「意識の流れ」

9.意識の流れと次元移行



◎ アルバートとともに歩む道
 自己供養という説明が続きましたが、その自己供養を通して本当に優しいご自分に蘇っていける、喜び溢れるあなたに戻っていける、その道がアルバートとともに歩く道、アルバートとともに生きていく道です。
 そうです、私達はみんなアルバートとともに歩いていく意識です。『7.天変地異の足音』のところで、アルバートとは250年後にアメリカに転生してくる私の来世であると記しました。アルバートとはその肉の名前であることは事実その通りですが、ここで言うアルバートとともにのアルバートとは、まさに喜びの波動、喜びのエネルギー、愛のエネルギー、そして、本当の私達を指してそのように伝えております。
 あなた方はアルバートの波動の世界に出会うために、何億年、それ以上の転生をしてまいりました。そして、母を捨て、温もりを捨て、本当の自分を捨てて地獄の奥底を這いずり回ってきたあなた方が、喜びの、そして、温もりの波動と出会う時間、空間が、ようやくこの三次元で実現されたのです。
 私は、アルバートの波動を伝えるために、今世肉を持ってきたのです。三次元のあなた方に伝えるためには、私も肉を必要としました。だから、私は今世初めて肉を持ったということです。もちろん、肉を持てば、もうご承知のように愚かな肉をまとうわけですから、様々な苦しみを心に抱えて生きていきます。私も例外ではありません。真実を知らない間は、どんどんどんどん肉にまつわる汚れや垢を心に蓄えていきました。
 そして、私はその汚れや垢を、心を見るということを通し、丹念に自分の中で掃除していきました。やがて私は何のために生まれてきたのかということを心で知っていき、そして、心で分かった真実の世界を、セミナーという時間、空間を頂き、お伝えしてきたという次第です。これまでの説明で分かるように、アルバートの波動、アルバートの世界を感じていくことが、セミナーの究極的な目的でした。つまり、それが人生の目的です。



◎ 地獄の世界と意識の転回
 この世は地獄です。アルバートを知らない人達が織り成すこの世のことは、所詮、地獄の世界の出来事です。それを今、自分自身形を持って、その形を通して自分に見せている、教えているのです。地獄の中でどんなに栄耀栄華を極めても、一番、二番の競争を繰り広げても、地獄は地獄に違いないではありませんか。地獄の世界をつかみながら、その世界にいながら幸せになりたいと言っているのだから、もう矛盾だらけです。そのような中に浸り切っていては、絶対、幸せで、喜びの世界が広がるわけはありません。そこから半歩抜け出し、一歩抜け出し、そして、その世界から飛び出していくこと、すなわち、意識の転回をし始めてこそ、開けてくる幸せ、喜びの世界です。
 同じ循環の中を、しかも悪循環の中をグルグル回っているということに早く気付いていってください。気付けるか気付けないかの違いです。その違いは、しかし、計り知れないほど大きいです。天と地との差どころではありません。そのような世界のことを、私はセミナーを通して皆さんとともに学ばせていただきました。そして、基準が違えば、私がお伝えしている世界と全くかみ合わないことも示してまいりました。



◎ 現代社会の歪みと天変地異
 今や、あらゆる方面で目覚しい進歩発展を遂げているかのように映っている人間社会に、忘れ去られたものがあります。唯一、大切なものがないために高く積み上げられたこの社会は、あちらこちらから不協和音を奏で始めています。やがて、それらは聞くに堪えない騒音となり、それで初めて何かおかしいということになるのでしょう。そこへ考えられないような天変地異が次から次へとこの地球に起こってくると、否が応でも何かを考え始めるでしょう。そういう時がやってくるまで、もうしばらくです。



◎ 肉基準の生き方とその限界
 肉を本物として生きる心に真実は届きません。何が本物で、何が偽物であるのか、それを見極める心の目が曇ってしまいました。周りを見渡してもみんな自分と同じだから、何の疑問も抱かずに安穏と時を過ごしているだけです。そこへ私の申し上げているような異質なものを耳にすることで、少しはそうだろうかと思うけれども、また日常に戻っていくのです。なぜならば、そこがあなたにとって居心地がいい場所だからです。肉を喜ばせる、肉を楽しませる、それだけに心を向け、エネルギーを使い、頭を動かし身体を動かしていくことが生きていくことだと思い込んでいます。自分の中にたくさんの自分が生きていて、その自分を救うことが自分の今の仕事などと言われても、あなたは、にわかに信じることなどできません。私はそのことがよく分かっていて、それでも少しでも耳を傾けてほしい、心を向けてほしいと思っています。



◎ 意識の流れと真実の世界
 私が語っていることは、私が修行をして編み出したものでも、到達した悟りの境地の類などでもありません。私は、意識の流れを語っています。そして、この意識の流れこそが真実なのです。その流れに沿って、これからが展開されていくことを私は伝えにきたのです。もちろん、こうして今、私とあなたとが出会わせていただいているのも、その流れの中の一端であると私は申してきました。流れは淀みなく流れています。流れに逆流するものは自然淘汰されていきます。それが肉の目ではなく、心の目で見ていけば、心で感じていけば分かることだということを伝えています。
 肉を持ち、肉を通して知る真実の世界、その世界を知れば知るほど、今世生まれてきたことが、どれだけ喜びであったかが心で分かります。ひとつの肉をもらうこと、それだけが喜びであったのです。そのことに心で気付いた方、その方の人生は本当に幸せな人生だと言えましょう。私はそう断言できます。
決して消え去ることのない真実の波動の世界を心で確信されるということは、人類の長い歴史の中で初めてのことだからです。肉を持ちながらその波動の世界を広げていける、これは奇跡でも何でもありません。これこそが意識の流れなのです。その流れを心で感じられる方とそうでない方、当然の如くその生き方、死に方が違ってまいります。肉に対する思いが完全に違ってきます。



◎ アルバートと共に生きる選択
 何を思い、何を考え、そして、あなたはこれからどのように生きていかれますか。私とともに生きていきませんか。私とともに歩いてみませんか。あなた自身の過去を振り返りながら、そして、そんなたくさんのあなた自身を心に思いながら、いつもいつも私を思ってください。私はあなたがどんなに苦しくて間違った道を歩いてこられたか、よく知っています。それはあなた自身が本当のことを知らなかったからです。もちろん、本当のあなたを捨て去ったのは、あなたに他なりません。だから、あなたはずっと苦しみの中にあったのです。もう苦しむことはやめにしませんか、私はあなたにそのように呼びかけています。どうぞ、あなたの心の中でご自分の叫びを聞いてあげてください。その声があなたの心に届く優しいあなたに蘇っていってください。私は待っています。あなたの心の中でいつまでも待っています。あなたが気付いてくれるのを、私は喜びで待ち続けています。



◎ 肉基準と真実の違い

 私の思いがあなたの心に届きますか。軽く目を閉じて、どうぞ、私のほうに心を向けていってください。私の世界にあなたの心を合わせていってください。私に心を向けてくださいといっても、私は、あなたを洗脳する思いなど全くありません。あなたがもし、今世どこかで宗教の世界、あるいは、精神世界を覗いてこられた人ならば、私に心を向けてくださいという言葉に、少し戸惑いがあるかもしれません。しかし、そこで言われてきた私に心を向けなさいということと、私が今そう言っていることとは全然違うのです。お分かりですね。それらの宗教、もしくは精神世界は、すべて肉が基準です。そこでは人間を肉としてとらえ、そこから意識の世界を説いているのです。私は人間は意識であるという立場から意識の世界を伝えています。私は肉ではありません。あなたの心の中から、あなたに呼びかけている温もり、真実の声、本当のあなた自身です。
 私はあなた自身の心で感じていってくださいということを、再三伝えてきました。自分の心で感じられないものは信じられません。むやみやたらに私は信じなさいと言っているのでもなければ、信じるものは救われるなんてバカげたことは申しません。それなら、救われたいから信じるという本末転倒を招きます。
他力、すなわち、肉基準の人を乗せていくのは簡単です。欲の心を刺激して、恐怖心を植えつけて心を縛っていけばいいのです。欲心から、恐怖心から何でも言いなりです。そして、それは盲信です。結局は、縋りなさい、帰依しなさい、そんな言葉に踊らされて自分の人生を破滅に追い込んでいってしまうのです。全くバカです。しかし、そんなバカな人間はこの世の中にごまんといます。それはもう言うまでもなく肉の自分を自分だと信じ、形ある世界を本物とする心が、そういう欲の世界とぴったり引き合うからです。私はそんな低次元の世界をこうして今あなたにお伝えしているのではありません。私は預言者でもありません。真実の世界から私は真実を告げにやってきた意識です。



◎ 意識の転回期と次元移行
 意識の流れは厳然としてあり、今、まさに肉から意識への転回期にある私達です。これはすでにお伝えしている通り、これから250年、300年をかけて宇宙的規模の天変地異とともに、私達が歩んでいく道筋なのです。そして、今世は250年後におけるところの準備段階、予行演習の時間です。真実に目覚めた意識達から流れる喜びのエネルギーは、これから仕事をしてまいります。そんな中で250年後、再び肉を持って私達は出会っていくのです。それから約50年かけて、私達はさらに意識の転回を果たしてまいります。すなわち、次元移行です。今、この地球上は縦、横、高さの三次元の世界です。三次元の世界の中で、私達は地球という星に適合する肉という形を持ってきました。人類は、長い歴史の中で数え切れないほどの転生を繰り返し、真実を探し求め続けてきました。そして、この三次元での修行を一応終え、全く肉を持たない、いわゆる次元の違う世界へ移行していくのです。これが私達がお伝えしている意識の流れなのです。
 もちろん、250年後の地球はこれから度重なる天変地異を受けて、その様子は一変しています。山が割れ、島が沈み、今までもそうであったように世界地図は大きく変わっていることでしょう。そのような中で人類は自分達の心の中にある神々を、否が応でも捨てる時がやってきます。他力の神々には私達を救う力などない、自分達がどれほど愚かであったか、本当の自分の存在にようやく気付いていける道筋を辿っていくのです。
 懺悔です。懺悔の喜びのエネルギーが心に真っ直ぐに届きます。それはどれだけ間違い続けても、許されて許されて生かされていた、愛されて愛されてきた自分達であったという喜びです。すべてを捨て去ることが喜びでした。そして、すべてを捨て去った後に残るものがある、この心に真実があったと心に感じた瞬間、その瞬間こそが人類が本当に蘇る時なのです。



◎ 意識の流れと真実の帰還
 私は意識の流れの中にある自分というものを感じています。意識の流れは厳然としてあり、それだけが真実です。すべての意識が、この流れの中で真実に帰るために存在しています。その流れが自分の中で見えてくるというか、感じられなければ、所詮は、みんな苦しみなのです。肉の幸せ、喜びが幸せで、肉の苦しみが不幸せということではありません。肉の喜びと幸せは、求めた瞬間から苦しみに変わっていくことを、あなたの心はすでに知っているはずです。そうです、それらは、はかなく消えていく虚構の世界です。影を追い、影にしがみつくその心は苦しみ以外の何ものでもありません。しかし、影を影だと思えないところに私達の悲劇はありました。すべては間違ってきた歴史の数々です。
 今、あなたが肉で幸せでも、肉が苦しんでいても、それらはこの意識の流れからすれば、ほんのちっぽけな出来事です。それを大きく大きく動かせない現実として心がとらわれていくから、何も見えず、ただ苦しみが苦しみとして目の前に広がっているだけです。そして、そこから逃げようとしても、避けようとしても、消し去ろうとしても、それは叶わないことなのです。あなたがそれを受け止め、受け入れていく以外に、あなたがその苦しみから解き放されることはありません。私はそれが心で分かったのです。それらはみんな温もりを、安らぎを、そして、本当の喜びを待ち続けてくれた私自身であった、そのことを心で知りました。
 意識の流れの中に存在している私自身をはっきり感じるほどに、みんなその流れに沿っていけばいいのだという思いになりました。だから私は、自ら苦しみの中に飛び込みません。肉に生きる道を自ら選ばないということです。ただ今世、真実に目覚めるまでは、すべてを間違い続けてきた自分自身でしたから、それらを淡々と回収していくだけのことです。誰も肩代わりはできません。そして、それらを喜びとして受けていける心が、自分の中にあることを私は知っています。すべてが喜び、すべてが喜びに帰るために存在し続けていることを知っています。
 信じていくのも、信じていかないのも自由、何を信じていくかということも、みんな自分の選択です。そして、自分が選択したものはきちんと自分で責任を取らなければなりません。取らなければならないというよりも、取るようになっているのです。私達は愛の中に生かされている存在だからです。その事実が愛なのです。愛はひとつです。愛は変わることなく、惜しむことなく、すべてに平等に流れています。その流れをせき止めて、または違う流れを作ろうとして、私達は自ら苦しみ続けてきたというだけのことです。私は、そのことにあなたの心で気付き、そして、本当の自分自身に懺悔するあなたに蘇ってくださることを、ただただ待ち続けております。

 あなたは待たれている幸せな存在です。どんなに時が巡ろうとも、本当のあなただけはあなたを見捨てません。どんなにこれからも間違い続けて存在しようとも、本当のあなたはあなたをただ信じて待っているだけです。それが真実の世界、あなたが本当に帰る世界です。その世界に戻ってきなさい、帰ってきなさいと、いつまでも呼び続けています。私はその世界に生き続ける意識です。だから、何度でも何度でもこのようにお伝えしています。私は喜びだからです。私の世界には喜びしかありません。