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― 心と向き合うためのガイドライン ―

「自分の心と向き合うこと」に 興味を持たれた方のために!


Ⅰ 入門(知識を身につける) Ⅱ 実践・じっくり基本を Ⅲ 実践・しっかり応用を
田池留吉からのメッセージ ―第5回UTA会セミナーを終えて―
メッセージ/学ぶ動機が間違っていれば、そして修正がなければ、 一歩も前には……
メッセージ/人は、なぜ死を恐怖するのか。死を忌み嫌うのか。
メッセージ/肉を離したあとも、自分を供養することができるということ



 

意識の流れの学びを進める

 

Ⅰ 入 門

1.学びを始めた動機を確認する。

2.自分の宗教遍歴を振り返る。

3.以下の3冊の本を繰り返し読みましょう。

書名(PDFで読んでいただけます) 音声で聞いていただけます

① 意識の流れ(増補改訂版)

著者による「意識の流れ」の朗読

② 続意識の流れ(増補改訂版)

著者による「続 意識の流れ」の朗読

③ 意識の転回(ver.2)
※ver.3「自分の中の自分」が、すでに発行されています。

著者による「意識の転回」の朗読(ver.2)

ブックレット「UTAの輪」(学びのポイント/正しい瞑想の仕方)を読む

5つのサジェッション(五訓)を読んでみましょう。

ブックレット「UTAの輪」(学びのポイント/正しい瞑想の仕方)塩川香世さんの朗読を聞く

はじめに/正しい瞑想とは?
1.学びのポイント/7項目
2.正しい瞑想をしましょう/ポイント7項目に沿って

4.ホームページ「意識の流れ」 / 「UTAの輪の中でともに学ぼう」を毎日開いて読む。

 

Ⅱ 実践・じっくり基本を

1.母親の反省

母親にしてもらったこと、してもらえなかったこと、してあげたことを  ノートに書き出す。
母親に使ってきた心を思い起こす。

2.0歳の自分に向ける瞑想

母親の温もりを感じる。

3.田池留吉を思う瞑想

田池留吉に心を向ける、合わせる、委ねる。
田池留吉の世界、温もり、優しさ、大きさ、広がり、パワーを感じる。

4.人生の目的(1.2.3の項目の参考として、「田池先生の動画」31分をご覧ください。)

Ⅲ 実践・しっかり応用を

1.自己供養

自分の闇・過去世を受け入れる。
自分の闇と共に、母親に、田池留吉に心を向ける。
自分の闇が喜びに変わる。

2.来世との出会いと供養

250年後の自分、300年後・次元移行した自分と出会う。

3.死後の自分との交信

 

 


第5回UTA会・セミナーを終えて

田池留吉

ただただありがとうございました。沢山の仲間たちにお会いできて、嬉しくて楽しくて、ご一緒にお勉強ができて本当に幸せでした。感謝と喜びの三日間でした。 私が申したかったことをまとめておきます。ご参考にしてください。そして、次回のUTA会でお会いできた時には、一歩前へ進んでおられますようにお願いします。

まずはお母さんの反省です。

1) お母さんにしてもらったこと
2) お母さんがしてくれなかったこと
3) お母さんにしてあげたこと

以上の3項目について、できるだけ思い出してノートに書き出していってください。さらに、その時にどんな思いをお母さんに向けて出していたか書いていってください。

お母さんの反省がほぼできてきたら、0歳の時の瞑想です。0歳の時、お母さんのオッパイをいただいていた時のご自分を思い出していくようにしてください。十月十日も。焦らず、たゆまずに続けてください。長い年月をかけてでも進めてください。お母さんの温もりが感じられるようになるまで。信じられるようになるまで続けてください。その温もりがあなたですよ。その温もりであなたの闇を抱きしめてあげてください。温もりは愛です。温もりはパワーです。あなたの大きな闇を抱きしめれば抱きしめるほどあなたの温もりはどんどん大きくなっていきます。あなたはどんどん大きくなっていくあなたに出会っていくのです。

この学びの最後は瞑想です。そして、瞑想の最後は、田池留吉・アルバートにあなたの心を向けて合わせていく瞑想です。合わせていけるようになってくれば、真実の世界が分かってくるということになるのです。「意識の流れ」「その人、田池留吉」に書いてあることが驚くほどよく分かってくるはずです。

いつまでも待っています。次元移行の後々までも。

意識の転回、自己確立・独立独歩、次元移行一路 心から喜ぶことを知りなさい。

喜びはパワー、田池留吉・アルバートの世界。健康・平和・幸せへ。
怒りを鎮めなさい。怒りは闇のパワー。病氣・破壊・不幸へ。
心の向け先は、田池留吉・アルバートの世界のみ。向け先を間違えばすべて闇、瞑想を通して実証してみてください。

最後は瞑想です。そして、瞑想の最後は田池留吉を思い、心の針をぴったりと合わせることです。欲で瞑想をしてはなりません。瞑想は修行でもありません。楽しんで瞑想を続けてください。

1.あなたの反省と瞑想は進んでいますか

2.あなたは、転生の意味が分かっていますか。

3. あなたは、田池留吉の肉と意識についてどこまで知っていますか。

4.あなたは、田池留吉がなぜ日本人として大阪の地で肉体を持ったか分かっていますか。

5.あなたは、田池留吉がお伝えしてきたことをどの程度信じていますか。

6.あなたは、田池留吉のメッセージを受けていますか。

7.あなたは、田池留吉の死後、田池留吉と交信していますか。

8.あなたは、あなたの死後も田池留吉と交信していますか。それとも固まっていますか。

9.あなたは、田池留吉の来世アルバートと交信していますか。

10.あなたは、来世、アルバートとどのような出会いがありますか。

11.あなたは、次元移行を果たしましたか。その時の様子を語ってください。

愛 はじめに、愛がありました。
意識は愛、宇宙は愛,母親は愛です。
私は愛、あなたも愛、ひとつです。
生も、死も、愛の中での現象です。
愛は喜び、愛は温もり、愛はパワーです。
人間は、愛から出て愛に帰る存在です。
愛なき宇宙は暗黒、愛なき人生は暗闇です。
意識の転回、自己確立・独立独歩、次元移行は愛に帰る道です。
人々よ、目覚めて愛に帰りましょう。

己一番、己が偉いということがようやく、それも20年以上学んできて、分かってきた人が、12月のセミナー後、ぼつぼつですが出てくるようになって嬉しく思っています。異口同音に、何も分かっていませんでした、一からスタートですと言っていました。 さて、あなたはどうでしょうか。己一番、己偉しと思っている人は、絶対に、田池留吉・アルバートに心を向ける、心を合わせるなんてとてもできません。我は正しい、素晴らしい、間違っていないと、怒り狂い、戦い、破壊し、苦しみ喘ぐ人生に終始、死後はもっともっと、筆舌に尽くしがたいほどの世界に。喜び、温もり、幸せの世界なんて夢のまた夢。  いわゆる神や仏や霊能者、宇宙のパワーなどに心を向けてきた人は、急いで正しい学びの手順に従って学びを進めてください。それも、第6回UTA会の日までに。自己選択自己責任ですよ、心してください。 私は、決して去る者は追いません、来る者は拒みません。しかし、私と欲は絶対の合いませんこと、肝に銘じておいてください。 肉と心のバランス  肉と心のバランスですか。肉と心のバランスなど取れるはずもありません。
肉(身体)と心(肉の心)との関係ならば、バランスという発想も出てくるでしょう。
心、そこで言う心とは肉の心。肉を基盤とする心です。
私が伝えている心とは、意識を基盤とする心です。
従って、意識を基盤とする心と、肉とのバランスなど取れるはずはありません。全く異質のものだからです。

最初から私達は意識なんです。意識を基盤として意識を本物として、意識が自分だとするところから、すべてが出発しています。
肉と意識のバランス、肉と心のバランス、それはナンセンスです。
もし、そういうことを考えておられるならば、その思いをもう少ししっかりと見つめていきましょう。肉中心の思いを、しっかりと見つめていきましょう。
あなたが言う心、私が伝えている心、その違いをあなたの心で感じていく、それが今世の学びでした。
肉を持ちながら、意識を基盤とする心を学ぶ、確かに難しいです。
しかし、私が指し示す方向に真摯に自分を見つめていったとき、意識を基盤とする心を自分の中に蘇らせること、それこそが本当の喜びに繋がっていきます。 あなたはあなたをないがしろにしていることすら、もう分からなくなってしまったんです。そんな自分に成り果ててしまったことを、これからの転生で感じていってください。自分の愚かさを知っていく今世、そして、これからの時間です。  瞑想をできるだけ毎日続けてください。頭でいくら考えても、想像をいくらたくましくしても、分かったような文章が書けても、学びの話が上手にできても空しいだけです。  体が不調になったり、生活や、仕事などに不都合なことが起こるとあわてて瞑想をする方がいますが無駄でしょう。止めた方がよろしいでしょう。
ただひたすらに、田池留吉・アルバートを思う瞑想を続けていくだけ。睡眠や、食事などと同じに毎日瞑想をしてください。それも一時間瞑想を。やった方とやらない方の結果ははっきり出てきます。

己偉い方、他力信仰やパワーにうつつを抜かしてきた方、それこそ命懸けでやらないといけませんよ。  重々承知と思いますが、正しい瞑想の手順に従ってください。ゆめゆめ欲で瞑想はしないように心掛けてください。 正しい瞑想をひたすらしていきましょう。

最後は瞑想、瞑想の最後は田池留吉・アルバートを思う、心でその世界を感じ、知っていく。  瞑想を続けていない人は、この学びをしているとは言えません。人生の目的も、人間の本質も、転生・生死の意味も何も分かってきません。分かるというのは、心で分かる、確信できるという喜びを心で知っていくことです。  己偉い人、特別が好きな人、暖衣飽食、酔生夢死、肉、肉の生活にどっぷりの人は、正しい瞑想を続けることはできないでしょう。
瞑想、そして死後の自分と語る、死後の自分を知る。

私、田池留吉は、肉の田池留吉は大変愚かでしょうが、彼を使ってみなさん方のお手伝いをさせていただいてきました。みなさん方が意識の流れに目覚められるようにお手伝いをさせていただいてきました。ありがとうございました。私には、感謝と喜びしかありません。

私は、ただ、肉の田池留吉が死ぬまで元気で、自分の仕事を私とともに遂行していってくれるものと確信しています。私は、肉があってもなくても全く何も変わりません。その私を、どんどん感じ、そして知っていってください。それが、あなたの転生の本当の意味です。どうか、転生の意味も分からずに死を迎えることだけはと思っています。 

「意識の流れ 増補改訂版」「続意識の流れ 改訂版」は諳んじる位読んでいる、そして、セミナーにはできるだけ参加している方は、ただただ、 正しい瞑想三昧、ホームページ「その人、田池留吉」熟読玩味 あるのみ。レベルアップを待っています。

死後の自分と語るということは、死後の自分を想像したり、単にその波動を感じるだけではまだまだです。対話をしていってください。それができないということは、学びの進度が低く、自分をほとんど知らないということになります。  死後の自分に聞いてみてください。「あなたは、あなたの心を田池留吉に向けていますか。その波動を感じていますか。あなたは、今も、田池留吉のメッセージを受けていますか。」と。「はい、今も、肉を持っていた時と同じように続けています。」という交信をしていない方は、どんなに素晴らしい文言を並べようとも、どんなに立派な業績を残し、絶大なる賞賛を得ていようとも、所詮は心は闇、闇の放射塔、さらに、地獄から出て地獄に帰る転生を繰り返すことになります。

苦しんでいる人は、闇の放射塔、人を救うどころか闇のエネルギーを放射している。とにかく、苦しんでいる人は、自分自身に冷たい、自分自身が温もり、喜びのエネルギーだということに全く気が付いていない。本当の自分を知らない。苦しんでいる訳が分からないから、周りに責任を転嫁し、相手を変えよう、または、神仏なるものに祈願する。ますます苦しみの淵に沈み込んでいことになります。自己選択自己責任、選択が間違っているから苦しんでいるのです。では、どうすればいいかお分かりですね。素直に、信じて、正しい瞑想を正しくやっていけばいいだけです。

死後の自分の状態が、今の自分の状態です。死後の自分の状態が分からない人は、今の自分の状態が分からないということになります。死後の自分と交信できるように努めてください。待っています。

あなたは自己供養をしていますか。自己供養とは、その名の通り自分を供養することです。自分の心をしっかり見つめ、自分の出すエネルギーをしっかりと感じ、そのエネルギーを自分の中の優しさ、温もりで包んでいくことです。  自分が愛であることが、心で本当に分かってくるのは、自己供養を重ねて、重ねて、重ねていけば、ということです。自己供養なしに愛など分かるはずはありません。自分など分かるはずはありません。しかし、肉を持った意識達は、それが分からずにきたから、本当に苦しみ喘いでいます。 偽物の愛を貪欲に求め、その中で苦しみ続けているのです。自分を形あるものとしてとらえる限り、やはり偽物の愛を求める心、偽物の温もりを求める心を拭い去ることはできません。自己供養、これこそ、本当にすべての意識達がしていかなければならない作業です。

「私は、自己供養をしていません。私は、自己供養などできません。」など言わないでください。しかし、そんな思いが、私の意識の世界に伝わってきています。

私の仕事

退職して、セミナーを。
所謂セミナーは終了、出版活動を。「意識の流れ」「続 意識の流れ」を出版。学びの教科書のようなもの。 出版記念セミナーを開催。セミナー参加が10回未満の方のために、10回以上参加の方は、意識の転回、自己確立、独立独歩、次元移行に向けて、セミナーを。

UTA会でセミナーを。
「意識の流れ 増補改訂版」「続 意識の流れ 改訂版」を出版。
二、三年後に、「X」を出版。
肉を調えて終了となります。

今日は建国記念の日、庭は銀世界、超久し振りに「雪やこんこ 霰やこんこ …」と口ずさむ。。アマテラスを思う、喜び。意識の流れは予定通り、順調。  学びの人々、もっと素直に自分自身と向かい合っていきませんか。勿論、自己選択自己責任、去る者は追わず来る者は拒まずです。核はますますアップ、その周りも。しかし、…。  苦しむのは止めにしませんか。自分の心が見えるようになってくればその原因がすべて自分の心の中にある、自己供養をほとんどしていないことに気が付くはずです。 私は間違ってなんかいない、自分が苦しんでいるのは相手が悪いからだなんて言わないでください。このような方は、何時も振り出しに戻って一からやり直していくようにしましょう。もっと自分の心の温もりを信じましょう、指針に従って実践に努めましょう。

自分の死後、そしてその後が分かってこなかったら、真実の世界は見えてきませんよ。  あなたは、肉、肉の人生で終わる積もりですか。それが、あなたが望んだ人生でしたか。「あなたは永遠に存在するエネルギー、愛ですよ。」と私は伝え続けていきます。


幽体離脱、臨死体験について

上記の質問に答えましょう。
皆さんが言われている幽体離脱とは、肉の次元での話です。だから、皆さんが言われている幽体離脱はブラックなんです。私はそのように答えます。

もともと私達は目に見えない存在です。意識です。エネルギーです。幽体離脱という発想はありません。私の世界に幽体離脱という発想はないんです。
幽体離脱とは、肉を根本とした人達が、そこからすっと自分が抜け出して、また、その形ある自分のところに戻ってくる、そういうことをおっしゃっています。そういうことを体験すれば、何だか不思議な世界を体験したかのように、そして、自分は特別だという特別意識が増長するだけなんです。
幽体離脱など体験しないほうがいいかもしれません。少し心が敏感な人は、すぐに幽体離脱だとか、臨死体験だとか、そういう話をしがちです。しかし、それは自分の中の闇、ブラックのエネルギーが肉を通して語りたいんですよ。そうして己を表していこうとするエネルギーに、そういう人達は気付かれない。

本当は、そういうことを通して、自分の心を見ていただきたいと私は思うんです。自分の心を見ていくと、そういう話をするというか、そういう体験があったという話をしているときの自分の心から流れるものが、どれだけそびえ立って己偉いブラックのエネルギーであるかを感じるんです。しかし、心を見ることがなければ、そういうことは分かりません。ただ幽体離脱をした、臨死体験をした、そういうことで有頂天になって、こんな素晴らしい体験ができるのは、私は、ひょっとすれば、すごい存在なのかもしれない、そちらのほうにばかり、思いが向いていきます。
そうではなくて、そう言わせる自分の心を見ることが大切なのに、そういうことは全部飛ばして、ただ不思議な体験ばかりがクローズアップさせる。それは、肉を基盤とする人達の陥りやすいところです。

幽体離脱、私の世界ではあり得ません。私達は、もともとも形がないからです。形を基準としたところから語っていけば、幽体離脱とは、うーんなるほどなあというところがあるかもしれませんが、私は私を肉では思っておりません。だから、ここから私が抜け出してという感覚はないんです。
私は、いつもこの広い温かい世界が私、そういうところから私を見ています。私は肉として自分を見ておりません。だから、私の世界には幽体離脱というものはありません。 アマテラス  あなたの心の中のアマテラスに語りかけていますか。私達は、アマテラスの目覚めを今か今かと待っています。自分は学びを進めてきたと思っている方は、アマテラスをもっともっと供養してください。そして、アマテラスの大いなる喜びをと学びを更に進めていってください。


若年性認知症について

若年性認知症、名前はどうでもいいんです。
自分の中の何かが崩れていっている人達の意識の世界が、少し表面に出てきているのです。 本人は、そして周りの人達は、全くそれに気付かないというか分からないですけれど、何かを訴えているんです。
そういう形で、訴えているんです。 おそらく、そういう症状を発症する人達は、自分の心を縛って、縛って生きてきた人達です。多分に己偉いところがあります。己偉い意識は、皆さんすべてがそうですが、その人達も、おそらく、そのおのれが偉い意識の世界は凄いです。 その意識の世界が、苦しくて、苦しくて、苦しくてならないから、そういう形で出てきているのだと思います。 日常生活ができなくなる。今まで出来ていたことができなくなる。それはまだまだそんな年齢でもないのに、そういう状態になってしまうと、本人も周りの人達もどうしていいか、全く分かりません。 本人は、そのいら立ちを露わにしてくるし、周りの人達はどう対処していいのか、おろおろするばかりです。 しかし、そこで、たとえば、その人達が、人間は意識だ、私達はエネルギーなんだ、これは中からの促しなんだ、そういうことを知識でも知っていたとしたならば、何かそこで違う何かを感じていかれるでしょう。 おろおろしたり、どうすればいいのか途方に暮れたり、嘆き悲しんだり、本人を責めたり、また本人もいら立ちの感情を露わにする一方で、何かが自分達の中で起こっているんだ、この何かを感じていこうと、ふっと優しい、本当に優しい思いを向けることができると思います。 そうです。優しさがないんです。温もりを忘れ去った意識達が、今、その若年性認知症という病を得て、温もりを訴えているんです。優しさを向けてくれと訴えているんです。 温もりも優しさも何もかもすべて忘れ去った自分達がこんなに苦しいんだ。そういう形でその思いを表している。そのようにとらえてみてください。

はい、そういう病というかそういう現象は、あるいはそれに似たような現象が色々と起こってくるでしよう。
人間の心の中、意識の世界を、本当に何も知らずに存在してきた、そういうことがそういう形で表れてくるのです。 あなたの心  自分の心をしっかり見なさい。自分がずっと間違ったエネルギーを垂れ流してきた間違いに気付きなさい。自己供養を真剣に真面目にやらない者は、人間関係、仕事、病気等々で苦しみ悩むことになります。自己選択自己責任、助けてください、救ってくださいでは一歩も前へ進めません。幸せになれません。

メッセージ

何のために生まれてきたのですか。何をするために生まれてきたのですか。肉のことは程々にしましょう。自分の心を見ていない者は、我は正しい、我は一番、我は神なりと嘯き、真っ暗なエネルギーを放射していることに全く気付くことができません。  あなたは、一体、本当は何者ですか。それさえも分からずに生きてきた、存在してきたのが地球人類です。あなたはどうでしょうか。私は正しい、間違っていない、立派、そして、清く美しく、優しい人間なって嘯くのは止めにしましょう。

UTAブック発行の「意識の流れ」で述べたことは、すべて、これから証されていきます。心の準備をしっかりしておきなさい。 田池留吉の意識の世界  田池留吉の意識の世界は、正直で素直な世界です。どうぞ、あなたも、正直に素直に田池留吉を思ってください。これ以外にあなたがしなければならない仕事は何もありません。後は、程々でいいのです。田池留吉を思うことが、喜び、嬉しい、ありがとう、幸せとなってくれば、肉のことは整ってきます。みなさん方は、あまりにも無知で、欲が深く、己が偉すぎるのです。愛なんて、全く分かっていません。神の愛、慈愛の愛、人類愛の愛、祖国愛の愛などの実態、お分かりでしょうか。本物の愛との違いを知っていますか。  私は本物の愛への道をお伝えしています。だから、欲と私は絶対に合いません。偶像崇拝、他力・現世利益などを求めてきても、空しく徒労に終わるだけです。

田池留吉の意識は愛です。私の名前とか、肉にとらわれないでください。私の肉は、開祖でも、教祖でも、最高の指導者でもありません。ただ、姿、形は、愚かな一老人に過ぎません。みなさん方の頂点に立とうとか、みなさん方を思うままに操り、支配しようとか、ましてや、大きな団体を作り財をなし、名を残すなんて、肉はいくら愚かとは言え、これほどの愚行は絶対に思いもしません。

自分を救うのも、自分を幸せにするのも、自分です。自己選・択自己責任です。私の指針に従って、正直に、素直に実践していけば、愛とは何か自ずと分かってきます。正しい瞑想を続けていけば、どなたでも分かってきます。正しい瞑想ですよ、頭では絶対に分かりません。

みんさん方は、はじめから幸せでした。ただ、本当の自分を見失い、本物の温もりを捨て去り、暖衣飽食・酔生夢死の転生を何千、何万、何億の年月、繰り返してきたのです。何の供養もせずに、いたずらに時を過ごし、今世、ようやくにして肉を持つことができたのです。  真実の愛に目覚めてください。目覚めていけばいくほど、愛はますます流れ、大いなる仕事をなしていきます。田池留吉を思えばいいのです。思うだけでいいのです。いつまでも待っています。  ただし、自己流の学びは、きっぱりと止めにしましょう。看板だけ替えた学びも、きっぱりと止めにしましょう。これでは、いつまでも学びに繋がっていても、労多くして、本当の幸せ、喜びを知らずに、空しく冷えて、いたずらに死を迎えるだけです。心して学びに繋がるように努めてください。

田池留吉に心を向けようと思っても、心が向かないと言う方がいますが、本当は向けたいと思っているのですが、向けたくないという思いが上回っているのが現状ではないでしょうか。くそ田池、死ね田池、お前なんかに心を向けるものかといった思いを供養していけば、田池留吉を思うことが、喜びとなり楽しくなってきます。

供養が楽しくなってくれば、ますます田池留吉を思うようになってきます。そうなれば、田池留吉の世界が実感できるように、信じられるようになってきます。その信が大きく、強くなればなるほど、あなたから愛が、信の大きさ、強さに応じて流れるようになってきます。  愛は、流れて仕事をしていきます。かくして、田池留吉を思うことが愛だと確信できるようになってきます。これこそが本当の仕事、本当の人生です。これ以上の幸せはないはずです。

本気で学びを進めていこうと、決意は済まされましたか。後は、断じて行うだけです。あなたの心は真実を知っています。あなたを、もっと信じてください。あなたを、もっと大切にしてください。きっと、あなたも、学んできてよかったと喜ばれる証人の一人になられることでしょう。きっと、なってください。

私は、真実に触れた人間の笑顔を見たいのです。ただそれだけです。よろしく頼みます。

学ぶ動機が間違っていれば、そして修正がなければ、
一歩も前には進めないでしょうか。

塩川香世

田池留吉です。はい、学ぶ動機を見直すこと、そして、その間違いを修正していくこと、自分の中で修正していくこと、それがなければ、この学びは一歩も前には進んでいません。一歩もです。

肉では学んでいる、学んできたような感覚があるかもしれませんが、動機が違えば、足をその一歩を踏み出すことができていないんです。できていないどころか後退しているかもしれません。

どうぞ、皆さん、学ぶ動機を見つめ直してください。

学び始めは仕方がないです。皆さん、ほぼ全員の方が、その動機が違っています。肉的に色々な悩みを抱えて集ってくる人もあれば、パワーがほしい、チャネラーになりたい、そういうことで集ってくる人もいます。

それぞれの中で、しっかりとその動機を見つめ直すことから、まず始めてください。そこが違っていれば、本当に前には一歩も進めないのです。

たとえ、目の前の問題がいい方向にいったとしても、それで真実の世界を学ぶ正しい軌道に乗っているとは決して言えません。

また、セミナーに集ってくれば、鈍感な人も敏感になってきます。敏感になったから、分かるということではありません。それはもう殆どの人はお分かりだと思います。

要は学びの動機をしっかりと見つめ直し、そして、自分に誠実に素直になることです。素直、これは難しいですよ。殆どの人が素直ではありません。己が偉いです。偉いからこそ、20年以上の年月、時間をかけても…というところがあります。

しかし、いつも申していますように、意識の流れは滞りなく流れています。私達は、その計画通りに流れている流れのもとに、ただ淡々と次元移行へ思いを向けているだけです。

その流れに逆らっている生き方、存在の仕方をしていないか、それを問うチャンスがこれからの転生に用意されているということです。

すべての意識にそれを問うチャンスが用意されています。

意識の流れは滔々と流れています。どうぞ、自分を救済する道にその一歩を歩めてください。

 


人は、なぜ死を恐怖するのか。死を忌み嫌うのか。
死ぬことを考えていないわけではないけれど、
なぜそこを避けてしまうのでしょうか。

塩川香世


それは、それぞれの心の中に死んだ後の自分、死んでからの自分、それを知っているからです。肉体を離せば、どのような状態になっていくか、自分の心で本当は皆さん知っているのです。しかし、それを認めたくはないんです。見たくはないんです。
肉を持っている今、必死にその思いを見ないように、見ないように、避けて、避けて、遠ざけていっているだけなんです。意識的にそうしている人もいれば、無意識のうちにそうしている人もいます。

しかし、すべてに共通なのは、皆さん、死んだ世界を知っているということです。
自分が死んだらどのようになるか知っています。

知っているけれども、どうしようもないんです。だから、今、目の前に広がっている世界に、自分のすべてを向けていくんです。目から耳から身体全体で、今、目に見えている世界と通じ合うことをただひたすらやっているだけです。しかし、そういうことで、死の恐怖が消え去ることはないことも皆さん、知っています。

人間いつかは死ぬ、そう言って自分の心をごまかしている場合も多々あります。
死を考えたくない。死ぬのが怖い。これが肉を本物とするところの偽らざる本音です。
その中で、死後の自分と語りなさいと、今、促されていることが、どういうことなのか分かりますか。
考えたくもない、触れたくもない死後の自分を、今、心で感じなさいということが、本当の優しさだと分かりますか。
自分を救えるのは、肉を持っている今しかないということが分かりますか。肉を持っている今だからこそ、自分を自分で供養できるのです。

自分の供養は自分しかできないということが、心で分かってきたなら、ただひたすら、自分に伝えるはずです。何を伝えるか。今、自分に本当に伝えなければならないことを、学んでくださいと私は申し上げてきました。どうぞ、皆さん、本当に自分を救う、自分に本当のことを伝えられるよ うな学びをしてください。

真っ暗闇の中にいる自分に、はっきりと心から伝えていけるあなたであってください。

そして、できれば、肉を離したあとも、自分を供養できるまでになっていただければと思いますが、それよりも何よりも、まずは肉を持っている今、暗闇の中に沈んでいる自分にどれだけのものを伝えていけるか、それを日々淡々と試みてください。

 

肉を離したあとも、自分を供養することができるということについて、
もう少し語ってみてください。

塩川香世


肉を離したあとも、自分を自分で包んでいけるということは、田池留吉、アルバートのメッセージを肉がなくても聞けるということが条件となってきます。肉がなくても、田池留吉、アルバートのほうに心を向けられるということです。

心を向ける。向ければ広がる世界を感じる。その世界を感じるからこそ、自分の中に優しさと温もりが広がっていく。そして、その世界で自分と対話する。自分に問いかけ、自分が答える。もちろん、心の針は、田池留吉、アルバートを指している。

簡単に言えば、肉を離したあとも、自分を供養するということは、このようなことです。肉を持ちながらすることを、肉がなくても、肉を離したあともできる。それは、まさに、田池留吉、アルバートの中にある自分を心で確立していることが必要です。

肉を持っている間は、肉を通して、自分の出す思いを確認することができます。そして、お母さんのお腹にいた頃の自分に思いを馳せて、ああ冷たかったなあ、間違っていたなあ、苦しかったなあと、そうやって、自分に思いを向けることをやっていると思います。いわゆる、反省、瞑想ですね。

それが、肉がなくてもできるかと言えば、私、田池留吉、アルバートに心の針がピッタリと合わすことができていると、自分の心で確信がなければ、まず無理です。心の針を合わせるのは頭ではありません。肉を持っている間は、合わせよう、合わせようとしてできるかもしれません。

しかし、その肉を離してしまえば、意識、心だけ。合わすも何も、ピッタリひとつであれば…ということです。
その感触というか感覚は、心で知っていく以外にないことはお分かりだと思います。