(2002年4月から6月末掲載分)
私たちは肉ではありません。意識、永遠に存在するものです。
意識は一つです。
大切な言葉
私はあなた、あなたは私です。
意識即現象、現象即意識
すべては一つ、すべてよし。
苦しみは愛、天変地異は愛、現象はすべて愛の現れである。
ごめんなさい、ありがとう、嬉しいです。
私と欲は合いません。
反省と瞑想
神の存在、人間の本質、人生の目的、転生について認識を深める。
瞑想と反省を心掛ける。
波動を知り、本当の愛に目覚める。
瞑想 私、ホームページの作製者、田池留吉にあなたの心を合わせてください。
田池留吉(肉)に心を向けることと神と自分の間に田池留吉(肉)を入れることとは同じではありません。この瞑想は、正に、本当の自分の波動を知るためのものです。私、田池留吉を崇拝しなさい、私に救いを求めてきなさい。私にすべてを任せなさいと云っているのではありません。この点を正しく理解して瞑想を始めてください。丹田呼吸、目を閉じる、そして中の目を開ける。私の目を見る(思う)。アルバートを思う。アルバートの波動を感じ、信じる。
異語で話そう。異語は波動、異語は反省、異語は喜び。
アルバートの目の中に吸い込まれるように異語が口から出てきます。
アルバートの目の中に吸い込まれるように異語が口から出てきます。心が解き放たれることが分かります。スムースに心を語っているそんな私を感じるとき、私は心を語ってこなかった、心にいっぱい詰め込んできた、いっぱい出してほしかった私がいたことを感じています。
アルバートの目はお母さんです。心の中で両手を広げて私を抱きしめてくれるアルバートがいます。私の中で対話しています。苦しい思いも嬉しい思いも何もかも異語となって私の心の中から自由に羽ばたいていっている、そんな感じがします。
異語を語る私の心の中に、はるか過去そして未来の思いも響いてきます。今世肉持って出会えたことを本当に嬉しく思います。異語をお互い語り合いそしてその後に心に響いてくる思いは何とも言えないです。もう何も語らずとも通じ合えている、心と心が通じ合えている、もうこのまま離れたくない、それは本当に時間空間を越えた波動の世界に私達が存在していることを心で確認し合えている喜び、幸せだと私は思います。そういう時、そういう人に巡り会えた、これからもいっしょに生きていける、嬉しいです。
異語を語っている時、肉の言葉を語っている自分との違いをまざまざと感じます。
異語を語っている時、肉の言葉を語っている自分との違いをまざまざと感じます。意識そのものの自分を感じます。心がそのまま現れる世界、苦しみも喜びも、心を隠せない世界。でもすべてが安心なのです。心のひだまで露になっても、私は異語を語っている時が本当の自分なのだと思います。肉の言葉しか知らず、肉の言葉を駆使してすべてを誤魔化して来たと、肉の言葉の世界で生き続けてきた今までの自分を思う時、新たな反省が促されます。時空を超えた意識の世界が、今一挙に開かれた感じです。肉の枠を超え、意識の世界に羽ばたく私達なのだと、改めて思うのです。
異語を語れることが幸せだとしみじみ感じます。なぜなら、異語を語る時、アルバートの存在をしっかりと感じ、信じられるからです。すべてを委ねる思いが広がり、心を裸にしてさらけ出せる喜びが私を包んでくれます。私は意識でしたと実感できる喜びが何度も何度も押し寄せてきます。
異語はでたらめ語と言われましたが、でたらめであってでたらめでない、不思議な言葉でした。こんな便利な言葉は他にはありません。ただ口を開くだけですべてが通じ合っていく。波動の世界が異語の中に広がっていく。過去も未来も、今、異語の中に広がっていく。アルバートの中に広がっていく。
たくさんのUFOが、故郷の歌声にひかれて、まるで虫眼鏡の焦点に集まるように、集まってくる。田池留吉の歌う故郷が、異語の故郷になり、その異語に吸い寄せられるように集まってくる。肉持った田池留吉の姿に驚き、信じられない思いで近づき、そして歓喜の声をあげる。もう喜び喜びの大騒ぎだ。私の手を取って、すごい早口の異語でわあわあ言っている。中身は驚きと喜びと、互いにその思いを交換して、また飛び跳ねて…花火のようにUFOが飛び交い、田池留吉の周りを囲んでいる。そんな光景が今私の心に伝わってくる。そんな時、私も肉ではなく、UFOと同じ宇宙人になっている。いや、宇宙人そのものの私です。
異語を語ることで心が変わっていきます。
心の奥に閉じ込めてきた思いが異語となって次から次へと出てきます。自分の心を異語によって気づかせてもらっています。今まで気づかなかった心、決して触れたくない闇の部分を異語はさらけ出していきます。間違いに気づかされます。
異語を語る心は、もう懺悔、懺悔です。心の底からの懺悔が心を優しく、自然に優しい心に変わっていきます。肉が、形の世界がどのような状態に陥ったとしても、肉で見たら大変な事だと思えることも、肉の事柄にとらわれず、心からありがとうと喜んで受け入れている、そんな心の変化に驚いている自分がいます。
異語を語ることで心が変わっていきます。アルバートの波動に包まれて、何のかまえもなく、穏やかな心で、ごくごく自然に苦しい心を異語が語っていきます。本当に幸せな存在だったと実感する日々です。
アルバートの波動の中でアルバートの目を見ながら私は異語を語ります。
アルバートの波動の中でアルバートの目を見ながら私は異語を語ります。自分の思いを異語に乗せて語ります。閉じ込めてきた思いが解き放たれるのが分かります。アルバートに聞いてほしい、伝えたい思いが口から溢れ出てきます。
心の広がり、喜びとともにまた闇も鮮明に心に響いてきます。心に確信した喜びを覆い尽くすと思われるほどの闇のエネルギーを感じます。みんなが喜んでいるのがどこか遠くの世界のような感覚にもなりました。
焦る思いはありませんでしたが、何でかなと思いました。喜びの私を信じる心より闇の私を信じる心がまだまだ強いと思いました。上がって下がって螺旋状に上がっていく話しが思い出されます。その流れの中にある私自身を思えばやっぱり幸せです。
どれだけの心、どれだけの思いをぶつけてもアルバートの目の中に吸い込まれ、アルバートの波動の中に包まれている私自身を心で感じるときが最高に幸せなときです。闇が大きいから喜びも大きい、そしてアルバートとともに歩いていく思いも強い、本当にそうだと納得しました。
異語は不思議ですね
瞑想、アルバートの目を見ながら瞑想そして異語を語りながら瞑想、私の世界が広がっていきます。ひとしきり異語を語り終えるととても嬉しい思いになります。心が軽くなります。心を中に向けることが嬉しいと分かります。聞いてくれる、受け止めてくれる優しい思いの中でこうやっていけばよかったことが少しずつ心で理解できるようになりました。
抱きしめて欲しかった心、癒して欲しかった心、肉に形に求めても決して駄目だったんです。誰も何もできなかった、恨んでも憎んでも殺してもどうしても駄目だったんです。田池留吉、アルバートの波動を感じて信じていこうとする思いが自らを幸せの中に連れていってくれる、異語を語る瞑想でそのことがはっきりとしてくるように思います。
目を閉じてアルバートの目を見れば、250年後の思いが伝わってきます。今と同じです。私はアルバートの目を見ながら自分の思いを途切れることなく伝えます。
「自分に苦しみをもたらした肉がどれほどの愛であったか、私は肉持たせてもらって本当によかった、生まれてこれて本当によかった、アルバート、あなたに会えて私は幸せです」止め処もなく流れる涙の中に私は本当の幸せ、喜びを見出していくことだろうと思います。
異語を語ることによって自分のつくってきた心の世界の凄さを改めて知りました。
現象の中で、アルバートの目をじっと見詰めていた。優しいけれど厳しい眼差しが真っ直ぐに心の中に入ってくる。私の心の奥底まで暖かい目がぐいぐいと入ってくる。心のすべてを見通す眼差しが入ってくる。もう心のすべてを委ねます…そう言って、私は自分の心の中につくってきた沢山の引き出しの鍵をアルバートに委ねた。頑丈な鍵で守ってきた無数の引き出しが、一挙に開けられる感じがした。
その後、先生が歌われる故郷の歌に、なんとも心地良い思いで漂っていると、今まで口から出たことがない異語が突然溢れだし、次から次に、胸の奥ではなくもっと深い所から止め処もなく出てきて、肉の私はただただこの肉の口を促されるままに動かしていた。無数の意識が次々に語りだし、違う種類の異語が何度も何度も現れては懺悔を始めた。
前ではみんなが手を挙げて喜んでいるのに、私はその輪の中に入ることもできなかった。こんなに間違ってきた私でした、こんなに宇宙を汚し続けた私でした、この場に居れる私ではないのです、許されるような私ではありません、この心の中のすべてをごらんになられたでしょう、アルバートと呼べるような私ではないのです…そんな思いが胸をかきむしるように出てくる。出てくる異語が伝える波動は懺悔懺悔で、身をよじって詫びている。この心の中に詰め込んだエネルギーそのままが、肉の口を通して異語となって流れていた。そしてその異語がだんだんと穏やかになり、すべてアルバートの波動の中に消えていく。まるで吸い込まれていくように、アルバートの意識の中に溶け込んでいく。
私は自分の心の中で起こっている奇跡を、しっかりと感じました。懺悔の後は感謝の思いが私の心を覆い、そして喜び喜びの中に入っていきました。異語を語ることによって自分がつくってきた心の世界の凄さを改めて知りました。しかしこの凄い意識もすべてアルバートの世界に帰っていく意識なのだということを確信しました。広い広い世界も、汚しきった世界も、今のこの私の心の中にある。今回感じさせていただいたことを糧として、アルバートを信じ、もっともっと心を広げていきたいとしっかりと思いました。
UFOが私達とコンタクトしてきます。
UFOが私達とコンタクトしてきます。間違いなくUFOは存在します。宇宙にさまよい続けているUFO達、そのUFO達の意識が私達とコンタクトするためにたくさん集まっています。これから250年後にわたってこれまで体験したことのない大きな天変地異が起こってくる、宇宙的な規模で起こってくる、このこととUFOは密接に関係している、まさにUFO、天変地異、そしてアルバートの世界がもうまもなく展開されようとしています。
アルバートの波動の中で、UFOの意識を受け入れアルバートとともにUFOとともに展開されていく意識の世界、肉では決して分かりませんが、確かに私の中ではっきりと感じています。
UFO達よ、あなた方の帰るところはアルバートの宇宙です、私達とともに4次元へ移行するのです、私の心が大きく広がりUFO達みんなみんな集まれという思いで満たされていきます。
UFOを思う思いが以前と確かに変わりました。懐かしくて苦しい思いとともに恐怖の思いが大きくありました。だけどアルバートの波動を心で感じ心が広がっていけば、私はUFO、だから私はこのアルバートの道をUFO達とともに歩いていきます、何かはっきりとUFO達に伝えていけるような感じがします。
ただただ私達はアルバートへ帰る意識であること、そのことをUFOも天変地異も伝えてくれることでしょう。
はるか彼方からこの地球目指してUFO達が集まってきます。アルバートの宇宙へ帰りたいと必死の思いで私達にコンタクトしてきます。
私達はこの地球上で肉を持ちました。だから肉の人間としてUFO達を見てUFO達を感じます。私達とはかけ離れた非現実的な感覚でUFO達を感じているかもしれません。確かにUFOに思いを向けるとすさまじいエネルギーを感じます。でも必死の思いが伝わってきます。アルバートへ帰りたい、必死の思いを伝えてきます。そして私が心で感じたアルバートの波動を私達に伝えてください、私達を受け入れてくださいと伝わってきます。
これから本当にUFOを感じてUFOとともに存在していくんだ、それがこれからの250年そして300年だということを感じます。宇宙規模的に起こってくる天変地異はUFO達の心の叫び、愛のエネルギーです。アルバートの波動の中でそれが展開されようとしています。そして肉と思い続けてきた人類に目覚めを促してくれます。
ただただ私達はアルバートへ帰る意識であること、そのことをUFOも天変地異も伝えてくれることでしょう。
心の中から嬉しさがこみあげてくるときも、闇が吹き上げてくるときも、アルバートに向かい合い思いを異語で語ります。
心の中から嬉しさがこみあげてくるときも、闇が吹き上げてくるときも、アルバートに向かい合い思いを異語で語ります。言葉では表現しようのない思いがストレートにアルバートに向けて出されていきます。そのすべてを受け止めて暖かな波動の中に包みこんでくれるのを感じるとき、なんとも言えない満ち足りた幸せな自分を見出します。アルバートに生かされている自分を感じます。何時いかなるときも過去から未来まで永遠にともに生きていくことが確認されます。意識の世界、心の世界に自分の生活の比重を移していったときに感じる喜びを、私はとても軽く捉えていました。すべての出来事、現象がアルバートへ続く道へと、私を促してくれる愛だったのだと感じています。
夫と語る異語は自己供養です。
始めて夫と異語で語った。いろんな思いが異語を語る中で出てきた。自分の使ってきた心、過去世が苦しい心を異語で次から次へと伝えてきた。こんなにも自分の心は呪いの塊だったことを実感した。
私の中に無数の自分がいて、その全てが今の私の心を見ているんだと感じた。私がアルバートを信じた分だけ私の中に存在する無数の自分も喜びに向いていくと感じる。無数の自分が異語で苦しい心を語ってくる、伝えてくる。何とも言えない優しい波動に包まれて異語が出てくる。異語を語ることで心が喜びに変わっていく。
夫と語る異語は自己供養です。共に共にアルバートに帰っていこうね、心がとても優しくなっていく。私は夫にも自分にもこんなにも優しい思いを向けたことは今までなかった。これからは私の中に生き続けている無数の過去世、未来の自分と共に心の修正、自己供養を喜びの心でしていけます。
誰に訴えることも、自分を表す心もいらない。ただただ自分の心の供養を、修正を喜んでしていくだけ、異語は心の自己供養です。全てにありがとうが心に大きく広がっていきます。これからの日々、夫と異語で語ることができます。とてもとても、うれしいです。
アルバートの波動に出会え、アルバートの存在を信じていく心にはもうありがとうしかありません。
すべてがアルバートへとアルバートへと心を向けていくそんな時代がやってきます。目の前に広がっています。アルバートだけが存在しています。他のものは何もありません。ただすべてがアルバートへ帰る道、そんな意識の中にみんな存在しているのでした。アルバートの世界をアルバートの波動を心で感じ心で信じる以外に残された道はないと言えます。心をひとつにしてただアルバートを信じていく道、そのことだけを信じてこの肉体さえも慈しみすべてにありがとうの思いを感謝の思いをただただこの心から流していけばよかったのです。ありがとう、ありがとう、すべてにありがとうでした。ただただありがとうでした。
アルバートの波動に出会え、アルバートの存在を信じていく心にはもうありがとうしかありません。
作成者 田池留吉 1926年生