住みにくい世の中になっていくけれど、自分の中の真実だけは絶対に変わることなく現存します。目を閉じて思いを向けると応えてくれる波動の世界です。確かに確かに存在する波動の世界。ここに私達はいつもともにあったんだと自分の中に伝わり響いてくれば、もう何も言うことはないでしょう。ただひたすらにそれだけを思って感じていけばいいんです。
田池留吉は存在します。アルバートは存在します。どんどん思いを向けてみてください。あなたの中で応えてくれる手ごたえをどんどん感じてください。そして、己一番の世界をどんどん崩していってください。次元が違うことを感じていってください。


686)  学びを頭で理解しようとすることは徒労でしかありません。ある程度のところまでだったら、ああそうか、なるほど、そういうことかというふうになりますが、そこから先には進みません。昨日、帰宅途中、信号待ちしていたら、欲深いあなたを許しなさいとか何とか宗教めいたことをマイクで流しながら通りを車が往来していました。
信号待ちの僅かな時間、言っていることにおかしなところはありませんでしたが、おかしい、全く違っていました。要はそういうことなんです。基準、基盤、波動、そういうところから、学びを分かっていかなければなりません。頭は通用しません。

687)  死ぬまで元気で楽しく学びを継続していきましょう。私達は思いの世界にのみ生きていることを片時も忘れないようにしましょう。思いの世界、その自分の思いの世界が快適であればそれでいいのではないでしょうか。まさに安全安心の世界をどんどん広げていきましょう。どうすればいいのか、もうあなたは知っているはずです。
あなたの中心棒は健やかに順調に育っていますか。

688)  瞑想、単なる瞑想ではなくて正しい瞑想がいかに大切であるか、日々自分の瞬間出るエネルギーを感じながら、しっかりと学んでいるでしょうか。 正しい瞑想です。本当に自分の歩いてきた軌跡を振り返り、自分の流してきたエネルギーをしっかりと感じ、ブラック一色の世界にあったことを知ってください。過去、偉業を達成されたかもしれません。ですが偉業とはいったい何でしょうか。自分の本質に触れずに存在してきたということが、ブラック一色の世界にあったということなんです。肉基準はすべてブラックです。偉業も何もありません。

689)  2014年8月を第1回目として、クボハウス(UTAホール大宝)で月に一度、学びの時間を持たせていただいています。実は、それは、2015年3月から始まるUTAの輪セミナーを念頭に入れての私なりの予行演習というところから、手を挙げさせていただいたものでした。最初の動機が少々不純で申し訳ないと思いますが、あっという間に2年半が経とうとしています。今では顔ぶれも定着しており、和やかな雰囲気の中、それぞれにみんな喜んで学んでおられるだろうと推察しています。
2017年からは、志摩での学びも本格的に始まりますし、もともとセミナー進行の要領を得るために始めた大宝での学びでしたから、もうそろそろいいかなと思ったりもしましたが、集まってくる友の嬉しそうな顔を見て、やはりたとえ2時間でも、ともに学びを進めてともに瞑想をしていこう、いきたいと思いました。ともにふるさとを歌って、元気で喜んでともに学んでいく喜びを分かち合えたらそれでいいと思いました。遠くからも来てくれます。私は幸せ者だと思いました。ありがとう。

690)  喜んで前向きにあなたの中のアマテラスを供養してください。あなたの中のアマテラスをはじめとする闇黒の宇宙が、ほんの少しでも本当の温もりに触れていけば、それは本当にすごいことなんです。闇黒の宇宙。それは文字通り途轍もない闇ですが、臆することなく、しっかりと向き合いましょう。莫大な闇こそ莫大な喜びです。田池留吉、アルバートに心を向けていけばいくほどに、あなたの心に響いてきます。臆することなく、堂々と受け容れていきなさいと。

691)  睡眠を十分取っていますか。遅くとも23時には消灯しましょう。7時間睡眠を心掛けましょう。決して昼夜逆転の生活はしないように。きちんと食べて、適当に身体と頭を動かしましょう。特に適度な運動を日常的に。肉を持つ時間、しっかりと正しい瞑想ができるように、できる限りその環境を整え維持しましょう。そして、自分が生まれてきた本当の意味をかみしめて、本当の喜びと幸せを享受してください。

692)  昨晩のポッドキャストの中で、地域の勉強会のことを触れましたが、ともに学ぶ仲間を大切にしてください。もちろん、学びの基本は一人、自分と自分の中で進めていくというところにありますが、ともに学ぶ仲間達とともに瞑想をして歩んでいこうという思いを大切にしてください。
そして、各地域の枠を外したセミナーがあります。ともに学んでいきましょうと私達の仲間達がお世話していただいて、学べる環境を整えてくれます。セミナーは大切な機会です。
私は田池先生の後継者ではありません。私と先生の関係は、肉的には何もありません。師弟関係でもありません。ただ、私は田池先生から学びを引き継ぎました。ともに同じ方向を見つめ、ともに歩んでいく意識であることを確信しています。私の中にあるのはその思いだけです。私はそれだけで充分だと思っています。


693)  UTAブックさんからの転送メールより。
学びの友と瞑想をする日課となっていましたが、友が引越しの予定でそれができなくなってしまう。他の誰かを探して瞑想をすればいいのかどうなのかということですが、適当なこれはと思う別の人が見つかればそれはそれでよし。見つからなくてもよし。引越ししてもスカイプという方法があるのではないでしょうか。ただしその場合、通信環境の良し悪しがあると思いますが。
また、学びの動機の確認と修正ということですが、自分の心を見れば、どんな思いで学びをしてきたのか、しているのか分かるし、それが自分の心癖だから、それを修正する方向で学んでいかない限り、どんなに何を感じてもどうにもならないという現実があります。すべては自分のことですから、まず幸せな自分に気付いていくようになさってください。自分が幸せだと思えないのはどうしてか、そこからスタートです。


694)  昨日、UTAホール大宝で50歳未満の方を対象にした勉強会がありました。若いっていいなあと一昔前の闇出し現象を思い起こしていました。涙と汗をいっぱい出して自分のエネルギーを存分に出させていただいたからこそ、今の自分があるんだと思いました。
みんなアマテラスを神と仰ぎ、我一番の闇黒の宇宙を作り続けてきた哀しいまでに愚かな私達だったと思いました。しかし、そんな私達がお母さんを思い、田池留吉を思える今があることも事実です。みんな心をひとつにして、宇宙に垂れ流してきたエネルギーの回収に努めていきましょう。間違ってきたけれど、必ず帰ることを何度も自分に伝えてください。

695)  本当に充実した幸せの人生を築いてください。肉の喜びも幸せも、真実の道をしっかりと自分の中に見出せなければ味わえないものです。それを欠かした人生は、どんなに喜びや幸せや達成感を感じても、それは薄っぺらなものでしかありません。
自分を誤魔化すのだけはもう止めにしましょう。心の底から自分が生まれてきたことに本当によかったと思えるような自分であってください。欺瞞から自分を解き放ちましょう。

696)  自分のレベルを上げてください。日々、正しい瞑想を重ね自分のレベルアップを心掛けてください。私がこれまで出版させていただいた本はみんな田池先生、田池留吉の世界からの指示です。その他「あなたの意識ではありませんか。参考にしてください。」等の冊子、小冊子に至るものまですべてそうです。
どうぞ、自分のレベルを上げて読んでください。心で読んでください。あなたは私、私はあなた。いつの日にか、あなたの心にどっと響いてくると思います。


697) 
限りのない意識の世界、波動の世界に思いを馳せていけばいくほどに、肉は絶えず原点、基本に戻り、真摯な思いで自分の今を見つめることが大切だとなってきます。今、こうして肉を持っている今こそ、どんなに自分にとってありがたい時間なのか、真実の世界に触れてその中を進んでいくほどに感じます。
肉、形の中にどんなに何を求めようとも、絶対に真実には出会えないことが明確に分かるから、本当に肉のことは程々でいいんです。おざなりではなくて程々です。肉がおざなり、なおざりでは、意識の世界もおざなり、なおざりです。


698)  毎日が日曜日で悠々自適の生活をしている方は別として、日頃時間に追われている方達は、年末年始のまとまった時間はありがたいと思います。ゆったりとお過ごしください。瞑想をするにしても、ぼぉーとするにしても、ゆったりとお過ごしください。学びは修行ではないんです。ゆったりと流れる時間の中で、しかし肉に流されることなく真っ直ぐに自分の道を歩いていく喜びを感じてください。確実な喜びと幸せをどうぞ自分のものにしてください。今世こそ決して後悔のない人生を。

699)  ちらほら漏れ聞くところによると、ポッドキャストなかなか評判がいいみたいです。一人で、そして学びの友と瞑想をする際に活用していただければ嬉しいです。
さて、あなたの2016年、いかがでしたでしょうか。そして、それを踏まえて、明けて2017年の展望はどうでしょうか。
私はまだ年末の大仕事が残っています。志摩をきちんと整えて、大晦日を迎えます。
2017年、志摩でのお勉強が本格的に始まり、1年、2年の諸々の準備期間を経て2019年亥年が転機となるように思います。

700)  志摩への搬入も無事終わり、2017年より、大阪と志摩を行き来します。私の中のアマテラスとともに、今世の締めくくりに向けて歩んでいきます。
250年後の来世の準備はすでに整い、私は私の中のアマテラス、そしてたくさんの宇宙達とともに次元移行へ向けて着実な歩みを進めています。さあおいで、受けて待ってくれている田池留吉、アルバートの波動の世界に真っ直ぐに突き進んでいくだけです。


701)  すべて田池留吉の意識の世界の計らい。志摩のことを思うに、意識の流れに沿って流れているんだと感じます。志摩の話が飛び出したときは、海のものとも山のものともわからず、しかし時間はだんだんに過ぎ去っていってというのが、実際のところでした。少なくとも私はそうでした。そのあたり、意識の私に肉が追いつけずという感がありますが、ただ瞑想をして思いを向ければ、田池留吉の波動はいつも語ります。「何も案ずることはなし。あなたは私に心を向けていさえすればそれでいいんです。」全部自分自身のお勉強です。その環境が滞りなく整えられていることに喜んでいます。

702)  「結果を出してください。本当に学べば結果が出ます。」田池先生は生前、繰り返しおっしゃいました。では、結果とは何なのでしょうか。
あなた、今幸せですか。何々があるから、誰それがいるから幸せだという幸せではありません。思えば幸せ、思えることが喜び、幸せというふうになっていますか。つまり、自分を思う幸せ、喜びを感じていますか。どうぞ、幸せな自分と出会っていきましょう。死ねば何もありません。自分の思いの世界があるだけです。


703)  自分のこれまでに疑問があるからいいんです。人生の行き詰まりというのは、少々大袈裟かもしれませんが、何か自分は忘れてきた、大切なものがない、そんなふうに微かにでも感じられたならば、その人に今起こっている出来事は愛ということになるでしょう。形云々のお話ではなくて、自分の存在そのものを見つめる絶好のチャンスなんです。そのタイミングでこの学びに触れたならば、おそらくこれほど幸せなことはないでしょう。と、私は自分の体験からそのように言えます。
ただ単に日常の惰性から何か新しい自分の道を見つけるんだというところからは、この学びを長期間に渡って続けていくことは難しいと思います。
自分なりに悩んで苦しんで、悶々としながらも、自分の中にすべての回答があることをしっかりと信じられるようになるのがこの学びの成果です。偉い自分がさらに聳え立っていくために学びがあるわけではありません。馬鹿な自分の発掘、崩壊、これこそが真実の道に自分をいざなっていくんです。


704)  自分を思う幸せ、喜びを感じていますかということですが、それは、自分の動く心を見て、自分の瞬間出すエネルギーを感じて、そしてまた自分の中に戻っていくということ、そのとき苦しみを増幅させるのではなくて、喜びと出会い喜びに変換していく、していける自分だったと知ることです。
だから、どんどん自分の中と語り、自分を感じて、そうたくさんの自分を感じていくことが、もうそれは喜びなんです。それらみんなお母さんをそして田池留吉を、アルバートを呼んでいることを、しっかりと感じてあげてください。肉が自分だとする思いは冷酷な思いです。

705)  日本各地で世界各地で色々なことが起こっていて、そこでは色々な思いが錯綜し、それらすべてが宇宙を汚していくどす黒いエネルギーだけど、本当のことを何もかも忘れ去ってしまった私達人間が最終的に辿り着けるように、愛のエネルギーはただ待っているだけなんだとしみじみ感じます。いいえただ待っていると言っても、厳しくて優しくて力強いいざないを伴って、いつまでも待っている存在なんだと感じます。
自分の心で気付き始めた人から、実践を始めましょう。汚しまくってきた宇宙を吸収できる自分を解き放していく実践です。


706)  人は喜びや幸せ、生きる意味を感じるのに色々なものを必要とします。それが物であったり人であったり、お金、地位名誉であったり、その他まだまだあると思います。それが世の常です。その中で、お母さんを思う、田池留吉を思う、アルバートを思う、そして自分の中で語り合うことを実践している私達はどうでしょうか。
あなたが本当に思う、思えることの喜びを知っていたならば、世の中の流れとは違う方向に歩みを進めていけるでしょう。そうすることが、できることが本当に喜びなんだ、幸せなんだと心から感じていかれると思います。そうしたとき、絶対的に必要なものはすでに自分の中にあったことが分かってくるはずです。そんな人生の時間を少しでも長く持つことが、喜び、幸せの道ではないでしょうか。


707)  7日には滋賀の方々とそして8日には50歳未満の方々と、ともに瞑想をする時間をいただきました。学びの仲間達のご協力を得てこうして学ばせていただけることを嬉しく思います。それぞれみんな自分に用意してきた今の時間、本当に自分を大切にしてともに歩みを進めていきましょう。
取捨選択をするのはそれぞれですが、自分に真摯に誠実に向き合うことだけはどんな時も忘れないようにしましょう。いつも原点、何で生まれてきたのか、ここにいつも戻りましょう。


708)  瞑想をする時間は絶対に確保してください。毎日瞑想してください。日々の雑事に流れて瞑想をする時間が取れないという生活は、即刻止めてください。
とにかく、忙し過ぎるというのはよくないことです。瞑想をする時間をゆったりと取れるように、生活を工夫してください。


709)  学びをするならする、やらないならやらない。思いは明確に。中途半端に学びに関わっても結果は出ません。それならば、きっぱりと肉で生きていけばいいのです。どっちつかずが一番やっかいです。なるようになる、それは肉の次元の話です。学びに関してははっきりとしたしっかりとした思いが必要です。
学びをしていきましょう、してくださいという表現をしますが、別にお願いしている訳ではありません。そんなことをする必要はどこにもありません。それぞれが本当に瞑想をしていけば、それは自分の心で分かると思います。そういう方達とともに歩みを進めていけたらと思っています。


710)  たったひとつの明確な目的を持って日々の生活をすること、できることに幸せを感じています。どうして生きていけばいいのか、ようやく今世はっきりと分からせていただきました。おそらくあなたもそうでしょう。そうではありませんか。自分の中にすべてがあったということを、日々の瞑想の中で実感していきましょう。そして、それぞれの転生を経て、必ず次元移行の意識の流れに乗ってください。今世、自分に用意した肉の時間を大切に、必ず自分を繋いでいけるように学んでまいりましょう。

711)  本にもホームページにおいても、もうすでに充分に書かせていただいていますが、結局は自分の心での気付きが必要です。自分で気付く必要があります。言われたこと、書いてあることを鵜呑みのままでは、右から左です。頭では納得するものの意識の世界ではそうではなく反発、反抗、抵抗というところでしょう。
やはり、正しい瞑想ができるようにするにはどうすればいいかということになると思います。 まずは生活のリズムを整えることです。そこからまず始まります。そして、本当に真摯に自分の意識の世界の修正に取り組んでいこうと、いつそう決心するかということだと思います。


712)  これまでに学んでこられた方達、今、学びに対してどのように向き合っておられますか。大抵は学んでこられてよかったという感想を持っておられると思いますが、何がどのようにいいのでしょうか。そして、自分は本当に学びに忠実に、本当の自分に対して誠実に真摯だろうか、二足のわらじはどの程度だろうか、現状把握に努めてください。全部自己判断です。そして、それは全部自分の結果として引き継いでいくものです。自分の出したものに自分で検証して、また自分の中に戻っていくという繰り返しですが、その繰り返し、循環を経ながら、正しい軌道に乗っていく学びの道筋が、あなたには見えていますか。

713)  今週末、志摩の共同住宅に入居予定の方達と志摩ホールにて勉強会です。内覧会を兼ねてという予定です。2月1日から順次移住されてこられます。新しい環境の中で色々とあると思いますが、自分で決めたことなので、一日も早く生活のリズムを整え、今世の締めくくりをきちんとするということで学びに専念してください。
志摩ホールという絶好の場所が用意されているので、十二分に活用されて喜びと幸せの時間を持ってください。
私も無理せずに中と相談としながら、そして一番大切なことは自分のために志摩の地を活用させていただきます。私にこの環境を用意していただいて本当にありがとうございます。


714)  学びは実践です。実践なくして田池留吉が伝えようとしてくれたことを分かることは絶対にありません。決して傍観者にならないでください。前向きに自分の作ってきたエネルギー、つまり間違い彷徨い続けてきたエネルギーを感じてください。それを感じさせてくれるのが日常です。そして、その感じさせていただいたものを自分の中に戻して、それらのエネルギーとともに田池留吉を思う、愛を思っていくのが、肉を持ってする本当の唯一の仕事です。それをしていない、滞る、それでは幸せと喜びが分かるはずはありません。自分の幸せと喜びの中身を検証しましょう。

715)  意識の流れを肉を持って伝えにきてくれた田池留吉の意識の世界です。その肉とともに学ばせていただいたことを最大の宝物と感じ入っています。私の意識の世界は大きく飛躍させていただきました。その意識の流れを感じながら、「意識の流れ  増補改訂版」の朗読をポッドキャストでそろそろ始めたいと思います。
少しずつですが読み進め、ともに瞑想をする時間を持ってまいりましょう。意識の流れはアルバートとともに、この思いをずっとずっと宇宙の奥深くに広げてまいりましょう。


716)  2015年スタートのホームページです。宇宙を思って瞑想をしましょうというテーマーも№1から始まって№716となりました。宇宙を思って瞑想。宇宙がどんどん心に響いてくることが瞑想の醍醐味だと私は思っています。そして言葉では表現不可能な愛を思っていくことが、私達の永遠のテーマーだと感じています。
今世の肉を通して、ようやくです。そこへ漕ぎつけたことをただただ喜んで、限りない波動の世界に正しい羅針盤を持って進んできてくださいとのメッセージです。
学ぶ動機、人生の目的、それぞれしっかりと検証してください。

717)  明日、志摩ホールに50名を超えて人が集まります。少々窮屈かもしれませんが、ともに学んでまいりましょう。
大宝もそうですが、志摩も足場はそうよくはないですが、貴重な学びの場として大いに活用してください。大宝には二上山が、志摩はもうご承知の通りです。それぞれ絶好の場です。集えることを喜んでください。
もちろん、意識の世界、波動の世界ですから、その場にいなくても真っ直ぐに思いを向けることができれば全く問題はありません。要は、自分の今の環境をどれだけ喜びで受けて、どれだけ自分の学びに活かしていけるかということです。自分の中心棒の確立はどの程度かということです。


718)  毎日、毎日、失敗の連続ですよね。本当に愚かな自分と毎日、出会っていけることが幸せだというふうになっていますか。自分が作ってきた間違った真っ暗な自分が毎日、心を揺らしてくれます。そのために今肉を持って存在しているのですから、心が大波小波揺れるのが幸せなんです。ただし、中心棒が確立していなければ、それによって、右往左往してやがては沈没です。一旦浮上したものの沈没していくということが、肉を持って学ぶ難しさです。難しいけれどやるしかありません。地獄街道まっしぐらは今世で終わりにしましょう。

719)  土曜日にUTAホール志摩でのお勉強を済ませ、翌日ふるさと苑の内覧会に行かせていただきました。共同生活なので環境に慣れるまで色々とあると思いますが、縁あって集まってこられたのだから、相互に協力して楽しく和やかに学びの仲間の輪を深めていってください。
今回、私も二泊して、ゆっくり時間を過ごさせていただきました。静かでいい環境です。年末の物品搬入からようやく志摩での生活も一段落。道路工事が完了する頃には、志摩での滞在日数が増えているかもしれないと、一面の雪景色を眺めながら無事大阪へ帰ってまいりました。
一度はおいでよ志摩ホールへ。とてもいいところ。そんな思いが心に上がってきて、本当にいい環境を用意していただいたと改めて感じています。

720)  志摩のことばかりで恐縮ですが、私、行くところができて単純に喜んでいます。田池先生、ありがとう。そのうちインターネットの環境が整いますので、志摩から発信できるのも楽しみです。もちろん、ここ大阪上町台地も、私にとってはいいところ。本当に学びをするのに贅沢な環境です。今世、これだけの環境を自分に用意したことを喜んで、しっかりと残りの時間学んでまいります。互いに肉は愚かです。しかし、その愚かな肉にいつまでもしがみついていては、自分の予定、計画が頓挫します。雑音はすっと流して自分の決めてきた約束をしっかりと果たしていきましょう。

721)  どうぞ、250年、300年に至る道を自分の中で見つけ、確立の方向へ一歩歩み出してください。肉の生活は本当に程々でいいです。何よりも大切な最重要課題にしっかりと取り組んで、自分の今の肉を置いていきましょう。肉の時間はあっという間に過ぎ去っていきます。まだ若いといって悠長に構えている余裕なんて本当はないと思います。それほど間違い続けてきた、何もかも見失ってしまった自分達だったんです。

722)  瞑想は楽しい、嬉しい、ありがとうです。すべてのものをぶった切り、破壊し尽くし自滅してきたエネルギーもまた嬉しからずやです。本当にありがとうございました。こうして、今肉を持たせていただき、本来あるべき軌道に自らをいざなうチャンスに恵まれたこと、まさに奇跡としか言いようがありません。
それもこれも真実の世界から肉という形を通して伝えていただいたからです。意識の流れ、ゆめゆめ軽んじることなく、この愚かな肉とともに進みます。意識の流れ、それは絶対的です。


723)  ともに歩む仲間がいる。ともに母を思い、田池留吉を思い、アルバートを呼び、そして母なる宇宙に思いを馳せる今がある。幸せです。長い、長い、気の遠くなるような長い時を経てきました。方向転換、軌道修正の意識の流れからのメッセージを素直にそして真摯に受け取ってください。
もう300年しかありません。あっという間です。ともに肉を持ち、出会いを本当に喜んでくれた思いに、しっかりと応えていくことがすべてだと、私は瞑想をするたびに自分に伝えています。温かくて優しくて力強いけれど厳しいです。愛を思って瞑想です、いつもそう伝えてくれます。

724)  余程特別な事情が起こらない限り、セミナー会場は伊勢志摩ロイヤルホテルに集中していくでしょう。琵琶湖も橿原もお世話になっています。ですが、将来的には伊勢志摩ロイヤルホテルにほぼ一本化ということになっていくかと思います。
特に、各地域での学びについて、志摩ホールを活用して一泊二日の計画はどうでしょうか。当日2時間お勉強して、ロイヤルで宿泊。翌日午前中1時間30分お勉強。
たとえば、こういうふうなスケジュールでしたら、無理なくこなしていけるかと思いますが。志摩ホールとロイヤルホテルが近距離ということと、ホテル側が厚意的だということで実行可能ではないかと思います。少々ご検討を。


725)  経済的にゆとりがあって、時間も充分にあって、身体もそこそこ元気であってもそれだけではダメ。またどんなに仕事に恵まれ、家族に恵まれていても、それだけではダメ。なぜダメなのか、なぜ自分の中からノーが出てくるのかということでしょう。なぜなのかと疑問が出てこない人はお気の毒だと思います。
本当に幸せな人生を生きていきましょう。本当に自分に誠実に生きていきましょう。生まれてきた意味にしっかりと応えていきましょう。

726)  もうそろそろ喜びと幸せというものについて思い、考えが変わっておられるでしょうか。長い間追い求めてきたけれど、自分が求めてきたものとは質が違うとはっきりと言えますか。また自分の軌道についてはどうですか。いまだに過去と同じ道筋を歩いていませんか。そのことについて少々の違和感を感じながらも目をつぶっているのではないでしょうね。そしてこれからもそれを続けていくつもりでしょうか。素直になる、勇気を持つ、決断する、方向転換に欠かせないものです。それは一人ひとりの問題です。そしてそれとは関係なく厳然としてある意識の流れです。

727)  嬉しい、ありがとうの思いとともに学びを前向きに積極的にやっていこうとしている多くの人達。その一方で、不安定な状態の中で苦しんでいる人も確かにいます。夜寝られないのは辛いでしょう。自分でどんどん墓穴を掘って、どんどん暗いほうへ暗いほうへはまりこんでいっていることは頭では分かっていると思います。だけど、抜け出せない。ああこうしなければああしなければと教えてもらったことだけが頭の中でグルグルと回ります。だけど、それは空回り。非常に辛い、非常に厳しい状態でしょう。ああ、どうすればいいんだ。ああ誰か助けて。何とかしろ、田池。結局はそういう思いしか出てこないんじゃないかと思います。
しかし、その今の苦しくて辛くて厳しいところから這い出してくるには、母の反省しかありません。お母さんに使ってきた心、思いを徹底的に見ていくしかないんです。母の意識は、自分にいったい何を伝えてくれていたのか、それを自分の心で感じていくしかありません。死に物狂いで母の反省をしてください。自分に肉を持たせた自分の思いを本当に分かってあげてください。


728)  肉で生きる、肉に生きる、学びに触れたからこそ、そういう生き方は本来の生き方ではないと少なくとも頭では理解している私達です。
ただし、世の中全般はそうではありません。肉で生きることにも、肉に生きることにも全く無頓着です。何の違和感も疑問も感じていません。それが通常だからです。そういう通常の中から、飛び出してくるというのは大変なことです。染みついた思いの根本を全く変えていく難しさはそれぞれに痛感されていると思います。
それでも厳然としてある意識の流れに乗ってください。乗っていこうと強い強い思いを日々の瞑想の中で育んでください。約束、忘れないでください。

729)  私達には時間がありません。今世は、田池先生とともに学ばせていただいたということがすべてでした。ではそれに当てはまらない人達、たとえば、新しく集ってこられる人達についてはどうなのかということになりますが、大丈夫です。そういう人達はその予定で自分の学びを進めていかれるのだから、問題はないのです。
実際にセミナー会場で田池先生とともに学ばれた方達こそが問題なのです。大きなチャンスを自ら用意していたから、それをしっかりと活かすことが次の転生に繋がっていくことを自覚してください。だから、そうならなければというところが問題なのです。学びでいうところのポイントをしっかりと押さえ、自分の心で感じる学び方をしてください。ズレがあると思ったならば、基礎からやり直し。そしてセミナー会場に臨んでください。セミナーは自分の心で感じることを主眼として進めています。
言葉云々ではなく波動の世界をともに学んでまいりましょう。

730)  何度も何度も戻ってください。肉を持ってこの世に出現してきたこと、その本当の意味を何度も何度も確認してください。人生の目的を違わずに、自分の人生を全うしましょう。自分の真実に目覚めることなくして、私は正しい、間違っていない、精一杯生きてきたはあり得ないことです。
今世、肉を通して波動を真実の波動を伝えていただいたんです。これがどういうことなのか、本当に心で分かる自分になっていきましょう。宇宙に彷徨うたくさんの自分から教えてもらうことになるでしょう。

731)  明日、5日から志摩セミナーです。私は4日に行きます。ともに田池留吉を思い、アルバートを思い、そして宇宙を思える時間と空間を共有できることをただただ喜んでまいりましょう。今回は抽選でしたので、それに外れた方達には申し訳ありませんが、参加される予定の方達、ともに心をひとつにして瞑想を楽しんでいきましょう。例によって全員参加です。もちろん、宇宙に彷徨う意識達もよろしく。田池留吉、アルバートと呼べる幸せをお伝えください。

732)  またひとつ幸せの時間と空間をありがとうございました。田池留吉、その肉無き今、だからこそ喜びと真実への確かな道がはっきりと感じられます。心をひとつにしてともにセミナーを進めていけることが幸せです。このように今世、残りのお勉強の時間が用意されていることが、私にはただただただただ嬉しいです。ありがとうの思いしかありません。宇宙の友とともに必ず、必ず帰ることを確認、確認して、今世の締めくくりをしていこうと思うのみです。

733)  志摩セミナー、どうでしたでしょうか。参加された方達から早々と嬉しいメールをいただき私もとても嬉しいです。3月の琵琶湖セミナーが待ち遠しいです。やはり二泊三日のセミナーはいいですね。特に、志摩というところ、ここからこれからどんどん発信するチャンスを用意していることにただただ感謝します。
ともに学んでまいりましょう。それぞれに残された肉の時間、その他自分のために用意した肉の数々、文字通り自分のために使い、そして必ず250年後の呼び掛けに応えてください。


734)  これからどうしていけばいいのか、どう生きていけばいいのか、誰でもそういう思いが突き上がってくる時期があると思います。自分がこれまでにこうだと思ってきたことに対して、何か違う、違うとざわつきを覚える、自分の中がぐらぐらしている、そういうタイミングで学びを始めていければ、割とスムーズに学びを継続していけるのではないかと思います。幸い、私は母が学びを先にやっていて、何度も何度も私に学びのことを言ってくれていたという経緯があります。しかし私は、それはみんな聞き流していました。ガーンとハンマーで自らの頭を叩くほどの現象に出会わない限り、なかなか学びに自ら触れていくのは難しいでしょう。
それほど、肉で凝り固まってきた自分でした。今、瞑想を続けている日々、自ら予定してきたこととはいえ、意識の世界の計画にただ驚くばかりです。ありがとうの思いが湧いて出てきます。


735)  週末にかけて大雪ということ、まだまだ寒い日が続きます。しかし、季節は確実に移っています。最近は行かなくなりましたが、近くの梅林も桃園も確実に春の訪れを告げているでしょう。もうすぐ弥生三月。桜の開花のニュースが届く頃、琵琶湖セミナーが始まります。嬉しくて楽しいありがとうの時間と空間を共有できる幸せ。
こうして、お母さんに産んでもらった本当の意味を心で味わい尽くして、本当の喜び、本当の温もり、本当の幸せを心に感じ広げていきましょう。
幸せです。田池留吉、アルバート、そして宇宙を思える幸せを心にどんどん広げてください。


736)  自分の軌道を修正するために生まれてきました。真実の波動の世界と出会うために生まれてきました。中の思いをストレートに知った今があります。
確実に自分の立ち位置が変わっていることを確認しながら、しかし慎重に自分の歩みを進めていこうと、日々の瞑想の中で自分に伝わってきます。
あとがないことを感じるからです。今世を逃しては絶対に再び浮上することはないと自分に伝えてきます。私はそれを喜びで聞いています。なるほど、なるほどと生前の田池留吉氏の言葉、思い、そしてそこから流れ出す波動が物語っていました。形がない今だからこそできるお勉強を願い出ました。きちんと約束を果たしてくれているから、それにしっかりと応えていくだけなんだと思います。ともにある喜びを感じ広げていけばいいだけなんだと伝わってきます。

737)  今日兵庫の方達とのスカイプ瞑想会がありました。会場の設備がよかったのでしょうか。参加されている方達の音声がよく聞き取れてよかったです。大抵はよく聞き取れるときもあるけれど、そうでない人もいるというこれまででしたが、今回は座る位置や声の大小に関わらず、とにかく全員の方の声がよく聞き取れました。いい会場だと思いました。それともUTAブックさんのほうでネット環境のレベルをアップされたのでしょうか。よく分かりませんが、1時間余り、ともに学ばせていただいてありがとうございました。

738)  今までもそうでした。これからは益々学びに繋がって嬉しい、ありがとうと感じていく人達と、やはり泥沼の中から抜け出せなくてもがき苦しむ人達の差が歴然としてきます。みんな自分の問題です。いかに真摯に素直にただひたすらに自分と向き合っていくか、今世肉をいただいたことに対して自分に誠実に応えていくか、それによって自ずと歩んでいく方向が全く違ってきます。救ってください、何とかしてください、何とかしろ、見限っていくのか、冷たいという思いが出てくるならば、それは全く間違っています。もう甘えるのは止めましょう。自分を本当に信じていく喜びと厳しさを心に蘇らせてください。

739)  アマテラスとともに母なる宇宙へ帰りましょう。闇黒の宇宙を母なる宇宙へ。自分の中の温もりと優しさに触れ、そしてそれをどんどん広げて宇宙をどんどん呼んでください。宇宙、それは喜びです。闇黒の宇宙は喜びでした。帰りたくない、帰りたくないから帰りたい、帰りたいへ。そして、帰ろう、帰ろうから必ず帰りますへ。
ただ一点、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、瞑想を楽しんでください。瞑想ができる今を大切にしてください。


740)  何もかもかなぐり捨てて、なりふり構わずに自分の流してきたエネルギーを知っていこう、そう強い思いを持って学んでいくある一定の時間が必要だと私は思っています。だらだらと学ぶのではなく、ある時期集中して詰めていく。そうして自分なりにこれだと思ったならば、あとは反復。繰り返し、繰り返し、馬鹿な肉とともにしかし喜びながら楽しみながら学んでいく。人それぞれ学びのスタイルがあると思います。私自身を振り返ったとき、やはり学びは体力と気力が必要だと感じています。それから、旬、適時、時期、タイミング、もちろん、素直、真摯、誠実、一筋、一本道、そんな言葉が出てきます。

741)  あなたがもし学びをして苦しんでいるならば、あなたがしている学びはポイントを大きく外しています。学んでいるようで全く学んでいないと言ってもいいと思います。本来の学びをしていけば、誰でもみんな幸せと喜びを感じるんです。生まれてこれてよかった、ありがとう、お母さんとなっていくんです。何も特別なことはありません。そして、これは絶対に間違いのないことです。
学びをしたから自分は苦しくなった、学びをする前よりも状況が悪くなった、もしそう感じておられるならば、この学びでいうところの母の反省を全くしておられないということになります。この学びははっきりと結果が出るんです。直ちに母の反省にひたすらに取り組むしかありません。あとは学びを去るかです。決めるのは自分。その結果も自分のものです。


742)  年齢を重ねていけば、以前はスムーズに動いていた頭や身体がそうでなくなっていきます。若い頃は複雑な動きにも対応できていても、段々と難しくなっていくでしょう。心、この場合の心とは肉基盤の心ですが、その心はどうでしょうか。若いから柔軟とは言えません。こちらのほうは年齢を重ねて柔軟になっていくかもしれません。
年齢とともに衰えていく肉ですが、頭や身体や心を学びのために充分に活用して、そしてうまくつきあっていきましょう。肉あればこそ学べる今を大切に、そして、生活はなるべくシンプルにしていきましょう。単純が一番いいです。色々なことを少しずつ少しずつ整理してみてはどうでしょうか。


743)  瞑想、嬉しいですか。瞑想、幸せですか。学びに出会ったこと、学ぶ仲間がいること、あなたの最大の宝物になっていますか。
自分の中の温もりと優しさを信じられずにきたこと、本当に心で知ってきましたか。
私は、田池留吉、アルバートと呼べる今があることがただただ嬉しいです。アルバート、アルバート、田池留吉の肉を通して伝えてくれたアルバート。本当にありがとうございましたと田池留吉を思う瞑想で語っています。

744) 2008年初版発行の「愛と死の真実」、所々筆を加え、昨晩UTAブックさんのほうに原稿を送信しました。初版から約10年経ちました。装いも新たになった「愛と死の真実」をよろしく。誰かに本を渡される場合は、どうぞ、新しい本をお渡しください。

745)  学びを前向きに進めてください。自分を明るく喜びで見てください。今の時間は大変大切なかけがえのない時間です。正しい瞑想をしていけば、このことが手に取るように分かります。田池留吉もアルバートも全く呼ぶことを知らなかった、そんな自分の意識の世界、そんな自分に、今呼べる、思えることがどんなに幸せなことなのか、死んで真っ暗な中に沈んできた自分から教えてもらってください。肉、形の世界には真実はありません。

746)  間違えずに正しく生きてきた人などいません。しかも何を間違えてきたのか全く分からずじまいにこの世を去っていく人が殆どです。
心を見なさいというメッセージが最大の愛だとあなたの心で本当に分かりますか。暗く自分を小さくして心を見るのではなくて、喜びで自分の心を見てまいりましょう。
人、出来事、そして肉体細胞を通して学ぶ時間を大切にしましょう。濁流、激流の中ですが、自分の切なる思いを本当に大切にしてください。


747)  彷徨い続け狂い続けてきたから、もう私は後戻りしません。自分の過去をしっかりと思い、今こうして肉を持って学ばせていただいていることを思い、そして最後の転生を思い、私は必ず自分との約束を果たします。田池留吉の意識の世界が肉を持ち、肉からそして意識から繰り返し、繰り返し伝え続けてくれたこと、もちろん、今は意識だけで伝え続けてくれていること、そのことだけが真実でした。心に響く波動は、ともにあることを伝えてくれます。

748)  みんな狂う要素はまだまだしっかりと持っています。条件が重ねっていけば、ある瞬間引き金が引かれて、中のエネルギーが飛び出してくる危険性は充分にあります。飛び出す前に自分の中でエネルギーの変換がすばやくスムーズに行われるならばいいのですが。
それは自分の思いを抑えるのではなくて、エネルギーの質を瞬間に変える業といいますか、術です。それはひとえに日々の瞑想、正しい瞑想に掛かっています。
狂い続けてきた自分は哀しくも彷徨い続けてきた自分です。受けてください。本当に受けてください。自分を変えてやれるのは自分だけです。


749)  桜開花の花だよりとともに、桜満開のカバーをつけてもらって復刻版「愛と死の真実」が誕生します。ぜひ、お手元にどうぞ。読後感を聞かせていただければ幸いです。愛、そして死。肉を本物として生き続けてきた私達にとって、それは大きなテーマーです。愛を思い瞑想。そして死を思い瞑想。肉を持っている時間に繰り返しそういうことができることは、幸せなことだと思います。

750)  あなたの人生はあなたのものです。その人生の時間はあなた自身です。その中であなたが本当に幸せであるならば、それでいいと思います。自分が納得しているならば、そして自分が選んで決めていくことに間違いはないと思うならば、おそらくあなたは幸せなはずです。
幸せとは何か、喜びとは何か、本当のあなたはとっくの昔に知っています。そこへ戻っていくだけです。だから、あなたの思いが本当のあなたの思いと合致しなければ、いずれしかし必ず促しがあります。促しは絶対なものです。促しに気付き、促しを真摯に素直に受け容れていくまで促されていきます。自分が愛だからです。


751)  今、学びに触れて嬉しいんだと素直に思っている人もあれば、そうは思えない人もいます。同じようにセミナーに参加されて、田池留先生とともに学んできたのに、この差はいったいどこからくるのでしょうか。同じでないよ、私の環境は厳しいんだということは理由になりません。
学んでいけば、どなたも必ず自分がどんなに幸せな存在だったかということが手に取るように分かります。本当に学んでいきましょう。今、学ぶチャンスにある人が今学ばなければ、いつ学んでいけるのでしょうか。愛に帰る道、次元移行を自分の中で果たしていく道は、そんなに生易しい道ではありません。ということを心で分かってください。

752)  すべては田池先生が整えてくれていました。亡くなられて時間が経つに連れて本当にそう思います。そういう意味でも本当にありがとうございましたの思いでいっぱいです。意識の世界のことについては、その比ではありません。出会えたということ、本当に奇跡だと肉は思ってしまいます。すべては予定、計画、用意してきたことだったけれども、現実、こうしてともに学ばせていただいていることを思うと、ただただありがとうしかありません。限りなく続いていく世界をともに歩みます。

753)  落ち着いてゆったりとした時間の中で、自分を産んでくれた母に使ってきた思い、出してきたエネルギーを思い起こしてください。まずは母です。その他の自分の周りの人達に使ってきた思い、出してきたエネルギーはほぼそれに準じています。何と言っても産んでもらった母には自分の中がストレートに出るのです。
母の反省とは、思い返すことではなくて、母と接する中で瞬間的に出すエネルギーを確認することを言います。道徳的な反省は要りません。中のすごいエネルギーを確認して認めていくにつれて、心が広がっていきます。本当の自分の思いが響いてくるからです。


754)  みんな平等に公平に自分の中にあるエネルギーの凄まじさを知っていく過程にあります。肉を通してこうなんだと知ったからには、それをしっかりと活かしていく以外にないでしょう。肉を持っている意味を取り違えてきたから、なかなかすうっと一直線に学びを進めていくことは難しいですが、色々色々しながら、焦らず弛まず真摯な思いで継続しましょう。喜びながらだけどいつも一歩引いて自分を見ていきましょう。驕るなかれ、失敗は許されないできないと私は自分に言い聞かせています。

755)  なぜ自分は学ぼうとしているのか、どういう理由から学ぼうとしているのか、いわゆる学びの動機はどこにあるのか、自分の中で精査していくことが絶対に必要です。そこを曖昧にしていくら学びたいと思っても学べないんです。セミナーにどんなに参加しても向いている方向が違っていたら、残念ながら効果は上がりません。
田池先生が、瞑想に関してのコメントされている最初にありました。闇雲に瞑想をしても・・・。そうです。学びのポイントをしっかりと押さえて、効果的に学んでいきましょう。本当に学べば、どれだけ幸せな自分だったかつぶさに分かります。宇宙が感じられるからです。肉、形の世界でない波動の世界に存在している自分達の喜びがひしひしと伝わってくるからです。


756)  UTAブックさんのほうに寄せられたメールの中に次のようなことが書かれてあったそうです。
「母親の反省については、具体的にノートを広げて、こうしなさいと指導がありますが、他力の反省についても、具体的に、こんな事をノートに書いていきなさいというようなものがあれば、とっかかりになるように思えるということです。」
「続 意識の流れ 増補改訂版」の78ページ、他力の反省の箇所をご参照ください。母親の反省を重ねて、ゼロ歳の瞑想を重ねて、少し心が広がり温もりが伝わってきたと思ったならば、自分が掴んできた教祖等の波動を感じてみてください。それが自分の心で分かる、証明できるということです。


757)  肉に流れながら流されない生き方、存在の仕方をぜひとも身につけてください。それが自分の中で自然になっていけばいいのではないでしょうか。自分の周囲と無用なトラブルは起こさず、つまりは自分の心を見る、心の針を自分の中に向けてさえいればいいんです。形の世界でどんなに自己主張しても、そこに流れるエネルギーを確認していけば空しさだけが残ります。そのような中で張り合っても決して自分にいい結果は返ってきません。苦しみから喜びへ自分を解き放していくことを学んでいるのだから、本当に幸せだった自分、喜びだった自分をしっかりと感じていきましょう。そのような自分とどんどん出会っていくことが本来の私達の生き方です。

758)  嬉しい思いはどんどん広げていきましょう。私達の中には尽きることなく無限に湧き出てくる愛の源泉があります。これまでの転生ではそこにしっかりと蓋をして何重にも鍵をかけることばかりをしてきました。そして偽物の真っ黒な真っ暗な愛を追い求めて来たんです。本当に馬鹿な生き方をしてきたものです。
心で気付き始めた方から、まっすぐに自分の進むべき道を歩んでいってください。一歩前進二歩後退の歩みはいただけません。歩みは前に出すものです。どうぞ、本当に幸せな自分をどんどん知っていきましょう。


759)  学びの仲間がいる、それって素晴らしいこと、本当に幸せなこと、そんなことを昨日の北摂のスカイプ瞑想会で感じさせていただきました。聞くところによると、毎月数回学びの友と学ばれているようです。昨日も無駄な動きなくスムーズにそれぞれ瞑想に取り組んでおられました。
瞑想をする会場が用意されている環境が整えられているのだから、それをしっかりと活用してください。ただし、決して教祖と信者の関係を作ることなく、一人ひとりがしっかりと自分の課題に向き合って、少しでも正しい瞑想ができるようになってください。ともに同じ方向を向いてともに成長をしていきましょう。


760)  私達は肉、肉で生きてきました。それは確かなことです。形の世界を本物として、自分の本当の姿を見誤って、それなのに私は偉い、私は正しい、我に従えとやってきた私達でした。ですが、それは全くの間違いです。だから、絶対に修正を促されていきます。自分の間違いに自ら気付くまでそれは永遠と続きます。それが言うなれば地獄の奥底ということでしょう。
以上のことを田池留吉の世界は、波動を通してはっきりと伝えてくれました。その波動、エネルギーが三次元最終に向けて仕事をしていくんです。
学びを去るのも学びに来るも、すべては自分次第です。もちろんその結果は自分のものです。
嘘か真か正しい瞑想を心掛けて、自分の心で受けてみてください。


761)  ふるさと苑で新生活をスタートされた方達、もう慣れましたか。気分良く志摩ホールを活用していますか。段々に自分の生活パターンを整えて、残りの人生、自分の計画の遂行に使ってください。今週末、ともに瞑想をしましょう。
私達は幸せ者です。心を見ることを伝えてもらいました。道しるべを示してもらいました。死ぬまで元気で、ただひたすらにそして楽しみながら自分の作ってきた世界と向き合い、ともに田池留吉をアルバートを呼べる幸せな時間を互いに持っていきましょう。


762)  自分の間違いに気付く、これは難しいことかもしれませんが、間違ってきた、間違っているということを自分で気付かなければ、修正に繋がっていかないことも確かです。自らが頭を打って、自分の身体、家族、仕事、その他自分の環境の中で色々と起こることから自分の心を真摯に見て、そして、自分の流してきたエネルギーを感じて、自分の今ある意味が心に本当に伝わってきて、ああ私は間違ってきたという過程を経て初めて、自分が学びに繋がっている幸せ、ありがたさがが痛切に心に響いてくるのではないでしょうか。ああ私はそれでもこうして今まだ自分を修正する時間を用意していると分かったならば、ただただ嬉しいはずです。愚かな自分を知っていくことはただただ喜びです。

763)  田池先生との思い出話をひとつご紹介。「お元気ですか。」「ピチピチパチパチ、元気です。」の対話からいつの間にか、「お元気ですか。」「まあまあ、ぼちぼちです。」本当に時間の経つのは速いです。時間の経過とともに肉、身体も頭もその機能が低下することはやむを得ないです。ある時から寄る年波を実感するのはみんな同じだと思います。だけど、意識の世界にはそれがありません。肉体細胞とともに、肉体細胞の思いをきちんと受け止めて、自分の人生、意識の計画通りに全うしましょう。

764)  「諦めず、自分を見捨てず、前を向いて学びを続けていこうと思いました。」嬉しいメールをいただきました。諦めようとしたのは偽物の自分。自分を見捨てようとするのは偽物の自分。前を向いて学び続けていこうといつも呼び掛けてくれているのは本当の自分。意識の世界は大変シンプルなんです。
肉、形の世界は偽物の自分が暗躍する世界です。非常に分かりやすく自分の闇を自分に伝えてくれます。それを本物だとし、大きな世界だと思ってしまうから間違っていくのです。実はその比ではない限りなく大きな世界があることに気付けないから、本当の喜びにも本当の幸せにも辿りつけないのです。


765)  2週間後に琵琶湖セミナーが始まります。関西でのさくらの開花の便りとともに、2017年最初の本セミナーです。伊勢志摩もいいけれど琵琶湖もまた違う趣があって大変楽しみにしています。500名を超える方達、それに繋がっていく意識達、宇宙とともに、田池留吉、アルバートを思い、UTAに思いを馳せましょう。
すべてが喜びの中です。田池留吉、アルバートの波動の中でともに学ばせていただける幸せを味わいながら、瞑想をしましょう。

766)  焦らなくてもいいから、だけど真剣に真摯に、そして素直に自分と向き合っていってください。形も何もない世界のことだから、自分の中に響いてこなければ、250年後、300年後どうだとか、次元移行がどうだとか、そういうことは決して信じられないでしょう。自分の中で今ひとつ分からないものは信じられないはずです。
無理をしなくていいんです。無理に分かろうとしなくてもいいんです。いずれは、やがては自らに伝えてくれる現象をみんな自分に用意しています。現象、それらは自分と向き合うことでしかどうにもならないと自らに伝えてきます。それは必然的に厳しい現象です。しかしそれこそが自分が愛だったという動かせない証拠なんです。


767)  学ぶ動機の修正。絶対に軽んじないでください。特に変に敏感な状態で学びに触れ、安易に我流に瞑想をしていくと益々変になっていきます。もちろん、その人達だけというわけではありません。肉、肉で覆われていて、自分の中のすごさが表面に響いてこないだけということもあります。ただ、そういう人のほうが学びをしやすいと思います。鈍感な間にしっかりと自分の中の温もりを広げて、決して消えることがない温もりを確信していけばいいんです。
敏感がいいのではありません。正しく敏感にならないと、学びでいうところの本質に触れることができないから、もしかすると学びに触れたことを後悔することになるかもしれません。


768)  学びに触れ、心を見ることを知り、瞑想する楽しみ、喜びを感じ、あと何が要りますか。あなたが今、本当にそういう状態であるならば、当然生活は整っています。何不自由なく生活ができ、安定した環境とともに、今あることを本当に喜べるはずではないでしょうか。
そして、そういう人達は、もう決して少なくありません。現象を前向きに、つまり喜びでとらえ、今世、自分の中を少しでも明るい方向へ向けていこうと、ただひたすらに田池留吉、アルバートを思う瞑想に取り組んでおられると思います。
田池留吉、アルバートをひたすらに思う、ただ思う、これはすごいことなんです。ただ思う、思えばいい、思える本当の意味を知れば、分かってきます。

769)  瞑想をする喜び、幸せを感じていますか。瞑想は喜びです。瞑想をすれば喜びを感じる、幸せを感じる、だから瞑想をする。そうではありません。瞑想自体が、もうすでに喜びなんです。思う喜び、思える喜びって分かりますか。その最たるものが田池留吉、アルバート、その宇宙です。
田池留吉の世界はその肉を通して、瞑想をする喜びと幸せをしっかりと伝えてくれました。たったひとつの限りなく広がっていく波動の世界の真実を、どんどんどんどん感じていきなさいと、もちろんこれからも伝え続けてくれます。ともにある喜びをどうぞ、あなたも心で堪能してください。

770)  ポッドキャストで触れましたが、「意識の流れ」の本文、P.228~P.232の箇所、大切です。いつも原点からという思いを忘れずに、今世の学びを締めくくりましょう。決して頓挫することなく、自分との約束をしっかりと果たしていきましょう。私達は肉に埋もれた意識でした。そこからようやく本来の姿に目覚めよと自らに告げた思いがあります。それを遂行していくことは並大抵のことではないと自覚して、しかし、その思いを信じ楽しみながら歩いていきませんか。

771)  どんなにしても分からなかったはずです。本来の自分を見失った状態だったということも知らずに、なぜ、なぜの思いばかりが膨らんでいって、結局は何をしてもどう生きても、苦しみから抜け出すことはできなかったこれまでだったと、はっきりと知った今世でした。自分の心に神宿ると信じて、本当に愚かな思いを流し続けてきました。神を知らなかった、神を見誤った。言い換えれば愛を知らなかった、愛を見誤った、自分を完全に愚弄してきたということです。
意識の転回をする、自分の軌道を変える以外に、苦しみの奥底から完全に脱却することはあり得ないことでした。


772)  ありがとう。私は幸せ者です。学びの仲間がたくさんいます。ともに瞑想をする喜びと幸せを今日もまた味あわせていただきました。嬉しそうに集まってきて嬉しそうに帰っていく光景がたまらなく嬉しいです。みんな間違い続けてきたけれど、お母さんって叫んでいる声、思いが伝わってくるのがただただ嬉しいです。最後にふるさとをみんなで歌う、この時間と空間、何度味わってもいいものです。みんな大きな声でふるさとを歌いましょう。

773)  どうすれば本当の幸せが分かるのか、本当の喜びが感じられるのか、答えは簡単です。そして学びに触れた人はみんなその答えを知っています。あとは実践あるのみです。実践していって、たとえば、今、あなたは本当に宇宙を思える喜びを心に広げている状態であるのかどうなのか、それもひとつの結果です。
今月16日からポッドキャストで宇宙に向ける瞑想を連日実践しています。そして琵琶湖セミナーに臨みましょうと呼び掛けました。アマテラスを筆頭に宇宙に思いを向けていく大切さ、すごさ、喜びを感じてください。私達は愛。私達は宇宙。宇宙に向ける瞑想でこれまでの自分、これからの自分がはっきりと感じられるのです。


774)  ぶれずに学びを進めていきましょう。学びの本質からぶれずに、ポイントを外さずにということです。道徳や修行ではないんです。もちろん肉の喜びと幸せを目指す宗教でもありません。自分の心を縛るのではなくて、自分を解き放していくんです。その解き放ち方を学んでいます。それには、自分はなぜ生まれてきたのか、何をするために今があるのかということを知る必要があります。自分の心の叫びをしっかりと受け止めていく土壌を作る必要があります。覚悟が要ります。決断もしなければなりません。本当に強くて優しくなければ自分を解き放つことはできません。

775)  宇宙を思って瞑想をしていますか。宇宙を本当に愛しく、ありがとうの喜びで思えますか。連日のポッドキャスト、いかがでしょうか。学びの友から嬉しいメールをいただきました。
「本当に嬉しいです。有り難う。毎日、ポッドキャストを通して、田池留吉、アルバートの世界にアクセスしてゆける事がとてもとても嬉しいです。日本にいなくても、こうやって、世界中のどこかから、あなたの声を通し、波動を感じてゆける、アルバートの世界が、私の心の中に広がってゆきます。宇宙です。嬉しいです。喜びが、宇宙に伝わって、広がってゆきます。そこには、個という、思いがなく、全てが一つです。ああ、これが、愛の世界なんですね。何もいらない、何にもなくても、この感じてゆける心だけで良かった。つくづく、そう思います。このシリーズ、本当にありがとう。ニゥージャージーにいても、ポッドキャストを通して参加していけることがとてもありがとうです。」


776)  学びを修行ととらえていると以前にワンポイントを示された人が、自分では思い当たらないから具体的にこういう考え方、思い、行動等がそれに相当しますというアドバイスがほしいということで、メールをいただきました。私は、波動についてお伝えしました。学びでいうところの自己供養をどんな思いでやろうとしていますか。修行と言ったのは、あなたから流れてくる波動の冷たさ、厳しさ、己一番を自分の中で見てくださいということなんです。それは学びの動機にも繋がると思います。
自分の中のたくさんの自分とともに、本当に優しい思いで母の温もりの中へ帰っていこう、ただひたすらに帰っていこう、そんな純な思いがあなたの中に広がっていますか。そして、それはあなただけではありません。どんな思いで学びをしているのか、自分から流れ出す波動をしっかりと見ていきましょう。


777)  真実の世界は限りがありません。従って、ここまで行けばという到達点はもちろんありません。あるのは喜びだけです。喜びといっても喜び、喜び、嬉しいと大はしゃぎするような肉的な喜びとは全く違います。それを言葉で表現するには限界があります。できません。私達はひとつ、私達は愛、私達は宇宙ということも同じです。
ですから、自分の心で感じる、分かっていくということに尽きます。そして、本当に心で感じ分かっていけば、歩みが逆戻りすることはありません。行きつ戻りつなんていうことはあり得ないのです。行きつ戻りつしながらどこかへ消えていった、元の黙阿弥ということがないように、自分の歩みを確立してください。


778)  最近、学びの友からのメールを何通か読ませていただき嬉しい思いを感じています。それぞれみんな自分の歩みをしていこう、本当に学んでいこうという喜びが伝わってきます。田池先生が学びの道筋をしっかりと残して肉を置いていかれたいい結果が徐々に出始めていると思います。もちろん、その一方で学びを去られる方達、学びのルートを外れていく方達、惰性で学んでおられる方達、様々に枝分かれしていくことも予想されます。
どうぞ、自己確立、自己変革に努めてください。心を外に向けていては、何も分かりません。何も変わりません。自己確立、自己変革とは、意識の世界をということです。
中の思いを肉のあなたが阻止することだけはお止め下さい。


779)  「あれはいいけれどこれは嫌。あれは受け容れられるけれど、これはダメ。」としてきたけれど、「すべてがよかった。」この心境に少しずつでも近づいていければ、その分、自分の中は軽くなっています。そうして、自分の中を軽くしていくことによって、幸せや喜びが広がっていくし、そうなっていけば見ている風景、見える風景も違ってきます。
どんどん自分の中を心地良い循環にしていきましょう。自分の中に戻りたい、帰りたい領域を広げていきましょう。


780)  楽しくて嬉しいセミナー、ありがとうございました。あなたがいるから私は嬉しい。あなたがいるから私は楽しい。そんな思いを感じながら、私は私の勉強を進めていけました。すべては自分の勉強です。ともに同じ方向を向き、ともに歩みを。こうして楽しくて嬉しい時間と空間を用意していただき、本当に幸せ者だと感じています。
異語で語り合い、異語で伝え、そしてみんなとふるさとを歌える幸せ、本当にありがとうございました。

781)  素直になってください。素直に自分の心を開いていきましょう。現象の時間に前に出られて身体がじっとして動かない人は、自分のエネルギーを確認する手始めとして、自分の口を開いてください。意識的に開いてみてください。音を発してください。アーでもウーでもいいです。まず口を動かしてみましょう。泣きたくなったら泣けばいいんです。素直になる喜びと幸せを味わえる場所です、セミナー会場は。どうぞ、あなたの心で体験してみてください。

782)  肉を持って肉の中で生きていく難しさ、大変さは確かにあるでしょう。だけどもう難しいこと、面倒なことはいいんです。肉で不誠実はいただけないけれど、肉のことは程々にしましょう。そんなことよりも、本当に田池留吉を思って、お母さんを思って、そして宇宙を思っていきましょう。自分の中が応えてくれる幸せを感じてください。
自分自身の切なる思いに触れてください。あなたの中は、本当に田池留吉を呼んでいるんです。お母さんを呼んでいるんです。その凄まじい思いを受け止めてください。
肉が自分だとする思い、形の世界が本物だとする思い、これは完全に間違っているんです。あなたは本当にそう感じていますか。


783)  今朝、次のようなメールをもらいました。
奈良の地は、思い出深い。亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」を愛読。薬師寺を訪れて、金堂復興の百万巻写経。高田好胤元管主をお招きしての講演会。さらには、「色即是空」、「空即是色」、「こだわらない心!とらわれない心!偏らない心!広く、広く、もっと広く、これが"般若心経"の教なり!」この教えを心にとどめ、今日まで生活信条としてきた。2011年9月、田池留吉先生と出会った。いつかはどこかで真なるものとの出会いがあるはずと、底の底の底に仕舞い込んでいた記憶が呼び戻される。これまで長い年月をかけて学び、信条としてきた生き方が、どれもこれも、あれ!肉を本物の自分と思い、形の世界に重きを置いた間違いだらけの生き方だったのか、と我に返る。それにもかかわらず過去の生き方を全面否定しきれない葛藤の中でもがきながらも、これまでの肉(形)中心の生活スタイルは軌道修正していくほかない。過去に五感で受け止めてきた奈良の今の姿は、過去の様相とは全く異なり、橿原も、薬師寺も意識の世界の目覚めとともに、あたたかい思いやりと、温もりに包まれた空間となって、私たち学びの友を待ち受けているのだと感じる。共に集い、終わりのない道のりに向かって、瞑想と現象の時間と空間を、共に持ち合わせていけることに、なんとも言えない共感とうれしさがふつふつと湧き出てくる。

亀井勝一郎の文字に心が留まりました。2001年に亡くなった父も亀井勝一郎の本を愛読していました。長年親しみ線引きまでして読みこんでいた本を捨てた瞬間、田池先生からお電話をいただいたことがありました。私自身も奈良には何度も出かけてきました。ともに思いを向け真実の世界を学んでまいりましょう。

784)  すべてをご破算にしてからでないと、さらなる一歩は歩み出せないと感じます。しかし、現実はそれぞれに色々なものを抱えて、心に留め置いて学びをしています。それはどうしようもないことです。だから、いかに心に留め、心が掴んでいる思いを弱くしていくか、薄くしていくかというところにかかっています。それも本当に自分の中で気付きがなければ難しいです。
何を間違ってきたのか、本当に何を間違ってきたのか、なぜ間違ってきたのか、自分の中が、中から叫びが思いが突き上がってくる、そういう状態になって初めて、うすらぼんやり灯りが見えてくるのです。


785)  本当にいい学びの友を作ってください。競い合う、慣れ合う、もたれ合う、そうではなくて、本当の喜び、本当の幸せ、本当の温もりを追求し共有していけるような、そんな友に互いになっていこうと、ともに学んでください。もちろん、目の前にいる友だけがあなたの友ではないけれど、肉の中に生き続けてきた、生き続けている私達にとって、学びをしっかりと継続していくために、互いに言葉を掛け合うことも時には必要です。そうしながら、自己確立に努めてください。中心棒の確立を大きく深くしていく方向に舵を取ってください。

786)  心に響いてくる世界を大切にしてください。大切にしていきましょう。大切にというのは、響いてきたり感じたものを頭で解釈することなしに、響いてくる、感じるということを、喜びで育んでいきましょうということです。間違ってもそれを己を表す手段にするのは止めましょう。喜びだとしながら、己を表していくことほど、みじめで滑稽なことはありません。私達はその失敗を散々やってきました。その残骸をしっかりと回収しながら、心に響いてくる世界を大切にそして、成長させていきましょう。
真っ暗闇の中で、一本の希望の道が厳しく指し示されました。頭でなく心で受け止めてください。


787)  ただひたすらに思う、田池留吉をアルバートを、そして宇宙を思う、何の欲もなくただ喜びでひたすらに思う、これって簡単なようで難しいのではないでしょうか。継続して淡々と、肉を持ってきた本来の目的に沿ってやるべきことをする、自分の中の強い思いに触れることなくして、これも難しいでしょう。
時が流れ周りの状況に変化があっても、決して変わらない、決して色褪せないものがあったと、意識の世界の結びつきがどんどん響いてくる、何度も何度も繰り返し繰り返し。変わらない、不変の喜び、そんな瞑想を楽しんでください。


788)  同じ映像を見ても、同じ音を耳にしても、それぞれみんな自分の中に響いてくるものは違います。たとえ、同じような思いが出ても、そこにどの程度かかわっているか、自分の中にどの程度入れていくか、その処置の仕方によって広がっていく世界が違ってきます。第一に目の前の状況を映像だとしているか、自分に発せられた言葉を音としてとらえているか、もうそこから違っているでしょう。
映像をしっかりととらえ、言葉をしっかりと握り、それで自分の中が揺れている、そしてその揺れる心を見ようとしているというところだと思いますが、本来は、しっかりととらえ、しっかりと握っている、そこのところを確認すべきなのではないでしょうか。どうですか。あなたの学びのポイントずれていませんか。検証をお願いします。

789)  神を仏を真実を求め求め追い求めてきたけれど、何もかも間違ってとらえてきた過去の私がありました。神の声を聞き仏の道を行くとしてきた自分の中の歴史に大きな衝撃を受けたのが、今世の私でした。田池留吉の肉によってもたらされた波動の世界。その肉を通して直接的に伝えていただいた波動の世界。今、思いを向けることにより、はっきりと伝わってきます。途切れることなく流れ出る思い、この波動だけを信じていく喜びを感じています。待ち侘びてきた波動を伝えてくれたことに、ただただありがとうです。そしてありがとうが返ってきます。

790)  温もりに本当の優しさに反逆してきた過去。どうしても何としてでも我一番の宇宙を、帝国を築き、すべてを抑え込み支配するエネルギーのもとに君臨することが最大の喜びだと信じて疑わなかった意識に、真っ直ぐに衝撃的に伝えてくれました。「間違っています。待っています。」
「はい」と答えることができました。そして「はい」と答えたから、道が見え道が開けていきました。「はい」の重みを感じながら、すべてを託していく喜びと安堵感の中で、日々瞑想を続けています。ともに歩む、ともに存在する喜びを心に、肉を持つ時間を大切にしてまいりましょう。


791)  ここ2、3日のポカポカ陽気で、近くの公園の桜、満開です。遅咲きのしだれ桜の楽しみが残っていますし、目に鮮やかな新緑の季節ももうすぐです。都会の喧騒の中に暮らしていて、便利さと引き換えに自然から遠い環境です。ですが、日々ゆったりと瞑想を楽しむ時間の中で、何にも代えられない幸せと喜びがあります。
何をしてどのように生きていけばいいのか、全くの不透明だった頃から25年ほど経ちました。出会いと別れがあって、真っ直ぐに歩いていきなさいというメッセージに従って存在していけばそれでいいんだという今があります。思えば嬉しい。思えば懐かしい。思えば・・・という幸せと喜びを学ばせていただいたこと、いただいていることを喜んで、心を向けていくだけです。託する、託せる喜びと出会えました。


792)  自分の心で感じたものをしっかりと確認して学びを進めていく難しさが分かりますか。心で感じるもの、それは色々とあります。闇、ブラックの思いから嬉しい、ありがとうという思いまで、実に様々です。正真正銘、闇、ブラックの思いならばさもありなんとすんなりいくけれども、嬉しい、ありがとう、喜びとくれば、信じたいけれどどうかな、確認がほしいということになっていませんか。
嬉しい、喜びと感じたならばまずは喜んでください。それだけでいいんです。そこで完結です。そして喜びが継続できるかどうか、しているかどうか自己観察をしっかりとすることです。学びに触れたこと、瞑想ができる今の環境を喜んでいれば、生活は自ずとシンプルになり一定のリズムの中で整ってきます。肉での無駄な動きが少なくなり、バカな肉も本当の自分の思いに沿っていこうと素直になります。つまり肉の心も軽くなっていくということです。意識の世界の軽やかさを感じれば、さらにそうなっていくでしょう。体験してください。体験がなければ何とも言えないと思います。


793)  私達は自分の思いの世界に存在しています。その自分の思いの世界がどのような状態であるか、今自ら形を持って自分に伝えています。これほどの優しさはありません。そしてまた、今の状態を少しでも柔らかく温かく住み心地のいいところにするためにどうすればいいのかということを伝えていただきました。
あとは本当に自分次第です。思いの世界にのみ存在していることをしっかりと確認して、もとあった幸せな自分、喜びの自分を呼び起こしましょう。


794)  ゆったりと楽しんで喜びとともに瞑想をしていきましょう。継続していきましょう。何があってもなくても、淡々と瞑想、思いを田池留吉、アルバートに向けていこうとする瞑想を繰り返ししてください。自然にそうなっていくことが幸せなことだと思います。
肉体が無くなってもあるんだから、肉体がある今、どう存在していけばいいのか、何が本当に必要なのか、真剣に自分に聞いてください。

795)  「あんた、幸せか。」田池先生にこれまで何度か唐突に聞かれたことがありました。そして、いつの頃からか、私は自分に尋ねるようになっていました。「あなた、幸せですか。」ふとした時、そう尋ねています。幸せや喜び、温もりを自分の外に求め探し続けてきた過去を引きずりながら、そうではないと自分に伝えていく難しさを実感する中で、それでもそんな自分の背中を押す問いかけでした。「こっちやで」その道しるべの優しさと厳しさに触れさせていただいたことを大切にして、やるべきことをきちんとやっていこうと思う日々です。

796)  アルバートの波動を待ち侘びてきた意識、私は毎日の瞑想の中で繰り返し確認、実感しています。満を持して今の肉体を持ち、そしてアルバートの波動と出会うということでした。意識の流れはきちんとそれを実行して、そして250年後の肉にという計画です。どこにそんな根拠があるのかと問いただされても、あなたの心で感じてください、知ってくださいとしか答えることはできません。心で分かっていくしかありません。意識の流れはどなたの心にも必ず響いてくるものなんです。だからそれを自分の心で明かしていけばいいんです。心に響いてくれば、瞑想は楽しいし、ありがたいし、嬉しい、喜びです。
田池留吉、アルバート、お母さんと呼べる、そして宇宙を思える、こんな幸せはありません。


797)  心で感じ気付いた方から実践です。自分の中の変革の実践です。周りの人達に学びのことについて説法するのではなくて、自分の心で感じた自分の間違いにどのように接しているか、学びのことについて話し合うならば、まずそれです。そしてそこには上下関係はありません。上から下、下から上の繋がりは全く違っています。
何をどのように感じようとも、自分の中心棒がなければどうしようもありません。真っ直ぐに田池留吉を思えるか、素直に真っ直ぐにともにという喜びを深く大きく広げているか、そこへいつも戻ってください。絶対評価をくれぐれも忘れないようにしましょう。


798)  さあ今日も元気よく気持ちよく前向きに瞑想をしましょう。身体も適度に動かしてください。身体の筋を無理しない程度に伸ばし身近な運動として歩くようにしましょう。満開の桜を愛でながらふっと思う。買い物をしながらふっと思う。ありふれた日常の中で、ふっ、ふっと思いながら、そして一日の終わりにふうっと思う時間を持つ。
私はこれで充分幸せを感じています。あなたも、帰っていくところ、戻っていくところ、見つけてください。見つけたあなたなら、幸せ、喜びは揺らがないはずです。違いますか。


799)  目を疑い耳を疑うようなニュースが日常茶飯事に報道されています。むごたらしく他力のエネルギーに凝り固まったどうしようもない私達の意識の世界が形を示してくれています。天変地異と相まって次から次へと起こってきます。ですが、私達が見るのは自分の中です。針を中へ中へ向けていくことを丹念にやっていくだけです。
救いの手は自分に差し伸べてください。心で気付いた方から流れる波動、エネルギーが様々な現象を起こし、そしてともにの促しを続けていくのです。意識の流れがなせる業です。


800)  死後の自分、肉体がない自分の状態を瞑想の中で感じておられますか。肉体を持っている私達はいずれその肉体を置いていく時がきます。問題なのは、肉体を置いてすうっとその肉体から思いを離すことができないことです。
あなたは、肉体がない状態で何を思うか、何を思えるか、その辺りのことが曖昧模糊ではないですか。死後の自分の状態をしっかりと確認しながら、今という時を大切に、心を向けるということを真剣にやっていきましょう。


801)  日々の生活はお互い様ということで、できるだけスムーズに流していけばそれで済むことですが、自分の中の他力の神々を離すということはそうはいきません。自分で気付かない限り、自分が本当に間違ってきたと気付かない限り、どうにもなりません。離そうとしない自分の思いを認めしっかりと向き合う根気が必要です。
誰かの力を借りて、何かを支えにして頼りにして、自分の中の他力の神々を一掃できるなんていうことはないんです。膨らませ続けてきた他力の世界。ですが、そこから必ず抜け出してまいりましょう。


802)  思いを離せば楽になる身軽になると分かっていながら、離せない、こだわっていくというのが私達の常です。常だから仕方がないわけがなく、やはり徐々にそれぞれのこだわりから自分を解き放していくべきです。目に見えるところも、目に見えないところも、シンプルが一番です。複雑に絡まった人間関係、乱雑な生活空間、シンプルでない意識の世界の反映です。形を通して、シンプルな一直線の意識の世界に変えていこうと学んでいきましょう。

803)  シンプル、そう単純でいいんです。何もかもなるべくシンプル、単純に生きていきましょう。利害と損得で成り立っている中で生活をしていますが、それも程々にして、つまり軽くタッチするだけにしておきましょう。そういうことよりも、本分を忘れずにやっていくことにエネルギーを注いでください。ふと見れば生活は整っているから、あら不思議となってきます。そして、ああそうだ、これって不思議でも何でもないんだ、ああこういうことだったんだと、本当に頷けるはずです。
頭の回転がよくてうまく人生を乗り切っているかのように見えても、意識の流れに逆流していれば、それは必ず自らの間違いに警笛を鳴らしてくれます。鳴らし続けてくれます。それはなぜだか分かりますか。

804)  桜ももう終わり、今はツツジが綺麗です。皆さんのところはどうですか。青葉若葉を目にしながら、風を感じながら、散策やっていますか。そろそろ身体を動かせば汗する季節を迎えます。それぞれの生活の中で、一定のリズムを刻みながら、心も身体も伸び伸びとして、前向きに喜んで瞑想を続けていきましょう。
生まれてきたこと、産んでもらったこと、そして心を見ることを伝えてもらったことに思いを馳せていけば、どんなに幸せな自分達であるか心に響いてくるはずです。
思える喜びを何度も何度も味わってください。味わい尽くせるものではないから、それがまた喜びなんです。

805)  全部、一人芝居でした。自分の中を引っかき回すものを特定して敵だと総攻撃をかける。それがいつの間にか苦しみではなくて快感になっていく。攻撃と破壊のエネルギーに酔いしれてしまう。そして、それは美酒ではなくて泥水でした。こんな転生を数限りなく積み上げ、ようやく、あなたが闘ってきたものはこれですよと知らされました。影と闘い、鏡に映った自分と闘い、本当に滑稽を通り越して哀しいまでに愚かでした。
真っ直ぐに伝えてくれた田池留吉の意識の世界。ありがとう。アルバートの波動に触れさせていただいたから、私はもう大丈夫です。ともに歩みます。

806)  くそ田池、そしてありがとう田池留吉。瞑想の喜びと幸せを感じていますか。一体化したアマテラスが愛しいですか。アルバートと呼ぶことが何とも言えずに嬉しいでしょうか。体力、気力の続く限り、どうぞセミナー会場に学びの場に、あなたの肉を運ぶようになさってください。自分の流してきた思い、エネルギーを確認して、これからの自分のあり方、行き先をしっかりと見定めていきましょう。次元移行の呼び掛けに必ず呼応すると自分の中に確信を持てるような学び方をしてください。

807)  学びをするにあたって強制されるものではないし、義務でするものでもありません。どう生きていこうがそれぞれが決めていくことだし、もちろん何に重きを置いて何を選択していくかもみんな自由です。そして、その結果もみんな自分に返ってきます。必ず返ってきます。どう返ってくるか、何を通じて返ってくるか、千差万別です。
ただ、共通なのは返ってくるものは自分の発した思いです。形ではありません。現象ではありません。返ってきたものを自分の心が、意識の世界がどのように受け止めていくかだけです。形、現象はマイナスでもそこから何かに気付き喜びが溢れ出せばそれで○です。形、現象がいわゆるプラスであっても、不平不満、欲、そびえ立つエネルギーを発すれば×です。すべては思いの世界。すべては自分から流れる波動の問題です。

808)  どう生きていけばいいのか本当のところ分からずに、果たしてこれでよかったのかと自問自答しても一点の曇りもない心境にはなれずに、結局は誤魔化し続けてきたけれど、本当に今世は違っていました。こんなに明確に真っ直ぐに回答を伝えてくれました。本当に信じられる絶対に変わらない道しるべを見つけられたことが私のすべてでした。迷うことなく進んでいけばそれでいい。安心感の中で確実に喜びが広がっていきます。形のないものに託する喜びと安心感を初めて知りました。

809)  自分の心の中の切なる思いにじっと心を傾け、それを確実に遂行していくには確かに何点かの条件があります。そのひとつはお金です。多くは要らないけれど、安定した生活を送るお金は確保する必要があるでしょう。ローンがあったりお金のやりくりに毎月苦労するというところでは、現実問題として学びに心が向かないと思います。神を心から離す難しさもさることながら、お金について自分の心が思いがどの程度関わっているのか、お金中心主義の世の中にありながら、学びをしっかりと継続していく難しさにも直面されているのではないでしょうか。

810)  頭で色々と考えて策を練って思いを巡らせて何とかなっていくというのが、形の世界の常識かもしれませんが、意識の世界はそうはいきません。シンプルだけに難しいです。一点が違えばみんな違う、これの代用にあれを使うことは通用しない、その他形の世界で大丈夫だったものがそうではないと知るまで、相当時間を要します。心にこびりついている他力のエネルギー。本当に一体化しています。それでも中からどんどん起こってくる、溢れてくる思いは現にあるのだから、懲りずに投げ出さずに真摯にやっていきましょう。喜びで思いを感じていく、感じていける、それが喜びなのだから。

811)  シンプルに生きること、シンプルに生活をすること、意地を通して流れに淀みを作らないこと、愚かな肉に言い聞かせています。うまく立ち回ったとしても、結果ひずみが生じて、スムーズな流れになりません。正しい瞑想をしていくほどに、意識の流れのすごさ、正確さを感じます。肉のあれこれ、すべて意識の世界からの計らいなんだと実感する体験をここ数カ月の間にさせていただきました。思う、心を向けるすごさを体感します。

812)  学びを進めていくにつれて、今世の締めくくりをきちんとしようという思いが強くなっていきます。形のあるものしか信じられなかった、信じようとしなかった私ですが、本当に今世すごい心の体験があって、思える喜びと幸せ、安心感が現実のものとして、私の中に根付いています。
瞑想をするということが生活の中で当たり前となっていることが、肉、肉で生きてきた私には大変な変化です。大きな転換期を経て、今、病室にて、最後は愛を思う瞑想をと言ってくれた田池先生の言葉を思い起こしています。思いをしっかりと受け止めていくことを自分に伝えています。

813)  先週末から志摩に来ています。志摩でのパソコン設定も整い、これから段々に志摩から発信していきます。大阪、上町台地も私にとって意味ある場所ですが、もちろんここ志摩も本当にそうです。大阪の街中ではうぐいすの声など縁遠いですが、ここではしきりにさえずってくれています。緑を目にして静かな環境の中で、ゆっくりとゆったりと思う時間を持つ、最高の幸せ、贅沢だと思います。先日のUTAホール志摩での勉強会で初めて伊勢神宮に向けての瞑想をさせていただきました。これからです。ともにアマテラスの供養を楽しんでしていきましょう。アマテラス、それは喜び。遠い遠い過去からの約束を果たしていきましょう。

814)  ゴールデンウィークが始まり、色々と計画されている方もあるでしょう。生活を楽しみながら、だけどそれも肝心なことを飛ばしては成立しません。何がなくてもこれだけはというところをしっかりと押さえて、それぞれの生活を楽しんでください。
心も身体もリラックスして、思える喜びを何度も味わっていく、そんな素晴らしい環境が出来ていれば、それこそ人生幸せです。お金など程々にあればそれでいいし、もうこれといって欲しいものはないでしょう。何よりも思いを馳せる喜びと幸せを知ったなら、お分かりいただけると思います。

815)  生活のリズムが乱れていませんか。身体を酷使している、心を酷使している、その反対にぐうたらな生活をしている、該当するならば、早急に改善されるべきでしょう。また、寝られない人、食べられない人は、まず病院に行ってください。寝れて食べれる状態にしてください。
生活は普通でいいんです。夜寝て朝起きて食事をきちんと取って、適当に身体を動かして身の回りを清潔にして、それだけできていれば肉の準備はOKです。あとは学びにエネルギーを注いでいきましょう。心や身体が忙し過ぎて、あるいは暇過ぎて疲れている状態では、学びにエネルギーを注いでいくことはできません。


816)  学びで伝えてもらったことを実践していけば、自分の心が楽になります。軽くなります。元々幸せだったことを感じ、己の馬鹿さ加減が浮き彫りになってきます。無駄な抵抗は止めにして、ただ素直に本当の意味で馬鹿になることが実は本当の賢さだと分かります。
田池留吉、アルバートを思っていればいいということ。喜びで思っていますかということ。思う先には何もないということ。あなたの中で実践を通して学び続けていきましょう。


817)  不平、不満、愚痴、文句、そしてイライラや怒り、妬み、不安や恐怖、寂しさ、支配欲、暗い思いはまだまだあるでしょうが、どの程度弱く薄くなっていますか。
瞬間出すエネルギーをしっかりと確認してください。どんなに穏やかな日々であっても、どこかで必ず自分のエネルギーを確認する場、瞬間が用意されています。自分を学ぶために肉を持っているのだから、それは喜ばしいことです。
心の底から湧いて出てくる喜びのエネルギーを知っていったならば、そういうことも、ああいうことも、ちっぽけな世界のことだと自然になってきます。瞬間出すエネルギーは、その瞬間ありがとうに変わっていく、この体験を積み重ねていきましょう。

818)  神や金で幸せになれると思ってきたのは哀しい錯覚でした。闘うことをどうしても止められなかった。神のパワーで金のパワーで牛耳り君臨し続ける思いの連鎖を断ち切る勇気がありませんでした。闘い続けて一番傷ついたのは自分自身でした。帰ってきなさいという厳しくも温かい広い波動に出会わせていただいて、ようやくそう思えました。中心棒の確立を実感しているから、あと残骸の撤去を喜んで進めていけるというところです。神や金に狂い続けてきた自分を感じることが喜びとなっています。ともに帰れる確信があるからです。遠い過去よりずっと闘い続けてきたあなたはどうですか。

819)  和歌山スカイプ瞑想会、ありがとうございました。学び始める前に何回か訪れていたことを思い出させてくれました。熊野古道、那智の滝、青岸渡寺、瀞八丁・・・、懐かしさとともに学びに触れるということは本当にすごいことなんだと思いました。知らなかったでは済まされない愚かなことを懲りもせずにやってきたんだと思いました。
龍神、修験、そんな言葉が出てきて地域で学ばれている方達の大変さが伝わってきました。ですが、学びに触れた今世を境にして変わっていかなければならないことをそれぞれの心で温めていってください。


820)  今はどんなに苦しくても、そして学んでいくことに難しさ、大変さを感じても、諦めたり、投げ出したりしないでください。放棄する、逃げる、後悔しか残りません。自分を自分で葬り去ることは二度としないと、それぞれの心で自分に誓ってきたことを思い出していきましょう。
思い出していくようにいくように、自分をいざなっているんです。そんな中にあることが微かでも心に響いてくれば、それはもう本当に嬉しいはずです。ただ、目を開ければ、微かな思いだから濁流にかき消されていくでしょう。だから、瞑想をする時間を持つんです。瞑想をする時間を持つといっても、それを継続していくことに対して、自分の中に色々な思いが出てきます。やってみれば分かります。自分を愛へいざなう自分がある一方で、それを阻止する自分もまた現にある、その綱引き状態がどれだけ続いていくか、そういうことだと思います。そこから半歩、一歩抜け出せるかどうか、分かれ道です。自分次第です。


821)  本当の意味で賢い人は学びに触れたことを無駄にしません。学んでいくほどに今を千載一遇のチャンスととらえ、それを自分に用意してきたことを心から喜べます。中心棒の確立に勤しみます。田池留吉を思う瞑想をしていけば宇宙が心に響きます。アルバートと心の底から呼んでいる自分を感じます。どんなに出会いたかったか、ここに触れていけば、思いを向ける大切さと喜びが倍増します。アルバートと呼べる喜びを満喫しながら、次元を超えていくことも自分の中に伝わってきます。響き合う喜びの中に喜びが大きくなって、出会いをありがとうとなってくるでしょう。

822)  あと数日で志摩セミナーです。組表も出来上がって全員参加の現象、ともに瞑想をするのを楽しみにしています。心と身体をゆったりとリラックスして楽しんでください。二泊三日の時間が用意されていることを喜んでいきましょう。何が自分にとって一番大切で幸せなことなのか、ゆったりと静かに喜びで心を馳せる時間と空間を満喫できることだと私は思っています。思う喜び、思える喜びだけが決して消えることがないものだからです。ともにある喜びをどうぞあなたも味わってみてください。

823)  生半可なものではないんです、私達が作り続けてきた他力の世界は。しかし、今世を境にして次元移行へ向けて宇宙が動き出しているということは確かだから、その意識の流れに逆流する流れ、つまり私達が作り続けてきた他力の世界は、色々な形を通して促しを受け続けます。それは愛しかないからです。助けてくれ、救ってくれ、何とかしろの声、思いは意識の流れの中にかき消されていきます。ということはどういうことになるのでしょうか。宇宙のもくずということを思い起こしてください。
このようにお伝えすれば、厳しさだけしか伝わってこないという方もあると思いますが、本当に本当にそうなのでしょうか。本当の愛を知らない心にはそうかもしれません。あなたの心が冷た過ぎるのではないでしょうか。


824)  毎日、楽しんでいますか。今の自分を喜んで感じていますか。苦しんだり悩んだり嘆いたり、全部全部間違っています。生きていれば色々とあるから、だから苦しんだり悩んだり嘆いたりぶつぶつ言っていいということにはなりません。全部全部間違ってきたんです。これは正しいと思ってきたことも全部です。そこからスタートしないと、根本的に何も変わらないでしょう。だから、ちょっと喜びを感じても、いいえかえって喜びを感じて後戻りすることも結構多いのです。なかなか中心棒の確立は難しいというのが現実ではないでしょうか。本当にこの道を進んでいけば、幸せとはどういうことなのか、喜びとはどういうことなのか、はっきりと感じます。自分で明かしてください。

825)  何はなくとも喜んでいきましょう。私達に真実を波動で伝えてくれた田池留吉の思いを、決して忘れないでください。何も分からずに彷徨い続け、狂い続け苦しみ続けてきた私達に、本当のことを伝えてくれたんです。なかなかスムーズに自分の中で受け止めていけないかもしれません。綱引き状態から抜け出していくのは大変かもしれません。ですが、真摯な思いで瞑想を継続していくことです。まだまだブラックの方向に自分を引きずってしまう力のほうが強いかと思いますが、それでもいつも自分はなぜ生まれてきたのかという原点に立ち戻ってみてください。

826)  体力、気力の続く限り、セミナー参加を積極的に。穏やかに幸せに過ごしていても、自分の中のエネルギーを知って感じて、そして自分の本当に戻っていくところを心で分からない限り、絶対に幸せにはなれません。偽物の自分しか知らない状態で幸せや喜びなど分かるはずがないんです。そんな当たり前のことがもう分からなくなってしまった、それほど愚かな状態になり果ててしまったことを、あなたはいったいどのように思っておられますか。自分を見誤ってきた愚かさを知っていきましょう。

827)  これから益々他力のエネルギーの凄さを、みんな生活の随所で感じていくでしょう。意識の流れのその流れはゆったりと流れていますが、中は猛スピードで促し続けています。奥深くに沈み眠っている他力のエネルギーを根こそぎあぶり出していくのがこれから300年の転生です。
生半可なものではないことを徹底的に知らしめる流れです。厳しい、険しいことですが、それこそが愛なんだと思います。次元移行のメッセージを伝えにきてくれた意識の世界とともにある喜びだけ、それだけを信じて必ず約束を果たしてください。

828)  学びは修行ではないのだから、生活は楽しんでいけばいいんです。ただ、あなたも感じておられるように、本当の肉の喜び幸せは、楽しい瞑想があって、嬉しい瞑想があって、思う喜び思える幸せを確立してこそのものです。肉の喜び幸せは単独のものではないんです。本当はそれだけでは成り立ちません。その喜び幸せは欲、不安恐怖とひも付きだからです。だから単独のそれらは偽物ということになるでしょう。意識の世界については言うまでもありませんが、肉の喜び幸せも本物を感じてください。感じていける手ほどきを私達は受けているのです。

829)  しているか、していないか。そして、できるか、できないか。それはありますが、こうしていくですよ、こちらに心の針を向けるんですよ、自分の外には回答はありませんよと、私達は知っています。それぞれの頭を通しました。それは肉のある間は有効です。活かしていくかはそれぞれが決めていくことです。さらに有効期限を超えて活用していけるように学びを進めていくかも、それぞれの問題です。要するに、すべてが自分次第。こんな分かりやすいことはないでしょう。すべてに公平です。

830)  ゆったりとした時間が流れていく、それは日常の何よりのご馳走です。贅沢です。こっくりこっくり居眠りをするのもいい、ぼぉーとテレビを見ているのもいい、とにかくゆったりと時間を過ごすことです。そして、ゆったりと流れる時間の中に肉を置き、今を喜んでいきましょう。60歳を過ぎても、時間に追われ、あちらこちらに心の針、アンテナを張り巡らせなければならない人生はどうかと思います。そんな貧しい人生とはさようならして、今を喜ぶ心を思い出していきましょう。

831)  繰り返し自分に問い続けても返ってくる答えはいつも同じです。
私達はあの宇宙に帰るしかないんです。それは私達が自分と約束してきたこと。だから、そのために地球上に転生を繰り返してきたんです。何度も数え切れないチャンスを自分に用意して、それでも全く気付けなかった。自分の本当の姿に気付けなかった。それでいよいよ、いよいよということで、田池留吉、アルバートの意識の世界から肉という形を持って、私達の肉を通して伝えにきてくれたのです。
意識の流れ、その流れは滔々として流れていることに、瞑想をするたびに感じます。もう戻っていくしかない。帰れるところを伝えにきてくれたから、もう戻っていくしかないんです。とても嬉しいです。やっと、やっと、出会えた私達の思い。それを素直に真っ直ぐに受け取っていくように促されました。私の田池留吉との肉を伴う学びの時間はそれに尽きます。信じて待ってくれていた確かな思い。その波動の中にひとつになって溶け合っていくことが私の道です。私達の道です。
瞑想を繰り返し、瞑想の純度を高め、ともに心をひとつにして歩いてまいりましょう。


832)  素直に真摯に淡々と継続して学んでいけば、どなたもやがて自分で明かしていくことになるでしょう。自分が自分の証し人になっていけばいいんです。
目を開けて生活をしている私は特段変わったところはない。することも言うことも特段何も変わらない。だけど、私は私の意識の世界が田池留吉、アルバートに通じていると心で知った。だから私の意識の世界は格段に変わった。ともにひとつを本当に喜べる私に変わった。母の温もりの中に私はあったことを知った。伝えていただいた通りでした。その肉も今はないけれど、通じ合える世界が確かにあります。すごいことだと思う。肉、形の世界の意味を改めて思う。心で感じる大切さ、喜びを改めて思う。田池留吉、アルバートを本当に心から呼べる幸せを思う。
ありがとう、ありがとうと私は私に伝えている。心からありがとうと。苦しく暗い宇宙が変わっていくことを喜びで思いましょう。間違ってきたことを心から知っていきましょう。


833)  今、自分がここにあることを本当の意味で知っていくことが喜びなんです。どんなに嬉しいか、どんなに幸せか、それはそうなればみんな絶対にそう思います。自分の本当の姿、真実を心に垣間見れるだけで変わってくるんです。垣間見るだけですよ。そうすればそれをさらにどんどん感じ広げて深めていこうと自然に思えます。そこには、もちろん欲などありません。ただただ嬉しいだけだからです。ありがたいだけだからです。ありがとうが響き伝わってくる中にあることを知っていく人生なんて、本当に素晴らしいと思いませんか。それを夫婦、親子、兄弟姉妹、その他学びの友と共有する人生にしてください。

834)  どんな時もまず田池留吉、アルバートです。一瞬でいいんです。ふっと思うだけ。心に伝わる波動、エネルギーを確認。
「みんなひとつです。喜びです。私を思いなさい。思うことが喜びです。」そんな思いをどんどん受け取っていきましょう。田池留吉、アルバートの波動はどんどん流れています。遮ったり、堰き止めたりしているのは、肉を本物とする思いです。それを弱めていけば、心にどんどん染み渡ってくるでしょう。母の思いの中に私達はありました。どんな時も母の温もりを忘れてはなりません。決してもう忘れることはあってはならないんです。
セミナー会場で心で感じてください。正しい瞑想をして自分の間違いに自分の心で気付いてください。学びの友からの反省文の一部を掲載します。
「暗黒の宇宙を作り上げてきたのは私だったのだと、実感します。初めに愛があったのに、温もりを捨て愛を信じられなくなった私の心をどんどん膨らませていきました。
そして宇宙にさまよう肉体を持たない意識に向けてきた冷たい思い、私の心が作り出し、その宇宙の中でどんなに叫んでも私の心には届かなかったこと。耳を塞ぎ、心に蓋をして破壊だけをし続けてきたのが、これまでの私です。こんなにも冷たかった、だから何もかも間違っていた、間違いしかしてこなかった。ああだから私は、どんなに心が叫んでいても、その叫びを聞き入れることができなかったんだ。苦しいと、寂しいと訴えるその思いとも戦い続けてきた。セミナーでの宇宙を思う瞑想の時、私はどうしてこれまで一度も、温もりに帰ろうと自分に思えなかったのだろう、どうしてもそう思えなかった。思いたい、思おうとも思っていなかった自分を感じました。
ただただともに帰ろう、温もりに帰ろうと自分を思うことが、どうしてもできなかった。その思いに対して反発し、拒否し、逃げ続けてきた。それが私の現実だった。戦い続け、殺し続けてきたこれこそが、この世界こそが自分の世界だと信じて疑わなかったから、そうやって生きてきたのだと今までを振り返っています。本当のことを知らなかった、本当の世界を知らなかった私が、今、自分がどれだけ間違い続けてきたのかと思うとき、何とも何とも言えない思いを感じます。初めて温もりに帰りたいと、一緒に温もりに向けていこう、帰ろうと、自分に思える瞬間がどれだけ嬉しいのか。自分の心が安心します。ほっとしています。今までの自分は全部全部真っ黒な偽物だったんだ、私は全部間違っていのだと思えば思うほど、本当の自分に帰れるこれからだと思えることが、本当に楽になる、何とも言えなく心地いい瞬間があります。
頑張って頑張って我一番と、絶対に崩すものかと闘い続けることを止めていける、自分が崩れていくことは本当の自分との出会いがあるということ。本当の自分ってどんな存在なんだろうって、自分との出会いにワクワクしています。
待って待ってくれている肉を持たない意識達、自分自身、その思いと固い約束を交わし、生まれてきたこと、今世この日本に肉体を持たせていただいた、そして田池留吉との出会いがあったことが、本当にどれだけすごいことだったのか、約束を思うとき、宇宙に思いを向けるほどに、田池留吉という意識との出会いがどれだけ大きなことだったのか、すべての意識が切望してきたことだったのか。本当に頭ではわかりません。頭ではわからない、瞑想でしか本当のことは分からないのだと自分が自分に教えてくれます。苦しいから出てくるなと足蹴にして一番逃げてきた自分の中のくそったれ、真っ黒なエネルギーが、温もりの方向へ自分を方向転換させてくれる。私は苦しんでいる自分を、自分を苦しめる相手を、ただただ憎んできました。でもその真っ黒な自分こそが、本当の自分との出会いを伝えてくれているなんて、全く思えなかったです。でも今、嬉しいです。そういう心の体験が嬉しいです。
最近、喜びを感じる瞬間が一つひとつと増えてきました。前回のセミナーでの体験もまた、その一つです。香世さんに異語で語り掛けてもらった時に感じた喜びが、いつの間にか自分の中から田池留吉という思いに変わっていって、何度も思えば思うほど中からエネルギーが突き上げて、よくわからなかったけれど「田池留吉」って、何度も心が叫んでいました。驚きましたが、嬉しかったです。フッと、そしてポッと生まれる何とも言えない嬉しさ、大きな喜び、一つひとつの体験をかみしめながら、この喜びを大切にしていきます。その思いを、たくさんの自分が待っている。嬉しいです。ありがとうございます。」

835)  アルバートと心の底から呼べる、呼びたくなる遙か彼方からの熱い嬉しいと出会いましたか。出会っていますか。
アルバートと出会いたくて、出会いたくて、そして長き転生の結果、ようやくそれが実現できたことを私は本当に嬉しいです。アルバートと呼べる今、こんなに嬉しいことはありません。私が今世肉を持ってきた意味、大切さが心に伝わってきます。田池留吉の意識の世界をその肉とともに学ばせていただいた幸せは本当に私の宝物です。
波動を伝えてくれ、待ち続けてくれていた思いを伝えてくれて、信じてくれていた確かな思いをしっかりと受け取りました。心の針を向け合わせていくだけだったんです。田池留吉、アルバートと思いを向ける喜びは尽きることはありません。


836)  第7回NPO法人UTAの輪セミナーの参加者名簿をいただき、組表の作成をしています。懐かしいお名前もあります。来る者拒まず去る者追わずと田池先生がおっしゃっていたし、私も学びの基本姿勢だと思います。ただ、どなたも学びの動機の確認は必要です。全部と言ってもいいほど動機が違っていますので、その修正が絶対条件です。最初の第一歩が違っていれば、あとは全部ずれていきます。そのずれ、歪みの修正に時間とエネルギーを割いてください。そしてその修正の唯一のポイントが母に使ってきた思い、エネルギーです。つまりは母の反省です。母の反省とは温もりに徹底抗戦してきた思いを自分の中で確認して修正していくことです。温もりを足蹴にしていては、軌道修正は不可能です。

837)  一人ひとりが背負っている背景があります。同じ現象を体験しても、見方、考え方、思い方微妙に違います。違っていていいのです。違っていて当然です。大事なのは、いつも自分の中に思いを戻していく、つまり自分の心の針の向け先の確認だけです。現象云々に重点を置くのではないということです。
あと、自分で決断したことはきちんと責任を取っていきましょう。色々とアドバイスを受けてという場合もありますが、最後決断したのは自分です。あの人が言ったから、ここにこう書いてあったから、それは責任転嫁です。自分で決めたことは自分で背負っていかなければなりません。


838)  本当の意味で賢い、賢明でなければ学びを継続していくことができません。みんな自分は賢いと思っています。だけど、本当に賢いとは意識の転回にただひたすら努めていこうとする人です。真摯さ、素直さが欠落して頭優先では、自分が本当にしたい、しようと思ってきた学びがままなりません。自分の中で自分を操っているエネルギーを確認して、真摯に、そして素直に自分の過ちに気付いていきましょう。操っているのは自分です。自作自演、そのことに気付いていけば、案外道は見えてきます。

839)  肉にまみれ、肉一辺倒で己を掲げてきた意識だけれど、ともに行こう、あなたは愛ですよと伝えてくれた思い、波動は決して消え去ることはありません。日々の瞑想でひとつを心で確認。自分の中にともに帰る道を伝えていくことに専心。伝えてくれた波動、宇宙の波動。愛の波動。もう後戻りすることはない。もう彷徨い沈んでいくことはない。それほどのものを私達は肉を通して伝えていただいたのです。と私は心から思っていますが、あなたはどうですか。思いを向け、自分の中の修正に取り組み、心の叫びを温もりへ喜びへいざなっていきましょう。

840)  真実はひとつ。本当のことはたったひとつだから、どんな持論で抗っても所詮は空しい結果になります。意識の流れの中に淘汰されていきます。それは自然なことなんです。意識の世界に肉は一切通用しません。温もり、喜び、広がりと言っても基盤が違えば違うのです。どこがどう違うのか、それはそれぞれの心で正しい瞑想を重ねていけば、あなたの心が納得するんです。極端な言い方をすれば、本当に心を見て、自分の心の針の向け先をしっかりと定めていこうと思えたならば、肉は取り立てて何もしなくても、その思いがエネルギーが仕事をしていきます。宇宙、意識の世界は今そのように動いているからです。

841)  自分の本当の姿を見誤り、人生の目的を全く取り違えてきても、それは仕方がなかったんです。これまでの転生は仕方がなかったんです。しかし、それはこれからは通用しません。はっきりとメッセージが届いたからです。そして、確かに受け取りましたと返したからです。意識の世界の交信はしっかりと明確に行われました。それは着実に現象化していきます。意識の流れです。明確に伝えていただいた意識の流れ。その流れに逆流する流れの崩壊は、本当にものの見事です。その瞬間何を思うか、何を思えるか、心の針を向ける合わせるとはそういうことだと思います。

842)  明日、大阪市在住の方達とスカイプを通してともに瞑想をさせていただきます。会場がある辺りは田池先生の講話にも何度か登場しました。私も自宅から近いので直接会場にとも思いましたが、スカイプ瞑想会ということなので従来通りにします。そして明後日は琵琶湖セミナーです。現象の組表の作成も終わりました。ともに瞑想そして、ともにふるさとを元気よく嬉しい思いで歌いたいと思っています。

843)  年齢を重ねていけば、頭も身体もその機能は段々に衰えてもくるだろうし、肉体細胞に少なからず異変が起こってくる場合もあります。それはそれで肉体細胞の思いを自分なりに受け止めて、その思いとともにその思いに沿って存在していきましょう。
波動が心に響いてくることを私達は学んでいます。すべては波動です。響いてくる伝わってくる波動により、自分の間違いにそして自分の愚かさに気付いていく、気付いていけるようになりましょう。「初めから私はあなたの中にありました。」波動で受け取りそれを信じられるようになってください。


844)  肉の終わるその瞬間まで自分の決めてきたことを見失わずに、自分に誠実に真摯に学んでいきましょう。もちろん、肉がなくてもと言いたいけれども、それぞれみんなその厳しさ難しさは感じておられるでしょうから、あえてそこまでは言いません。だから肉を持っている間にしっかりとやるべきことをやってください。250年後に必ず自分を繋いでいくという強い思いを育ててください。欲ではなくて純で強い思いです。しっかりと田池留吉を思い、伝えてくれた思いに誠心誠意応えていきましょう。

845)  あなたの中の嬉しい思い、喜びを信じてください。セミナー会場でともに歌うふるさとの現象でそれを引き出していきます。素直になって自分の中が喜びで飛び跳ねていることを感じてください。私は伝えます。「ともに行こう。あなたもそしてあなたも。私達はともに次元を超えていきましょう。私達は宇宙からの仲間です。ともに苦しんできたけれど、今、今、私達はようやくあの宇宙に帰れるんだよ。嬉しいね、嬉しいね。お母さん、ありがとう。」私はそんな思いをふるさとのメロディに乗せて異語で語ります。本当に嬉しい時間と空間をありがとう。私は本当に嬉しいです。この現象は、田池留吉の肉とともに汗と涙でびしょびしょになったあの時の私に戻してくれます。本当に嬉しかった。弾けるような喜びを宇宙にどんどん流してまいります。

846)  意識の流れの顕在化とともに学びは進化します。学びの灯りをポッと灯してくださった田池先生のご苦労を思います。肉でガチガチの心、意識の世界に染み入るように、繰り返し、繰り返し、伝えていただきました。限りなく広がり続いていく意識の世界、田池留吉、アルバートの世界です。
田池留吉の意識の世界はある仕事をするために肉という形を持ったのでした。地獄の奥底から肉を持ってきた私達とは仕事の内容が違います。そして田池留吉という肉を持つことによってする仕事はきちんと遂行されました。だから、今は肉がない状態です。その状態でもちろん意識の流れは仕事をします。そのような中で学び、セミナーが行われている意味を心で感じてみてください。

847)  「ともに歩みを」「ともにあります」素直に喜んで受けていけるかどうかだけのことなんです。どなたの中にも響き伝わっているメッセージです。
信じているかいないか、信じられる状態であるかそうでないか、いつも絶えず検証してください。あなたはあなたの人生を大切にしてください。あなたはあなたを大切にしてください。これは決して自己中心ではありません。正しい瞑想をしてください。自分の心で分かります。人生の本当の目的を遂行していきましょう。そして、自分との約束を思い出し、しっかりと果たしていきましょう。それが喜び、喜びの人生です。自分の心で証明できます。


848)  人生の本当の目的、心で分かってそして淡々と実践している人ほど幸せな人はいないと思います。もちろんそういう人は瞑想をする喜びを知っています。瞑想ができる今を喜んで楽しんでいます。生活はそれなりに整い、心を見せてくれる学びの友がいます。一人であっても孤独は感じておられないでしょう。
人生の本当の目的、あなたは心で分かっておられますか。肉を持つ限りある時間、自分を大切にそして本当の喜び人生の時間としていきましょう。

849)  目を通して入ってくる映像、耳を通して入ってくる音声により、人間の愚かな所業を確認し、自分の中のエネルギーを確認し、肉基盤で生きてきたことを確認し、その現実から目を逸らすのではなくて、確認してその思いとともに瞑想です。間違い続け狂い続けてきた心の叫びに触れていけばいくほどに、嬉しさが喜びが広がっていきます。間違い続けてきたからこそ、狂い続けてきたからこそ分かるんです。思える喜びを知ったことがどんなに幸せなことなのかということが。
田池留吉、アルバートと呼べる、思える、委ねていける幸せは、地獄の奥底の底の底で苦しみ続けてきたからこそ、感じられる幸せ、喜び、温もりです。
自分の外に求め続けてきた愚かさを実感してください。自分の中にあったことを実感してください。

850)  学ぶ人はどんどん自分の歩みを前に前に進めていってください。学びに触れるということは、今世で言えば、本に出会うとか、セミナーに参加するとか形はそうでしょう。それは今世の場合です。今世、学びに触れた人達は、そういう形で自分の歩みを確認する計画を立ててきました。ただそれはあくまで計画でありまして、計画通り遂行していくかどうかという課題がそれぞれにあります。
一方、これからの転生を経て次元移行の意識の流れに目覚める意識もあります。本があるわけでもなく、セミナーがあるわけでもないけれど、とにかく意識の世界の扉が開いていくんです。それほどこれからの転生は激動の瞬間、瞬間を体験するということでしょう。
宇宙が動くということはそういうことです。到底頭の範疇でありません。

851)  自分の中に母の温もりの確立を。母の温もりの中にあった自分をまず思い出し蘇らせていく作業を怠りなく。
そして、母の温もりをしっかりと心で感じられたならば、どんどん宇宙を思って瞑想です。苦しく辛く冷たく孤独で恐怖いっぱいの宇宙をどんどん感じて、そしてともに帰ろうと呼び掛ける喜びを広げてください。宇宙を思う瞑想は、限りなく意識の世界を広げてくれます。感じるエネルギーのすごさは半端ではありませんが、その分受け止めていける喜びも半端ではありません。ただし、それは自分の中の母の温もりの確立があればのことです。不用意にそして欲だけで瞑想をすれば、それは必ず自分に返ってきます。どうぞ、自己責任のもとで、瞑想を楽しんでください。

852)  正しい瞑想ができるようになって、自分の中でどんどん実践していくことが学びの本筋ですが、その最初の正しい瞑想で躓けば、学びの本筋どころの話ではありません。たとえばそういう人は、「意識の流れ  増補改訂版」一冊でさえ繰り返し読んでいません。斜め読みして読みましたということになっています。
今、ポッドキャストで「宇宙の風」を不定期に朗読させていただいていますが、この本にいたっては目さえ通していない人達が、案外学びの年月の長い人達の中にいるのではないでしょうか。近々、その「宇宙の風」は少々書き足したものが出版されますので、心新たにして何度も読み返してください。
本は何度も読んでください。熟読してください。その内容は決して薄っぺらなものではありません。

853)  次元移行という意識の流れを自分の中で遂行していく計画はそんな生半可なものではありません。今世を照準にして肉をもらってきた自分自身の思いは、瞑想で必ず心に伝わってきます。どんなにアルバートの波動と出会いたかったか心が伝えてきます。だから生半可な計画でない意識の流れを遂行していくという思いは決して失せません。田池留吉の肉を通して伝えてくれたアルバートの波動は本当に私の中で衝撃でした。心から突き上がってくるアルバートへの思いが、ぐいぐい引っ張っていっている、そんな感じです。ともに行こうの呼び掛け、嬉しく、嬉しく受けています。


854)  瞑想をする時間がゆったりと取れる環境、今がある人は、自分の今を喜んで受けてください。自分の中に思いを向けられるゆったりとした時間があることは、何よりもいいことです。思う喜び、思える喜びを心に本当に感じ始めれば、お分かりだと思います。あれが、これがと言っている間は、自分が生まれてきて今学びに繋がっている本当の喜び、幸せには、まだまだだと思います。あれも、これも結局はどうでもいいことなんです。自分が本当に望んできたことを果たしていくことが、やはり一番の幸せです。自分の持ち時間を大切にしましょう。田池留吉、アルバートに思いを馳せる喜びを堪能していきましょう。

855)  人それぞれです。たとえば、ひとつのことを繰り返し、繰り返しやっていても全くそれが苦痛にならない人もいれば、すぐに飽きてしまう、何か目先の変わったものに飛びついてしまう人もいます。どちらがどうということではありませんが、学びをしていくにあたっては、そういう肉の癖というものが左右していくでしょう。
みんな肉を持ちながら学ぶ難しさを実感、痛感しておられると思いますが、それでもそんなあなたを引っ張っていっているのは、いったい何なのでしょうか。これも人それぞれです。そこにも動機の修正に繋がるヒントが見え隠れしているのではないでしょうか。

856)  心で気付いた人から始めてください。心を向けていく方向が本当に間違ってきたと心で気付いたならば、それはもう言葉では言い表せられない嬉しさ、喜びを感じるでしょう。同時に安心感が広がっていきます。こうして存在していけばいいんだと伝わってきます。もちろん、それは世の中の流れとは違います。濁流、激流の凄さを感じるけれど、いっしょに流れていくとか、飲み込まれていくとか、そういう思い、危惧は無くなっています。
思いを向ける喜び、幸せだけが自分の中の現実なんだと、はっきりと心で感じられたならば、あと何が必要ですか。何も要らないことが分かります。何も要らないから求めないけれど、全部整えられているはずです。何を思うか、思えるか、これ一番大切です。


857)  「愛、心のふるさとへ帰ろう。」一人で瞑想をする時も、学びの友と瞑想する時も、瞑想の最後には必ずこのメッセージを自分の中に流してください。伝えてください。あなたの中からそれに呼応してくる思いがどんどん伝わってくる、響いてくると思います。瞑想は喜びで終えてください。心の中にモヤモヤを残したまま終わらずに、必ず母の温もりに心を向けて終えるようにしてください。
本当の自分の思いに素直に生きていきたい、生きていこう、自分との固い約束に触れていく瞑想の時間は、最高に幸せな時間です。何も信じられなかった、そんなあなただったのではないでしょうか。


858)  自分の心で感じる、感じたものを信じていく、素直に淡々と真摯に。学びを継続していくポイントとなるべき事柄は他にもあります。色々と自分で工夫してできる限り学んでいきましょう。迷い憂い苦しみ続けるのも自分です。自分の中の温もりと喜びを信じ、肉からの脱却を目指し愛だった自分だと確信していくのも自分です。
あなたは自分に何を伝えていますか。自分から何が伝わってきますか。あるのは自分の心、自分の意識の世界だけです。そうあなたは感じておられますか。

859)  助けてくれ、救ってくれ、何とかしてくれという思い。それはまさしく他力の思いであり、いくら叫んでも誰も助けにきてくれないし、何ともしてくれないということは、ちょっと学べば誰もが知っています。出してはならない、言ってはならないではなくて、自分の中から出る思いはどんどん出し、そして確認してください。それからそこから落ち込んだりするのではなくて、確認すればどんどんどんどん自分の中を見ていくんです。私達にあるのは喜びと温もりだけだと強い強い思いで自分を信じていってください。どこまでその思いでもって引導していくかは、あなたがどれだけ母の温もりに触れてきたかということに係っています。だから母の温もりなんです。母の温もりに本当に触れたかどうか、キーポイント、分かれ道です。

860)  先日、大宝ホールで学びの友達と瞑想をしました。その時の一部をメールで送ってくれました。一読してみてください。
今、一回自分の中の「くそっ」ですね、その思いにちょっと触れる瞑想をしていただきました。いつも思うんですけど、一番わかりやすいのは****さんの現象なんですね。「死ね、死にさらせ」「お前なんか目障りじゃ」「消えて無くなれ」そういうふうな叫び声っていうか、思いっていうか、どなたの心の中にもあります。一番、言葉にすれば、そういうものが適当です。「何をぬかす」「さっさと消えて無くなれ」「消えろ」「消えろ」「消えろ」「失せろ」「失せろ」「失せろ」「「消えて無くなれ」そういう思いばっかりを流し続けてきました。自分の思い通りにいかないものはすべて切り捨ててきた。
本当に切り捨ててきたんです。首をはねるとか殺すとかそういう肉的なことじゃなくて、思いの世界です。すべてを切り捨ててきた。自分が一番、己が一番の世界で全部生きてきました。それがアマテラスの世界であり、私達が作ってきた暗黒の宇宙、そういう宇宙の中で私たちはずーっと生き続けてきました。
そんな中に、この三次元の、この今という時に、田池留吉という世界が肉を持って、老人、ええ、まあ、私が出会ったのは老人ですね。そういう人が「あなた間違ってるよ。」「あなた自分の心を見てください。」「お母さんの反省をしてください。」と真っ直ぐに伝えていただきました。「この人何を言ってるのか、何を言ってるのか。もっともっと分かりやすく私に説明せよ。何でそんなにけったいなことを言うっていうか、なんか訳の分からんことより、もっと、もっと説明してくれ」と何度も何度も意識の世界にぶつけました。しかし返ってくるのは「私はあなたを信じています。」「私はあなたを信じています。」「私とあなたはひとつです。」その思い、言葉、そういうものだけでした。もう、とても信じられなかったです。信じられなくて、信じられなくて「くそ田池」が心の中から飛び出て飛び出て仕方がなかった。殺してやりたかった。本当に殺してやりたかった。私の目の前から、お前、お前本当にその姿を消してくれ。もうその口から何も言葉を聞きたくない。私はそういうふうな思いを投げかけてきました。私の「田池留吉、くそったれ」「田池留吉、殺してやる」は本当に、本当に暗黒の、暗い暗い、真っ暗な中で叫んだ叫び声でした。しかしその叫び声をもろともせずに受けてくれたのが田池留吉の意識の世界でした。私は本当に信じられなかったけれど、信じられないその中から私は「あなたが温もりですよ」と伝えてくれたそれを信じていきなさい、信じていくんですよ。それがあなたのこれからの道ですよ」私は本当にそのメッセージを受けてたんです。だから私の田池留吉に帰る道はもう一本道です。真っ直ぐです。
肉は愚かです。肉はくだらないです。どんなにしても肉は立派な肉にはなれません。ならなくていいんです。自分の意識の世界さえ、まっすぐ田池留吉に向いていれば、私は、私はいずれあの母なる宇宙へ帰ってまいります。その道筋はもうすっかりできています。ですからどうぞ、どうぞ私とともに歩いて行ってください。心の中の暗黒の宇宙をどうぞ自分の中のぬくもり、やさしさで包んでいってください。私はその思いと共にこれからもみなさんとともに瞑想をしていこうと思います。その思いだけです。私は選ばれた人種でも、選ばれた意識でも、なんでもありません。特別でもなんでもありません。私は地獄の奥底の底の底の底を這いずり回ってきた意識です。ですが、そんな意識でも母の温もりに触れさせていただきました。田池留吉の世界に触れさせていただきました。これは私の中で絶対に変わらない事実です。この事実だけを私はこれから、250年300年、自分をつないでいく、その思いとともに今を生きています。私の喜びはそこにあります。
それではみなさん、これからともに瞑想する時間を少しもってみたいと思います。
あなたの中の田池留吉、アルバートの世界に心を向けてみてください。

861)  なぜ生まれてきたのでしょうか。何のための人生なのでしょうか。たったひとつの正しい答えに自分をいざなっていくチャンスに巡り合うことは、大変難しいです。殆どすべての人達が自分の基盤が違っているなんて夢にも思っていません。肉、形を本物とする基盤の上で、泣いたり笑ったり喜んだり、幸せをあるいは不幸せを感じています。そこのところから自分を解き放していこうとする流れがあります。その流れは粛々として流れています。大きなうねりとなって私達の心に強いかなり強い衝撃を与えます。抗うことはできない。ただ受けていくこと、受けていける喜びを学習していくんです。

862)  志摩ホールでともに瞑想の時間をいただきました。生活環境も学びの環境にも恵まれて、皆さん楽しそう、嬉しそうでした。移住という人生最後の大きな決断をされたので、その思いに素直にそして喜んで残りの時間可能な限り、田池留吉を思い、母を思い、次元移行へ思いを馳せていってください。
恵まれていると言えば、もちろん、私は大変恵まれています。周りの人達の心配り、ご協力をいただいて、私は志摩でも伸び伸びと学んでいます。まだひと月に一回程度しか来ていませんが、ここ志摩で学びの環境を整えていただいていることに、ありがとうしかありません。田池先生の思いが現実のものとなっている今も、嬉しさとともに不思議な思いがあります。

863)  寝ても覚めても学びを思ってください。本当の人生を生きていこうと誓ってきた自分の思いを大切にしてください。学びに触れたんです。それは決して偶然ではないんです。自分の中のすさまじいむごたらしい思いに触れていけばいくほどに、本当の自分に帰りたい、帰ろうの思いが際立ってきます。肉、他力のエネルギーは最後の最後まで歯向かってきます。闇へ帰ろうと引っ張っていくエネルギーもすごいです。そんな自分の現実をどんどん確認してください。 そして、そこからポーンと飛び出てきてください。

864)  志摩ホールをできるだけ多くの方に活用していただきたいという思いがあります。土曜日の15時~17時勉強して、その日は伊勢志摩ロイヤルホテルで宿泊。翌日10時30分~12時30分まで勉強して終了。たとえばこのような日程を考えています。仕事や家庭の事情で一泊なら何とか参加できるという方をまず優先したいと思います。ご希望の方は、NPO法人UTAの輪の事務局までまずはご一報ください。来年2018年の予定ですが、ざっくりとした数を把握したいと思っています。 40名の枠なので、まずは優先条件を満たす方から。あとは無条件でご希望があれば抽選としたいと思います。

865)  体力、気力、そして金力の続く限り、どうぞ、セミナーに参加してください。無理は禁物ですが、体力、気力、金力の許す限り、ともに瞑想をしてみませんか。
もちろん、学びの基本は一人で学ぶということです。本当に分かってしまえば、自宅で瞑想、それでいいんです。そこまで確信がある方はどうぞご自由になさってください。決まり文句の自己選択、自己責任のもと、ご自由に。私は、学びの友と、ともに学ぶ楽しさ、嬉しさを味わいながら、自分の人生を閉じていくのがいいかと思いますが。

866)  こんなこと今更言うまでもないことと思いますが、頭をカラッポにして学んでください。形の世界では通常のことも、それがそのまま学びに適用しません。形ある世界から形無き世界を推し量ることはできません。頭先行の方には、学びは難しいと思います。たとえば宇宙を思う瞑想ということも、頭、つまり肉が前面に出てくれば、もうそこから先は進みません。しかし、素直になって、自分の中が反応していると僅かでも感じられるようになれば、学びに触れている今がどんな今なのか、心に感じ始めるでしょう。そうなってくれば頭など要らないんだと自然になってきます。

867)  今日で今年前半も終了。本当に時間はあっという間に過ぎ去っていきます。十年、二十年あっという間です。日々、思う喜び、思える喜びの時間、長くても短くても実感できるようにしていきましょう。あれもこれもではなくて、自分の生きていく方向を一本にしてください。今世、同時期に肉を持たせていただいたことを決して無駄にすることなく、自分を大切にしてください。死んで終わりでないこと、心で知ってください。

868)  岐阜のスカイプ瞑想会、ありがとうございました。夫婦、親子で学びをされている方が何組かいらっしゃいました。一番身近な学びの友です。その友と瞑想を楽しんでください。一番ストレートに心の闇を出させてくれるのは、もちろん自分を産んでくれた母親ですが、身近に生活をしている人もまた、分かりやすく自分のエネルギーを教えてくれます。日々勉強です。その瞬間出るエネルギーを確認して、自分の中で反転です。夫婦、親子等々がともに学んでいれば、お互いに自分のエネルギーを確認するから、ガガガッと乱れた映像の修復時間が短くて済みます。そうして、お互いから自分を学んでいけばいいのだから、それは幸せな環境だと言えるでしょう。
夫が、妻が一人で、そして親が、子が一人で学んでいる人よりも幸せでしょう。

869)  先日ホームページ上で、三重県にある志摩ホールの利用方法の一例を提案させていただきました。NPO法人UTAの輪のホームページを参照なさってください。最寄りの駅、志摩磯部駅と志摩ホール間、志摩ホールと伊勢志摩ロイヤルホテル間の移動は、ホテルのほうが行ってくれます。所要時間はそれぞれ15分あれば大丈夫です。
二日で四時間の勉強の時間ですが、お気持ちのある方は、この機会に手を挙げていただきたいと思っています。瞑想をする喜びを共有しませんか。

870)  何が起こっても決しておかしくはありません。想定内、想定外に関係なく、そこから自分の現状を確認して、いつも自分の中へ戻っていき、自分の中からどんな思いが出てくるのか、自分と自分の中で確認を怠ってはいけないと思います。まずはしっかりと自分の中を定めて、そこから引き出されてくる思いに沿っていきましょう。
問題解決、形の修復ばかりに時間とエネルギーを注いでいくのではなくて、何が一番肝心なことなのかをしっかりと押さえて、それから対処すべきことにはきちんと対処する、そうすべきなのではないでしょうか。一番大切なものを忘れ去ってきた心に、一番大切なものを取り戻していきましょう。

871)  形ある世界では、どんなに公平、平等を求めてもそれは叶わないことです。形の世界は自分の出すエネルギーを確認するための現象の世界ですから、それはそれでいいんです。その基盤の上では、どんな正論にも限界があります。主張が通らないとか、そんなところで苦しみ抜くということが、そもそも馬鹿げているんです。また思い通りにいって満足げというのも薄っぺらなものです。だから、そういうことは本当に程々にして、、もっと自分の真相に思いを向けていきましょう。
自分の真実の世界は、まさしく公平、平等です。何の区別差別もなく、境目もありません。そんな世界を感じ知っていけるチャンスをみすみす無駄にしないでください。


872)  学びに触れ心を見ることを知ったからには、これは本当に無駄にすることなく、今、肉を持っている今、自分にとってどんな意味があるのか、日々瞑想をする中でしっかりと確認してください。本当にこんな絶好のチャンスはありません。それは全部自分が予定してきたことだから、その自分の切なる思いにしっかりときちんと応えていくべきでしょう。そうしないと、もう二度と本当の自分に帰っていくことはできないかもしれません。絶対にということは申し上げられないけれど、今世の計画、予定はそれほど自分にとって大切、大事だということです。その自覚があるかないかということになります。

873)  人生色々、人の考え思い価値観色々と結局はそこに留まって、自分の根本的な生き方に真正面から向き合えないというのが現実かもしれません。
人生色々ではないんです。本当の人生は色々ではありません。自分が何をするべきなのか、何に気付いていくべきなのか、自分の中で本当に分からない限り、本当に人生を生きたということにはなりません。肉、形の世界が現実だとする思いの根底をひっくり返すことは本当に至難の業です。しかし、次元を超えていく意識の流れはどんどん私達に迫ってきます。現象界を通して、その目で耳で、そして身体と心で体験してください。意識の世界が現実なんです。


874)  学びに集っている人でまだ比較的若い人、仕事、家族等々で時間的経済的にきついかもしれませんが、ぶれずにしっかりと学びを進めてください。肉を持っている時間が年齢的にまだあるということは、これから起こってくる肉、形の世界の出来事を色々色々見聞きする機会がまだあるということだし、自分の周辺についてもそれは例外ではありません。そういう学びの機会をしっかりと活用して、自分の今世の計画を遂行してください。
九州北部を襲った豪雨。「神も仏もない」そんな事態に直面します。私達の意識の世界の現実をしっかりと感じてまいりましょう。


875)  本当のことを知らずに、形ある世界に幸せと喜びそして温もりを求めてきたのはみんな同じです。しかし、学びに触れている人達は自分の心を見る、自分のエネルギーを自分の肉体を通して知っていくことをやっています。確かに肉から意識への基盤の転回は難しいけれど、自分の中の凄まじい狂ったエネルギーにただ苦しみ喘ぐだけではなくなったのではないでしょうか。日常生活の中で、そのエネルギーを瞬間感じ、ああ、あるなと確認すれば、心の揺れ乱れはそんなに時間を経ないうちに収拾できるようになっておられると推測します。
いつまでもどこまでも引きずって苦しみだけを膨らませ続けていくことは、本当にもうおやめ下さい。凄まじい狂ったエネルギーを感じていくことがもう喜びなんです。喜んで、喜んで、自分と付き合っていく喜びをただただ広げていってください。

876)  瞑想とは喜びを感じ、もともとあった喜びの世界を育てていくたったひとつの方法です。それがいわゆる正しい瞑想です。だから、正しい瞑想が出来てくれば、人生喜びだと簡単に分かります。色々とある人生の時間かもしれませんが、心を向けられる、向ける方向を心得ているならば、幸せな人生の時間がそこに存在します。心、意識の世界にある自分というものがどんなに幸せなのかつぶさに感じられるからです。
今世、ひとつの肉を持ち、本当に思う喜びと思える喜びを知り、真実の波動の世界を伝えていただいたこと、いつもそこへ私は戻ります。そこからどんどんどんどん喜びが伝わってくるんです。田池留吉、そしてアルバートを呼ぶ、思う幸せです。原点をしっかりと育んでください。


877) 
自分が喜んでいるか、それともまだまだ旧態依然のままなのか、それだけです。要は自分が幸せになればいいんです。幸せであればいいんです。幸せとはどういうものなのか、喜びとはどういうものなのか、本当に心で分かればいいんです。それは何はなくとも幸せ、喜びということになるでしょう。
幸せな人は、その喜び、幸せをどんどん感じて自分の中にどんどん広げていきましょう。一方、まだまだ苦しみあぐねている人は、さあどうしましょうか。何がそんなに苦しいのか、とことん自分に聞いてみてください。苦しむ自分に付き合えるのは自分しかいません。

878)  私達人間の本来は喜びだ、人生苦あり楽ありではない、人生は喜びだ、これを本当に自分の心で証明してみましょう。本当に素直になって、素直という意味を心で分かって、今の肉の時間を終えていければ、あなたの心の中に喜びが幸せがじわじわと広がっていくでしょう。本当に心が満たされる幸せ、喜び、安心を心に感じるでしょう。遙か彼方に捨て去ってきた本当の自分の世界、実はずっとあなたのすぐそばにあったんです。気付いていくだけです。愚かで馬鹿でどうしようもない自分を全部認めて、それでもずっと待ち続けてくれている思いの中にただ真っ直ぐに帰っていきましょう。

879)  暑さもいよいよ本格的になってきました。大阪でも今日は最高気温36℃の予報です。お身体を大切に。ですが、流れる汗も気持ちいいし、汗はどんどん出してゆったりと半身浴。気分さっぱり瞑想を楽しみましょう。人生の本当の目的に真っ直ぐに向き合っていける喜びと幸せを自分のものにしてください。
もちろん一度切りの人生ではありませんが、今世の人生、今世、肉を持っている時間、この時間はかけがえのない時間です。大切な非常に大切な時間です。自分の進路に舵を切っていく大きなポイントとなるでしょう。

880)  自分の中にいつも戻っていくことを習慣づけてください。心の針は自分の中へ、自分の中へ、そうしながら、日々淡々と楽しく生活してください。外に向く心の針を自分の中へ、日々トレーニングです。ふっと自分の中を過る、かすめる思いを見逃さずに。
また、自分の生活パターンを見直してみるのもいいかもしれません。心も身体もリラックスして、ゆったりと瞑想をする時間を確保するようできるだけ心掛けてください。改善できる部分があれば、まずは瞑想を主とした生活パターンに近づける工夫を。今世の時間はかけがえのない、大切な非常に大切な時間と申しました。

881)  今、体調のすぐれない人も、元気で活動されている人も、今の自分の状態の中で自分の思いの世界を感じ取っていきましょう。相対評価は捨てて、絶対評価で自分を見てください。健康面、経済面、その他の環境、状況はそれぞれ様々です。けれど、たったひとつ共通する点があります。お分かりでしょうか。自分に問いかけ自分とともに瞑想をしていけば、その答えは自ずと引き出されていきます。根本に立ち返り、根本をしっかりと信じられるように互いに学びを進めていきましょう。
死んで終わりならば、事は簡単ですが、決してそうでないから大変です。


882)  夫だけ、妻だけ学びをしている、これは異常なんです。決して正常な状態ではありません。何年も何十年も学びをしていて、自分の人生のパートナーを学びにいざなえない、そこに夫婦間の冷たさが感じ取られます。それは必ず現象化します。夫が、妻が学びのことを聞いてくれないという言い訳は成立しません。本当にあなたが学びについてこれだと確信があるならば、色々な機会に学びのことを話題にするはずです。なぜならば、この人にどうしても学んでほしいという思いが自然に沸き起こってくるからです。夫婦という関係は親子、兄弟姉妹というのとは違います。まだ相棒が肉を持っているならば、どうぞ本当の夫婦和合の幸せを知ってください。

883)  目に見える形あるものから、目には見えない形のないものまで、私達は心にたくさん、たくさん抱え込んできました。今も抱え持ちながら、何とか何とか体裁を整えつつ、そして学びに繋がった人達は、その中で自分の中に抱え持っている余分なものを離そうとしつつあります。余分なものだと認識しながらも、なかなか肉を持っている以上手放せないもの、思いがあることを実感しているはずです。それが実際のところだと思いますが、それでもその中でも本当に自分が生まれてきたこと、産んでもらったこと、人生の生きる本当の意味を伝えてもらったことを喜んでいきましょう。本当の自分に、つまり愛に帰る道筋にあるんだと信じられるような自分に蘇ってください。

884)  ゆったりと流れる時間の中に肉を漂わせ、ゆったりと瞑想を楽しむ人生。それは健康面、金銭面、そして人間関係において、ある程度整っているという条件が必要でしょうが、そのような晩年であれば、肉的にはほぼ理想と言えると思います。そこそこの健康とそこそこのお金。そして周囲とのトラブルなし。時間はゆったりとある。あとは自分の心の針の向け先をしっかりと指し示せるように日々精進していく晩年。死ぬまで元気にただひたすらに一点を見つめて歩み続けていく喜びの中で、その肉を閉じていけるように努めてまいりましょう。

885)  今月末は橿原セミナーです。楽しみにしています。グループ分けも終わり、はやくこいこいという気分です。自分の心で感じる現象の時間、ゆったりとしかし真剣に向き合ってください。ともにふるさとを歌う喜びの時間も楽しみです。また、今年の種水の判定も始まります。思いを向ける瞬間のエネルギーをどうぞ楽しんでください。味わってください。思いを向ける、それは瞬間です。そのお勉強をしてみてください。

886)  私達は本当に喜びを忘れ去りました。本当の喜びも本当の温もりも忘れ去って、頭でっかちになってしまって、ただ己を掲げることだけにエネルギーを注いできました。我に従え、我の言うことを聞け、最も得意とする世界です。学びに繋がり、何年も学んでいても未だに苦しみ続け不平不満、言い訳が心から出てくる人は、本当に己偉しの心を見てください。
喜びへ帰る、本当の喜びと温もりの中へ自分を帰していく、戻していく道を真摯に焦らずに歩き続けましょう。その前にまずはその道を自分の中に見出すことです。他力信仰の延長線上では絶対に出会えないことを知ってください。


887)  本当のことをひとつの肉を通して伝えてくれました。身体全体でそして言葉という形を通して、できる限り分かりやすく伝えてくれました。その機会に巡り合った人達は、自分の目を通し耳を通しそして身体で心で学ぶことができました。今世伝えるべきことは伝えたから、今は肉がない状態、肉という形が必要でない状態なんです。その状態で、伝えていただいたこと、吸収してきたことを自分の中でどのように展開していくかという段階です。
その過程で学びの輪に入ってくる意識達もいるし、外れていく意識達も存在していきます。すべてが意識の流れの中の出来事です。その中核は厳然とあることを伝え続けてくれていることだけを信じて、自己確立に努めてください。


888)  目には見えない形も何もない世界のことだから、自分の心で感じていくことがすべてです。ただし、そこには非常に大きな問題があります。そうです。心の針の向け先です。学びに繋がっている人達は、他力のエネルギーが凄まじくても、今の肉は田池留吉の世界に、愛の方向に向けよう、向けようとしています。心の針の向け先、何を思うかが大切なんだと知っています。このことはとても大切なことです。母の意識、温もりに背いてきた自分だったと本当に心で知って、難しいことだけれど本当の自分に、愛に帰ろうと真摯に自分と向き合う姿勢を継続していくことが何よりも大切なことです。

889)  昨日、UTAブックさんの事務所にお邪魔して、5月に出版された「僕のナゼ、私のナゼ」に協力してくれた子供達と会ってきました。予想通りの結果でしたが、それでも今回の出会いをそれぞれのこれからに活かしていっていただければと思いました。これから色々な人と出会い、色々な出来事を体験して、苦しみ悩みながらも学びに辿り着けたらという思いでいました。順風満帆の人生なんてあり得ません。苦しみ悩みながらも何が本当で、何が本当の幸せなのか、何があればいいのか、その答えを自分の中に見出すことができる人生をあなたもどうぞとメッセージを送らせていただきました。

890)  「本当のことが知りたい。今はまだどこにあるのか分からないけれど、何が本当のことか分からないけれど、きっと本当のことがある。」こんな思いを持ち続けている人は、どんなに肉に塗れていても、必ず自分の中の促しを現実のものとする方向に自らをいざないます。それはすなわち学びと出会う、田池留吉、アルバートの意識の世界、波動の世界を体感する方向に自らをいざなうようになっているということです。ただ、潮時、タイミングというものが大きく左右するし、本当のことが知りたいという素直な思いがどの程度のものなのかということも、大きく影響します。だから、250年300年の猶予期間があります。何度かの転生のチャンスがあります。意識の流れの計画は狂うことはありません。

891)  死んでも生きている。この現実、事実を肉を持っている間にしっかりと学習していくことが自分にとって、そして宇宙にとって何よりの喜びです。死んでも生きているという状態がどんな状態であるのか、意識の世界で活動しているのか、それとも闇黒の奥底に沈み込み固まっているのかというところをしっかりと学んでいきましょう。
自分の現実から目を逸らさずに、本当に意識の流れに乗って、本当の自分の思いを実現していこうという思いを強く持ってください。意識の流れ、次元移行、現実のことなんです。

892)  いつ本気になるか、いつ真剣にそして素直になるかということだと思います。一点に集中させない自分の中の他力の心、他力のエネルギー。そのエネルギーでどれだけ宇宙を破壊してきたかということが、自分の中にドーンと響いてきていますでしょうか。
道しるべはしっかりと示されています。自分の中に正しい道しるべを立てましたか。道しるべの指し示す方向に迷うことなく進んでいく喜びと幸せを味わっておられますでしょうか。正しい瞑想を淡々と継続してください。継続できる今を喜んでください。

893)  UTAブックさんから、来月8月のスカイプ瞑想会の参加者名簿をメールで受け取りました。8月は5日、6日の連日となっています。富田林の方々、鹿児島、宮崎の方々、それぞれ30名弱と、当日奈良の自遊空間ゼロに15名から20名の方々が集い、ともに瞑想をしてまいります。全員にコメントできないと思いますがご容赦を。
スカイプ瞑想会当日まで瞑想はきちんとやっていてください。種水のレベルはどうでしょうか。あなたの種水、何を伝えてくれていますか。必要な方には異語でお伝えします。どうぞ、心で受けていってください。
年10回の二泊三日のセミナーに加えて、2018年からは志摩ホールで一泊二日のセミナーも予定しています。それぞれのご事情もあると思いますが、できるだけこれらのセミナー参加を検討してください。肉を持っている間に自分の過ちに気付いていく、そんな人生にしていきましょう。

894)  自分の過ちに気付いていく、それはいったい何を言うのでしょうか。過ち、自分の何が過ちなのでしょうか。もうすでに答えは出ていると思います。ですが、それを正していく、正常に戻していくことは並大抵のことではありません。その自覚のもとで、しかしながら真剣に真摯に素直に、そして一番は喜びで向き合っていきましょう。
ともに歩む、ともにある、そう実感できる確信できる喜びの時を持ってください。喜びです。自分の中に戻っていくことは喜びなんです。

895)  混沌としている世の中で、そこに幸せや生きがい、本当のことを見出すことはない、そう本当にあなたは思っていますか。人生ってこんなものだ、人間ってこんなものだ、世の中は混沌として一寸先は分からないけど、今がまあまあであればそれでいいんじゃない、お茶を濁すような生き方をしていませんか、学びに集いながら。
学びを知ってそういう生き方に甘んじているということは、学びを知らないでいるよりもずっとたちが悪いです。
今世、学びに触れたことはあなたにとって千載一遇のチャンスでした。再びこういうチャンスに巡り合うことはなしと出てきます。あなたの中で聞いてみてください。

896)  橿原セミナー終えてきました。学びの友とともに田池留吉、アルバートを思う瞑想、宇宙の友に思いを馳せ250年後、300年後の次元移行に至る意識の流れに思いを馳せ、ともに学べる時間と空間をまたひとつ共有させていただきました。こんな幸せことはありません。たくさんの意識達の存在に心を向けともに帰ろうと真っ直ぐに喜びで伝えることができる喜びをどうぞ、あなたもそしてあなたも味わってください。 田池留吉の波動の世界をひとつの肉を通して伝えていただいたこと、本当にありがとうの思いが湧いて出てきます。真っ直ぐに真っ直ぐにただひたすらに歩んでいく喜びだけでいいんです。本当に幸せです。

897)  あれもしなければ、これもしなければ。あれもしたい、これもしたい。分かります。分かりますけれど、人生折り返しの年齢に到達されている方は、もういいじゃないですか。ゆったりとした時間、ゆったりとした気持ちの中でただひたすらに正しい瞑想を継続できるような人生の時間、自分に用意してください。自分の中の切なる思いにほんの少しでも触れて、そして本当にその自分の思いに素直に応えていきましょう。もう二度と、こんなチャンスは訪れません。正しい道しるべをどうぞ、自分の中で見失わないように日々の時間をお過ごしください。意識の流れは粛々と流れ、その計画は着実に遂行されていきます。

898)  2018年のUTAホール志摩での一泊二日のセミナーに向けての事前調査の結果をいただきました。これに基づいてまずは私のほうで参加者希望リストを整えます。それを受けて、その方達に向けて、UTAの輪の事務局からメールでご案内ということになるかと思います。その数が約30名。その他、ふるさと苑その近辺にお住まいの方が5名、残りは無条件でご希望の中で抽選と考えています。

899)  学びの友を大切にしてください。この場合の学びの友とは、日頃いっしょに学んでいるあなたの周りにいる人達です。お互い学びの一歩を前に進めていけるような関係を作っていってください。当然、そこには上も下もありません。馴れ合う、慰め合う、従う、あるいは引きずり落とす、そんな愚かな下らない空気が漂えば、直ちにそこから退散してください。いつまでもずるずるそこに関わらず、さっと離れていけるような思いで学びと自分と向き合ってください。
これは難しいと思いますが、本当に学びをしていこうと決断し、意識の流れを感じていけば、それは自然にそうなっていきます。

900)  本当の喜びと幸せ、温もりを心で知っていく、知っていけるチャンスに巡り合っています。自分がお膳立てをしてきたものをしっかりと活用して、自分の中の本当の自分に出会う人生にしていきましょう。すべてを間違えて存在してきたこれまでの私達でしたが、ここは本当に踏ん張りどころです。
従来の循環の中から飛び出していくのは勇気、決断が要りますが、飛び出てしまえば本当に自分の進むべき道をはっきりと感じ、本当に何はなくとも幸せだと実感します。なぜならば永遠と続いていく意識の流れの中にあった自分だと分かるからです。いつもともにあることを感じられる幸せが響いてきます。

901)  私達はみんな母に背いてきました。温もりに背いてきました。そんな私達の意識の世界に繰り返し、繰り返し伝えてくれました。「帰ってきなさい。」真っ直ぐに伝えてくれました。ようやく今世その思いと出会わせていただきました。次元が違う意識の世界からのメッセージでした。そうそう容易く受け取ることはできませんでしたが、どんなに抵抗しても伝わってくる波動、思いの世界は全く違っていました。出会いは確かにありました。そう言い切れるから、私は幸せなんです。受けていける態勢を整えてきたことをしみじみ感じています。意識の流れ、軽んじないでください。肉の判断で学びをとらえていくと大変な結果を負っていくことになります。それは、本当の自分に背いていった結果と言えるでしょう。ですが、そこから帰っていくことも決して不可能ではありません。自分の中の愛のパワーは不滅だからです。それに気付いていくか否かだけのことです。

902)  2018年のUTAホール志摩での一泊二日のセミナー、8回ありますから参加予定の方は無理をせずに喜んで集ってください。楽しみながらしかし真剣に瞑想をしましょう。UTAホール志摩、田池先生が最後に残してくださった大きなプレゼントです。ともに学ばせていただいた時間を思い、ともに学ぶ時間を思い、意識の流れの遂行を喜んで受けていこうと思っています。 出会いがなければ今はありませんでした。間違い続けてきたけれど、ともにあることを伝えてくれた思いに喜んで喜んでいきませんか。田池留吉を思う、アルバートを思う、幸せな人生です。あなたもどうぞ、心で味わってください。

903)  ありがとう、嬉しいなあ、思う思える喜び、幸せってすごいなあと、自分のすごいエネルギーを感じては喜びを幸せを広げていきましょう。
今という時を大切に、かけがえのない時なんだと実感できるように学びを進めてください。もう自分を裏切り見捨てることだけは止めにしましょう。全部自分が決めて選んでいくことだけれど、まずは自分に素直に、本当の自分の思いに素直になろうと心掛けてください。自分を誤魔化すことができないとあなたは知っています。

904)  厳しい暑さが続いています。暑いけれど流れる汗もいいものです。今週末は志摩でセミナー、そのままお盆休みに入って数日で橿原セミナーです。それも終わるとその週末は大宝でお勉強です。今月は富田林の方々、宮崎、鹿児島の方々とスカイプを通してともに瞑想をする時間をいただきました。
学びの友のご協力があって、ともに学ばせていただける時間と空間を用意していただいています。指し示された道しるべをしっかりとそれぞれの心に打ち立てて、大切な大切な今という時をお過ごしください。思う方向をいつも確認。そして心の針を中へ向ける習慣を。

905)  何といっても今、生活をともにしている人達と学びをしている、学びを進めている、いっしょに瞑想ができる、これは幸せなことです。そうでない人は、何不自由なく、また何となく穏やかに日々を過ごしていても、やはり心のどこかに引っかかりがあるのではないでしょうか。本当はいっしょに学びたいと思っていると思います。自分が学びに出会って幸せだと感じていけばいくほどに、その思いは強くなっていくでしょう。それは自然のことです。ああみんな間違ってきたんだなあ、帰っていくところが分からないんだなあと痛感します。その思いが状況を少しずつ変えていくのではないでしょうか。

906)  飛び跳ねるような嬉しさではないけれど、しみじみとそしてふつふつと心の中から湧いて出てくる嬉しさ、喜びもまたいいものです。地に足をつけた着実な歩みを日々感じながら、今日も一日が過ぎていくという感じです。何も持たなくても初めから持っていた、みんな必要なものはすでにあったんだ。あれもこれもと心を外に向けてきたことが本当に愚かだけれど、それもまたよしでした。形の世界に生きるということを随分学習してきて、それなりに幸せや喜びも手に入れてきた転生も確かにありました。しかし、全部全部違っていました。自分の求めてきたものは何一つ得られなかったという思いです。得られなかったと思う思いこそが違っていたんだと、今なら分かります。そして間違ってきたからこそ、こうして本当のことに出会えたんだ、その喜びが本当に感じられるのです。

907)  大阪から2時間30分の時間をかけて出向いていくからでしょうか。ここ志摩の家に到着し落ち着いた頃、心に過る思いは大阪上町台地にいる時とは微妙に違います。ここが日常の場所になっていないからかもしれません。居心地が悪いのではなくて、ああここで学ぶべきことが絶対にあるんだ、大阪の上町台地と繋がっているんだと、意識の流れにいざなわれていることをここに来れば、いっそう強く感じるということでしょうか。昨日、卑弥呼の冊子を手にしたのも偶然ではなくて、ああやはりここなんだ、アマテラスなんだと思わざるを得ませんでした。田池留吉からの今世最後の課題、しっかりとクリアして250年後の出会いを待ちます。

908)  私達はみんな間違ってきました。本当に間違ってきたんです。だから自分の間違いをさらけ出せること、確認できる今を喜んでいきましょう。喜びだけです。喜んで、喜んで、自分の間違いを認めていきましょう。あなたの周りに学びの友がいる、いっしょに瞑想ができる仲間がいる、これほど幸せなことはありません。
UTAホール志摩で50名余りの人達とともに学びの時間をいただき、今日帰阪します。
くそったれ田池からアマテラスに向ける瞑想。そして次元移行に思いを馳せ、250年後、300年後に思いを馳せる。私達は同時期に肉を持ちました。その肉を入り口にして、たくさんの自分を感じていける喜びと幸せを存分に味わってください。
「あなた、幸せですか。そして田池留吉を信じていますか。」「はい、幸せです。信じています。」即答できますか。
「信じていきます。」「信じていきたいです。」お勉強、不十分です。学びに集っている自分というもの、自分の切なる思いをもっと知ってください。

909)  肉で生きてきた、つまり心を外にのみ向けて生きてきた、そんな状態の私達に、心を中へ向けなさいと難題を突き付けられました。反発、戸惑いながらも、そうしていくことでしかどうしようも出来ないと、それぞれに感じておられると思います。学びをしながら自分の周りに起こる出来事を体験していくとき、心の針を中に向けたときに伝わってくる思い、エネルギーをしっかりと確認して、そこから思いを逸らさずに、肉の中に逃げ込まずに、その思い、エネルギーとともに田池留吉を思うことをまずやっていきましょう。自分の中に上がってくる思いをしっかりと見て、しっかりと確認して、今、自分がどんな中にあるかということ、どんな幸せな中にあるかということが心に響いてくれば、それでいいんです。あとのこと、つまり肉云々のことは、右でも左でも流れのままを受けていけばいいだけです。右でしかだめ、右にしてくださいとなれば、またそこから苦悩が始まっていきます。苦しみを上積みしていきます。苦しみを回収していく道とは逆方向です。それは田池留吉に反逆する道です。

910)  田池留吉の意識の世界に触れ、アルバートを呼ぶ確かな喜びを感じ、自分の望み通りに学びを進めていけていること、自分の中の本当の自分にありがとうです。本当の私はどんなにこの時を待ち望んできたのか、それはもうこれまで何度も何度も感じて確認してきました。
田池留吉の意識の世界をその肉を通してストレートに伝えていただいた事実は事実です。出会いを本当に喜んでくれて、しかしそれだけに大変厳しいメッセージもいただいています。あなたより私はあなたをよく知っていますということですべてお見通しで、どんなに抗い逃げ隠れても所詮無駄なことだと、それならば、もう真っ直ぐに突き進む以外に道は残されていないことを、私は喜びの思いで確認しています。肉には喜びはなし。肉には幸せはなし。肉には温もりはなし。あると思ってきた錯覚をしっかりと確認していきましょう。

911)  肉は有限の中にあるのだから、当然肉を持つ時間にも限りがあります。その中で何を選び取っていくかはそれぞれの問題です。肉のみに生きてきた過去からの自分と決別していくチャンスは、どなたにも訪れます。それを無駄にするか否かというだけです。すべてにおいて平等、公平なんです。平等とか公平、自由の意味を履き違えて我一番なりの闇黒の宇宙を作り続けてきたことに、いつ、どのタイミングで本当に自分の中で気付いていけるかということです。
肉でなく意識だという転回、唯一のポイントです。ぶれずに学びを進めてまいりましょう。

912)  3日後、橿原セミナー、そしてその2週間後志摩で本セミナーです。今年も後半に入り矢のように過ぎ去っていく時間です。ですが、思いはゆったりとそして身体もリラックスして、今を喜んで楽しんでいきましょう。どんなに愚かな自分が見えてきても、そしてどんなことがあっても、愛の中にある自分を見失わない生き方、存在の仕方をじっくりと学んでいける今があります。すべては自分の中の出来事です。本当にそうなんだと実感できることが幸せへの第一歩です。本当の意味の思う喜び、思える喜びを味わっていきましょう。

913)  形あるものはいずれその形を無くしていきます。有限の形あるものから何を見て取っていくのか、それを違えれば真実の世界とは接点がありません。
肉という形を持ちながら自分しか存在しないことを知っていくことは難しいことだけれど、実際に自分のエネルギー、自分というものを確認するには、それが最適な状態だと言えるでしょう。自分の世界を知っていくこと、自分がどんな中にあるかをきちんと把握して、自分が自分に伝えなければならないことをきちんと伝える、それが本当の自分が待ち望む唯一のことでした。肉がない、何もない中で、あるのは自分の思いだけ。どうすればいいのでしょうか。それよりも自分の思いだけだと気付けるのでしょうか。どう思いますか。

914)  長い方で30年余り学びに触れています。学びに触れる時間の長短はあまり大きな問題ではありませんが、長い方はそれなりに学んでいると思います。自分が学んできたことを、その肉を置いていくまでの間にしっかりと振り返り、自分をこうしていざなってきたことに、ただただありがとうの思いを広げていってください。
遅々としてなかなか思うように進まない歩みかもしれませんが、学びに触れてきた時間はかけがえのない時間です。決して無駄にすることなく愚かな自分とともに歩む喜びを味わってください。
また、学びに触れている時間が短い方も同じです。全部自分で計画してきたことだから、たとえ田池留吉氏、田池先生と実際にまみえることなくても、あなたの意識の世界、あなた自身はそれでいいんです。そこから250年、300年に至る学びをしていけるということです。
どちらにしても、つまり学びに触れている時間が長くても短くても、ぶれずに学んでいこうとする素直さ、真摯さが決め手です。

915)  ともに学べる仲間がいる、学びのことを話せる人が身近にいる、心を見ることそして心癖の修正は難しいと実感しつつも、学びに触れたことを喜んでいこうと瞑想をする時間と空間を共有している、幸せな人生ではないでしょうか。それぞれ自分が培ってきたエネルギーを知って確認していくために、その環境は様々ですが、自分の心に誓ってきた思い、約束というものはみんな同じです。それを思い出していこう、思い出してくださいということです。
今、肉を持っている今を大切に、しっかりとそして真っ直ぐに真実の方向を見極めてください。他力のエネルギーをどんどん吸収してまいりましょう。吸収できる喜びを感じていきましょう。

916)  先月に引き続き橿原セミナー、ありがとうございました。セミナーに参加できる喜びを感じています。自分の中で田池留吉をそしてアルバートを母なる宇宙を思える喜びと幸せを感じ広げていってください。こんな幸せな時間と空間を私達は自分に用意してきました。真っ暗なエネルギーを垂れ流してきた私達だけれど、それを回収していこう、回収していける本物のパワーが自分達の中にあるんだと、しっかりとした足取りで歩み出してください。
日々、瞑想を継続してください。そして自分に交わしてきた約束を思い出し必ず果たしてください。

917)  どのように、何を中心にして生きていけばいいのかと自分の無力さを感じる現象があったときに、そのタイミングで学びに触れていける人は幸せです。ということは、常日頃から自分の中の苛立ちとか空しさなどの思いを感じ、それなりに満たされた生活をしているのに、それはなぜなのかという疑問があったということだと思います。
何の疑問もなく仕事にのみ、家族にのみ自分のエネルギーを注いで生きている人っているのでしょうか。仕事が生きがい、家族の幸せが私の幸せだと本当に思っている人は私は不幸せだと思います。自分をないがしろにしてきた現実を知っていける人こそが本当に幸せな人なんです。


918)  学び、田池留吉、正しい瞑想、それを中心に据えて生きていく人生とそうでない人生、あなたはどちらですか。そうでない人生とは学びに触れていない人生ということではありません。それは論外です。そうでない人生とは、学びに触れながら中心に据えているものが旧態依然のままの人生ということです。
つまり、それは学びを軽くとらえている、軽くあしらっている、他力のエネルギーをがっちりと握っているということです。決して軽くとらえているわけではないけれど、他力のエネルギーを離していくのは難しいということかもしれませんが、本当に本当にそうなんでしょうか。どこか甘いところがありません。どんな中から生まれてきたのか本当に心で感じておられますか。


919)  ポッドキャストでの本の朗読で、ともに瞑想をされている学びの友の反省文をメールでいただきました。読んでみてください。
「私達は、間違ったパワーを求めてきました。自分の外に求めてきました。その心、その思いに少し触れてみましょう。」
寂しかったんです。だから外にパ